【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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今回の話は繋ぎの話です。
温泉はありません。でも、おまけはまたあります。
それでは、ごゆるりとお楽しみ下さいませ。


第十九話

 見渡す限り、荒野荒野荒野。そして、それを分断する長い長い道が一つ。

 水と温泉の町アルカンレティアへの旅路の初日。まだ日も陰るには早過ぎると言うころ合いで、少年達のパーティの乗る馬車は道を外れて荒野の只中を激走していた。

「ああっ、カズマ! いいっ、良いぞこの感じ、新発見だっ! この物扱いされてる感じっ!!」

 両手を縛られて身動きが出来なくなった女騎士を、ロープで繋いで引き摺ったままで。

 無抵抗に引き摺られて全身を激しく地面で削り、時に激しく叩きつけられる女騎士は、とても晴れやかな笑顔で大興奮。それを馬車の中から見守る仲間達の目は、ドン引きを通り越して最早絶対零度であった。

「カズマは鬼畜だとは思っていたけど、これはあんまりなんじゃないかしら……」

 青髪女神が代表して呟いた一言で、その場の全員の視線が最弱職の少年に集まる。魔法使いの少女はもちろん、リッチー店主までもが犯罪者を見る様な視線だ。元引き籠りの少年には、女性陣のこの圧力は中々に辛い。

「ち、違うから! 俺じゃなくて、ダクネスがぁ……!」

 慌てて弁明するも、誰一人として信用はしていない。これもひとえに、日頃の行いと言う物か。

 そもそも、どうして女騎士を引き摺っているのかと言えば単純明快。少年達の馬車を――引き摺られる女騎士を目的として、大量のモンスターが追いかけて来ているからである。

 鷹の様な姿の癖に、ダチョウさながらに両足で大地を駆ける魔物。彼等の名は『走り鷹鳶』。繁殖期になると固い物を本能的に求めて突っ込んで行く習性を持ち、全振りした防御スキルのせいで下手な鉱石よりも固い女騎士の筋肉を求めて襲い掛かって来た魔物達である。

「……カズマー。このままだと追い付かれちゃうよー」

「まずい……、洞窟はまだなのか!?」

 馬車の窓から逆さ吊りになった召喚士が少年へと声を掛けて来ると、少年もまたその窓から身を乗り出して後方を確認する。その際に馬車の天井からぶら下がる召喚士と少年の顔が触れ合いそうになり、フードの奥で召喚士の頬が赤らむが焦る少年はその事に全く気が付かない。

 後方を確認すれば走り鷹鳶の群れ、前方を確認すれば目的の洞窟は未だ見えてこない。洞窟にさえ辿り着ければ、モンスターを一網打尽に出来る策があると言うのに。

「……洞窟はまだまだ先みたいだね。なら、迎撃に移ろうか、カズマ。はいこれ、弓と矢筒」

「もう駄目だあー!! って、迎撃? うわっと、お前俺の弓矢持ってきてくれてたのか!」

 相変わらず逆様のままの召喚士が最弱職の少年に持って来ていた矢筒と弓を手渡して、一度天井の上に戻ると召喚魔法の詠唱を始める。

「……レベル四十召喚。初お披露目だよ、スーちゃん」

 荒野の只中に青く輝く召喚陣が現れ、その中央から呼び出された存在が飛び出して来る。それは、呼び出される間に馬車と離されてしまったものの、軽くいなないて駆け出すとあっという間に追い付いて並走をし始めた。

 その召喚獣は逞しい体躯を厳めしい鎧に包む、長い首と蹄を持った大型の獣。姿形だけを見れば大層な軍馬であったが、通常の馬との相違点として前足と後ろ足がそれぞれ二対四本、合計八本の足を持った異形の存在である。

「あ、新しい召喚獣は馬か……。八本足でスーって名前だとやっぱり……」

「……さ、行こうカズマ」

 窓から身を乗り出して並走する多脚の駿馬を見つめる少年は、その正体に心当たりがある様で思案顔で居る。そんな少年を尻目に召喚士は馬車から軍馬へと飛び移り、その深紅のたてがみを掴んで手綱代わりにする。そして更に、少年に向けて掌を差し出した。

