リングを、激震と高熱の嵐が襲う。赤土は焼け、あるいは熔融し、空気は吸う者の肺を焦がすほどに燃え上がる。
まるでそこだけが原始の地球へと戻ったよう。
そこに立つ二人の少女がいた。
≪紅蓮の皇女≫ステラ・ヴァーミリオン。
≪白き死神≫多々良 白雪。
だが……その姿は、正反対と言っても良かった。
ステラは僅かな衣服のほつれ以外に擦り傷一つ見えず、身体の内側から放たれる紅き燐光は見る者を魅了する美しさがある。
一方、白雪は……まさしく死に体を晒していた。
己が渾身を受け止められ、反撃で受けた炎熱の一撃により左腕はぐちゃぐちゃに壊れ、臓器は小腸と大腸の一部、右腎臓、そして肝臓が破裂及び損傷している。更に小腸と大腸の一部を抉り取られた傷口からは未だ出血が酷く、あと3分もあれば失血で彼女は死ぬだろう。
衣服はステラと比べるのも馬鹿らしくなる程に焦げ、破れ、そしてそこから熱で溶けた皮膚や筋肉が覗いていた。
「ッ……ガ……ァァッ……‼︎」
しかしそれでも、それでも白雪は戦うことを止めようとしなかった。
思うように動かない身体を引きずり、震える指に精一杯の力を入れて≪銀雪≫の引き金を引く。
「≪
「……フッ‼︎」
だが、放たれた幾多もの殺意はステラという名の標的に到達する前に全て消し飛んでしまう。
そして、今度はステラが大きく白雪へと踏み出し、≪
咄嗟に白雪は後退しながら≪銀雪≫を盾に斬撃を受け……。
ミシッ……パキッ……。……バキャッ‼︎
「ッ〜〜ぎゃぁああああぁぁぁぁぁぁッッ⁉︎」
刹那、今まで体験した事のないような衝撃と激痛が彼女の身体を蹂躙。残っていた右腕はそれにより完膚なきまでに砕けた。
その余りの痛みに白雪は喉が裂けるほど悲鳴を上げ、荒れ果てた大地をゴミ屑のように転がる。
「ひ、ぎいいい……ゥうウウウウウウウウ……‼︎」
その余りの痛々しさに、観客達は愚か実況、伐刀者である解説さえも言葉を失う。
『これは……ッ……‼︎』
ようやっとその一言を搾り出すことが出来た実況。
それは最後まで続かなかったが、全ての人が同じ思いを抱いていただろう。
ーーーーーーあまりにも、酷い光景だ、と。
『白雪選手はまだ、倒れません。ステラ選手が痛ぶっている訳ではありません。白雪選手が、能力と気力で致命傷を凌いでいるのです……信じられない。ここまで実力差がありながらまだ食い下がるなんて……‼︎』
その解説の言葉を聞きながら、観客席の端で観戦していたガウェインはリングへ背を向けて歩き出した。
「……おや、何処へ向かうのですか、ガウェイン君?」
「帰るのですよ。この試合は先が見えた。最早ここで見ていても結果は変わらないでしょう?」
同行していたエムリスの言葉に歩みを止めたガウェインは、肩を竦めてやれやれといったジェスチャーと共にそう言い切った。
「先生も奇特なお方だ。結果は分かっていたというのにわざわざここまで見に来るとは……」
「君には、この先が分かっているというのですか?」
「ええ。先生だってそうなのでは?」
エムリスは、瞠目して。それから僅かに口端を歪めた。
白雪を見つめる彼女と瓜二つの少女を眺めて……。
「ガウェイン君。それは……慢心した人間の発想ですよ」
瞬間ーーーーーー。
「頑張れええええええええええッ、白雪イイイイイイーーーーーーィィィィィィィッ‼︎」
会場どころか外にいる人にまで聞こえそうな声援が、二人の耳朶を打った。
(ふざけんな……‼︎)
幽衣は、“キレて”いた。
彼女がキレることなど幾千も幾万回もあったが、今、これほどまでに身体を焼き焦がすのではないかと思えるほどに燃え上がる怒りは初めてだった。
その激憤は衝動と成り、腹の底から白雪への叫びとして激動を産む。
口汚く罵ってやるつもりだった。
無様を嘲り、嗤ってやるつもりだった。
「頑張れええええええええええッ、白雪イイイイイイーーーーーーィィィィィィィッ‼︎」
なのに、口から放たれたのはそんな言葉だったのだ。
