波打ち際に打ち上げられているポケモンがいた。彼の記憶はすべて消失。名前すらも思い出せない状態。
彼の存在はやがて、三年前に起きた二つの事件の解決に繋がっていく。


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本作のキャラクターはすべてポケモンです


イーブイ「僕たちちびっこ探検隊!」

──大丈夫?

 

 

 遠くから声が聞こえる。ザザーンザザーンと海の音も聞こえるようだ。記憶がないけど体が痛い。重い目を開けて周りを見ると一匹のポケモンが不安そうに見つめていた

 

 

──君こんなところで倒れていたけどどうしたの?

 

 

 なぜ倒れていたのかはわからないけど、この時目の前のポケモンに惹きつけられるような感じがした。

 

 

──もうすぐ夜になるからさ、一回ギルドに戻ろうよ。プクリンなら何かわかるかもしれないよ

 

 

 ギルド?プクリン?知らない言葉が頭を駆け巡り僕は混乱した。でも、この子についていけば何かわかるかもしれない。自身のない確信が僕を動かした。

 

 

「わかった。案内して!」

 

 

これは、イーブイと、一匹のポケモンをめぐる壮大な冒険のお話。

 

 

「私ウツドン、よろしくね」

 

 

 僕に声をかけてくれた子が、自己紹介をしてくれた。知らないポケモンにむやみに名前を教えるものじゃない。そう注意したくなったけど、僕は黙って聞いていた。

 

 意味はさっぱりわからないけど、何となくいい名前だと思った。私という一人称から察するに女の子なのだろう。

 

 僕は彼女から質問攻めにあった。名前、年齢、出身地、学歴、貯金、家族構成......。だけど僕は一つとして、答えられない。そのうち、彼女は諦めたのか質問をやめた。

 

 一瞬気まずい時間が流れた。そりゃ初対面だもの。仕方ないよね。とはいえ言い訳ばかりしていても仕方がないので、僕は会話の基本・5W1Hを駆使して、それの打破を試みる。

 

 

「君誰?」

 

「忘れちゃった? 私はウツドンよ」

 

 

 そうだったよ。whoは使用済みだった。でも僕は挫けない。

 

 

「君何なの?」

 

「私はギルドに勤めているの。つまり公務員!」

 

 

 これだ! これから話を膨らませていこう。

 

 

「ギルドっていうのは犯罪者を取り締まったり、未開の地を探検する組織のことだよ」

 

 

 守備範囲が広すぎる気がしたけど、今はそんなことに構っている場合じゃない。僕はウツドンとの会話を途切れさせないように質問をぶつける。

 

 

「ウツドンは今日も仕事をしていたの?」

 

「そうだよ。今日は凄いんだよ! 私、一匹でズヤヤをぼこぼこにしたの!」

 

 

 ズヤヤ? これまた聞き覚えのない言葉だ。キョトンとした僕の顔を伺ってか、彼女はその説明も付け加えてくれた。

 

 

「三年前の三・0・五事件はわかる?」

 

 

 首を横に傾けると、彼女は少し驚く。どうやらあまりに大規模な事件だったみたい。それこそ歴史に残るような......

 

 

「簡単にいうと、テロリストが一斉に武装蜂起したの。それを受けて発足したのがギルドなの」

 

「まぁ出来たのは事件が沈静化したあとなんだけどね。それでも残党狩りしたり忙しいの」

 

「大変なんだね。それに加えた探検もするんでしょ?」

 

「そーなのよ! どっちか一本に絞ってほしいよ」

 

 

 あれ? 待てよ。これから僕らはギルドに行くわけだ。でもそれってすなわち、僕はこの先危険に身を投じていかなければならないわけ!?

 そうは言っても僕には他に宛はない。ここでもしウツドンと別れたりしたら、たちまちの垂れ死ぬだろう。

 

 気がつくと目の前に大きな建物が見えてきた。ここがギルドなのだろうか。

 僕は......こんなワケわからない場所で死ぬの?

 

 僕たちはギルドの中に入る。ウツドンが二三、僕の事情を話すと、すぐに僕の就職先が決まった。あれ? 公務員になるのはこんなに簡単だったっけ?

 

 

「俺はプクリン。このギルドの所長だ。これからよろしく」

 

 

 かわいらしい見た目に反して声は野太い。だけど純粋そうな目もとをみるとなんだか落ち着かされた。そう言うと、彼は手を差し出す。握手を求めているようだ。僕は快く受けた。

 

 

「風邪気味か? 少し手が熱いな」

 

 

 自覚症状はない。でも今度、少し落ち着いたときに病院に行ってみようかな......そんなことよりも、本当はもっと早く気づくべきだったよね。"ウツドン"とか"プクリン"とかなに? キラキラネームの究極体?

 僕が戸惑っていると、彼がこう付け足した。

 

 

「ここのみんなは全員、互いのことをニックネームで呼んでいる。無理に真似しなくても良いけど、理解はしてくれ。ちなみに本名は福井林太郎だ」

 

 

 そういうことね。納得納得。由来は福井林太郎→ふくりん→プクリンってところかな。

 それから他のポケモン達の自己紹介も始まる。

 

 

「俺はキングラーだ! この中で一番の火力を誇るぜ。武器は醒弓・クラボウガン! 本名は大坂太陽だ! よろしくな」

 

 

 そのハサミは飾りかよ! そんなことはどうでもいいか。キングラー......よし! 覚えた。由来はおお(王)+太陽→キング+ラー(エジプトの太陽神)ってところかな?

 

 

「自分はフーディン。本名は鈴鳴疾風。この中で一番頭がよいと自負している。戦闘時の武器はこれだ」

 

 

 僕に、非常に長い刀を見せるフーディン。なるほどね、大振りの攻撃でガンガン攻める感じなのかな?

 すると彼は刀の両端を握って、引っこ抜いた。すると中から現れたのは二本の小太刀。僕の浅はかな予想はまんまと外れた。

 

ニックネームの由来は

鈴+鳴る+疾風→風鈴→フーディン

ってところかな?