「『ボトムレス・スワンプ』ッ!」

 その間にも魔物達は距離を狭めて来て、リッチー店主が足止めの為に泥沼魔法を発動させる。いよいよもって余裕が無くなってきたようだ。

「くそっ! やってやるよ、チクショウ!!」

 一瞬逡巡するも、最弱職の少年はその手を掴んで窓から飛び出す。目の前の軍馬が少年の推測した通りの存在であるのなら、その背に乗ってみたいと言う思いが恐怖心を凌駕したのだ。

 少年の低い身体能力では不格好に飛び出す形となったが、軍馬の方が位置を合わせて少年を見事にその背に飛び付かせる。手を繋いでいた召喚士に引き上げられて、その前に跨る様に身体を納めると、少年の視界は軍馬の背丈も合わせてぐっと広がった様に見えた。

「おおお……、これが伝説の馬の背中か……!」

「……僕が支えててあげるから、カズマは弓で足止めをお願い」

 感慨に耽る暇も無く、二人を乗せた軍馬は一度、馬車を追い抜く程に速度を速める。追い越した後に大きく迂回する様に方向を変え、迫り来る魔物達の群れに斜め向かいから突っ込んで行く。

「ン『狙撃』ッ! 『狙撃』ッ! 『狙撃』ィッ!!」

 召喚士に後ろから抱き付かれながら体を支えてもらい、横合いから連続で狙撃スキルで妨害を繰り返す。高速で移動する魔物達は些細な攻撃を受けただけで、バランスを崩して次々と転倒して行く。そして、動揺した群れに向けて軍馬は勢いを止めずに突進し、その屈強な体躯と堅牢な鎧で魔物達を跳ね飛ばして蹴散らした。

「くううううっ!! すっげえ!!! 今俺、すげえファンタジーしてるよ、コレ!!」

 幻想生物の背中に乗って魔物達を蹴散らす。正に王道的な物語の活躍の一端を担い、興奮した少年が叫び声を上げる。嬉しそうにはしゃぐその背中にくっついて、召喚士も口角を上げて微笑んでいた。

 隊列を乱されて大きく馬車から引き離された魔物達が、翼を広げて苛立ちを示すかの様に一斉に声を上げる。その鳴き声はピーヒョロロローっと顔に似合わず甲高く間延びした物であった。

「なるほど……。走り鷹鳶の、鳶の要素は何処に消えたんだろうと疑問に思ってたが……。これでスッキリした」

「カズマ―! 洞窟が見えてきましたー!! 私の方は何時でも魔法が撃てますよー!!」

 感激していた所に水を差された少年が口元を引き攣らせていると、再び軍馬が並走した馬車から魔法使いの少女が声をかけて来る。

「よし、御者のおっちゃん、洞窟が見えて来たらそのワキに馬車を止めてくれ! アクア、俺にも筋力増加の支援魔法を!!」

 召喚士と少年が距離を稼いだ為に余裕を持って馬車を洞窟の傍に止め、引き摺られる女騎士に回復魔法をかけていた青髪女神も少年にしっかりと支援魔法をかけてくれた。

 そして軍馬から飛び降りた最弱職の少年は、馬車と女騎士を繋いでいたロープを力任せに引きちぎり、身動きできない女騎士をハンマー投げの要領で振り回して洞窟の前にまで投げ飛ばす。

「だーっ、はっ!! 悪くない、悪くないぞこの仕打ち! 流石カズマだ!」

「呼・ぶ・な!!」

「散々引き回した挙句にモンスターの餌で――はぶっ!」

 空中で今までになく恍惚としていた女騎士が、セリフの途中で顔から地面に落ちて静かになる。そんな変態に名前を呼ばれる事を拒絶した少年だったが、魔物達が次々に女騎士を跨いで洞窟の中に入り込むのを見届けると思わずガッツポーズをしてみせた。

