【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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お待たせしたかたもそうで無い方も、第三章の最後のお話後編です。
どうぞ、ごゆるりとご堪能下さいませ。


第十六話 後編

 出迎えは真正面にて構えを取る、蒼い髪をした女性が一人。

「『セイクリッド・エクソシズム』ッッ!!」

 長い長い階段を一息で駆け上がると、少年と仮面の悪魔を運んでいた巨躯の狼は、足元から沸き上がった聖なる光に反応して、急激に方向を変えて飛び退る。

 その急な動きにとうとう最弱職の少年が振り落とされて、痛烈に尻を打ち付け悲鳴を上げた。

「あ痛ぁっ!?」

「おおっと!! いきなりご挨拶であるな、悪名高いアクシズ教のプリーストよ!」

 手荒い歓迎を受けた仮面の悪魔はそれでも笑みを崩さず、余裕たっぷりに狼から降り立ち青髪女神と対峙する。その傍らでは、常の如く召喚主を守る為に、巨躯の狼が身を低くして唸りながら護衛に付いていた。

「なんか邪悪な気配が近づいてきたから、撃ち込んでみたんだけど。くっさ! 何これ、くっさ!! 間違いないわ、悪魔から漂ってくる匂いね!」

 普段はポンコツだと言うのに、不死者や悪魔に対しては非常に頼りになるのがこの女神。しかし、痛みから立ち直った最弱職の少年の目には、魔王軍幹部相手に無謀に喧嘩を売っている様にしか見えなかった。

「おいこら、いきなりぶっ放すなよ! ローは今、魔王軍の幹部に身体を乗っ取られているんだ!」

「魔王軍の幹部!?」

 少年のたしなめる発言に反応したのは、女神の後方に控えていた女検察官であった。彼女は目つきを更に鋭くして、じっと召喚士の顔に張り付いている仮面に注視する。まるで、己の中の記憶と比べ合わせるかの様に。

「まずは初めましてだな、忌まわしくも悪名高い、水の女神と同じ名前のプリーストよ」

 そうしている間にも仮面の悪魔は、目の前の宿敵に対して悠然と語り掛ける。指先を突き付けながら、仮面に描かれているはずの顔を顰めさせて非難の言葉を連ねて行く。

「我が名はバニル。偉大なる大悪魔、地獄の公爵である。出会い頭に退魔魔法とは、これだから悪名高いアクシズ教の者は忌み嫌われるのだ。礼儀と言う物を知らんのか?」

「やっだー、悪魔相手に礼儀とか、何言っちゃってるんですか? 人の悪感情が無いと存在出来ない寄生虫じゃないですか。プークスクス!!」

 生理的に受け付けられない悪魔相手だからか、青髪女神の煽りは普段よりもキレが良い。悪魔の方も、少年達に見せていた優雅な振る舞いも笑顔も無く、不機嫌さを前面に押し出している。両者共に、お互いを不倶戴天の宿敵として認識していると言う事なのだろう。

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ッッッ!!!」

 不意打ち気味に青髪女神が退魔魔法を発射した。両手を額に掲げる独特のポーズで、先程よりも強力になった退魔魔法が破壊光線もかくやと迸る。それを見た少年は、特撮の光の巨人をなんとなく思い出していた。

 青髪女神の不意打ちに最初に反応したのは、護衛に控えていた巨躯の狼で、召喚主と光線の間に踊り出て射線を遮る。頭から光線を浴びた瞬間に、物理的な破砕を伴って着弾点が爆発。退魔魔法の筈なのに確かな殺意を伴って、狼の頭部は煙に包まれてしまった。

「あぶなっ!? おい、ローを殺す気か!?」

「あ、そっか、身体はローなんだったっけ。でも大丈夫よ、もし死んじゃっても直ぐに復活魔法掛けたげるから!」

 神にとっては人の生き死になどこの程度の認識なのか、あっけらかんと忠告を受け流す青髪女神に少年はただただ疲弊する。人間を大事にすると言う悪魔よりも、よほど悪魔らしいと思ってしまった。

「ふん、いつの世も神が人間に向けるのは、不躾な好奇心と一方的な正義のみよ。小僧、神なんぞに期待するだけ無駄であるぞ」

「ちょっと、うちの信徒を誘惑するのは止めてちょうだい!! 汚らわしい悪魔と口を聞いたら、そのくっさい匂いが移っちゃうわ。えんがちょね、えんがちょ!」

「ふっ、この小僧の中には、水の女神への信仰心など欠片も無いではないか。貴様への態度を見ていれば明白、見通すまでもない。すぐばれる様な妄言を吐きおって、これだからアクシズ教徒は頭がおかしいと言われるのだ!!」

「なぁんですってぇ! この高貴な私に喧嘩を売るなんて、寄生悪魔の癖に良い度胸じゃない。今すぐ地獄に送り返してやるわ!!」

 どちらかが口を開けば、とどまる事を知らない口喧嘩へと発展する女神と悪魔。まるで水と油である。

 眺めている分には非常に小気味良いやり取りだが、巻き込まれている方は気が気ではない。片方はポンコツでも、もう片方は魔王軍幹部なのだ。人に危害を加えないなどと言う保証は、何時までも信用して居られないと少年は判断した。行動を開始しなければならない。

「こんな時に、ダクネスとめぐみんはどこに行ったんだよ!」

「ダスティ――ダクネス殿は先に飛びだして来た大蛇に咥えられたまま、今は森の中で奮闘中です。めぐみんさんは彼女を心配して、他の冒険者と共に援護に向かいました。あれは確かに、手配書にある見通す悪魔に違いありません。こんな事ならば、冒険者の皆さんを少しは残しておくべきでしたね」

