【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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UAとお気に入りがじわじわと増えていますね。
皆さんありがとうございます。

自分で踏んで増やしているとかじゃない事を切に祈るばかりです。


第四章
第十七話


 苦労をして。

 苦労を重ねて。

 そうして、その果てに大金を手に入れた人間は、果たして高潔なままで居られるのだろうか。

 この時得られた答えは、否である。

 

 

 あくる日の良く晴れた朝に、最弱職の少年は女騎士と召喚士を引き連れて、とある魔道具店の前にまで来ていた。

 各々表情は三様だが、女騎士は特に真剣な眼差しを建物の出入り口に向けている。彼女には、この中に居るであろう店主の女性に、伝えねば成らない事柄があるのだ。

「バニルの事は私から報告しよう。ほんの一時ではあったが、体を共有し暴れ回った仲だ」

 最弱職の少年と召喚士は、そんな女騎士に向けてコクリと頷いて見せる。召喚士も身体を乗っ取られた仲ではあるが、女騎士の思い入れを優先する事にした様だ。

「エリス様に仕えるクルセイダーが、こんな事を言ってはいけないのだろうが。まあ……、嫌いな奴では無かったよ……」

 居なくなってしまった者を悼む気持ちは、例え敵に対してであろうと尊い物であろう。共感した少年は俯いて顔を陰らせ、召喚士もまた小刻みに体を震わせる。

 そんな後ろ向きな空気を払う為にも女騎士は前に進み出し、店の扉をノックしてから勢いよく開け放った。

「ウィズ、話したい事が――」

「ヘイラッシャイ!」

 扉を開けた所に、何やら大柄で黒の燕尾服を着こみ、その上から更にピンクのエプロンを付けた男が立っていた。女騎士を出迎えてくれたその男は、どこかで見た事のある仮面を付けており、ついでに聞き覚えのある声でそのまま呆然とする女騎士に語り掛ける。

「店の前で何やら恥ずかしい台詞を吐いて遠い目をしていた娘よ、汝に一つ言いたい事がある。『まあ……、嫌いな奴では無かったよ……』との事だが、我々悪魔には性別が無いので、そんな恥ずかしーい告白を受けても、どうにも出来ず――おっとぉ! これは大変な羞恥の悪感情。んーん、美味である!」

 その身振り手振りを交えた話しぶりに加えて、話の内容からその男の正体を察してしまった女騎士は、顔を真っ赤にして狼狽してしまう。終いには顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。

「どうした、膝を抱えて蹲って!? よもや、我輩が滅びたとでも思ったか!? アハハハハ! フハハハハハハ!!」

「よしよし……」

 羞恥心で死にそうになっている女騎士に、仮面の悪魔はさらに追い打ちをかける。最弱職の少年は慰める言葉も思いつかず、肩をぽんぽんと叩く事しか出来なかった。

「ぶはっ、あははははは!!」

 そして、一連の様子を眺めていた召喚士は、笑いを堪えて震えていたがついに吹き出し、遠慮の欠片も無く笑い始める。こじんまりとした店内に、仮面の悪魔と召喚士の二種類の笑い声が響き渡るのであった。まるで悪魔が二人居るかの様だ。

「まあ、皆さんいらっしゃいませ」

 そんな女騎士の羞恥責め会場へ、新たな人物が現れ声を上げる。この魔道具店の店主であり、働けば働くほど貧乏になると言う異名を持つ、なんちゃって幹部のリッチー店主その人である。

 彼女は来客の中に最弱職の少年を見つけると、その豊かな胸元で手を打ち合わせ、ぽわぽわした笑顔を浮かべて話しかけて来た。

「カズマさん聞きましたよ、バニルさんを倒してスパイ疑惑が晴れたとか。おめでとうございます!!」

「ああ、ありがとう。いや、それはいいんだが、なんでこいつピンピンしてんの? 見た事ない姿になってるけど、こいつバニルだよな? 無傷ってどういう事だよ!?」

 話しかけて来たリッチー店主に近づきながら、最弱職の少年は仮面の悪魔を指を指しながら矢継ぎ早に質問を飛ばす。その指の先では、仮面の悪魔が挑発する様にくるくる回ったり、ポージングをして無駄に存在感を示していた。はっきり言って、存在が喧しい。

 事も有ろうに、少年の疑問には件の仮面の悪魔が堂々と答えてくれた。

「あんなものを食らえば、流石の我輩とて無傷でおられるはずが無かろう。この仮面を良く見るが良い」

 そう言って悪魔は仮面の額を指さし見せ付けて来る。少年が訝しみながら見てみれば、そこにはくっきりとⅡの文字が刻印されていた。数字を見せ付けた悪魔は、そのまま仮面の瞳に横向きのピースサインで再びポージングして、げんなりとした少年に向けて言い放つ。

「残機が一人減ったので、二代目バニルと言う事だ!」

「なめんな!!」

 ただでさえ倒しにくい相手が残機制とか、本当にこの世界は素晴らしく理不尽である。少年の慟哭が店内に響くのも、詮無い事であろう。

「ちなみに、今の姿は僕が最初に見かけた姿だね。この体はあの爆発する人形と同じ様に土塊で出来ていて、人に憑依してない時はこの姿が基本形態らしいよ。壊れても直ぐに元通りになるんだって」

 そう言って、今の仮面の悪魔の姿に付いて補足するのは、女騎士をさんざんっぱら笑い飛ばして床にのの字を書かせてしまった召喚士。最弱職の少年の隣に並び、今までよりも少しだけ距離感を詰めている。

「そう言えばお前、一番最初にこいつの事討伐に行ったんだったな。ったく、幾ら借金返済の為だからって、今度また一人で危ないことしたらもっと長く説教だからな」

「うん。ちゃんとカズマの言う事は聞くよ」

 そう言ってにっこりと微笑む召喚士に、最弱職の少年は思わずついと視線をそらしてしまった。最近、こういう事が増えた様に少年は思う。借金が無くなったあの日から、劇的に。

「ほう……」

「まあ……!」

 そんな二人の様子を見て仮面の悪魔が何か言いたげにして、リッチー店主は微笑みながら驚いてみせた。そんな反応をされた少年は、またぞろおちょくられては適わないと、未だにいじける女騎士の方に行ってしまう。

 取り残された召喚士は、仮面の悪魔についと視線を送り、それからリッチー店主に向き直り口を開く。

「そうそう、忘れてた。ダクネスが思ったより深く落ち込んでしまったから、ウィズに何とか慰められないか相談したくてこっちに来たんだったよ」

「あら、そうだったのですね。では、せっかくですのでお茶の用意をしてきましょうか。たまに居らっしゃるアクア様の為に、色々と茶葉を用意してあるんですよ!」

 まるで取って付けた様な召喚士の言葉であったが、リッチー店主は素直に聞き入れて喜々としてお茶の用意の為に店の奥へと引っ込んでしまった。

 それに合わせて、召喚士が店の奥の棚に興味を引かれた様に歩いて行き、その後を仮面の悪魔が追って適当な商品を手に取って見せて来る。一見すると接客している店員と客と言った様子だが、二人が躱す言葉は商品の事などまったく含まれてはいなかった。

