【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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まったく筆が進みませんでした。
全てモンハンが悪いんです。


第三章
第一二話


 最弱職の少年を唐突に容疑者扱いした眼鏡の女性は、王都から来た王国検察官のセナと名乗った。彼女は手にした書類の様な物を少年に突き付けて、厳しい表情のまま朗々と一から状況を説明してくれる。

 少年には今、貴族の屋敷に爆発物を送り込んだとして、テロリストないし魔王軍の協力者ではないかと疑われていると言う事。そして、裁判を受けさせるかどうかを尋問で判断する為に、警察署まで連行する予定である事を告げて来た。手にしている書類は、この話の内容からして逮捕状なのであろう。

「カズマさん、早く謝って! 私も一緒にごめんなさいしてあげるから。ほら早く、謝って!」

「待ってください! カズマは先のデストロイヤー戦で、見事な指揮を取った功労者ですよ。カズマが居なければ、恐らく被害は更に出ていた事でしょう。それに、この男はセクハラや小さい犯罪は犯しても、そんな大それたことをするような輩ではありません」

 青髪女神や魔法使いの少女が彼女達なりに擁護するが、検察官の眼鏡は一顧だにしない。ただ黙して、眼鏡の奥の瞳を冷徹に細めるばかりである。

「この男にそんな度胸は無い。何かの間違いだろう検察官殿。こやつは屋敷で薄着でうろつく私をいやらしい目でガン見する事は出来ても、夜這いの一つも仕掛けられない様なヘタレなのだからな」

「お前らふざけんなよ! さっきから聞いてれば擁護してるんだかケンカ売ってるんだか分かんねぇ事ばっかり言いやがって! 俺にも選ぶ権利位あるんだからな、この自意識過剰共め!!」

 見かねた女騎士も積極的に擁護に走ったが、その言い様についに少年も怒りだした。検察官そっちのけで言い合いを始めてしまう。

「貴様、風呂場ではこの私にあんな事までさせておいて……っ!」

「あの時はサキュバスに操られていたからな! お前だって雰囲気に流されて、俺の背中流したりしてただろ。なんだ期待でもしてたのか、どんだけチョロいんだよこのお手軽女め!」

「お、お前やっぱり記憶があるじゃないかっ!! エリス様に仕える清い体のままのこの私が、チョロいお手軽女だと……。ぶっ殺してやる!」

 女騎士と少年が取っ組み合いを始めたが、それはさておき話を聞いていた他の冒険者達も騒ぎ始めた。彼等もまた、最弱職の少年が最前戦で活躍していた所は見ていたのだ。口々に少年の無罪と、国家権力の横暴に対して抗議の声を上げて行く。冒険者は自由なのだと連呼する。

「……国家転覆罪は主犯以外にも適応される場合がある。この男と共に牢獄に入りたい者が居るなら、止めはしないが……」

 検察官の女性が眼鏡をくいっと押し上げながらそんな事を漏らすと、騒いでいた冒険者達は水を打った様に静まり返った。その場のノリで声を上げたとしても、誰もが自分は犯罪者にはなりたくない物である。

 そしてそれは、少年の仲間達も例外では無かった。

「確かカズマはあの時こう言ったわ。『大丈夫、全ての責任は俺が取る。俺はこう見えても運がいいらしいぞ』って。確かに言ったわ!」

「も! もし私がその場に居たら、カズマを止める事が出来たのに。しかし私はその場に居ませんでしたので、仕方ありません、ええ仕方ありませんね……」

 いち早く少年から距離を取り、女神と少女は少年に全ての罪をおっかぶせる策に出た。自分を切り捨てる為の言葉に、少年は分かっていたよと瞳の色を濁らせる。そうだ、こいつらはこんな奴だ、と胸の内で納得してしまったのだろう。取り乱す事無く絶望していた。

「はっ、そうか! 主犯は私だ、私が指示したのだ! だからその牢獄プレ――いや、激しい責めを負わせるならこの私に!!」

「はぁ? 貴方は巨大な狼に振り回されて、肉壁にされていただけだと報告されていますが」

「肉っ!? っはぁっ!」

 女騎士も女騎士でなんかもう駄目だった。むしろ、検察官に肉壁呼ばわりされて喜んでいる。やっぱり駄目だった。

「あのっ! テレポートを使ったのは私なので、連れて行くなら私を――」

「しーっ! 駄目よウィズ、犠牲が一人で済むならそれに越した事はないわ。私達はカズマさんが、無事にお勤めを終えるのを待っていてあげるのよ!」

 魔道具店のリッチー店主が名乗り出ようとするのを、青髪女神が素早く口を押えて押し止める。元より庇うつもりでいたからリッチー店主の方は良いが、少年をお勤め確定に考える青髪女神の態度に、更に絶望が深まった。

 最後に周囲の冒険者達を見回すが、誰もかれもが最弱職の少年から視線を外して擁護はしてくれない。それどころか一部は少年の悪行を暴露し、何時かやると思っていた等と囃し立てる始末だ。

「お前ら……、覚えてろよ……」

 分かっていた。全部分かっていた。ただ、それを認めたくは無かったのだ。それでも、現実は変わらない。

 最弱職の少年は肩を落としながら検察官の前に歩み出て、自ら両手を揃えて差し出した。最早逃げ出す気力すらも消え失せている。さっさと捕まえて、この場から連れ出してほしいとさえ思う。

「僕も、一緒に捕まえて貰おうかな」

 今まで黙り通しだった召喚士が、久々に口を開いてそう言いだした。周囲は当然ざわつく。こいつは一体、何を言い出しているのだと。

 検察官の女性は眼鏡をまたクイッと持ち上げて、不躾な視線でじろじろと召喚士を観察し始めた。

「貴方は……、先の戦いにおいては召喚魔法で被害を減らす役割を担ったと聞いている。今の所、そちらの男以外に容疑はかかって居ないと言うのに、わざわざ自分から捕まると言うのか?」

「僕はカズマに言ったんだ。『カズマが何を選択しても、僕はそれを尊重する』って。彼が責任を負う事を選択したのなら、僕はそれを大いに尊重する。それで同じ罪に問われるというのなら、謹んでこの身を預けようと思う」

 検察官の女性の至極真っ当な物言いに、召喚士は真っ直ぐ視線を逸らす事無く思いを告げる。何時もの様なにやついた表情は影を潜め、ひたすらに真摯な態度で相対する。これは本当に何時もの召喚士か。周囲の者達は奇異な物を見る目で状況を見守っていた。

 召喚士の視線を受ける検察官の女性は、小馬鹿にした様に鼻を鳴らす。

「ふん……、よかろう。そんなに容疑を掛けられたいと言うのならば、この男と同じ牢に入れてやる。拘束しろ!」

 両脇に居た二人の騎士に命が飛び、最弱職の少年と召喚士は後ろ手に縄で拘束される。

 その際に召喚士の腕が少し強めにひねり上げられ、その痛みに召喚士が軽く呻いた。そして、体から力が抜けてぱたりとその場に倒れ込んでしまう。

 拘束していた騎士はそんなに強くした自覚は無く、どうせ演技だろうと召喚士を乱暴に起こそうとし、そこで気が付いてしまった。脈が無い。

「し、死んでいる……」

「ちょっ、ちょっとーー!!??」

 部下の唐突な言葉に、真っ先に驚愕したのはなんと検察官の女性であった。今までの冷徹で厳しい印象をかなぐり捨てて、大声を上げて部下の騎士を糾弾し始める。

「何やってるんですか!? 容疑者を拘束しただけで死なせてしまうなんて、とんでもない不祥事ですよ! ああああ、誰かヒールを! いえ、リザレクションを!!」

 鉄面皮だった表情は涙目になり、わたわたと大慌てで周囲に助けを求める。この検察官、意外と素は可愛らしい人なのかもしれない。

 今までのシリアスな空気をぶち壊し、周囲の冒険者達も巻き込んで大わらわする様子を眺め、最弱職の少年は拘束されたままで心の中で強く思っていた。その思いが、思わず唇の隙間からこぼれ出る。