 焦る少年に応えるのは、同じく悪魔と女神のプチ戦争を見守る女検察官。攻撃の要と防御の要が既に不参加で、他の雇われ冒険者達もあてに出来ないとは、状況の詰み具合に少年の胃が捻り上がりそうだ。

 こうなれば青髪女神だけが頼りなのだが――

「ふふん、この私の強力な退魔魔法で今すぐ消滅させてやるわよ。覚悟なさい!!」

「おっと、流石にこの体で退魔魔法を受けては、我輩も無事ではすまぬだろうな。なので、ほーら出番であるぞ」

「ちょっ、ちょっとズルいわよ、フーをけしかけるなんて! 卑怯者! 卑怯者! 人でなし、鬼、悪魔!!」

「その通り、我輩は悪魔である。さあ、きついの一発喰らわせてやれい!!」

「ひっ、嫌、来ないで! お、お座り! ぎゃわああああ! カズマさん! かじゅましゃーん!!」

 仮面の悪魔の号令一下、巨躯の狼が吠え声を上げて青髪女神に躍りかかる。数秒ほどは威信に賭けて対峙していた青髪女神だが、勢いが止まらないと見るや背中を見せて逃走。あっさりと追い付かれて、巨大な肉球で背中を踏み踏みされるのであった。そして、動きを止められた青髪女神に、巨躯の狼の牙の並んだ大きな口が迫る。

「アクアー!? 今助けに――」

「ひいいいいいっ! やめっ、ちょっ、あははははははっ!! ぎゃははははははっ!! うひゃははははははははっ!!!」

「……あれ? ええー……」

 怯え惑う青髪女神の声に、最弱職の少年が助けに入ろうとし、その足が困惑と共に止まった。悲鳴の方向性が、途中で変質したからだ。

 大きな口に収まっていた巨大な舌が、べろんべろんと女神の顔やら脇腹やら背中やらを舐め回す。まるで水を飲むかの様に、犬科特有の小刻みな舌の動きが青髪女神を襲っていた。その感触がくすぐったいのか、怯え顔も吹っ飛んで今は只管笑い転げる。夜の帳も落ち切った闇色の空に、青髪女神の品の無い笑い声が響き渡るのだった。

「うむ……。我輩が思っていた物とは違うが、これはこれでいい気味であるな」

 痛い目と言うよりも、笑い過ぎてお腹が痛いと言うべきか。涙目になって笑いながら悲鳴を上げる宿敵の様子に、仮面の悪魔の溜飲も幾許か下がった様だ。

 だが、少年の立場では、事態は一向に改善してはいなかった。

「フッ……、この体はなかなか面白い術を持っているな。本体自体は大した能力は無いが、それを補って余りある召喚獣の性能。小石が当たった程度で倒れる体力の無さと中途半端な魔力と言う弱点はあるが、そのどちらも我輩の魔力と見通す力があれば補える」

 己が両手をまじまじと見詰めながら、仮面の悪魔は乗っ取った体を楽しげに評価する。確かに、ポンコツだと思っていた召喚士が、今では凶悪な性能の魔王軍の幹部へと様変わりしていた。

「堅牢な防御を誇る鎧娘も、強力な退魔魔法を使うプリーストも無力化された。さあ、もう後が無いぞ小僧よ」

「くっ、こうなったらセナを囮にして一時撤退を……」

「ええっ!? わ、私は冒険者でも無いただの役人なんですよ!? しかも撤退って、自分だけ逃げるつもりなんですか!?」

 最弱職の少年は何時でも鬼畜だった。そんな少年に女検察官が食って掛かり、あまりと言えばあまりな発言に首元を掴んでがくがくと揺さぶる。彼女も突然現れた魔王軍幹部の存在に、良い具合に頭が煮えてしまっているのかもしれない。

「ふははは、自分自身に派手な活躍が出来るスキルが無い事に思い悩んでいる男よ。そこの、以前にアクシズ教徒のセクハラに悩まされてマジギレした女をワザと怒らせ、我輩の注意を逸らさせた隙に、窃盗スキルでこの体から仮面を引き剥がそうと考えている様だが、止めておくのが吉。我輩と汝ではレベル差があり過ぎて、まともな物は盗めんだろう。魔力の無駄であるぞ」

「…………ちっ、やっぱり駄目か」

「サトウさん、あなた……。と言うか、人の過去を勝手にばらさないでください!!」

「んー……、汝らの悪感情、美味である……」

 少年が現在できる悪あがきも、事前に見通されて暴露されてしまう。少年は企みを見透かされた落胆を、女検察官は羞恥心をおやつ代わりにぺろりと行かれてしまった。

 このままでは状況が進展しない。少年の中の強い焦燥感が、いよいよ胃壁に穴の一つも開けてしまいそうだ。どうしてこう、自分には次々と厄介事が舞い込むのか、隣の女検察官に八つ当たりで、説教の一つもしてやりたくなると言う物である。

「カズマ、戻って来ていたのですね! 今アクアの悲鳴と、その後に品の無い笑い声が響いて来ましたが、一体何事ですか?」

 そんな状況に風穴を開ける、紅の爆風――魔法使いの少女が森の中から戻り、早速見かけた少年へと語り掛けて来た。そんな少女を出迎えて、最弱職の少年の顔にも喜色が浮かぶ。

