【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
<< 前の話 次の話 >>

15 / 31
じわじわとお気に入りが増えて行く喜び


第一三話

 最弱職の少年の裁判が、判決保留になった次の日。アクセルの街にはしんしんと雪が降り積もり、辺りを白一色に染め上げていた。少年達の屋敷も例外ではなく、こんもりと雪化粧が施されてる。

「うううう、寒い……。寒いよぉ……。誰か私を温めてよぉ……」

 全ての家財道具を没収された寒々しいリビングでは、なけなしの羽衣を身に纏った青髪女神が泣きながら寒さに凍えていた。彼女は暖を求める為に暖炉に手をかざしているが、借金を背負った彼女等にはもう既にくべるべき薪も無い。今はもう、灰となった燃え残りに、僅かに火種が残るばかりである。これもやがて消えゆくだろう。

「ああああああああああああああああああっ!!!!」

 リビングの床に空き箱を置き、それを椅子代わりにしていた最弱職の少年が突然大声を上げ始めた。頭を両手で抱えてブンブンと振り、何かを追い払うかの様にして声を振り絞っている。

「な、なに!? いきなりどうしたのよ!?」

「分からないのか!? あの領主の元に向かったダクネスが、一晩帰ってこなかったんだぞ。今頃は……」

 突然の奇声に驚いた女神だったが、帰ってきた返答はここには居ない女騎士の境遇を連想させるものだった。少年の言葉に何を想像してしまったのか、青髪女神の顔から徐々に血の気が引いていく。

「「ああああああああああああああああっ!!」」

 そうして、二人仲良く頭を抱えて叫びだす。そんな二人を、召喚した巨大な狼の背中にモフモフと乗りながら、召喚士がにやにやとした顔で部屋の隅から観察していた。

「なーお」

 そんな騒がしい部屋の中に、また別の生き物の鳴き声が響き渡る。三人が声のした方に視線を向けると、そこには何かを両手で抱える魔法使いの少女の姿が。

 抱えられているのは、一匹の黒猫であった。

「めぐみん? なんだそいつ、飼いたいって事か?」

「迷惑はかけないと思うのですが……」

 少年と女神は少女の元に集まって、各々抱えられた黒猫に手を伸ばす。少年が喉元を擦るとゴロゴロと鳴き目を細めるが、女神が触れようとすると爪で引っ掻いて牙を剥き始めた。

「痛っ! ちょっと、何で私にだけ!? この漆黒の毛皮と言い、ふてぶてしい態度と言い、何だか邪悪なオーラを感じるわね……。ねえ、この魔獣の名前は何て言うの?」

 自分だけ引っ掻かれたのが気に入らないのか、黒猫を魔獣認定し始める青髪女神。実に大人げない。

「ちょむすけです」

「……今なんて言った?」

「この子の名前は、ちょむすけです」

 黒猫の名前に付けられた紅魔族的ネーミングのセンスに、少年と女神は唇を引き結んで言葉を失った。その様子にぶふーっと吹き出して、喜んでいるのは召喚士だけである。

「そう言えば二人とも、先程は何を騒いでいたのですか?」

「お前、落ち着いてるな。ダクネスは今頃、何されてるか分からないってのに……」

「あの領主の良くない噂は耳にしますが、ダクネスが簡単にどうこうされるとは思えませんよ」

 魔法使いの少女は、心配する二人を大げさだと窘める。彼女は彼女なりに女騎士の事を信頼しているのだろう。だが、そんな少女を最弱職の少年は鼻で笑う。

「これだからお子様は! お前はまだあの変態の事が分かって無いのか。『くっ……、例えこの体は好きに出来ても、心までは自由に出来ると思うなよ!』とか言って、大喜びで凄い事されるに決まってんだろうが」

「はっ!? ど、どどどどうしましょう、ダクネスが酷い事に! どうしましょうガズマぁ……」

 少年の身振りまで加えた迫真の声真似に、魔法使いの少女は容易に女騎士のくっころシーンを想像したのか、黒猫を取り落として酷く狼狽し始めた。突発的な出来事に弱い彼女は、簡単に涙目になって少年に縋る様な声を掛ける。

 最弱職の少年もそんな声を聞いてしまうと、胸が痛み自然と熱い物が込み上げてきてしまう。

「どの道、もう手遅れだ……。せめて俺達は、普段と変わらずに優しく接してやろう……」

「分かったわ! 大人の階段上っちゃったダクネスには、何があったか聞いちゃいけないって事ね!」

「あ……、ああ……、あああああ……。ダクネスが……、ダクネスが……」

 掌で顔を覆って涙声になる少年に、任せてくれと青髪女神が胸を張る。魔法使いの少女は終始狼狽えて、最早返答もままならない。

「皆はダクネスを信頼してるのか馬鹿にしてるのか、どっちなんだろうね」

 召喚士が伸し掛かっている巨大な狼に尋ねてみても、そんな物には興味が無いとばかりに足の間に顔を埋めて目を閉じている。獣には人の騒ぎなど、おやつ以上の価値も無いのであろう。

 すると、巨狼の耳がぴくりと反応し、続いて伏せていた頭を上げてドアの方を見やった。耳を澄ますと、何やら少年の名を呼ぶ声が微かに聞き取れる。続いて、ズカズカと無遠慮な足音も聞こえてきて、リビングの扉が不躾にバーンと開かれた。

「サトウカズマ! サトウカズマは居るかあああ!!」

 扉を両手で跳ね開けて部屋に飛び込んできたのは、少年が裁判の時にえらい目に合された女検察官であった。彼女に対してあまり良い思い出が無い最弱職の少年は、露骨に顔を顰めながら何しに来たのかと尋ねる。

「まだ身の潔白を証明するには期間があるはずだろ。昨日の今日で何しに来たんだよ」

「何しに来ただと!? ぬけぬけと、魔王軍の手先が良くも言ったな! カエルだ! 街の周囲にジャイアントトードが溢れ出しているのだ! 心当たりがないとは言わせんぞ!」

 走った上に大声を出したせいで肩で息をする女検察官は、少年達の露骨な態度に怒り心頭と言った様子だ。彼女は相変わらず、最弱職の少年を魔王軍の関係者と疑っているらしい。

 その剣幕に若干呆れを交えた声で、魔法使いの少女が反論をする。沸点の低い彼女は、喧嘩なら買うぞとばかりに矢面に立つ。

「言いがかりも甚だしいですね。私達がカエルを操っているとでも言うのですか? 流石に何でもかんでも、私達のせいにされても困るのですが」

「冒険者ギルドの報告では、冬眠していたカエル達が何かに怯える様にして地上へと這い出して来たそうです。……怯えると言えば、ここ連日、街のすぐ傍で爆裂魔法を連発して住人を脅かしてくれた人達が居たと思いまして」

 青髪女神と少女が女検察官の説明で逃げ出し、その襟首を最弱職の少年が掴んで引き留める。捕まった二人はじたばたともがきながら、少年に弁明を始めるのだった。

「待ってください、私はアクアに命令されて爆裂魔法を放っただけです。主犯はアクアです、私は悪くありません!」

「ちょっと、めぐみん! あなた話を持ち掛けた時はノリノリだったじゃないの! 我が力を見るがいいとか言ってたクセに!」

 責任の擦り付け合いに必死な二人ではあるが、状況はどちらが主犯かなど求めてはいない。それが分かっている最弱職の少年は二人の襟首を掴んだまま、黙らせる為に怒声を張り上げた。

「醜い争いをしてる場合じゃないだろ! お前らがやらかした後始末をしに行くんだよ!」

 流石に一喝されると暴れるのは止めるが、カエルにトラウマのある二人は渋い顔をしている。それを半場引き摺る様にして、最弱職の少年達は雪の積もる郊外へと赴く事となった。