「帰りたい……、もう日本に帰りたい……」

 切実に、涙と共にこぼれ出る郷愁の念であった。

 ちなみに、召喚士は青髪女神が試しにヒールを掛けたらあっさりと復活。腫れものを扱う様な丁寧さで警察署に連行されました。

 

 

 アクセルの街、その中央区にある警察署。余程素行が悪くない限りはお世話になる事は無い施設だが、今は最弱職の少年と召喚士がとてもお世話になっている。

「取り調べは明日行う。裁判が終わるまでは、ここがお前達の部屋だ。せいぜい大人しくして居ろ。特に召喚士の方は、壁とかにぶつかって死んだり、転んで頭を打って死んだりしない様に気を付けるんだぞ」

「こいつは水槽に入れられたマンボウか」

 鉄面皮でキレのある女も、流石に目の前で脈を止められたのは堪えたらしい。少年がすかさずツッコミを入れるが、検察官とその部下達は取り合わずに去って行った。

 少年と召喚士は今、警察署奥の薄暗い牢屋に閉じ込められている。部屋の中には薄っぺらい毛布が有るだけで、他には部屋の隅に小さな簡易トイレがある程度。季節は冬だと言うのに石造りのその部屋は、吹きっ晒しの格子窓のせいでひんやりと程よく冷たくなっていた。

「はぁ……、どうせ泣いても叫んでも無駄だろうし、とにかく今は体を休めようぜ」

 最弱職の少年には意外にも冷静であった。恐らく一人で連れてこられたのなら、不安で咽び泣いていただろうが今はそうではない。その事で心に余裕が出来ているのだろう。

 床には申し訳程度に藁が敷いてあるので、少年はその上に座り壁に背を預ける。召喚士もそのすぐ傍に座り込んで、畳んであった毛布を膝掛け代わりに乗せていた。

「それにしても、お前も律儀な奴だな。あの時の言葉を守る為に、わざわざ自分からとっ捕まるなんて」

「それを言ったらカズマも同じだよ。ウィズを庇おうと思って、名前を出さなかったんでしょう?」

 元々馬小屋暮らしで慣れているので、寒い事もあって二人は自然に肩を並べている。その上で、二人の距離は何時もより微妙に近づいていた。召喚士はその上、何時も目深に被っているフードを下ろして、閉じ込められていた長い黒髪を下ろす。太い三つ編みに編まれたそれがまるで尻尾の様に垂れ下がり、ふわっと蜂蜜の香りが部屋に広がった。

 そんな状況に気が付いて、少年は一人だらだらと冷や汗を流し始める。何だこの状況は、距離近くね? 男同士なのに近くね? 等と心の声がくっきり表情に現れてしまう。

「落ち着けー俺ー。こいつは男、こいつは男……。惑わされるなー……」

「君がそう言うのならそうなのだろう。僕はどちらでも構わないのだけれどね」

 体育座りでローブに包まれる召喚士は、何時も通り唇を歪ませてけらけらと笑う。からかわれている事に気が付いた少年は、唇を引き結び膝を抱えて蹲ってしまった。

「でも、お前のおかげで助かったよ。俺一人なら今頃、どうしていいか分からなくて狼狽えてただろうからな」

 見知った人間がすぐ傍に居る。これは少年の心に掛る重圧を、確実に軽減させてくれていた。本来なら泣いて縋りたい程だが、素直になれない少年はぶっきらぼうに顔を逸らして言うのが限界だ。

「カズマには沢山楽しませてもらっているからね。それに、辛い時に誰かが傍に居てくれるありがたみは、骨身に染みて知っているから……ね?」

 召喚士は口元で笑っている時も、その黒の瞳がどこか寂し気に遠い場所を見ている時がある。そのおかげで平静を取り戻せた少年は、ぽりぽりと頬を掻いて前々から思っていた事を聞く事にした。

「なあ、ローはどうして俺達のパーティに入ってくれたんだ? 元々は道を尋ねただけの間柄だったのに、気が付いたら一緒にバイトして馬小屋生活する様になって……。その後も、当たり前みたいに同じクエストに出かけてたよな」

「…………迷惑だったかい?」

 珍しく、眉根を寄せた表情で言う召喚士に、少年は頭を振ってみせた。

「違うよ、そんな風に思ってるわけじゃない。ただ、ローは体力が無いだけで召喚術は最初から優秀だっただろ? だから、うちみたいなポンコツパーティ以外でもやって行けたんじゃないかなって思ってさ」

 言ってからどうにも居心地が悪くなって、少年は両手を後ろ頭で組んで壁に寄りかかる。これではまるで、召喚士を糾弾か問い詰めている様ではないか。

 しかし、横目で盗み見た召喚士は、気分を害す事も無く薄く微笑んでいた。

「楽しそうだった。僕も、輪の中に入りたかったんだ。昔みたいに、わいわいと集まって騒いで。馬鹿みたいに騒いで……。それが凄く、楽しくて……、楽しくて……」

 目を閉じて思い出の中に浸る。どこまでの昔を思い出しているのかは分からないが、少なくとも少年の目には幸せそうに見えていた。なんだろう、そんなに嬉しそうにされると今度は背中が痒くなって来る。

「そ、そうか、無理に付き合ってる訳じゃないなら良いんだ。ローが居ると、何かと召喚獣にフォローしてもらえるからな」

「ふふっ、そう言って貰えるなら、僕も心置きなく楽しめるよ」

 そう言ってにっこりと笑う召喚士に、少年も思わず口角を上げてしまった。召喚士の幸せそうな雰囲気が、少年にもうつってしまった様だ。

 せっかく二人きりで話す機会が出来たのだ、どうせ明日までする事も無いのだし、たまには珍しい組み合わせで語り合うのも悪くない。最弱職の少年はそんな事を考えて、召喚士と共に他愛の無い会話を楽しむ事にした。

「ローってぶっちゃけ、俺と同じ所の出身かと思ってたんだ。目と髪が黒いしー、すげえ召喚術とか使えてるしー」

「それ、盗賊の女の子にも同じ事を言われたよ。僕は残念だけどニホンジンって奴じゃないな。カズマはニホンジンなのかい?」

「あー、まあそうだな。ちょっと事情があって、アクアと一緒にこっちに来る事になって――」

 話題は尽きずに夜も更けるまで語り合い、二人はほんの少しだけ今までよりも仲良くなれた気がする。狭い牢獄の中が、少しだけ暖かく思える時間であった。

 

 

 夜も更け切って、深夜に差し掛かった頃。牢に入れられた最弱職の少年は語り疲れ、毛布に包まってぐっすり寝入っていた。召喚士も同じ様に寝入っていたが、こちらは座ったまま毛布を体に巻き付けて、壁に寄りかかった姿勢で横にはなっていない。警戒心が強いのか、ただ器用なだけなのか。

 何も無ければ朝までぐっすりと言った寝付き方だったが、床に寝ていた少年は地震の如き振動を感じて目を開け、同時に聞こえて来た轟音に体を起こすのであった。

 まるで町全体が揺さぶられるかの様な振動と爆音。これは――

「ちょっとカズマ……、カズマ起きなさいよ……」

 聞こえて来た声に、ふいと顔を格子窓に向けると、そこには昼間に少年の事を見捨てた青髪女神の顔が。彼女は少年と目が合うと、びしっと親指を立てて見せた。

「アクア!? ああ……、お前がここに居るって事は、今の揺れと音はめぐみんの爆裂魔法か」

「良く分かったわね! そうよ、めぐみんが街外れで爆裂魔法を使ったから、署員達は大慌てで皆出て行ったわ。今頃ダクネスが、動けなくなっためぐみんを回収している頃でしょうね。さあ、今のうちに脱走するわよ!」

