【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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もしかしてお待たせしてしまった方には申し訳ありませんでした。
待ってねーよって方は残念でした。
中々に難産でしたがようやく完成したので投稿させていただきます。


第二十話

「おらあああああ!! 責任者出て来い! 説教してやるぅっ!!」

 荘厳にして静謐、迷える子羊の隠れ家である教会の戸が乱暴に開け放たれ、そこから怒りの形相の最弱職の少年が飛び込んで来る。その双眸はギョロギョロと室内を縦横に探り、彼のもっとも知るアクシズ教の一番偉い奴を探していた。無論、この教会に行くと言っていた青髪女神の事だ。

 この時の最弱職の少年はとんでもなく怒り狂っていた。アクシズ教徒達の悪質な勧誘の数々が、彼の逆鱗に触れたからである。

 街に繰り出して直ぐに、景色を楽しむよりも先に絡んで来たアクシズ教徒。リンゴを落としてしまった女性を助ければ、そのままアクシズ教の直営店に連れ込まれそうになったり。断ればそのまま縋りついて来て、占いの結果不幸になるから入信しろと迫って来る。

 その他にも、道を通った百万人目の記念と称して入信書に名前を書かせようとしたり、エリス教徒に襲われそうな所を入信して助けさせようとしたり。更には昔の知人を装って入信させようとしたりと、多岐に渡る勧誘方で迫られる。

 だが、そんな中でも一際少年を激怒させたのは、とある幼い少女を使った勧誘であった。転んでしまった少女を助け起こし、仲良くなった所で名前を聞かれ、どんな文字なのか紙に書いてほしいと手渡されたのが入信書。こんな狂信者だらけの町にも、純粋な少女は居るのだなと感動した所でのこの仕打ち。少年は幼い少女までもを使ったアクシズ教の手口に激怒した。入信書はもちろん散り散りに破り捨てられている。

 こうして、怒りのままに狂信集団の巣窟に飛び込んで来た最弱職の少年。そんな彼を、一人の金髪の女性プリーストが出迎える。

「あらー、どうなさいましたか? 入信ですか? 洗礼ですか? それとも、わ・た・し?」

 その女性プリーストは少年の剣幕にさして驚きもせず、意味深な言葉を放ってからクスリと微笑んで見せた。女性に免疫の無い少年は思わず怒りも忘れて、気恥ずかしくなって頬を赤く染めてしまう。

「……わ、私……って?」

「ぷっ、冗談ですよ! 何本気にしてるんですか? 頭大丈夫ですか? あはっ、あははっ!!」

 どうやら、女性はただ単に少年をからかっていただけらしい。こんなに女の人をグーで殴りたいと思ったのは、少年にとって初めての経験であった。握り締めた拳がプルプルと震える。

「最高司祭のゼスタ様は、布教活動と言う名の遊びに――あ、いえ、アクア様の名を広める為、留守にしております」

「おい、今なんつった……?」

 この宗教は最高司祭からして尋常では無いらしい。ついでに、布教活動は彼等にとって遊びとの事だ。根本からこの宗教は頭がおかしいのかもしれない。

「すみませんがまたのお越しを……」

「いや、ここに魔法使いとアークプリーストが来なかったか?」

「ああー、あの二人なら……」

 責任者不在を理由に追い返されそうになったが、少年の目的はその更に上の責任者である青髪女神なのだ。ついでに魔法使いの少女の行方も纏めて聞いてみれば、プリーストの女性は教会の片隅を指差した。

「なっ!?」

 そこには、杖を掻き抱く様にしてガタガタと震えながら座り込む魔法使いの少女の姿が。彼女は目から精気を失っており、その全身のいたる所にアクシズ教の入信書が無数に突っ込まれていた。それを、少し離れて黒猫が心配そうに見つめている。

 恐らくは、彼女も少年と同じ様に熱烈に歓迎されたのだろう。普段の元気さの欠片も無く、すっかりと恐怖で委縮してしまっていた。厨二病全開の紅魔族も恐慌させる、アクシズ教徒の勧誘攻勢恐るべし。