 

 

「いいやあああああああああああああああ!! もう、カエルに食べられるのは嫌ああああああああああ!!!」

 雪の積もった丘の上を、巨大なカエルが元気よく跳ねる。そして、その跳ねるカエルから、全速力で青髪女神が逃げて行く。更にそれを、最弱職の少年が腕組みをしながら見守っていた。

「この寒さなのにまったく動きが鈍っていないな。この世界の生き物は野菜やらカエルやら、どいつもこいつも逞し過ぎるだろう……」

 青髪女神を捕食する為に元気に飛び跳ねるカエルの様子に、最弱職の少年は嫌そうに顔を顰める。そんな少年の背中を眺めながら、着いて来ていた女検察官がドン引きしていた。

「貴女の仲間がカエルに襲われて、助けを求めていると言うのに、そんなに落ち着いていていいのですか?」

 そんな事を言われても、壁役が居ない現状ではこれが最善手。カエルに対して有効打を持たない青髪女神には、ああして囮になっていてもらうしかないのだ。

 ちなみに、攻撃手段を持っている面子はと言うと――

「私達も負けてはいられませんよ。もっともっと強くなって、過酷なこの世界を、生き抜くのです!」

 その内の一人、魔法使いの少女はカエルに肩まで飲み込まれながら高らかに宣言していた。彼女を飲み込んでいるカエルは天を仰ぎ、されど少女はそれ以上飲み込まれる事は無い。体の中で長い杖が引っかかっているのだろう。

「めぐみん、今助けるぞ」

「いえ、アクアからで良いですよ。私は既に爆裂魔法を撃ってしまっていますし、外は寒いですからね。カエルの中は意外とぬくいのです」

 特に抵抗もしていないのは何時も通り魔力を使い果たしたからで、落ち着いているのはそれ以上飲み込まれる心配がない為か。寒いから助けるなと言われてしまった少年は、特に何も言わずに引き抜きかけた腰の剣を鞘に納めた。

「えっ!? 本当に放っておくんですか!?」

 女検察官がやはり何か叫んでいるが、この場でそれを気にするものは一人も居ない。

「おい、ロー。もう体は動くようになったか?」

 そしてもう一人の攻撃手段持ちは、そんな彼らのすぐ傍で毛玉になっていた。正確には、座った巨躯の狼の足の間に収まり、もふもふの尻尾で体を包み込まれている。雪原の上に居ると言うのに、召喚士だけは限りなく暖かそうだ。

「……いやー、まさか町から出るだけで寒さで行倒れるとは思わなかったよ」

「お前はどんだけ体力が無いんだよ……。その格好でも魔法は使えるだろう? アクアが根を上げる前に、助けってやってくれ」

 はいはーいと軽い調子で了承し、毛玉の中からローブに包まれた腕がにゅっと出て来る。その掌には直ぐに魔法陣が浮かび上がって、緩い調子で召喚を告げる言葉が紡がれた。

「レベル二十召喚。ヨーちゃん、出番だよー」

 掌に次いで地面に輝かしい召喚陣が描かれ、まばゆい光と共に呼び出された者が雪原に降り立つ。それは見上げる程に大きな体躯を持った野太い大蛇――ではなく、寒そうに肩を抱いたメイド姿の娘であった。今回の髪形は腰まである髪を、そのままストレートに垂れさせている。

「伝言、『寒いから、行きたくない』だって……」

 現れた青と赤のオッドアイを持つメイド娘は、呼び出すはずだった大蛇からの伝言を読み上げ、そして自らも寒いから帰ると勝手に送還して行った。

「よし、次行ってみよう」

「ええっ!? これもスルーなんですか!?」

 騒ぐ女検察官を無視したままで、最弱職の少年は腰に下げていた弓を取り外す。背負っていた矢筒から一矢取り出して番えれば、なかなかどうして堂に入った弓手の姿がそこにはあった。

 かねてより、少年は自身の役割を作戦指揮と仲間のサポートだと思っている。一部に特化した能力を持ち、何かしらの欠点を抱える歪な面子。その空いた穴を埋めるのに、全てのスキルを覚えられる職業冒険者はうってつけなのだ。

「かじゅまさあああああああああん!! もーむり、もーむり!! 早くしてえええええええ!!」

 構えた弓を引き搾り、根を上げて少年に助けを求める青髪女神、その向こうに居る巨大なカエルに狙いを定める。パーティの火力を補いつつ、自らの高い運のステータスを活用できるスキル。その名は――

「ン『狙撃』ッ!!」

 解き放たれた矢が風を切り裂いて飛び出し、中空に舞う雪の粒に偶然当たって軌道を修正し、青髪女神の頭のチャームポイントを潜り抜けて、狙い通りにカエルの脳天に直撃した。

 狙撃スキルとは運のステータスが高い程に命中率を増す、仲良くなった冒険者から教えてもらったアーチャーのスキルである。狙い通りに脳天に矢が突き刺さったカエルは動きを止め、頭の上を矢が通過した青髪女神は足をもつれさせて雪原に顔から突っ込んだ。新スキルが命中した少年は、得意満面に目を閉じて口元を歪めて笑う。

「ちょっと! 今私の頭のチャームポイントに矢が掠め――はぷっ!?」

 起き上がって文句を言おうとした青髪女神が、矢を受けたカエルにパクリと咥えこまれた。そのままカエルは天を仰いで女神を丸呑みに掛かる。カエルの口から足だけがはみ出していた。

「あ、アクアー!? うおおおおおおっ!!」

 腰の剣を引き抜いて、少年が救助に走る。そのまま無抵抗のカエルをしばき倒して、カエルの分泌液塗れになった青髪女神を引きずり出す事になった。

「うぐっ、ううっ! えぐっ、うえええっ!!」

「スキルが……、俺のスキルが……っ!?」

 粘液を撒き散らしながら雪原に横たわった青髪女神が泣きじゃくり、せっかく獲得したスキルがカエルに通用しない事に少年がうろたえる。魔法使いの少女と召喚士は置物化しており、これでパーティは全滅だ。

「貴方達は、いつもこんな戦い方をしているんですか……? これが本当に、国家転覆を狙う魔王軍の関係者……?」

 そんな少年達の姿を監視していた女検察官は、自分自身の仕事にバカバカしさを感じてしまっていた。この惨状を目の当たりにしては無理からぬ事である。

「ああっ!? 見てください、カエルが! カエルが!」

 カエルに咥えられたままの魔法使いの少女が声を上げ、その声に周囲を見回せば丘の向こうからやって来るカエルの群れ。それぞれが違う体色の三匹のカエル達が、飛び跳ねながら真っ直ぐに少年達を狙って向かって来ていた。

「おいアクア、もう一度囮を頼む。お前が引き付けている間に、何とか数を減らしてみるから!」

「これ以上カエルに食べられるのは嫌よ! あんたが囮になりなさいよ!」

「お前じゃカエルを倒せないだろうが! 何とか一匹倒せれば残りは二匹だ、そうすればお前とセナさんで足止めできるだろ」

「ええっ!? 私は貴方達の監視をしているだけなので、囮にされるいわれは在りませんよ!」

 少年と女神の罵り合いに女検察官まで加わって、騒いでいる間にも巨体のカエル達は迫っている。巨躯の狼に包まれている召喚士と既に食べられている魔法使いの少女はともかくとして、剥き身の三人は刻々と命の危機が迫っていた。

