「──────さて。我々の目的の遂行を邪魔しないで頂けるかな、お姫様?」
「……ッ」
《七星剣武祭》会場から5kmと離れていないスクランブル通り。混乱により打ち捨てられた車両が無造作に点在するコンクリートで舗装された道路の上でステラ・ヴァーミリオンとガウェインの両者が対峙していた。
「この混乱の中、原因の元と我々の目的を特定してここまで走って来たのは流石と言うべきではあるが……しかし、こちらとしても障害になりうる者を放置する訳にはいかなくてね」
滔々と語りながら近くにあった軽自動車のボンネットに腰掛け、ステラに抜け目無く注意の視線を向けるガウェイン。
対するステラには若干の焦りこそ見られるものの、その表情にはガウェインに対しての恐怖や警戒は全くなかった。
「……ふむ。仮にも《KORT》のことを知っていながら、ここまで堂々とした振る舞いが出来るのは中々だな」
「当然よ。今のアタシの実力なら、アンタ位は倒せるわ」
成る程、と頷きながらガウェインは己の不遜な態度を変えることなく顎を撫でて暫し黙考する。
ステラの言ったことは……実際正しい。
ガウェインは能力と小手先の技術で奇襲をかけるのが得意で、格上を倒すことも場合によっては可能ではある。
故にこそ、そうした小手先が通用しないステラのような隔絶した『絶対強者』には手も足も出ないのだ。
彼女の意見に納得しながら、ガスマスクの下で笑みを浮かべてガウェインは言葉を紡ぐ。
「ご明察だ、お姫様。確かに、確かに私ではどうしたって勝てやしないが────まあ、それならそれでやりようはある」
「……何を思い付いたか知らないけど……そこから指一本でも動かしてみなさい。命の保証はしないわよ」
ガウェインの言葉から害意を感じ取ったステラは片手に《
「構わんよ。別に指一本動かさずとも私がすることは一つだ、お姫様……君がそこから一歩でも動けば、私の能力の支配下に置かれている者を即座に自殺させる」
その言葉を聞いた瞬間、ステラの剣先が僅かに鈍ったのをガウェインは見逃さなかった。
「何を……!?」
「私の能力は《支配》、私の魔力に晒された者を自由に操れるというものだ……ああ、私の能力発動前に殺すという手段はお薦めしない。戦いならともかく、君から逃げることなら私でも容易いよ」
畳み掛ける。目の前にいる王女に与えるのは疑念と最悪の可能性だけで良いのだ。
ガウェインという人間がステラより勝るのは場数の差と交渉力、故に力による蹂躙をさせないようにその剣に重石を縛り付けにかかる。
「君には選択の自由がある。私と無辜の民の命と引き換えに黒鉄少年を助けるか、黒鉄少年の身柄を引き換えに罪のない無辜の民の命を救うか。私は君の選択を尊重しよう」
そして天秤を提示する。この世に一人しかいない恋人か、無数の市民達の命か。
彼女が愛を選ぶのか、
(若い彼女には重すぎるであろう二択、そう簡単には決められるものか。これで私は戦わずとも相手をここに留められると言うわけだ)
剣を向けながらも、決してこちらへと攻撃しようとせず究極の二択に煩悶するステラの姿を嘲笑いながら眺めるガウェイン。
「────さっきから邪魔だ、テメェら」
その光景に文字通り水を掛けたのは、刺々しい一声だった。
何者だ、と思う間もなくガウェインの全身に空から大量の液体がぶちまけられる。
「……ッ!!」
突然の奇襲。頭からひっ被った液体から漂う独特の匂いに、ガウェインの顔がしかめられる。
(この匂い、ガソリン!!となると次は────ッ!?)