 そんな少女の様子に驚愕していた少年だったが、女性プリーストは更に出入り口の外に向けて手を差し伸べ言葉を続ける。

「ところで、あちらのお連れさん、子供達に石を投げられてますけど?」

「えっ!? こらー、何やってんだー!!」

 言われるがいなや少年は、教会の外で子供達に取り囲まれ、蹲りながら投石されている女騎士の元に駆け出した。今の彼女は何時もの鎧姿では無く、観光地でもあり少年と二人きりと言う事もあってか私服姿である。子供とは言え石を投げられている姿は、痛々しくて見てはいられなかった。

「カズマ! この街は女子供に至るまで容赦無くて、色々とレベル高いな!!」

 だが、助け出された女騎士はハアハア言いながら喜んでいた。

 彼女は自他共に認める敬虔なエリス教徒であり、この街のアクシズ教徒には目の敵にされる存在である。勧誘の邪魔をしよう物なら唾を吐かれて無言で立ち去られ、喫茶店に入れば犬の餌を床に置かれる始末。何よりも、その胸元に下げられているエリス教徒を表す首飾りが、彼女をエリス教徒だと周囲に喧伝しているのだ。

「そのエリス教の御守り、ちゃんとしまっておけ! ワザとか!?」

「断る! ことわーる!!」

 もちろんワザとに決まっている。

 女騎士はこの街が大好きになっていた。老若男女に関わらず、エリス教徒と言うだけでご褒美が貰えるのだ。だからこそ、少年の提案を彼女は即断で却下した。この街は、ドMには天国の様な場所なのだから。

 

 

 探し人のもう一人、青髪女神は懺悔の聞き手として手伝いをしているとの事で、最弱職の少年は一人なかなか立派な造りの懺悔室の前まで来ていた。神の慈悲に縋らんとする迷える子羊の告解を聞く場所としては、粗末よりも立派な方が信者も安心が出来るのかも知れない。

「アクア? おい、アクア! …………。はぁ……」

 人の気配がする方の個室の戸にノックして、外から声を掛けるが返事は無い。仕方ないと思い、少年は溜息を吐きながら対面の個室へと入って行った。

 それと時を同じくして、この教会にローブ姿の人物がひょっこり入り込んで来る。室内に入ったのでフードを下ろしたその人物は、今の今まで教会の外から最弱職の少年を見守っていた召喚士だ。

 キョロキョロと教会の中を見渡して、隅っこに追いやられている女騎士と魔法使いの少女を見つけるとぐっと親指を立てて挨拶して来る。女騎士に箒で埃を浴びせていた女性プリーストは、召喚士の事を見るとピクリと眉を動かしたが、特に干渉はせずに清掃に戻ってしまう。勧誘の見込みがない相手に構う程、彼女等も暇ではないのだろう。

 召喚士はそのまま懺悔室に近づいて行き、不審者丸出しで扉の前にしゃがみ込み、張り付いて聞き耳を立てる。その顔には、期待で張り裂けんばかりの三日月笑顔が浮かび上がっていた。

 分厚そうな造りの個室だったが、耳をそばだてれば内部の声はしっかり聞こえて来る。内部では今まさに、最弱職の少年の懺悔が繰り広げられようとしていた。

「……実は、打ち明けたい話があるのです……」

「っ!? 聞きましょう聞きましょう! さあ、あなたの罪を告白し、懺悔なさい」

 実は召喚士が聞き耳を立てるまでに、優秀なプリーストを演じたがる青髪女神とアクシズ教徒を止めて欲しい少年の間でひと悶着あったのだが、残念ながら召喚士は聞き逃してしまっていた。

 青髪女神はわざわざ真面目な声色を作ってまで役になり切り、迷える子羊を導くべく告解を聞き入れる姿勢を作る。

「クルセイダ―の洗濯物に興味津々な事ですか? 魔法使いの黒髪に鼻先突っ込みたいと言う欲望ですか? 召喚士の性別が気になってついつい着替えを覗きそうになってしまった事ですか? 美しくも気高いプリーストに不相応にも劣情を抱いてしまったとかですか?」

 青髪女神が言いたい放題に言い放っているが、最弱職の少年は取り合わず冷静でいる。そして、押し殺した様な低い声で、とつとつと己の罪を告白し始める。

「……仲間のプリーストが大事にしていた、宴会芸に使う専用のコップをうっかり割ってしまいました。あと、滅多に手に入らない良い酒が手に入ったと自慢していたので、そんなに美味いのかと一口のつもりでそれをこっそり飲んだんですが。予想以上に美味くて全部飲んでしまい、どうせ味なんか分かんねーだろうと安酒を詰めておきました」

