ホントごめんなさい。
≪暁学園≫にとって、その試合は文字通り「悪夢」と呼べるものであった。
なにせ一度に、それも彼らにとって圧倒的優位にあった試合で、暁の手勢が半数以上も敗退を喫してしまったのだから。
まだ≪風の剣帝≫黒鉄王馬やサラ・ブラッドリリーなどといった有力な面々は残ってはいるが、それでも痛すぎる損失だ。唆されたとはいえ、白雪が幽衣と入れ替わった為に幽衣まで反則を取られて登録抹消処分を受けたのもそれに拍車をかけている。
「白雪はなんとか一命を取り留めました……が、意識が戻るのに時間がかかるそうです」
当の白雪を唆した男、ガウェインは≪KORT≫が根城としている廃ビルの一角にて、己が主人であるエムリスに対してそう報告した。
試合が終わりスタジアムに備え付けられた病院に担ぎ込まれた時、白雪はほぼ死にかけていた。全身が重度の火傷、片目は潰れ、臓器は軒並み破裂。よくも生きていたと思える程の有様だった。
そんな状態を救ったのは、≪白衣の騎士≫薬師キリコ。
とある理由で自身の抱える患者達が危篤状態に陥っていた中、目の前の重傷者である白雪を真っ先に助けた彼女は、正に医者の鑑と言えるだろう。
だが……それを、嘲笑う者がいた。
(余計な事を……くだらん。あんなネズミ一匹救ってご満悦ときたか、≪白衣の騎士≫)
心の中で、その所業をこき下ろすガウェイン。≪KORT≫に産まれた者は選ばれし存在であり、完璧な存在であるという考えを持つ彼にとっては、白雪はどこの産まれかも知れない雑種風情であり、≪KORT≫の名に泥を塗った裏切り者という認識なのだ。
「……そう、ですか。白雪くんが……ガウェインくん、今の白雪くんの居場所は?」
「ええ、はい。今はスタジアムから府内の病院に移動されました。いかが致しましょうか?お望みとあらば、……始末も厭いません」
「く、くくくきくくきくかくく。おいおいガウェイン、本音漏れてんぜ?ドクター、俺ァさ別に始末しなくてもいーと思うがねー。メンドーだし」
ガウェインの後ろからブルーノがけたけた笑いながらエムリスに指示をあおる。
一方のエムリスはというと、彼らを背後にして、廃ビルの窓から下界の光あふれる夜景を見下ろしながら、物憂げな表情で考え事をしていた。
「ドクター?ドークター?……へんじがない、ただのしかばねのようだ」
「殺すな、勝手に‼」
やがて、ゆっくりとエムリスがガウェイン達へと振り返る。その表情は、堅い決意に満ち満ちていた。その様子に、普段やかましいブルーノでさえも押し黙った。
そして、彼は……こう呟いた。
「分かりました。じゃ、やめましょう」
「「……は?」」
一体何と言ったのか、理解がつかなかった。
やめよう?やめようとは、一体何をやめるのだ?
