「ひゃはっ!!ひ、ははははははははははーッ!!」
天井には大きな穴が開き、そこから青空が顔を覗かせているデパート。その吹き抜けの構造となっている1階エントランスで、周りには瓦礫やコンクリート片がごろごろと転がっている中を、高らかな哄笑が駆け巡る。
「アーアァァアァァッハッハハハハハハッハハーッッ!!」
片腕に絡ませた赤い鉄線の
「────シッ!!」
交錯は一瞬。ブルーノが諸星の側を通過した後、一拍をおいて彼が持っていた剣の
だがブルーノはそれに目もくれず、ひらりとその姿を上階へと潜ませる。
もう何度目かわからない攻防に、諸星は少なからず苛立ちを覚えつつあった。
十数発の
落下したことによるダメージ自体は諸星が上手く受け身を取ったおかげで少ない。問題は
(急所に刺さるのはなんとか避けたが……足がやられたな)
こちらも魔力による防御である程度のダメージは抑えたものの、爆心に近かった足には無数の鉄片が刺さり、諸星のズボンを流血で濡らしていた。
諸星がブルーノを追撃しようとしないのも彼の戦い方の傾向もあるが、今はこちらの要因が大きい。
(迂闊には動けんな、こりゃ)
ため息を吐いて次の攻撃に備える諸星。その姿を、細身の剣を肩に担ぎながら上階の手すりに腰掛けていたブルーノが嘲笑う。
「ハハはハはははははハハハハはははははッ!!どうしたどうした。ヒーローは窮地こそ笑わなくちゃァ!!ファンが幻滅するぜェ!?」
「……うっさいわ、ボケ。ワイにとっちゃこんな傷、ハンデにもならんわ」
状況は、五分五分に近い。諸星はそう感じていた。
糸による攻撃を悉く打ち消し、糸を編んで作った鎧も易々と貫き通す彼の
(けどアレはいつまでもおとなしくしとるタマやあらへん。どこかで必ず勝負に出るはず……!!)
「つまんねぇなぁ、少ーしは話そうぜェ。こんなんじゃ見てる側も辟易して石を投げちまうよ……こんな風に、なァ!!」
ブルーノが叫びながら、両腕を交差させた。
それを合図にしたかのように、大量の瓦礫やインテリアが諸星に向かって一斉に雪崩れ込んで来る。
彼はただ、手をこまねいていた訳ではない。諸星にヒットアンドアウェイを繰り返しながら、あちこちの瓦礫に糸をくくりつけていたのである。
「……ちっ!!」
いかに
故にブルーノの攻撃に対して、諸星は跳躍して回避という手段を
「ひひ、ハハハハハハッ!!」
当然この応手にブルーノは襲撃を掛ける。
手すりから飛び降りながら、落ちてくる瓦礫を足場にして向かってくる諸星に躍りかかった。
ぐりん、とブルーノの片腕が人体の構造限界を越えて
《
「最大回転数、38!!喰らえ……《
そして腕ごと伸ばしながら勢い良く放たれるのは、ドリルの如く螺旋を描く鋭い突き。
限界まで捻られた反動によって生まれる回転による破壊力は、単なる突きとは比べ物にはならないだろう。
「《
対抗するは、一切の魔力を無力化せしめる諸星の伝家の宝刀の
不安定な空中、更に片手のみでの槍による防御ではあったが……それでも、空気を裂きながら突撃する赤い剣の鋒を消滅させることに成功する。
「甘いんだよぉオオォォォッッ!!」
だが、回転によって無理矢理に槍のガードを
「っ、ぐ、あああああああああああっ!!」
激痛に悶え、苦しみから悲鳴を上げる諸星の姿にブルーノはその瞳に狂喜の色を見せ、更に剣を深く突き立てようとする。
───それが、彼の失策であった。
「……甘いのは……そっちじゃ、ボケェッ!!」
叫ぶと共に、諸星はブルーノの顔面目掛けて全身全霊のパンチを放った。