「はっ!? 何言ってんの!? ねえ、カズマ何言ってんの!?」

 少年の口から飛び出した告解に、青髪女神は演技を忘れてつい素に戻って問い質すも、最弱職の少年は反応しない。その口は変わらぬ口調で淡々と、己の犯した罪を告白して行くのみである。

「そのプリーストがあまりにも問題ばかり起こすので、この街に来る前にエリス教プリースト募集の紙を冒険者ギルドのメンバー募集の掲示板に――」

「へあっ! わはああああああっ!!! 背教者め!!」

 最終的に、我慢できなくなった青髪女神が間仕切りを抉じ開けて、隣の個室の最弱職の少年に食って掛った。完全にガン泣きで、ガクンガクン身体を揺さぶり他の宗教に走るとは何事かと吠え立てる。彼女の中では、少年は自分の信徒扱いの様だ。

「ぶふっ……くっ、くくく……ふぐっ……ふっ……。やば……ここじゃ見つかる……。ぶふぅっ……!」

 ここで、聞き耳を立てていた召喚士も我慢が出来なくなった。大声で笑い出さない様に両手で口元を押さえて、びくっびくっと痙攣しながら何とかドアを離れる。そうしておいて、這う這うの体で青髪女神の居る個室の裏側に回って、壁に寄りかかった所で力尽きてぐったりと崩れた。時折ビクンビクンしているので、未だに笑い続けているのだろう。

 そして、召喚士が隠れた所で憮然とした表情の少年が戸を開けて現れ、そのまま青髪女神の居る方の個室へと入って行く。ようやく青髪女神も少年の話を聞くつもりになった様だ。

 最早プルプルと小刻みに震える召喚士もまた、壁に耳を付けて盗み聞きの態勢に入る。笑い過ぎて低い体力を消耗し尽していると言うのに、聞き逃して堪るかと言う気合だけで体を動かしていた。執念である。

 

 

「ローもダクネスも、よくこんな怖い所で喜んで居られますね……。私は早く宿に帰りたいです……」

「はぁ、はぁ……。ゴミ扱い……。貴族である私がゴミ扱いされて……きゅぅん!」

 瞳から光を失ったままの魔法使いの少女と、やたら興奮して身を震わせる女騎士が、召喚士の姿を横目にしながら言葉を交わす。恐怖と悦楽で対照的な二人だが、その瞳は全力で今を楽しむ召喚士を見つめていた。

「……ダクネス。最近ローの様子が、前にも増しておかしいと思いませんか……?」

「……ん、そうか? 私にはいつも通り、自分の趣味の為に全力で楽しんでいる様に見えるのだが」

 幸せな妄想に浸る女騎士に、少女が何気なく問いの言葉を投げかける。問われた女騎士は緩んだ表情を一旦納め、少女からの問いに戸惑い気味に答えた。彼女の目には、普段と変わりなくおかしい様に映っているからだ。

 そんな女騎士に対して、なんとなくですがと前置いて少女は言葉を続ける。

「何と言うか、楽しもうとし過ぎているというか。まるで何かに焦っている様に見えるのです。生き急いでいるみたいではないですか?」

「ふむ……。確かに、今まではわざわざカズマの後を着ける様な事はしていなかったな。だが、旅行で気分が高揚しているからかもしれないぞ? 何を隠そう、この私もこの街に来てからと言う物、街での歓迎で気分が興奮――高揚していてな!」

 真面目なトーンで会話していたはずが、女騎士はやはり何時も通りの女騎士であった。そもそも、アクシズ教徒に散々な目に遭わされて大喜びしている彼女に、真面目な相談を持ち掛けたのが間違いだったようだ。

 相談した事を強く後悔した少女は、それ以上の会話を諦めて再び視線を召喚士へ戻す。視線の先では懺悔室から恰幅の良い男性が退出し、朗らかな表情で立ち去る所であった。何やら『エリスの胸はパッド入り』と何度も口遊んでいるが、一体懺悔室の中では何が起こったと言うのか。やはりアクシズ教徒は理解しがたく恐ろしい。

