【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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三分割の中で、この中編が一番長いです。
あと深夜テンションで一気に書いた物なので、整合性が取れているか少し不安な所もありますがアクシズ教の教えの様な広い心でご覧くださいませ。


第二十一話 中編

 宿泊している宿に全員が集まって、夕餉やら何やらを済ませて各々寛いでいた頃合いで、その人物はおもむろに行動を開始した。テーブルに両手を叩きつけて注目を集め、そこから更に元気よく声を張り上げる。

「源泉が怪しいと思うの!!」

 部屋の中に集まっていた者達全員が声を張り上げた青髪女神を見つめ、そして何事も無かったかのように各々が再び雑談に戻って行く。その薄情な有り様に、青髪女神は涙目になってテーブルをバンバン叩いた。

「ちょっと! 少し位聞いてくれても良いじゃない!! 今日わたしすっごく頑張って、沢山活躍してきたのに!! その私が聞いて欲しい事があるんだから、黙って拝聴するべきだと思うんですけど!!」

「おい、机をバンバン叩くのはやめろよ、他の部屋のお客さんに迷惑になるだろ。お前が活躍したのは夕食の時に嫌と言うほど聞いたよ、これ以上何が言いたいんだお前は?」

 黙っていれば何時までも騒ぎ続けると思ったのか、最弱職の少年が観念して青髪女神をたしなめる。もちろんそれで止まる様な青髪女神ではない。眦にたっぷりと涙を溜めたまま、キッと表情を引き締めて語り始めた。

「どうしたもこうしたも無いわよ! 温泉の殆どは浄化出来て、湖も迅速に浄化できたけれど、犯人はまだ野放しになっているの。このままじゃきっとまた同じ事をしてくるに違いないわ。むしろ、もう既に行動を起こしているに違いないでしょうね。だって、私がアンデッドに敵対するなら絶対にそうするし!!」

 悪辣な者は悪辣な者を知る。つまりはそういう事である。

 汚染の犯人は今夜必ず動き出す。そしてそれは、街中の温泉を同時に汚染できる源泉に違いないと青髪女神は主張した。話を聞いていた最弱職の少年は、半眼になってその根拠を尋ねてみる。

「女神としての私の勘よ!!」

「つまり無根拠なんだな。はい解散ー……」

「なぁんでよぉ!?」

 元来、厄介事には関わりたくないと豪語している少年は、青髪女神の話を根拠の無い妄言と一刀両断。泣きながら縋り付かれるが、頭を手で押しのけて一顧だにしない。他の面々も特に言及する積りも無い様で、この話はここで終わるかに見えたが――

 ただ一人、リッチー店主だけが声を上げてそれを阻む。

「あの……。私が口を挟むのはお門違いかもしれませんが、アクア様の仰っている事はあながち間違いではないかと思われます」

 そう前置いてから、彼女は汚染事件の犯人が妨害を受けて焦り、大規模な作戦を開始するのは十分にあり得る事。そしてそれは、早い程に、夜が明ける前のこの時間帯こそが効果的であると説明してくれた。

 リッチー店主は魔王軍幹部にして、元は凄腕の冒険者でもある。その言葉には信憑性があると、青髪女神を放置していた仲間達もいよいよ騒めき始めた。言葉の重みが違うとはまさにこれだ。

 召喚士はその中で、目を丸くして驚きを浮かべていた。その唇から予想外だと茫然とした言葉が漏れ出し、しかし気を取り直してリッチー店主の言葉に続く。

「……僕も七割程はアクアの意見を肯定するよ。僕達の浄化作業で、相手は多少の事で汚染はし切れないと学習した筈。敵が次に狙うとすれば、街外れに在ってこの街を一網打尽に出来る源泉が確実に狙われるだろうね。でも、なるべくなら、今夜戦いになるのは避けたい所だよ」

「それは、私が爆裂魔法を使ってしまったから、ですね……?」

 召喚士の言葉に応えるのは、今まで女騎士と共に状況を見守っていた魔法使いの少女。彼女自身も、自分のパーティでの役割を重々承知している。爆裂散歩で魔力を使い切った彼女では、パーティの火力足り得ない。