「めぐみん、戻って来たか! 今こっちはアクアが戦闘不能にされて、かなりやばい事になってる。そっちはなんとかなったのか? ダクネスはどうした?」

 戻ってきてくれた魔法使いの少女に、少年は矢継ぎ早に状況を語る。気になるもう一人の仲間の事を尋ねると、少女は未だにペロペロされ続け、もはや声も出せずにびくんびくん痙攣するばかりの青髪女神を見て、うわぁと引いた声を上げた。そして少年に向き直り、高い知力で状況を理解した少女が質問に答えてくれる。

「ダクネスを咥えていた大蛇――ヨーなのですが、冒険者に攻撃されても全く意に介さずにダクネスを捕まえていまして。たまに尻尾の先で冒険者達を追い払う以外は特に何もせず、アクアの悲鳴の事も在ったのでこちらに戻って来ました。ダクネスはなんか、嬉しそうに『丸呑みされてしまう』『焦らされてるのか』『んほおおお』とか言ってたので、多分大丈夫ではないかと思います」

「何やってんだあの変態は……」

 命の危機に瀕して居ながら己の性癖を優先するとは、見上げた根性の変態である。少年は素直に感心すると共に、正直にドン引きしていた。

「ほう、その幼少の頃より金を使い込む父親のせいで食費に困り、幼い妹を養う為にパン屋でパンの耳をせっせと集めていた娘が、話に聞く爆裂魔法の使い手か」

「ちょおおおお!? いきなりなんて事を言うんですか、この素敵な仮面を付けている人は!! カズマ、私もあの仮面が欲しいです! あのデザインは、紅魔族の琴線にびんびん響きますよ!!」

「落ち着け、あれが奴のやり口だ。ローの体を魔王軍の幹部が乗っ取っているんだよ。あの仮面が奴の本体なんだ。見通す力を持った大悪魔で、こっちの情報はほぼ全て把握されているみたいだな」

 自らの恥ずかしい過去を暴露された事で錯乱した少女を宥め、最弱職の少年は手早く情報を交換する。敵を目前にして悠長な事だが、その相対者は口元を歪めてこちらを観察していた。まるで、少年の次の手を待ちわびるかの様に。

「ふむ、流石の我輩でも爆裂魔法が相手では消滅は必至。ではその対策として、この召喚士の奥の手を出させてもらうとしようか」

「なっ、まだ召喚出来るのか!? ローは同時に二体までしか、戦闘では使ってなかったぞ」

 これ以上戦力が増えてしまうのか、少年の驚愕は声にも表情にも如実に表れる。戦闘時以外でならば三匹同時に召喚していた事もあったが、魔力消費の関係で戦闘では二匹までしか召喚しない様にしていた物を、この仮面の悪魔は易々と行って見せるらしい。

「言ったであろう、我輩の魔力があれば補えると。この召喚士も忌避する程の召喚獣、括目して見ているが良い。レベル六十召喚、現れよ『冥府の女王』よ!」

 仮面の悪魔が両手を広げ、地面に赤く輝く魔法陣が画かれる。そして、その魔法陣からゆっくりと起き上がる様に姿を現したのは、漆黒のドレスに身を包んだ一人の女性。長い髪をだらりと地面にまで垂れさせて、左右で色の違う赤と青の瞳を鋭く細めている。

 その女性は少年達にも見覚えのある顔立ちで、何時も召喚されていたメイド服姿の娘と同一であると直ぐに理解できた。しかし、今の姿は普段からはかけ離れており、背中の大きく開いたドレスや豪奢な貴金属を身に着けている事も有って、大人の魅力をこれでもかと発揮する煽情的な姿に成っていた。

「この召喚獣はほぼ全ての魔法を操る事が出来るらしくてな、上級魔法はもちろん回復魔法や支援魔法もお手の物。我輩の魔力があれば、そちらの切り札である爆裂魔法も連発出来よう――おおっと、今の一言で汝等から強烈な悪感情が。んんーん、ごちそうさまである!!」

 爆裂魔法が連発できる。そんな事を聞かされれば、爆裂魔法を放つ事に文字通り人生を賭けている魔法使いの少女は、心中穏やかではいられないだろう。少年がちらりと視線を送ってみれば、少女の顔色は血の気が引いて居ながらも、悔しさで歯噛みすると言う愉快な事になって居た。

「うぬぬぬぬぬ。連射……、連射だなんて羨ましい……。私もあの悪魔に取りつかれたら、爆裂魔法を撃ち放題に……。そして、あのカッコイイ仮面を私も着けられる!」

「お前は自分の趣味の為に、人類を滅ぼしたいのか」

 語る内に興奮し出したのか、少女の瞳だけが爛々と赤く輝き出す。あくまで自分の好みを優先する少女に、思わず最弱職の少年はツッコミを入れてしまった。

 そもそも爆裂魔法は威力が強すぎて連射をする必要が無い魔法である。それを連射したいとは、彼女の爆裂魔法好きには際限が無い様だ。

 それはそれとして、対魔王軍幹部戦としては、戦況は更に悪化したことに間違いはない。敵が爆裂魔法を使えると言う事は、こちらも迂闊に切り札を使えなくなったという事。少年の仲間は、これですべて封殺されたと言っても過言では無いだろう。

「くそっ、どうにかして触れられれば、ドレインタッチで無力化できるのに……」

 そう、少年の中では既に問題を解決する方法は浮かび上がっていた。しかし、その為の道筋を切り開くための戦力が全く足りていない。

 それぞれが尖り過ぎた性能のせいでポンコツでも、集まれば高い性能を発揮するのが少年達のパーティ。少年もまた、単独では高い性能を発揮できるわけではないと、今更ながらに自覚させられてしまう。

