【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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もっと早く書けるようになりたいですね。
今回はおまけつき!


第十八話

 走りトカゲの討伐、最弱職の少年が蘇ってから次の日。

 少年達の屋敷には、朝からのっぴきならない大音量の叫び声が響き渡っていた。叫んでいるのは少年自身。その声には、地獄の底から燃え上がる様な、どす黒い怨嗟の色が強く塗りたくられている。

「あんの……ロリガキがああああああああああああ!!!!」

 屋敷のリビングの暖炉前の特等席。ソファーに寝間着姿で寛ぐ青髪女神と、同じく姿勢良く座る女騎士の前で、ジャージ姿の少年は感情を爆発させていた。いかに自分が怒っているのか、身振り手振りも加えてままなら無い憤怒を煮え滾らせる。

「屋敷に帰ってきたら剥いてやる! 絶対に! 絶対にだ! そして、勝気なアイツですら『もう、許してください……』と泣き叫ぶ目に遭わせてやるっ!!」

「そ、その、めぐみんでも泣き叫ぶような目について詳しく!」

 それを聞かされる女騎士は、食い気味に過激な発言の詳細を知りたがる。頬を赤らめ瞳をキラキラさせながら、涎をたらさんばかりの表情でハアハアと興奮していた。

 対して、青髪女神の方はさもうっとおしいとばかりに、半眼になって頬杖を突いている。

「朝から煩いわよ。皆私みたいに落ち着きなさいな。私なんて昨日屋敷に帰って来てから、お風呂の時以外ずっとここから動いていなわよ」

「そこで一日中、食っちゃ寝しているダメ人間に言われたくないぞ!」

 あまりにも得意げに自分の怠惰さを誇るものだから、少年は当然の如く青髪女神に反論する。そのコントの様なやり取りをコタツの中で眺めていた召喚士が、くすっと笑って口を挟んで来た。

「……まあまあ、めぐみんもほとぼりが冷めるまでは帰って来ないと思うよ。そんなに怒っていても疲れるだけだし、コタツでミカンでも食べてた方が建設的じゃないかな?」

「怒るなだって!? んなこと出来るかっ! 接着剤が乾いて、あの後風呂場で大変だったんだからなっ!!」

 コタツにのんびり座りながら設計図に注釈を書き加えている召喚士の言葉に、少年は怒りながら半泣きになりそうな顔で訴えかける。何処とは言わないが、魔法使いの少女に接着剤を使われて非常に難儀したらしい。それを聞いて、使われた場所を想像した召喚士は、あらまあと口元に手をやり説得を諦めた。

「ちくしょうっ! アイツ絶対許せねぇ! 今から泣き喚く姿が目に浮かぶようだぜぇ!!」

「その泣き喚く様な事に付いて詳しく!!」

 もう両手をワキワキさせて、遂には報復時の事を想像したのか不気味に笑い始める少年。その下劣な笑みに興奮を強めて、女騎士は更に食い下がる。

 そんな時、最弱職の少年の耳が屋敷の玄関戸の開かれる音を拾う。こんな朝っぱらから屋敷を訪ねて来る人間など、ついぞ心当たりは無い少年はすぐさまそれを魔法使いの少女の立てた物だと推測した。

「帰って来やがったのか!!」

「詳しく!!」

 思うが早いか、少年は低ステータスを置き忘れたかの様な猛スピードで廊下への扉へ向かう。女騎士が諦め悪く詳細を求めて来るが、そんなものは怒り心頭の少年は完全無視だ。

 衝動のままに叫びながら玄関に向かうべく、リビングの戸を跳ね開ける。

「めぐみん、てめえ!!!」

「フハハハハ! 頭のおかしい紅魔の娘だと思ったか? 残念、我輩でした!」

 廊下に飛び出そうとした少年の目の前に、黒い燕尾服姿の仮面を付けた長身の男が立っていた。もう嫌と言う程存在感を叩き込まれている、元魔王軍幹部の仮面の悪魔である。

「ポンコツ店主に代わり、目利きに定評のある我輩が商談に来た。さあ我輩の登場に喜びひれ伏し、当店に卸す商品を見せるが良い!」

 予想外の悪魔の登場に呆然とする少年の鼻先に指を突き付け、仮面の悪魔はズイズイとリビングに押し入って来る。両手を広げてまるで芝居の様に語るこの悪魔は、今日も絶好調で人の悪感情を食していた。

 そんな悪魔の跳梁を、絶対に許せない者がこの屋敷に居る。ソファーに座っていた青髪女神は、仮面の悪魔の声を聴くとゆらりと体を起こして幽鬼の様な表情で振り向く。

「ねぇ、ちょっと……。どうやってこの屋敷に入ったの……?」

「ああ、あの半端な奴か……」

 この屋敷には、青髪女神が渾身の作と豪語する結界が張ってあった。下等な不浄霊なら即座に昇天し、下級の悪魔ならばその動きを封じる程の強力な代物である。その結界が張ってある屋敷に、どうして悪魔がノコノコと入り込んで来られるのかと青髪女神は問い掛けているのだ。