 

 

「さっきも少し言ったけど、私も紹介するね。私はウツドン! 本名は内海花菜よ。好きな武器はグローブよ」

 

 

 これは簡単だね。内海のうつでウツドン! 多分ドンは西郷どん的なノリなんだろう。ところで......グローブ? それは武器なのだろうか。そんなことを考えていると、彼女は突然熱弁を始めた。

 

 

「いーい? ポケモン最後に頼れるのは己の体だけなんだからね? 弓矢だの小太刀二刀流だの言ってるけど? あんなの甘えだからね! そんな軟弱な考え、私は認めないから! だいたいさ......」

 

「口に実力も伴ってくれればいいんだけどな......」

 

「まったくだ。それにそういうことは自分に一度でも勝ってから主張しろ」

 

 

 キングラー、フーディンは慣れているのか、適当に流した。そこへプクリンが割って入ってくる。始めは会話に混ざりたいのかなと思ったけど、彼はとても大事なことを聞いてきた。

 

 

「君をどう呼べばいいんだ?」

 

 

 そういえばそうでしたね。僕には特に拘りはないので、みんなに決めてもらうことにした。

 だけどなかなか案は出てこない。いきなりあだ名決めろってのは難しいよね。おまけにヒントは何一つないし。

 

 

「それならイーブイというのはどうだ?」

 

 

 プクリンが提案した。イーブイ。それが僕の仮の名前になるのか。いい名前だと思うけど、どういう意味なのかな?

 

 

「プクリン、それはどういう意味なの?」

 

 

 ウツドンが訊ねた。僕と同じように彼女も由来を気になっていたみたい。

 

 

「彼がこれから目覚ましい成長を見せてくれることを期待して、evolutionから前の二文字をとってEV。つまりイーブイだ」

 

 

 進化と成長はまるっきり違う! と心の中で突っ込みながら、僕は新しい名前を受け入れた。

 

 

ぐぅ~

 

 

 僕のお腹の虫が騒ぐ。そういえば僕は、発見されてからなにも食べていなかった。お腹が空くのも当然か。

 他のみんなも同じ気持ちだったよう。みんながどこかへ一列になって向かう。僕は戸惑いながらも彼らについていった。

 少し歩くと、目の前に大きな部屋が見えてきた。僕たちはその部屋に入ると、右に直角に曲がる。そこにあるのはお盆や食器や食べ物。

 間違いない! ここは食堂だ。

 

 いわゆるセルフサービス。自分で盛り付けていくスタイル。キングラーとウツドンは大盛りで、プクリンは適量、フーディンは少ししか盛らない。

 

 僕も順々にお皿を彩っていった。それが終わると、中央の長い木製のテーブルにある椅子に、みんなが腰かける。僕は何となくウツドンの隣に座った。

 

 

「それでは!」

 

「「「いただきます!」」」

 

 

 みんなが声を揃える。僕は出遅れちゃったけどね。日頃の激務のためなのか、周りの食べっぷりは素晴らしい。大盛りの食事もあっという間になくなりそう。

 今日の献立はご飯と焼き鮭と沢庵と豚汁。栄養はよくわからないけど、バランスのとれた夕食な気がする。

 

 食事が終わると次はお風呂。広い浴場にみんなで入る。僕はのんびりと湯に体を預けた。

 それも終わるといよいよ就寝。みんな住み込みで働いているようなので、お部屋があるみたい。でも僕のお部屋を急に作ることはできないので、今晩はひとまずウツドンの部屋で眠ることになったよ。

 

 キングラーとフーディンにその事を言うと"気を付けろよ"という答えが帰ってきたけどそれはどういうことなのだろうか。まぁその答えはすぐにわかったけどね。

 

 午前2時。僕は異様な窮屈さに目を覚まさせられた。辺りを見渡すとすぐに意味がわかっだ。僕はツタにぐるぐる拘束されたまま、宙に浮かんでいたんだ。

 ようやく2匹の言動の意図を察した。ウツドンって寝相が悪いんだね。

 

 

 ギルドの1日は7時30分の朝礼から始まる。ここで本日の仕事を言い渡されるらしい。昨日寝る前に、ウツドンから教わったことの受け売りだけどね。

 

 

「今日の仕事だが......キングラーはバルキリー荒野の残党討伐、フーディンはニアデス山脈の探険、ウツドンとイーブイは旧サンライト街の残党殲滅にあたって欲しい」

 

 

 おぉー! というみんなの勇ましい叫びが聞こえる。一方で僕は震えが止まらないよ。これは楽しみだからなのか、それとも怖いからなのか。

 

 ウツドンの部下という名目なので、当然武器は持たせてくれない。いや、あったところでまともに取り扱えるとも思えないけどね。

 

 いかんいかん、そろそろ現実に目を向けようか。

 

 今回の僕たちの任務は、ズヤヤの残党狩り。敵はギルドからだいたい50km先にいるらしい。だから僕たちはバイクに跨がって向かっているんだ。

 

 両端には田んぼが広がっている。車通りもない道を二台が並走している状態だ。風を突っ切る爽快さは不安をかき消してくれた。あぁ、生まれ変わったらバイク乗りになりたいな。

 

 30分くらい経ち、僕たちは到着。バイクを近くに置き、それから3分歩くと、スラム街のようなものが見えてきた。反政府軍とはいえ、そこは確かに生活観を感じさせる。

 

 僕たちを見つけたズヤヤは、一斉に銃を撃ってきた。いや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!