「めぐみん!!」

「『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 最弱職の少年の指示を聞き、魔法使いの少女が既に完成させていた魔法を解き放つ。杖の先から放たれた魔力は魔物達の消えて行った洞窟に吸い込まれ、そして直ぐに自身を炸裂させて洞窟のある小山ごと魔物達を纏めて吹き飛ばす。

 地形が変わる瞬間を目の当たりにした乗合馬車の人々は、ただただその光景に見入るばかり。人類最強の魔法が猛威を振るう所など、アクセルの街の住人でもない限り頻繁に見る事など無いだろう。

 彼等は女騎士の固さが魔物を呼び寄せた事を知らない。彼等は魔法使いの少女が爆裂狂な事も知らない。その誰もがキラキラと瞳を輝かせて、天を焦がす爆炎を眺めていた。

「……他の街の商人さん達、この状況をどう判断するんだろうね」

「今から気が重い……。おいお前ら、こんなマッチポンプみたいな状況で、絶対に礼金なんて受け取らないからな」

 何時も通り動けなくなった少女に魔力を分けながら、最弱職の少年は召喚士の言葉に顔を顰めて仲間達に宣言する。青髪女神だけは不満顔をするが、他の面子は概ね納得している様だ。その青髪女神も、酒でも飲ませれば丸め込めるであろう。

 こうして、少年達の旅路の一日目は夜を迎えて行くのであった。

 

 

 時刻は既に日も暮れて、満天の星空で月が泳ぐ頃。アルカンレティアを目指す馬車の群れは、今は放射状に並べられて野営を行っていた。

 中央に幾つかの大きな篝火を作り、その周囲に人々が輪を作って酒宴を開いている。最弱職の少年達も、その輪の中の一つに加わり、今は商隊のリーダーから歓待を受けている所であった。

「しかし、お見事でした! まさか爆裂魔法をお使いになる程の大魔法使いがおられたとは! しかも、あれだけの負傷者を簡単に治療してしまったアークプリースト様! 走り鷹鳶の群れを前に一歩も引かず、それらを一身に引き受けたクルセイダ―様に、上級魔法である泥沼魔法での咄嗟の足止め! そうそう、見た事も無い様な鎧を着けた軍馬を、自ら操って見せた召喚士の方もおられましたな!」

 何某かの良く焼けた肉を少年に差し出しつつ、そのリーダーは少年達のパーティ一人一人を称賛して行く。流石は商人と言った所か、よく口が回る。

「そして、見事な判断で敵を洞窟へと導き、一網打尽にした貴方様の機転! いやー、お見事です!!」

 青髪女神や魔法使いの少女は誉められて照れ顔を浮かべているが、最弱職の少年としては胃が痛くてしょうがない。

女騎士やリッチー店主は苦笑している程度だが、召喚士など冷や汗を流す少年を見てビクンビクンしながら笑いをこらえている有り様だ。

 どうも優秀な冒険者と繋ぎを作っておこうと企んでいる様だが、少年にとっては何時マッチポンプがばれるか気が気ではないのでなるべく関わり合いになりたくない人物である。報酬を手渡そうとしてきたので適当な理由で断ったら、更に勘違いされて今度は感涙までされてしまった。

 せっかくの慰安旅行だと言うのに、少年の心労は何時も通りにかさんで行くばかり。もう勘弁してくださいと、商隊のリーダーと共に涙を流す少年であった。

 何とかボロを出す前に会話を切り上げ、夕食を済ませた後は各々が自由に過ごしている。

 リッチー店主が青髪女神に引っ張られて行き、大勢の前で宴会芸の手伝いをさせられて恥ずかしがったり。女騎士の痛んでしまった鎧を最弱職の少年が、商品開発の為に習得した鍛冶スキルで修繕したり。そんな修繕の様子を両側から、女騎士と魔法使いの少女が興味津々に眺めたり。

 そして召喚士は、そんな仲間達を少し離れた場所から観察していた。その傍らには、本日呼び出された軍馬の姿もある。最弱職の少年よりも小さい召喚士が並び立つと、軍馬の大きさが一層際立った。

