自分は、どこかおかしい。そんなことを、多々良 幽衣は病院の待合所で菓子パンを一口齧りながらぼんやりと思った。
あれから、1日が経とうとしていた。その間にも≪暁学園≫としての情報は逐一入手している。その中でも、最も衝撃を与えたのは≪KORT≫の離脱、そして≪
白雪が倒れてから何もかもが狂ってしまった。イラつきも、怒りも何もなく、ただ空虚が幽衣の心を支配していた。
(やっと、帰れるってーのに。初めてだこんな気分は……『実家に帰りたくねェ』なんて、思うはずなんてねェのに)
毎日煩わしく思っていた白雪の変態行為も、いざ彼女がいないと寂しく感じられてしまうのは、きっとそんな毎日に慣れていたからだろう。白雪はこちらの気分も知らず、未だ眠り続けている。つい1時間程前にルームメイトと名乗る少女が見舞いに来たのだが、幽衣はけんもほろろに追い返した。
思い返すとその時の自分はどこか変だった。相手は打算なしに、心の底から白雪を見舞いに来ていたのに自分はそれを拒否した。
それもただの拒否ではない、『死んででも行かせる気はない』とでも言いたげな感じに対応で、だ。別に彼女が白雪の所へ行ったとしても、とって食われるという訳でもないのに。
「ひょっとしたらアタイ、イカれちまったのか?」
厳しい任務が続く暗殺者の身だ。幽衣はそういう人間や仲間は何人も見知っている。が、どうにも腑に落ちない。
「でもなァ……そーいう奴は自分が『壊れてる』ってことを理解出来ねェはずなんだがな……アタイは違うのか?」
「なら、私が診察してあげましょうか?」
「ッ……⁉︎」
突如背後から耳の裏にかけられた声と吐息。
幽衣はこれを知っている。数日前、≪七星剣武祭≫の立食パーティーにて、同じことをされたから。
振り返って、幽衣は気怠げな声と共に目の前の犯人の名を吐き出す。
「あー……テメェは……薬師、キリコだっけかァ?≪白衣の騎士≫サマがなんでこんなとこにいやがる?」
鶯色の髪をした白衣の少女、薬師キリコであった。
彼女はあの時と同じように余裕のある笑みで、幽衣の問いに答える。
「ふふ、広島の方の
様々な手術を行ってきたキリコにとっても、今回の白雪のような重傷者は久しぶりに診察した。ひょっとすると、前≪七星剣王≫諸星雄大のそれよりも重傷だったのではないかと彼女は思っている。
それ故に、万全の状態で完治させる為にわざわざ彼女は広島から飛行機で寝る間も惜しんで大阪に戻ってきたのだ。
「まぁ、やってあげるというか、強制ね。あなた全然寝てないでしょ。この間見たときよりも目の隈が酷いわよ?姉妹纏めて診てあげるから、ついてきなさい」
「へーへー……わかりましたよ」
幽衣としても逆らって体を強制的に操られるのは勘弁だ。素直に従うと、白雪の眠る病室へと歩き出した。
@
「……うん。流石私ね、なんともないわ。あと数時間もあれば目覚めるって所かしら。……それで、次はあなたの診断だけれど」
魔力で以って白雪を診察しながら幽衣の話を聞いていたキリコであったが、白雪の診察を終えると続いて幽衣の診断へと乗り出す。
「精神科は専門じゃないけど、あなたの病気はそれなりに見当はつくわ」
「なんだよ、アタイの病気は?薬で治るものか?」
「うーん……無理かしらねぇ」
だって、とキリコは身を乗り出して幽衣に今彼女が患っている病気の名を告げる。
「あなたのそれは、『恋』の病気なんだから」
「……あ?」
あまりに想定外の答えに惚けたような声を上げる幽衣。
続いて、その顔が真っ赤に染まっていく。
「て、テメェッ‼︎ンなことがある訳ねェだろーがッ‼︎アタイが恋?暗殺者のアタイが?馬鹿言え‼︎しかも白雪とだなんて……そんな馬鹿なこと……」
「思い当たる節はあるみたいだけどね?」
「……ッ‼︎」