 まさか見捨てておいて今になって助けに来るとは。全く想定して居なかった少年は、ほんのちょっぴりだが嬉しくなってしまった。でも、そんな事は素直に口に出来ない。

「それなら昼間にもっと庇えよな……。それに、脱走なんかしたら余計に疑われるんじゃないのか?」

「国家転覆罪は最悪死刑になるってダクネスが言ってたわ。身元の怪しい冒険者なんて、事実を捻じ曲げられて有罪にされるに決まってるでしょ。良いからこれで、さっさと鍵を開けて逃げるのよ」

 流石は文明が中世レベルの異世界、司法関係までいい加減だ。そんな風に戦慄する少年に、窓の外から女神は曲がった針金を一本投げて寄越す。

「それを使って鍵を開けたら、後はカズマの潜伏スキルで二人一緒に表に逃げ出すのよ。それじゃ、私は外で待ってるから。早く来てよね!」

 言うだけ言って青髪女神は引っ込んでしまった。簡単に言ってくれたが、少年は鍵開けスキルなぞ持ってはいないと言うのに。まあ、せっかくなのでやるだけやってみようかと、針金を拾って鉄格子の出入り口に歩み寄る。

 鉄格子の扉を縛めるのは、数字の並んだ円筒形の錠前であった。

「ダイヤル式じゃねーか……」

 早々にやる気をなくした少年は、それーっと窓から針金を放り投げる。そのまま再び毛布に包まって、青髪女神を省みる事無く寝入ってしまった。

 一連のやりとりの後、もぞもぞと召喚士が毛布の隙間から手だけを出してパチンと指を鳴らす。それだけやってから、再び毛布に潜り込んで座ったまま寝息を立て始める。終始マイペースな奴であった。

 

 

 翌日、まずは主犯の前におまけを片付ける為か、召喚士が一人で取調室に連れて来られていた。

 簡素なテーブルと椅子が中央に置かれ、部屋の奥に書記の為の更に小さな机があるだけの小部屋である。この中に人が四人も入れば、中はたちまち息苦しさを感じる狭さになってしまう。

「さて、容疑者サトウカズマを最後まで庇った貴様には、奴の容疑を固める為の尋問を行わせてもらう」

 冒険者ギルドで二人を捕らえた時と同じく、あの時の検察官の女性が取り調べを担当する様だ。彼女は前置きと共に、机の上に小さな魔道具を置いて召喚士に見せつける。

「知っているかもしれないが一応説明しておく。この魔道具は嘘を暴く物で、一切の隠し事は出来ない様になっている。発言にはせいぜい気を付ける事だ」

 威圧的に言う検察官の女性の表情には、魔道具への絶対の信頼が見て取れる。恐らくは、この魔道具で何度も容疑者の嘘を見破り、有罪判決を勝ち得て来たのだろう。

「ではまず、名前と職業から証言してもらおう」

「僕の名前はローズル『チリーン』」

 召喚士が名前を言った瞬間に、早速魔道具が反応した。秒殺の経歴詐称がカリカリと書記の手によって記入される。

「貴様、偽名を名乗っているのか? いや、しかしギルドカードにはしっかりとローズルと……」

「僕は偽名なんて名乗ってはいませ『チリーン』」

 今度は食い気味に鳴りだした。だが、この魔道具を信用するならば目の前の人物は名を偽っているという事になる。検察官の女性は視線をより厳しくして、再度問いただす事にした。

「……まあいい、証言を続けろ。今度は本当の事を証言するのだぞ」

「僕の名『チリーン』。職業は召喚『チリーン』。性別は男『チリーン』。実は女で『チリーン』。昨日の天気は晴れ『チリーン』。くふっ、あはははは!『チリーン』『チリーン』」

 何だこのふざけた状況は。目の前の笑い始めた召喚士を見て、検察官の女性は戦慄する。明らかに矛盾した言葉にも、笑い声にすら魔道具が反応して音を出しているではないか。

「ぽっぽっぽー『チリーン』『チリーン』『チリーン』」

「ええい、止めんか! 貴様、この魔道具に何をした!? こんな反応が起こるなんて、初めての事だぞ!!」

 終いには、歌の調子に合わせて鳴りだす始末。原因と考えられる召喚士に疑問をぶつけるが、問われる方も頭を掻いて困惑を見せている。

「そんな事を言われても、僕には心当たりは何一つありません『チリーン』」

 この世に嘘しか言わない人間がいるものだろうか。それとも、目の前の召喚士は息をする様に嘘を吐いているとでも言うのだろうか。でたらめしか喋らない犯罪者はいても、口から出る言葉が全て嘘と言うのは……。

 結局、初めて見る魔道具の異常な反応に、検察官の女性は魔道具の故障を疑った。

「暫し待て。魔道具の調子がおかしい様だ。予備の物と交換してから尋問を再開する」

 そうして新たな魔道具が持ち込まれ、召喚士の声全てに反応する様になった物と交換される。これで仕切り直せると大きく息を吐き、女検察官は再度の詰問を開始した。

「まずは……、名前だ」

「僕の名前はローズルです」

 今度は、魔道具は反応しなかった。その事実に女検察官はホッと息を吐く。これで確信出来た、先程の魔道具の反応は故障であったのだと。

 女検察官はうんうんと満足げに頷いて、漸く取り調べに集中する事が出来た。

 途中までは。

「ちなみに、本当の所性別はどっちなのだ?」

「どちらでもあり、どちらでもない。……どっちの方が嬉しい?」

 必要な質問を聞き終えて、やはりこの召喚士は義憤に駆られて仲間を庇っただけだと確信出来た。魔道具はこの召喚士を、テロリストでも魔王軍の者でも無いと判別したのだから。

 そして、その中性的な容姿が気になって、何気なく尋ねてしまった他愛無い一言。その答えに、召喚士は真面目に答えていないと女検察官は思った。しかし、予想に反して魔道具は反応しない。

 嫌な予感がした。

「私は……、女性だと嬉しいと思う……『チリーン』」

 女検察官の言葉に魔道具が反応し音を立てる。そう、こんなに綺麗な顔をした人物が、男であった方が女としては嬉しいに決まっている。自分の心に嘘を吐いた結果、魔道具は正常に作動したのだ。この魔道具は故障していない。

 では、今の質問の答えは一体。いや、それ以上にこの召喚士は一体なんだと言うのだろうか。

「貴様は一体……?」

 その質問には召喚士は答えず、にやりと口元を歪めるだけ。ぞくりと背筋を悪寒が這い上がる様な、得体の知れなさを感じさせる笑みだった。

 そして、いつの間にか女検察官の視界の端に、メイド服を着た女の子の姿が――

 

 