「……悪魔が契約を守ると言うのは本当だったね。報酬はもう既にカズマに教えているから、期待していてほしい」

「悪魔にとって契約は何よりも優先される物。それは人間が眠りに付くのにも等しいごく当たり前の事。我輩にも利益のある契約であるならば尚更なのである」

 そこで店の奥からリッチー店主が戻り、彼女はそのまま盆に乗せたティーセットを入り口近くの小さなテーブルに乗せる。そして、一度仮面の悪魔と召喚士の方を見たが、商品の説明を受けていると判断したのか、少年と女騎士をお茶の席に誘う事にしたらしい。

 そうして、召喚士が世間話に興ずる三人から意識を外し、仮面の悪魔に向き直った所でその悪魔が向こうから声を掛けて来る。それは、一部とは言え、同じ先を知る者としての疑問であった。

「汝、物語の終焉をもたらす者よ。もっと己の欲望を前に出して、物語を好きに書き変えれば良い物を。ただそこに在りて、共に歩むだけとは謙虚に過ぎるのではないか?」

「……そんなことして、何が楽しいのさ。僕は誰かの活躍を奪うなんて、そんな無粋な事に興味はないんだよ」

 つまりは現状に満足していると、召喚士は仮面の悪魔ににやりと口元を歪めて見せる。少年や仲間に見せる様な柔らかさなど欠片も無い、目の前の悪魔よりも悪魔の様な攻撃的な笑顔。

 仮面の悪魔はその返答を聞いて何を思ったのだろうか。ふむと一度唸ってから、直ぐに踵を返して少年達の方へと向かって行く。

「では、我輩は契約の代償の一部を取り立てに行くとしよう。汝の悪感情も悪くはないが、やはり人の物には比べるべくも無いのでな」

「……僕、君の事嫌いだよ。全部知っている癖に、全部言わせようとするんだもの」

 最後に、悪魔はごちそうさまであると言い残して、召喚士の傍から立ち去って行った。彼はそのまま雑談している少年達に交じって、己の目的の為の商談を始める。

「遠い彼方の地よりやって来た男よ。我らの商売に協力するが吉と出た。良い話があるのでな、お一つどうか?」

 仮面の悪魔が離れた事により、商談の声は途中から聞こえなくなってしまった。どの道、その話の内容は既に知っている。仮面の悪魔に最初に持ちかけたのは、召喚士なのだから当然だ。

 召喚士は商品棚に向き合う様にして、出入り口付近で騒いでいる少年達に背を向ける。そのまま棚に飾られたポーションの小瓶を一つ手に取り、誰に聞かせるでも無くひとりごちた。

「どうせもうすぐ終わるんだから……、少しぐらいは好きにさせてもらうけどね」

 また、無意識に自分の唇を指先で撫でる。それはもう、あの仮面の悪魔を倒した日から、癖の様になってしまった仕草だった。

 すると、手にした商品を棚に戻そうとした時、意識が手元から離れたためか、小器用なはずの召喚士の指先から小瓶が零れ落ちた。落ちて行く小瓶を視線で追い、同時に棚に記された商品名が視界に入る。

 商品の名は――封を開けると爆発するポーション。

「……あ」

 床に落ちた小瓶が甲高い音を立て、その拍子に蓋が外れて中身がこぼれ出す。そして、空気に触れた薬液は次の瞬間に、大きな音と白煙を上げて爆発。それまでの空気を粉微塵に打ち砕き、哀れ召喚士は床に倒れ込む事となった。さながら、栽培男に自爆された元山賊の様に。

 流石に仲間が爆発したとあれば、最弱職の少年が驚きながらも安否の確認のために声を張り上げる。

「ちょ、おおい、ロー!? 大丈夫か!?」

「おおっと、我輩とした事がついうっかり、お客様に危険物コーナーの説明をするのを失念してしまった。ところで、この店には火傷にもよく効く回復ポーションもあるのだが、おひとついかがかな?」

 結局、落とした小瓶はもちろん、爆発で破損した他の商品や、召喚士の回復の為に買った回復役などの代金を支払う事になってしまった。

 この状況で金を稼ぎに来る仮面の悪魔は、召喚士等及びも付かぬほどに悪魔的である様だ。

「ぐすっ……。爆発、羨ましい……」

「……ぶれないな、お前も」

 いじけ虫のままの女騎士が、爆発で煤けた召喚士を羨み、最弱職の少年がドン引きする。そんな事がありながらも、何とか少年と悪魔の商談は成功したのであった。

 

 

 仮面の悪魔との商談より幾許か時が経ち、世界は暦の上では春を迎えていた。

 まだまだ寒さが残るにも関わらず、モンスターが活発化し繁殖期に入り、冬の間活動を休止していた冒険者達も動き始める。

 そんな季節のあくる朝に、最弱職の少年達の屋敷には甲高い悲鳴が響いていた。

「いーやー! 嫌よ! だって、まだ外は寒いんだもの! どうしてそんなに外に出たがるの!?」

 暖炉の前の暖かい位置に置かれたお気に入りのソファーにしがみ付いて、青髪女神が女騎士と魔法使いの少女の二人係りで引き剥がそうとするのに抵抗をしている。

 職業補正と高レベルが理由で、それなりに力のある二人が必死になっても、ステータスの差なのか青髪女神はなかなか剥がれない。その事に気が付いた二人は、一度離れて質問に答える事にしたらしい。

「外じゃないと、爆裂魔法が撃てないじゃないですか」

「春先になるとモンスターが活発化するから、冒険者の出番だ!」

 爆裂狂は兎も角として、女騎士の言い分は至極真っ当であるだろう。だが、そんな事は青髪女神には通用しない。むしろその理由を聞いて、更に外に出る気が無くなってしまったようである。

「子供なの!? 二人とも外で遊びたがる子供と同レベルなの!? そんなにお外に出たいって言うのなら、二人だけで行って来て!!」

「誰が子供ですか!?」

「今のアクアの方が子供みたいだぞ! このままでは――」

 腕をブンブン振るって、正にわがままを言う子供の様に振る舞う青髪女神。そんな言い草に、二人の引き剥がしが再開されて、女三人がソファーの上でわちゃわちゃとする。

「「あんな風になるぞ(なりますよ)?」」

 その途中で、引き剥がそうとしていた二人は動きを止めて、振り返りながら冷たい視線を背後に送る。その視線の先には、四角いテーブルに布団を生やした物――コタツが鎮座しており。垂れ下がった布団から、最弱職の少年が首だけを出して寛いでいた。これはもう立派なコタツムリである。

 ついでに、コタツの一角には召喚士が正座して座っており、コタツの上で丸くなる黒猫を眺めながらのんびりととミカンを剥いている。食われまいと汁を飛ばして来るミカンを指先で弾いて気絶させ、白い筋が全て取れるまでじっくりと丁寧に作業に集中していた。