「ふうむ、まだ諦念の感情は沸いてはおらぬか。何やら思いついたようだが、速やかに実行に移さねば上級魔法が炸裂してしまうぞ?」

 仮面の悪魔の言葉にハッとして召喚されたドレスの女性を見てみれば、片手に魔力を集め呪文を詠唱しているのが見えた。魔法の種類は分からないが、何を撃たれても惨状になる事は間違いない。

 破れかぶれでも仕掛けるしかないか。少年がいよいよ覚悟を決めようとした時、正面に居るドレスの女性がパチリと片目を瞑って見せたのに気が付いた。呪文を詠唱しつつも死んだ魚の様な目で少年を見つめる女性の顔は、少年には何時ものメイド娘に重なって見え――

「…………『ボトムレス・スワンプ』……」

「なんだと!?」

 発動した上級魔法が、仮面の悪魔の足元を泥沼へと変貌させる。主に足止めに使われる泥沼魔法。ドレスの女性は自らの召喚主にその魔法を使い、唐突な行動にさしもの見通す悪魔も驚愕の声を上げた。

 そして魔法の発動と同時に森の中からずるりと大蛇が姿を現し、同時に鎌首を振るって咥えていた物を放り出す。大蛇に咥えられていたと言えば、もちろん一人しか少年には心当たりはない。

「んはあああああっ!! 爬虫類に良い様に振り回されるこの感覚がまた堪らな――ぐぼおっ!!??」

 猛烈な速度で投げ飛ばされた女騎士が、恍惚の表情のまま頭から仮面の悪魔に飛び込んで行く。流石に飛んで来るのが見えていた悪魔は、泥沼に足を取られつつもそれを躱し、哀れ女騎士は顔面から泥の中に突っ込む事となった。それでも、きっと彼女は酷い扱いに喜んでいるのだろうが。

「今しかないっ!!」

 そして、その一連の流れの中で、最弱職の少年は勝機を確信し既に走り出していた。泥沼の端から跳躍し、鎧娘を躱す為に姿勢を崩した仮面の悪魔へ手を差し延ばす。

 手が触れる、その瞬間に仮面の悪魔の口元がにやりと歪んだ。崩れていた態勢をするりと戻して、飛び付いて来る少年から身体を反らせて距離を取ってしまう。

 これも読まれていたのか。そう少年が心の中に思い浮かべたが、一度飛んでしまった体はもう動かせない。少年が浮かべてしまった落胆の悪感情に、その甘美さに仮面の悪魔の笑みが更に深まる。

「うきゃああああああああああっ!! かじゅまさん、どいてええええええええっ!!!」

 猿みたいな鳴き声を上げて、そんな所にもう一人飛んで来た。

「ちょっ、え? ぐはあああっ!!」

「なんと、ピカピカして何も見えん!?」

 飛んで来たそのもう一人は、空中の少年の背中にぶち当たり、少年もろとも仮面の悪魔に伸し掛かる様にして飛び込んだ。いったいどんな力で投げられたのか、物凄い速度で飛翔してきたのは、先程まで狼に弄ばれていた青髪女神であった。

 もつれ合う様にして今度こそ直撃した一同は、泥沼から飛び出してゴロゴロと地面を転がる。ようやく止まった時には、全員が倒れ込み手足を投げ出す事になって居た。

「い、いててて……。思いっきり顔ぶつけたぞ……」

 何だか柔らかい感触から体を起こし、周囲をキョロキョロと見回す。直ぐ近くに目を回した青髪女神を確認し、遠くの方で満足げにお座りする巨躯の狼を発見できた。女神を投げ飛ばしたのは、どうやらアヤツらしい。

 続いて少年はようやくと、自分が誰かを押し倒していた事に気が付いた。見下ろしてみれば、自分を呆然と見上げる黒の双眸と目が合う。仮面を付けていない、素顔の召喚士がそこには居た。

「ロー! 元に戻ったのか!?」

「あ、うん……。体は動かないけどね……」

 最弱職の少年が喜色満面に語り掛けるも、召喚士は何やら様子がおかしい。体力が無くなって気だるげにしながらも、片手で口元を押さえてボーっとしている。よく見れば額や鼻が赤くなっているので、少年と同じ様に顔面をぶつけてしまったのかも知れない。少年はそう判断し、とりあえず召喚士の上から退く事にした。

「そう言えばあいつは……、魔王軍の幹部はどうなったんだ? まさか今ので倒しちまったなんて事は……」

 居なくなった仮面の悪魔の姿を求めて、少年は再び周囲を見回す。すると視界の端で動く物を見つけ、注視してみればそれは泥沼から立ち上がる女騎士の姿であった。彼女もまた健在だったのかと、少年の心に安堵が広がる。

 その顔を見るまでは。

「最近腹筋が割れ始めたのを気にしている鎧娘だと思ったか? 残念、我輩でしたー!!」

 召喚士の顔から剥がれた悪魔の仮面。どこに行ったかと思えば、今度は女騎士の顔面に張り付いていた。身体を新たにした仮面の悪魔は、不敵に笑いながら体に付いた泥を払って沼から這い上がって来る。

「フハハハ、汝等の落胆の悪感情、美味である。さあ今度はこの娘の体を(わわわわ、私の腹筋は割れてなどいない! いい加減な事を言うな!!)使って、そこのピカピカしたプリーストに(と言うか、カズマカズマ! どうしよう体を奪われてしまった!! 今度は私の体が仲間達から攻撃を受けるのか、これは絶好のシチュエーションだ!!)喧しいわ!! なんなんだお前は!?」