「ああ……。カズマ、早くアクアを連れ戻してください……。こんな怖い所から、さっさと宿に帰りたいですよぅ」

 少女の心中をまた恐怖心が支配し始めた。そうなってしまえば、浮んだ疑問もたちまち霧散してしまう。

 もしも、この疑問を浮かべた魔法使いの少女の心が平静であったならば。もしも、相談を受けた女騎士の心が変態性癖で占められていなければ。彼女達はもう少し、召喚士について踏み込んで行けたのかも知れない。

 しかし、現実は無常であり、彼女等は召喚士の変化について気付く事が出来なかった。

 大体の所、アクシズ教徒が悪い。

 

 

 懺悔を終えたアクシズ教徒の男性が退出した音を耳にした最弱職の少年は、一仕事終えて満足げに笑みを浮かべる青髪女神に声を掛けた。

「後輩の女神を陥れて、お前は女神としてそれでいいのか?」

「神にとって信者数と信仰心はとても大事な事なのよ。それがそのまま神の力になるんだから。私の信者達は数こそ少ないけれど、それはもう強い信仰を抱いてくれているわ。その可愛い信者達を守る為なら、私はなんだってしてやるわよ!」

 言われた青髪女神の方は、自分自身のした事に胸を張っている。それが例え、後輩の女神をパット入りだと貶める事であろうとも。

 ともあれ、これでもう青髪女神も満足しただろう。今ならば多少は話もし易いだろう。とりあえず懺悔室を出る様に言うべく少年が口を開きかけた所で、再び隣室の扉が開き誰かが入り込んで来た気配がしてしまった。

 仕方なしに少年は口をつぐみ、青髪女神は気分上々に改めて間仕切り越しの相談者へと向かい合う。そして、荘厳な声色を作って、優秀なプリーストとしての演技を始めた。

「汝、悩める子羊よ……。あなたの抱える悩みを吐露し、胸の内に秘める罪を告白なさい。ここは神の庭、神は全てを聞き届け、あなたを許すでしょう……」

「……ああ、そうか何か懺悔しないといけないんだっけ。面白そうだから入ったけど、何も考えてなかったな」

 間仕切りの向こうから聞こえて来た声は、男の様にも女の様にも聞こえる中性的な声色。男にしては高く、女にしては低いその声は、少年と青髪女神には聞き慣れた物であった。

 少年と青髪女神が思わず互いを見やり、コクリと頷き合う。お互いに、この声の主は召喚士であると確信が持てたようだ。先程から部屋の外で召喚士が聞き耳を立てていた事など、二人は知る由も無い事である。

「僕は本当は、出会うつもりは無かったんだ……」

 そうして、召喚士は何やら思いついたのかとつとつと語り始めた。

「本来は必要な時だけ関わって、さっさと戻るつもりだった。でも、今はこうして出会ってしまい、こんなに長く一緒に居てしまっている。果たすべき使命も放置して、僕は楽しくなってしまったんだ」

 間仕切り越しに聞こえてくる声には、次第に力が込められて行く。今まで誰にも語った事の無かった事を、胸の内にしこりとして残っていた物を吐き出す為に。正に絞り出すと言った声色で、召喚士の告解は続く。

「だってね、嬉しかったんだ。だってね、楽しかったんだ。あの時話しかけて貰えたことが。一緒に過ごせた事が。同じ物を見て同じ気持ちになれた事が。だから僕はもっと、皆と一緒に……、一緒に……」

 言葉に詰まり、どもる。幾度か言いかけた言葉を飲み込んで、結局召喚士は最後の言葉を外には洩らさなかった。

 飲み込んだ物の代わりに、胸の内の籠った熱を溜息として吐き出す。

「……これが僕の罪。僕の抱えている罪の内の一つ」

 溜息と共に心の冷却を終えた召喚士は、先程までの声の震えも微塵も感じさせずに、普段通りの声色に戻って告解の終わりを告げる。そして最後に、この罪をどう受け止めるのか、召喚士は問い掛けた。

「神様は、こんな僕でも許してくれますか……?」

「許すわ!!」

 青髪女神が間髪入れずに大声を出す。隣に居た最弱職の少年が、思考する間も無い程の即答であった。

 彼女はそのまま間仕切りにズズイと顔を近づけて、まるで向こう側が見えているかのように語り掛けて行く。最早荘厳な演技などかなぐり捨てて、すっかり普段の彼女そのままを曝け出していた。きっと、話を聞いている内に気分が盛り上がって、演技していた事など忘れ去ってしまったのだろう。