「あの、なんだか少しずつ飲み込まれ始めたので、そろそろ助けてはもらえないでしょうか……――ぷくっ!?」

 ついでの様に、魔法使いの少女がついに口元まで飲み込まれてしまう。最早、誰もかれもが絶体絶命である。

 そこで、ピクリと巨躯の狼が反応した。耳をピンと立てたかと思うと、雪原の一方をじっと見つめる。そしてすぐさま、その方向から強烈な閃光が迸った。

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 それは迸る閃光で形作られた剣。術者の掌に浮んだ魔法陣から生れ出て、翻された光の剣が魔法使いの少女を飲み込むカエルを直撃する。攻撃されたカエルは堪らず少女を吐き出し、それから胴体を横一文字に切り裂かれた。

「『エナジー・イグニション』ッ!!!」

 それとほぼ同時に、迫って来ていた三匹のカエル達も、突然体の内から吹き上がった青白い業火に包まれて炎上する。流れる様な上級魔法の連撃であった。

 警戒する巨躯の狼には魔法は飛んでは来ないが、それでも油断無く理性ある瞳は雪原の一点に注がれ続けている。その視線の先には黒のローブに身を包んだ、一人の少女が佇んでいた。

「誰だか知らないけど助かったよ。ありがとな」

 粘液塗れになった魔法使いの少女に、凄く嫌そうにしながら魔力を分け与えた後。最弱職の少年は黒いローブの少女に向き直り、素直に礼を言っていた。

 それは、魔法使いの少女よりも背が高く発育も良かったが、彼女と同じ赤い瞳を持った少女。黒いローブの少女は、最弱職の少年の言葉に軽く頬を染め、恥ずかしそうにチラりと彼を見る。

「べ、別に助けた訳じゃないですから。ライバルがカエルなんかにやられたら、私の立場がないから仕方なくで……」

 次第に声が小さくなり、もじもじしながら俯いてしまう。どうやらかなりの恥ずかしがり屋の様だ。

 ライバルとは誰の事かと気になった少年だったが、黒いローブの少女の視線がチラチラと、未だ粘液の海でもがく魔法使いの少女を見ていたので得心が入った。彼女は魔法使いの少女の既知であるのだろう。

 黒いローブの少女はやや恥ずかし気に、それでも口元を綻ばせて魔法使いの少女に語り掛けた。

「ひ、久しぶりね、めぐみん! 約束通り上級魔法を覚えて帰って来たわ! さあ、この私と改めて勝負を――」

「……どちら様でしょうか?」

 嬉しそうに語る黒ローブの少女の言葉を遮って、魔法使いの少女は仏頂面で問い返す。既知では無かったのかと仲間達が訝しみ、黒ローブの少女も驚愕の表情で凍り付く。毛玉の中の召喚士だけが、ぶふーっと吹き出して楽しそうにしていた。

「そもそも、名前も名乗らないなんて、おかしいじゃないですか。これはきっと、以前カズマが言っていたオレオレなんとかというやつですよ」

「えええっ!? えっ……、ええ……。わ、わかったわよ! 知らない人の前だと恥ずかしいけど……」

 とうとう詐欺師扱いにまでされてしまった黒ローブの少女は、目に涙を溜めながら両手を振り回し意を決する。そうして始まったのは紅魔族特有の名乗り上げ。恥ずかしいと言いつつも、身振り手振りを加えて大変な気合の入れ様だ。やはり、根っこの所では紅魔族と言う事か。

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、上級魔法を操る者! ゆくゆくは紅魔族の長となる者!!」

「とまあ、この子はゆんゆん。紅魔族の長の娘で、自称私のライバルです」

 びしぃとキメポーズをして締め括られた名乗りを、魔法使いの少女は憮然とした表情のままで軽く流して少年に補足の紹介を加える。堪らないのは、恥ずかしさを乗り越えてまで名乗った黒ローブの少女であろう。

「……っ!? ちゃんと覚えてるじゃない!!」

 涙目になって訴える黒ローブの少女の剣幕にも、魔法使いの少女は素知らぬ顔である。この一連の流れだけで、彼女達の関係がどの様な物であったのかが良く分かると言う物だ。

「なるほど。俺の名前はサトウカズマ。めぐみんの冒険者パーティで、一応リーダーをやらせてもらってる。よろしくな、ゆんゆん」

「あれ? ……えっと、私達の名前を聞いても、笑わないんですね?」

 軽く手を上げて自己紹介をする最弱職の少年に、黒のローブの少女は目を丸くする。紅魔族の独特な感性に悩まされ続けて来た彼女にとって、自己紹介とは相当な羞恥を伴う行為であった。それを目の前の少年は、意にも介さずに軽く受け止めるのだ。思わず尋ね返してしまう程に、黒ローブの少女にとっては衝撃的であった。

「世の中にはな、変わった名前を持っているにもかかわらず、頭のおかしい爆裂娘なんて不名誉な名で呼ばれてる奴も居るんだ。それに比べたら、何てことはないさ」

「私ですか!? それって私の事ですか!? 私が知らない間にいつの間にか、その通り名が定着しているのですか!?」

 己の不名誉な呼び名に激昂した魔法使いの少女が、妙に悟った様な表情で語る少年の胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる。悪いのは全て、妙に語呂の良い通り名を考え付いた首無し騎士のせいであろう。

「さ、流石ね、めぐみん。どうやら良い仲間を見つけた様ね……、それでこそ私のライバル!」

 そんなじゃれ合いを傍目に、黒ローブの少女は少年の言葉にいたく感心していた。紅魔族の名前を馬鹿にせず、そして気難しい魔法使いの少女と親し気に罵り合う。そんな光景に、素直に称賛を送った。

「私は貴方に勝って紅魔族一の座を手に入れる! さあめぐみん、この私と勝負しなさい!!」

 気を取り直した黒ローブの少女が指を突き付け、魔法使いの少女に向けて高らかに告げる。これぞライバル同士の決闘の幕開け。この一戦に、己の全てを賭ける価値があると言わんばかりの輝いた表情をしている。

 それに対する魔法使いの少女の返答は簡潔だった。

「……嫌ですよ。寒いですし」

「えーっ!? なんでぇ……? お願いよぉ、勝負してよぉ……」

 あっさりとした、しかもどうでも良さそうな理由での拒否の言葉に、黒ローブの少女のそれまでの自信はどこかへ吹き飛んでいた。いきなり幼い子供の様に縋りつき始め、それに対して只管魔法使いの少女が拒否を繰り返す問答が始まってしまう。そんな光景に最弱職の少年は、一歩引いてから徒労感に溜息を吐いてしまった。

 そんな少年の背後から、二人分の声が掛けられる。

「こほん……。何やら積もる話も有るようですので私はこれで……。今日は何とかなりましたが、これが私の目を欺く演技と言う可能性は捨ててはいませんから。それでは……」

「私も、カエル肉をギルドに運んでもらう様に依頼して来るわね……」

 きりりと表情を引き締めた女検察官が釘を刺しつつスタスタと歩み去り、その後ろに粘液塗れで達観した様な眼をした青髪女神がとぼとぼと続いて行く。正直こんな状況で置いて行かれたくは無い少年だったが、少しでも金が手に入るならとその場は諦める事にした。

 そこまできて、そう言えばもう一人いたなと思い至る。

「おーい、ロー。お前ももう屋敷に戻ってていいぞ。それで悪いけど、風呂の用意と暖炉に火を入れて部屋を暖めておいてくれ」

「…………わかった。カズマも、あまりはしゃぎ過ぎない様にね」

 このまま凍える中に置いておくのも気が咎める為に、最弱職の少年は毛玉に包まれる召喚士に雑用を頼む事にした。少しだけ、何か言いたげにした召喚士であったが、少年に言われると素直にコクリと頷いて屋敷へと帰って行く。