「流石にまだ撃ってから日も跨いでいませんし、今の私は戦力にはなりません。申し訳ないですが、爆裂魔法が必要となれば誰かから魔力を分けていただかないと……」

 コクリと頷いた召喚士に、少女は申し訳なさそうな表情でそう告げる。そしてその少女の言葉で、その場の全員の視線がかつて魔力を譲り渡した事のある青髪女神へと集まった。

「何よ、みんなしてこっち見て……。もしかして私の神聖な魔力を、まためぐみんに分けろって言うの? 言っときますけど、これは私の可愛い信徒達の信仰心が集まった物で、おいそれと他人に分け与えて良い物じゃないのよ!?」

「でも、今回はその可愛い子等を助ける為に使うんだよね。その為に使われるなら、信徒達にとっても救いになるんじゃないかな?」

 もちろん難色を示す青髪女神だが、それをすかさず召喚士は丸め込みに掛かる。悪魔の囁きにも似たその言動に、青髪女神はうーんと腕組みしながら唸りを上げる。最終的に彼女は、どうしても必要になったら分け与えると、渋々ながら了承してくれた。

「と言う訳でカズマ! 早速、皆で源泉に乗り込みましょう!!」

「え、嫌だよ。何で休養中なのに、わざわざ危なそうな所に行かなくちゃいけないんだよ。どうしても行くなら止めないけど、俺は残って温泉にでも浸かってるから頑張ってくれよな」

 いざ冒険へ出発と言わんばかりに青髪女神が笑顔で告げて、それを即座に最弱職の少年が拒否して場の空気が凍り付く。本来パーティのメンバーではないリッチー店主すら乗り気になっていると言うのに、少年には今から出かけるつもりは微塵も無い様だ。

「この男……、今更ここまで来て自分だけ居残る気ですよ。控えめに言ってサイテーですね」

「……うむ。相変わらず小気味いいほどのクズっぷりだ。流石は私の見込んだ男だ。はぁ……はぁ……んくぅ!」

 自分だけは安全圏から離れませんとする少年に対して、魔法使いの少女も女騎士も言いたい放題し放題。少女のドン引きした視線にも、女騎士の息を荒げながらの熱視線にも、最弱職の少年はどこ吹く風だ。

 続いてそんな少年に噛みつくのは青髪女神。そして、珍しく行動的になった召喚士であった。

「ちょっとカズマ、この期に及んでまたヒキニートに戻るつもり!? このままじゃ私の可愛い子達が病気になっちゃうわ。お願いだから力を貸してよおおおおおおっ!!」

「だからヒキニート言うな駄女神。あんな危なそうな奴――いや、毒を扱う様な奴相手に、俺が居ても居なくても似たようなもんだろうが。お前らだけで行って来いよ」

 青髪女神の貶めから入る泣き落としは失敗。最弱職の少年が漏らした言葉に魔法使いの少女がピクリと反応したが、それをさりげなく手で遮り、今度は召喚士が少年に近づき声を掛ける。

「……カズマ、これなんだと思う?」

「あん? お前らが昼間浄化して回った時に貰った商人達の紹介状の束だろ。それがどうかしたのか?」

「うん、正解。これだけの数の商人達から今僕達は信頼を得ているって事だね。でも、もしも、源泉が汚染されて全ての温泉が汚染されてしまったら……、この信頼はどう受け取られるんだろうねぇ……?」

 終始にやにやと口元を歪めながら、そんな事を宣う召喚士。最弱職の少年の動きがぴたりと止まり、次第にその額に汗が浮いて来る。

「もう一度信頼して解決を依頼してくれる人ばかりだと良いのだけれど、そんなお人よしはいったい何人ぐらい居るんだろうね。ああ、もしかした賠償を求めて怒鳴り込んで来るかもしれない……。僕達はアクセルでの冒険者パーティとして認知されているから、その責任はきっと……」

「お、おい、待てよ。お前らがやらかした事なのに、責任は全部俺に回って来るって言いたいのか!?」

 召喚士が流暢に告げる言葉の数々に、少年は完全に狼狽して余裕を無くす。誰だって責任なんてものは、軽々しく取りたくない物だ。それが、自身のあずかり知らぬ所で起きた事であれば尚更に。