ほんの少しばかりの魔力しか籠っていないテレフォンパンチ。ブルーノには蚊ほどのダメージもないだろう。
それでも、ブルーノは念のために数本の糸の
防御した。────そのはずだったのだ。
「……あ、レ……!?」
次の瞬間彼が知覚したのは、仮面を砕きながら、自らの頬に深々と食い込んだ諸星の拳。
何故、何故、何故。突然の事態にブルーノの思考は走馬灯の如く駆け巡るが……諸星はそんなことなど知ったことかとばかりに、ブルーノを地上へと叩き飛ばしたのだった。
◎
例えばステラ・ヴァーミリオンであれば大剣を出さずとも火炎を放てるし、ガウェインは魔力をばら蒔くことで多くの人間を《支配》の能力で縛りつけた。
諸星が利用したのは、これであった。
『《
即ち、囮の《
そしてこの策は成った。
魔力を無効化する拳に、防御もなく思い切り顔を砕かれたブルーノのダメージは重篤。
更にろくに受身もとれずに地面へと衝突したのだ。
(腕一本でその面に一発じゃ……少し割は合わへんがな)
瓦礫や家具の残骸が山積する1階エントランスに再び降り立った諸星は、数m先に仰向けで倒れ伏すブルーノに止めを刺すために黄色い槍の
「これで
「……ああ。これからはバカにもなれないな」
先程とはうって変わって冷静な声で、むくりとブルーノが上体を起こす。
仮面を砕かれて現れた、その顔は……まるでパッチワークのように、ズタズタに縫われていた。
まるで複数の人の皮を貼り合わせたかのように、顔の各部で皮膚の色が異なっている様は、異常としか言い様がない。
「さっきも言っただろう?道化の仮面を取ったら……笑えなくなると。俺はこの通り、泣き虫だからね……」
そういうブルーノの目からは、絶えず涙が溢れ出ていた。
理由は明快────
その痛ましい顔に、思わず顔をしかめる諸星。だがブルーノはそれを気にする素振りも見せず、淡々と話し続ける。
「しかしまあ───一本取られた、と言うべきか。
「そりゃ、どうも」
ブルーノは座り込んだまま、立ち上がりもせず、構えさえも取る気がない。
余りに隙だらけ、チャンス、奇襲をかける好機。
だというのに、諸星は動けなかった。
(さっきとは、まるで雰囲気が変わりおった……!!なんやこの重圧は……!?)
「だが、浅いな。奥歯が砕ける程度じゃ俺はやられん。
そう言いながら、ブルーノは殴られた頬、その白磁のように白い肌の部分を愛おしげに撫でる。
まるで、恋人を慈しむかのように。
「もうこの世にいない、俺のせいで死んだ子供達。そして愛した人。俺以外に知る者のいない無垢な存在。……その残滓をお前は傷付けた」
ブルーノと諸星の間を、音もなく何かが一閃する。
直後、諸星の厚い胸板が横一線に斬られ、鮮血の華を咲かせた。
「っ、ぐっ!!」
「惜しいな。後一歩、踏み出していれば臓腑まで断ち切れたものを。どちらにせよ、俺がすることは────お前を殺す。徹底的に、無惨に殺してくれる」
刹那、無音の三連撃が諸星に目掛けて襲い掛かる。
一度目で腿の肉を削がれ、二度目の頸動脈への一撃を辛うじて槍で防ぎ……三度目にして攻撃の軌道を見切り、その正体に気付く。
ブルーノの腕だ。極限まで脱力し、己の異能で以て柔軟な鞭のようになったその先端を糸の
鞭という武器はその実、とても厄介な存在である。
自在にうねることで軌道を読めなくしたり、防御のしにくい位置に攻撃したり出来るというのもあるが───何よりも厄介なのは先端の『速さ』である。
その速度、およそ時速1200km。音速を越えた鞭の切れ味は非常に鋭く、アルミ缶すら簡単に切断可能な程だ。
