【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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第十一話 後編

 最弱職の少年が駆け抜ける冒険者達の人混みは、阿鼻叫喚のパニックとなっていた。倒したと思った機動要塞が、もう直ぐボンとなると言うのであれば致し方ない事だろう。

 幾人かの冷静な冒険者が声を張り上げて落ち着かせようとしているが、一度巻き起こった混乱はそう簡単には治まるものでは無い。諸手を上げて逃げ出す者すら出始める始末だ。

「ダクネスー! おい、ダクネス! 今度こそもう駄目だ、一緒に避難するぞ!」

 人をかき分けて倒れたアースゴーレムを避け、何とか最前線に佇む女騎士の元に辿り着くと、少年はその背中に声を掛ける。いかに頑固な脳筋聖騎士でも、街ごと吹っ飛ぶ様になれば逃亡を選ぶしかあるまい。嫌だと抜かすなら、実力行使も辞さない覚悟で少年は説得を試みていた。

 声を聴いた女騎士は、表情を引き締めながら少年に応える。

「私は最後まで退く訳には行かない。領民よりも先に騎士が逃げるなど、あってはならない……」

 その背中には、並々ならぬ決意が漂っていた。思わず少年に息を飲ませる程に、固い決意をもって言葉を絞り出しているのが伝わって来る。

「それに、街を吹き飛ばす程の爆発に巻き込まれるかと思うとどうだ……。この胸の内に湧き上がるかつてない興奮……。はたして私は耐えられるのだろうか。いや、幾ら頑丈だとは言え、耐えられる保証は無い。ああ……、もう辛抱堪らん……」

 だんだんと、語る言葉が妖し気になり、息も荒くなって行く。おかしい、少年は少し前まで立派な騎士と話していたはずなのに、目の前にはもう変態しか居ない。

「カズマ! 私は突撃するぞ!」

「はいはいカズマです。うぇっ? おいっ!?」

「いってくりゅっ!! どっ、ひーっ、ひひっ!!!」

 言うが早いか女騎士は剣を翻しながら、とんでもなく嬉しそうに頬を緩ませて駆けて行く。最後の方は興奮し過ぎて呂律が回らず、殆ど奇声の様な不気味な笑いになっていた。アレは聖騎士ではない。変態騎士だ。

 最弱職の少年は微妙な表情で見送ったが、同時にそれを見ていた冒険者達に変化が訪れた。

「おい、ダクネスさんが突撃しているぞ!」

「そうか! 爆発する前に止めるつもりなんだ!」

「この街を守る為に……?」

 女騎士はその振る舞いから、冒険者ギルドでは騎士の鏡のような人物だと誤解されている。口を開けばエロ願望が漏れ出す事を知っている一部の人間を除き、彼女を尊敬している冒険者達にはその行動は英雄的に映ったのだろう。

 アレだけ混乱し、恐慌していた冒険者達は落ち着きを取り戻す。そして、大切な事を思い出していた。

「俺はやるぞ! このまま逃げたら、あの店の子達に顔向けできねぇ!」

「俺も……。もう既にレベル三十を超えているのに、未だにこの街にとどまっている理由を思い出した」

「むしろ今まで安くお世話になった分、ここで返さなきゃ終わってんだろう!!」

 一部男性冒険者達が異様な熱気を伴って、周囲を巻き込みながら機動要塞へと突撃して行く。用意していたフック付きの矢でロープを掛け、わらわらと要塞の上部建造物に乗り込んで行った。日々鍛えて来たのはこの日の為だと言わんばかりの、猛烈な気合と士気を伴わせて。

 対機動要塞戦、第二ラウンドの開始である。

「この様子なら私達の出番はないわね。それなら今日はもう帰りましょう。帰ってまた明日頑張りましょう! ねっ? ねっ!?」

「何バカなこと言ってんだ。俺達も行くぞ駄女神。お前はこの状況の原因なんだから、黙ってついて来い」

 楽な方に流れようとする青髪女神を一喝し、少年も機動要塞に乗り込む事に決めた様だ。すぐ傍に居るリッチー店主も思いは同じの様で、自分も着いて行くと豊満な胸を張っていた。こんな時だが少年の視線は釘づけだ。