「言ってる事は難しくて良く分かんなかったけど、アンタが楽しいのならそれは悪い事じゃないわ! アクシズ教はそれが犯罪でない限りは全てを許すの。ローは全然悪い子じゃないんだから、ちょっとくらいわがまま言ったって良いじゃない。もっともっと、皆で一緒に楽しい事をしちゃえばいいのよ!!」

 この時、隣で聞いていた少年は素直に感心していた。言っている事は正直ドン引きレベルの戯言なのだが、その言葉は限りなく善意の塊である。そしてそれを、彼女は一瞬も迷う事無く言い放ったのだ。普段はあんなんなのに、良くも悪くも人を救える存在であると言う事を再認識させられてしまう。まるで本物の女神の様――そんな風に少年は感じていた。本人が聞いたら本物だと憤慨するであろう。

 青髪女神の言葉を聞かされた召喚士は、暫しの間何の反応も見せずに沈黙。そして、最終的に発露した感情は、何時もの通り笑いであった。

「あはっ、あはははははははっ!! アクア、あれだけ張り切って演技してたのに、素が出ちゃっているよ。ぶふっ、ぶははははは!!」

「ちょっ、そんなに笑わなくったっていいじゃない!? 励ましたのに! 私すっごい良い事言って励ましてあげたのに!!」

 召喚士が笑い、青髪女神が泣く。先程までの深刻そうな雰囲気は鳴りを潜めて、懺悔室の中にはすっかりといつも通りの空気が流れる。

 後ろで聞いていた最弱職の少年は、この喧しい状況に溜息を一つ零す。

「なんだ、やっぱりアクアが聞き役だって知ってて入って来たのか。って事は、今の話もからかう為のでっち上げなのか……?」

 少年は元々から、召喚士が入室してきた後の言動で疑いを持っていたので、今の二人のやり取りで抱いていた疑問が確信となっていた。生来、人をからかって指差し笑うのがこの召喚士。今回もそれが行われただけだろう、少年はそう判断した。

 間仕切りに遮られてその顔は見えず、聞こえてくる声も至極明るい物だから。だからこそ、召喚士がどんな表情をしているのか、少年も青髪女神も知る事が出来なかった。

「そっか……、少し位わがままを言っても良いんだ……」

 懺悔室を出て行く時に召喚士が零した呟きは、扉を開く音と重なり誰の耳朶も掠める事は無い。

 

 

 何やかんやと在ったが、日も傾いた事で一行は宿屋へと戻る。青髪女神だけはアクシズ教会の秘湯とやらに入る為に未だ居残りではあるが、恐怖心に取りつかれた魔法使いの少女等は是非も無いとばかりに帰還を了承していた。たっぷりと虐められて満足した女騎士も、いつも以上ににこにこしている召喚士も一緒である。

 それから、心身ともに疲れ果てて宿に戻った最弱職の少年は、復活してすっかり元気になったリッチー店主の勧めもあって温泉に入る事にした。

 入浴直前にさりげなく風呂に行くことをアピールしたが、仲間達には早く行けと素気無くされ、今は一人で混浴の露天風呂にどっかりと浸かっている。

「ふっ……、恥ずかしがり屋なおねーさんだ……」

 そして今は、混浴風呂に運よく居合わせた深紅の髪と長い耳を持つ妙齢の女性を、その視線の圧力で撤退させてしまった所であった。要するに、混浴だからってガン見してたら逃げられたのだ。

 普段は何かと強気になれない最弱職の少年だが、大義名分さえあれば幾らでも自身の欲望に素直になれる。それがこの少年の、良くも悪くも味なのであろう。

 風呂に入る直前に、逃げ出した妙齢の女性と野性味の有る男性が不穏な会話をしていたりもしたが、そんなものは療養中なので一切聞かなかった事にした。厄介事に巻き込まれるのは御免であるし、何よりも合法的に女体が見れるのであればそれが優先されるのだ。

「……まったく、人が下手に出ていれば……。やれ入信だ、やれ勧誘だ、なんだかんだなんだかんだ言いやがって……――くそっ、があああああああああ!!」

「うおわあ!?」

 ちなみに、野性味のある男性はアクシズ教徒への不満を爆発させつつ、せっかくの露店風呂にも入らずに出て行ってしまった。叫びと共に投げ捨てられたアクシズ教印の石鹸が、石畳で跳ねて遠くの空へと消えて行く。