「ところで、今さっきカズマは『あんな怖そうな奴』って言いかけたよね」

「言ってない」

 更に、動揺で生まれた心の隙間にねじり込むかのような追撃。召喚士の言葉に、少年は目を逸らしながら咄嗟に否定する。だが、その逃避を魔法使いの少女が横入りして阻む。

「私もそこが気になりました。もしかしてカズマは、犯人が誰かもう知っているのではないのですか?」

「いいい言ってないって言ってるだろ!? お、おいなんだよ皆してそんな目で見て。べ、別に隠してた訳じゃなくて、俺達はあくまで湯治に来てたからだな……」

 自分の仲間達どころかリッチー店主にまでじーっと見つめられて、強気だった少年の言葉尻はどんどんと萎んで行く。元引き籠りのニート生活者には、こんな圧力に耐え切れるほどの胆力は無かった。

 結局、先日の入浴時には犯人の会話を盗み聞いていた事を自白させられて、それを面倒だと言う理由で黙っていた少年が仲間達にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。

 

 

 アルカンレティアの温泉を支える源泉は、アクシズ教の大教会裏手にある山の中に存在している。最弱職の少年のパーティ一行は今、その山を目指して進行していた。

 少年を先頭にして、その背中に向けて口々に悪態を吐きながら。

「まったく、カスマは怠け者で困ったものですね」

「そうだな、流石クズマと言われるだけはあるな」

「ゲスマさんってば、街の危機より自分の安全が大事だなんて、筋金入りのヒキニート根性で言葉も無いわね」

 少年が汚染の犯人について黙っていた事に、青髪女神はもちろん魔法使いの少女も女騎士も大変ご立腹。宿を出てからと言う物、道中常にちくちくと小言を言い続けていた。

「おいお前ら、いい加減にしろよ。確かに黙ってたのは悪かったけど、何時までねちねち言い続けるつもりなんだよ。これ以上言うつもりなら、幾ら温厚な俺でも実力行使で黙らせるからな」

 最弱職の少年もさる者、ただ言われ続けるだけには甘んじない。やる時はやると普段から豪語しているので、このまま責められ続ければとんでもない仕返しをするのであろう。

「まあまあ、皆さんそれくらいで……。無益な争いを避けたいと思うのは誰にでもある事ですし。私だって、なるべくなら戦いたくないと思っていますから」

 険悪になった空気を見かねてか、苦笑するリッチー店主が仲裁に入る。それでとりあえず悪態は止まるものの、女性陣の顔にはありありと不満が浮かんでいた。

「ふふっ、災難だねカズマ」

「このやろう、他人事だと思って……」

 最後に召喚士が少年の隣に並び立ちからかいの言葉を掛け、それに少年が疲れた溜息と共に恨み事を呟く。それの何が面白かったのか、召喚士は破顔して少年の腕に飛び付いた。

 残りの全員があっと声を上げて、少年が顔を赤くして慌てふためく。その様子が面白くて、召喚士は一人声を上げて笑う。険悪な雰囲気など、一瞬で吹き飛んでしまった。

 そんなこんなをしている内に、少年達一行は山の入り口にある山門へと辿り着く。そこには山門の出入りを管理する二人の騎士が立っており、一行は足止めを余儀なくされていた。

「ねえ、この冒険者カードを良く見て! ほら、私は間違いなくアクシズ教のアークプリーストなんだから、お願いだからそこを通してちょうだい!!」

 関係者以外は立ち入り禁止の一点張りで、二人の騎士はアクシズ教のプリーストである青髪女神すら通せんぼ。泣いても誉め殺しても脅しても、まったく話を聞き入れようとしない。

 試しに召喚士が商人達から預かった紹介状を見せ、街中の温泉の浄化をしてきた事を説明し、協力を求めてみたがそれも断られてしまった。曰く、先に入山した温泉の管理人から、今夜は誰も通すなと厳命されており。例え浄化をしてきた功績があっても、自分達の勝手な判断では入山させられないと言うのだ。少年達にとっては、発揮してほしくない職務への熱心さである。

 さあどうした物かと全員が思案に耽ると同時、その視線が自然と一点に集まって行く。両手を組んで何やら考え込んでいる最弱職の少年へと。

 結局、困った時は何とかしてくれるであろう少年に、みんな頼りたくなってしまうのだ。これもまた、確かな信頼の形だろう。

「おいダクネス、数少ない出番だぞ。お前んちの紋章の描かれたペンダント、こいつ等に見せてやれ」

「か、数少ないとか言うな!? と言うか、私が家はそんな不当な権力の行使などしないぞ!!」

 頼りにされた少年が考え付いたのは、女騎士の実家の権力を使う事。基本的にこの世界の貴族の力と言う物は、時に司法の力を飛び越えてしまえる物なのだ。少年はそれを、裁判に掛けられた時に嫌と言う程理解していた。