 八本足の馬などが居れば、物珍しさに人だかりが出来そうなものであるが、今は誰一人寄って来ようとはしない。その代り、彼らの周囲には奇妙な文字の掛かれた小石が幾つか無造作等に転がされていた。

「人払いのルーンとは、念の入った事だな、は――……いや召喚主よ」

「……こうでもしないと、君の姿はこの世界だと珍しいみたいだからね。おちおちグルーミングも出来やしないよ」

 わざわざ人払いまでして何をしているのかと言えば、召喚士はひたすらに軍馬の纏う鎧を布で磨いて艶を出させている。更にはその深紅のたてがみに櫛を入れて、鎧の無い部位の白い体毛には丁寧にブラシを当てて撫でてやる。本日の召喚をねぎらう為のグルーミングであった。

「……それに、この世界だと馬は基本的に喋らないからね」

「まったく、どこの世界も了見の狭い事だ。神の子が人の言葉程度話さずして、なんとすると言うのだろうか」

 はなはだ不遜であると、軍馬はいななきぶるぶると全身を震わせる。召喚士はそんな彼の様子に苦笑して、話し相手を務めながらも両手を動かし続けていた。

「……君が本当に召喚に応じてくれるとは思わなかったな。スーちゃんの場合は主人が煩そうだからね」

「呼び出しておいて何を言うのか。それに、もう既に居ない者が何を騒ぐと言うのだろうか。それこそ正に、馬の耳に念仏であろう」

 それを馬が言うのだからしょうもない。

 軍馬は手入れされた身体に満足して、尻尾をブンブンと振って喜びを伝え、それから顔を召喚士に擦り付けて甘えた様子を見せる。そんなスキンシップをしながら、変わらぬ声色で軍馬は問いかけを発していた。

「今更になって、惜しくなったのか? そうであるならば、止めてしまえば良かろう。終わる瞬間まで、楽しく過ごしてしまえば良い。召喚主が心を砕かねばならぬ道理など無かろう」

 力強く、それでいて優しさの垣間見える軍馬の言葉。それを受けて召喚士は微笑みを浮かべ、それからすり寄って来る軍馬の頬を撫でながら心中を吐露して行く。

「……それは駄目だよ、それだけは駄目だ。これはもう本能の様な物。僕は僕の信念で、この二回目の世界を終わらせるんだ」

 二週目ではなく二回目。それ故に、繰り返す事に意味など無いと召喚士は言い放つ。それを聞いた軍馬は瞳を閉じて、そっと摺り寄せていた頭を離した。

「ならば私から言える事は、これ以上は無い。後は召喚主の思うままに、埒を明けるが良かろう」

「……ありがとう、スーちゃん。もう残り少ないけど、次の機会もまたよろしくね」

 そうして、優しい言葉を交わしてから、軍馬は送還されて姿を消す。後に残った召喚士はもう用の無い人避けのルーンに線を付け足して無為な文字に変えながら、誰も居ない筈の空間に向けてひとりごちた。

「……後はどうやってカズマと楽しむかを考えないと。ただの殺しあいじゃ面白くないからね……」

 呟きの後に、満天の星空に向けて手を伸ばす。届かない何かを掴む様に、口元を綻ばせて召喚士は強く手を握り締めた。

「……ドラマチックに終われたらいいね。ああ、今からその瞬間が楽しみだ」

 気が付けば騒いでいた商隊の者達も、見張りの冒険者を残して就寝の準備を始めている。少年達も鍛冶を終えて、そそくさと寝床に向かう様である。青髪女神は飲み過ぎでぶっ倒れ、リッチー店主に寝かしつけられていた。