「カズマさん、制御装置を見つければ何とかなるかもしれません」

「ダクネスの奴……、そんなこと考えもしないで突撃して行ったんだろうな……。しょうがねぇなぁ!」

 リッチー店主の助言に従い内部を目指す為、嫌がる青髪女神を引きずりながら少年達も機動要塞の上層へと昇る。ロープを登り切った先に見えたのは、既に怒号飛び交う激戦場であった。

 上部施設を護る古めかしいが大きな体のゴーレム達を、冒険者達が多勢で群がり撃退している。ロープを掛けて引きずり倒したり、足を執拗に狙って動けなくさせたり。そうして行動不能になったゴーレムを、装備していた鈍器で滅多打ちにして倒すのだ。その様は、小さな集落に襲い掛かる野党のそれを想起させる。

 これではもう、どちらが侵略者なのだかわかりはしない。

「やっと上って来たね、カズマ。今はもう少しで、中央の施設の扉が壊される所だよ」

「ロー!? お前もこっちに来てたのか。何時の間に追い越したんだよ。めぐみんは一緒じゃなかったのか?」

 やや引き気味に暴れる冒険者達を眺めていた少年達の背後から、ニヤニヤした表情の召喚士が声を掛けた。召喚士は質問に答える代わりに、戦場の一角を指さし少年達の視線を誘導する。そこでは見慣れた巨躯の狼が、女騎士を背に乗せて次々にゴーレムを薙ぎ倒す姿が見られた。

 それは一見すると、人騎一体のウルフライダー。重装甲の騎士が巨躯の狼を操り戦場を駆け抜ける、華々しき戦果に見えただろう。だが、現実は違う。

「あれ……、ダクネスの奴は操縦されてるだけなんだろ。さっきから見てるとトドメしか刺してないし、攻撃は全部ダクネスが受け止める様に誘導してるし」

「フーちゃんは頭が良いからねぇ。ダクネスには、フーちゃんが敵の動きを止めたら、真上から剣を振り下ろしてって指示してあるんだ」

 巨躯の狼がゴーレムを体当たりで転倒させて、起き上がれないように体を押さえつけ、その間に女騎士が頭部を狙って薪割りの様に大剣を振り下ろす。敵の攻撃や小型バリスタでの射撃は、的確に女騎士を盾にして掻い潜る。

 不器用な女騎士でも、剣を振り下ろすだけなら命中率も何も無いだろう。弾避けにされる事については、彼女のキラキラした笑顔を見れば大満足である事がうかがえる。多分、動物に無碍に扱われている辺りも、ポイントの高い部分ではなかろうか。女騎士が幸せそうで何よりです。

「めぐみんは連れてきていない。ヘーちゃんに任せて下に置いて来たよ。フーちゃんに乗せて外壁から飛び降りたら、目を回してしまったからね」

「あの高さを飛び降りたのか……。そうか、それなら俺達はこのまま内部に行って来る。あの頑固な変態の面倒は、お前に任せるからな」

 魔法使いの少女の居場所を聞いて安心した少年は、召喚士に後を任せて内部に突入する事を告げる。その後ろにリッチー店主も続き、嫌がる青髪女神は手を掴まれて無理やり引き摺られて行く。

 召喚士は言われた通りにその場に留まった。ただ、去り行く少年の背中に向けて、何時に無く真剣な表情で言葉を掛ける。

「カズマ。君がどんな選択をしたとしても、僕は君の選択を尊重するよ」

「…………え、なに? 急になんでそんな事、言いだしたの? そんな事言われると、なんか怖いんだけど」

 投げかけられた言葉の意味が分からずに、肩越しに振り返った少年が訝し気な視線を返して来る。召喚士はそれに対して、いつも通りの胡散臭い笑顔に戻ってひらひらと手を振ってみせた。

「今は何でもないよ。さあ、時間も無いし、頑張って来てね」

 それ以上何か言う訳でも無く、完全にお見送りの態勢の召喚士。最弱職の少年はしばしその笑顔を見つめていたが、時間が無いのは確かなので溜息を吐くだけで要塞内部に侵入して行く。

「お前……、やっぱ性格悪いよな」

「うふふふふふ……。良く言われるよ」

 最後に苦笑と共に投げかけられた捨て台詞に、召喚士は自信を持って言葉を返す。その日一番の、嬉しそうな微笑みと共に。

 