 毛玉状態だった巨躯の狼が立ち上がり、己が主の首根っこを咥えて街へと向かう。その様子はさながら、子供を運ぶ親の様であった。

 それを見送ってから、最弱職の少年は改めて言い合いをする二人の少女に向き直る。もっともそれは言い合いと言うか、最早そっぽを向いた魔法使いの少女に黒ローブの少女が只管半泣きで勝負を催促しているだけなのだが。

「はぁ……、しょうがないですねぇ……」

 流石に大きな赤い瞳から涙が溢れそうになっているのを見かねたのか、魔法使いの少女が溜息を吐いてついに折れる。ぱっと花が咲く様に笑顔になった相対者に、少女は勘違いするなとばかりに注文を付け始めた。

「しかし、私は今日はもう魔力を使い果たしています。勝負すると言うのなら、貴女の得意な体術でどうですか?」

「ほ、本当にいいの? 紅魔の里の学校では、何時も体育の授業をサボっていためぐみんが……。昼休みになると、これ見よがしに私の前をちょろちょろして、勝負を誘ってお弁当を巻き上げていた貴女が……」

 せっかく勝負を受けて貰い、有利な内容にしてもらったのにもじもじし始める黒ローブの少女。魔法使いの少女の優しい提案が、それ程までに意外だったと言うのだろうか。

 むしろ学校ではどんだけ不利な条件で勝負をさせてたのかと、少年はじーっと非難の視線を差し向ける。魔法使いの少女は少女で、つーんとその視線を顔を逸らして受け流していた。

「おまえ…………」

「私だって死活問題だったのです。家庭の事情で、彼女の弁当が生命線だったのですよ」

 あまりのふてぶてしさに少年が絶句すると、魔法使いの少女は思わず弁解の言葉を口にしてしまう。漢らしい彼女にも、仲間に見栄を張る部分は残っていたらしい。

 そんな二人のやり取りを意に介さず、勝負できると言う事に喜ぶ黒のローブの少女が張り上げる。

「わかった、体術勝負で良いわ!」

「え、いいの……?」

 それには少年が思わず疑問を漏らしてしまった。この少女は昔からこんな風に、魔法使いの少女に手玉に取られてきたのだろうかと。そして何より、今の魔法使いの少女の全身は――

「よろしい……。では、どこからでもかかって来なさい!」

 高らかに宣言した魔法使いの少女マントをばさりと翻し、わざわざ眼帯を取り出して左目を塞ぐ。そして二人の少女は互いに構えを取った。

 最弱職の少年が見守る先で、二人の少女達は向かい合ったままじりじりと間合いを測り合う。

 黒ローブの少女は習っていた経験からか、きびきびとした動作で実に慣れている様だ。対して魔法使いの少女の方は、ゆらりゆらりと緩慢に、しかも見栄えを気にするかの様な独特な動きをしている。体格的に見ても、体術では魔法使いの少女は分が悪いだろう。

 その時、空を分厚く覆っていた雪雲の隙間から太陽が顔を出し、二人の少女が日の光に照らされた。 

「はっ!? ……め、めぐみん。貴女の体がその……、テラテラしてるままなんだけど!」

「そうですよ……。この全身ねっちょりは、全てカエルのお腹の中の分泌物です……」

 黒のローブの少女はようやくと気が付いたのだ。自分が体術勝負を挑んだ相手の体が、悪臭を放つヌルヌルの粘液塗れであるという事に。思わず顔が引き攣り、足が自然に後退してしまう。

「さあ、近づいた瞬間に……、思い切り抱き付いて、そのまま寝技に持ち込んであげます!」

「う、嘘でしょ……? 私の戦意をくじいて降参させようって言う作戦よね……? でしょう!?」

 恐る恐る、口元を引き攣らせながら黒ローブの少女が問いかけると、魔法使いの少女は構えを解いてにっこりと微笑んだ。それはそれは見事な笑顔で、全身からキラキラを振りまいている。きっと粘液に日が反射しているのだろう。

 そして彼女は言うのだ。

「私達、友達ですよね? 友人と言う物は、苦難も分かち合う物だと思います」

 一拍の間。

 黒ローブの少女は諸手を上げて逃走を開始した。そしてその背中を、奇声を発しながら粘液塗れの少女が追いかける。片や必死の形相で、片やスキップするかの様にるんるんと、捕まればヌルヌル地獄の追いかけっこが始まった。

「いいいいやあああああああああっ!! 降参、降参するから、こっち来ないでっ!!」

「るーん……、るーん……、るーん……」

 女の子二人が取っ組み合って格闘技。そんな光景を少しでも期待していた事が、只管にバカバカしい。最弱職の少年は雪の上で走り回る二人を見て、妙に納得してしまう胸の中の既視感を持て余していた。

 今までの経験上、こうなる事は明白だったであろうに。己の中の未知の既視感が、少年を妙に落ち着かせていたのだ。どうせこうなるだろうと、達観めいた物を想起させる。結果、色々な思いが溜息となって口から零れ落ちて行く。

「きゃあああああっ!!! ああ……。降参、降参したのにぃ……」

「ぬへへへ! ぬっふっふぅ! 今日も勝ちぃ!!」

 逃避行の果てに捕まった黒ローブの少女は、文字通り粘液に塗れて泣かされる。捕まえた側の魔法使いの少女は、不敵な笑みを浮かべながら対戦相手の腰にしがみ付いていた。後はもう、腹いせの為に粘液を塗り付ける行為が続くばかりだ。

 邪悪な表情で勝利に酔っている魔法使いの少女のせいで、粘液ヌルヌルの女の子が二人いるのにまるで嬉しくない。少年は悟りを開いた様な心境で、この状況も何時ものどたばたの一環なのだと傍観していた。こんなのは、望んでいた異世界生活とは違うのだと。

 でもきっと、次の『あの店』でのアンケートはヌルヌルプレイになるに違いない。それはそれ、これはこれ、などと考える少年であった。

 

 

 黒ローブの少女が全身ねっちょりにされて泣いて帰り、今は日もすっかりと暮れて時は夕刻。最弱職の少年と魔法使いの少女が連れ立って、アクセルの街へと戻って来ていた。

「あの子、泣いて逃げちゃったな」

「ガズマ。戦利品です、借金返済の足しにしてください」

 道すがら何とはなしに胸の豊かな少女の事を思い出していた少年に、魔法使いの少女はそんな彼女から巻き上げた宝玉の様な物を差し出す。それはマナタイトと呼ばれる魔力を肩代わりさせられるアイテムで、非常に高価な物だと少年は認識していた。だからこそ、二つの意味で詰問がしたくなる。せっかくの戦利品で、しかも高価な物だと言うのに。

「いいのか?」

「ふっ……、私程の規格外の大魔導士には無用な物なのです」

 わざわざ瞳を光らせてドヤ顔をしているので、少年はありがたく貰っておくことにした。だが、それはそれとして、言いたくなった事はとりあえず言っておく。

「はぁ……。なあ、爆裂魔法以外のスキルを覚えるつもりは――」

「ありません」

「ですよねー……」

 答えなど分かり切っていた事なので、新たに落胆などしない。ただただ只管に虚しいだけである。

 一発芸の為に命を賭ける少女と、先程の上級魔法を操り大活躍していた少女。頭の中で二人をどうしても比較してしまう。覚えた魔法も、ついでに体つきも、どうしてこうも差が付いてしまったのだろうか。

 そんな思いが視線に現れていたのか、魔法使いの少女に見咎められてしまった。

「……なんです?」

「さっきの娘より、めぐみんの方が、美人だなって」

 二人の間に、長い沈黙が下りた。

 棒読みで誉められた事が嬉しかったのか、少女は不敵に笑いながら両手を広げて再び構えを取る。何時でも飛び掛かれる態勢で、じりじりと少年に詰め寄って行く。大事にしている杖まで取り落として、もう少年に飛びつく事しか考えていない様だ。瞳も爛々と赤く輝いて、大変興奮して居る事を伝えていた。