 

 何故かウツドンは颯爽と全弾をかわして、乗り込んでいく。僕はもちろんそんなことできず、何発も浴びせられた。

 

 

   あれ? 痛くない

 

 

 僕は調子にのって走り出した。流石に目に当たるのは怖いから、そこだけは手で覆い隠しながらだけどね。

 やっぱり銃弾は痛くない。それを確認すると僕は、すでに戦っているウツドンの横に行った。

 

 

「ウツドン、ここからどうすればいいの?」

 

「目に写る敵をすべて駆逐せよ」

 

 

 ヤバイ、性格が変わってる。今はあまり話すべきじゃないね。

 

 西洋風の剣を片手に、襲いかかるズヤヤ。だけど僕がそれとなく蹴っ飛ばすと、それらはごろごろと転がっていった。

 

 なんか知らないけど倒しちゃったよ

 

 自身がついた僕。敵の斬撃を避けながら、キックをお見舞いしていく。

 

 

「エボリューションシュート!」

 

 

 しまいには格好つけて名前までつける始末。とはいえ、僕ら二人は無事に仕事を完遂することが出来た。

 

 

「イーブイ凄く強いじゃん! なに? 隠されしちからーみたいな?」

 

 

 何と聞かれても......一番ビックリしているのは間違いなく僕自身だろう。

 そのとき、僕はある気配を感じた。その方向から何かが来ると感じた僕。回し蹴りで銃弾を打ち返した。

 

 発砲主がいたと思われる場所に僕は目を向けた。そこにはやはり人影のようなものが見える。

 あまりに遠いため顔はわからないが、そいつはライフル銃のようなものを構えていた。

 

 

「逃げよう!」

 

 

 状況の理解が出来ていないウツドン。僕は彼女を無理矢理引っ張ると、バイクを置いた位置まで激走。それに飛び乗るとエンジンをかけ、すぐさまその場を離れた。

 

僕は始め、狙撃主の正体はズヤヤの生き残りではないかと考えた。だけど銃の威力があまりに違う。それから奴はウツドンを狙いはしなかった。

 

まさか......奴の標的は僕なの?

 

狙撃主の恐怖に怯えながら、僕は来た道を戻る。頭の中はそれで埋め尽くされていた。

 

 

「ただいま! プクリン、行ってきたよ!」

 

「あのね! イーブイ凄いんだよ。銃弾をものともせずに近づいて、敵を次々に蹴り倒したの」

 

ウツドンは僕の活躍をいの一番に報告してくれた。周りの反応から察するに、僕の身体能力は異常みたい。

 

 

「ご苦労様。さてご飯にしようか」

 

 

僕はすぐに狙撃主のことについて言おうとした。しかしプクリンの発言は、僕のお腹をひどく空かせた。

 

まぁあとでいっか!

 

昨日来たばかりだというのに、僕にとってギルドはそのくらい落ち着ける場所になっていた。

 

 

「銃弾が効かない......訓練なしでの常識外の身のこなし......」

 

 

僕はフーディンの呟きを聞き漏らさなかった。でも今は体が空腹に支配されている状態。あまり気に止めずに皆のあとをついていった。

 

 

食堂で食べるご飯はおいしい。昨日の倍の量を、僕はあっという間に平らげる。ちなみに今晩はご飯としょうが焼きとキャベツのみじん切りとアサリ汁。

 

 

「プクリン、実はさっき狙撃主に命を狙われたんだけど......」

 

「ちょっとイーブイ? でたらめを言わないの!」

 

 

そうやすやすと信じてはくれないかな。僕には信用がないから、仕方がないのだけど。

だけどプクリンは予想外に寛大だった。

 

 

「怪我はしていないのか?」

 

「殺気を感じて逃げたので怪我はほとんどないよ。ちょっと青アザができただけ」

 

「倒し損なった敵ではないのか?」

 

「武器があまりに高性能だった。だから多分違う」

 

 

僕はアザになった右足首を見せた。弾丸の威力がどう考えてもまったく違う。実際に受けたからこそ、僕はその答えに確信を持てた。

 

 

「何かそれに関する記憶はないのか?」

 

「なんにもない」

 

「さっきは疑ってごめんね。言われてみればあんなに鬼気迫る表情のイーブイは見たことなかったかも......」

 

 

お風呂に入るときも、僕の頭は狙撃主に支配されていた。もしかしたらただの生き残りだったのかもしれない。

 

そんな僕を案じてか、ウツドンがとあることを提案した。

 

 

「明後日みんなで遊ばない?」

 

「明後日......居残り当番は......自分だ!」

 

「残念! フーディン!」

 

 

キングラーが笑う。ギルドというものはどうやら、平日は全員が出勤し、土日は一匹だけ残して他の皆は休みらしい。

僕もいずれはその当番になる日が来るのかもね。

 

お風呂を出ると僕達はすぐに眠くなった。僕の寝床は今日もウツドンと相部屋。昨日みたいなことにはならないで欲しいな......

 

 

そして夜が明ける。

 

 

「おはよう! ウツド......ん?」

 

 

ウツドンがいない。ふと時計を見ると、針は11時を指していた。そういえば今日はお休みだったね。

 

僕は取り合えず部屋をあとにする。なんとなく外に出ようとすると、ウツドンが呼び止めた。

 

 

「どこいくの?」

 

「適当にその辺をぶらぶらしてみるよ」

 

 

今日の当番はウツドンなのね。僕は心の中で、頑張ってねとささやいた。

 

 

「地図をあげるよ。それではいってらっしゃい!」

 

 

悩んでいても埒が明かないから、僕は町に繰り出すことにしたよ。今日の天気は雲ひとつない快晴!

 

ギルドはかなり田舎に位置してるのだけど、それでも賑わってるところは賑わってる。それで、僕は商店街をうろつくことにしたよ。

 

お金はないからなんにも買えないけどね!

商品は小物や布類、食品が中心。ほんっと、見ているだけでワクワクしてきちゃうよ。僕は昨日のことも忘れ、一匹で楽しんでいた。

 

 

でもそれはすぐに上書きされたんだ。

 

 

鳴り響く銃声。見渡すと左斜めに5歳ほどの子供と、その両親が倒れていた。

 

辺りに銃を持ったポケモンは見当たらない。恐らく、高いところから狙撃したのだろう。だとすれば銃創から察するに、敵は八時の方向から撃ったに違いない。

 

その場にいた他のポケモン達が一斉に逃げ出す。店を営んでいるポケモン達も同様だ。

 

僕は親子のもとへ駆け寄る。もちろん姿なきスナイパーに警戒しながら。

弾丸は正確にこめかみを貫いていたため、恐らく生存の見込みはないだろう。

 

僕は彼らに触れてみた。死亡直後だからか冷たくは思わない。いや、むしろ熱いくらいだ。風邪気味だったのかもしれない。

 

殺気を感じた僕がおもわず右に転がる。だけど町の静寂はやまない。次に僕は手足を無茶苦茶に使って飛び上がった。予想通り、今度こそ銃声が鳴る。

 

僕の真下ギリギリを通る弾丸。だけどどうにか僕はそれを避けることができ......