 地の底から響く様な声で話しかけて来る青髪女神の詰問に、仮面の悪魔は心当たりがある様で素直に返答する。

「なんと、あれは結界であったのか……。あまりにも弱々しい物であったので、どこかの駆け出しプリーストが張った失敗作だと思っておった」

 否、素直に答えたのでは無い。これは大悪魔から女神への挑発であった。

 仮面の悪魔はいかにも申し訳なさそうな表情を作りながら、わざわざ青髪女神の方へと進み部屋の中央へ立つ。

「いや失敬。超強い我輩が通っただけで、崩壊してしまった様だなぁ」

 言外に、お前の張った様な結界が大悪魔である自分に通用するかと言う訳だ。

 それを受けた青髪女神はソファーを離れて仮面の悪魔の前に立ち、自分より頭二つ分ほど高い位置にある仮面を睨み上げる。

 どんな罵声が飛び出すのかと思えば、青髪女神はにっこりと微笑みを浮かべて顔の横で両手を合わせてしなを作って見せた。

「あらあら、身体のあちこちが崩れかかってますわよ、超強い悪魔さん。ま、どうしましょう! 確か地獄の公爵だとか聞いていましたのに、あんな程度の結界でそんなになるなんて……」

 ワザとらしく慇懃な言葉で挑発し、悲しげな顔まで作って仮面の悪魔の体を突っつく。罅だらけの体は青髪女神に少し突かれただけで、ボロボロと崩れて土塊を床に零していた。

「フハハハハ! この体はただの土塊、代わりなど幾らでもある。屋敷の外を覆っていたあの薄っぺらい物に興味が沸いてな。いや、駆け出しプリーストが張った物にしてはソコソコではないか? うん、人間の、それも駆け出しのプリーストが張った物にしては、な! フハハハハハ!!」

 敵も然る者。相手を煽る事に関しては、年季がある分この悪魔を超えるのは難しかろう。青髪女神から表情が消えて、剥き出しの殺意が溢れる程に報復の効果は抜群だ。

「お、おい! ちょっと落ち着こうぜ?」

 尋常でない二人の雰囲気を察して、最弱職の少年が仲裁の為に間に入り込む。仮面の悪魔は大事な商売相手なので、なるべくなら機嫌を損ねたくないと言うのが少年の本心だろう。

「フンッ……! ねえカズマ。コタツだのなんだの作ってたのって、ひょっとしてこれと商談する為なの? 人々の悪い感情を啜って辛うじて存在してるこの害虫と? やだもう笑えない冗談なんですけど、プークスクス!」

「はい。そうだけど……。お前も相当な顔してるよ? はっ、いや、笑ってるし」

 青髪女神の質問の形を取った悪魔への貶めの言葉に、最弱職の少年は一々合の手を入れる。そして、勝ち誇る女神を黙って見過ごす程、仮面の悪魔は寛容では無い。

「我々悪魔は契約にはうるさいので、信頼してもらって結構である。信じるだけで幸せになれるだの純粋な者の足元を見る、胡散臭い甘言で人を集め寄付と言う名の金集めをしている詐欺集団とは違うのだ!」

 容赦が無いにも程があるのではなかろうか。見下している悪魔に自身の教団と、更にはその信徒達を詐欺師呼ばわりされ、青髪女神の表情がまた剣呑な物になる。

 そんな表情には気付いているだろうに、仮面の悪魔の容赦の無い追撃は続く。

「連中の殺し文句は何だったか……。そうそう、『神は何時でもあなたを見守っていますよ』だったか。おお何と言う事だ、我輩それに該当する神とやらを目撃したぞ! 先日覗きで捕まった、風呂やトイレを生温かな目で見守っていたあの男は、神であったか!! フハハハハハハ!!!」

 最弱職の少年は、なんとなく知り合いのチンピラ戦士の事を思い出していた。あの男なら、それぐらいやりかねないと言う確かな信頼からの連想である。

 最早、場の雰囲気は一触即発。何時殺し合いが始まるかも分からぬ雰囲気を察し、最弱職の少年はじりりと気圧されて二人から距離を取る。

 余裕の笑みを浮かべる仮面の悪魔に対して、青髪女神が両手を額に当てて退魔魔法の構えを見せ――

「……そこまで。君達のやり取りはずっと眺めていたいけど、今日は大事な話があるんだからカズマの邪魔しちゃ駄目だよ」

 そんな二人の間に割り込んだのは、いつの間にかコタツから居なくなっていた召喚士。その両手には木箱が抱えられており、中には丸められた設計図やいくつかの『商品』が収まっていた。

「ちょっと、ロー! こんな寄生虫さっさと地獄に送り返してやるのが世の為よ、邪魔しないでちょうだい!」

「ふん、人の信仰心に寄生している輩に言われる筋合いは無いのである」

「あんですってぇ!? アンタ良い度胸――ひゃあん!?」

 ともすれば、今すぐにでも取っ組み合いを始めそうな青髪女神が、突然前触れも無く素っ頓狂な声を上げる。なんだなんだと周囲が目を見張る中、青髪女神は召喚された巨大な子犬に押し倒され、ぺろぺろモフモフの刑に処された。

「ちょっ、まっ、あひっ! まってまって、んひゃあう!? フーのぺろぺろは嫌っ、いやああああああ!?」

「フーちゃん、狙いは首筋とお腹だよ」

「お前も大概、鬼畜だよな……」

「アクセルの認める鬼畜男の汝に言われるのは、流石にその者も心外であろうな」

 召喚士がニコニコしながら巨大な子犬に指示を飛ばし、尻尾をブンブン振る毛玉によって青髪女神は再び笑い地獄へと堕ちて行く。ここの所舐められて笑い転げる展開ばかりを経験した彼女は、しっかりとトラウマの数を増やしているのである。

 そんな訳で喧嘩は仲裁され、ようやくと商談に移れる様になった。話し合いの場は、居間の中央に置かれた炬燵へと移る。

 

 

 四角いコタツの四面に、各々最弱職の少年のパーティと仮面の悪魔が一緒に着くと言う、中々に奇妙な光景がそこにはあった。正面に仮面の悪魔と対峙しながら左右に女騎士と青髪女神を置いて、召喚士はちゃっかりと少年の隣に並んで座っている。