「それはどうもありがとう……! お礼にぎゅっとハグしてあげますね」

「おいこっちくんな!」

「もっと喜んでも良いのですよ? ヌルヌルの女の子に抱き付かれるだなんて、場合によってはお金を払う人だっていますよ!!」

 粘液塗れの少女が近づいてくる様子に、思わず少年が身構えながら後退する。逃げの態勢に入った少年に、魔法使いの少女は勢い良く飛び掛かって行った。有無を言わさない、肉食獣を思わせる急激な加速で。

「ああん……。カエル臭いっ!!!」

 こうして、ヌルヌルにされた被害者がまた一人。

 

 

 街中を粘液塗れになったまま通り抜け、道行く人の怪訝な視線に耐えながら二人は屋敷へと帰還した。二人が立ち並ぶ玄関は、早くも滴り落ちる粘液でべっとりと汚れ始めている。

「ううう……、こんなにうれしくない抱擁は初めてだ……」

「ただいまー! ロー、戻りましたよー! ……居ないようですね?」

 玄関に出来た粘液の水たまりの中で、肩を落としながら少年が呟く。同じく肩を落とす少女が、先に戻ったはずの仲間を呼ぶが返答は無かった。

「なおなーお」

 代わりにそんな二人を、黒猫が出迎えてくれる。飼い主に似て、中々に知能が高い様だ。

 魔法使いの少女はしゃがみ込んで、自らの使い魔に触れようと手を伸ばす。

「おお、ちょむすけ。良い子にしてましたか?」

「うにゃぁぁぁん!?」

 しかし、ねっちょりと張り付いた粘液の放つ異臭のせいか、黒猫は猛烈な勢いで後退して行った。飼い猫に見捨てられた少女が、手を差しだした姿勢で茫然としてしまう。

「じゃ、俺風呂に入るから……」

 そんな少女に構う事無く、最弱職の少年はスタスタと風呂場に向かおうとする。そんな少年の服の袖を、復活した少女がむんずと掴んで引き留めた。

「なんだよ……」

「レディ・ファーストって、知ってますか……?」

「俺は真の男女平等を願う者……。都合の良い時だけ女の権利を主張し、都合の悪い時は男のくせにとか言う輩は許さない性質だ」

 少女の問いかけに対して、少年が迷いなく己の信条を答える。その後は、お互いに無言。

「「……っ!!!」」

 そして二人は同時に駆け出し、我先にハァイと風呂場の脱衣所へと飛び込んだ。唐突に始まる一番風呂争奪戦。

「そもそもレディ扱いされたいと言うのなら、まずは一端のレディになってからにしたまえ!」

「今私を子供扱いしましたね!? 一応言っときますが、三つしか違わないのですよ!」

 少年が風呂場への戸を開こうとするのを、少女が後ろから掴みかかって妨害をする。少年は少女の頭を押しやって抵抗するが、ステータスに差がある為に少女を振りほどけず、逆に問答で興奮した少女に押され気味になってしまう。

 思わぬ抵抗に浴場への突撃を諦めた少年は少女から距離を取り、それを見た少女もまた謎の構えを取って格闘戦に身構えた。

「俺の目には、今のお前は子供にしか映らないから無駄な事だー!」

「こ、この男本当に脱ぎ始めました!?」

 少年は離れたのをこれ幸いと、少女が目の前に居ると言うのにズボンを一息に下ろしてしまう。驚愕する少女を尻目に、装備も上着も剥ぎ取って床にばらまく悪辣さだ。伊達に鬼畜とは呼ばれていない。

「俺は絶対に譲らない! そう、絶対にだ!! 分かったのならすぐここから出て行きたまえ!」

「なるほど、カズマが私の事を女として見ていないのは理解しました……」

 かなり大人げない事を高らかに宣言されるが、少女も黙ってやり込められるほど大人しくはない。羽織っていたマントをばさりとなびかせて外し、不敵な笑みと共に宣言して見せる。

「ならいっそ、一緒に入りましょうか!」

「そうだな、一緒に入れば解決だな」

「あれっ!? す、すいません、普通はこういう時って『バ、バカ、そんな事できるかっ!』とか、照れて順番を譲るものでは……?」

 いつの間にか腰にタオルを巻くだけとなった少年が提案をあっさり飲んで、やり込める筈の少女が逆に硬直してしまった。間近で見る男性の裸体と、あっさり快諾された事に思わずドン引きしてしまう。

 そこにすかさず少年が畳みかける。

「先に言っておくが、俺にお約束とかは通用しないからな。例えばだ。俺にめぐみんが惚れて、俺が他所で他の女の子に迫られたとする。そんな俺に嫉妬して理不尽な暴力を振るおうものなら、俺は遠慮なく反撃する」

 少女に指を突き付けながら朗々と告げる少年の言葉に、少女は最早ドン引きを通り越して消沈していた。少年の想像を絶するゲスさに、心が完全に打ちのめされてしまったのだ。

 それでも少年は止まらない。

「俺はやる時はやる男だからな! そこら辺ちゃんと覚えておけよ!!」

「あ…………。やる時はやるの使い処が間違っている気もしますが……、まあいいです……」

 少年の言動にヤラレてしまった魔法使いの少女は、もうすっかりと風呂に入るのを諦めて背を向けて退室しようとした。もう、口論するのも馬鹿らしく虚しい、そんな表情であった。

 そんな背中に、勝ち誇った少年が更なる追い打ちをかける。口喧嘩で勝った高揚感で、何か一言いいたくなってしまったのだ。

「なんだ、アレだけ挑発しておいて一緒に入らないのか。とんだ根性無しめ!」

「なにおうぅっ!? この私が根性無し!? 言ってくれますね、何ですか、入りますよ、入れますよお風呂くらい!!」

 少年の言葉に少女は瞬間的に沸騰した。纏っていた粘液に濡れたマントを剥ぎ取って、腰に手を当てて勝ち誇る少年の顔面に、怒りの感情に任せて叩きつける。更に少女は、少年の腰に巻かれたタオルにまで手を伸ばして引っ張り上げた。少年の抵抗にも負けじと、全身を使ってのヤケクソの引っ張り合いである。

「さあ、こそこそタオルなんか撒いてないで、とっとと入りますよ!! のびーる! のびーるっ! 伸びるハイ!!」

「ちょちょちょ、何してんだおい。引っ張るなよスケベ! もっと慎みを持てよ!? あはぁん……」

 ステータスの差とはやはり顕著な物。抵抗虚しく、少年の身に着けていたタオルは宙を舞った。この二人は一体何をしているのだろうか、それはきっと本人達にもわからない事柄であろう。

 本当に、何をしているのか、分からない。

 

 

 風呂場ではどうしてカポーンと音が響くのか。それは風呂場に音響効果があるからである。

「ふぅ……」

「はふぅ……」

 結局タオルを身に着けて入る事を妥協した二人は、今は仲違いする事無く湯船に浸かっていた。風呂の縁に寄りかかり手足を伸ばす少年と、対面の縁に顎を乗せて無防備に寛ぐ少女。

 そして、もう一人。

「……服に粘液が付いてるなら言って欲しかった…………」

「あー……、悪かったよ……。まさかローが居ないのに、お前だけ居るなんて思わなかったしさ」

 今、屋敷の広い浴槽には三人目、メイド服を着ていないメイド娘――否、レベルが低くなっているのか幼女姿に戻っている――が一緒に浸かっていた。今はメイド服ではないので、青と赤のオッドアイが一番の特徴となっている。今日の髪形は湯に浸からない様に頭の上でまとめられ、更にタオルで包まれて実にコンパクトだ。