 

なかった。地面に跳ね返った三発の弾丸が僕の腕に当たる。衝撃が殺されたとはいえ痛いものは痛い。傷からは血が流れていった。

 

僕は慌てて逃げ帰った。行きは一時間かけて歩いた道を二十分で走破するほどの速さで。

 

なんとかギルドに帰ってくると、僕の意識が遠のいた。あとから考えたことだけど、原因は無理な運動と出血多量かな?

 

 

「う......ん......」

 

「起きた! みんな! イーブイが目を開けたよ!」

 

 

この声はウツドンか。僕はまだ生きてるみたい。

 

 

「心配したぜ。帰ってくるなりぶっ倒れるんだからな」

 

 

そういえば今日の居残り当番はウツドンだったっけ。ということは、僕は彼女にここまで運ばれたのかな。

 

 

「この傷では明日は無理そうだな」

 

 

フーディンの言葉は、約束を思い出させてくれた。慌てて左腕を見ると、そこは包帯で綺麗に覆われていた。

どうやらもう、みんな帰ってきてるみたい。

 

 

「商店街から事情は聞いたよ。殺人があったってこと。君もそれに巻き込まれたんだろ?」

 

 

プクリンの推理は半分正解で半分間違いかな。巻き込まれたのは事実だけど、奴は僕のことも殺そうとしてきた。もしもただの無差別殺人ならば、逃げ遅れた人々にも銃口を向けたと思う。だけど実際に聞いた銃声は二回だけ。

 

同一人物かははっきりしない。だけど目的は同じなのかも。

 

この前僕は狙撃主の得物をライフル銃と言ったけど、恐らく本当は散弾銃だと思う。もちろん不正な改造が加えられていると思うけどね。

 

前回の弾は普通のだったけど今回の弾は三発に分離した。異なる種類の弾丸も揃えていると考えるべきなのかな

 

 

翌朝

 

 

「ウツドンは外にいかないの?」

 

「今日はここにいるよ。一匹だと心細いでしょ?」

 

 

うん。口でははっきりと伝えられないけど、その通りだよ。

 

 

「今日は勉強をしようか。鉛筆とかは握らなくていいから私の話を聞いてね」

 

「イーブイが倒れていた場所があるでしょ? あの海をまっすぐに進むと島が見えるの」

 

 

エンゼル海とソード島だったかな? 昨日の地図にも書き込まれていた気がする

 

 

「船でだいたい二時間くらいかかるかな? あの島もわりと人口があるから、定期船が行き交ってるの」

 

「三年前の1月20日。海上で定期船が突如として消えたの」

 

「定期船が消えた!?」

 

「普通ならあり得ないことよ。現在でも原因はわかっていない。まぁとにかく、船はあらぬ方に流されてしまったの」

 

「原因不明......波とかはなかったの?」

 

「快晴だったみたいだよ」 

 

「でも乗客は全員無事に救出された。あるヒーローによってね」

 

「誰なの?」

 

「答えはプクリン! まだギルドを作る前の彼が助けたの」

 

 

プクリンって凄い人だったんだな......尊敬しないと。

 

 

「一応海難事故って扱いにはなってるのだけど、実のところはよくわかってないの。オカルトになっちゃうけど、ジャックされたんじゃないかって説まであるの」

 

 

確かにその説だと

 

犯人はどこにいったのか

被害者はなぜその事を言わないのか

 

が説明できない。よって眉唾ものだろうね。

 

 

「フーディンったら暇があればいつもその海難事故のことを調べてるのよ。どんだけ真面目なのよ!」

 

「あっ! そういえば昔プクリンが話していたんだけど......」

 

「なに?」

 

「被害者の体温が軒並み高かったらしいよ」

 

 

このとき僕はなんとも言えない不安に襲われた。ふと鳥肌がたち、ぶるぶると震えちゃったんだ。

 

 

「だ......大丈夫!? 怖かったかな?」

 

「そんなんじゃないよ。大丈夫!」

 

「よかったー! ところでお腹空かない? 何か作ってあげるよ」

 

「ほんとに? やったー!」

 

 

ウツドンが厨房に入る。料理を作っている人は平日のみの勤務みたいだね。僕は調理しているウツドンに、一番近い席に座り、料理を待った。

 

 

「お待たせ!」

 

 

30分後くらいかな。ウツドンは大盛りの麻婆豆腐を運んできた。二匹分とはいえ、多すぎる気がする。

 

そのとき僕はあることを思い出した。今日の当番であるフーディンのことだ。ひょっとしたら彼の分も含まれているのかもしれない。

 

 

「フーディンはいつ食べるの?」

 

「彼は一度なにかに手をつけると回りのことが見えなくなる性格だからね......多分今日は三食抜きだと思う」

 

 

そうなのか。彼の異様な細さには思わず心配してしまう。ウツドン達にはもはや慣れられているようだけど。

 

では改めて......

 

 

「「いただきます!」」

 

 

目の前の光景に舌を巻く僕。ウツドンは驚異的なスピードで目の前の食材を口に運んでいく。

 

僕も負けじと食らいつく。味はたいへん美味だったけど、それに言及する暇はない。

こうして、巨大な敵はわずか五分で全滅させられた。

 

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

「食べたら眠くなってきたね......お昼寝しよっか」

 

 

ウツドンの誘いに快く乗る僕。食堂をあとにするとそのまま寝床に入った。

 

 

──────

 

 

自分には気になってることがある。三年前に起こった二つの事柄、定期船海難事故と三・0・五事件との関係だ。

 

ここで三・0・五事件についておさらいしておくか。独自の調べや見解も混じってるから気を付けてくれ。

 

三年前の3月5日、新国家樹立を訴えるテロリスト集団が武力行使に出た。国はそれを徹底的に弾圧。容赦なく犯罪者グループを殺していった。

 

結果として反乱はわずか3日で鎮圧。ただ、かなりの数の生き残りがいるから、小規模な反乱はまだ続いている。

 

一方で海難事故だが......これは三・0・五事件のだいたい1か月前に起こった。

それだけならただの偶然で片付けられる。だけど、あるものを見つけてから、それは疑惑に昇華した。

 