「ふむ、小僧の自作した商品自体もなかなかの価値が出そうだが、こちらの設計図に書き足されている発展型の商品案が更に付加価値を高めているな。うむ、これであれば当店に卸しても、問題無い処か先の展望も明朗であろう。段階的に発売して行けば、それだけ長く商いが出来るからな」

 一通りの商品を見終わり、更には設計図を開いて精査していた仮面の悪魔が満足げに声を漏らす。他の仲間達が大金の予感に目を輝かせる中で、召喚士は自分の付け足した商品案の評価にホッとして息を吐く。

 例えば、少年が思いついた商品の中にはライターが有る。召喚士はそれを貴族や裕福層向けのジッポーライターと、低所得層や一見の客にも求め易い百円ライターに分けて販売する事を提案したのだ。他のこまごまとした商品にも手を加えて、より一つの商品を長く幅広く売れる様にアイデアを出していた。

 どうやら召喚士の目論見は、契約の対価として仮面の悪魔の眼鏡に適ったらしい。

「では商談と行こうか。取り決めでは売れた利益の一割を支払う事になっているが……どうだ小僧、これらの知的財産権自体を売る気はないか? 今なら三億、いや五億エリスで買ってやろう」

「「「五億ぅ!?」」」

 ポンと出て来た破格の提示金額に、召喚士以外の三人が声を揃えて絶叫する。仮面の悪魔を睨み付けていた青髪女神ですら、金の臭いを嗅ぎつければ巨大な子犬以上に見えない尻尾を全力で振る様になった。

「月々の利益還元ならば、毎月二百万エリス」

「「「月々二百万っ!?」」」

 毎月不労所得が入ると言う発言には、更に大きな声が三人から上がる。女騎士は額の大きさに純粋に驚愕していただけの様だが、最弱職の少年は一生働かずに生きられる額を貰ってしまうか、それとも貯金の目減りを気にせずにいられる定期収入を得るかで真剣に悩んでいた。

「月々二百万……。高級シュワシュワ……。沢山の高級シュワシュワ……」

 青髪女神は高級酒がどの位買えるかを必死で計算している。これが捕らぬ狸の皮算用と言う物か。

 召喚士は提示された金額には興味が無いのか、こたつの上で声に反応してクネクネ踊るヒマワリの置物を楽しげに眺めていた。基本的に、余計な事を言わないのであれば、仮面の悪魔については最早憂慮の対象では無いのだ。

「まあ、ゆっくり考えるがいい。では、我輩は店が心配なので帰るとしようか」

「はっ!? 私の神聖な家に悪臭が沁みついちゃうわ。出て行って、ほら早く出て行って!!」

 商談を纏めるにも悩む時間が必要だろうと、仮面の悪魔はコタツから立ち上がる。店に一人にしているポンコツ店主が、またぞろ貧乏になる為の努力をしていないかが心配なのだろう。

 そんな悪魔に、金の誘惑から立ち直った青髪女神がけたたましく噛み付いて行く。どうしてそこまで嫌えるのかと言う程に、二人は犬猿の仲であった。

「ぐぬぬぬぬぬぬ……、フンッ!」

「ヘェッ!」

 最後に二人は盛大に鼻を鳴らして悪態をつき、同時に顔を逸らしての物別れとなる。あの人を手玉に取る悪魔に歯ぎしりをさせるとは、青髪女神も腐っても女神と言う事なのだろう。

 仮面の悪魔が立ち去った後には、緩んだ表情の各々が残るばかりであった。どいつもこいつも皮算用にいとまが無い。特に最弱職の少年と青髪女神の幸せそうな緩んだ顔は一際である。

「……この話をめぐみんが知ったら喜んでくれるかな?」

「そうだな、ゆんゆんの宿に使いを出して、戻って来るよう一報を入れておくか。この調子なら、カズマも昨日の悪戯を笑って許すかもしれないしな」

 緩んだ笑みを浮かべる二人を置いておき、召喚士は比較的健常な女騎士に声を掛ける。気にするのはこの場に居ないもう一人の仲間。それを受けて女騎士は、プチ家出中の魔法使いの少女にも、情報を共有しておこうと提案した。

 同時に、女騎士が言う最弱職の少年からの魔法使いの少女に対する処遇には、同意しかねると召喚士は言葉を続ける。その貌は、鼠をいたぶる猫の様に、意地悪そうに歪んでいた。

「……そうかな。案外、泣き叫びながら謝る目に遭わされるかもしれないよ」

「ん……、それはそれで羨ましいな。私にも是非やってもらいたい!」

 女騎士は、相変わらず、ぶれない。

 

 

 数日後。

 女騎士の伝手を使い知らされた情報にて、そろそろほとぼりが冷めたと判断した魔法使いの少女は屋敷に戻って来ていた。こっそりと自室に戻り帽子とマントを脱ぐと、仲間達の姿を求めてとりあえず居間へと向かう。

 そして、恐る恐るリビングの戸を開けて中を窺い、その中で繰り広げられていた光景に驚愕し目を見開いた。

「最高級の紅茶が入りましたわよ、カズマさん」

「んむ……」

 わざわざ卓上で沸かせたお湯を使い、惜しげも無く茶葉を投入したポットから湯気の立つ液体をカップに注ぐ。それを持った青髪女神がソファーに足を組んで座るガウン姿の最弱職の少年に近づき、お上品な口調で声を掛けながら湯気のくゆるカップを手渡した。