 説得しようとしていた二人は無論、青髪女神までもがそんな少年を見て心底呆れ果てる事となる。

「流石に私だってああはなりたくないけれど……。でも、私を説得する前に、あっちのダメな方を何とかしてよ!」

「おいお前ら。幾ら温厚な俺でも、怒る時は怒るぞ。さっきからなんだ、人の事をあんな風だとか、駄目な方だとか、失礼だろ」

 自分に矛先が向けられたためか、コタツムリの少年が反論を開始した。口だけは一丁前のこの少年だが、もちろんコタツから出る様な事はしない。

「文句があるなら、そこから出て言いなさいよ……」

 青髪女神がそう言えば、少年は遂には頭までコタツの中に引っ込んでしまった。意地でも外に出るものかと、態度で示す引き籠りっぷりである。

 そして、少年の代わりにコタツの中から一匹の猫が姿を現す。

「うん? ちょむすけではないな。どこからか迷い込んだのか……?」

 最初は魔法使いの少女の飼い猫かと思った女騎士だったが、かの黒猫はコタツの上で丸くなって緩い顔をしている。コタツの中から現れた猫は茶虎の毛並みをしており、日の陰る室内だと言うのに酷く細い瞳孔の眼をしているので、まったく別の猫であろう。

 女騎士は自分の事を気だるげな眼で見て来る茶虎の猫を構おうと、抱き上げる為に両手を伸ばして――

「ダクネス、その子は持ち上げない方が良いよ」

「え……? ふぐっ!?」

 ミカンを剥いていた召喚士が忠告を発したが時すでに遅く、女騎士は持ち上げようとした姿勢で固まり、その腰がぐきりと嫌な音を立てた。

「おもっ、重たいっ!? 腰が、腰っ!? い、痛くて気持ちいいいいい……」

「……その子は、ヨーちゃんだよ。元の姿のままだとコタツに入れないから、ルーン魔術で姿を変えさせてたんだ」

 腰を押さえてビクンビクンする女騎士に構わずに、すっかり綺麗にスジ取りされたミカンを口に放り込む召喚士。そのそっけない態度にも、女騎士は興奮してさらに身体を痙攣させるのだった。

 そんな人間達が騒ぐ姿を一瞥した大蛇が変じた茶虎猫は、眠たげな顔のまま暖炉の前に行って丸くなってしまう。姿が変わっても、怠惰な性格は全く変化しないようだ。ただし、足音はズシンズシンと重量級である。

 閑話休題。

 高い耐久力のおかげで腰の痛みから復帰した女騎士は、魔法使いの少女と共についに実力行使へと打って出た。

「カズマの国の暖房器具が優秀なのは理解しました。でも、そろそろ活動を再開しましょう?」

「そうだぞカズマ。ほら……」

 コタツの中に隠れてしまった少年を表に誘う為に、少女が説得を続け女騎士が布団をまくり上げる。優し気な声音と共にコタツの中を覗き込んだ女騎士は、次の瞬間内部から触手の様に繰り出された少年の腕から、首筋に思い切り冷却呪文を浴びせ掛けられた。

「にやあああああん!!??」

「こ、この男、反撃してきました!? カズマ、いい加減にしてください! これ以上抵抗しないで大人しく――」

 魔法使いの少女も布団に手を伸ばすが、布団をまくり上げる前に中から伸ばされた少年の手に捕まり、今度はドレインタッチで体力と魔力を吸い上げられる。

「うわっはあああ!? いっったぁい……、あたまが……あたまが……」

「うーわー……」

 突然の吸収に驚いた少女は、そのまましめやかに転倒。後ろ頭を思い切り打って、頭を抱えながら悶絶する事となる。その様子を見ていた青髪女神は、少年のあまりのせこさにドン引きして、女神がしちゃいけない類の顔をしていた。

「この俺を甘く見るなよ。魔王の幹部や数多の大物達と渡り合ってきた、カズマさんだぞ! もっとレベルを上げてから、出直して来い!」

「……僕は、カズマが行くなら出掛けても良いよ。はいカズマ、ミカン」

 わざわざこたつから頭を出して、悶絶する二人を挑発する最弱職の少年。そんな少年の口にミカンを持ってく召喚士も、今の所外に出るつもりは無さそうだ。少年は差し出されたミカンをあーんっと頬張り、余裕たっぷりに咀嚼して見せている。

「くっ、そんな小手先の技にこの私が屈服するとでも思って――にゅうううん!?」

「我が魔力を勝手に奪うなど、万死に値し――ああっはあっ!? また打った……」

 女騎士と魔法使いの少女の二人は果敢にコタツの中の魔物に挑んだが、悉くが小癪な戦法で返り討ちにされてしまう。魔力と体力を吸われた少女は床にうつ伏せに倒れ込み、女騎士は力無く仰向けに倒れて悩まし気に息を荒くしていた。もちろん女騎士は、色々な方法で責められて喜んでいた。

「ぬへへへへへっ……、今の俺は誰が相手でも負ける気がしない――ぬっ……!?」

 こたつから頭と腕だけ出して、両手を卑猥に蠢かせていた少年が、突如何かに気が付き動きを止める。その貌は、深刻な事態の為か酷く狼狽している様に見えた。

 その余りの動揺ぶりに、倒れ伏していた二人も思わず少年に目を向けてしまう。そんな二人に、少年は声を震わせながら語り掛けていた。

「おい、緊急事態だ。虫が良いとは思うが、ちょっとだけ休戦しよう。悪いんだが、二人でコタツの下のマットを持って、このままトイレの前まで運んでくれないか?」

 そんな事を宣った少年に、倒れていた二人は粛々と立ち上がり、言われた通りにコタツの下のマットを両側から持ち上げ始める。

 ちなみに体力が無い召喚士は元々選考外で在る為、邪魔にならない様にコタツから出て、ついでにミカンと黒猫を抱えて青髪女神の方に退避していた。

「お……、意外と素直だな?」

「この男は、コタツごと外に捨ててしまいましょう」

「そうしよう。アクア、ちょっと窓を開けてくれ」

 そういう事になった。

 頼まれた青髪女神は面倒くさそうにブチブチ言いながらも、窓自体はしっかりと開け放ってくれた。彼女もまた、コタツムリには思う所があったのだろう。

 開け放たれた窓に向かって、コタツごと少年を運び、二人は息を合わせて投げ捨てる準備を始める。色々嫌がらせされたのも合わさって、二階から人を放り投げる事に全く躊躇は感じられなかった。