ここにあるのは三つのリスト。船の全乗船者のリストと、海難事故で救出された人のリスト、殺害された反乱者の身元のリストだ。いずれも非合法的な手段で手にいれた。

 

まず全乗客のリストと救出された人のリストを見比べてみようか。前者は56人、後者は55人だ。乗客の一人、伊藤悟(さとる)という男の名前が後者のリストから消えているんだ。

 

次は救出された人のリストと、反乱者の身元のリスト。

その結果、前者に名のある者の約6割が後者のリストにも名を連ねていることがわかった。

ちなみに後者の中に伊藤悟の名はない。

 

次にズヤヤについてだ。これについては非常に興味深いことがわかった。

これらの特徴としては

 

・戦闘力の水準が高い

・一般人より体が丈夫

・体温が高い

 

等が挙げられるのだが話を聞く限り、イーブイにもいくつかあてはまる。

つまりイーブイ=ズヤヤの可能性が浮かび上がるわけだ。

 

だが確証はない。血でも調べればすぐに証拠が出てくると思うが......昨日あいつが出血して倒れたときに、その場にいればよかったものを。血をもらう大義名分が欲しい......

 

考えの行き詰まった自分は激しい空腹に襲われる。そういえば今朝から何も食べていなかった。この前作ってから冷蔵庫に閉まってある、クレープでも食べるか。

 

自分は食堂に行くとクレープを食した。バナナ、イチゴ、アイスクリームにチョコソースがかけられているものだ。幼い頃に読んだ、ノートをかけて二人の天才が戦う漫画の探偵に憧れて以来、自分は大の甘党となった。

 

 

ふとテーブルに目をやる。そこには大きい皿と二つのスプーンが。イーブイとウツドンが......どうやら麻婆茄子でも食べたのだろう。それは別に構わないが洗え。

 

 

「まったくウツドンは......腕っぷしは強いのに駆け引きや指揮はてんで駄目、料理は旨いのに後片付けをしない、早寝は出来るのに早起きは出来ない......」

 

 

自分は愚痴を吐きながら、渋々それらの食器を洗う。それが済むと自室に戻る。

 

 

──────────

 

 

次の日の朝早い時間。

 

包帯を変えるため、ウツドンがそれを取ってくれた。すると、なんと傷口が綺麗に塞がっていたんだ。

程度にもよるけど、銃創の完治は通常二ヶ月くらい。かすっただけとはいえ、一日で治る何てあり得ない。

 

 

「熱い......」

 

 

ウツドンが呟く。僕は意味を理解できなかったから、しばらく黙ってることにした。

 

 

「傷口からウィルスが入ったかもね。怠かったりしない?」

 

 

否定の意思を示すために、首を横に振る僕。もちろん偽りはない。

そういえば以前、プクリンからも同じことを言われたっけ。

 

 

「どう考えても普通じゃない。イーブイ、血液を調べさせてくれないか?」

 

 

唐突に部屋に入ってきたフーディン。彼が僕に尋ねる。意外とこの人は心配性なんだね。僕はそれを快諾。注射は少し痛かったけどね。

 

 

「ところでフーディンはどうしてここに?」

 

 

ウツドンが聞くと、フーディンが無言で腕時計を見せてくる。時計の針はすでに7時35分を指していた。

 

 

遅刻だ! 僕達は慌てて朝礼に急いだ。

 

 

「まぁ事情を加味して今回は見逃そう。次はないからな」

 

「「すみません......」」

 

「今日は臨時の任務に取り組もうと思う。狙いはイーブイを二度も狙った狙撃主だ」

 

「俺も初めはズヤヤの生き残りだと思っていた。だけど商店街での一件はやはり不自然。だから今日、奴を捕まえよう」

 

「具体的な作戦は?」

 

 

フーディンがプクリンに尋ねる。

 

 

「海岸にイーブイを配置して、俺達は側から監視。狙撃主を見つけたら全員で取っ捕まえる!」

 

「誘き出すならエンゼル海岸よりもシルバー火山の方が効果的だ。狙撃主は絶対に自分が負けない場所じゃないと戦わないからな」

 

「加えてあそこにはズヤヤもいる。海岸に突っ立っているよりも、火山の方がいる理由に必然性が伴うはずだ」

 

「シルバー火山って......海を越えてソード島まで行けってのか!?」

 

 

驚き叫ぶキングラー。彼の様子から察するにそこは結構な距離があるみたい。海ならバイクも使えないし困ったなー。

 

 

「俺はフーディンの作戦に賛成する。良いよな?」

 

「まぁ仕方がないね。絶対に倒すんだから!」

 

 

意気込むウツドン。

 

島まではギルド所有の小舟で向かうこととなった。全員は乗れないので、ウツドンとキングラーが僕と一緒に行くことに。

 

プクリンは事務仕事に追われ、フーディンはズヤヤ討伐をするらしい。

 

舟なんて初めて乗るから少し楽しみ!

 

 

僕たち三匹が乗り込んでもしばらくは発進しない。どうやらエンジンがつかないらしい。大丈夫なのこれ?

 

普通の船で二時間かかるなら、これだとどれくらいで行けるのかな? それ以前に、辿り着けるの?

 

そんな心配は一瞬で掻き消された。

 

 

「速いね!」

 

「だろ? こいつなら島まで30分で着く! その代わりしっかり掴まってろよ!」

 

 

キングラーの言う通りだ。少しでも気を抜くとすぐに、振り落とされそう。僕達は30分の間、ひたすら勢いに耐え続けた。

 

 

「着いたぞ!」

 

「やったね! さぁ行こう!」

 

 

日頃から鍛えられているからなのか、キングラーとウツドンは元気。一方で僕はもうふらふら。

 

そういえばフーディンはシルバー火山を指定してたっけ。この体力で山登りなんてしたら死んじゃうよ!