 カップを受け取った最弱職の少年は、目を閉じ香りを楽しむ様にしてからカップを傾け一口。

「……お湯なんだけど」

「ん……? 私とした事がうっかりしていたわ。ごめんなさい、カズマさん」

「もしかして、紅茶を浄化したのかな? なに、また淹れ直せばいいだけさ。ありがとう、アクア。これはこれで頂くよ」

 液体であればほぼ無差別に浄化して、高品質の聖水に変えてしまう青髪女神。普段であればそんな事をすれば罵倒の一つも飛んで来ると言う物だが、今日の最弱職の少年は終始穏やかな微笑を浮かべて彼女を許している。

 これぞ、まごう事なき似非セレブ。将来を約束された途端に、少年も青髪女神も頭の中が綺麗なお花畑となった模様でこの数日を過ごしていた。

「うん……、お湯!」

「気持ち悪いですぅっ!!!」

 それをまざまざと見せつけられた魔法使いの少女は、嬉しそうにお湯を啜る最弱職の少年の姿に絶叫した。両手を頬に当てて身を捩らせ、光を失った瞳で感じた嫌悪感をそのまま声にして発する。

 それを聞いた似非セレブの二人は、彼女に対しておかえりと出迎えた。キラキラとした雰囲気を発散しながら、まるで家で娘を温かく迎える父母の如く寛大に。

 そんな様子を見せ付けられて、魔法使いの少女は神妙な顔つきになり、何よりも真っ先に腰を折って頭を下げた。

「先日の事は謝ります! だから、元のカズマに戻ってくださいっ!」

「先日の事……? ああ、そんな事か。金持ち喧嘩せずってね。それより、めぐみんもお茶でも飲むかい? 良い茶葉が手に入ったんだ」

 唐突に謝られた事を自身の尊厳に対する悪戯の事だと思い至り、しかしそれを最弱職の少年は微笑んで許す。それどころか、優しげな声色で魔法使いの少女にお茶を勧め、気取って片眼を閉じて見せた。

 少年のそんな反応に少女は瞳に大粒の涙を溜めて、がくんがくんと頭を何度も下げる。

「私が悪かったので、お願いですから元のカズマに戻ってください! 今のカズマは、凄く気持ちが悪いです!」

「さっきから何言ってるんだ、俺はいつもこんなじゃないか」

 半泣きの少女が必死になって頭を下げるも、最弱職の少年は取り合おうともしない。数日遭わなかっただけで見知った人物達が豹変していれば、少女の感じている違和感と嫌悪感は計り知れないだろう。

「最高級の紅茶がまた入りましたわよ、カズマさん。ふーっ……」

「んふぅん……。……お湯なんだけど。あっははは、また浄化しちゃったね?」

「あらあら、私とした事がうっかりしていたわ。うふふふふふ」

「いや、また淹れ直せばいいだけさ。ありがとう、アクア。これはこれで頂くよ」

 甘い囁きと共に、また青髪女神が紅茶と言う名のお湯を持って来る。耳に息を吹きかけられてむずかる少年は、やはりお湯を飲まされても怒りはしない。少女は知らない事だが、この二人はこんなやり取りをもう数十回は繰り返していた。流石の召喚士も笑えなくなって、今はこの場には居ない。

 それ程の異様な光景に、いよいよ魔法使いの少女は絶望して言葉を失ってしまう。

「……めぐみん、こっちこっち」

 そんな時に、魔法使いの少女は不意に名前を呼ばれ顔を上げる。すると涙で曇った視界の端で、女騎士と召喚士が固まって手招きしているのに気が付いた。

 招かれるままに少女が女騎士達に近寄ると、二人は少女に数日前に在った商談の話を伝える。その話を聞いてからの二人は浮かれ切って、こんなごっこ遊びに興じているという事も。

「それからずっと、この調子でな……」

「似非セレブな理由がわかりました……」

 その受け取り方はさておいて、どちらにせよ莫大な金が手に入るとなれば、人はここまで堕落できるものなのだなと少女は納得した。

 説明の間中、困った様に眉根を落としていた召喚士も、魔法使いの少女に助けを求めるかの様に言葉を掛ける。

「……紅茶をお湯にして飲むのばかりを何度も見てると、面白いけど流石に飽きちゃうよね。どうせならもっと面白いのを色々と見せてほしいのに、二人のセレブ生活に対するボキャブラリーは意外と少ないみたいなんだ」

「いや、問題はそこでは無いでしょう。ですが、お金があるのは素晴らしいです。さて、討伐にでも行きますか!」

 最初の内は二人を見て何時もの様に大爆笑していたのだが、何日も同じ物を見せられれば飽きてしまう。そんな事を召喚士が訴えて来るが、魔法使いの少女はバッサリと切り捨てた。

 それよりも資金が増えた事を肯定的に捉えた少女は、自身の目的の為にも冒険者としての仕事をしようと提案する。それに異を唱えたのは、陶然としていた最弱職の少年であった。

「え、嫌だよ、何言ってんの? 大金が入って来るってのに、何で今更働かなきゃいけないんだよ?」

「……は?」

 少年の口から飛び出した言葉に、少女は口を開いて呆けてしまい、女騎士は耐え兼ねたかの様に顔を逸らしてコタツの方へ向かってしまった。

 召喚士は少し迷った後に、女騎士を追いかけて自身もコタツに向かう。その口元は、はっきり言って期待に綻んでいた。イソイソと女騎士と共にコタツに入り込み、少年が何を口にするのか目を輝かせて見ている。

「大体、装備も整えて作戦だって練って挑んだのに、俺また死んだんだぞ。決めた、俺はこれから商売で食って行く! 冒険者稼業なんて危険な事はしないで、ヌルい人生を送って行くよー」

「ねえ、カズマさん。それは流石に困るんですけど。魔王を倒してくれないと、色々困るんですけど」

 人生を舐め切った様な少年の言葉に、意外にも青髪女神が最初に反目した。顔はにっこりとしたままだが、魔王討伐が天界へ帰る為の条件である彼女にとっては、このまま少年が冒険者を止めてしまうのは大問題なのであろう。