「こんな町……――」

「あの人もだいぶやられてるな……。絡まれない様にしようっと……」

 そんなこんなで、だだっ広い露店の湯には、今は最弱職の少年一人である。

 女の人も居ないのなら、ただ湯に浸かるのも飽いて来るもの。背中を流してくれるサービスでも受けようかと腰を上げかけた所で、出入り口の戸を開く音が少年の耳に響いてきた。

 男か女か。それだけでも確かめてからでも遅くはないだろうと、少年は上げかけた腰を再び下ろしてちらりと出入り口に視線を送る。

 湯煙にくゆる空気を割って現れたのは一人分の人影。ひたひたと素足を鳴らして近づいて来るのを見やれば、それは胸元にまでタオルを巻いて体を隠し、長い頭髪をこれもまたタオルで包んで纏めている人物だと分かった。

「すー……、ふー……。よし!」

 第一印象的に女性である事を確信した最弱職の少年は、表面上冷静を装い風呂の縁に両手を掛けながら大きく深呼吸をする。だが、心の中ではガッツポーズと共に大絶叫。擬態を続けながら、獲物が湯船に浸かりに来るまでを耐える。

 あくまでも優雅に、高鳴る鼓動を押さえつけて務めて平素に振る舞う。がっついて逃げられる様な、無様な行為は許されないのだ。目を閉じて全神経を聴覚へと集中し、その時を待つ。

 やがて、新たに入って来た人物は適当にその身を掛け湯で流し、ゆっくりと湯船の中に身を沈めて行く。意外にも、先に入っていた少年のすぐ近くから入り、更にはちゃぷちゃぷと湯を揺らして近づいてきている様だ。

 少年の両の瞳がカッと見開かれる。今しかない。確信を持っての括目であった。

「……やあ、カズマ。良いお湯だねぇ」

「そんなこったろうと思ったよ、ちくしょう!!」

 現実を知った最弱職の少年は、頭を抱えて盛大に喚き散らす。そう、少年ににこやかに話しかけてきたのは、誰あろう少年の良く知る召喚士であった。

 まだ見ぬ女体に思いを馳せていた少年は、血の涙を流さんばかりに大いに嘆く。期待が裏切られた時の衝撃は、急所を抉り込まれたかのような痛みを伴う物である。

「って言うか、何でわざわざそんな格好で入って来たんだよ……」

「……うん? 何かおかしかったかな。めぐみんやダクネスに混浴に入る時のマナーを聞いたら、ちゃんと胸元まで隠せって言われたんだけど」

 困惑して首を傾げる召喚士の言葉に、最弱職の少年は深々と溜息を吐く。少年以外の仲間達はどうも、召喚士を自身等と同じ性別だと思っている為、まるで女人と見紛う様な恰好を教え込んだのだろう。

 そう、一見すると女人にしか見えない様な細い肩に、濡れて体に張り付くタオルの画く体のライン。ぴったりと閉じられた足も内股気味で、普段は見えないうなじにもほのかな色気を感じてしまい――

「カズマ……。そんなにじーっと見て、僕の体に興味があるの?」

「ばっ!? べべべべ別に見てねーしぃ!? ただちょっと、気になって目が行っただけだしぃ……?」

普段から召喚士を男扱いしていると言うのに、顔を真っ赤にしてそっぽを向く少年の姿に召喚士はクスクスと笑う。笑われた少年は大きく息を吐いて、湯船に改めて身を沈める。せっかくの湯治だと言うのに、なんだか途方もない疲労感を味わっていた。

「はあ……、なんか無駄に疲れたな……」

「……ふふっ、カズマはやっぱり面白いなぁ。だから僕は、君の事が好きになったんだよ」

「おいやめろ、その顔でどきっとする事を言うな。そう言うのはせめて、男か女かはっきりしてからやってくれよ」

 それから少年は、やれやれとぼやきながら再び体を湯船に深く沈める。召喚士もその隣に座って湯に浸かり、暫し二人は湯の熱さと心地よさに吐息を漏らす。

 何だかんだと言って、誰かと大きな風呂に入ると言うのは楽しい物だ。温泉の効能で程よく少年の疲れも取れて、表情からも険が取れてゆるーく弛緩して行く。

「ねえカズマ……」

「あん……? どうしたー……?」

 まったりと寛いだころ合いで、召喚士が再び少年に語り掛ける。少年の顔をじっと見ながら、何故かそっぽを向いて視線を合わせようとしない彼に向けて、落ち着いた口調で言葉を続けた。