叫ぼうとしていた言葉とは正反対の激励だったのだ。
(くそったれがッ‼︎)
叫んだ時、幽衣は悟ってしまった。悟ってしまったが故に、心の中で悪態を吐いた。
ずっと前から分かっていたのかもしれない。白雪が自分を追って≪黒い家≫にへと入った時から、あるいは白雪が自分に甘えてくるようになってから。
その事を事実と認めなくなくて、自分は目を背けていただけ。だが一度直視してしまうとその事実は嘘だと思い込む事が出来なかった。
(ずっと、厄介な奴だと思ってたのに!面倒で、アタイには邪魔な存在でしかないと
ーーーーーーアタイは、アイツの事が好きだッ‼︎
口でどう罵ろうと、どれほど暴力を振るったとしても、心の底では幽衣は白雪に対して親愛の情をいつのまにか抱いていたのだ。
「そんなアマチュア、テメェなら一発で仕留められるだろうがッ‼︎テメェなら出来る‼︎ありったけの、マジの一撃を叩ッこんでやれェェェェェーーーーーーェェェェェッッ‼︎」
その幽衣の心からの叫びは。
「ッ……ァァア"ア"ッ……‼︎
ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ーーーーーーッッッ‼︎」
白雪に、力を与えた。
「「「ーーーーーーッ⁉︎」」」
刹那、会場全ての人は見た。
白雪の身体からゆらりと蒼の魔力が立ち上るのを。
『なっ……し、白雪選手から大量の魔力が立ち上り始めました‼︎これは、これはまるで‼︎』
彼らはその姿に既視感を感じたのだ。
ステラの試合が始まる前、諸星と一輝の試合にて。
一輝が持ちうる1分間のブースト能力を持つ伐刀絶技と……‼︎
『≪一刀修羅≫……⁉︎』
「ははっ。これは流石に予想外でしょう、ガウェイン君?」
その様を驚愕ではなく満面の笑みで見つめるのはエムリス。体面だけではなく、心の底から白雪の成長を喜んでいた。
「実験などの場において結果が予想通りいく、なんてことは1%にも満たないのですよ。現実は常に予測の遥か先を行く。先の事が分かっていると言い切れるのは、神か傲慢な者でしかあり得ないのです。見なさい。白雪は、今己の意思で身体のリミッターを解除しました。貴方には出来ますか?嗤う事は、出来るのですか?出来ないでしょう?
覚えておきなさい。傲慢とは己の敗北に繋がるものです」
「……肝に銘じておきます」
ガウェインは恭しく首を垂れながら、心中では猛り狂う怒りを白雪にへと向けていた。
(クソックソッ‼︎この死に損ないがッ‼︎弱者は弱者らしく、とっととくたばって死んどけよ‼︎)
だがリングの白雪は身体中の負傷もなくなったかのようにしっかりと二本の足で身体を支え、静かな瞳で直線上に立つステラを見据えていた。
「……驚いたわね。ここまでアタシに食い下がるだなんて」
ステラは、未だ倒れる気配のない白雪に対して心からの賛辞を送る。彼女は今までにこれほど長い長期戦を経験したことはなかった。彼女の力はそれほどまでに強力なものだったのである。
その力を白雪は受け続け、それでも尚立っている。
「そしてその姿。まるでイッキの≪一刀修羅≫みたい。……だけど、アタシには絶対に勝てないわよ」
無言でこちらを見る白雪から僅かに後退する。
「敬意を以って倒してあげるわ」
≪
刹那ーーーーーー剣は爆発するかの如く燃え上がった。
巨大な焔は哮り、集い、狂い、喰らい合い……一閃の光と変生し、天を貫く。
それは龍の怒り。
身の程を知らぬ愚か者に振るわれる鉄槌である。
その光の剣を、
「≪
ステラは白雪に向けて振り下ろした。
実況は思わず悲鳴を上げた。
ただでさえ白雪は重篤な怪我を負っているのに、これ以上大きな一撃を喰らえば死んでしまう。だというのに。
白雪は、笑っていた。
自棄になったわけでもなく、その瞳は輝いている。
(言われたからね……一発キツいの、カマしてやれって)
朦朧とした頭に、その叫びはよく刺さった。
誰が叫んだのかもよく分からないが、心地よい風が吹きこんだと思われる程に気持ちが良くなった。