 そんな青髪女神に対して、最弱職の少年はにんまりと邪悪な笑顔で得意げに提案し出す。

「ならっ、もっと大金を得て、凄腕の冒険者を沢山雇おう! そして、そいつらに魔王討伐を手伝ってもらえば良い!! 冒険者の大群を雇って魔王の城を攻略するんだ! どうだ、現実味が出て来たんじゃないか!?」

「それだわ、流石カズマさん!! 冒険者達のほっぺをお札で叩いてこき使い、魔王を弱らせた所で最後のトドメは持って行く訳ね!」

 青髪女神はすぐさまその話に同調し、少年の意図する所を的確に理解して見せた。両頬をお札で叩く真似をしてみせると、少年はノリ良く叩かれる真似をして二人はどんどんと盛り上がって行く。

「あはっ、あはっ、あーーっ!――そう言う事だ。伊達に一番長い付き合いじゃないな。なははははは!!」

「……くっ! お、お金の力で魔王を倒すとか、そんなものは認めません! 認めませんよ!!」

 おおよそ冒険心と言う物を全否定するかの様な少年の提案に、全身をわなわなと震わせて魔法使いの少女は怒りを覚えていた。紅魔族とはその種族全てが浪漫を追い求める者。彼女はその中でもたった一つの魔法に全てを懸ける、一族きっての頭がおかしいとまで言われる浪漫の追従者である。

 だからこそ、彼女にはセオリーを無視した最弱職の少年の魔王との決戦が邪道としか思えない。怒り心頭の彼女は、そのいきどおりを素直に口にした。

「魔王を何だと思っているのですか! 魔王って言う存在は、やがて秘められた力とかに目覚めたりなんかして、最終決戦の末に倒すのです! それが何ですか、凄腕冒険者を雇って倒すだとか!!」

 しかし、少女の沸き立つ怒りの言葉にも、幸せそうな笑顔を浮かべるばかりで少年も女神もまったく取り合おうとはしない。埒が明かないと判断した少女は、踵を返してコタツに座る二人に加勢を求めた。

「ほら、ダクネス、ロー! 二人も何とか言って――あれ二人とも……?」

 助けを求めて振り返った少女の見た物は、コタツに頬杖を突きながらぶつぶつと何やら呟いて居る女騎士と、にやにやと口元を歪めながら演劇でも楽しむ様に少女達を見ている召喚士の姿。

「……ん? い、いや……。日に日にダメ人間になって行くカズマを見ている内に、将来どんな屑人間になるのだろうかと……。はぁっ、はぁっ!!」

「……やっぱりマンネリはいけないと思うんだ。ダクネスの反応も含めて、皆揃ってる時の方が物語に彩りが出るよね。今すっごい幸せな気分だよ……」

 魔法使いの少女に怪訝な視線を向けられた女騎士は、最弱職の少年の将来に胸を高鳴らせ、召喚士は新たなイベントに満足げにしている。少女は己に味方はいないと悟り、その小さな頭を抱えてしまった。

「ああー! もうどうしたらー!?」

「おい、そこの変態と変人と一緒にするな」

 そこで少女の嘆きに応えたのは、なんと最弱職の少年本人であった。ようやくお花畑から帰還して、少女の相手をする気になったらしい。ソファーから重い腰を上げて立ち上がり、魔法使いの少女の前まで歩み寄って来ていた。

 彼は己の首を労わる様に撫でながら言葉を続ける。

「と言うか、俺は首がぽっきり言って死んだばかりなんだぞ。せめてこの古傷が癒えるまでは安静にさせてくれ」

「……分かりました」

 青髪女神の治療により完璧に治っているはずの首を古傷と言い張る少年の言葉を、魔法使いの少女は意外にも素直に承諾した。

 ちなみにこの時、女騎士は変態呼ばわりに喜んで痙攣しながら倒れ込み、わくわくーとか叫びながら両足を揃えて高く上げると言う謎の行動をしていた。見守っていた召喚士はもちろん噴き出す。

「カズマの傷を癒しに行きましょう」

「いや別に、暫くゴロゴロ遊んでいれば治るから」

 どうやら少女は、少年の首さえ治ればまた冒険が出来ると判断した様だ。危険な事はしたくない少年は当然渋るが、それでも少女は胸の前で両の手をそれぞれ握り、前のめりになりつつ更に言葉を続ける。

「湯治に参りましょう。水と温泉の都、アルカンレティアに!」

「俺の傷の事はお構いなく――温泉と聞こえたが……?」

 温泉と言う単語に、最弱職の少年は盛大に食い付いた。顔色が深刻な物に代わり、聞き返す言葉も低くなる程に。生来風呂好きの少年ではあるが、温泉と言う単語に並々ならぬ拘りが感じられる。

 そしてもう一人、少女の言葉に食いついた者が居た。

「ねえ、アルカンレティアって言った!? 水と温泉の都、アルカンレティアに行くって言った!?」

 水と宴会と大道芸の女神としては、水と温泉の都に思い入れがあるらしく、青髪女神は喜色満面になって聞き返して来る。彼女はもう既に、温泉に行く気満々らしい。

「お、温泉かー。俺達も強敵との連戦で疲れている事だし、たまには贅沢して温泉も悪くないなー」

「カズマさんたら、どうしてそんなに棒読みなのかしら?」

 務めて平静を装うあまり、言葉が棒読みになってしまう少年も温泉行には賛成の様だ。その態度を暖炉前のソファーから離れて来た青髪女神に指摘され、顔の近さも相まって少年はボッと顔中を赤らめさせた。