 実家の名前や力を使う事を快く思わない女騎士は、当然の如くその少年の要求を突っぱねる。肩を怒らせて怒る彼女のその肩に手を置いて、少年は表情を引き締めて説得に掛かった。

「ダクネス、勘違いしないでくれ。俺は別に、お前を貴族のお嬢様だから頼っている訳じゃない。同じ冒険者としての、クルセイダーのお前だからこそこうして頼んでいるんだ。頼む、力を貸してくれないか……?」

「う、お、おお……? そ、そうか、それならば、別にまあ……。そうか、仲間としてか……。うむ、うむ……」

 神妙な面持ちの少年の言葉に気圧されて、女騎士は当惑しながらもごそごそと胸元から紋章入りのペンダントを取り出す。何だかんだで少年の言葉が嬉しかったのか、その口元がだらしなく緩んでいた。

「……チョロイな」

「チョロイですね」

「チョロイわね」

 門番の騎士二人にペンダントを見せながら交渉する女騎士の背中を眺め、少年と少女と青髪女神は真顔になって素直な感想を呟く。結局は権力を利用されているというのに、仲間と言う言葉一つでまんざらでもない様子は、彼女の将来が心配になってしまう。

「ぶふっ……、くっくっくっ……」

「み、皆さん……」

 召喚士がそれに満足げに含み笑いして、声を押し殺す為にビクンビクンと痙攣する。リッチー店主は流石に女騎士が不憫になり、それでもどうして良いのか分からずに困惑するばかりであった。

 げに不憫なり、仲間に餓えた女騎士。

 

 

 相手の一人が上級貴族だと知るや否や、態度を急変させた騎士達は一行をすんなりと入山させてくれた。王家の懐刀と言われるほどの大貴族相手では、さしもの職業意識も形無しの様だ。

 切り立った崖の上の山道を幾らか進んで行けば、すぐさま周囲には温泉独特の臭気と湯煙が立ち込め始める。道沿いに設置された配管のおかげで道に迷う事も無く、一行は順調に源泉へと近づいていた。

「おおい、このお湯黒いぞ!?」

「毒なんですけど! これ、思いっきり毒なんですけど!!」

 辿り着いた先で真っ先に見かけた光景は、幾つかのパイプの切れ目にある湯畑の汚染された光景。温度調節をする為だろうその温泉の溜池は、そのどれもがどす黒く変色していたのだ。

「この様子だと、源泉も既に汚染されてしまっているかもしれませんね……」

「急ぎましょう!」

 魔法使いの少女の呟きに全員が同意して、青髪女神が涙目で急かし立てる。こうまで温泉の汚染を見せ付けられれば、犯人がこの先に居るのは間違いないだろう。更に山頂に近い源泉へと向かって行く。

「ん……? まて、誰か居る……って!?」

 湯煙が風で流れて遠くまで見通せるようになると、最弱職の少年が突然声を上げて駆け出す。千里眼のスキルを持つ彼には、遠く離れた人影がふらりと源泉に向かって倒れ込むのが見えたのだ。

 世間ではゲスだ鬼畜だゴミ虫だと言われる少年だが、元々この世界に来たきっかけは轢かれそうになった見知らぬ少女を救おうとした為である。人助けの為なら、躊躇せずに飛び出せるのは彼の美点であろう。

「危ない! 早まっちゃ駄目だぁああああ!!」

「ふぇ……?」

「……ふぇ?」

 少年が慌てて駆け寄り手を伸ばした先で、野性味の有る眼光の筋肉質な男が源泉に手を突っ込んで間抜けな声を上げていた。男の手の周囲ではボコボコと不自然に温泉が泡立ち、しかも色が徐々にどす黒く染まって行く。

 何より最弱職の少年には、この男に見覚えがあった。この男こそ、少年が温泉で聞いた不穏な言葉を漏らした人物その人であったのだ。ついでに、各所でアクシズ教徒に嫌がらせをされていた被害者であるのも目撃している。