思い当たる節なんて、……いくらでもあった。恐らく、自分は白雪を喪うことを恐れているのだろう。だからあの夜あんなことを言った。彼女を置いていくことに気後れを覚えた。そして、彼女に近づこうとしたルームメイトの少女を門前払いしたのは……その少女に、自分が嫉妬していたからなのだから。
「……〜ッ……クソッ‼︎」
もはや否定も出来ないと悟った幽衣は、悪態をついて目の前のキリコを睨むぐらいしか出来なかった。
「そんなに睨まない。私も暇じゃないし、そろそろ行くわね。あなたの身体の不調はもう直しておいたから」
キリコはくつくつと笑いながら席を立って、病室のドアに手をかけて出て行こうとする。その前に一度幽衣の方を見やってから、医師ではなく、
「それに、その病気は大切にしておきなさい。きっといつか、あなたにとって素晴らしいものになるはずだから」
その言葉の真意を問おうと幽衣が口を開いた時には、もう彼女の白衣の裾がドア越しに見えていた。
『あ』の形で口を開けたまま、幽衣は暫し沈黙する。そして、口を閉じてから眠り続ける白雪の手を握って一人ため息を吐いたのだった。
そんな二人だけの病室を、外から伺う者がいた。
≪KORT≫が一人、≪群雲≫アグロヴァル。
彼はその高度な気配の遮断技術によって、誰にも知られることなくここまで侵入してきていた。
自由行動を許された彼が行うのは……白雪の誘拐。そのためには、一緒にいる幽衣を排除する必要がある。先程部屋から出てきた医師の気配が十全に離れたのを確認してから、片手にサバイバルナイフ型の≪
様子を探ってみると中の相手はこちらに背中を向けていた。ならばカタは、一瞬でつけられる……‼︎
「……よぉ、わざわざ真っ正面からご苦労なこった」
『……‼︎』
ドアを開けた刹那、ナイフを振り抜く前に……彼の首に、チェーンソーの刃が突きつけられていた。幽衣の≪
「白雪に用件があるなら、今は無理だぜ。代わりにアタイが請け負ってやっから」
『……なら、言わせてもらおう。そこの娘をこちらに渡せ。そうすれば何もしない』
嗄れた声で伝えられた理不尽な用件を、幽衣はギザギザな歯をむき出しにして笑うと、
「ギギッ、悪ィが……こっちもコイツに用があるんだよ」
拒否すると共にチェーンソーを振り抜く。
皮一枚でアグロヴァルは身をよじって回避し、相手へと応手を返そうとして……立ち留まる。
何故なら……幽衣が意識のない白雪を両手で、まるでお姫様抱っこのように抱えて、いつの間に開けたのか窓べりにへと立っていたから。
あと一歩でも下がれば、25m下のコンクリートに叩きつけられるだろう。
その状況で幽衣はなんでもないように、何もない虚空に身を任せた。
させじとアグロヴァルが疾走し、手を伸ばしてその服を掴み取ろうとするが、その指先がわずかに端っこを掠めただけに終わり、幽衣と白雪は共に窓から姿を消した。
『馬鹿なことを。共に死のうとするとはな』
そう吐き捨てると、アグロヴァルは窓から顔を出して地上にあるはずの二人の死体を探す。
が、
『ッ⁈な、いない……だと?どこに消えた⁈』
あるはずの死体がないことに狼狽するアグロヴァル。だが、その真相に気付き、己の失態を悟った。
(しまった……奴の能力は『反射』‼︎落下した際の衝撃をそれによって無効化したとすれば死体などあるわけがない‼︎)
その彼の推理を肯定するかのように、幽衣と白雪が落ちたと思われる場所には大きな亀裂が走っていたのだった。
(あー、もうッ‼︎クソ、≪KORT≫の野郎がなんでこっちに来てンだよ⁉︎なんか勢いで白雪も連れて来ちまったし‼︎白雪ィ、テメェ起きたらこの責任は必ず取って貰うからなッ‼︎)
一方、病院を抜け、白雪を抱えながら大阪の街にへと繰り出した幽衣。どこか一時身を隠す場を探す為と、病衣のままの白雪の服を変える為に、≪暁学園≫の生徒として泊まっていたホテルを一路目指して走り出したのだった。
自分の思いに気付いた幽衣。白雪が目覚めたらどう接するのか。
次回も楽しみにしていて下さい。