 その日尋問を受けるのは、結局召喚士だけの様だ。取調室から帰って来た召喚士が牢に戻されると、連れて来た騎士達は何も言わずに立ち去って行く。

 こちらに背を向けて歩き去るその姿は、ふらふらとしてどこかおぼつかない様に見えた。

「なんかあいつ等、様子が変じゃなかったか? 取り調べで何かあったのか?」

「さあー? 僕はずっと質問に答えていただけだよ」

 しれっと語る召喚士は、出て行く前と同じ位置に戻り座り込む。寒い寒いと言いながら、ローブと毛布に包まって膝を抱える姿はどこか年寄りじみて見えた。

「なんかローって、昔話とかいっぱい知ってそうなイメージだよな」

「んー? 物語は確かに好きだよ。いきなりどうしたんだい?」

 まさか、老けて見えたなんて真正面から言い辛い少年は、いやぁと頭を掻いて言葉を濁した。召喚士は小首を傾げていたが、やがてとつとつと語り始める。

「そっか、退屈だからお話しが聞きたいんだね。そうだなぁ、旅をする三人の神様の話をしてあげようか」

 この召喚士は本当に極まれにだが、青髪女神の様なお節介の焼き方をする事がある。頼られるのが嬉しいのか、どちらもニコニコしながら的外れな事をする辺りが良く似ていた。

 たが、退屈していたのも確かな事実。最弱職の少年は特に止めようとは思わずに、語られる話に耳を傾ける事にした。

「むかしむかしあるところに、三人の神様が居ました。一人は脳筋で、一人は頭でっかち。最後の一人は大ウソつきでした」

「どっかで聞いた事がある様な特徴のキャラだな、それ。その話、今作ってる訳じゃないよな?」

 そうして語られた『お話』は、楽しげに語る召喚士の様子も相まって少年を夢中にさせる。巨人の国の冒険や、小人を騙して武器を作らせる話等、胸躍る展開に時間が瞬く間に過ぎ去って行く。語られる話の内容に時に感心し、時に鋭いツッコミを入れて、二人は互いに笑顔を浮かべ合う。

 夕食が運ばれて来て中断されるまで、少年と召喚士の語らいは続くのだった。

「ふう、それにしても頭でっかちの神様は酷い奴だな。嘘つきの神様に面倒な事を押し付けて、自分は良いとこ取りばっかりとかムカつく」

「うふふ。その神様はきっと、それが解決への一番の近道だと思っていたんだよ」

 食事を食べ終えて、眠るまでのつかの間に、先程聞かされた物語を反芻する。娯楽の少ないこの世界、更に本すら無い今の状況では、語り合える仲間の存在がありがたい。

「カズマも物語が大好きなんだね。こんな話で喜んでもらえるなんて嬉しいよ」

「まあ、ネトゲの元ネタとかはそれなりに調べた事はあるし、ラノベとかはよく読んでたからな。って、こんな言い方じゃお前は分からないか」

 苦笑いを浮かべる少年に、召喚士は変わらない笑みを見せ続ける。否定も肯定もしないが、笑っているのは何時もの事なので少年は気にしない事にした。深く突っ込んで、ボロを出すのも面白くはない。

「まあ、お前風に言うなら、物語を良く読んでいたって事だな」

「物語を良く読んでた……。それならカズマは、メアリー・スーって言葉に聞き覚えはあるかな?」

 それは、唐突な質問であった。今までの楽し気な歓談の流れのままに、どこか毛色の違う違和感を少年に感じさせる。だが、それも一瞬の事で、これも他愛の無い話題の一つなのだろうと言葉を返す事にした。

「メアリー・スーってあれだろ? 二次創作とかでとんでもない性能の人物を登場させて、ハーレムしたり原作キャラの活躍を奪ったりとかするキャラの事だろ? 魔剣のえーっと、マツルギ? みたいな奴の事だな」

「広義的な意味では、概ねその解釈で間違ってないね。理想化されたオリジナルキャラクター。作者の願望を形にした存在とも言われている」

 そんな話をどうして今するのだろうか。最弱職の少年にはその理由が分からなかった。だから素直に聞いてみる事にする。こういう時はシンプルな方が近道と言う物だ。

「そのメアリー・スーがどうかしたのかよ? もしかしてマツルギに何かされたって話か?」

「ううん、彼にはあれから何もされていないよ。ただ単に、そのメアリー・スーに関したお話があったんだ。けど、もうずいぶん遅い時間になってしまったね。この話はまた時間が出来た時にしてあげるよ」

 確かにもう星明りが差すばかりの牢の中は、相手の顔が見え難い程に暗くなっている。ここまで振っておいてお預けと言うのも無碍な話だが、ドMの女騎士でもあるまいしと思い直して少年も寝る事にした。

「まあ、裁判までまだ幾らでも時間があるからな。さっさと寝るのも良いだろう。おやすみ、ロー」

「うん、おやすみ。カズマ……」

 毛布に包まって横になると、あっと言う間に眠気が襲って来る。存外、話し疲れていた様だ。少年はそのまま目を閉じて、あっさりと意識を手放すのであった。

 

 

 轟音と振動。寝入ってからどれぐらい立ったのか、最弱職の少年は先日も感じたその二つに、来るモノが来たかと体を起こした。

「カズマ、起きなさい! ちょっとカズマったら!」

 そして聞こえてくるおなじみの声。昨日に引き続き、格子窓から青髪女神が顔を出して、それを見上げる少年に手招きをしている。

「おう、また来たのかお前。昨日はあれからどうした?」

「あっ、そうよ! 昨日はどうして出てこなかったの? あれからずっと表で待ってて、頭に雪が積もったり、何度も職質されて大変だったんだから! あのメイドの子、へーが傘を持って迎えに来てくれなかったら、きっと風邪引いてたわよ」

 馬鹿は風邪引かないんじゃないかとか、どうしてメイド娘が召喚されてるのかとか、言いたい事は色々あったが少年はそれらを全て飲み込んだ。この青髪女神と問答をしても、まともな会話は成立しないと思ったからだ。

 とりあえず、向こうの質問にだけ簡潔に答えておく。

「鍵がダイヤル式なんだよ。針金でどうこうする以前の問題だ」

「……この世界の警察もやるわね。ちなみに昨日の爆裂魔法も、私達が犯人だってあっさりばれちゃったわ。誰にも見られてない筈なのに、物凄い捜査力ね。でも今回は大丈夫! 嫌がる二人に覆面を被らせたから、絶対にばれないわ!」

 爆裂魔法を使うからだろう。その一言も少年は飲み込んでおいた。今はもう、この疲れる会話をさっさと終わらせたい。

「それで、今日はどうやって脱走するつもりなんだ?」

「ふっふっふっ、今日はこれよ。こいつを使って鉄格子を切って脱出するの。タイムリミットは朝までだから、カズマも一緒に手伝ってよね!」

 少年が催促すると、青髪女神は独房の中に持ち手の付いた糸ノコギリを投げて寄越して来た。金属製の格子を手作業で切断しろと言うのか。

「っていうか、そもそも窓が高すぎて届かないんだけど」

「ふっふーん、その点は抜かりないわ。ちゃんとカズマの分の踏み台も持って来たのよ」

 それはそれは見事なドヤ顔で、青髪女神は木箱を見せ付けて来る。その木箱の大きさは、とてもじゃないが窓の格子を潜れそうにもない。

 どうやってそれを中に入れるんだと、今度ばかりは言葉を飲み込めずに少年が尋ねると、青髪女神はちょっと待っててと言い残して頭を引っ込めた。

 やがて、警察署の表が騒がしくなる。

「違うんです! えっとこれはその、カズマに必要な物で差し入れに!」

「踏み台の差し入れなんて聞いた事ないですよ。それにこんな時間になんですか。貴女昨日も署の前で座り込んでいましたよね?」

 まさか正面から行くとは恐れ入った。問答はそのまま職務質問に移行したので、おそらく今日はもう女神は戻っては来ないだろう。

 微妙な表情で表の騒ぎを聞いていた少年は、手にした糸ノコギリを始末して寝る事にした。

「ま、あいつのあの前向きな所は嫌いじゃないけどな。それーっ!」

 格子窓からノコギリを捨てて証拠を隠滅。後はもう、外からの音を遮断する様に頭から毛布を被って、少年は夢の世界へと逃避する。

 壁際で膝を抱えた姿勢で寝入っていた召喚士が一度もぞりと動いたが、今夜は何もせずにそのまま再び眠りに着いたのであった。

 