 

 最弱職の少年が多勢の冒険者達と内部施設に突入してから暫し。上部施設に展開していた戦闘用のゴーレムは、粗方片付けられてその残骸が辺りに散らばっている。

 その残骸の一つに腰かけて、召喚士は遠巻きに女騎士の姿を眺めていた。

「そうか、カズマ達は動力炉に残ったのだな。話してくれてありがとう。私は――私達はここに残るから、あなた達は先に逃げてくれ」

 チンピラ戦士のパーティのリーダー、聖騎士の男に内部の状況を聞いた女騎士は、目礼をしながら彼に逃げる様に伝える。言われた聖騎士の男は深く頷いて、仲間達と共に機動要塞からロープ伝いに降りて行く。彼らのパーティには年若い少女が居るので、万一を考えて撤退する事を選んだのだ。

「カズマ達は最深部の動力炉で、マナタイトの処理をするそうだ。どう処理するかは分からんが、ウィズが居れば問題は無いだろう」

「そっかー、それなら終わるまで待っててあげないとね」

 話を聞き終えた女騎士は召喚士の元に歩み寄り、簡単に伝え聞いた最弱職の少年達の状況を説明してくれる。それを聞いた召喚士は当たり前の様に待つ事を決めて、女騎士もそれにあえて言葉を掛けるような事はしない。わかりきっていた答えに未練など無いのだから。

「……ん。世界を蹂躙した機動要塞の暴走の、その首謀者がまさか孤独死しているとはな……。酔って悪戯した挙句に国一つ滅ぼすとは、何ともはた迷惑な話だ」

「んふふふ、僕は嫌いじゃないよ。こう言うとんでもない事をしでかしておいて、大満足で大往生するお調子者って。死に際は華々しい方が楽しいよね」

 女騎士は召喚士に、この機動要塞を乗っ取ったと言われている開発責任者の顛末と、書記に残された暴走の原因を掻い摘んで説明する。そうして最後に出て来た感想は、各々の性格が現れていた。

「死に際か……。そうだな、女騎士としては醜悪なモンスターの苗床になって散るのも、忘れてはならない美学と言う物だな!!」

「それは僕の趣味じゃないなぁ。そう言うのは、カズマに言って困らせてあげないと」

 この二人では深刻な話題になる事も無く、会話は自然と他愛もない物になる。そして、話の流れは名の上がった最弱職の少年の物となった。

 女騎士は面映ゆい、背中がむず痒くなった様な表情になって言う。

「カズマ……、あいつは不思議な奴だな。とんでもない小心者の筈なのに、時折思い掛けない大胆さを見せる」

「……何か言われたの? 少し嬉しそうな顔してるよ。まるで恋する乙女みたいな」

「んんっ!? そんな顔なんてしてない。してないから!」

 慌てて否定するのは表情の事だけなので、何か言われた事は確かな様だ。召喚士がニッコニッコしながら慌てふためく女騎士を眺めていると、彼女は誤魔化す様に一度咳払いをする。

「少しだけ、嬉しい事を言われたのは確かだ。……いつか、めぐみんやアクア達にも言わねばならないと思っているが……」

 そこで一度言葉を止めて、女騎士は表情を引き締めて召喚士を見つめた。召喚士はその視線を正面から受け止め、口元を何時も通りにんまりと綻ばせてそれを眺めている。

「なあ、ローは私が……、私の産まれや育ちが……」

「僕は、対立する二つの種族の間に生まれた」

 覚悟を決めても逡巡してしまう、そんな女騎士の言葉を遮る様に、召喚士は唐突に己を語り始めた。その唐突さにも驚いたが、女騎士は何よりも飛びだして来た情報に目を剥く。

「どちらの種族にも疎まれる存在として生まれたけれど、たった二人だけは親友として、そして家族として僕を受け入れてくれた」

 驚きで思わず口を開けてしまっている女騎士に、召喚士は正面から視線を合わせて言葉を続ける。召喚士の表情は変わらないけれど、その声音だけは優しく諭す様な物に代わっていた。