 新しい体になった悪魔は、一つの体で二種類の声を発しながら漫才をし始めた。

「馬鹿な、何だこの(麗しい)娘は! いったいどんな頑強な精神を(まるでクルセイダーの鏡のような奴だな!)ええいっ、やかましいわぁ!」

 辺りには既に、シリアスな空気など欠片も無く、倦怠感を伴ったコント的空間が広がっている。最弱職の少年は両肩を落として茫然と悪魔と女騎士の漫才を眺めるばかりであった。

「はーっ……、はーっ……。我輩の支配力に耐えるとは、なかなかどうして大した娘よ(い、いやぁ……)だが、耐えれば耐える程、やがてその身には抗いがたい激痛が(な、なんだと!?)フハハハハ! さあ、どこまで耐えられるのか――なんだこれは、喜びの感情が……?」

 叫び過ぎて息切れを起こした悪魔は、それでも気を取り直して演劇の様に身振りをしながら語るのだが、合間合間に茶々が入ってかなり滑稽になっている。更に激痛など与えた物だから、ドMにはご褒美以外の何物でもないだろう。大悪魔すら困惑させる女騎士の性癖、恐るべし。

 ともあれ、魔王軍の幹部が足止めされた状態には違いが無い。状況は召喚士の時よりも、切迫はしていなかった。

「さて、どうした物か。肝心のアクアは、まだあの様だしな」

 青髪女神は依然目を回したまま、今は森の奥から戻って来た大蛇が、舌をチロチロと出しながらじーっと見守っている。別段食べようとしている訳では無いのだろうが、なかなか不安を煽る絵面であった。何時目が覚めるのか分からない為、これでは退魔呪文を当てには出来ないだろう。

「仮にアクアが無事でも、ダクネスは聖騎士。光に属する魔法には、特に強い耐性があるはずなので、退魔魔法は通用しないかもしれません」

 悩む少年に魔法使いの少女が、その豊富な知識で助言をしてくれる。その顔色は女騎士を案じてか、不安げに青ざめ杖を縋る様に掻き抱いていた。

 そうなると、自ずと取れる手段は限られて来る。少年の頭には、既に解決策は思い浮かんでいた。

「冒険者の皆さん! 魔王軍の幹部です、魔王軍の幹部が現れました。応戦をお願いします!!」

「フハハハ! 掛って来るがいい、木っ端冒険者共よ。この体を操る我輩に、貴様等程度が幾ら集まろうと無駄な事よ。(うむ、今の私は誰にも負ける気がしない)さっさと帰って、女共には言えない秘密のあの場所にでもせこせこと通うがよいわ。(うん? 女に言えない秘密の場所とは何の事だ?)うむ、それは――おおっと、男冒険者の諸君、悪感情ごちそうさまである!」

 森の奥に大蛇を追いかけて行っていた雇われ冒険者達が戻って来て、女検察官の号令で今度は仮面の悪魔へと挑んで行く。そして、それを笑いながら軽やかにあしらう仮面の悪魔を見て、もう女騎士が殆ど支配されかけている事を少年は悟ってしまう。以前から感じていた知らない筈の既視感が、冒険者達が絶対に勝てないと告げて来ていた。

「カズマ。君の考えている通りの事を、君の望むままに実行して良いんだよ」

 葛藤する少年の前に、不意に召喚士が現れる。未だに身体が動かせないのか、巨躯の狼に襟首を咥えられてぶら下げられた姿ではあったが、脱力する体の中でも黒の瞳だけは力強い意志の力を宿しているのが見て取れた。

「終わってしまうその時まで、僕は君を肯定する。一緒に、居るよ」

「言葉の意味はよく分からんが、とにかく頑張れって言いたいんだよな? ……しょうがねぇなぁ」

 少年の何時ものお決まりの台詞。ぶつくさと文句を言ったり嫌がったりしても、最後には出て来てしまうこの言葉に、吊り下げられた召喚士はにっこりと微笑みを返した。

「それはそれとして、お前後で説教だからな」

「ん……。待ってる」

 なんとなく、微笑んでいる召喚士を見るのが気恥ずかしくなり、少年は逃げる様に暴れる女騎士の方へ向かって行った。何時も飄々としているくせに、たまに女の子みたいな表情になるのは止めてもらいたい。少年には、同性にアレコレする様な性癖は無いのだから。

 逃げ去った先で見たのは、大勢の冒険者達が力無く横たわる姿。そして、その中心に立つ女騎士と、それを取り囲む幾人かの冒険者達だった。

「ダクネス! お前、ちょっと攻撃が当たる様になったからって、調子に乗りやがって!」

「俺、アンタの事はあのパーティで、一番まともだと思っていたのに!」

「囲め囲め、このへっぽこクルセイダ―を取り囲め!」

「(ああ……、普段気さくに話しかけてくれる冒険者達が、こんなにも蔑んだ目で……)何故か感じる喜びの感情。これはどういう事なのか……」

 どうやら、今残っている冒険者達は女騎士の顔馴染みらしい。彼女の感じている倒錯的な快感はひとしおだろう。そんな冒険者達も、仮面の悪魔が操る女騎士の剣に、一人また一人と昏倒させられて行った。

「へなちょこ冒険者共め、他愛も無い。(すまない皆……。でも、私がこの数に圧倒できるのがなんだか嬉しい……)さて、ピカピカうっとおしいあのプリーストは何処に行ったのか。今のうちにトドメを刺そうと思ったのだが……」

 手近な敵が居なくなった事で、仮面の悪魔は逃した宿敵の姿を求めて辺りを見回す。雇われ冒険者達を一人も死なせずに無力化した悪魔も、やはり青髪女神は例外の様だ。

「それは困るな」

「むっ!? 小僧、貴様何時の間に。(カズマか、潜伏スキルを使ったのか。どんどん暗殺者の様になって行くな)何だこの札は、触れんぞ。(これは、セナが渡していた封印の札?)なに、我輩を鎧娘の中に封じたという事か? 一体何を企んでいるのだ(カズマの事だ、どんな手段を使って陥れて来るか分からないぞ)」