「や、やめろお! お、お前らには人の心が無いのかよ!? お、お、おい、やめっ!? 待って、待てっ!」

「「せーっのっ!!」」

「いっ、やはははーっ!?」

 力を合わせて投げられたコタツ入り少年は、かなりの距離をまっすぐ飛んで屋敷の庭へと落着した。コタツムリ討伐クエスト、完了である。

「……じゃ、お出かけの準備しようか。アクアも、一人仲間外れでお留守番はいやだよね?」

 少年が外に出たので、召喚士も青髪女神を唆して出掛けるつもりになったらしい。何やかんやと時間はかかったが、本日は新春初のクエストへと赴けそうである。

 

 

 そうして出かけて行った最弱職の少年のパーティ一行。寒い寒いと文句を言う青髪女神を宥めながら、最初に向かったのは冒険者ギルドでは無く、商業区にある武具屋であった。

 最弱職の少年は仮面の悪魔に持ちかけられた商談の事もあり、少年の世界の便利グッズや家電製品などを本格的に再現する為、鍛冶スキルや裁縫スキルを習得していた。なにかと横から口を出して来る召喚士の助言も受け入れ、商品開発と発展は順調に進んでいる。

 その縁で知り合った武具屋の主人に、新しい武器や防具の作成を依頼しており、せっかくクエストに出るならとその受け取りに向かったのだ。

 そうして作り出された少年の新しい相棒。それは、少年の拙い知識で無理矢理再現した刀である。それを腰に差して格好をつける少年の姿は、それなりに見栄えする物になり、仲間達は最初の内は感嘆の声を漏らしていた。

 だが、今までの獲物との長さの違いを把握できておらず、やたらとそこらの物に引っ掛けて難儀する事になる。それを見て、仲間達の視線はすっかりと冷めたものに変わってしまい、召喚士は指差して笑い転げていた。

 ちなみに、同時に作成を依頼していたフルプレートメイルは、重すぎて装備出来ず返品の憂き目を見る。自らの残念な性能に落ち込む少年は、仲間達どころか武具屋の主人にまで同情的な視線を送れる始末。

 もちろん、召喚士は笑った。指差して涙目になりながら大爆笑だ。

 そんな事も在ってから冒険者ギルドにやって来た少年は、思っていたのとは違う現実に打ちのめされ酒場のテーブルに突っ伏して項垂れている。その前では、早くもお腹を空かせた魔法使いの少女が、小リスの様にカエルのから揚げを貪っていた。召喚士は笑い過ぎてお腹が痛くなったダメージで、少年の隣に座りながら瀕死状態である。

「ずいぶん短くなりましたね、相棒」

「うるさいな! せめて名前ぐらいはカッコイイのを付けてやりたい物だが……。ムラマサ……、マサムネ……、コテツ……」

 あまりにも引っ掻ける事が多いために、少年の刀はショートソードの様な長さにまで短縮されている。これではまるで脇差だ。

 そんな相棒の名前に、最弱職の少年は優柔不断に悩み続けていた。それを見て何か思う所があるのか、魔法使いの少女は副菜のアスパラをカジカジと齧りながら何やら思案している。

「カズマ―! めぐみーん! おーい! おーい!」

「良いクエストが在ったぞ」

 そんな二人に向けて、クエストを探しに行っていた青髪女神と女騎士が、手を振りながら声を掛けて来た。名前は決まっていないが、せっかく青髪女神がやる気になっているならと、少年はさっさと席を立ちあがってそちらへ向かう。

 魔法使いの少女も皿の上の残りを手早く口の中に詰め、そして立ち上がろうとして顔を上げた所で召喚士に一枚の札を差し出されているのに気が付いた。その札は、武具屋で渡された装備に銘を刻み込む、魔法が掛けられた札である。いつの間にか、少年の持ち物から抜き出したのであろう。

「……カズマだと永遠に名前が決められそうにないから、ね?」

「もぐもぐもぐ……。ん、ふう……。任されました」

 二人は同時に親指を立てて突き出しあい、それから少年の後を追ってパーティが全員集合する。

 その後、いつもの受付嬢からクエストの説明を受けていた途中、勝手に名前を付けられてしまった少年が絶叫したのは言うまでもない。

 銘刀、ちゅんちゅん丸の爆誕である。紅魔族のカッコイイの基準は計り知れず、召喚士は大いに笑うのであった。

 

 

 リザードランナーと言うモンスターが居る。姿は二足歩行するエリマキトカゲが大きくなったままの格好で、特に害になる様な危険性は無い。ただし繁殖期になると生息地を爆走し、姫様ランナーと言う雌を求めて、複数の雄達が一番足の速い王様ランナーを決めると言う特殊な性質を持っているらしい。

 ギルドで受付嬢が、その豊満な胸を揺らしながら身振りして説明してくれた情報を元にして、最弱職の少年は今回ばかりはしっかりと作戦を立ててクエストに挑んでいた。

「皆、用意は良いな!? よし、手筈通り行くぞ!」

 リザードランナーの生息地域にて、小高い丘の上に一本立派に育った大木を見つけ、その上に上った少年が改めて自身のパーティメンバーへと作戦を伝えて行く。

 最弱職の少年の立てた作戦は、至ってシンプルであった。まず、木の上に上った少年が姫様ランナー及び王様ランナーを弓矢で狙撃。それに失敗したとしても、魔法使いの少女が爆裂魔法を撃ち込み群れ全体を撃破する。更にそれが失敗したとしても、青髪女神の補助魔法を受けた女騎士が足止めし、控えていた召喚士が巨躯の狼と大蛇を使い各個撃破して行く。青髪女神は最後尾に控えて、全体の補助を行う。

 正に完璧な作戦計画だと、少年は心の中で自画自賛していた。

「こっちは何時でも大丈夫よ!」

「うん。アクアの支援も掛けてもらったし、これなら何匹でも耐えられる!」

「撃ち漏らした時は、この私に任せてください。皆纏めて吹き飛ばしてあげます」

「……ヨーちゃんが、『コタツを作ってくれた礼はする』って言ってるよ」

 仲間達の士気もおおむね良好。予測不可能な事態が起こらない限りは、早々失敗する事は無いだろう。

 木の上から千里眼のスキルを発動して、対象のモンスターの群れを確認。集団の先頭を走るのは一匹だけ色の赤い個体で、おそらくはアレが姫様ランナーだろうと当たりを付ける。

 しかし、他の全ては全て同じ配色で特徴も無く、どれが王様ランナーなのか判断が付かなかった。なので少年は、素直に仲間達に頼る事にする。

「おーい、アクア。王様はどいつなんだ?」

「一番豪そうなのが王様なんじゃないの?」

 とりあえず一番近くに居たので頼ったのだが、知識等の情報はやはり青髪女神には荷が重い。こういうのは魔法使いの少女か召喚士に頼るべきだったと少年は後悔した。

「お前に聞いた俺が馬鹿だった……」

「そうだわ! 王様ってのは一番速いわけよね? モンスター寄せの魔法であいつらを呼んで、一番にここに辿り着いたのが王様よ!」

「ああん? ああ……。は? ちょっ!? おい、お前は何を言って――」

 また青髪女神が何か言い始めたと適当に聞き流していた少年だったが、話を理解した瞬間に静止の言葉も待たずに彼女は有言実行してしまった。

「『フォルスファイア』ッ!」

 青髪女神の掌から放たれた輝く炎が上空へと昇って行き、その光を見た走りトカゲ達が動きを止める。そして、猛烈な敵意を持って、青髪女神めがけ群れの全てが走り出した。その速度は今までの比では無く、あっと言う間に距離を詰めて来る。予想外の事態が起こった。