 少年が温泉に対して何を期待しているのかその貌でまるわかりではあるが、あえて口に出す者はこの場には居なかった。男の子ゆえ仕方なし。

「……温泉か」

「そして私は『捨てないでくださいご主人様ぁぁぁ!!』と――どうした、ロー? 温泉は苦手だったか?」

 期待のあまり妄想の世界に突入していた女騎士が、その妄想の発露を途中で止めて憂い顔の召喚士に声を掛ける。妄想に浸りきっていたはずなのに、温泉に行く話はしっかりと聞いていた様で侮れない。

 聞かれているとは思わずに油断していた召喚士は、両手を慌てて振りつつ自身の健常を訴える。

「……ううん、苦手ではないよ。ただ、良い思い出になると良いなって、そう思っただけだよ」

 そう言って、召喚士は何時もの様に微笑む。胸中に沸いた感情は押し隠して。聡い女騎士はあえて多くを語らずに、そうだなと返すだけで済ませてくれた。済ませてくれたのだ。

 自分がその時浮かべていた表情を、召喚士は自覚する事は無かった。

 

 

 翌日の早朝。

 まだ朝もやも残り日の光も山間に隠れた時分。最弱職の少年達の屋敷には、けたたましい青髪女神の叫び声が響き渡っていた。

「ちょっとー、何時まで寝ているの!? カズマさんなんて、もう馬車の席取りに行っちゃったわよ。ほら、早く起きて! 早く起きて支度をして!!」

 部屋の外から響いて来るキンキンとする声に揺さぶられ、召喚士の微睡んでいた眼が見開かれる。

 周囲を見渡せば使われていないベッドと、調度品の殆ど無い殺風景な部屋が目に映った。有るものと言えば、床へ無数に並べられた酒瓶ぐらいだろうか。

 この屋敷に来てから既に数か月暮らしているが、物を増やす気にはなれなかった。

「ロー! めぐみんもダクネスも起きたわよ、あなたも早く起きて支度なさい! ねえ、聞いてるの!? 寝てるなら入っちゃうわよ!?」

 言うが早いか部屋の戸が開け放たれて、少々苛立ち顔の青髪女神が突撃して来る。そんな彼女の顔は、部屋の窓際にある座卓に座る召喚士を見て、驚きに目を見開く事になった。

 さもあらん。寝ていると思っていた相手が、酒瓶を杯に注いでそれを啜っていれば、驚きの一つもする物であろう。

「何よ、起きてるなら返事ぐらいして欲しいんですけどー! って、お酒臭っ! アンタ朝から――もしかして夜通し飲んでたの!? ズルい! どうして私も呼んでくれなかったのよ!!」

「……アクアは昨日、旅行に備えて早寝するって言って、夕食後にすぐ部屋に戻っていたよね?」

 宴会芸の神様は、どうして誘わないのかとご立腹。だが彼女は昨夜、まるで遠足前日の子供の様に、異様にワクワクしながら自室に引っ込んだのである。それを追いかけて酒宴に誘う程、召喚士は厚顔では無かった。

 それを指摘されれば、青髪女神の怒りも瞬時に引っ込み。しかして、自分が何をしに来たのかを思い出してまた騒ぎ始めた。

「ん? そう言えばそうだったわね。って、そうよ旅行よ! 早く支度しないと置いて行っちゃうわよ!?」

「……支度はもう終わってるさ。それにあまり早く行っても、馬車は荷物の積み込みをしてからじゃないと出発できないと思うよ」

 騒ぐ女神をどこ吹く風と受け流し、召喚士は蜂蜜酒の杯を傾ける。それを見て、羨ましいやら悔しいやらで、青髪女神の頬っぺたはぷくーっと膨れた。

「……はい、一献どうぞ」

「わっ、ありがとう!」

 そのふくれっ面も酒杯を渡されればパっと華やぐ。たった一杯の蜂蜜酒で笑顔満面になった青髪女神に、その貌を眺めていた召喚士は頬杖を突いたままで彼女に言葉を投げかけていた。

「……アクアは、前に自分の事を女神って言っていたよね。……自分を地上に放逐した天界を、君は恨んだりはしないのかい?」

「何よ突然? そうねぇ、ここに送られてきた時は色々混乱して泣いちゃったりもしたわね。私の事を笑顔で送り出してくれた天使のあの子は、天界に帰ったらお仕置きしなきゃとも思ったわ。けど、私をここに連れて来たのはカズマさんなんだから、悪いのは全部カズマさんよ!」

 だから、恨みをぶつける所は天界ではないと堕ちた女神は言う。それは、召喚士にはとても眩しくて、実に――

「……アクアらしいね」

「難しい事なんて、悩んだってどうせ後で後悔するものよ。だったら今は楽な方を選べばいいの! さあ、そんな事より旅行よ旅行! 私、めぐみん達がしっかり支度してるかまた見て来るわね!! ごちそーさまー!!」

 あっと言う間に酒杯を干し、言うが早いか青髪女神は部屋から飛び出して行った。乱暴に閉じられた戸の衝撃で、床に乱立する酒瓶がぐらぐらと揺れる程に。

 そしてまた屋敷中にキンキンした声が響くのを聞きながら、召喚士はようやく重い腰を上げるのであった。

「……あんな神様ばかりなら、今も能天気に暮らしていられたのかな。ねえ、ヨーちゃん?」

 使われて居ないと思われたベッドから、もぞもぞと一匹の猫が這い出して来て顔を覗かせる。大蛇が魔法によって姿を変えられたその猫は、瞳孔が細くなった爬虫類の様な瞳で見つめてから、興味も無さそうに今度はシーツの上で丸くなって眠り始めた。怠惰な蛇にとっては仮定の話など、微睡みの邪魔にしかならないのだろう。