「僕にだって受け入れてくれる人達が居たんだ。ダクネスなら、もっとたくさんの人が受け入れてくれるはずだよ」

「…………ん。そうだな……。このパーティの仲間達なら、きっと――」

「今更ダクネスの正体が、魔族だろうが裸族だろうが貴族だろうが誰も気にしないさ。僕達皆、ダクネスがどうしようもない性癖を拗らせている、って言うのは知ってるんだから」

 割とみもふたもない事を言われて、女騎士が笑顔のまま凍り付く。召喚士の方は、最高のタイミングで言いたい事を言えたので大変ニッコニコだ。

 暫しの沈黙。それから、女騎士は頬をぷくっと膨らませて、召喚士の両頬をぐにーっと引っ張った。

「ほんとに! お前はもう、ほんとに!! ら、らっらっらっ、裸族じゃないし!!」

「あは、あはははははははっ!! ぶはははははははっ!!」

 涙目で言い募る女騎士に対して、召喚士は何が面白かったのか爆笑している。引っ張られる頬はかなり痛いのだが、それよりもこの状況が楽しくて仕方ないと言った様子だ。

 そんな風にじゃれ合っていると、不意に長々と続いていた機動要塞の自爆を告げる放送が途切れた。それは放送の途中で無理矢理途切れたと言った体で、恐らくは動力が途切れた事で機能を停止したのであろう。

「どうやら、カズマ達は上手くやったようだな……」

 頬を引っ張るのを止めて、再び女騎士が表情を引き締めた。彼女は召喚士の頬を開放すると、一度だけ周囲を見回して状況を確認し、そして直ぐに剣を杖にして両手を乗せて待機に移る。

 動力炉に残った最弱職の少年達を出迎えに向かうと言う風でもなく、その立ち姿にはぴりぴりとした緊張の色が見受けられた。召喚士はそれを見て、まだ赤いままの頬をにやりと吊り上げる。

「まだ、まだ何か、危険が終わっていない気がする。杞憂であればいいのだが……」

「奇遇だね、僕もそう思う。どっちが来るにせよ、このままで『はいお終い』とは思えないな」

 根拠の無い緊張を伝えてくる女騎士であったが、軽い調子で召喚士もまたそれに同調して見せた。となれば後は待つだけ、二人は最弱職の少年達が中央の建物から現れるのを待つ事にする。

「やっぱり、終わりは華々しく、派手に行かなくっちゃね」

「……ふっ、そうだな」

 女騎士は召喚士に背を向けて、遠く彼方の守るべき街並みに視線を向けていた。振り返らずとも召喚士は何時も通りの笑みを浮かべていると思ったから、女騎士もそのお道化た様な言葉に微笑みを浮かべる。

 だからこそ、気が付かなかった。

「…………親友達の最後は、悲惨だったからね」

 最後の呟きは酷く小さくて、それを吐き出す表情は無色。苦々しく思う事も無く、悲しむでも無く。ただ、淡々と事実を思い浮かべるだけと言う表情だ。

 女騎士はそのどちらにも、気が付く事は無かった。幸いにも。不幸にも。

 

 

 程なくして、待ち人たる最弱職の少年が二人の美人を引き連れて姿を現した。両脇の美人二人、青髪女神とリッチー店主も健在の様で、彼等は召喚士と女騎士に気が付くと三人そろって歩み寄って来る。

「二人ともこんな所に居たのか。こっちは全部終わったぞ」

「まだだ……」

 青髪女神と召喚士が両手のハイタッチでイェーイと笑い合い、それをリッチー店主が微笑ましく見守る脇で。最弱職の少年の言葉に、厳しい表情のままの女騎士が否定を告げる。

「この私の強敵を嗅ぎ付ける嗅覚が、まだ香ばしい危険の香りを嗅ぎ取っている……」

「はぁ? 何バカな事言ってるんだよお前。普段から割と世間知らずで馬鹿な事言ってるけど、こういう時にそんなフラグめいた事を――」

 女騎士の真面目な顔をほんのり赤くさせる、そんな少年の罵倒は突然の振動に遮られた。そして直ぐに、全員の足元が、機動要塞自体が尋常では無い熱量を放ち赤熱化し始める。

 その予想外の異変に、要塞の上に残っていた冒険者達は慌てて退避を始める。ロープを伝い降りるのも面倒だと、勇んで次々と飛び降り始めた。

「ロー! 頼む!」

 少年の短い言葉に召喚陣が展開し、すぐさま巨躯の狼が再召喚される。全員が呼び出された毛皮の塊にしがみつき、あるいは首根っこを咥えられて少年のパーティーも要塞から飛び出した。