理解のついていない2人に対して、エムリスは『やめる』という内容の説明を始めた。
「えー、やめると言ったのは、この計画を私、エムリス・アンブローズは任された訳ですが、今この瞬間を持って降りさせて頂きます。人数も減りましたし、後は月影総理に任せます」
「え?!」
「後、≪
「は、はい?ちょ、ちょっと待って下さいドクター?それは、つまり……」
突然にして、突拍子もないことを言い始めたエムリスに対して理解がますます追いつかなくなるガウェイン。
「はえ〜すっごい……たまげたなぁ」
一方、ブルーノはとうに理解を放棄してエムリスに対して賛辞とも驚嘆とも思える言葉を送っていた。
「あ、耄碌した訳ではありませんよ?白雪くんがもう少し残っていれば私も待ちましたが、脱落してしまったなら仕方がないですね。私としてもそろそろ準備はしたい頃でしたし、丁度良い頃合いかもしれません」
エムリスは淡々と、ほんの少し楽しそうに語り始める。
彼は見通しているのだ。確実ではないものの、数年もの間幾万幾億と続けて来た天文学的な演算によって導き出した最もあり得る未来の形を。
それには、≪KORT≫に降りかかるであろう災厄も導き出している。故に、エムリスは研究の材料が欲しかった。
天才である彼が100年もの時を費やしても未だ解き明かす事の出来ない、人の心と魂が持つ力の
その為には、どうしても必要な人材が要る。
「私は、期待しているのですよ。騎士としては最低……いえ、それすら満たない力しか持っていないはずであるのに、今最強の座を掴み取ろうとしている『黒鉄一輝』という存在に」
あれは素晴らしい、とエムリスは陶酔した気分に陥る。
久しく見なかった逸材。あれを逃したくはないと。
ふと、エムリスは気付く。この場にいない二人、ランスロットとアグロヴァルがこの場に来たことに。
彼らは、ガウェインとブルーノに一切気配を悟らせずに部屋の隅に立っていた。2mを超すランスロットがそんなことを行えるのにも驚異的な物があるが、アグロヴァルに至っては気配どころか
ランスロットの存在が元々いた二人に分かったのは、彼がその痩せこけた身体に染み着くようにべっとりと鮮血と鉄臭い芳香を漂わせていたからだ。
「ふむ、その様子だとしっかりこなしたようですね。ご苦労さま、ランスロット。私の可愛い息子よ」
その言葉に敬礼するように、ゆらりとランスロットは僅かに頭を垂れた。
エムリスは≪
理由はごく簡単、
さて、これを以て彼らの鎖は解き放たれた。もはや誰も彼らを縛ることは出来ない。何もかも自由の身だ。
「さあ、自由を手に入れてから最初の仕事です。大会が終わり次第、黒鉄一輝を捕え、私の元へ連れて来てください」
「手段は?」
「問いません」
「生死も?」
「問いません。己の殺しの理由も、誰を犠牲にしても、全て不問にします」
刹那──────彼らから歓喜と共に膨大な殺気が溢れ出す。
≪KORT≫が最強にして、最悪の傭兵集団である理由──────それは、何もかもを彼らの気分次第で変えてしまうからである。味方も、契約金も、被害も、エムリスからの指示がなければ彼らの性格とその時の気分次第で決めてしまう。下手すれば個人という点で最強の傭兵である≪
そんな彼らにエムリスは自由に遂行しろ、と命令した。
「さあ──────始めましょうか」
大阪、ひいては日本そのものを巻き込む災厄のカウントダウンが……今、始まった。
@
「……」
大阪府内にある大病院。その一室にて、多々良白雪は未だこんこんと眠り続けていた。医師からは、2日もすれば目覚めるとは言われたが、隣で一睡もせず看病する幽衣にとってはどうでもいいことだった。
「……なんで、なんでテメェはあの時一人で突っ走りやがった……?!」
誰も答える者のいない病室で、彼女はそう一人問いかける。
「そんなに、アタイを大事に思ってたのか?こんな道端でいずれくたばっちまうような、クソみてぇな存在を?」
何故だろう。何故こんなに胸が熱くなる?何故喉が詰まりそうになるのだ?
「それとも……信用出来なかったってのか、アタイの強さを……?」
何だ。何なのだ一体。この頬を伝う雫は一体、何だというのか?!
「なぁ、答えてくれよ……白雪……ッ‼」
静かな病院の夜。その日、誰かがすすり泣く声がか細く聞こえたという。
西尾維新さんの「十二大戦」風に≪KORT≫のメンバーの殺し方を書いてみる
ガウェイン……「踏みにじって殺す」
ブルーノ……「笑顔で殺す」
ランスロット……「貪って殺す」
アグロヴァル……「疑心暗鬼に殺す」