 今日は一日馬車に揺られ、その上戦闘までこなしたのだから疲労もひとしおであろう。召喚士も夜の独り言大会を止めて、仲間達の元へと戻って行く。

 何かを忘れている様な気がしないでも無いが、忘れているなら大した事でもないはずだ。少年達のパーティは、本日を終らせる為に床に就いた。

 そして、それから更に深夜にまで時が進んだ頃。

「ほええええええっ!?」

「ああっ!? しっかりしろ、ウィズ! だ、誰か、ウィズが……!」

 周囲の騒がしさに召喚士が目を覚ますと、辺り一面を神聖な青白い光が照らし上げていた。その光に誘われて、彷徨える死者達が強制的に天に帰って行く。ついでにリッチー店主も半分ぐらい帰りかけている。それを見ていた女騎士が、リッチー店主を心配して悲鳴の様な声を上げた。

「……ああ、ゾンビの襲撃があるの、忘れてた――ふあああああ……」

 忘れていた物を思い出せた召喚士は、言葉の途中で大きく口を開けての大欠伸。先日の寝不足に加えて、寝心地の悪い揺れる馬車の天井などで寝ていた物だから余計に疲れが溜まり眠気で瞼が潰される。

 結局襲って来る睡魔に抗う事無く、召喚士は魔法使いの少女と共に騒ぎを全く気にせずに眠りこけてしまった。

「うっはははは!! この私が居る時に出くわしたのが運の尽きね! さあ、片っ端から浄化してあげるわ!! うひっ、うひゃは、ひゃーはっはっはっ!!!」

 酒瓶を片手に狂った様に哂いながら、青髪女神が次々に亡者達を浄化して行く。その光景を眺める商隊の面々は、何故か非常に好意的に彼女を評価していた。曰く美しいだとか、女神の様だとか、中身を知らない故に青髪女神もまた女騎士と同じく、彼等の中で非常に高く評価されてしまった様だ。

 そう、彼等はこのゾンビの襲撃の原因が、青髪女神に在るとは露ほども思っていないのだろう。全てを察してしまった最弱職の少年は、再び起こってしまったマッチポンプにキリキリと胃が痛むのを自覚する。

 この後に、商隊のリーダーが今度こそ礼金を受け取ってくれと走って来たのだが、最弱職の少年は泣きながらそれを辞退するのであった。

 

 

 翌日。少年達の旅行二日目は快晴に恵まれ、ついに目的の地までたどり着いていた。

 街の周囲をすっぽりと囲むように存在する山岳に彫刻で装飾されたトンネルがあり、そこを潜り抜ければ馬車の列はいつの間にか巨大な橋の上を通る事になる。橋の下には豊かな水源が揺蕩って旅人たちを迎え入れ、前を見れば水を彷彿とさせる落ち着いた色合いの街並みが広がっていた。

 目に飛び込んでくる素晴らしい景色に、少年達の誰もが感嘆の声を上げる。

「来たわ! 水と温泉の都アルカンレティア!」

 中でも一層はしゃいでいるのは、馬車の座席を少年に譲られた青髪女神であった。嬉しそうに声を上げて、窓から顔を出しては街並みと、そこに住む人々を眺めている。

「すげえ、エルフとドワーフだ! これぞ正にファンタジー!」

「景色もアクセルとは全然違うな。すぅ……はぁ……、空気も美味い」

 もちろん、はしゃいでいるのは少年も女騎士も同じだ。少年は目に飛び込んで来る異世界らしい光景に感動し、女騎士は初めて見る街並みに子供の様に目を輝かせている。

「ここは観光客向けの商店街ですか。あれは、名物アルカン饅頭ですね。なかなかの美味と評判です」

「おお、良く知ってるなめぐみん」

「アルカンレティアと言えば、冒険者の間では有名な湯治場ですよ。ここの温泉の効能は大したものですから!」

 魔法使いの少女はその中でも冷静な方で、持ち前の知識を自慢げに披露していた。もしかしたら、以前にもこの街に来た経験があるのかも知れない。

「昔、父に連れられて幾つかの街へ行った事はあるが、この街はそのどこよりも美しい。良い湯治になりそうだな」

「へへっ……。こんな事なら、もっと前からいろんな街に行ってみればよかったな」

 ぐったりしたリッチー店主を膝枕したままの女騎士が思い出を語り、次いでは慈しむ眼差しで少年へと言葉を掛ける。少しだけ照れた少年は、惜しい事をしたかもしれないとその言葉に同意した。