「お前らもうすっかり、いいコンビになってんじゃねぇか」

 潜伏スキルを使って不意打ち気味に仮面の額へ札を張り付けた少年が、悪魔と女騎士の息の合った様子に呆れて肩を竦める。仮面の悪魔はそんな少年の鼻先に、女騎士の体を操り剣の切っ先を差し向けた。

「それ以上近寄るな、小僧! 我が支配を拒むこの娘の体には、常に激痛が走っている。このままでは精神の崩壊を招く事になる故、さっさと札を剥がすのが吉。(うむ、私もこれほど強力なのは初めてだ。流石の私も堕ちてしまいそう……。ああ、もうらめえ……)こ、こらっ、おかしな声を出すでない!」

「……ダクネス」

 相変わらず漫才を続ける仮面の悪魔達に、務めて平坦な声でぽつりと呟く。青髪女神の退魔魔法も当てに出来ない状況での、現状持ちうる唯一の対抗手段を。

「爆裂魔法を受けてみたくはないか?」

「フッ、フハハハ! 何を言うかと思えば、生身の人間に爆裂魔法を受けろなどと(う、受けりゅううううううううっっ!!!)正気か貴様!? 悪魔ですら滅ぼす呪文を人の身で受ければ無事では(お構いなく)……今何と言った?(お構いなく!)」

 神も悪魔も平等に吹き飛ばすと言われる爆裂魔法。少年が思いつくのはやはり、人類最高峰の威力を誇るこの魔法しか無かった。幸いな事に、女騎士本人は喜んで爆裂魔法を受け止めてくれるらしい。後は、彼女の高い防御力に賭けるしかないと、少年はいつの間にか滴りそうになっていた手汗を払う。

「サトウさん! 仲間の体の中に悪魔を封じるだけでなく、爆裂魔法を使わせて諸共に滅ぼそうなんて! あなたと言う人は、あなたと言う人は!」

「本気なのですかカズマ!? 無理です!! 私の爆裂魔法は経験を重ね、以前よりさらなる高みに上りつつあります。幾らダクネスでも、無事で済むはずが在りません!!」

 女検察官が非難しながらドン引きし、魔法使いの少女は顔面を蒼白にして首を振っている。人一倍仲間思いの少女には、仲間を消滅させかねない魔法の行使は絶対に避けたい事柄なのであろう。

 そんな事は、最弱職の少年だって思っているに決まっている。だからただじっと、魔法使いの少女を正面から見つめ返すだけであった。少女は涙目になって、イヤイヤと首を振る。

「よし、落ち着くのだ。話し合おうではないか。今日の所は引き分けと言う事でどうか? 魔王の幹部にして地獄の公爵である我輩と引き分けたとなれば、きっと周りに自慢できるぞ!」

 流石の仮面の悪魔にも余裕がなくなり、何とか女騎士や最弱職の少年を説得しようと試みている。そんな仮面の悪魔に、憑依されている女騎士は至って冷静に言葉を返した。

「(……バニル。僅かなひと時だったが、共にいた時間は悪くはなかった。だから、せめて……。選べ。私から離れて浄化されるか、共に爆裂魔法を食らうか……)」

 告げながら、女騎士は一歩一歩と歩みを進め、周囲に人の居ない場所を選んで突き進んで行く。彼女の中では、もう既に覚悟が完了しているのだろう。だから、彼女は悪魔にどう滅びるか選べと選択肢を突き付けるのだ。

 そんな女騎士に、仮面の悪魔は重々しく答えた。

「フフフ……。破滅主義者にとっては、正に至高の選択である。我輩の破滅願望が、この様な形で実を結ぶとは……。我輩とて汝への憑依は、なかなか楽しかったぞ」

 一度言葉を区切って立ち止まり、天を仰ぎながら両手を広げ、最後まで芝居っ気タップリに仮面の悪魔は吠えて見せる。

「我輩は悪魔である。敵対者である神に浄化されるなど、まっぴらだ!(さあ、めぐみん!!)」

 仮面の悪魔が宣言し、女騎士が自らの意志で爆裂魔法を望む。けれども、魔法使いの少女は小さく首を振って、更に抵抗の意志を見せる。

 それを見た最弱職の少年は、最後の一押しの為に動き出した。もう今は、状況を顔を青くしながら見守るばかりになった女検察官の肩に手を置いて、真剣なまなざしで女騎士を見つめながら少年は決意の言葉を口にする。

「もし万が一の事があったなら、提案したのは俺だ、俺が指示したって事で、あんたが証人になってくれ。今回も、全責任は俺が取る!」

 その言葉を受けて、女検察官はコクコクと何度も頷き、女騎士は仮面の下で笑みを浮かべて一度だけ頷く。狼にぶら下げられたままの召喚士が、ほうっと熱の籠った吐息を漏らして少年を見つめていた。

 そして、魔法使いの少女は――

「めぐみん!!」

 少年の決意を聞いて深く閉じていた双眸を、少年に名を呼ばれて見開き、両手で杖をぐっと握り締めた。その貌には、未だ緊張が垣間見えてはいたが、覚悟を決めた色が強く表れていた。