「「「速っ!?」」」

 迫り来るトカゲ達のあまりの速さに、少年と少女、そして女騎士は思わず声を上げる。唐突な事態に動揺し、何よりもトカゲ達の速さに驚愕してパーティ全体が混乱した。

 何よりその混乱が顕著に表れたのは最弱職の少年。最初に立ち直るべきリーダーである彼は、混乱のあまり青髪女神を罵倒する事を選んでしまった。

「いやー!? このクソ馬鹿!! 毎度毎度何かやらかさないと気が済まないのか、お前は!? 王様と姫様だけこっそり討ち取れれば無力化できるのに、なんでわざわざ呼び寄せるんだ!?」

「な、なによいきなり! 私だって役に立とうとしてやってる事なんだから怒んないでよ!! どうせこの後の展開何て何時もの事でしょ! きっとあのランナー達に私が酷い目に合されて泣かされるんでしょ!? わかってるわよ! 何時もの事よ! さあ、殺すなら殺しぇええええっ!! うわっはっはああああっ!!!」

 罵倒された女神は逆切れしながら泣き喚き、更にはヤケクソになって大の字に寝転がってしまう。自分のキャラクターと言う物を理解していると言うべきか、こんな状況でも理性的に動けないと言うべきか。これこそ正に、愚の骨頂と言う物である。

 あまりにも酷い様を見ると、逆に冷静になると言う物で、少年は混乱から立ち直る事が出来た。

「そんな所で寝るな! 本当に踏まれて、死ぬぞ!!」

 言いながら番えた弓を引き絞り、放つ。最弱職の少年が狙撃スキルを使い撃ち出した矢は、高い幸運に導かれる様に群れの中で一番足の速い雄の額に直撃した。

 自身の勢いと矢の威力で即死した仲間の死体を避けて、しかし他の雄達は一層走る速度を速め出す。むしろ、より攻撃的になって迫って来ていた。

「おおい!? 王様っぽいの倒したはずなのに、かえって凶暴になってるんだけど!?」

「王様を先に倒すと、新しい王様ランナーになれるチャンスが出来たトカゲ達が張り切り出すわよ……。倒すなら先に姫様ランナーから倒さないと……」

「先に言えよ!?」

 小出しで与えられる情報になど、現状ではまったく意味はない。ありがたい情報なのは確かだが、この女神に言われるとどこか腹が立つ少年であった。不貞腐れながらそんな事も知らないのかと言うニュアンスで言われれば、小馬鹿にされている様にしか聞こえないのもさもあらぬ。

「任せてください!」

「おおっ、めぐみん!」

 そんな少年と女神のやり取りを他所に、自信満々に迫り来るトカゲ達の前に立つのは魔法使いの少女。彼女は素早く混乱から立ち直り、密かに爆裂魔法の詠唱を終わらせていたのだ。

「わっはっはっはっはぁっ! 我が爆裂魔法を食らうが良い! 『エクスプロージョン』ッッ!!」

 杖を構えてさあ発射、と勇ましく吠えたはいいが魔法は発動せず。魔法を使えなかった少女は杖を抱きしめ、涙目になって最弱職の少年に報告をしてくる。

「魔力がぁ!! カズマぁ、爆裂魔法発動に必要な魔力が足りません!」

「はぁ!? 何でこんな時に――って、俺のせいかー!!??」

 出かける前にコタツムリと化して、散々魔力を吸っていたのは最弱職の少年であった。その事に気が付いて、思わず頭を抱えて絶叫してしまう。

 文字通り成す術がなくなった少女は、迫り来るトカゲ達に背中を向けて走って逃げだす。何時もはさっさと動けなくなってしまうので、必死になって逃げる彼女はの姿はなかなか珍しい光景である。

「ふっはっはっはっは!! 来ーい!!」

「……フーちゃん、めぐみんの回収に行くよ。ヨーちゃんは、ダクネスと一緒に足止めをお願いね」

「おおっ、ダクネス! ロー!」

 逃げ遅れそうになっている魔法使いの少女を、巨躯の狼に乗った召喚士が回収に向かう。襟首を咥えてさっさと回収を済ませ、巨躯の狼はそのまま女騎士の傍らをすり抜けて安全な場所まで後退する。

 迫り来る大量のトカゲ達は勢いを止めず、両手を広げて迎え撃つ女騎士に突っ込んで行く。彼女は最早剣すら装備してはいない。全ての攻撃を己の体で受け止めようと、期待と興奮で輝かしい笑顔を浮かべていた。

 そして、案の定数の暴力に巻き込まれ蹂躙される。

「だあああああ!!!」

「わああああ、カズマさん!? かじゅまさん!?」

 女騎士は嬉しそうに悲鳴を上げ、寝転がったままでいた青髪女神もトカゲ達の群れに飲み込まれる。魔法使いの少女と召喚士は巨躯の狼に連れられて逃げおおせていたが、飲み込まれた二人は容赦なくトカゲ達に踏まれている様だ。

 ちなみに、女騎士と共に足止めに残った大蛇だが、とぐろを巻いて鎌首を擡げる彼の周囲には、トカゲ達は一切近寄っては来なかった。どうやら大き過ぎてあまり動かないので、トカゲ達には障害物としか認識されなかった様だ。

 あまりにも敵が襲ってこないので、仕方なしに首を伸ばして一匹だけをパクリと飲み込む。そして、それ以降は面倒くさくなったので、大蛇は考える事を止め、寝た。春先の寒さは変温動物には辛いのである。

 さて、戦況は混迷を迎えたが、最弱職の少年は諦めてはいなかった。木の上から敵の姿を眼で追いつつ、揉みくちゃにされる女騎士に声を掛ける。

「ダ、ダクネス、もうちょい耐えてくれ! 今、コイツを仕留めるからっ!」

「おっ、おお、お構いなくっ! ははっ、ゆっくりでいいぞ! あぐぅんっ!」

 何だか嬉しそうにサムズアップしているので、女騎士の心配はしなくてもいいだろう。青髪女神もなんだかんだ言ってステータスが高いので、今は救出せずに放置を決める。

 腰の矢筒から新たな矢を取り出して弓に番え、大木の周りを周回してもう一度接近して来る先頭集団へと狙いを定める少年。もう既に一端の弓手の風格を見せながら、引き絞られた弓がきりりと軋む。

 と、そこで狙われている事に気が付いたトカゲの姫様が、少年を睨み付けながら飛びあがった。そのまま怪鳥の様な奇声を上げて、トカゲの癖に飛び蹴りをかまそうと急降下して来る。