 

 翌日。

 ついに少年は取調室に連れ出され、今は女検察官と差し向かいで椅子に座らせられていた。背後には暴れた時の為なのか騎士の一人が立っており、部屋の隅にはやはり書記の男が小さなテーブルに着いている。

 きつい眼差しの女検察官は、間にある机に小さな魔道具を置いて、眼鏡の位置を直してから口を開いた。

「この魔道具は嘘を見抜く。裁判での心証を少しでも良くしたいのであれば、昨日の召喚士の様に正直に聞かれた事に応えなさい」

 部屋の雰囲気と周囲から与えられる圧力で、少年の胃は既に鉛を飲んだ様に重くなっている。そのせいで最弱職の少年は、女検察官が召喚士の話をした辺りで少しぼんやりとした事を見逃してしまっていた。

 そして尋問が始まる。

「では、まずは出身地と、冒険者になる前に何をしていたかを聞こうか」

「出身地は日本です。そこで学生をしていました『チリーン』」

 尋問は最初から嘘で始まった。女検察官の視線が余計に厳しい物になり、出身地と経歴詐称を書記官がカリカリと調書に記して行く。

「待ってくれ! 別に嘘は言ってない筈だ!『チリーン』」

 弁明しようとした少年の言葉も、魔道具は容赦なく嘘だと訴える。もう言い訳をする気力も無くなって、項垂れた少年が証言を訂正して発言し直す。

「出身地は日本で、毎日家に引きこもって自堕落な生活を送っていました」

「…………どうして学生などと見栄を張った……」

 別に見栄を張った訳ではない少年の眦からは、涙が一滴零れ落ちた。もはや彼のプライドはずたずたである。

「では次に、冒険者になった動機を聞こう」

「魔王軍に苦しめられる人達を救うため『チリーン』。……冒険者ってなんか格好良さそうで、楽して大金稼いで、女の子にモテモテになれると思って目指しました…………」

 ちくしょうこの魔道具嫌いだ! 心の中で魔道具を罵倒する少年の、悔し涙がまた一滴。

 最弱職の少年の証言に若干引き気味になった女検察官は、更に領主に対して恨みを持っていないかも問いただして来る。少年に国家転覆罪を企てる動機があるかどうかを確認したいのだろう。

「一応高額な賞金も貰ったし、街の修繕費と引き換えなら仕方がないと納得『チリーン』。正直、そう言って仲間を納得させましたが、街を救った英雄にこの仕打ちかよ、ぶっ殺してやる! と思いました……」

 あまりと言えばあまりな証言の数々に、女検察官も言葉を失って冷や汗を流す。恐らくは、ここまであからさまに嘘を吐く様な相手は初めてだったのだろう。あまりの情けなさに、少年の顔からは火が出そうである。

「あの、ちょっといいですかね? いっその事、ストレートに聞いてくださいよ。『お前は魔王軍の手の者か?』とか、『領主に恨みがあって指示したのか?』って。何度も言ってる様に、あの時のテレポートの指示は街を守る為にした事です。本当ですよ?」

 最弱職の少年は紳士な表情で訴えた。その発言には、嘘を見抜く魔道具は全く反応しない。当たり前の事だ、あの時点では本当に街を護る事しか考えていなかったのだから。

「……どうやら、自分が間違っていた様ですね。貴方に関しては、悪い噂ばかりを聞いていたもので……。申し訳ありませんでした……」

 魔道具の反応で少年を無実だと確認した女検察官は、まるで別人の様に態度を軟化させた。言葉だけでなく、頭を深々と下げて謝罪までしてきたのだ。それどころか、口調を変えた事が気恥ずかしいのか、居心地が悪そうにモジモジとしている。

 今までのきつい態度が仕事用の物だと理解した最弱職の少年は、それに安堵すると同時に意趣返しがしたくなってしまった。

「はっ! まったく、人を噂だけで犯罪者扱いするなんて、検察官として恥ずかしくないんですかねぇ!?」

「すっ、すみません、すみません! これも仕事な物で……」

 今まで散々偉そうにしていた相手が怯えながらぺこぺこして来る。その快感にますます調子に乗ってしまう。

「俺の今までの功績を知ってますか? 魔王軍幹部の討伐に、デストロイヤーの破壊! この街の危機を何度も救った英雄に対して、感謝の言葉も無く責め立てるだけなんてねぇ!」

 この上なくふんぞり返って、座った椅子をぎしぎしと軋ませる。それに相対する女検察官は、汗顔の至りと言った有り様だ。

「くっ……、本当に申し訳ありません。もちろんサトウさんの功績は存じております。しかし……」

「しかし!? しかし、なんですかね!? というか、この警察署は容疑の晴れた相手にお茶の一つも出ないんですかね! なんならカツ丼でも良いのだけれど」

 カツ丼と言う物が分からなかった女検察官だったが、恐縮しきっていた彼女は言われるがままにお茶の用意をしに向かってしまう。

 やがて、用意されて来たマグカップのお茶をひと啜りして――

「ぬるい!! ここの検察官はお茶の一つも入れられないのか!?」

「すっ、すみません! 申し訳ありません!」

 もうやりたい放題である。

 ペースを握ると悪知恵が働くのがこの少年。的確に相手の嫌がる事を思いつき、そしてそれを非情に実行してしまうのが彼の真骨頂である。絶好調の少年は、弱り切った女検察官に追い打ちをかけた。

「そのきつそうな態度と相まって、どうせ彼氏の一つも居ないんだろう。せっかくだから魔道具に聞いてみようか、男っ気の一つでもあるのかね?」

「ありません」

 部屋の温度が下がった。女検察官の表情が仕事モードの物に戻り、地雷を踏んだ事に気が付いた少年の顔から血の気が引く。

「ええ、ありませんとも。この性格が災いして、この年にもなって男っ気の一つもありません。これで満足ですか? あまり調子に乗らない様に……」

「あ……、はい。すみません……」

 女検察官の力を取り戻した眼光に、最弱職の少年が完全に委縮させられてしまった。

 攻守がまた入れ替わるかと思われたが、女検察官は深々と溜息を吐いて気分を入れ替える。魔道具で無実が証明されたのは確かなので、これ以上少年を責め立てるつもりは無いようだ。

 その様子に安堵しつつも、少年には気になる事がある。

「だいたい、悪い噂っていったい何なんだ? 捕まった時に他の冒険者達が言ってた様な事か?」

「それもありますが、他には年若い少女の下着を公衆の面前で剥ぎ取ったり、同居しているクルセイダーにお風呂で強引に背中を流させたり、役に立たないプリーストをダンジョンの奥に置き去りにしたり等、人間性を疑うような噂が……。噂ですよね……?」

「噂です『チリーン』」

 女検察官の中で、少年の人間性は地に堕ちた。最早視線は絶対零度に近い物となっているが、仲間内での問題にまで口出しをする程検察は暇ではない。

「……貴方が巷ではなんと言われているか知っていますか? カスマとかクズマとか――」

「ひっ、ひどい! 一体誰なんだそんな事を言いふらしている輩は!」

 弄れば弄るほどに、少年の尊厳はボロボロと剥がされて行く。目の前の少年が大それた事が出来る悪人とは思えなくなった女検察官は、徒労感を溜息にして吐き出すと尋問を纏めに掛かった。