「これはこれは、観光ですか! 実はこの温泉、腰痛肩こり疲労回復美容効果その他憂鬱邪念各種呪いなどもろもろ効果がありまして!」

 少年とその仲間達にバッチリと源泉を汚染する現場を見られた野性味のある男は、その外見に似合わない溌剌とした口調で突然セールストークを始めた。どうやら自分を温泉の管理人だとアピールして、この場を乗り切ろうと判断したらしい。

 最早この男が犯人だと確信しきっている少年はもちろん、召喚士とリッチー店主以外の仲間達もこの怪し過ぎる男の溌剌とした営業トークを半眼になって聞き流していた。

「各国の著名な方々からも大変好評いただいておりまして……ですからですね――んん!?」

 そして順調だった男のトークが、リッチー店主の顔を見た所で唐突に中断される。その時に思い切り顔を逸らしたので、男の首からグキリとエグイ音が鳴り響いた程だ。

「この方、見覚えが……」

「見覚えなんてそんな……、初対面ですよ……」

 先程から頬に指を添えて思案していたリッチー店主が、思考の引っ掛かりを探る様にして口を開く。野性味のある男が首を逸らしたままで否定するが、リッチー店主はパンと手を合わせて喜色の声を上げた。どうやら男の正体を思い出したらしい。

「ああ、ハンスさん! ハンスさんですよね!? ハンスさん、お久しぶりです。私ですよ、ウィズです。リッチーのウィズですよぉ!!」

「だ、誰の事ですか? 私はここの管理人の……。ちょ、ちょっと何を言ってるのか……」

 畳みかける様にして自分の事を語り、ひたすら親し気に話しかけるリッチー店主。それに対して野性味のある男は冷や汗を流しながら背を向けて、何とか否定しようと頑張っていた。

 それにとどめを刺すかの様に、リッチー店主の追撃が続く。

「ハンスさんは、確かデットリーポイズンスライムの変異種でしたよね! ひょっとして、ハンスさんが源泉に毒を入れていたんですか?」

 この決定的な一言で、その場にいる全員が男の正体を察してしまう。最弱職の少年はデットリーポイズンと言う単語に眉を顰め、女騎士はなぜかスライムと言う単語に目を輝かせていた。

「ねえ、ハンスさん! どうして私を無視するんですか? ウィズですよ、ハンスさん!」

「な、何ですか、私はあなたの事なんて知らな――ぽあっつ!? ちょっ、揺さぶるのはやめてください!」

 あくまでとぼけ続ける野性味のある男に、しびれを切らしたリッチー店主がガクガクとその体を揺さぶり始める。彼女はこれで悪意がある訳では無く、ただ知人との旧交を温め様としているだけだと言うのだから性質が悪い。

「ひょっとして、私の事忘れちゃったんですか? ほら、昔魔王さんのお城で――」

「だあああああああああああっ!!! っとぉ、急ぎの用で今から街に戻りますんで……」

 もうワザとやってる様にしか見えない程、致命的な情報がリッチー店主から零れ落ちるが、野性味のある男はそれでもこの場を切り抜けようと大声を上げた隙に立ち去ろうと踵を返す。

 そんな彼の行く手を、当然の様に少年達のパーティが遮った。

「何処に行こうと言うのだ、ハンス!」

「ここは通さないわよ、ハンス!!」

「そんな言い訳が通用すると思うのですか、ハンス!」

「悪あがきは止めて、そろそろ正体を現せよハンス!!!」

 剣を構えた女騎士に、一番殺気に溢れて身構える青髪女神。杖を構える魔法使いの少女に、刀を突き付ける最弱職の少年と続き、全員がもうこの男を逃がすつもりは欠片も無い事を見せ付ける。

 召喚士は一連のやり取りに笑いのツボをやられ、お腹を抱えながら地面でビクンビクンのたうって居た。

「「「「ハンス!!!!」」」」

「ちくしょおおおおおお!! ハンスハンスと気安く呼ぶな、クソ共が!!」

 ここに至ってようやく、野性味のある男は誤魔化すのを止めたらしい。それが生来の口調なのか粗暴さを曝け出し、眼光も態度も今まで以上に粗野になっていた。

「ウィズ、お前店出すとか言ってたじゃねぇか! 温泉街をうろついてないで働きやがれ!!」

「ひ、酷い! 私だって頑張ってるんです! 何故か働くほど貧乏になって行くのですが……」

 とりあえずは先程までの意趣返しか、男はリッチー店主相手に毒を吐く。リッチー店主が涙目になった所で、遠い目をしながら前髪を掻き上げ彼女にそのまま問い掛け始めた。

「はー……。年月を掛け、隠密にやって来たってのに……。ウィズ、確かお前、結界の維持以外では魔王軍に協力しない。その代り俺達に敵対もしないって言う、互いに不干渉の関係だったはずだ……。それがどうして俺の邪魔を?」