 少年は流石に驚いて一度は構えを解いたものの、慌てずに再度弓を弾き搾りしっかりと姫様の眉間へと狙いを付けた。深く息を吸ってから呼吸を止め、発動の為にスキルの名を呼ぶ。

「すー……。『狙撃』ッ!!」

 放たれた矢は真っ直ぐに打ち上げられ、カウンターの要領で飛び込んで来る姫様の眉間に突き刺さり絶命させる。中空で力の抜けた体が仰け反って背中を見せ、そのまま落下して行くのを確認して少年は勝利を確信した。

「紙一重だったな……。ん? おおっ!? なああああっ!?」

 格好つける為では無く、内心ビビっていたために思わず呟いてしまった囁きが、途中から驚愕の物へと変わる。勢いのついた姫様の死体が、そのまま少年の登っている樹の幹に衝突したのだ。完全に油断していた少年はその衝撃に耐えきれず、足を滑らせて木の枝から落下してしまった。

「あ……。あ……。あっ……、ぐべぇっ!?」

 そのまま、地面に向けて真っ逆さまに墜落した少年は、ものの見事に首から着地し其のまま動かなくなる。下にアレだけいたトカゲ達は、落ちてくる少年に気が付くとササッと素早く避けてしまいクッションにもならなかったのだ。

「か、カズマ!? 大丈夫ですか!? アクア、カズマが変な態勢で落ちました! 回復魔法を……――」

 どこか遠くから魔法使いの少女が叫んでいる声が聞こえたが、それも直ぐに聞こえなくなり意識が霧散した。

 

 

 気が付くと最弱職の少年は、無限に闇が広がる場所に立ち尽くしていた。背後には小さな椅子が一つあり、少年の姿は緑のジャージ姿に変わっている。

 そして目の前には、豪奢椅子に腰かけながら困惑した表情を浮かべる美しい銀髪の少女が一人。

「気を付けて生きてくださいね。以前規約を曲げて生き返らせた時、凄く苦労したのに……」

「すいません。今回に関しては、何も言えません……」

 右頬を指先でぽりぽりと掻く癖を見せながら、使者の魂を導く幸運の女神は少年に向けて苦言を零す。今回の死にかたに関しては、油断以外の何物でもないので、少年は腰を直角に曲げて頭を下げ謝罪した。

「はあ……。冒険者と言うお仕事をしていらっしゃるのですから、危険が付き纏うのは分かりますが……。今回は油断し過ぎですよ」

 少年の素直な謝罪を見せられて、銀髪女神は深いため息を零す。呆れたと言うよりも、しょうがない人だなぁと少年の事を定義した様だ。少年の心構えを正そうと、更に注意の言葉が飛んで来る。

「えっと、俺が死んだ後、皆大丈夫でしたか?」

「ええ。あんな所に寝ころんでいた先輩は、トカゲ達に踏まれたり蹴られたりして、途中から泣いて居ましたが。ダクネスが耐えている間に、姫様ランナーを倒された群れは解散してしまいました」

 面と向かってお説教されるのがなんとなく恥ずかしくて、少年は話題を逸らす為に仲間達の安否を尋ねる。そして、例え回避の為の話題でも仲間の無事を知らされて、少年の顔には喜色が浮かぶ。

「めぐみんさんとローさんも、あの大きな狼に守られて無事です。今は先輩が、あなたの体を修復しています」

「よかったぁ……。そういう事なら、このまま暫く待たせてもらって良いですかね?」

 仲間全員の無事が確認できた少年は、心底ほっとした様に椅子に深く腰掛けた。返事も待たずに、堂々と居座る気満々である。

「構いませんけど、ずいぶんと落ち着いていますね」

「まあ、この展開もいい加減、何度も経験しましたし」

 日本で一回。この世界で二回も死んでいれば、そろそろ慣れて来ると言う物だろう。それに、死ぬ度にこんなに綺麗で可愛らしい女神に会えるなら、それはそれで役得だろうと少年は考えていた。

 美少女と二人きりで居る事を意識したら、急に間が持たなくなってしまったので、気恥ずかしくなった少年は慌てて会話を絞り出す。

「……こんな何もない部屋にずっと居て退屈なんじゃあ……?」

「私が退屈しているという事は、それだけ皆さんが元気でいると言う事。暇に越した事はありませんからね」

 そう言って屈託なく笑う銀髪女神に、少年の胸は一際強く高鳴った。こう言う王道的な優しくて清楚な女性は、今まで知り合った女性達の中にはいない貴重な存在で、彼女は少年の心に強く訴えかけるものがある。

 心の中で思い返す少年の仲間達。皆外見は良いと言うのに、揃いも揃って一癖も二癖もあるポンコツぞろい。一人に至っては、未だに男か女か良くわからない始末だ。

 それと比べると目の前の美少女はどうだ。これぞ正に女神ではないか。メインヒロインは彼女であると、少年は心の中で大絶賛である。

「実はですね、私もずっとここに居る訳では無いんですよ。たまに、こっそりと地上に遊びに行ったりしてるんです。この事は……、内緒ですよ?」

 まるで少年の心にトドメを刺すかの様に、人差し指を立てながら片眼を閉じてあざとく責める女神様。少年は瞳を見開いて、その姿の愛らしさに感動していた。

「『かーずまー、カズマ聞こえるー? リザレクションは掛けたから、もうこっちに帰って来れるわよ。エリスに門を開けてもらいなさーい!?』」

「………………ちっ……!」

 突如黒い世界に響いてきた青髪女神の大音声に、最弱職の少年は露骨に舌打ちをする。せっかくメインヒロインと思える女性と過ごしていると言うのに、相変わらず邪魔をしてくる青髪女神には心底怒りが沸いていた。

「もーちょっと後で良いよー! エリス様と色々話とかしたいし、俺の体を大事に取っといてくれー!」

 以前の経験からどうせ声は伝わるだろうと、少年は黒い世界の上空に向かって声を張り上げる。自分と話をしていたいと言われた銀髪女神は、少年の言葉に驚いてほんのりと頬を染めていた。

「『はぁっ!? ちょっと、馬鹿言ってないで早くこっちに帰って来なさいよ! さっさと帰って来て、私を天界に返す為に魔王をしばいて来てちょうだい!!』」

 自分達より他の女を優先すると言われた青髪女神は、もちろん激昂して喚き散らす。少年も銀髪女神も、その喧しさに思わず両手で耳を塞いでしまう程だ。更には余りの声量に、何も無かったはずの世界の天井に罅が入って青い光が漏れだしてきていた。

「『ちょっとー、カズマー? 聞こえてんのー? エリスも、あんた何言ったのよ!』」

 耳を塞いだままで少年は思案する。青髪女神が言った様に、あの世界に戻れば魔王討伐を目指してまた色々と苦労するのは確定事項だ。

「『カズマ、騙されないでよ。そいつはパッド女神なのよ! 言ってる事だって、どこまで信用できるか分かったもんじゃないわ。きっとあらゆる事を胸と同じ様に盛ってるんだから気を付けなさい』」