「空蝉に忍び寄る叛逆の摩天楼。我が前に訪れた静寂なる神雷。時は来た! 今、眠りから目覚め、我が狂気を以て現界せよ!」

 呪文の詠唱とは別にした、少女自身の詠唱。譲れない彼女のこだわりは、彼女を支える強固な柱。そして、信頼へ応える為の確かな返答なのだ。

「穿て! 『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 夜空を煌々と染め上げる、縦方向に無数に重なり合った積層魔法陣。女騎士の足元にも狙いを定めるかの様に魔法陣が展開し、茜色に染まる夜空を見上げる彼女に向けて爆裂の奔流が降り注いだ。

 夜を朝にするかと見まごう程の光と、山々を震撼させる轟音が響き渡り、森の木々が衝撃で薙ぎ倒される。人類最強の魔法によって、魔王軍の幹部の討伐は果たされた。

 

 

 数日後。

 冒険者ギルドには多数の冒険者達が詰めかけ、広いはずの室内はやや手狭となっていた。そこには無論、最弱職の少年達の姿も在り、むしろ集まった冒険者達の視線が集まっている。

「冒険者、サトウカズマ殿! 貴殿を表彰し、この街から感謝状を与えると同時に、嫌疑をかけた事に対し、深く謝罪をさせていただきたい」

 横一列になって並ぶ仲間達と、一歩前に出る少年に向かい立つ女検察官が、言葉と共に頭を下げて感謝状を差し出して来る。それを受け取って少年は、少しだけ面映ゆそうに口角を上げていた。

 あの夜の爆裂魔法により、魔王軍の幹部を倒した事で、少年に掛けられていた嫌疑は全て解消された。あれ程身を犠牲にして幹部を討伐した者が、魔王軍の関係者であるはずが無いと、女検察官によって判断が下された為だ。

 あれ程までに少年に冷たくしていた女検察官も、今では軽く頬を染めて笑顔を向けて来てくれている。彼女の中では、ずいぶんと少年の株は上がってしまった様だった。

「続いて、ダスティネス・フォード・ララティーナ卿」

 表彰されるのは少年だけではない。むしろこちらの方がメインであろう、大活躍して見せた女騎士が一歩前へと押し出される。当の本人は何時もの鎧姿では無く、タイトなレディーススーツの様に見えるインナー姿であった。

 彼女は爆裂魔法により瀕死の重傷を負い、大事にしていた鎧も失ってしまったが、復活した青髪女神の活躍により完全に回復していた。取り付いていた仮面の悪魔だけが、見事に討伐されると言った結果を残した立役者である。

 そして、今の彼女は居心地悪そうに顔を赤らめて、しきりにモジモジしていた。

「今回における貴公の献身素晴らしく、ダスティネス家の名に恥じぬ活躍に対し、王室から感謝状並びに、先の戦闘によって失った鎧に代わり、第一級技工士達による鎧を送ります」

 女検察官の言葉に合わせて、背後に控えていた騎士達が真新しい鎧の一式を抱えて前に出る。デザインこそ以前の鎧に合わせてあるが、王室からの贈り物とあれば比べ物になら無い程の上質品である事は間違いないだろう。

 だが、それを送られた側の女騎士は、あまり嬉しそうにはしていなかった。

「おめでとう、ララティーナ!」

「ララティーよくやった!!」

「流石ララティーナだぜ!!」

「ララティーナ、可愛いよララティーナ!!!」

 表彰される女騎士に対して、周囲の冒険者達が騒めきそれを称賛する。彼女の隠したがっていた本名で。

 何を隠そう、最弱職の少年は賭けに勝ったすんごい事として、彼女の本名を冒険者達にばらし、その名で呼んでやる様に吹聴して回っていたのだ。

「こ、こんな辱めは、私の望む凄い事ではない……!」

 当然、女騎士の羞恥心は否応無しに責め立てられるのだが、彼女はついに涙目になって顔を両手で覆ってしまった。

更には、現実を否定する様にイヤイヤと頭を振るう。

「ねえダクネス、私はララティーナって名前とっても素敵だと思うの。ララティーナって名前を面白半分に広めたカズマは、後で叱っといてあげるから! だから、ララティーナって名前に自信を持って!!」

 状況を全く理解していない青髪女神が、善意百パーセントの笑顔でフォローと言う名の追撃を繰り出して行く。しまいには泣き出してしまった女騎士を慰める様に、肩に手を置きその身体を揺さぶる魔法使いの少女も、顔を真っ赤にして震えながら、笑いだすのを必死に堪えていた。最弱職の少年はその様子に、してやったとばかりに満足げである。

「そして、冒険者サトウカズマ一行。機動要塞デストロイヤーの討伐における多大な貢献に続き、今回の魔王軍幹部バニル討伐はあなた達の活躍無くば成し得ませんでした」

 場の空気を切り替える為か、表情を改めた女検察官が大きな声で表彰式を再開する。この流れは予想外だったのか、少年はぽかんとして向けられる言葉を聞いていた。

「よって此処に、貴方の背負っていた借金及び、領主殿の屋敷の弁償金を報奨金から差し引き、借金を完済した残りの分、金、四千万エリスを進呈し、ここにその功績を称えます!!」

 その宣言と共に、一緒に拝聴していた冒険者達が一斉に声援を上げる。少年の体を雁字搦めに縛っていたしがらみが、全て解き放たれたと同時に大金が転がって来たのだ。少年達の境遇や不運を目の当たりにしていた冒険者達も、その事実に素直に喜び祝福してくれていた。ついでに奢れコールも飛び交うのは、これはご愛嬌と言う物だろう。

 魔法使いの少女も女騎士も青髪女神までもが、喜びに瞳を輝かせて少年に縋りついている。喜びを実感していないのは、未だにキョトンとしている少年と、この場に居ない召喚士ぐらいな物だろう。