(やってやるよ……。どこまでやれっか、分からないけど)
だから、
(見ててね、姉様……ッ‼︎)
白雪は、走り出した。
残り50m。
白雪は初歩で≪銀雪≫を解除した。
≪銀雪≫による銃撃は既に捨てていた。もはや通じないことは分かっていたからだ。
初歩の足に≪銀雪≫を解除して得た魔力を込めて蹴り出す。
ステラが振り下ろしてくる光が彼女の目前まで迫ったのは、全く同時であった。
(勝っーーーーーー……ッ⁉︎)
勝利を確信したステラは、直後目の前の光景に刮目する。
真っ直ぐに白雪に向けて奔る光が白雪の手前でまるで避けるかのようにぐにゃりと
「やりますねえ‼︎空間そのものを≪歪曲≫させましたか‼︎」
エムリスが驚嘆の声を上げる。
白雪はステラの光熱の剣を曲げながら更に加速する。
残り30m。
ステラは振り下ろしから薙ぎ払いに斬撃を変え、白雪を腰斬しようとする、が。
「ッ〜〜〜〜〜〜ッッ⁉︎」
瞬間、ステラを頭が割れたかの如き激痛が襲い、全身の筋肉が硬直した。次いで吐き気が胃の腑から込み上げる。
特に酷いのは頭の痛みだ。まるで脳を直接掻き混ぜられているかのように絶え間ない苦痛が彼女を襲う。
これもまたーーーーーー、白雪の仕業であった。
≪
あの時は全力ではなかったが、今回は全力。更にステラは外傷には強いものの今のような内部からの激痛は余り経験したことはない。故に、ステラはその痛みに思わず顔を歪めて薙ぎ払いの動作が遅れる。
だが全力は、白雪に代償を払わせる。
ぶちゃ、と音を立てて白雪の左目が爆ぜた。
残った右目からもどろりと黒い血が流れ視界を汚す。
それでもステラ相手に稼いだ時間を白雪は走る。
残り20m、15m、10m、5m。そして。
薙ぎ払おうとしていたステラの≪
「ッ⁉︎」
摂氏3000℃を超えるステラの霊装。それを素手で掴んで無事で済むはずがない。じゅう、と音を立てて白雪の左手が焼け焦げて更に壊れていく。
「……捕まえた。この、距離、なら……外れない」
しかし、その痛みを感じていないかの如く白雪は微笑を浮かべる。そしてその笑顔にステラは……恐怖を抱いた。
≪竜≫を体現している今であっても拭い去ることが出来ない、この一撃は命に届きうるという確信を。
だがもう遅い。もはや誰にも……白雪は止められない。
白雪は同じく砕けた右手を無理やり動かして握り拳の形にすると。
「≪
とん、と軽くステラの胸の中央を叩いた。
「「「……え?」」」
誰も彼もが、その光景に呆気に取られた。
あそこまでステラの攻撃をいなし、懐に潜り込んでまで一撃を放とうとしたのだ、どれほどの威力なのか想像もつかなかった。
だが、叩かれたステラも白雪も動かない。
まさか不発か、と誰もが思った刹那。
ーーーーーーステラの胸が、まるでスプーンでくり抜かれたかの如く爆ぜて吹き飛んだ。
「ごほっ‼︎がッ……‼︎」
その更なる光景に、誰もが肝を潰し、言葉を失う。
≪
その最期の一撃は、白雪が全力を尽くして放ったものだった。
物理で押してもステラの防御の前では無力。
……ならば、彼女の防御が及ばない所に全力を撃ち込む。
即ち、体内に直接叩き込める一撃を。
それこそがかの伐刀絶技の特徴。
見た目はただの拳打でありながらもその実は撃ち込んだ刹那、標的の体内に流れ込んだ衝撃を≪歪曲≫の概念によって操作、防御の出来ない内臓を蹂躙するものである。
(とはいっても、胸の辺りを螺旋描くみたいにぐるぐる回すのが限界だったけど、ね……)
自嘲の笑みを白雪は零す。
あと少し余力があれば、ステラをミンチに出来たが……自分にはここが限界らしいようだ。
ステラが地面に膝をつくのを見る前に、白雪の意識を抗いようのない闇が覆い尽くしていく。
(……ごめん、……姉様……)
勝てなかったよ、と呟いたのを最後に、白雪の意識は完全に途絶えた。
白雪敗北。そしてこの事が後々この物語に響いてきます。
……まあその前に一つネタとして番外編を書かせて頂きますが。