「ああっ! この雑な扱いが、また堪らな――へぶっ!!」

 首根っこを咥えられて連れ去らわれる形になった女騎士が歓喜の声を上げるが、それも地面に激突する事で中断される。最弱職の少年の視線が汚物を見る様な物になっているが、今はその視線すら喜ぶ変態に構っている暇は無い。

 全員は機動要塞から離れると、その赤熱し始めた全体像を観察し始めた。

「これは……。恐らくは内部に溜まった熱が、外に飛び出そうとしているのではないでしょうか」

 この中でも一番冒険者としての経験の長いリッチー店主が、機動要塞に起こった異常をいち早く推測して周囲に告げる。彼女はそのまま熱が吹き出せば、アクセルの街は火の海になるだろうとも言う。爆裂魔法と召喚獣の攻撃で生まれた機動要塞の前面部の亀裂が、丁度街の方を向いているからだとも説明してくれた。

「なんだそりゃ! コロナタイト飛ばした意味ねぇええええええええ!!」

 最弱職の少年は絶叫した。動力部に有った爆発寸前の希少鉱石を転移魔法で飛ばして、事件の全てを解決したと思ったのに、それが無意味どころか更なる災厄を呼び寄せるとは。幸運のステータスが高いとは、いったい何だったのか。

「動力源が取り外されて、今まで生きていた冷却機構も止まったんだろうね。結果抑え込んでいた枷が無くなって、溜め込まれていた物が出口を求めて暴れ出した、と」

「冷静に考察してる場合か! こうなったらウィズ、もう一度爆裂魔法を!」

 召喚士がこんな状況でも緊張感無く、薄ら笑いを浮かべて機動要塞の異常の原因を推察する。だが原因が分かった所で、それは解決には繋がらない。動力源はリッチー店主の転移魔法で、座標を定めずに何処かへ飛ばしてしまったのだから。

 少年は必死に頭脳を巡らせて街を守る方法を考え、思いついた方法を即座に口にした。ツッコミも忘れないのが少年クオリティである。

「駄目です、魔力が足りません! 爆裂魔法を放つには、先程よりも更に多くの魔力が無ければ……」

「くそっ、魔力か……。魔力……、魔力……、はっ!?」

 リッチー店主の爆裂魔法は魔法使いの少女を上回る威力。それを使えば吹き出す熱を相殺できるかと思いついたが、彼女は今日はもう大量に魔力を消費してしまっていた。少年の提案は本人に否定されてしまう。

 激しい焦燥に駆られながら、少年は苦悶と共に考え抜く。そして、はたと何かに気が付いて、視線をある一点へと向ける。

 その視線の先には、青髪女神が立っていた。少数とは言えども国教であるエリス教に匹敵する、アクシズ教徒の信仰を受けたほぼ無尽蔵の魔力を持つ女神が。

「よく考えたら……、私達の借金はこの街のギルドが立て替えてるんだから……。このまま町がボンってなっちゃえばー……」

 当の青髪女神は借金について不穏当な事を言って、女騎士に怪訝そうな目でじーっと見つめられている。この期に及んで考えている事が自分自身の保身のみとは、見上げた自己中心的性格であると言えるだろう。

「おい、自称元何とか」

「ああん!? なによカズマ、今忙しいからアンタに構ってる暇なんてな――あああああああああああああああ!!!」

 つかつかと青髪女神に近づいた少年が、問答無用で彼女の手を握る。突然手を取られた青髪女神は文句を言おうとするが、その最中に突然魔力を吸い上げられて悲鳴を上げる羽目になった。リッチー店主から教わったドレインタッチのスキルである。