 まるで、楽な方へ楽な方へと流れる青髪女神の様に。

「……案外、ヨーちゃんはアクアに似ているのかも知れないね」

「にゃあぁぁぁ……」

 言われた大蛇の化けた猫は、丸くなったままで嫌そうに鳴いて見せた。アレと一緒にするなと。

 

 

 全員の支度が終わり屋敷を出る頃には、隠れていた日もすっかりと昇り街には活気が溢れ出す。そのざわつきの中を潜り抜け、一同は乗合馬車の受付所までやって来ていた。周囲には既に受付に並ぶ者達や、弁当売りの売り子達の声でにぎわっている。

 支度を待たされる形になった青髪女神だが、召喚士に振る舞われた蜂蜜酒のおかげか程々に機嫌は良い。なにより、旅行への期待感が彼女の気分を高揚させていたのもあるだろう。

 だが、その上機嫌も長くは続かない。先に来て馬車の予約をしている筈の最弱職の少年の、その姿が見受けられなかったからである。

「あのクソニート、何が任せろよ! この私のお願いを無視して、いったいどこに行ったってーの!?」

「まあまあ、落ち着いてくださいアクア。カズマは出かける前に、他に何か言っていませんでしたか?」

 憤懣する青髪女神を落ち着かせつつ、魔法使いの少女が少年の行方の手がかりを問い掛ける。問われた女神は両腕を組んで、目を閉じながら記憶を思い返す。

「……そう言えば、寄りたい所があるとか言ってたわね」

「それですね。きっと、その寄り道が長引いているのでしょう。幸い馬車の席が埋まる様子もありませんから、もう少し待ってあげましょうか。この旅行はカズマの慰安が一番の目的ですし」

 結局、リーダーである少年を待つ事になって、青髪女神の不機嫌は再燃してしまった。への字口で眉は八の字、両手を組んで片足のつま先を忙しなくパタパタ踏み鳴らす。私は不機嫌ですと全身から発するポーズである。

 もっとも、最弱職の少年が受付所に現れたのは、そんなやり取りの直ぐ後だったのだが。

「おーい……、待たせたな皆……」

「ちょっと! 先に行って席取っておいてって頼んだのに――って、何を背負ってるの?」

 早速食って掛かる青髪女神に、疲れた様な苦笑いが返される。遅れて現れた少年の背には、死んだ様に眠るリッチー店主が背負われていた。

 死んだ様にと言うか、彼女は実際に死んでいる訳だが、それにも増して今のリッチー店主には精気が無い。服装も体も所々が焦げており、眠ると言うよりは気絶しているのだろう。

 何があったのかを視線で問われた最弱職の少年は、立ち寄り先の魔道具店で起きた事を説明してくれた。

 そもそも少年が魔道具店に向かったのは、仮面の悪魔に旅行で屋敷を空ける事を伝え、先日にした商談の話を待って欲しいと頼む為。その代りとして、商売の邪魔になるリッチー店主を押し付けられたらしい。彼女が黒コゲなのは、またガラクタ同然の商品を勝手に仕入れ、仮面の悪魔に殺人光線で仕置きされたからである。

 一通り事情を説明された青髪女神は、少年の危惧を他所に不死者が道連れになる事には寛容的らしい。てっきり喚き散らすとばかり思っていた少年は当惑したが、直ぐにそれ以上の困惑を青髪女神の指摘でもたらされる。

「ふーん、お守りをね……。まあいいけど。でもこの子、何だか薄くなってるんですけど」

「おおっ!? おいこれ大丈夫なのかよ!? 回復魔法は――はっ、アンデッド相手じゃ逆効果か!?」

 生命力が枯渇した為に、うっすらとその姿を薄れさせるリッチー店主。種族的な問題で回復魔法に頼れない現状、彼女の命運は正に風前の灯火である。

 それを背負ったままで慌てる最弱職の少年の目に、一同から離れてベンチに座る女騎士の姿が目に映った。そして、その膝を枕にしてベンチに横たわる召喚士の姿も。

「旅か……。子供の頃お父様に王都へと――つうううううううううううううっ!?」

 何やら過去に思いをはせる女騎士の首筋を少年が掴み、問答無用で生命力を吸い上げる。同時に奪ったそれを反対の手でリッチー店主に送り込み、アンデッドを回復させると言う地味に難易度の高い芸当をこなして見せた。

「……ん、あら……? カズマさんじゃないですか!?」

 生命力に満たされ目を覚ましたリッチー店主が見た物は、ビックリさせられた女騎士が怒って最弱職の少年の首を締め上げる姿。そして、女騎士が驚いた拍子にその膝から転がり落ちて、何時もの様に動かなくなった召喚士の末路であった。

「き、緊急事態だ! この中で生命力が一番高いのはお前なんだから、しょうがないだろう!?」

「あ、あの、それよりもローさんがピクリとも動かないんですけど……」

 騒がしさの中でひっそりと終ろうとする命が一つ。リッチー店主の言葉で事態に気が付いて貰えた召喚士は、すぐさま青髪女神の回復魔法により事無きを得る。

 何やかやとあったが、その後少年達一行はようやくと乗り込む馬車を決めた。

「ねえカズマー! この馬車にしましょうよ! 私の目利きによれば、一番乗り心地が良さそうよ! ちなみに私は窓際ね。景色が良く見える席を予約するわ! ほらカズマ、切符買って来て! 他のお客にあの馬車の座取られない様に、早く切符買って来て!!」