「ええっ!? 私、ハンスさんの邪魔をしてしまいましたか!? 久し振りに会ったから、声を掛けただけじゃないですかぁ!」

「それが邪魔になってんだぁ!!」

 かつて高名を馳せたリッチー店主は、何故こうもぽわぽわとした天然になり下がってしまったのか。野性味のある男が幾らシリアスをしようとも、それを許さない謎の緩さを彼女は見せていた。

「……うちのシマを荒らしてくれたのはあんたね。覚悟しなさい……」

 モンスター同士の会話に割り込んで、青髪女神がその瞳を怪しく輝かせながらボキボキと拳を鳴らす。自身の象徴とも言える街に危害を加えられた彼女の怒りは、もはや天元を軽く突破している様だ。

「……どうするんだウィズ、俺とやり合う気か?」

 野性味のある男はそれでもリッチー店主しか相手として認識しておらず、あくまで彼女にだけ交渉を続けている。それは既知であるからと言うよりも、それ以外はどうとでもなると言う様な余裕の表れに見えた。

「この人達は私の友人なんです。話し合いとか出来ませんか?」

「相変わらず、リッチーになってからは腑抜けているんだなウィズ。お前がアークウィザードとして俺達を狩りまくっていたあの頃には、話しあいだなんて言葉は出てこなかっただろうに」

「あ、あの頃は周りが良く見えていなかったというか……」

 リッチー店主の発した言葉に、野性味のある男は嘲りを含めた言葉を返す。図らずも自分の過去をばらされてしまった彼女は、指先をツンツン合わせながら恥ずかしげに俯いてしまう。

 そんな毒吐きと緩い受け流しの応酬を、再び遮る者が現れた。

「ウィズ、こいつとは顔見知りなんだろ? 戦い辛い相手だろうから、下がっていてくれ……」

 それは事の成り行きを見守っていた最弱職の少年。彼は自信満々に刀を構え、野性味のある男に凄んで見せる。少年の所作にも、気楽な相手と戦うかの様な余裕が見て取れた。

「俺の名はサトウカズマ。数多の強敵を屠りし者!」

 そのせいか、調子に乗って紅魔族の様な自己紹介までしてしまう有り様だ。今の少年は、かつて無い程にやる気に満ち溢れている。

 そして、その自己紹介を聞いて、初めて野性味のある男は少年の事を視界に入れた。強敵を屠ったという言葉が、どうやら彼の琴線に触れたらしい。

「か、カズマさん? 確かに私としては、戦う事は遠慮したいのですが――ん!?」

 何やら言いかけるリッチー店主の唇を、少年は人差し指を押し当てて黙らせてしまう。この少年、時折こうして女性の唇に気安く触れる事があるのが悪い癖。普段の女性に対しての免疫の無さは何処へ行ったのやら、たまにギルドの受付嬢も被害に遭っている。

「行くぜ……、相棒――」

「ちゅんちゅん丸」

「違う!」

 可能な限り格好つけて手の中の刀に語り掛けるも、それを魔法使いの少女が邪魔をする。だが、否定しようとも彼の刀の名前は、紅魔族的に格好良い名前なのは確かなのだ。

「……良いだろう。誰もが俺の本性を見ると同時にひれ伏し、許しを乞うて来た……。お前は骨が有りそうだ……」

「最弱モンスターのスライムの癖に何言ってんだ」

 少年の余裕な態度に認識を改めた野性味のある男は、少年達一行を己の敵として認識し闘う姿勢を見せ始める。それに対して、最弱職の少年はかなり舐めた態度でそれを受け止めていた。

「デットリーポイズンなんて名からして毒攻撃してきそうだが、こっちには毒を浄化できるアクアが居る。負ける要素が見当たらない」

 どうも少年の認識の中では、スライムとはとても弱いと言う認識なのが原因の様だ。先程から漏らしている独り言からもそれが窺える。日本生まれの彼には、国民的RPGの影響が色濃く表れているのだ。