「カズマ、顔が真っ赤になってるよ。のぼせてきてるなら、無理せずに上がって休んだ方が良いんじゃないかな?」

「……いや、大丈夫だ。ローこそ体力低いんだから、無理せずに先に上がっても良いんだぞ? 俺はもうちょっと温泉を楽しむとするよ」

 お互いに熱を帯びて肌を赤らめさせているが、指摘通り少年の頬は少し過剰に紅潮している様だ。心配からの召喚士の提案だったが、少年はそれを固辞する。それどころか、少年は更に身を捩って、召喚士に背を向けてしまった。

 そんな反応を返された召喚士は、初めはキョトンとしていたが、直ぐに底意地の悪い笑みを浮かべて少年ににじり寄る。そして、少年の肩に触れて背中に寄り添いながら、その耳元にそっと囁き掛けた。

「……もしかして、立ち上がれなくなっちゃった?」

「ちょっ!? やめろよ! 本当に何でもないから、くっつくなよ!?」

 耳に掛かる息がくすぐったかったのか、はたまた触れ合う肌の柔らかさに気恥しくなったのか、慌てた少年が声を上げて召喚士を離そうともがく。

 もちろん召喚士はその程度では離れない。それどころかぐいぐいと体を押し付けて、普段は出来ない様なスキンシップを満面の笑顔で楽しみ出す。

「ねえねえ、何で前かがみになってるの? ねえねえ、なんでさっきよりも顔が真っ赤になってるのかな?」

「おいこら、本当に止め、やめ、止めろー!! お前、全部わかっててやってるだろ!? てめえ、思春期の男子弄んで面白いのかよ!? いい加減にしないとタオル引っぺがして、男か女か直接確認すんぞこらぁ!!」

 意地の悪い質問に、ついには激情を迸らせる最弱職の少年。それでも、召喚士は縋り付くのを止めはしない。頬を歪めて口角を吊り上げ、心の底から楽しそうな表情でじゃれ付いて行くのだ。

「ねえカズマ……。実は僕ね……、生えてないんだよ……?」

「何が!? 分からない、お前が何を言ってるのかわからないし、理解したくもない!! ああでも、ちょっとだけ期待している自分自身が憎い!!」

「ふふふ……、カズマがこんなに慌てるなんて、あの検察官の人には感謝しないと……。ねえカズマ、僕はカズマになら全部見せても――」

 無邪気なじゃれ合いが何時までも続くかと思われたが、この時少年も召喚士もとある事を忘れていた。ここは、混浴の公衆浴場であると言う事を。

「この石鹸ね、食べても大丈夫なの! 天然素材で神聖だから! 入信すると貰えるから!! 今ならポイント二倍だから!! タダだから!!」

「食えるかああああっ!! 綺麗になっちまうわぁ!! ポイントとか耳障りの良い言葉で、誤魔化すのはやめろぉ!!!」

 離れた所から、捕食者の勧誘と犠牲者の悲痛な声が響いて来る。襲われているのはおそらく、先程風呂から上がって行った野性味の有る男であろう。彼はまたもやアクシズ教徒達の魔手に捕らわれ、更なる恐怖を現在進行形で塗りたくられている様だ。

 そんな叫び声のせいで、少年はこの場所が公共の場だと言う事を思い出した。とてもでは無いが、さっきの続きをする様な度胸はこの少年には在りはしない。

 なにより、召喚士の纏う雰囲気が一変していた。叫び声を聞いた途端に、楽しげだった表情を無くして俯いて行く。

「……ロー? どうした、気分悪くなったのか? 大丈夫か?」

「先に上がるね……」

 急に黙り込んでしまった召喚士に、最弱職の少年が心配げに声を掛ける。だが、召喚士の方はそれに応じる事無く、そそくさと湯から上がって立ち去って行ってしまった。

 後に残された少年は、ぽかんとして暫し温泉の中に佇む。

「な、なんだったんだ……? …………、俺も上がるか……」

 それはきっと、召喚士にしかわからない。少年は首をひねりつつも、自身も風呂から上がる為に腰を浮かせて――

「そぉい!!」

「わっ!? お、おい、めぐみん、泳ぐのはマナー違反だ!!」

「ははっ! まあまあ、そう言わずにぃ!」

「ううっ……、こら、何をするんだ!? あっ、あっ……」

「何をいまさら恥ずかしがっているのですか。荒くれ家業の私達が、そんな女々しくてどうするのです!」

「いや、その理屈はおかしい! ああっ、タオルが!?」

 女湯から聞こえて来た魔法使いの少女と女騎士の声を聞くなり、女湯側の仕切りに張り付いて聞き耳を立て始める。最弱職の少年の湯治は、まだまだ終わりそうにも無い。

 