 オッドアイの娘は少年と少女の衣服を洗濯する為に現れ、そこで自身も粘液に塗れてしまったので風呂場に突入してきたのだ。あまりにも堂々とした姿だったので、先に入っていた二人は一瞬驚いただけで受け入れてしまった。

 三人はのんびりと湯の温かさに身をまかせ、混浴だと言うのにだらけ切っている。

「なあ……」

「はい……?」

「へーの肌って、なんか上半身と下半身で色ちがくね?」

「この子の種族は半アンデッドとの事なので、その特徴が現れているのでしょう。と言うかカズマ、セクハラですよ」

 少年の発した質問に、何故か本人ではなく少女が回答していた。当の本人は気にした様子も無く、二の腕を掌で擦って肌を磨いている。肌の色の違いなど、弄られ慣れていると言わんばかりの余裕振りであった。

 話題にされた本人がのんびりしているので、浴場の雰囲気も再びそれに倣う。

「なあ……」

「はい……?」

「あの子、放っといて良かったのか?」

「どうせまた会えますよ。ライバルを自称する私の追っかけですから……」

 再び訪れたくつろぎの時間に、少年と少女の話題は先程出会った紅魔族の少女の物になる。自然と少年の脳裏に思い出されるのは、目の前の少女と同い年とは思えない育ちの良い肢体。そのバストは実際豊満であった。

「あの子、めぐみんと同い年なんだよな……」

 対する目の前の少女と、ついでにオッドアイの娘の肢体は実に幼げ。そのバストは平坦であった。

「おい、今私達を見て思った事を、正直に言って貰おうか」

「フッ……、成長は人それぞれだよなって思って――」

「「黒より黒く……」」

「おい、やめろ!?」

 要求された通りに思っていた事を少年が話すと、事も有ろうに少女と娘は爆裂魔法の詠唱をし始める。魔力を使い果たしている魔法使いの少女はともかく、召喚獣のオッドアイの娘はシャレにならない。そうで無くても爆裂魔法の威力を目の当たりにしている少年としては、自分に向けられる爆裂魔法の詠唱など聞きたくもない物だ。

「お前ら二人とも、心臓に悪いんだよ!」

「ふん……、私だってあと一、二年もすれば、ゆんゆんが泣いて謝る体になって……」

 抗議する少年の言葉には取り合わず、勢いに任せて少女は不満を吐き出している。薄い胸を逸らしながらそんな事を言う少女に、少年は腕を組んで無遠慮な視線をぶつけた。

 じーっと見ていると、少女が己の体を抱いて背中を向ける。

「マジマジと見るのは止めて欲しいのですが!」

 抗議されても少年の視線は止まらない。そして観察と熟考の果てに、一つの疑問を導き出した。

「……なんで俺達、みんなして風呂に入ってんの?」

「何故今更!? どうして急に冷静になるんですか!?」

 疑問と疑問がぶつかり合い、暫しの間浴場を沈黙が支配する。

 一年もすれば目の前の少女は一四歳。十分に少年の射程範囲となるのだ。おまけにマイペースに寛ぐオッドアイの娘は、召喚時のレベルが上がればどんどん成長する。

 改めて考えれば、この状況はとんでもなく気恥ずかしい物ではないかと、少年はじりじりと少女達から距離を取った。露骨に視線を逸らされた少女もまた、相手を意識してしまい同じ様に距離を取る。気にしていないのは、二人の間に居るオッドアイ娘だけだ。

「いや、だって……、この状況見られたらシャレにならない――」

「ただまー!」

 少年が言い訳にもならな事をもにょもにょ言っていると、屋敷中に威勢良く青髪女神の声が響き渡った。

 声を聞いた少年少女の体がビクンと跳ねて、思わず湯船の中で臨戦態勢を取ってしまう。少年は片膝をついて何時でも動ける様に備え、少女の方は縁に身を隠して無意味にブクブクと口元を泡立てていた。

「あれー、誰も居ないの? カエル肉を売ったお金、貰って来たわよー?」

 青髪女神の能天気な声は響き続ける。そこでハッとした少年が、少女に向けて控えめに声を掛けた。

「鍵は!? 脱衣所の鍵は閉めたっけか?」

「し、閉めてませんよ。どどっ、どっ、どうしましょう!?」

 話している内に状況を理解してしまった少女が頭を抱える。抱えるどころかわしゃわしゃと頭を掻き毟る。ここぞと言う時の動揺ぶりは、機動要塞退治の時から変わってはいなかった。

「カズマー、めぐみーん、ただまー! おかえりを言って欲しいんですけどー? んー、お風呂ー?」

 そうこうしている間にも、青髪女神の声は着実に近づいてきている。あの女神の事だ、こう言う時に限って的確に風呂場に突撃して来るであろう。あれはそう言う存在だ。

「……っ! 『フリーズ』ッッッ!!!」

 次の瞬間、意を決した少年が湯船から飛び出し、タオル一枚のままで脱衣所に駆け込んだ。内扉を跳ね開けて、そのままの勢いで突き出した掌から、渾身の魔力を込めた冷気を噴出させる。

「俺が破滅するか! 魔力が持つか! 勝負だ!!」

「おー……、おおー……」

「持ってくれ俺の魔力! アクアに見つかったら、ロリニートだのロリマさんだの、不名誉なあだ名を広められてしまうぅぅぅぅぅっ!!!」

 まるで命を懸けた決戦に挑むかの様な形相で、最弱職の少年は全ての魔力を初級魔法に注ぐ。その甲斐あってか、脱衣所と廊下を繋ぐ扉はものの数秒で氷漬けとなった。

「……もう立つ力も残ってねぇ……。ンウウウウウッ!!」

 呆然と声を漏らす魔法使いの少女が見守る前で、少年は全てをやり切ったとばかりに脱力する。そして、成し遂げた少年は顔から床に倒れ込んだ。その際、受け身も取れ無かったので、激痛のせいか物凄い声を出していた。

「めぐみーん、お風呂からあがったらご飯食べに行きましょう。って言うか、早く上がってよ? 私もヌルヌルなんですけどー」

 丁度そのタイミングで青髪女神がやって来たらしく、ドアの外から声を掛けて来る。そして、そのまま扉を開く事無く立ち去って行った。アレだけ少年が騒いでいたのに、彼女は中に居るのが魔法使いの少女だと思った様だ。

「別に……、どちらか片方がドア越しに声を掛ければ、わざわざ中にまで入ってくる事は無かったと思うよ……」

 ほっと安堵の吐息を漏らす少年少女達に、ぼそりとオッドアイ娘がごく当たり前の事を呟く。テンパっていてその発想に至らなかった二人はハッとしたが、何はともあれ危機は去ったのだ。

「危ない所でしたね。あのままでは――」

「危うく俺がロリコン認定されてしまう所だった……」

 一緒にお風呂に入っている所を目撃されるピンチを脱した少女が倒れ伏す少年に声を掛け、それを継ぐ形で少年はついつい本音を漏らしてしまった。

 その言葉にピクリと二人の女性が反応したが、それに気が付かずに少年は寝転がったまま言葉を続ける。

「あ、めぐみん。悪いけど動けないから体拭いてくれよ。ん……?」

「おい……。私達と一緒にお風呂に入ったらロリコン認定される件、そこら辺の話をちゃんとしようじゃないか……」

「しようじゃないか……」

 動かない体の中で首だけを何とか動かして背後を確認すると、少年の視界には怒気を纏わせたロリっ子が二人。どちらも拳をボキボキ言わせながら、ゆっくりと少年に近寄って来る。