 

 

「ここがフーディンの指定した地点か。スナイパーからしたら格好の狙い目だな」

 

 

そこは両端を崖で囲まれた狭い一本道。僕らはそこを一列で進んでいる。

 

いきなり発砲するキングラー。矢は崖の上まで飛び立ったのち、急激に落ちた。

 

 

「どうしたの?」

 

「敵の気配を悟った。奴は俺達を見ている」

 

 

銃声が聴こえる。しかし弾道がわからない。果たして敵はどこから撃っているのか。

 

ボウガンは武器の特性上、一発撃つごとに矢を補充しなければならない。そういうわけで、おいそれとは撃てない。

 

その間にも狙撃主は何度も発砲。どうやら目的は当てることではなく、恐怖心を強めることのようだ。

 

 

「焦れったいな! 正面から来なさいよ!」

 

 

回りくどいことが大嫌いなウツドン。もっとも、彼女の挑発はまるで意味をなさないが。

 

 

「そこだ! 見つけたぞ!」

 

 

狙いを定めたキングラーの一撃。矢は猛スピードで対象に迫る。その先には僕の見覚えのある影がいた。

 

悲鳴のような叫び声があがる。手応えを感じた僕達は、全速力で崖を進んだ。

 

 

「もう逃がさないぞ!」

 

「俺を罠にはめたのか......」

 

 

キングラーが矢を装填。その隙にスナイパーは逃げ出そうとする。それを防ぐために、飛びかかって頬を殴ったウツドン。

 

彼は全身を黒いマントで覆っている。

 

 

「痛いな。ギルドの奴等が俺に歯向かって何をしたいのだ?」

 

「仲間を傷つけた。それだけで俺達が動く理由にはなるよな。いいから俺に従え」

 

 

キングラーがボウガンを向けて威嚇。生け捕りにしろとのことだったので実際に放つことはない。

 

しかし正確に右肩を貫かれ、ポンプアクションすらまともにできない狙撃主には、それは恐怖でしかないのだろう。その証拠に彼は得物を捨てて投降した。

 

 

「よし、帰るとするか」

 

 

任務が一段落つき、ホッとする僕達。ウツドン達は先程よりもやや浮かれている。

 

一方で、僕は浮かされた。僕の至るところに鎖が巻かれていた。どうやら飛べるポケモンが上空から下ろしたようだ。

 

キングラーがボウガンによって鎖を切断。しかし一発限りのそれでは、すべてを切ることはできない。僕はあっという間に高く引っ張られた。

 

 

「私が行く! キングラーはそいつをお願い!」

 

「くっ......イーブイは任せたぜ」

 

 

ウツドンはスナイパーの身柄をキングラーに預ける。自身は高くジャンプすると、ボウガンによってちぎれて垂れ下がっていた鎖に掴まった。

 

 

「ウツドン!」

 

「イーブイは私が守る! だから大船に乗った気分でいなさい!」

 

 

五分程度飛んだ後、飛行ポケモン達は離陸した。周りは荒野となっており、正面には洞窟が見える。

 

僕とウツドンは飛行ポケモンに連れられて、その中に入る。

 

 

「イーブイ、今なら逃げられるんじゃない?」

 

「そうかもしれない。だけど僕はなぜ連れてこられたのかどうしても知りたい」

 

 

終始無言の飛行ポケモンだが、彼からは敵意が感じられない。その事が不思議だった。

 

 

「申し訳ありませんが、ここから先は彼一匹でお通りください」

 

「私は駄目なの?」

 

「はい、許しが出ておりませんゆえ。待合室をご用意いたしますので、そちらで疲れを癒してください」

 

「わかったわ。その代わり、もしイーブイに手出しをしたりしたら容赦なく乗り込むからね」

 

 

僕は彼に案内され、最奥地へやって来た。

 

そこは非常に広くて丸かった。中央にはポケモンが一匹。端にも何匹か潜んでいる。いずれも巫女さんのような格好だ。

 

 

「久しぶりだな。伊藤悟」

 

 

始めて聞く名前だ。人違いなのかな?

 

 

「失礼、今はイーブイだったな。記憶喪失というのは本当だったようだ」

 

 

もしかして、この人は僕の過去を知っている?

そうなると伊藤悟というのは僕の本名なの?

突然のことに頭が追い付かない。

 

 

「思い出せないのなら私が教えてあげよう。君の失われた記憶の一部をね」

 

 

やっぱりだ。依然として警戒は解けないが、僕の好奇心はどんどんと強まった。

 

 

「君の幼少期の記憶などは知らない。私にできるのは三年前のことからだ」

 

 

三年前......例の海難事故?

 

 

「ソード島とエンゼル海岸を繋ぐ定期船。そこに乗船していた、当時はまだ普通のポケモンであった君」

 

 

まだ普通のポケモン? まるで今は異常とでも言いたそう。

 

 

「その船には私もいたわけだが、私はそれを乗っ取った。本来の航路を大幅に逸れた場所まで来たとき、私は乗客、乗組員すべてにウィルスを感染させた」

 

 

ウィルス?

 

 

「そのウィルスの感染者は戦闘力と生命力が飛躍的に向上する。それから、苦しさは伴わないが、体温も上昇する」  

 

 

戦闘力と生命力が飛躍的に向上?

 

 

「それから私はこう、感染者に告げた。"来るべき反乱に協力せよ"と」

 

 

来るべき反乱? 

 

 

「感染者を騙して私は多数の兵士を得た。しかし唯一私に歯向かう者がいたのだ。誰かわかるか?」

 

 

まさか......

 

 

「それこそが君だ。伊藤悟! もっとも、君は私によって容易く落とされたけどね」

 

 

僕が? それに、海に落ちたって......

 

 

「私の口から正解を答えるのは容易。だが、少し時間をあげよう。私の言いたいことがわかるかな?」

 

 

ウツドン『君こんなところで倒れていたけどどうしたの?』

 

プクリン『少し手が熱いな』

 

イーブイ『あれ? (銃弾が)痛くない』

 

ウツドン『イーブイ凄く強いじゃん! なに? 隠されしちからーみたいな?』

 

ウツドン『被害者の体温が軒並み高かったらしいよ』

 

フーディン『(傷が1日で治るのは)どう考えても普通じゃない』

 

僕は次々と、言われて引っ掛かったことを思い出した。

 

まさか......僕は......

 

ズヤヤなの?

 

 

「でも......もしそれが本当なら、僕は三年もの間ずっと海を漂っていたことになるじゃん。そんなに生きられる訳が!」

 

「でも君は今ここにいる。それこそが最大の証拠ではないかな?」

 

 

嘘だ......そんなことあるわけがない。僕を騙すための狂言に違いない!