ガソリンとは、燃料の中でも特に『燃えやすい』燃料である。
火を近付ければ即発火し、常温であっても容易に気体となるため爆発的な引火になることもある。
そんな代物を全身に被った上で、更に着火したライターが身体の近くに落ちてくればどうなるか。
「……ぐ、あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!」
ガウェインの総身から、爆炎が迸る。
熱さと痛みから逃れようと全身をかきむしりまるで虫の如く苦しみ転げ悶えるが、全身の衣服に燃える原因のガソリンが染み付いているのだからどうしようもない。
そんな男の様子など知ったことかとばかりにこの光景を作り出した犯人はバスの屋根に悠々と降り立った。
「ア、アンタは──────」
「……迷ってるヒマがあるんなら
驚きの声を上げるステラを睥睨しながら辛辣な言葉で突き放すのは……ボサボサした長い髪にチェーンソーの
「行き逢ったんでちっとばかし見物させてもらってたが、まあずいぶんと甘いなテメェは。甘過ぎてヘドが出そうだ」
「な、なんですって!!アンタだって妹が人質に取られたらきっと迷うに決まってるでしょ!?」
激発するステラの問いかけに、迷うものか、と幽衣はあっさりと吐き捨てた。
そのまま彼女は胡座を掻いて頬杖を突きながらまるで訳が分からないといったように悪意を剥き出しにしてステラを嘲る。
「白雪が人質に取られたならそれはアイツ自身の手落ちだ。他人のケツの世話までしてられるかよ。……最低だと思うか、テメェは。だがそのことに惑って剣先が鈍る方が、よっぽど最低だよ」
「ッ!!」
核心を突かれて動揺するステラ。火達磨となっていたガウェインが吼えたのは正にその瞬間だった。
「タア゛ア゛ア゛タア゛ア゛ラ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!貴ィ様ァァァァァァァよくもォオオォォォオォォオア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
怒りと怨念の籠った、辺りを震わせる絶叫を前に幽衣は─────面倒そうな顔で側に置いておいた燃料携行缶を手に取り、中身ごとガウェインにぶちまけた。
中身は当然ながらガソリンであり……今度はガウェインの周囲までもが灼熱の炎に包まれる。
「……まァ何が言いたいかっつーとだ。テメェは邪魔だからどっかに行っちまえ。コレの始末はアタイが付けてやる」
「え……」
想定もしていなかった相手からの言葉にステラは驚きの声を上げるが、すぐに幽衣の真意を理解するとその顔に不敵な笑みを湛えてゆっくりと口を開く。
「────ええ。
「……期待しねェよ、デブ」
親愛に満ち溢れたステラからの返答がまるで気に入らないといった様子で幽衣は悪口を漏らすが、その時にはもう彼女の姿は遠くに見えるまでに離れていた。
その場に取り残された幽衣は、小さく舌打ちしてから燃え上がっているガウェインの方へと向き直る。
「……渇ッッッ!!」
裂帛の気合いと共に魔力放出で無理矢理火炎を引き剥がして消火すると、ガウェインは怒りに燃える眼で幽衣をまるで射殺さんばかりに睨み付ける。
「一介の凶手風情が……!!高々ガソリンでこの私を殺せると思うなァ!!」
「文字通り『火に油を注いだ』ってかァ、ギギギギ!!ちょっとした挨拶って所だ、笑って許せよ」
怒号に対して幽衣はへらへらと意地悪げな笑みを浮かべていたが、やがて真剣な面持ちになると低い声音でガウェインに告げる。
「だが……今のテメェらがやらかしてるのは笑って許せる範囲じゃすまねェぞ。たかだか一人の為に何百人
「……く、く。嗤わせる気か《不転凶手》。殺しが仕事の貴様が、殺すことに文句を言うとはな。滑稽極まりない話だ」
まるで役割が逆転したかの如く、ガウェインが身体を震わせて幽衣の言葉の揚げ足を取って嘲る。
多々良 幽衣という少女は生まれてからこの方、暗殺を仕事として生きてきた。
金を積まれて人を殺し、人を殺して己の命を繋ぐ。
人の生き死にを糧に生活を続けてきた、人間の中でも一等唾棄すべき存在。
だがそんな者にだって────プライドはあるのだ。
「仕事だからこそだ。殺しを生業にしてきたアタイは仕事に無関係の殺しなんぞしたことがねェ。そして、クライアントを手に掛けたことも、だ」
《KORT》がそれを破ったことを、同じ闇に潜む住人として、そして暗殺者としてのプライドとして、彼女が許すはずもない。
「裏切りには相応の罰を、度を越した暴挙には制裁を。これからアタイはエムリス・アンブローズに落とし前を付けに行くが……ついでだ。テメェを潰してからにさせてもらうぜェ!!」
その言葉と共に片手に引っ提げていた
鮫の牙にも似た刃が高速回転を始め、唸りを上げて空気を切り刻む。
これに対してガウェインも己の霊装を顕現し、幽衣の行動に怒りの感情が籠った叫びを返す。
「痴れ者が!!貴様程度の雑魚が、あの御方に害を為せるものか!!その思い上がり、この場で命を以て償えェェッ!!」
「うるせェんだよ、ムシケラがァ!!」
両者が一歩を踏み出したのは全く同時。
刹那、二人の身体は魔力を纏って弾丸の如く加速し──────周りの車を吹き飛ばす衝撃と一帯を覆い尽くす土煙を伴って、激突した。