 程なくして馬車の列は街の停留所に辿り着き、早速長旅をしてきた乗客や荷物を下ろし始める。少年達を運んでくれた馬車の御者もまた、『良い休日を』と言葉を残して再び馬車を走らせて行った。

「ああ……、じゃりっぱ……。じゃりっぱが行ってしまいました……。うぅ……」

 視界の中で小さくなっていく馬車に向けて、魔法使いの少女が名残惜しげに手を伸ばす。『じゃりっぱ』とは少年達と共に旅をしたレッドドラゴンの赤ちゃんの事で、彼女はその子に紅魔族的にカッコイイ名前をプレゼントしていたのだ。

 ドラゴンは一度付けられた名前を絶対に忘れず、他の名前を決して受け入れないと言う。『じゃりっぱ』は今永遠となったのだ。

「ふっ……、こいつまた勝手に変な、んっ……、名前付けやがって、はっ……」

 そんな悲し気な様子の少女に対して、最弱職の少年は藪睨みで塩対応をする。彼の言葉が途中で不自然に途切れているのは、背中に背負ったリッチー店主を背負い直す為――に見せかけて、その豊満な胸の感触を背中で何度も楽しむ為であった。男の子だもの仕方がない。

 馬車が見えなくなるまで見送った所で、ついに我慢が出来なくなったのか青髪女神が一同の前に躍り出る。笑顔を満面張り付けて、いつの間にか薄紫の羽衣を身に着けながら、彼女は仲間達に向けて高らかに言い放つ。

「ようこそ、アルカンレティアへ! さあ皆、どこに行く? この街の事なら何でも聞いて! なんせここは、私の加護を受けたアクシズ教の総本山なんだからね!」

「うぇっ!?」

 最弱職の少年は青髪女神の口から飛び出した情報に驚愕した。アクシズ教徒と言えば、女神アクアを信仰する狂信集団と悪名高い、魔王軍もモンスターも避けて通ると評判の連中である。

 この街がそのアクシズ教の総本山だと言う情報を、彼は今初めて知ったのだ。旅情で盛り上がった高揚感など、今の一言で微塵に砕け散ってしまうと言う物である。

「……とりあえず、そろそろ宿に向かった方が良いと思うよ。せっかく商隊のリーダーさんに宿泊券を貰ったんだし、ね?」

「ん……、不本意ながらな。まあ、貰っちまったもんはしょうがねぇから、パーッと楽しませてもらうとするか」

 今までずっと黙り込んでいた召喚士が宿に向かうことを提案すれば、最弱職の少年は気持ちを切り替えてそれを承諾する。湯治や観光をするにしても、まずは身軽になってからと言う訳だ。

 そんなこんなで一同は、この町一番の高級な宿屋へと向かう事にした。

 しかし、少年達は回りこまれてしまった。逃げられない。

「ようこそいらっしゃいました、アルカンレティアへ!!」

「観光ですか!? 入信ですか!? 冒険ですか!? 洗礼ですかぁ!?」

「おお、仕事を探しに来たのならぜひアクシズ教団へ!!」

「今なら、他の町でアクシズ教の素晴らしさを説くだけでお金がもらえる仕事がありまぁす!!」

「その仕事に着きますと、もれなくアクシズ教徒を名乗れる特典が付いて来る!!」

「「「「「どうぞ!! さあどうぞ!!!」」」」」

 少年達の前にアクシズ教の信者達が突然現れ、逃げる間もなく取り囲まれてしまったのだ。彼等は一致団結しての勧誘攻撃を繰り広げ、少年達に問答無用と言わんばかりにズイズイと迫って来る。これが、これこそがアクシズ教だと言わんばかりの勢いであった。