「おい、こら、止めろ。何するって気だよ、痴女認定するぞ!? ちょ、アクア! アクアー! ロリっ子達に悪戯されるーーっっ!!」

 結局、最後に少年が頼るのは青髪女神。困った時の神頼みとはまさにこの事だろう。

 結果的に、最弱職の少年は悪戯の危機を免れたが、助けに来た青髪女神によって不名誉な称号を付けられてしまった。これだけは遠慮したいと思っていた、最弱職の少年にとって最悪の肩書を。

「ロリニート……」

「ひっ!?」

 身を清めた四人が冒険者ギルドの酒場で夕食を取っている間も、青髪女神は非難の視線と共に称号を囁く。同席する魔法使いの少女もメイド娘も、侮辱された側なので少年を助ける事は無かった。

 憮然とした表情の女性三人に囲まれる夕食。召喚士が後から送れて合流するまでの暫くの間、少年はこの称号で呼ばれる事に恐怖する事となる。

 

 

 時は少し遡って、少年と少女達が雪原で戯れていた頃。彼等から離れて一足先に屋敷に戻ったはずの召喚士は、アクセルの街に入った所で路地裏に連れ込まれていた。

 街の中で巨大な召喚獣を出して居る訳にも行かず、巨躯の狼を送還した所を狙われてしまったのだ。碌に抵抗する事も無く、連れ込まれた先で壁に押し付けられる。こんな状況になっても絶えない微笑みの真横に、ドンと掌が叩きつけられた。

「やあ、また会いに来たよ。正体不明の召喚士君?」

「存外、遅かったね。銀髪の盗賊さん」

 召喚士を路地裏に連れ込んで、壁に手を付きながら追い詰めているのは、いつぞやに会った盗賊職の少女であった。陽気で快活な性格の彼女の表情は、今は口元が布で覆われていて鋭い相貌しか見えていない。少なくとも、召喚士に友好的とは言えない様だ。

 あえて素顔を隠すのは変装のつもりなのだろうか。ならば今の彼女は、ただの銀髪盗賊であろう。

「ここなら邪魔は入らない……。さあ、君の持っている神器を回収させてもらおうか」

「ふむ……、また唐突だね。理由を聞いても良いかな?」

 真剣な声色で迫る銀髪盗賊に対して、召喚士はへらへらとした笑みを引っ込める事は無い。そんな態度に若干眉をひそめながらも、銀髪盗賊はわざわざ己の考えを述べてくれた。

「アタシは『宝感知』と言うスキルを習得している。それによると君は、複数の神器を所持しているのが分かった。神器とは本来転生者には一つだけ与えられる特典だ。それを複数所持している時点で、真っ当な事はしていないと分かるのさ。何より、アタシは女神様からの啓示を受けているからね」

 銀髪盗賊は長々と行為に至るまでの理由を説明してくれる。特に最後の部分は得意げに、薄い胸を張りながら宣言していた。悲しいまでに、薄い胸を。

「啓示?」

「君の名前は転生者のリストには無かったそうだよ。それなのに複数の神器を所持して、さらに強力な召喚術までも扱う。そんな君は確実に怪しい奴だね。そう、それこそ――」

 まるで魔王軍の手の者の様に。そう告げた銀髪盗賊の視線は、召喚士を完全に敵対者として捉えている。それを受ける召喚士の表情は――

「ぶっ、あはははははははははっ!!!!!」

 路地裏に響き渡る大爆笑。壁ドンされているにもかかわらず、体をくの字に折り曲げて笑いの衝動に身を任せていた。フードがずり落ちる程体を揺らし、膝をバンバン叩いている。

「そ、そんなに笑わなくても良いだろう!?」

「ひーっ……、ひーっ……。あー……、僕が魔王軍か……。そういう設定でも面白かったかもしれないなぁ」

 あまりにも激しく笑われたので、顔を赤くして銀髪盗賊が距離を取る。涙目になって痛み出したお腹を抱える召喚士は、壁にもたれ掛かって荒くなった息を整えていた。

 指で涙をぬぐいながら呟く言葉には、偉く胡乱げな臭いが漂っている。それをあえて指摘せずに飲み込み、銀髪盗賊が改めて声を張り上げた。未だに頬を少し赤らめながら、びしりと指を突き付けつつ。

「ともかく、女神の代理人として、本来の持ち主の手を離れた神器は回収させてもらうよ。拒むと言うなら、最悪神器に封印を施して――」

「別に、良いよ。封印しても」

「悪用出来ない様に――……今なんて言った?」

 別に良いよと言いました。その唐突過ぎる言葉を理解した時、銀髪盗賊は面食らってしまう。それはそうだろう、今まで敵視していた相手が特に理由も無く無条件降伏したのだから。

「……何か企んでいるのかい?」

「滅相も無い。ただ、封印は受け入れるから、没収は勘弁してほしいかな。あと、路地裏に連れ込まれるのはこれっきりにして欲しいな」

 ピッと指を一本立てて、注釈を入れる。機能を止められてもその物は渡したくはないと言うのだ。更に訝しむ銀髪盗賊に、召喚士は立てた指を左右に揺らす。

「僕の懸念は君ともう一人だけなんだ。神器を封印する程度でその片方が納得してくれるなら、幾らでも神器の恩恵なんか捨て去るさ」

 正直信じられない。銀髪盗賊の目がそう語っている。召喚士からにじみ出る胡散臭さに、信用しろと言う方が無理に近いだろう。

 だが、これは彼女にとってチャンスである。

「そこまで神器を手放したくない理由はわからないけど、大人しく封印されてくれるなら好都合だよ」

 そう言って銀髪盗賊は、紋章の付いたペンダントを取り出した。それはエリス教徒の持つ信徒の証。彼女はそれを手にして突き出し、キッと召喚士を見据える。

「同調率上昇……。神器、封印っ!!」

 証を構える銀髪盗賊の体が神々しい光に包まれ、やがてそれは召喚士に向けて迸る。光が召喚士を包み込むと、一瞬辺りを眩く照らし、そしてそれは次第に収まって行く。光が消え去った後には、不思議そうに己の体を眺める召喚士の姿だけが残った。

「……これで君の持つ神器は、全て使い物にならなくなった筈だよ。そんな物を持っていても意味は――」

「レベル一召喚。ヘーちゃん、お願いね」

 神器の封印を遣って退け、またもや薄い胸を張る銀髪盗賊の目の前でそれは起こる。いつの間にか召喚士の横に現れたメイド服の娘が、その掌から光を溢れさせて自らの主人に差し向けていた。

「…………封印、解除……」

 そして、眩い光が収まると召喚士は靴をしげしげと眺めてから、おもむろに足を踏み出して空中に足を掛ける。そのまま階段でも上る様に、一歩ずつ体を空中に登らせて行った。

「な、なああああああああっ!!??」

「うん、ちゃんと機能しているね。ありがとうへーちゃん」

 お気に入りの靴の調子を確かめて再び地に降り立った召喚士は、仕事を果たしたメイド娘の頭を撫で回す。ホワイトプリム越しに撫でられて髪型が崩れるが、メイド娘は死んだ魚の様な眼のまま無抵抗にそれを受け入れていた。

 その後、風呂の準備をする様に言いつかって、メイド娘は一足先に屋敷に戻る。それに手を振りつつ見送ってから、召喚士は呆然とする銀髪盗賊に向き直った。

「じゃあ、封印されるって要求は呑んだので、僕も屋敷に帰るね」

「ちょっ!? 待って待って、おかしいおかしい! おかしいよね、これ!?」

 銀髪盗賊に声を掛ける為だけに残った召喚士もまた、手を上げたのを挨拶として立ち去ろうとする。それを慌てて引き留めて、胸倉掴んでがくがく揺さぶりながらがなり立てる銀髪盗賊。いや、口元の布を取り払って正体を露わにしたので、今は盗賊職の少女に戻ったか。