 何故、何の力も道具も無い自分が、何度も何度も死ぬ思いをしながら魔王軍と戦わねばならないのだろうか。しかも、仲間には苦労ばかりを掛けられて、つい最近までは借金苦にまで喘いでいたのだ。

「『なんなら、パッド以上にもっと凄い事教えてあげても良いわよ。そのパッド女神はね、本当は――』」

「……っ、……っっ!! あ、あの! カ、カズマさん!?」

 このまま生き返ったとしても、良いことなんてこれっぽちも無いではないか。鬱積する疑問が、少年の心を一つの結論へと導いた。

「おい、アクアー! 俺もう人生疲れたし、生まれ変わって赤子からやり直す事にするわー! 皆に、よろしく言っといてくれー!」

「ええっ!?」

「『アンタ何馬鹿言ってんの!? ちょ、ちょっと待ってなさいよ!!』」

 少年の唐突な決断に、女神二人が同時に狼狽した。せっかく蘇るチャンスをふいにした上に、今までの苦労まで台無しにされるのは、どちらの女神にとっても驚愕に値する事であろう。

 言い出した少年はそんな事はお構いなしに、転生する気満々で銀髪女神相手に転生先の希望を述べて行く。

「それじゃあそういう事なんで、一つよろしくお願いします。あまり贅沢は言いませんが、次も男の子として生まれたいです。あと、綺麗な義理の姉と、可愛い義理の妹のいる家庭に生まれたいです!」

「えええっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいね!?」

 それはもう、我儘を越えたただの妄言だろう。謙虚さをかなぐり捨てた少年の要求は置いておくとして、請われた銀髪女神は先輩である青髪女神の手前了承する訳には行かない。出来る事と言えば、ひたすらに狼狽えるぐらいである。

「…………本当に、それでいいの……?」

 このまま乗りと勢いで第三の人生をスタートさせるかと思われた矢先。次の人生に思いをはせる最弱職の少年の背後から、静かな声色で疑問の言葉が掛けられた。

 少年の視線の先で、銀髪女神が驚愕の表情を浮かべている。背後に何かが居るのは間違いなく、少年は恐る恐る背後を確認した。

「…………あの世界は君に優しくはないかもしれないけど、それでも全て捨ててしまえる程簡単に諦められる世界なのかな……?」

 少年に問いかけているのは、仮面の悪魔との戦闘でも呼び出されたドレスの女性であった。長い髪を地面にまで垂れさせて、背中の大きく開いたドレスで豊満な姿態を包み、死んだ魚の様な眼で赤と青の瞳を少年へと向けている。少年はこの女性を、召喚士が呼び出すメイド娘の成長した姿だと認識していた。

 そして、巨躯の狼と大蛇の正体から推測するに、この冥府の女王と呼ばれた女性の正体にも当たりを付けている。

「女神ヘル。管轄外の貴女が、どうしてここに居らっしゃるのですか? 以前は姿があまりにも変わっていたので気が付きませんでしたが、私の領域に無断で侵入したのはこれで二度目ですよね?」

 表情を引き締めた銀髪女神が、ドレスの女性に詰問をする。その言い方から、彼女はドレスの女性の正体を知っており、実際に女神であると断言した。その正体は、少年が予想した物に相違ない。

「…………死後の世界は私の領域。管轄外など存在しない……」

「そんなの詭弁です!」

 いかにも面倒臭そうに放たれた言葉に、銀髪女神は当然の如く反発する。生真面目な性格で規約に拘る所のある彼女には、飄々とするドレスの女性の言動が気に入らない様だ。

「…………それに、今の貴女に話しても意味はない……」

「え? それはどう言う……?」

 さらに追加された言動は、銀髪女神を困惑させる。しかし、それで答えを返す様な殊勝さは、鬱陶しそうにする黒髪の女神には無かった。

 もうそれ以上銀髪女神に取り合う事はせず、ドレスの女性は再び少年へと語り掛けた。

「…………もう一度よく考えて。そして、自分の幸運を信じなさい。あの世界での出会いは、まさしく幸運の賜物なのだから……」

 子供を諭す様な物言いで、しかし頬に優し気に手を添えて囁かれた言葉は、呆然とする少年の胸の内にすとんと落ちて行く。

 そうして、言いたい事だけ一方的に告げたドレスの女性は、現れた時と同じ様に瞬きの間に消え去っていた。

「ああもう! 先輩の女神はどうして皆……、皆もう! もう!」

 翻弄された上に放置されてしまった形の銀髪女神はご立腹だった。椅子に腰かけたまま両手を小さくブンブンさせて、顔を真っ赤にさせてプリプリと怒る。そんな姿も愛らしいですと、少年にそう思わせていた。

 それはそれとして、少年は言われた言葉を心の中で思い返す。本当にそれでいいのかとは、生まれ変わりの事だろうとは解る。だが、幸運を信じろとはどういう事なのだろうか。あんな、ポンコツだらけの仲間達との出会いが幸運の賜物? 鼻で笑うとはこの事だ。

 あんな、ポンコツで、迷惑を掛けられてばかりの、仲間達なんて、どうでも――

「……っ! くそっ、俺また勝手に泣いて……」

「……か、カズマさん?」

 いつぞやの様に、少年の眦からは涙が零れ落ちていた。唐突な様相の変異に、癇癪していた銀髪女神も思わず困惑の声を上げる。

 少年にも訳が分からない事だったが、仲間達の事を思うと勝手に溢れて来るのを止められない。皆の顔を思い浮かべる度に、とめどなく溢れて来るのが止められなかった。

 ちなみにその中に青髪女神は居ない。その事に気が付いて改めて青髪女神の事を考えると、やっぱり涙は溢れてはこない。その代り、口元に笑みが浮かんでいた。

 ぐしぐしとジャージの裾で目元を擦り、最弱職の少年は心境の変化を銀髪女神に伝えようと口を開く。

「すみません、エリス様。俺、やっぱり――」

「『カズマぁ! ダクネスが早く戻って来ないと、アンタの顔に落書きするって言ってるわよ! ペンを片手にウキウキしてるんですけどー!』」

 久し振りに話し出した青髪女神が、ちょっとしんみりし掛けていた空気を粉砕した。

 相変わらずの仲間達の頭のお祭り具合に、流した涙を返してもらいたくなる少年。そんな彼の心を、仲間達は更に抉って行く。

「『あ、ローはカズマの財布に入ってる割引券を、全部燃やしちゃうって言ってるわ! ねえ、それなんの割引券なの? え、カズマが大好きなお店の割引券?』」

「ちょお!? それは本当に止めろー!!」

 割引券はどうでも――良くはないが、あのお店の事が女性陣にばれるのは不味い。例え転生したとしても、他の男冒険者達に本当に面目が立たなくなってしまう。

 慌てる少年を他所に、追い打ちは最高潮を迎えた。

「『ん、めぐみん何してるの? カズマの服をどうする――えっ、めぐみん!? ちょっと、めぐみん!?』」

「おい、やめろよ! 俺の体に何してんだ!? 仏さんに悪戯すんな、罰当たるぞ!!」

 最早少年の顔には悲壮さも笑みも無く、仲間に振り回される何時もの顔になっている。だが、これが一番『らしい』表情だろう。シリアスよりも、この騒ぎ様が少年と仲間達『らしい』。

