あと少しだけ番外の話削りました。要らないかなって思ったので。
参ったな、とエムリスは誰に言うでもなく呟いた。
なんとなく予感はしていたのだ。予感はしていたが、確信はしていなかったし他の面々はエムリスから仕事ということで久しぶりに張り切ってしまっている。到底駆り出すことなんて出来ない。
だからこそ……今彼は、デパートの中で迷子になっていたのだった。
齢100を超える爺が迷子なんて徘徊かと思われてしまうかもしれないが、生憎エムリスは体も心も20代のままで止まっている。
それはそれで恥ずかしいことだが。
「うーん、やっぱり誰かについてきてもらうべきでしたか……失敗してしまいましたねぇ」
実はエムリスは余り一人で外出した事がない。大抵は≪KORT≫の面々とだったり、あるいは≪KORT≫の本部で自室にこもって実験するしかしてこなかった。ついでに彼は地図が読めない。
早々に帰りたいところだが、そもそも玄関ドアまで辿り着けない。もはやどうやってデパートまで辿り着けたのか聞きたいくらいの方向音痴っぷりであった。
「……あのー」
「はい?なんでしょうか」
背後からの声に途方に暮れていたエムリスが振り向くと、そこには黒髪の少年が立っていた。
「何か迷っているようでしたら、僕が道案内しますよ?」
「ああ‼︎それは有難い。いやお恥ずかしい話、余りこういう所には慣れていないもので。実は私、猪国谷書店に向かいたいのですが」
「あ、それだったらそこを右手に曲がって、少し進んでから今度は左手に曲がると見えますよ」
親切な少年に対してエムリスは彼に向かって拝みたい気持ちになったが、それを我慢して、代わりに感謝の意を述べる。
「いやぁ、ありがとうございます。このお礼は必ず返しますよ」
「いやいや、そこまでして頂かなくても。人として当然のことですし」
「では、せめてお名前を教えて頂けますか」
「それならいいですよ。僕の名前は一輝です。黒鉄 一輝」
それを聞いて彼ははっとしたと同時に、『これがかの少年か』という思いで一輝の顔を見つめた。思っていたよりもかなりイメージが違っていたからだ。
一応、情報や試合のデータは見ていたが、その時感じた印象は研ぎ澄まされた刃のようであった。だが今は試合中ではないにせよ、別人かと思われるようなかなり柔和な趣きを彼から感じる。
(うーん、やはりデータだけではなく実地で見た方がいいですね。データでは分からないことが多すぎる)
「あのー、何かありましたか?」
「……あ、いえ。一輝君でしたか。本当にありがとう。いずれ必ずお礼をさせて頂きますよ」
それでは、と丁寧な所作でお辞儀をしてから立ち去っていくエムリス。一輝はその後ろ姿を見送ってから、ポツリと一言呟いた。
「……なんだろう。あの人、誰かに似ているような気がするなぁ……」
@
『親父。そいつやろうと思えばブッ殺せたんじゃねぇのか?アンタの能力なら楽にやれるはずだろうが』
「無茶言わないで下さいよ。攻撃する前にこっちの首が飛びますってば」
目当ての本を買って帰る途中、≪KORT≫のメンバーの一人であるアグロヴァルと電話しながら一階のカフェでエムリスは一息ついていた。
「大体私の能力はサポート向きですし、そもそも殺したくないんです。滅多にいない逸材ですよ?彼は」
『逸材だかなんだか知らねーが、そいつ目の前にして何もしねーとか、それマジで大ポカだぜ?』
「出来ませんって。なんせ周囲に目がついてるような気の張り方してるんですよ?間合いに入った途端に背中が粟立ちましたからね?」
まさしく剣の鬼だ、とエムリスはコーヒーを飲みながら独白する。
なにせ真っ正面から向かい合った途端、一輝から僅かに漏れ出る『剣気』に≪
「そんなに言うなら、あなたがやってみてくださいよアグロヴァル。今何をしているかは知りませんが、ブルーノがあなたの力を借りたいと言っていましたよ?少しは力を貸しても良いんじゃないですか?」
『……OK。親父、その話乗った。とりあえず
「……全員って、
その問いに、くつくつと笑いながら電話口でアグロヴァルは低い声で返事を返す。
『さあ?何人いるんだろうね?親父なら、分かってると思っていたんだがね』
じゃあな、という声を残してブツっと通話が切れる。
息抜きのはずだったが凄く疲れた気がするのは何故だろうか。エムリスはため息を吐きながら勘定を済ませて店を出ると……。
「あ」
「あっ」
そこでカフェのメニューを見ながら悩む少年、黒鉄 一輝と再び邂逅した。
「おや、奇遇ですね。何かありましたか?」
「ああ、いえ。大したことはないんですよ。少し買い物し過ぎて、お金が足りなくなっちゃって……」