 先程の少年の自己紹介への返事の為か、野性味のある男もまた名乗りを上げた。それで、状況は一変する事となる。

「俺の名はハンス。魔王軍幹部の一人、デットリーポイズンスライムのハンスだ」

「…………今なんて? 魔王軍幹部……?」

 少年の余裕だった表情が、一瞬にして引き攣り汗まみれ。奇しくもこれで、少年達は四人目の幹部との出会いとなった訳である。

「ハンスさんは、幹部の中でも高い賞金が懸けられている方です。とても強いので注意を!」

 リッチー店主の言葉で情報の裏が取れた。目の前の相手は確実に魔王軍の幹部であり、高額賞金の懸けられた危険な生き物であると証明されてしまった。

「……な、なあ、スライムってのは雑魚だろ? 雑魚だよな?」

「そんな馬鹿な話、誰に聞いたのだ!? スライムは強敵だぞ。まず物理攻撃がほとんど効かない。一度張り付かれたら終わりだと思え。消化液で溶かされるか、口を塞がれて窒息するぞ!」

 最後の望みを賭けて仲間達に確認をしてみるも、帰って来たのは真逆の認識だ。女騎士は表情を引き締めて忠告し、改めて剣を構えて臨戦態勢を取る。

「しかもそいつは、街中の温泉を汚染できる猛毒の持ち主です。触れたら即死だと思ってください!」

 それに続いて魔法使いの少女も、持ち前の知力の高さを生かした考察で助言を送る。今日はもう魔力を使い果たしているというのに、自分の出来る事はしっかりと役割をこなす優秀さだ。

「大丈夫よカズマ。死んでも私が付いてるわ! でも捕食だけは駄目よ。消化されたら蘇生できないからね」

 最後に青髪女神が、頼もしいんだかそうでもないのか微妙な事を力強く宣言する。何時もの様に気楽には死ねないと言う状況下で、しかし仲間達の誰もが強敵を前にして一歩も引こうとはしていなかった。何と言う頼もしい仲間達、なんと言う強敵との激戦の予感。

 体中から毒々しい瘴気を放ちながら、野性味のある男もまた悪党らしく高々と宣言する。こちらも両手を広げてポーズを取っている辺り、魔王軍幹部としての役どころに完全に浸っている様だ。

「フハハハハハハ!! さあ、掛ってくるがいい、勇敢な冒険者よ! この俺を楽し――」

「んうううううううっ!! すいませーん!! ほんとうにすいませーん!!!」

 最弱職の少年はそんな状況で、大声で謝りながら背中を見せて逃走して行った。

 それはもう、迷いの無い大逃走。咄嗟に反応できたのは青髪女神と魔法使いの少女だけで、リッチー店主や女騎士は遅れて後を追いかける羽目になってしまった。

 もちろん、盛大に格好つけた野性味のある男も置いてけぼりだ。

「………………え?」

 あそこまで大見えを切った相手が、まさか逃げ出すなど夢にも思わなかったのだろう。もう既に豆粒の様に小さくなった少年達の背を見つめながら、男の口から間の抜けた声が漏れる。もうすっかり、体から溢れていた毒の瘴気も消え失せていた。

「……何が数多の強敵を屠りし者だ。アイツも所詮は、他の人間共と同じ口だけの輩か……」

「ふふっ、それは本当の事だよ。まあ、カズマが自力で倒したわけではないけれどね」

 やる気をなくした野性味のある男が、悪態を吐きながら再び源泉へと近づいて行く。そんな背中に、のんびりとした声が掛けられる。その場違いな声の主は、先程まで笑い転げていた召喚士の物であった。

「なんだ貴様、あの腰抜けと一緒に逃げなかったのか。まあ良い、どちらにせよ殺されたくなければさっさと失せろ」

「心配しなくても、カズマは直ぐに戻って来るよ。それよりも、これ以上温泉を汚される方が困るんだよ。アクアが泣いちゃうからね」

 シッシッと手を振って追い払おうとする野性味のある男に、召喚士は笑顔を浮かべたままで無造作に歩み寄る。その様子に男は怪訝そうに眉を顰め、そして召喚士の発した言葉に驚き目を見開いた。