 青髪女神が大喜びで宴会芸を披露して、魔法使いの少女は黒猫を抱き上げて喜びを分かち合う。爆裂魔法に耐えるという偉業を成し遂げた女騎士は、冒険者達に囲まれて大人気となっていた。

 そんなお祭り騒ぎの中で、少年は一人静かに出口に向かう。騒ぎ出すでもなくただ静かに、仲間達に背を向けてギルドから出て行ってしまう。それを見た女検察官は、敬礼で彼を送り出していた。

 建物を出て直ぐに、少年は冬空から降り注ぐさんさんとした陽光に出迎えられる。その空に向けて、両手を掲げ上げながら一度大きく息を吸って、少年は叫び声を上げるのだった。

「自由と言う名の翼を手に入れたああっっ!!!! あうっ!! ああうっ! ああああはははぁっ!!」

 それは、この世界に来てからずっと、ずーっと苦しみ悩み苦労してきた少年の、魂からの叫びであったのだろう。少年は誰にはばかる事も無く、大声を上げて目の幅の涙を零して泣いていた。

 

 

「お疲れ様、カズマ……」

 そんな少年を見守る影がただ一つ。否、二つ。

「…………一緒に表彰されなくてよかったの……?」

「僕は迷惑を掛けた側だからね。表彰される様な事は何一つしてないさ」

 ギルドが良く見える路地裏から泣き喚く少年を見守りつつ、召喚士は壁に寄りかかりながらメイド娘の質問に答えていた。必要な事だったとは言え、悪魔に操られて仲間や冒険者達に迷惑を掛けてしまった事実は変わらない。

 そんな状況で能天気に表彰されるわけにはいかないと、召喚士はしきりに仲間達に誘われたが表彰式を辞退していたのだ。

「それにしても、今回は惜しかったなぁ。あの時カズマにドレインタッチされていれば、僕の目的は果たせていたのに。どうして邪魔をしてくれたのかな、ヘーちゃん?」

「…………あれは練習、カズマに学んでもらうだけの筈だった……」

「早いか遅いかの違いでしかないと思うんだけどなぁ……。まあ、もう少し余裕が出来たんだから、少しだけ感謝しているよ。フーちゃんは兎も角、ヨーちゃんまで協力するとは思ってなかったから、ビックリしちゃったけどね」

 練習と学習。召喚士は仮面の悪魔に身体を預ける事で、少年に対して学ばせたい事があったのだと暗に言うメイド娘。それに対して、召喚士は特に感慨も無く、何時も通りの軽薄な笑みで口元を歪めてみせた。

「もう少し。もう少しで一巡だ。それまでは僕も、一緒に楽しんでいられるよ」

 最後の言葉は誰に対して呟いたのか。ほとんど無意識に唇を指先でなぞりながら、召喚士は楽し気に笑い続けている。メイド娘はそれを死んだ魚の様な目で、じぃっと見つめ続けるのみである。

 すると、ふとした拍子に見守っていた少年が、ついっと召喚士の方に視線を向けた。まるで何かに誘われたかの様に。見守っていた召喚士と、少年の視線がばっちり合ってしまった。

「へーちゃん……?」

「…………帰るね……」

 そんな状況に心当たりがあった召喚士はメイド娘を振り向くが、彼女は手を振りつつ勝手に送還されてその場から消えてしまう。取り残された召喚士は、若干笑みを引き攣らせて溜息を吐いてしまった。

「はぁ……、召喚は出来ても支配は出来ない。とんだ欠陥能力だよねコレ。だから、縁と絆が大事になってしまうんだ……」

 溜息と共に零れ落ちた言葉は、もちろん他に聞く者は居ない。これはただ、油断して零れ落ちてしまった独り言に過ぎないのだ。

「おーい、ロー! そんな所で一人で何してるんだよ、いいからお前も一緒に来いよ! どうせ寂しくなって様子見に来ちまったんだろー!? 俺もそろそろギルドに戻るからさぁ!」

 そして、そんな召喚士に対して、最弱職の少年が遠くから大声で呼びかけて来た。彼の目には、召喚士がやっぱり仲間に加わりたくて、遠くから様子を見ていた様に映った様だ。

 どこかのボッチ娘でもあるまいし、そんな事実は全くないのだが、召喚士は呼ばれた事に純粋に喜んでしまっていた。きっと、尻尾があればパタパタと巨躯の狼の様に振っていただろう。

「君の縁と絆は心配なさそうだね、カズマ」

 観念して少年の方に向かい始めた召喚士は、何時も通りの笑顔を浮かべながら、何時もとは違って少し照れくさそうに頭を掻いていた。顔の熱さが、ひたすらに気恥ずかしさを狩り立てて来る。

 少年に手を引かれてギルドに連れ込まれた召喚士は、危惧して居た様に文句を言われる事は無く受け入れられた。むしろどうして表彰式に出なかったんだと、迷惑を掛けた筈の冒険者達に揉みくちゃにされてしまった程だ。

 女騎士には周りの皆と少年が虐めると泣き付かれ、青髪女神は能天気に酒を進めて来る。魔法使いの少女はおかえりなさいと迎えてくれて、最弱職の少年には無遠慮に背中を叩かれてしまった。そんな皆に釣られてしまい、召喚士もまた何時も以上に笑みを深めてお祭り騒ぎに加わって行く。

 召喚士の縁と絆も、そう悲観する物でもないのかも知れない。

 

 




誤字を探していたはずなのに、なぜか加筆をしてしまう。
そんな訳で、長すぎて分割したはずなのにまた長くなってしまいました。
毎度読んでいただけている方には頭が上がらない気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます!!


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