別の店にしようかな、と諦めの言葉を口にする一輝。その言葉にエムリスはぴん、と閃いた。
「では、私が奢りましょうか?」
「え、良いんですか?」
「困った時はお互い様ですよ。先程助けられたお礼も返させて頂きたいですし」
一輝は元から推しには弱い性格であったので至極あっさりとエムリスの提案を受けてくれた。
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、私はそこまで言われるようなことはしていません。……しかしどうにも、何かありましたか?浮かない顔をしていますが」
「えっ、あ……すいません、顔に出ちゃってましたか」
「気にすることはありませんよ。誰しも悩みの種の一つや二つあるものです。どうです、私が乗れる相談なら相手になりますよ?」
エムリスの言葉に恥ずかしそうに後頭部を掻いてから、一輝はぽつりぽつりと少しずつ悩み事の内容を話し始めた。
実は長年自分と実家とはとある理由で疎遠となっており、今回久しぶりに実家の父から連絡があったのだが、その内容が実家との縁を切るかどうかそちらで決めてほしいというものであること。
そして自分の中では答えが決まっていたはずだったのに、未だに答えが出せずにいるということだった。
「……いやはや、なかなか拗れた家庭状態ですね」
まあ、自分の所もそんな変わらないのだが、と心の中で自嘲するエムリス。
「……しかし、答えは案外簡単じゃないんですか?」
「え、そんな簡単なことなんですか?」
「ええ。スケールは少々違いますけど、要はそれって……『只の親子喧嘩』に過ぎないのでは?」
「え⁈」
そう言いながらエムリスはぴんと人差し指を立てて一輝に「考えてみてくださいよ」と質問する。
「只の親子喧嘩で絶縁する親子ってあなたは見たことありますか?」
「い、いえ……騒ぐだけならよく聞きますけど、実際にそうなったという話し合いは聞かないですね」
「実は私も子持ちなんですが、喧嘩なんてよくよくありますよ。それだって、二人で向き合って話せばいつのまにか仲直りしてますし」
白雪が≪KORT≫を抜ける、という時も同じように大喧嘩になったが、結局は話し合いで穏便に解決した。
「一番いいのは、とにかく父親と話し合いをしてみることです。ひょっとしたら殴り合いに発展するかもしれませんがね」
「そういう経験はあるんですか?殴り合いとか」
「いやあ、あるにはありますけど、殴り合いというより……私が一方的に殴られる形ですよ、はははは」
エムリスの父親としての威厳が形無しになっていそうな話に、一輝もつられて苦笑いしてしまう。
「あとは、何が何でも自分の意思は通しなさい。一度ぐらい父親にわがままを通させても、あなたは許されますよ」
だって、とエムリスは一輝に対して優しく語りかける。
「親にわがままを言うのは、子供が持つ最高の特権なのですからね」
「……ッ‼︎」
と、ふと右手の腕時計に目をやってエムリスは少ししまったというような顔をして、一輝に別れを告げる。
「……おっと。そろそろ私も行かなくては。先に支払いは済ませておきますから、どうぞゆっくりと食べていて下さい」
「……あの、ありがとうございます。僕も悩み事を聞いてもらえてすっきりしました」
「いえ、私も色々話していて楽しかったですよ。それでは、またいずれ。
その言葉を残して、爽やかな風の如くエムリスは静かに去っていった。再びエムリスの後ろ姿を見ていた一輝は、最初の時に覚えた既視感を、ここに至ってようやく理解した。
彼は……エムリス・アンブローズは、かの大英雄、黒鉄 龍馬に相通じる所があるのだと。
(成る程、道理で話していて親近感を覚えた訳か)
かつて一輝が小さい頃、実家から虐げられていた頃に龍馬と出会い、その時語ってくれた言葉は今も彼の『芯』となっている。
エムリスの語った言葉はそれに能うものではないにせよ……一輝の悩みを完全に取り払うものであった。
「……しまった、名前聞き忘れたな。もっと話し合いたかったんだけど……仕方ないか」
またいつか、彼と会えることもあるだろう。その時はもっと色々なことを話し合いたいと思いながら、一輝は一時の休息の時間に入ったのだった。
一方その頃、エムリスはというと。
「すいませんガウェイン。今すぐ迎えに来てくれますか?」
『ええ、ドクター。何かありましたか?』
「いや、それがその……タクシーで帰ろうと思ってたんですが、お金が足りなくなってしまって……」
『……すぐに迎えに行きます。今どこですか?』
「……実は、何処なのかさっぱりで……」
大阪の街中で一人、途方に暮れていたのだった。
エムリスは方向・運動音痴。
魔力は埒外だけど身体能力は雑魚い。