「『めぐみん、めぐみん! ちょ、カズマさん! 早く来て、早く帰って来て!!』」

「おい、やめろ! アクア、めぐみんを止めろ! 止め――え、エリス様、おねがいします、門を開けてください!!」

 一度は自分を転生してくれとさえ言った少年は、もはや第二の人生など気にも留めずに必死に帰還を望み出ていた。

彼と仲間達のやり取りが小気味良くて、銀髪女神はクスクスと楽しげに笑いながらパチリと指を鳴らす。

 次の瞬間には少年の足元から青白い光が沸き上がり、彼の体を粒子と共に上空へと昇らせて行く。この浮遊感も三度目と慣れた物で、少年は自分を見送ってくれる女神に視線を向けた。

「それではカズマさん。もうここには来ない事を、陰ながら祈っています」

「エリス様、俺は……!」

 優しい微笑みと共に、例え会えなくても元気でいてほしいと言って来る。自身を気遣う為の言葉だとしても、少年は何とか思いを伝え様と言葉を放つ。

「では、いってらっしゃい」

「パッドも好きですよーーーー!!」

 伝えるべき言葉はそれでよかったのだろうか少年。

 そうして、天空に渦巻く光の乱舞の中へと、最弱職の少年は吸い込まれ消えて行った。

 

 

 ふと目が覚めると、目の前には眦に涙を溜めた魔法使いの少女の姿があった。彼女は最弱職の少年の上に馬乗りになり、両手で彼の服をやや乱暴に着つけさせている。

 空はすっかり茜色に染まっており、少年が倒れてからそれなりの時間が立っているのを感じさせていた。見上げる少女の瞳も、茜色の空に負けないほど赤くきらめいている。

 とりあえず少年は、直ぐに動かせる口を使って思っている事を伝える事にした。

「おい、何やってんの? お前は爆裂狂な所と名前を除けば、唯一常識的な奴だと思ってたのに。俺にいったいなにした?」

 魔法使いの少女は少年の問いかけには直ぐに答えず、不機嫌そうな表情のまま立ち上がり少年を見下ろす。そして、少しずつ視線を逸らしながらそっぽを向きつつ、少年の言葉に彼女は答えて行った。

「おい、私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか。……帰らないとか、馬鹿な事言ってるからですよ。次にそんな馬鹿な駄々捏ねたら、もっと凄いことしますからね」

 それきり背中を見せて、魔法使いの少女は沈黙してしまった。

 少女が退いた事により自由になった少年は、立ち上がりつつ周囲を見渡し状況を確認しようとする。そして、視線を向けた先で、顔を両手で覆ってしゃがみ込む女騎士を見つけた。何やら呻いているが、どうも少年の方を見ないようにしているようだ。

「あんた、神聖な女神様の口から何言わせる気……?」

 両手を組んで憮然としている青髪女神に、問い掛ける様な視線を送ったが、答えは芳しくなかった。彼女もそれきりそっぽを向いてツンとしてしまう。

 最後に、召喚士がポンと少年の肩に手を乗せて、ぐっと親指を立てて見せて来た。強く生きろとでも言いたいのだろうか、しかしその行為は少年の混乱を増長するだけである。

「俺、ほんとになにされたの?」

 その少年の言葉に応える者は居ない。小高い丘の上で、とぐろを巻いた大蛇が怠惰に欠伸をするばかりであった。

 

 

 その日の夜半。

 屋敷にようやくと戻ってから、のんびり風呂にでも浸かろうかと思って玄関で装備を外していると、ふと女騎士が物陰から観察してきているのに気が付いた。

 視線を向けて目が合うと、彼女は顔を赤くしてあたふたと逃げ出してしまう。なんだかなぁと思いながらも、最初の予定通りに風呂場へと向かう。

 お湯を沸かす魔道具に魔力を込めて、湯船になみなみと湯を張り終わらせ。服を全て脱いで気分も良く鼻歌を歌いながら、ふと何とは無しに姿見にか映った自分の姿を見た所で――

 ようやく少年は自分の体に起こった事態に気が付いた。

「めぐみん! めぐみんは何処だ!?」

 腰に手拭いを巻き付けただけの格好で、最弱職の少年はリビングの扉を跳ね開けて室内へと滑り込む。寝間着姿の青髪女神が寛ぐソファーに一緒に座り、適当な雑誌を読んでいた女騎士が、少年の言葉に応えながら少年へと視線を移す。

「めぐみんなら、何日かゆんゆんの宿に泊まって来ると言っていた――ああああああああ!!!???」

「うるさーい!!」

 視線を移して直ぐに、ほぼ全裸の少年が目の前に居る事に気が付いた女騎士が悲鳴を上げて、怒り心頭だった少年は理不尽にも彼女を罵倒する。

 再び両手で顔を覆ってしまった女騎士を他所に、呆れた様な視線のまま寛ぐ青髪女神が少年に語り掛けた。

「ねえカズマ」

「なんだ!?」

「自分に自信があるのは良い事だけど、そう言った自己主張はどうかと思うわ」

「ば、馬鹿! お前、めぐみんが俺の体にこれ書いてる時、一緒に居たんだろうが!!」

 青髪女神の的外れな言葉に、少年は更に激高して自身の腹部を指さしながら訴えかける。少年の裸身の腹部には、ペンを使ってでかでかと落書きが施されていた。その文字を少年読み上げながら怨嗟の叫びを上げる。

「ち、ちくしょおおおおおっ!! ぬぁにが!! 聖剣エクスカリバーだあああああああ!!!!! あ……」

「…………フッ……」

 叫ぶ余りに緩んだ手拭いが少年の腰から落ちて、丁度視線の先に少年が居た青髪女神は、何をとは言わないが鼻で笑った。何をとは言わないが。

「ぶっ。くっ。くふっ、くはっ……! あはは……く、くるしい……!!」

 一連の流れをコタツに入りながら見ていた召喚士は、遂に堪え切れなくなって腹を抱えながら蹲ってびくんびくんと痙攣する。また笑い過ぎてダメージが発生し、一人で勝手に瀕死になっている様だ。

 何処までもやかましい少年達の騒ぎを横目に、再び猫の姿になった大蛇はじっと誰も居ない筈の部屋の一角を見る。そから、にゃあと見えない誰かに声を掛けてから、暖かいコタツの中に潜りこんで行った。

 きっと、この屋敷のもう一人の住人も、この騒がしい連中が帰ってきた事を喜んでいるに違いない。

 

 




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