「ヒキニート、いきなり何すんのよ!! この私の神聖な魔力を奪うなんて不敬も不敬! 天罰どころか死罪よ死罪!!」

「うるさーい!! お前の魔力をウィズに注いで、爆裂魔法を使ってもらうんだよ!!」

 少年の考え付いた策は至極簡単。歩く魔力の吹き溜まりから、その膨大な魔力を頂こうと言う訳である。しかし、その作戦の欠点を、奪われる側の青髪女神が指摘した。

「ちょっと待って! 私の神聖な魔力を大量注入なんかしたら、この子多分消えちゃうわよ?」

 意外にもこの女神の指摘を、リッチー店主が顔を青ざめさせて肯定する。頭をぶんぶんと上下させる、この上なく必死な肯定であった。以前に少しだけ吸った時に、具合が悪くなったらしい。

「マジか!? お前の魔力はリッチー相手だと腹下すのかよ。病原菌みたいな奴だな」

 面倒臭い状況になった事に、最弱職の少年は歯噛みする。たまには役に立つかと思った青髪女神は、その特性ですら少年を邪魔すると言うのかと。若干、被害妄想の様な気がしないでもない。

 他に方法は無いかとまた悩み始めるその背中に、自信満々な言葉が投げかけられたのは次の瞬間であった。

「話は全て聞かせてもらいました……。真打ち登場!! この私が真の爆裂魔法と言う物を見せてやりましょう!」

 振り返った所には、マントを片手で翻し不敵に口元を歪める魔法使いの少女の姿がある。メイド娘の背に負ぶさっていなければそれなりに格好は付いたのだろうが、今はまだ魔力が戻らずに歩く事もままならないので台無しだ。

 だが、これで確かに状況は整った。

「ちなみに、何時頃から二人はこっちに近づいていたの?」

「だいぶ前から……。頼まれて出番のタイミングを計っていた……」

 召喚士とその召喚獣のメイド娘により、容赦ない暴露が行われていたが詳しくは割愛する。ただ、魔法使いの少女の頬はほんのりと赤くなっていた。

 

 

 爆裂魔法を使用する事を周囲の冒険者達に告げ、全員で機動要塞から程よく離れた街の入り口付近まで退避。固唾を飲んで周囲の者達が見守る中で、着々と最後の爆裂魔法の為の準備が進められていた。

「ねえ、カズマ分かってる? 吸い過ぎないでね? 絶対吸い過ぎないでね!?」

「分かってる分かってる、宴会芸の神様の前振りだろ?」

「ちっがうわよ!! 芸人みたいなノリで言ってるんじゃないわよ!」

「はいはい……。はいはい……。大丈夫、任せておけよ」

 青髪女神と最弱職の少年が、何時ものコントでイチャイチャするのを遠目で眺める。召喚士と女騎士、そして役目を終えたメイド娘はする事も無いのでギャラリーの一員となっていた。

「カズマさん。ドレインタッチはなるべく皮膚の薄くなっている心臓に近い場所から行うと、魔力の吸収と伝達が効率良くなりますよ」

「なるほど。皮膚が薄いって言うと、首筋か背中とかか?」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいる少年達にリッチー店主が近づいて、少しでも役に立ちたいのかスキル使用のアドバイスを送る。それを聞いた少年は空いた方の手を、なんと無造作に魔法使いの少女の襟元に突っ込んだ。

「ああ……、日に二回も爆裂魔法が撃てるなんて――うはああああああああああああっ!!??」

 冬の空気で冷やされた指先が肌に触れたので、少女はそれはもう盛大に悲鳴を上げた。召喚士の隣に居た女騎士が、それをちょっと羨ましそうに見つめている。

「いきなりなんですか! ビックリして心臓止まるかと思いましたよ!! なんですか、セクハラですか!? この非常時にセクハラですか!?」

「違うわ! 効率を考えてのドレインタッチだよ。って、お前も逃げんな!!」 

 当然びっくりさせられた少女は烈火の如く怒り出す。涙目で手にした杖をブンブン振り回して、それはそれはもうご立腹である。そのどさくさで青髪女神が逃げ出そうとしたが、それを逃がす様な少年では無かった。