「アクア……、アクシズ教の崇めている忌々しい女神の名か! まさか貴様もアクシズ教徒なのか!?」

 長い雌伏の期間は、男の骨身にまでアクシズ教徒の恐怖を刻み込んだらしい。些細な一言にも、まるで親の仇に出会ったかの様に過敏に反応して見せる。召喚士から飛び退って距離を取り、今までで一番の警戒した表情を見せていた。

「んふふふ、それはそれで面白そうなんだけどね。あいにく僕は神を崇める気はないよ。神も邪神も大嫌いだからね」

「なんだ、違うのか。驚かせやがって……。――なら、もう死ね」

 召喚士の否定の言葉に心底安堵した表情を見せ、そして何気ない素振りで腕を薙ぎ払う。そこから紫色の飛沫が散って、ほんの数適が召喚士の体に触れる。野性味のある男にとっては、それで十分だった様だ。

 口元を笑みに歪めたままで、ぱたりと召喚士が地に伏せる。伏せった体の下に、じわりじわりと赤い液体が広がって行った。

「ふん……、雑魚が……」

 吐き捨てた男が再び源泉へと手を伸ばす。この時男は、自分の毒で召喚士は即死したと確信していた。彼の毒は、その名が示す通り猛毒なのだから。だからこそ、次に起こった出来事に理解が及ばなかった。

「……酷いなぁ、死んじゃったじゃないか。これ結構苦しいんだからね? 毒を浴びるのには慣れてるけど、触れただけで死んじゃうなんて最悪だよもう」

「貴様……。毒耐性のスキルでも持っているのか?」

 即死したはずの召喚士が、変わらぬ笑顔で野性味のある男に語り掛けている。口元から吐血の残滓を零し、襟首を巨躯の狼に咥えられて体を弛緩させながら。それでも毒を受けた筈の召喚士は、確かに目を開いて口を利いていた。

「そう言うのはダクネスの役目さ。僕自身には何の力も無い。ただ、時が来るまで、条件が揃うまで、死ぬことが出来ない。それだけの存在だよ」

 召喚士の背後には既に呼び出されていた巨躯の狼と、続いて呼び出された眠たげな瞳の大蛇が立ち並び闘う意志を示している。その二体の姿を見せ付けられ、野性味のある男は改めて全身から濃密な毒気を発散させた。どちらも、もう

互いの事を明確な敵だと認識している。

「はったりなど聞く耳持たん。それならば頭から丸呑みにして、消化され続けても生きていられるか試してくれるわ」

「おお、怖い怖い。ヨーちゃん、フーちゃん、カズマが来るまでおもいっきり時間を稼ぐよ」

 毒気と共に鋭い殺気を放つ男に対して、召喚士はあくまでも持久戦の構えを取る。元より、この二体の召喚獣では決定力に欠けるのだ。最弱職の少年のパーティは、一人一人では成り立たないのが前提である。

「はっ! あんな腑抜けが、本当に戻って来るとでも思っているのか? よしんば戻って来たとして、口だけの雑魚が何の役に立つ物か!!」

 少年が帰って来る事を信じる召喚士に対して、野性味のある男はそれを嘲笑う。役に立たない物にすがるとは、なんと愚かな事かと。

 それに対して、召喚士は自信を持って笑みを浮かべていた。

「わかって無いなぁ……。カズマは本当に誰かが困ってる時には、『しょうがねぇなぁ』って言いながらなんとかしてくれる人なんだよ」

 力の入らない体をだらんと弛緩させ。それでも視線だけは、目の前の男に負けてなるものかと力強く見返し続ける。召喚士が微笑んでいられるのは、先を知っているからではない。強い信頼があるからだ。

「そして、君も最後には倒されるんだ。他の幹部やデストロイヤーと同じ様に、ね」

「ならば、貴様の後にその男も喰らってくれるわ!!」

 叫ぶや否や、野性味のある男の身体が内側から膨れ上がる。明らかに人の身を越えて膨張する体積は、人の皮から溢れ出してその本性を星空の下に露わにさせた。本能のままに貪り喰らう、魔王軍幹部の正体を。

 こうして、召喚士の孤軍奮闘が始まるのであった。

 

 




戦闘不能と死亡。どちらも『死んだ』と表現されるものですね。
システムの違いと言う事でどうか一つ。

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