 青髪女神の独断により決められたその馬車は座席が既に一席埋まっており、先客として鳥かごに入れられたレッドドラゴンの赤ちゃんが乗っている。そして、そもそもこの馬車は五人分の座席しか無く、一席埋まっている以上六人は座れない。一人が荷台どころかもう一人はあぶれると言った始末だ。

 しょうがないから違う馬車にしようと少年が提案しようとした所、青髪女神はどうしてもこの馬車が良いとそれを頑なに拒んだ。

「……じゃあ、僕は眠いから屋根の上で寝てる事にするよ」

 我儘を言う青髪女神を見かねたのか、召喚士はそう切り出して大蛇を召喚する。呼び出された大蛇は主人の首根っこを咥えると、長い体をひょいと伸ばして子猫でも運ぶ様に屋根に乗せた。

 これにより、後は荷台に行く一人を決めるだけとなる。

「ジャンケンにしましょう! こういう時はジャンケンが良いと思うの!!」

 またまた騒ぎ始めた青髪女神により、座席をめぐり残りの面子でのジャンケン大会が開始された。早々に勝ち抜けようとした最弱職の少年を難癖を付けて青髪女神が止めた為に、勝負は少年と女神の一騎打ちとなる。しかも、青髪女神は三回連続で少年が勝てなければ勝利で良いと言う、思わず我儘な彼女もニッコリ笑顔となるハンデ付きで。

 結果。

「俺……、ガキの頃からジャンケンで負けた事無いんだよな……」

「なぁんでよぉぉぉぉっ!? 卑怯者! 何それズルい! そんなのチートよ、チート能力じゃない!!」

 三回連続で負けた後に泣きの一回を通してもらい、更には自身の運を上げる支援魔法まで使った上で青髪女神は敗北した。少年の運の良さの前では、普段から運の悪い青髪女神に魔法をかけた程度では太刀打ち出来ない。完全敗北とはまさにコレ。零に何を掛けても零でしかないと言う事だろう。

 その後も、チート持ちの癖に自分という恩恵を受け取るのはずるいと、青髪女神が難癖を付けて少年の怒りを買い。お前のどこが恩恵なんだと口喧嘩でも女神をコテンパンにして、少年が青髪女神をガチ泣きさせていたが些細な事だ。概ね、何時もの通りである。

 しかしこれで、本当にようやく出発の準備が整ったのだ。

「アルカンレティア行き、発車しまーす」

 良く響く宣言と共に、御者が手綱をしならせ馬車馬の尻を打つ。幾つもの荷馬車が列を作り、待合所から大通りを抜けて外壁の門を目指して行く。いよいよ、平穏な町から離れて、未知なる土地への旅が始まるのだ。

 少年達が旅立つこの瞬間にも、町の住民達は変わらぬ日常を過ごしている。冒険者ギルドの看板に新たな依頼の紙を張り付ける受付嬢も、酒場で早い酒宴を開くチンピラ戦士達のパーティも。馬車の荷台で手を振る青髪女神を追いかける子供達も、道端で露店を広げる商人達も。

 ただ少年達だけが、いつもと違う境遇と気持ちで、暫しこの街を離れて行くのだ。

 動き出した馬車の天井で荷物に紛れて転がる召喚士は、睡眠不足にもかかわらずぼーっと青空を眺めていた。日射病対策にしっかりとフードを被って、それでもその狭まった視界から雲の縮れる空を見上げる。

 ふと、その視界の端に人影が見えたのに気が付いて、改めてそちらに顔を向ける召喚士。その視線の先では、旅立つ少年達の馬車を見送る銀髪の盗賊の姿が有った。盗賊職の少女は少年達――いやさ旅に出る女騎士の見送りに来たのであろう。

 屋根の上から見下ろして来る少女に気が付いた召喚士は、口元をへらっと歪めて親指をぐっと立てて見せる。そうしてから、手首を回して、親指を下に向かって突き付けた。

 その仕草に気が付いた盗賊職の少女は当然憤慨して、片目に指を当てながらべーっと舌を出して来る。それっきり、ふんと顔を逸らしてしまった。

 そんなやり取りを経てから、少年達の乗る馬車は門を潜り抜けて外の世界へと向かう。目指すは水と温泉の町アルカンレティア。『有名な』観光地である。

 新たな地に思いを馳せる少年はまだ知り得ない。その行く末に、とんでもない脅威が待ち受けている事を。行く道にも、困難が待ち受けている事を。

 特等席からリアクションが見れるのかと思うと、今からあがった口角が戻らない召喚士であった。

 

 

 おまけ

 

 

「た、たのもーう!! さあ今日こそは決着をつけるわよ、めぐみん! 覚悟なさい!! あ、これ良かったら皆さんで食べて? ほんの気持ち……――あれ? もしもーし……?」

 何故か両手に果物の詰まった籠を持って、紅魔族族長の娘であるボッチの少女は少年達の屋敷に向かって声をかけていた。

 当然旅行に行ってしまった魔法使いの少女が出迎える事は無かったが、その代りに屋敷のドアから死んだ魚の様な目をしたメイド服姿の黒髪の娘が現れて一言だけ告げる。

 ちなみに今日の髪型は、左側に纏められたサイドテールであった。

「…………皆、旅行に行ったよ……?」

「え、ええーーっ!? なにそれめぐみんから私何も聞いてない……」

 召喚獣ゆえにどこに居ても呼び出せる為、留守を預かる事になったメイド娘。その言葉に、ボッチ娘は友人から何も聞かされなかった事実を知り大層落ち込んでしまう。

「…………入って。お茶、淹れるから……」

「えっ、良いの!? あ、ありがとうございます! おおおお、おじゃまひましゅ!!」

 その日、ボッチ娘に一人、友人が増えたのだった。

 

 




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