 

 最弱職の少年から離れた召喚士は、静かに憤慨していた。

「いまいましい毒……」

 頭に乗せていたタオルを解いてぶるりと頭を振るうと、湿気を纏った艶のある黒髪が宙を踊る。続いて、体に巻き付いていたタオルにも手を掛けると、一切の躊躇無く脱ぎ捨てた。

 投げ捨てられたタオルが床に落ちる前に、伸びてきた手にはっしと捕まえられる。その手は、いつの間にか現れたメイド娘の物であった。死んだ魚の様な目が、今日はいつも以上にどんよりとして己が主人を見つめている。

「…………自分の体験でもないのに、ずいぶんと記憶に振り回されている様で……」

「……まったくだよ。せっかくいい気分でカズマと過ごしていたのに、毒に過敏に反応し過ぎてそんな気分は吹き飛んじゃった」

 自分に向けられた言葉に同意し、召喚士は盛大に溜息を吐いて、ついでに悪態も吐く。その間も両手はひっきりなしに動いて、新しいタオルで適当に裸身を拭き上げ。最後に、濡れ髪にも構わずに何時ものローブを引っ被る。

 それを見かねたメイド娘が背伸びしながら頭にタオルを被せて、ガシガシと乱暴に主人の頭髪を拭って行く。

「ん、ついでに結い上げもお願いね。自分でやると面倒臭いんだよ、三つ編みって」

「…………この世界は、女神に厳しいと思う……」

 長い髪は乾かすのにも労力が要る。メイド娘はタオルを幾つも取り出しては甲斐甲斐しく髪を拭い、自分が汗だくになる勢いで言われるままに主人の世話をするのだ。

「あの時、遠慮しないでサクッとぶち殺しておけばよかったかな……」

「…………大きな改変は何が起こるか分からない……。…………もしかしたら、次の幹部の登場が早まる可能性もある……」

「……解っているよ。大きな事をすると修正されるのは、借金の時に嫌と言う程理解したさ。だから……、こんなにものんびりと物語を推移しているんじゃないか」

「…………人払いはしてあるけど、大声で話す様な事じゃない……。…………櫛で梳かすから座って……」

 その会話はきっと、聞く者が聞けば驚愕を露わにする物。だが、この場に居る二人は何の気兼ねも無く言葉を発して、むしろ召喚士に至っては口元に薄く笑みまで浮かべている。先程までの不機嫌な様子もどこへやら、髪を拭われ櫛を入れられるのに上機嫌になってた。

「よし、決めた! 明日はカズマじゃなくて、そろそろ動き出す筈のアクアを手伝おう。可能な範囲内で、思いっきりあの毒の妨害をしてやるんだ」

「…………マスターは、アクアに甘い……」

「そりゃあ、甘くもなるさ。地に堕ちた女神なんて見捨てておけないし、今日は良い事を聞かせてもらったからね。それに何より――」

 丁寧に梳かれた後に、何時もの髪型に編み上げられた髪を揺らして。すっかりいつも通りの姿になった召喚士は、自分を呆れた目で見つめて来るメイド娘に微笑み返す。

 底意地の悪い、どこまでも人を小馬鹿にする様な、この召喚士らしい貌で言葉を返すのだ。

「あの子は甘やかされて調子に乗っている時の方が、もっともっと面白い事をするんだから……」

「…………控えめに言って、最低だね……」

 どんどん人格が見慣れた物になって行っている。まるで昔を見ている様だ。メイド娘は自らの召喚主の姿に、遠い過去を想起させられる。

 本当にこの召喚主は『似て』いる、と。召喚士の正体を知るメイド娘は、思わずには居られなかった。

 

 




四章もぼちぼちと佳境。
このまま最後まで突き進みたく思っております。
ご高覧、まことにありがとうございました。


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