「なんて美しく輝かしい水色の髪! 羨ましい、羨ましいですぅ!!」

「そのアクア様みたいな羽衣も良くお似合いで!!」

 その連中は伝承に伝わるご神体そっくりの青髪女神にも目を付け、信者としてあやかりたいのかやたらとべた褒めして彼女を照れさせている。流石に自分から女神本人だとは名乗らない様だが、最弱職の少年としては何時ボロが出るか気が気ではない。

「うちにはもう、アクシズ教のプリーストが居るもので! 失礼しますー!!」

「「「「「さようなら同志! あなた方に良き一日の有らんことを!!」」」」」

 もう勧誘は間に合っていると告げて、後は全員で逃げの一手を打つ。慌てて全員で逃げて行く少年達の背に向けて、アクシズ教徒達はキラキラとした笑顔で祝福の言葉を送ってくれていた。

 リッチー店主を背負ったままで走りながら、最弱職の少年は早速のアクシズ教の奇襲にだいぶ辟易としている。これからの旅行の日々に、一抹も二抹も不安を抱かずにはいられない。

「……うふふふ。楽しいイベントが盛りだくさんで待ってそうだねぇ。旅行いっぱい楽しもうね、カズマ!」

「お前のそのポジティブさが、今は物凄く尊敬できるわ。別に欲しくも羨ましくも無いけどな!」

 走りながらウキウキとした笑顔を見せる召喚士に、少年はもう半場自棄になって言い返す。この笑いお化けの言うイベントには、絶対に右往左往する少年達を観察する分が含まれている。もういい加減長い付き合いなのだから、この召喚士の楽しみなど解り切っている事だ。

 なんにせよ、まだ旅行の二日目は始まったばかり。お楽しみはまさにこれからである。

 

 

 そんな訳で、荷物を置いた一同はそれぞれ街へ繰り出す事になった。

 青髪女神は宿に行く前にアクシズ教のプリーストとして教会におもむき、ちやほやされて来ると勝手に行動をし始め。魔法使いの少女はそれが心配だと言って、青髪女神と一緒になって着いて行ってしまった。

 最弱職の少年と女騎士は、青髪女神の浄化魔法でダウンしてしまったリッチー店主の介護の為に宿に残っている。彼女が元気になれば、二人も程なく連れ立って観光に出かける事だろう。

 そして、召喚士は珍しい事に、今は一人で街並みを闊歩していた。

「おめでとうございます! アナタはこの道を通った百万人目の方です!」

「……百万人目って語呂は良いけど、それだけで記念品が貰えるってかなり胡散臭い話だよね。あと、勧誘に入る間隔をもっと空けないと、前の勧誘を見てた人に声をかけてしまうかもしれないよ?」

 あの手この手で勧誘して来るアクシズ教団に、召喚士は時にはダメ出ししてみたり。

「おいお前! 暗黒神エリスの加護を受けたこの俺に、お前みたいな奴が勝てると思っているのか?」

「……アクシズ教徒の心情的に、たとえ演技でも他宗教の宗派だって名乗るのはアリなのかな?」

 時には思い浮かんだ疑問を、率直にぶつけて困らせてみたり。

「あれあれー、ひさしぶりー! ほら、わたしわたし! がっこうのー! 同級生の!」

「……ごめんね、僕学校って言うのには行った事が無いんだ。だから僕と君とは面識はないと思うよ」

 思いっきり真面目に対応して二の句が継げない様にしてみたりと、やりたい放題にイベントを楽しんでいた。そんな事を繰り返していると回状でも回ったのか、召喚士に近づいて来るアクシズ教徒は皆無となる。

 ちなみに、わざわざ目の前に来てからリンゴを落とした女性は、全力の笑顔でスルーしました。

 そうして街の中を歩いていると、不意に召喚士は一人の男とすれ違う。その男は短い茶髪に褐色の肌をした中々の偉丈夫で、何処か野性味じみた雰囲気を漂わせた眼光鋭い人物であった。