「何をやっているんだあいつ等は……」

「うふふ、見飽きないなぁ……」

 少女と女神と三人でわちゃわちゃし始めた少年達を、女騎士が呆れた様に眺めている。召喚士は頬に手を当てて、それをニヤニヤしながら見詰めていた。

「妥協してここだ。前に手を突っ込まれないだけありがたいと思え」

 結局、ドレインタッチは首筋から行われる事になった。並んで立った少女と女神の後ろから手を伸ばして、二人のうなじに少年の掌が当てられている。

 初めの内は男性に触れられると言う事に顔を顰めていた少女であるが、女神から吸い上げられた魔力が少年越しに伝わって来ると、その表情は直ぐに恍惚とした物へと変わった。

「おお……、来てます。来てます……。これは過去最大級の爆裂魔法が放てそうですよ!」

「ねぇ、めぐみん? まだ満タンにはならないのかしら? もう結構な量を吸い取られたと思うんですけど」

 対する青髪女神の方は終始不安顔である。そんなに自分自身の信仰と言う名の魔力を、他者に分け与えるのが嫌なのだろうか。

「もうちょい、もうちょい行けます。あっ、ヤバいかも……。やばいです、あふれそう……」

「おい、大丈夫かよ!? いきなりボンってなったりしないだろうな?」

 うっとりと目を閉じて己の中の魔力に感じ入る少女の言動に、最弱職の少年は不安をついつい口にしてしまう。それもそのはずで、魔法使いの少女の体内には既に、少年ですら危機感を抱く程の膨大な量を送り込んでいるのだから。

「光に覆われし漆黒よ。夜を纏いし爆炎よ……」

 ようやく完全に魔力を溜め込んだ少女の、何時もの詠唱が始まった。彼女はその途中で感極まった様に左目の眼帯を毟り取り、自身の周囲にも機動要塞の直上にも幾重もの魔法陣を展開させる。それは、先のリッチー店主の物にも見劣りしない、高効率で展開され更に巨大さも兼ね備えた物となっていた。

「他はともかく、爆裂魔法のことに関しては私は誰にも負けたくないのです! 行きます! 我が究極の破壊魔法、『エクスプロージョン』!」

 興奮に赤い瞳を輝かせ、杖を振りかざした少女から、凄まじい魔力が撃ち出される。機動兵器の直上にある何重にも重なった魔法陣に届いたそれは、次の瞬間には直下に純粋な破壊力を振りまき大爆発を引き起こした。

 それは、今まで見てきたどんな爆裂魔法よりも巨大で圧倒的。文句の付け様も無く、魔法使いの少女の爆裂魔法が一番だと全ての人々に刻み込んだ一撃であった。

 機動要塞を粉々に吹き飛ばし、その爆風が周囲の物を撫で回す。後に残ったのは、機動要塞を形作っていたわずかな破片と、でかでかと穿たれた巨大なクレーターだけだ。

 何時も以上のバカげた威力を目の当たりにして、勝利を確信した冒険者達は一斉に勝どきを上げる。大物賞金首討伐クエストと機動要塞の自爆阻止クエストは、今ここに成功したのである。

「待ち人は来たらず……。故に物語は続く……、か。帰ろうかへーちゃん、僕はまだ楽しんでいられるらしい」

 割れんばかりの歓声に包まれる冒険者達の波の中で、召喚士は隣のメイド娘にぽつりと告げた。二人はそのまま人波を避けて街に戻ろうとしたが、魔法使いの少女や最弱職の少年が持て囃されている場に押し戻されてしまう。今回も少年のパーティーは、大物賞金首討伐の立役者とされてしまったらしい。

「ああ、大量の男達が押し合いへし合いしている……。掛け算が進む……」

「へーちゃんったらすっかり悪い文明に染まって。これが腐女子……?」

 いいえ、彼女は半腐女子。

 結局、その日はそのまま祝勝会と言う名の大宴会に突入。召喚士もメイド娘も完全に巻き込まれて、格好つけて立ち去るのは失敗してしまった。ままなら無い物である。

 

 

 機動要塞を文字通り爆散せしめてから、既に幾日かが経っていた。

 天下泰平、世は事も無し。始まりの街アクセルには、遠く果ての魔王軍の脅威などその陰りすらない。鳥達が群れを成して高く飛び、街に日が差せば人々は活気を伴って動き出す。

 その幾日かの間も日常は続き、それは最弱職の少年達も例外ではない。

 青髪女神が洗濯の途中で庭で昼寝をしたり、魔法使いの少女が密かに杖を新調していたり。女騎士が街中で子供達の遊ぶ様子を眺めたり、召喚士が頭にたんこぶを作った蛇の召喚獣にぺこぺと頭を下げていたり。