 

 

「ギルドは発足当初から私達の同胞への虐殺を続けている。それにも関わらず、我々が活動を続ける理由がわかるか?」

 

 

答えられない僕。彼は話を続ける。

 

 

「我々ズヤヤは通常の兵器では死なないからだ。もちろん殴られれば痛い、刀で斬りつけられれば四肢が吹っ飛ぶ。だけども死ぬことはない。失った箇所も数ヵ月で治る」

 

「通常の兵器......ということは、僕達を殺せる武器があるの?」

 

「政府の開発した特殊な弾丸であれば可能だ。腕に当たったくらいならばともかく、こめかみに当たれば即死だ」

 

 

僕は商店街でのことを思い出した。もしやあの親子もズヤヤ? そうなるとあの狙撃主はいったい?

 

 

「色々と疑問が浮かんでいることだろう。ズヤヤについて一から教えてやる」

 

「五年前、国は軍事目的で改造ポケモン・ズヤヤを作った。私達を誘拐して記憶を消してから、ウィルスに感染させてな。その数約200体」

 

「しかし作業中の事故で研究所は破壊。我々はそれを好機と見て逃亡を図った。そして私達は社会に紛れて静かに暮らすことにした」       

 

「だけどあいつらは私達の存在に危機感を持った。そこで国は、殺し屋を何匹か極秘で雇うことにした。彼らは対ズヤヤ用弾丸と、己の腕を武器に同胞の殺戮を開始」

 

「初めは200体もいたのに、二ヶ月が過ぎた頃には50体にまで減らされた。身の危険を感じた私達は、政府と戦うことを決めた」

 

「先の海難事故などがその一例だな。苦労もあったが、一ヶ月後にはその数を5000にまで増やした」

 

 

それが三・0・五事件の真相なのかな。僕は口を挟むことが出来なかった。

乗客数4950人というのはありえない。つまりそれだけ何回も誘拐をおこなっていたのか。

 

 

「しかし結果は惨敗。数多くの仲間が無惨にも散っていった。生き残った私達は抵抗を続ける者と、殺し屋に恐れながら普通の生活に戻る者に別れた」

 

 

言葉がでない。彼らのこれまで送った人生がいかに壮絶なものだったのか、それは僕の想像を遥かに越えたものに違いない。

 

でも同情とは反対に、怒りがふつふつと込み上げてきた。

そのために、関係ない人達を巻き込んだなんてとんでもない!

 

 

「我々は一ヶ月後、すなわち11月5日、総攻撃を仕掛けるつもりだ。そのときはぜひ手伝ってもらいたい」 

 

「どうしてそれを僕に教えるの? 敵である僕に」

 

「真実を知った上でなお、君は同族を倒せるのか? まともな神経の持ち主はそんなことできないよね」

 

 

再び言葉が詰まる。さっきまでの怒りもスッと消えた。同情の気持ちも失せ、僕は呆然自失となってしまう。

 

 

「しばらく時間をあげよう。今日のところは帰りなさい。君も命を狙われていることを忘れるなよ」

 

 

そこから退出した。

僕の虚ろな目がウツドンをとらえる。

 

 

「イーブイ! 大丈夫?」

 

「うん......」

 

 

僕達は行きに舟を停めた場所に戻った。荒らされている様子もなく、問題なく帰れそう。ということは、キングラーは自力で泳いで帰ったのかな?

 

 

任務を終えた自分がギルドに帰還。すると既にキングラーが帰ってきていた。

彼はプクリンと二匹がかりで、狙撃主と思われる男に問い詰めている。

 

 

「俺は国に雇われて仕事をしている! お前たちに捕まる理由がわからん」

 

「帰ったかフーディン! こいつさっきからこれの一点張りなんだよ!」

 

「プクリン、キングラー、こいつの取り調べは自分に任せてくれないか?」

 

「それは構わないが......」

 

「俺達では上手くいかねぇ。頼んだぜ!」

 

 

自分は狙撃主を自室に連れていく。彼からは聞きたいことが沢山あったからだ。同時にその話は他の二匹には聞かれたくないこと。

 

部屋に入ると、自分はいつもの椅子に腰掛けた。狙撃主には適当に、奥のベッドに座らせる。

 

 

「イーブイはズヤヤなのか?」

 

「そうだって言ってるだろ!? 俺が一般人を殺すわけないだろ」

 

 

どうやらこいつは説明が下手なようだ。独りよがりな話し方は、自分をひどく疲れさせた。

 

 

「本当にそうなのか? なにか間違いはないのか?」

 

「ないね」

 

「自分は自分のやり方で真実を突き止める。10分程度で終わらせるから、少し待ってろ」

 

「疑い深いね......まぁ許してやる」

 

 

自分は座っているキャスター付きの椅子で、後方に下がる。それから手の感覚で後ろの棚の戸棚を開けて、重い木の箱を取り出した。

 

中に入っているのは電子顕微鏡。これで今朝採ったイーブイの血液を調べていこうと思う。

 

自分はイーブイがズヤヤでないことを祈りつつ、血を試験管からシャーレに移した。

 

それを電子顕微鏡にセットすると、自分は上から眺める。 

 

 

「どうだ?」

 

「......お前の言う通りだった......自分は以前にもズヤヤの血を観察したことがあったが、そのときと同じだ。疑いの余地がない」

 

「だろ? 早く無罪放免にしてくれよ」

 

「わかった。プクリンには自分から伝えておく」

 

「話がやけに通じるな。お礼にいいことを教えてやるよ」

 

「殺し屋に教わることなどない」

 

「まぁ聞け。ズヤヤは俺達にしか殺せない。お前がいくら強くても、息の根を止めることは出来ない」

 

 

突然何を言い出すのだ? 自分はすぐにその言葉を疑った。しかし奴に嘘をつく利点はないはず。自分は軽いパニックを起こした。

 

気が付くと狙撃主はすでに退出済み。代わってプクリンが入ってくる。自分は少し迷ったが、真実を彼に伝えることに決めた。

 

 

「イーブイはズヤヤだ、間違いない」

 

「そうなのか。ならばさっきの奴は噂に聞く、政府に秘密裏に雇われた殺し屋だったのか......」

 

「本人にはどうする? あんたも当然ご存知だろうがズヤヤは即抹殺対象。下手なことは出来ない」

 

「バレれば彼をここに置いておけなくなるだろう。だからこの事は俺達の秘密にしよう」

 

「承った」

 

 

プクリンが部屋から出ていく。そして自分は再び奴の言葉について考え始めた。ズヤヤの特性をプクリンが知らなかったとは思えない。となるとギルド設立の理由は?