「まったく。最後に念のため確認しますが、貴方は本当に魔王軍の関係者ではないのですね? 魔王軍の幹部と交流を持ったりはしていませんね?」

「ありませんよ、当たり前じゃないですか。俺がそんな大それた事『チリーン』が……、できるおとこに……みえ……ます……か?」

 最後の最後でやらかしてしまった。女検察官が無表情になり視線を冷たい物にするのを見詰めながら、最弱職の少年は頭の中で一人の人物を思い浮かべる。

 魔道具店のリッチー店主、なんちゃって魔王軍幹部のぽわっとした表情を。

 

 

 魔王軍の幹部と交流があると暴かれてしまった少年は、あっと言う間に翌日を迎えて処刑台の有る丘にまで連行されていた。

 取調室から牢獄に戻った後は失意のどん底にあり、同室の召喚士に縋りついて泣いていた記憶しかない。泣き疲れて眠ってしまい、気が付いたらこの場に居たような状態だ。

 今は処刑場の側に仮設された簡易裁判所で、青空の元裁判が始まるのを待たされている。裁判所の中央には例の嘘を見破る魔道具が設置され、言い逃れも許されない状況が出来上がっていた。

 いよいよ目の前に迫って来た処刑への圧力が、胃の底から湧き上がって今にも喉から迸りそうだ。

「おぅえええええええええええええっ!!!」

 迸った。幸い反吐が出る様な事は無かったが、それでも胃がキリキリと締め付けられるのには変わりない。

「緊張しているのですね。無理もありませんが、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

 緊張で過呼吸気味になっている少年の背中を撫でながら、魔法使いの少女が優しげに声を掛ける。彼女と、そして他の仲間達も、少年の弁護をする為にこの場に集まっていた。無論、青髪女神も少年の弁護人だ。

「紅魔族は知能が高いのです。あの検察官が涙目になる位に論破してやりますよ!」

「今回の件は、お前は何も悪くない。いよいよとなったら、この私が何とかしてやる。安心していろ」

 女騎士も落ち込む少年の肩に手を置き、力強く励ましてくれる。頼もしい、実に頼もしい弁護人達だ。問題は最後の一人。

「まあ、この私に任せなさい! 聖職者である私の言葉には凄い説得力があるわよ! ドンと任せればいいと思うの!」

 そう言って張り切る青髪女神の言動は、最弱職の少年の胃にトドメを刺しかねない。確実な不安要素を抱えたままで、容赦なく裁判開始が宣言された。

 法廷の正面、一番高い位置に裁判長と思われる中年の男が座り、手にした木槌を振るって静粛を呼びかける。仲間達は同じ被告人の召喚士を残し、弁護人席に戻って行った。

「これより、国家転覆罪に問われているサトウカズマへの裁判を執り行う! 同罪ほう助を疑われているローズルは、今は弁護人席に戻ってよろしい。告発人はアレクセイ・アーネス・アルダープ!」

 あくまでこの場は最弱職の少年の裁判と言う事で、傍に居た召喚士は仲間達の元に戻る様に促される。そして、同じ様に名前を呼ばれた検察側に座る男が立ち上がった。

 でっぷりとした大柄の体に、好色そうな表情の頭を乗せた、毛深い中年の貴族の男。これが悪名高いアクセルの街の大領主、最弱職の少年を訴えた屋敷を破壊された張本人なのであろう。

 領主の男は少年には目もくれずに、ねっとりとした視線で美人ぞろいの仲間達を見詰めていた。特に女騎士に向ける視線が、露骨で熱烈である。

「なんか、おっきいおじさんが超こっち見て来て、流石に気持ち悪いんですけど」

「まるで屋敷を薄着でうろつく、ダクネスを見てる時のカズマみたいな視線ですね」

「おや、僕も含まれてるのかな。あの顔はちょっと趣味じゃないんだけどな」

 言いたい放題だなこいつら。この仲間達に怖い物は無いのだろうか。少年が軽く戦慄する傍らで、こういう視線を喜びそうな女騎士が真顔でいるのに気が付いた。じっと領主の男を見つめ返しているが、もしかしたら知り合いなのかもしれない。

 そんな事をしている間にも裁判は進む。

「被告人サトウカズマは、法律で禁止されている危険物のランダムテレポートを指示し、告発人であるアルダープ殿の屋敷を吹き飛ばしました。検察側は告発人の受けた被害と、領主である人物の命を脅かした事実を鑑みて、これに国家転覆罪の適用を求めます!」

 女検察官が起訴状を読み終えたタイミングで、青髪女神が嬉しそうに手を上げて何かを叫びそうになった。だが、それは召喚士が後ろから口を塞ぐ事で阻害される。それを目撃した少年は、枷を付けられた手で思わず親指を立てて称賛してしまった。

「裁判長。検察側は被告人の人間性を証明する為、証人の用意があります」

 女検察官は眼鏡を光らせて宣言し、証言台に許可された証人が歩いて来る。その証人は、少年達には非常に見覚えのある人物であった。

「あはは……、なんか呼び出されちゃって……」

 証言台に立ったのは盗賊職の少女。女騎士の友人であり、最弱職の少年もスキルを習うなどして世話になった恩人でもある。彼女は少年と目が合うと、気まずそうに頬にある刀傷を指先でぽりぽりと掻いていた。

「貴女は被告人に窃盗スキルを教えた際、下着を窃盗された挙句、その返却と引き換えに金品を強請られた事があるそうですね?」

「ああ、うん。でも過ぎた事だし、私はもう気にしてない……」

「事実確認が出来ればそれで結構です。ありがとうございました」

 盗賊職の少女は何とか弁護しようとしたが、それを遮る為か女検察官は証言を切り上げさせてしまう。盗賊職の少女は少年達に両手を合わせて頭を下げ、謝罪をしながら退廷して行った。

 次に検察側の証言台に立ったのは、蒼い鎧に身を包んだ青年。やはり見覚えのあるその人物は、魔剣の勇者その人であった。

「貴方は被告人に魔剣を盗まれ、挙句に売り払われたそうですね」

「ま、まあ、そうです。ですが、あれはもとはと言えば僕から先に挑んだ――」

「はい、ありがとうございました」

「ああ、ちょっと!? もっと喋らせ――」

 魔剣の人、出番終わり。その代りに、彼の取り巻きの女の子二人が証言台に立つことになった。

「そして貴女達二人は、被告人が魔剣を奪う際に窃盗スキルで脅されたのですね?」

「そうなんです! 『俺は真の男女平等主義者だから、女の子相手でもドロップキック出来る』とか言われました! この卑怯者!」

「『公衆の面前で俺のスティールが炸裂するぜ』って脅されました! この最低男!!」

 以前に酷い目に合された事もあり、取り巻き二人は盛大に最弱職の少年を非難し始める。この二人は私怨目的で証言しに来たので間違いないだろう。

 あまりにもギャーギャーうるさいので、召喚士が掌を差し向けて黙らせ。それを幸いにと、女検察官がさっさと下がらせてしまった。

「……検察は、証言者の選定にも気を配るように」

「すみません……」

 誰の目から見ても彼女らの証言は私怨が混じっていたのが分かるので、裁判官から検察へ口頭での注意が入った。流石の鉄の女でも、勇者の仲間があんなに私怨交じりで証言するとは思うまい。

 最後の証人は、なんと以前にパーティ交換の時に酷い目にあったチンピラ戦士であった。最弱職の少年とは、苦労を共有した者として、あれ以来なにかと交友を持っている。しかし、世間での彼の評価は散々で、その素行はそれこそまさに、チンピラと言われるに相応しいと言えるであろう。

「おう、カズマ! この俺がしっかりとお前の無実を証言してやるからな!」

「この男は冒険者のダスト。素行が非常に劣悪で、何度も逮捕歴があり裁判でも有罪判決を幾つも受けています。被告人はこの男と深い交友があると言う事で間違いありませんね?」