 皆、概ね平和な日常を送ってる。もしかしたら魔王軍のなんちゃって幹部と地上に遊びに来た女神が、お互いの正体を知らずに談笑していたり、何てことが起こっているかもしれない。

 だからその日も何時も通り、最弱職の少年も自分の部屋で唯一の武器であるショートソードの手入れをして過ごしていた。そんな少年の元に、どたどたと慌てた様子で青髪女神が飛び込んでくるまでは。

「ちょっと、大変よカズマ! 今ギルドに王都から騎士がやって来ていて、カズマの事を呼んでるらしいのよ!」

「ああ、直々に報酬を渡そうってのか? だろうな……。今回の俺達の活躍は相当な物だったから、ようやく俺達の価値も認められたんだろう」

 手入れしていた剣を鞘に納め、少年はうんうんと感慨深げに頷く。少年の陣頭指揮はギルド員にも冒険者達にも絶賛された程であるし、機動要塞の阻止の鍵となったのは自身のパーティメンバー達で間違いはないのだからさもあらぬ。

「漸く俺の冒険が始まる訳だ。長いチュートリアルだったぜ……」

 剣を腰から下げて何時もの緑のマントを羽織り、最弱職の少年は準備万態意気揚々とギルドに向かうのであった。

 そして、辿り着いた冒険者ギルドで、過酷な事実と相対する事となる。

「冒険者、サトウカズマ! 貴様には現在、国家転覆罪の容疑が掛けられている。自分と共に来てもらおうか!!」

 直前まで、自分達を表彰されるものだとばかり思っていた少年達パーティ一同は、突然突き付けられた勧告に全員凍り付く。否、召喚士だけは笑っていた。割と何時も通りである。

 その勧告をしたのは長い黒髪とピッチリした制服を着こなした三角眼鏡の女性。彼女は両脇の一歩引いた位置に二人の騎士を従えたまま、親の仇でも見る様に最弱職の少年を睨み付け言葉を続ける。

「貴様の指示によりテレポートさせたコロナタイトが、大領主アルダープ様の屋敷を吹き飛ばしたのだ」

 大領主アルダープ。アクセルの街を納める貴族の名が告げられ、更にはその屋敷を偶然とは言え損壊させてしまった。その事を聞いて、少年はこれ以上ない程に驚愕した。

「それは、流石に……」

「なに? 報奨金貰えるんじゃないの?」

 女騎士は聞かされた言葉に二の句が継げなくなり、青髪女神は状況を理解できずに首を傾げている。魔法使いの少女は帽子を目深に被り、こそこそとその場を離脱しようとした。

「次の冒険が私を呼んでいる……」

「おい、逃げんな!」

 そして、少年に襟首を掴まれて取っ捕まる。これには女騎士も思わず苦笑い。

 つまりどう言う事なのかと言うのを、召喚士がその脇で青髪女神に説明していた。偉い人の家吹き飛ぶ。少年責任とる。警察に逮捕される。実に分かりやすく簡潔に。

「カズマさん、犯罪者だよ! もう魔王討伐どころの話じゃないじゃないの!!」

 状況を理解した青髪女神は泣き喚きながら、少年の胸ぐらを掴んで揺さぶりだした。それはもうガックンガックンと。無抵抗に揺さぶられる少年は、魂が抜けたかの様に茫然としている。

 無理も無かろう。この広い世界、まさか無作為に飛ばした先が貴族の屋敷であろうとは、正に神ですら知りえなかった事に違いない。

 少年は激しく後悔していた。全責任は俺が取る等と言い放ったことではない。この世界に来てしまった事を、改めて後悔していた。ああ、もし本当に神様が居るのなら、次はもっと自分が活躍できる世界に送って欲しい。そんな事を願う程に。涙声になる位、切実に願っていた。

「結局こうなる運命。予定調和ならあと半分か……。まだ楽しめそうで何よりだね」

 召喚士だけがその場で唯一、楽し気にへらへらと笑う。泣いても笑ってもあと半分。終わりが見えてきた事に、笑いながら悲しむ折り返し地点であった。

 

 




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文字の多い作品ですが、これからも楽しんでいただければ幸いです。

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