それをブルーノは数倍重い己の腕で、更に諸星ですら最初見切れぬスピードで実現しているのだ。
「片腕だけでは殺すに至らず、か」
立ち上がりながら、ブルーノがもう片方の腕をだらりと脱力させる。
まずい、と諸星が躊躇なく後方へ身を投げ出した瞬間。
「《コンビ・スラップスティック》」
ブルーノの両腕が、周りを縦横無尽に切り刻んだ。
当たるを幸いに荒れ狂う鞭打の結界。それを維持したまま、目の前の諸星の下へとゆっくりと彼は歩き出す。
諸星はそれを目の前にして《虎王》を構え、うねりくねる波状攻撃を防ぎ続けるが、しかし……。
「……捉えたぞ、《浪速の星》。嵐の只中へようこそ」
《虎王》の長い柄に巻き付くようにしてブルーノの腕ががしりと掴み、諸星の身体を己の制空圏へと引きずり込む。
総身を切り刻まんと押し寄せる殺意を前にしながらブルーノに掴まれたままの槍を動かすことも叶わず、連撃が諸星をひたすらに打ちすえる。
「ぐっ、が!!ぐあああっ!!」
「貴様を殺し、俺は生きる!!
憤怒と怨嗟の込められた声が一撃の重みを更に加速させる。
諸星の両膝が地面に屈し、槍を握る力が段々と弱まり、意識が遠くなっていく。
(……大切な
数年前の事故。諸星は両足を失い、それを気に病んだ妹の小梅は声を失った。
今でこそ二人が失ったものは取り戻すことが出来たが、声を失った妹の姿がとても痛々しいものであったのは、諸星の記憶に鮮烈に焼き付いている。
諸星はブルーノの痛みと怒りを理解し、同情して。
「……この、大ボケがァァァァァァッ!!」
故に、激怒の衝動に突き動かされるままに吼えた。
その魂からの叫びに、ブルーノの動きが一瞬硬直する。
それを見逃す程、諸星 雄大という男は甘くはなかった。
引っ張り合いとなっていた《虎王》を解除し、無理やりブルーノの体勢を崩し、再度《虎王》を顕現しながら傷付いた足で彼の懐へと疾走する。
「っ……《トリオ・ザ・スラップスティック》ッ!!」
それを防ごうとブルーノが繰り出すは、両腕のみならず片足まで動員した鞭の乱撃。その猛威は先の比ではなく、諸星の身体を切り刻む。
「……っ、何故だ、何故止まらない」
だが諸星は少しもその勢いを止めず、ブルーノへと突撃する。
肩を抉ろうと、傷口に痛撃を叩き込まれようとも、その血にまみれた足を止めることすら出来ない。
諸星の鬼気迫る雰囲気に今まで感じたことのない恐れを抱き、ブルーノが目を見開いた瞬間……勝敗は決していた。
「……なんでや。なんで奪われた痛みが分かるのに……奪う側にお前は行ってしまったんや」
「痛みがなければ人は覚えない。それに……俺はこうしたやり方しか知らなかったからな」
己の身体を刺し貫く《虎王》を眺めながら、ブルーノは疲れた様子で呟く。
その顔には狂気も怒りもなく、ただただ清々したといった様子が溢れていた。
「だから、こうなった。俺は復讐に足る結果を求め、遂に狂気にも正気にもなれなかった────哀れな
お前はこうなるなよ、とブルーノは言い、崩れ落ちた。
その身体から槍を引き抜いた諸星の顔は……悪人を倒した者がしないであろう、憐憫の表情であった。
「ひょっとしたら、ワイはお前のようになっていたかもしれん。だけどワイは出会いに恵まれた。だからこうして立っていられるんや」
家族、友人、そしてライバル達。彼らとの出会いと交流によって諸星は立ち直れた。
ブルーノにも、そうした出会いがあれば。
そんなifに思いを馳せながら、諸星はその場を後にしたのだった。