 その人物は、特に何かをしていたと言う訳では無い。しいて言えば、観光地にも拘らず周囲を楽しむでも無く、不機嫌そうに肩で風を切りながら歩いて居る位か。

「……みぃつけたぁ……」

 だが、その男を見かけた召喚士は、一層笑みを深めてクスクスと笑い声を漏らす。そして、首だけを逸らして肩越しに背後へ視線を送った。

「……ああ、匂い立つなぁ。水と温泉の香りに交じって、僕の大嫌いな毒の匂いがするよ。不快で不快で堪らないなぁ」

 召喚士はただただ笑う。すれ違った男に対して何をするでも無く、今は見逃してやると言わんばかりに笑うだけ。ここで仕留めてしまっては、せっかくの物語が見られなくなってしまうから。それ以上の理由などありはしない。

「……そろそろ、カズマ達も街に出て来た頃かな? あの二人がアクシズ教徒に絡まれれば、きっと面白い事になるよね。はやく見に行かなくっちゃ」

 そして、召喚士は仲間の姿を求めて歩み始める。楽しい楽しい旅行は、まだまだ始まったばかりなのだ。楽しみ切らねば、悔いが残ってしまうから。

 だから最大限楽しもうと、召喚士は足取り軽く観光の街を歩んで行った。

 

 

 おまけ

 

 

 最弱職の少年達が目的地に着いた頃。

「こ、こんにちはー! これはほんの気持ち、どうぞ召し上がって!?」

「…………友達の家に来る手土産に、豚の丸焼きは普通持ってこないと思う……」

 二日連続でやって来たボッチ少女の手土産は、丁寧に包装された豚をまるまる一頭焼いた物であった。

 先日は屋敷に招き入れて貰い、メイド娘にお茶を振る舞われ、更に盤上遊戯などを二人は一緒に嗜んだ。その喜びを伝える為か、ボッチ気質の少女はお土産に気合を入れ過ぎたらしい。

「…………それに、そんなに気を使わなくても、遊びに来るぐらい気軽に来てほしい……」

「う……、そ、そうかしら? 喜んで遊びに行ったら『ねえ、社交辞令って知ってる? って言うか手土産の一つも無いの?』って言ったりしない?」

 長いボッチ生活と、更には友人に恵まれなかった為に、この紅魔族の少女はかなり面倒臭い性格になっている様だ。

「…………そんなことを言う人は友達なんかじゃない……。…………それより、早く入ってゲームの続きをしよう……?」

「う、うん、ありがとう! おおおお邪魔します!」

 そうして二人は今日も楽しく過ごす事になる。お茶を楽しみながら、白熱したゲーム対戦に勤しむのだ。

「…………今日は負けない……」

「わ、私だって負けないんだから! きょ、今日も勝ち越してあげるわ!」

 実はお留守番のメイド娘の方が、このチェスに似た遊戯に熱中していた。メイド娘が遊戯に慣れていないのもあるが、何よりも一人で――自分自身と――対戦ゲームをし続けていたボッチ少女が強すぎて、彼女が連敗しているというのも原因である。言葉少なく何時も死んだ魚の様な目をしているメイド娘だが、その雰囲気に似合わず意外と負けず嫌いなのだ。

「…………今日の御茶請けはケーキを焼いた……」

「わわっ、手作りケーキ!? おおおお友達にお呼ばれした上に、ケーキでお持て成ししてもらえるなんて……。ねえ、これ夢じゃないよね? ケーキを食べようとしたら、宿屋で独りぼっちで目が覚めるとか無いよね?」

「…………めぐみんが、貴女の事を放っておけない理由が、少しわかった……」

 赤い瞳が三つ、蒼い瞳が一つ。人種は違えど、共に時を過ごすのに支障は無い。二人の少女が屋敷の中に消えても、その中からの楽しげな声は途切れる事は無かった。友好は順調に育まれている様だ。

 メイド娘は今のこの時間を楽しんでいた。例えそれが、何時か儚く散る泡の様な物だとしても。育む事に意味があるのだと、強く信じて。

 

 




埒を明けるの埒は馬などを閉じ込める柵の事らしいですよ。

ご覧いただきありがとうございました。
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