 

 

「ただいま! キングラー、狙撃主どうなった?」

 

 

僕とウツドンが帰還。彼女は開口一番、その事を聞いた。

 

 

「俺にはさっぱりわからねぇ。フーディンに聞いても、取り合ってくれない」

 

「どういうこと?」

 

「奴が無罪放免になった」

 

 

信じたくはなかったけど、巫女さんスタイルのあのポケモンの言った通りだ。

殺し屋は政府に雇われている。だから僕たちで裁くことは出来ない。

 

ところで僕には少し引っ掛かることがある。"フーディンに聞いても取り合ってくれない"とは? 

僕はそれについてキングラーに問う。

 

 

「初めは俺とプクリンで尋問していた。だが収穫がなくてな......フーディンと途中でバトンパスしたんだ。そうしたらあいつは突然、狙撃主を逃がした」

 

 

まさかフーディンは、僕がズヤヤだということを知ってるの? このままだとみんなに僕の正体がバレるのも、時間の問題かもしれない。だったらその前に手を打っておこう。

 

その後、僕は夕食のご飯、お好み焼き、メロンソーダを平らげ、入浴して、眠った。

 

 

翌朝の朝礼にて、僕は昨日知らされた情報をすべて伝えた。何を言われてももはや構わない。こうするしか僕にはできない。

 

自分の正体、ズヤヤの過去、狙撃主について、総攻撃のこと、ズヤヤはほぼ不死身であること......

 

 

「同じだ......あの男の言葉に偽りはなかったのか」

 

「どうしたんだフーディン?」

 

 

フーディンはキングラーを無視すると、プクリンの側に寄る。それから声を荒ら上げて叫んだ。

 

 

「なぜギルドを作った! 自分達は三年間、無駄な仕事をしてきたというのか!?」

 

 

あんなに激昂するフーディンなど、今まで見たことがない。迫力に押されているのか、言い返さないプクリン。

 

 

「自分達はこれまで散々戦ってきた! 異常な繁殖力に頭を悩ませながらな! 奴等の特性を知らなかったとは言わせないぞ!」

 

「申し訳ない......」

 

「もう一度聞く。どうしてギルドを作ったんだよ!」

 

 

確かに! 状況から察するに、三・0・五事件のときはズヤヤを殺すために特殊弾丸が使われたはず。だけどそれはギルドに配備されていなかった。

 

フーディンの言う通り、プクリンがその事実を知らないとは考えにくい。

 

 

「ズヤヤを......救うためだ!」

 

 

予想外の発言に驚く一同。もちろん僕も例外ではない。

 

 

「何を言っている......?」

 

「彼らの境遇は俺の耳にも伝わっていた。だから三・0・五事件のあと、俺は何度も彼らに説得を試みた」

 

「結局武装解除してくれることはなかったけどね。そこで俺は考えた。彼らの戦意を折るしかないと。武力で沈静化を図るしかないと。そうすれば国にズヤヤの安全性を証明できる!」

 

「でもそれは机上論に過ぎなかったというわけだ。俺は結局何も出来なかったんだ......」

 

「そんな......でも......」

 

 

フーディンはそれ以上何も言えなかった。騙されていたのは事実だけど、それを貫こうとしたプクリンの覚悟を感じたのかな。

 

 

「どうするつもりだよ。奴等が総攻撃を取り止めるとは思えないし、そんなこと聞かされたらもう戦えねえよ......」

 

 

みんなの心情を代弁するかのように発言したキングラー。僕も同感だ。

 

 

「それなら僕に考えがあるよ。聞いてくれる?」

 

 

僕は運命を受け入れ、覚悟を決め、総攻撃での作戦を皆に伝えた。

 

 

「本当にいいのか?」

 

 

プクリン......

 

 

「そんなの駄目だよ......」

 

 

ウツドン......

 

 

「そんなこと言われても......」

 

 

キングラー......

 

 

「お前の意見は大事にしたい。それでも......」

 

 

フーディン......

 

みんなありがとう。こんなに心配してくれて。でもやるしかない。だって......

 

 

「ズヤヤはここにいちゃいけない存在だから」

 

 

それからの一ヶ月、僕は様々な場所を探検した。

遺跡の発掘、地下湖、オーパーツ。休日にはサッカーを観戦したり、バスケに興じたりね。

 

 

そして11月4日。僕とウツドンはソード島に、フーディン、キングラー、プクリンは旧サンライト街以南に向かった。政府より配られた対ズヤヤ特殊兵器を装備して。

 

 

 

11月13日

 

 

洞窟の最奥地にて、イーブイと巫女姿のポケモンが話している。

 

 

「国には私達が死んだことにして、ズヤヤの身の安全を図るとはな。だがその代償に、お前は居場所を追われてしまったわけか」

 

 

世間的にみれば、11月8日はズヤヤ滅亡の日。僕も戦いの中で戦死したことになっている。

 

 

「みんなと会えないのは寂しいよ。でも悲しくはない」

 

「短い間だったけど、沢山の思い出ができたから! いつまでも仲間に違いないから!」

 

 

だけど......なんだろう、この目の違和感は。熱い液体がとめどなく流れていく。

 

 

「無理をするな。ハンカチを貸してやるから、それで涙を拭け。悲しくないのに泣くなどおかしいじゃないか」

 

「だって......だって......!」

 

 

覚悟していたはずなのに涙が止まらなかった。どうして? 心は落ち着きを取り戻したはずなのに......

 

 

「......ありがとな......イーブイ......」

 

「へっ? なにか言った?」

 

「ほら行くぞ! 泣いてる暇があったら地下街の整備だ!」

 

「うん!」




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