「いいえ、ただの知り合いです」

 親し気に話しかけて来るチンピラ戦士に対し、少年は女検察官の質問に即答した。ちらりと横目で、魔道具を見るがまったく反応が無い。

「……失礼しました。友人もこの様に素行の悪い者ばかりと言う事を証明したかったのですが、どうやらこちらの勘違いの様でした。この様な男の友人呼ばわりをしてしまい、非常に申し訳ありません」

「おうこらぁ! 何て言い様だ! っていうかカズマ、俺とお前の友情はこんなもんだったのかよ!?」

 一人納得しかねるチンピラ戦士が騒いだが、裁判長に退廷を命じられて騎士達に羽交い絞めにされて連行されて行った。何でもこの次の裁判で裁かれる予定があるらしい。

 それはそれとして、今の所裁判長からも傍聴席にいる冒険者達や一般人達からの視線はかなり冷たい物になっていた。改めて、最弱職の少年が如何に鬼畜なのかが暴かれてしまっている状態だ。ざわざわと群衆が騒めいて、クズだ変態だと囁き合っている。

 刻一刻と近づいて来る有罪判決に、少年の冷や汗と過呼吸が止まらない。

「もう良いだろう。さっさと極刑にしろ」

 長くなってきた裁判に飽きたのか、ここでずっと傍観していた領主が口を挟んできた。ここで裁判長に、はいわかりましたと言われては堪らない。

 これには、今まで大人しくしていた魔法使いの少女が大声を張り上げた。

「異議あり! カズマの性格が捻じ曲がっているというのは認めます。ですが、こんな証言などなんの証拠にもなりませんよ!」

「めぐみん……っ!」

 魔法使いの少女は言った通りに頼もしく弁護を開始する。最弱職の少年はその姿に、胸が熱くなる思いだ。

「もしテロリストだと言うのであれば、もっとましな根拠を持ってきてください!」

「そうそれ、根拠よ!」

 ぴしっとポーズを決めて女検察官に指を突き付ける魔法使いの少女。青髪女神も良く分かってないけど、少女の真似をして指を突き付ける。

 指を突き付けられて女検察官は、いたって冷静であった。

「根拠ですか……、よろしい」

 掛けていた眼鏡を中指で押し上げて、突き付けられる指に真っ向から相対する。

「一つ! 共同墓地に巨大な結界を張り、街中に悪霊を溢れさせて幽霊騒動を引き起こし!」

 根拠の一つ目で青髪女神が耳を塞いで俯いた。心当たりしかないので、ぐうの音も出ません。

「二つ! 領主殿の持ち物でもある街外れの廃城に爆裂魔法を撃ち込み倒壊させ、あまつさえここ数日にも深夜に爆裂魔法を使い騒音騒ぎを引き起こし!」

 二つ目で威勢の良かった魔法使いの少女も耳を塞いで蹲った。碌な事をしていないパーティである。

「そして三つ! 被告人はアンデットしか使えないスキル、ドレインタッチを使用したと言う目撃情報があります!」

 三つ目にはついに最弱職の少年も、枷を嵌められた手で必死に耳を塞ごうとする。ここでリッチー店主の事を話しては元のもくあみ。全力で黙秘権を行使する。

「耳を塞いでも無かった事にはなりませんよ! 更に最も有力な根拠として、被告人に魔王軍幹部との交流は無いかと尋ねた時、嘘を見抜く魔道具が反応しました!」

 これでもかと言う程に、少年と仲間達の悪行を根拠として並べ立てた女検察官は、今度は少年に対して指を突き付けて見せた。先程とは真逆の状況にして、反論の余地の無い正論である。

「これこそが、証拠なのではないでしょうか!」

「もうだめ、もうだめよ! カズマさん犯罪者だよー!!」

 追い立てられているのは少年の筈なのに、先に諦めた青髪女神がとうとう子供みたいに泣き始めた。目の幅の涙を流して、大口を開けて泣き喚く。思わず周りの女騎士が慰めに入り、召喚士が何時もの笑い顔で頭を撫でていた。

「さいしょはただのひきにーとだったのに、いつのまにかへんたいになってて、いまとなってははんざいしゃー!!」

「神よ……、一体どうすれば……」

 今まで女神には何人か会って来た最弱職の少年だったが、この時ばかりはまだ見ぬ神に祈ってしまう。具体的に助けてくれる神様が、切実に欲しい。少なくとも、泣き喚くだけの女神じゃないのを。

「もう良いだろう。このワシの屋敷に爆発物を送り付けたのだぞ。殺せ! 処刑しろ!」

 勝利を確信した領主が、いい加減長くなった裁判をさっさと切り上げさせようとする。このままでは本当に犯罪者として、少年は極刑に――

「カズマ。君は本当に魔王軍の関係者なのかい?」

 絶望し項垂れる最弱職の少年の耳に、酷く落ち着いて優し気な声が掛けられた。声の方に視線を向けると、召喚士が何時も通りの表情で少年の事をじっと見ている。

 本当に、魔王軍の関係者なのかだと? なぜそんな事をわざわざ尋ねるのか、少年はその意味を瞬時に理解した。

「んなわけねぇだろー―――!!」

 こうなってはもうやけくそだ。最弱職の少年は指先を魔道具に突き付けながら、精一杯に声を張り上げて宣言する。

「良いか良く聞けよ! 俺は、テロリストでも、魔王軍の関係者でも何でもない! 俺は街を救う為に、テレポートを指示したんだ!!」

 それは、騒めいていた会場が、しんと静まり返る程の大音声であった。そのおかげで誰もが理解できた。最弱職の少年の魂からの叫びに、嘘を見抜く魔道具が反応しなかった事を。

 その事実に領主は言葉に詰まり、女検察官は悔し気に唇を噛む。

「魔道具による嘘の判定は、この様に曖昧な物なのです。これでは検察の魔道具の反応を、証拠として扱う事は出来ませんね」

「そ、そんな……。くっ……」

 裁判長は一連の流れを鑑みて、魔道具の反応を証拠にする事は出来ないと判断を下した。この裁判はあくまでも、最弱職の少年がテロリストか魔王軍の関係者であるかが焦点である。それを真っ向から否定されれば、もう議論の余地も無い。女検察官も最大の証拠を潰されて、反証できずに歯噛みしていた。

「それでは、被告人サトウカズマへの国家転覆罪の求刑は、証拠不十分として――」

「だめだ、裁判長。このワシに恥をかかせる気か?」

 今まさに、無罪判決が下されようとした瞬間。領主がにやついた表情で裁判長に言葉を向ける。言外に恥をかかなくて済む様にしろと、裁判長に圧力を掛けているのだ。

「ぐ……、被告人サトウカズマへの国家転覆罪の請求は妥当と判断し、被告人は……有罪……。よって死刑を……」

 相手は街一つを任される大領主にして貴族。一介の裁判長の人生をどうにかするなど、鼻歌交じりでやってのける相手だろう。裁判長は圧力に屈して、苦悩しながらも発言を翻した。

「お、おかしいだろおおおおおおおっ!!!!!!」

 後はもう、木槌が下ろされれば少年の命運は決まる。たった一言で逆転してしまった状況に、最弱職の少年は理不尽さに対する慟哭を喉から迸らせた。こんな結末があって良いのだろうかと。

「裁判長。少し、私の話を聞いてもらえないだろうか」

 もはやこれまでかと思われた時、凛とした声が裁判長の木槌を押し止めた。その声はいつの間にか立ち上がり、少年の側に近寄った女騎士が発した物だ。彼女は懐から紋章の様な物が付いたネックレスを取り出し、裁判長に向けて見せ付けている。