 召喚士は揺さぶられるままで返答する。口元をとてもとても嬉しそうに歪めながら。

「僕は封印を受け入れるとは言ったけど、その封印を解かないとは一言も言ってないよ」

「なあっ!?」

 言葉に絶句している間に拘束から逃れ、改めてくつくつと喉を鳴らす様に嗤う。最高の悪戯が成功したとばかりにご機嫌である。

 驚愕から戻って来た盗賊職の少女は、言葉の意味を理解するにつれて顔を怒りで紅潮させた。しかし、咄嗟に言葉が紡げずに歯噛みする。それも当然だろう、まさか封印が解けるとはつゆ程も思っていなかったのだから。

「まったく、君達は進歩しないなぁ。高い所から見下ろすばっかりだから、こうやって簡単に足元を掬われるんだよ」

 目深に被ったフードの奥で、口元だけを三日月の様に歪めて召喚士が嗤う。先程までのいやらしい笑みではない。どこか怖気を誘う様な、暗がりに浮ぶ赤い月。その光景に底知れなさを覚えて、盗賊職の少女は思わす戦慄した。

 その赤い三日月の上に、金の瞳が見えた様な気がする。目の前の人物の瞳はニホンジンの様な黒目だった筈なのに。

「君は……、一体何なんだ……?」

 悪魔では無い。悪魔であるのなら盗賊職の少女には直ぐに分かる。彼女はそういう存在だ。だが、とてもでは無いが人にも見えない。何か超常的な、それこそ神族の様な――

「僕が何者か、か……。くっくっくっ、はっはっはっはっ、はーっはっはっはっはっ!!」

 思考する盗賊職の少女の目の前で、唐突に召喚士が見事な三段笑いを披露する。続いてフードの中から黒の瞳が視線を合わせて来て、いよいよ正体を語るのかと少女が息を飲む。

「…………じゃ、僕帰るから」

「おおーいっ!? ここで帰るの!? 普通ここは自分の正体を語る場面だよね!?」

 少女の緊張をどこ吹く風と受け流し、召喚士はニッコリ笑顔で帰還を告げる。それに食いついて足止めする盗賊職の少女。召喚士は笑みを苦い物に変えて、やれやれと肩を竦めてみせた。

「もー、我儘だなぁ。どうしてカズマにも言ってない様な事を、今ここで話さなきゃいけないのさ。そう言う小物臭いムーブは、魔王軍の幹部にでもやらせといて欲しいな」

「え、悪いのアタシなの!? 今のってアタシが悪い場面だったの!?」

 狼狽する少女の姿を見る召喚士は実に楽しげだ。まるで、最高の玩具で遊ぶ子供の様に。

「もー怒った! こうなったらスティールで、神器も財布も奪い尽してやる!!」

「へえ、カズマに大人げなく窃盗スキル勝負を仕掛けて、挙句にパンツ剥がれて泣いてたくせに良く言うね」

「ああああっ!! 最近やっと忘れて来たのにまた言った! もう絶対許さないよ!」

「こういう時の正しい返答は『やれる物ならやってみろ』って言うんだっけ。素の状態だとカズマ以下の幸運値で、どこまでやれるのか見ものだね」

 盗賊職の少女がむきーっと憤慨して、召喚士がくすくす笑う。先程までの剣呑な雰囲気など微塵も感じさせずに、路地裏でギャーギャーと騒ぐ二人。まるで子供同士の意地の張り合いだ。

 互いの目的は既に、どれだけ相手をやり込めるかに移り変わっていた。

「『スティール』ッ! 『スティール』ッ! なんだよこれ、同じ金の腕輪が幾つも盗れるなんて、一体君は何を持っているのさ!?」

「残念、それも本体じゃないな。そんな滴り落ちた欠片で良ければ、幾らでも持って行くがいいさ。やっぱり一発で本体を盗めないとは、口程にも無い幸運値だったね」

「…………同調率上昇、『ブレッシング』……」

「待とうか。それはちょっと大人げないんじゃないかな。そっちがその気なら、いけっ、フーちゃん」

 煽るだけ煽られた盗賊職の少女が小声でぼそぼそと呟くのを見て、さしもの召喚士も顔色を変える。そして指示されて現れた巨躯の子犬が少女に飛び掛かり、尻尾をブンブン振りながら彼女の顔やむき出しのお腹を舌で蹂躙して行く。堪らずに笑い転げる盗賊職の少女だが、子犬はそんな事には構わずに無邪気にじゃれつくのであった。

「ちょっ、やめっ! あひゃはは、うわっ! あはははははっ! 降参、降参するから止めてっ! うひゃははははははっ!!」

「…………。フーちゃん、食べちゃだめだからね」

 そんな事が小一時間ほど続きました。

 そして後に残ったのは、唾液塗れでぐったりする少女と、その隣で満足げに座る巨大な子犬。そして、金の腕輪を投げつけられて、見事に撃沈されて倒れ込む召喚士。

 この勝負、引き分けである。

「ぜー……、ぜー……。さ、最後に一つだけ聞かせてよ……。君は一体何者なのさ……」

「君も大概しつこいね……。僕が何者かは、君が前に自分で言ってたじゃないか……」

 お互いに路地裏に転げながら、それでも何とか体を起こして盗賊職の少女はいぶかしげな視線を送る。大の字に倒れたままの召喚士は、口元にまたいやらしい笑みを浮かべて答えを口にした。

「他人の物語に現れて、常識はずれの力を使い、意味深な台詞を言って、そして肝心な事は包み隠す。そんな存在は、メアリー・スーって呼ばれるモノじゃないのかな?」

「そう……、どうあっても話すつもりは無いって事だね。分かった、今回の所は引いてあげるよ」

 出来ればこれっきりにして欲しい物なんだけど――そうぼやきつつ召喚士も立ち上がり、二人は向かい合ったままパンパンと埃を払う。最早お互いに、やり合う気力など残ってはいなかった。

「今、皆ギルドの酒場に夕食に行ってるらしいけど、一緒に来るかい?」

「止めておくよ。アタシは流石に、そんなにすぐに割り切れそうにないから。子犬君のせいで、お風呂にも入りたいしね」

 召喚獣との繋がりでメイド娘から情報を貰った召喚士が提案するが、盗賊職の少女は少し寂しそうな顔で断りを入れる。こんな事をした相手と酒を酌み交わせるほど、彼女はまだ老獪では無い様だ。

「いつか、君の正体を暴いて見せるよ。信用するには、謎が多すぎるからね」

 そうして、盗賊職の少女は立ち去って行った。現れた時と同じく唐突に。最後に一言だけを残して。

 神は何時だって貴方を見守っていますよ――その言葉だけは、口調を変えて静謐に告げられた。盗賊と言う職業に見合わぬ、聖職者の様な物言いである。まるで人が変わった様な印象だ。

 残された召喚士は、変わらない。変わらない笑顔で、この場に居ない相手に向けて忌々し気に囁いた。

「……だから嫌いなんだよ。神って奴は何時だって、遥か上から見下して来るから……」

 呟きは無論、誰にも届かず、召喚士は仲間達の居る冒険者ギルドへと向かう。非情にささくれ立った気分だ。仲間達の、大好きな少年の顔を見て落ち着きたいと早足になる。

 大型犬程の大きさになった狼を引き連れて、謎を抱える召喚士は足早に立ち去るのであった。

 

 

 そして合流した召喚士は、女性陣に囲まれて肩身を狭くする少年を見かけると、開口一番に指を指して大爆笑する。やはり、この少年達は面白い――改めて思う召喚士だった。

 

 




ご意見ご感想をお待ちしております


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。