色んな
ーーーーーーその少女は暗闇の中で目を覚ました。
ぐるりとあたりを見回す。……誰もいないようだ。
彼女はこの部屋の中に誰もいないことを確認して
舌打ちをする。
それが何に対してなのかはわからない。
ただ、その舌打ちには彼女の焦燥が示されていた。
そうして少女は、早々にこの部屋を出るべく
身体を起き上がらせたーーーーーー。
≪七星剣武祭≫の初日は大波乱の幕開けであった。
Cブロックでは、昨年度優勝者≪浪速の星≫
諸星雄大が≪無冠の剣王≫黒鉄一輝に接戦の末
敗北するというとんでもない番狂わせが起き、
そして、遅刻者が出たことによりCブロックの
後の試合になっていたBブロックでは。
そこで遅刻者……≪紅蓮の皇女≫こと
ステラ・ヴァーミリオンがなんと対戦相手の
鶴屋美琴に加え、
戦うという≪七星剣武祭≫始まって以来の
ハンデ戦を申請したのだ。
運営委員会は喧々諤諤の議論の末にこれを
了承。これによって、1対4というありえない
試合が、開始されるのであった。
「……≪紅蓮の皇女≫も剛毅なものですね。
仮にも裏社会の人間達を相手にハンデを
申し込むなんて」
観客席の一番上、そこでガスマスクを着用した
奇妙な格好の男、≪蟲使い≫ガウェインは
ため息を吐いた。
彼がここに来たのは、隣にいるエムリスの
護衛としてだ。
エムリスは自らの娘、白雪が愛している幽衣の
力がどれほどのものなのか見るために
ここに来たのだ。
「いや、むしろそれだけの実力があると
見るべきですね。私が見た限りでは、彼女の才能は
まだまだ開花していないと思います。
幽衣さんもどれほどなのか楽しみですが、
≪紅蓮の皇女≫の実力も気になりますね」
その時、実況と人々の声が試合の開始を告げた。
「「「「「『Let’s go ahead‼︎』」」」」」
試合開始、ほんの数十秒前。
「よォ、リンナ。……少し話してェことがあるんだがちょっといいか?」
「なんだ≪不転≫よ。くだらぬ戯言ならば我はこの耳には入れぬぞ」
いや、と幽衣は首を振りながら凛奈にこう囁いた。
「テメェ、ツキカゲのおっさんが好きなんだろ?」
「な⁉︎なーなな、な、何を言ってるの⁉︎私は……」
途端に真っ赤になった凛奈の口を塞ぎ、今度は
耳元で凛奈に囁く。こういう時凛奈の従者である
シャルロットは怒りに震えそうなものだが、
今回はなぜか怒りもしなかった。
「見りゃ分かるさ。それはそうとリンナ。
……今この≪七星剣武祭≫で一番の障害はなんだ?」
「えっ?それは……あの≪紅蓮の皇女≫かな?」
「そうだ、その通りだリンナ。そこでテメェが
あの猪武者をぶっ倒したらあのおっさん喜ぶだろうな?
なんせ一番の障害となる奴が消えるんだからさ」
「……よ、喜ぶの?月影のおじさまが?」
「アァ、間違いなく喜んでくれるだろうなァ。
倒したらテメェはこの計画のMVP、
ツキカゲのおっさんに称賛されるだろうさ」
凛奈はそこまで聞いて、自らが月影に称賛される
様子を夢想した。
それは彼女に本気を出させるにはあまりにも
大きすぎる対価でありーーーーーー。
「くく。……くくはははははははは‼︎
分かったぞ≪不転凶手≫‼︎この≪聖戦≫、
この我が一番槍を勤めようではないか?
他の者の手を出す暇も与えぬ内に倒してやるわ‼︎」
そう高らかに凛奈が宣言すると同時に、試合開始の
合図となる言葉が会場内に満ちた。
「「「「「『Let’s go ahead‼︎』」」」」」
そして、その言葉を待っていたと言わんばかりに
凛奈が黒獅子……「スフィンクス」の背中に
乗って突撃していった。
その背中を見ながら、幽衣はほくそ笑んでいた。
「ギギッ……。豚もおだてりゃ木に登るって言葉
あながち間違いでもないらしいな」
「意外ですね」と凛奈がステラへと
吶喊してゆくのを見てエムリスは呟いた。
「何が、ですかドクター?」とガウェインが問う。
「一応ながら僕はメンバーの思考や性格を理解した
つもりだったんだがどうやら間違っていたらしい」
「ドクターの見立てなら誰が最初に行くと思って
いられましたか?」
参ったなあ、とばかりに首を傾げながら、
エムリスは答えた。
「多々良君ですよ。彼女の喧嘩っ早い性格なら
先陣を切ってもおかしくないと思ったのですが。
ガウェイン君、君は誰が最初だと思いましたか?」
その言葉にガウェインはドクターと同じです、と
答え、試合の趨勢を見物するのだった。
『さあ、4対1という異例の試合‼︎その初撃を
狙わんとばかりに≪魔獣使い≫が≪紅蓮の皇女≫へと
吶喊ンンンンンンンッ‼︎』
「捻り潰してくれるわ‼︎蹂躙せよ、
スフィンクス‼︎≪
「ゴオオオオオオオオーーーーーーッ‼︎」
主人の命に黒獅子は咆哮を以って応え、
己が最速でリングを駆ける。
彼の獣の重量は約250kg。それが魔力による
加速を伴って激突してくるとなれば致命傷は
免れない。
……だが。
「……けど、当たらなきゃ意味ないでしょ?」
ステラは吐き捨てるようにそう言い放ち、
半歩引いて事もなげに獅子の突進を回避した。
そうして、隙だらけとなった凛奈とスフィンクスに
背後から己が霊装、≪
振り上げた直後。
「ーーーーーー≪
片足を背後から何者かに振り払われた。
当然体幹はぐらりと揺れ、追撃など出来なくなる。
攻撃の機会は失われ、敵に反撃の時が訪れる。
「今度は逃さぬッ‼︎
竦めェェッ‼︎≪
再び獅子の咆哮。しかし、今度のそれは
≪停止≫の概念を纏っていた。
それによりステラの身体は縛られ、決定的な
チャンスを晒すこととなる。
そしてーーーーーー。
「≪
彼女の身体を、強烈な一撃が襲った。
先程述べたように、ライオンの体重と魔力による
加速が合わさった突進。
並みの少女の体重しかないステラは当然
易々と吹き飛ばされる。
そしてリング上で数度バウンドしても尚勢いは
止まらず、そのまま場外、観客席の真下の壁に
突っ込み、その壁を轟音と砂塵と共に崩落させた。
その様を、先程≪
凛奈に攻撃のチャンスを与えた少女……。
幽衣はどこか冷めたような目で見つめていた。