「そ、それはダスティネス家の紋章!?」

 裁判長や女検察官、領主などはその紋章を知っている様だった。傍聴席の冒険者達も、裁判長の発したダスティネスと言う家名には聞き覚えがあるらしくざわつき始める。

「ダクネス、お前……」

 最弱職の少年もまた、女騎士の正体を知る内の一人。不安げな表情で声を掛けるが、女騎士はそれを横目で一瞥しただけですぐに視線を逸らした。

「どうだろうか、裁判長。この裁判、私に預からせてもらえないだろうか」

「それは……! し、しかし、いくら、貴女の頼みでも……!」

 女騎士の交渉に応えたのは、裁判長ではなく領主だった。身分に差があるのか、かなり狼狽しているが、それでも領主は抗議の声を上げる。

 女騎士は領主に改めて視線を向けると、たじろぐ男に対して表情を引き締めたままで言葉を続けた。

「無かった事にしてくれと言って居る訳ではない。貴方には借りを作る事になるな。私に出来る事ならば、一つ、何でも言う事を聞こう。何でもだ……」

「な、ななな、何でも!? いいでしょう、ほかならぬ貴女の頼みならば……」

 女騎士の言葉に領主は生唾を飲み込み、その肢体を舐める様に見つめながら申し出を了承した。その頭の中では一体どんな欲望がぶちまけられているのか、口に出したら女騎士は案外喜ぶかもしれない。

 推移を見守っていた裁判長は、貴族同士の話し合いが纏まったのを見越して、改めて判決を告げた。

「ほかならぬダスティネス家のご令嬢の頼みです。あなたの事を信用いたしましょう。……被告人サトウカズマへの判決は保留とする!」

 首の皮一枚で、少年の命は繋ぎ留められた。薄氷の上を歩く様な危うさではあるが、確かに処刑への道は回避できたのである。

「やったわね、カズマ! よく分かんないけど、死刑じゃないって事はつまりめでたいってことよね!? よっ、祝いの『花鳥風月』ぅ~!!」

「この私の頭脳と弁護が功を奏しましたね!」

 青髪女神が感極まって少年に飛びついて抱きしめて来た。それから、舞い踊る様にしながら宴会芸スキルを披露する。その横では魔法使いの少女が謎のポーズで己を称賛していた。

「お前らは早々に諦めてただろ……」

 少年はそれを見て、調子の良い二人に突っ込むのを忘れない。だいいち助かった訳ではなく、保留されただけなのだから、少年は手放しで喜ぶ気にはなれなかった。

「うおおおお、カズマが助かったぞ!」

「信じてたぞカズマ! あの店の割引券もくれたしな!」

「変態だけど犯罪者じゃないって証明されたな!!」

 傍聴席に居た顔見知りの冒険者達が、一斉に大歓声を上げた。確かに、一度は見捨てたり、証言で見る目を変えたりしたが、皆何だかんだで少年を好いている連中である。最弱職の少年が助かった事に、素直に笑顔になって誰もかれもが祝福していた。

「静粛に! 静粛に! まだ裁判は終わってはいません。気持ちはわかりますが皆さん静粛に……、静粛にっつってんだろボケェ!!」

 歓声はやがて少年の名を連呼するシュプレヒコールへと変わったが、裁判の妨げになったので裁判長がキレて木槌を投げつける。傍聴席の冒険者に向けて投げられた木槌は途中で失速し、にこにしていた召喚士の頭に当たってそのまま倒れ伏した。

「ああっ! ローがまた死んでますよ!?」

「このひとでなしぃ!! 『ヒール』ッ!!」

 閑話休題。

 その後、最弱職の少年の裁判は粛々と閉廷され、少年達はあっさりと解放された。女検察官辺りにもっとネチネチと絡まれるかと思ったが、向こうは既に次のチンピラ戦士の裁判の準備で忙しいらしい。

 それから少年達は、もう既に夕暮れ時となっていたので、久々の我が家へと戻ってきていた。ほんの数日離れていただけなのに、もう何年も帰っていないかの様な気さえしてくるものだ。

「……ん。私は今日はこのまま、領主の泊まっている宿に向かう。カズマとローを家に送り届ける事も出来たしな」

 屋敷の前に辿り着いた所で、女騎士は仲間達から離れて立ち止まる。彼女はこれから、少年を助けた代償を領主に要求されるのだと言う。ここまで一緒に来たのは、少年達が家に帰るのを見届けたかった為だ。

「今日ばかりは礼を言わないとな。ありがとう、助かったよダクネス」

「まだ油断は出来ないがな。だが悪い様にはさせない、アルダープの事は任せておけ」

 自然と女騎士に手を差しだして、二人はぎゅっと握手を交わす。今回少年が命拾いしたのは、女騎士が公然と秘密を暴露してくれたおかげだ。感謝の気持ちをしっかり込めて、少年は意外に柔らかな女騎士の手を握る。

「でも、お前本当に大丈夫か? あの領主のおっさん、お前を見る目がヤバかったぞ。すんごい事要求されるんじゃないか?」

「す、すごい事……。ごくり……」

「……俺の心配を返せ」

 心配して掛けた言葉だったが、女騎士は息を荒げて凄い事の妄想に浸っていた。本当に任せて大丈夫なのだろうか、最弱職の少年は女騎士の性癖のせいで安心しきれない。

「こほん……、大丈夫だ。では、行って来る」

 それでも女騎士は仲間達に背を向けて、立ち去って行った。立ち去る姿は、背筋を伸ばして凛々しく見える。

「……ララティーナ」

「その名前で呼ぶなぁ!!」

 秘密が周囲に暴露されたので、口止めされていた女騎士の本名を少年が面白半分に口にした。それなりに距離が離れていたのに、聞きとがめた女騎士は激昂する。結局、彼女は肩を怒らせて立ち去って行った。

「素直になり切れないね、カズマも……」

「何の事かな。俺はあいつの弱みを握れて嬉しいだけだよ」

 照れ隠しの意地悪を召喚士が指摘するも、最弱職の少年はすまし顔で屋敷の玄関へと向かう。その態度が素直ではないと言うのに、知らぬは本人ばかりなり。

 女騎士と領主の交渉の結果、少年が課せられた課題は二つ。魔王軍の関係者と言う容疑を晴らし、身の潔白を証明する事。そして、吹き飛んでしまった領主の屋敷の弁償である。

 一介の冒険者に対して要求するには、いささか理不尽な要求ではある。だが、少年達はやり切らねばならない。

「ダクネスの為にも、なんとかして課題をこなさないとな。ここから俺の冒険の、第二章の始まりだ!」

 と、少年達が玄関の戸を開けた瞬間、背後から少年達を追い抜いて大勢の騎士達が屋敷の中に突入して行った。

「裁判所からの命により、被告人の借金を、私財より差し押さえる事となった!!」

 屋敷内に突入した騎士達は、無慈悲に、容赦なく、徹底的に、家財道具を差し押さえ、屋敷から運び出して行く。青髪女神の大切にしていた高級酒も、少年が保管していたあのお店の割引券も何もかもだ。

 抵抗しようと爆裂魔法を唱え出した魔法使いの少女を止めている間に、一切合切の家具も衣服も運び出されてしまった。後に残ったのは、全て奪われて泣き喚く青髪女神と、絨毯を剥がれた床に這いつくばる魔法使いの少女。そして、何とか死守する事が出来た、日本の思い出である少年のジャージのみ。

「部屋の中が広くなってしまったね」

 召喚士は呼びだした巨大な子犬の背に腰かけたまま、のほほんと微笑んでいる。

「おれのぼうけんの、だいにしょうの、はじまりだっ……」

 ジャージを抱えて床に倒れ込んだ最弱職の少年は、涙を流しながら震える声で呟くのだった。

 

 




今回はこれだけです。
続きは書き上げ次第、順次追加して行きます。

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