【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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これにて第四章も終了。今までお疲れ様でした。


第二十一話 後編

 時は少し遡り。逃げたした少年達は元の山道を全速力で下っていた。元々山肌と崖意外に何もない一本道なので、迷う事も無くあっと言う間に下山してしまえるだろう。

「ちょおっ! なんで逃げるのぉ!!」

「馬鹿野郎、早く来い! ヤバいヤバいヤバい、アイツは今までで一番ヤバい!!」

 逃げ出すのに否定的な青髪女神を罵倒してまでも、最弱職の少年はひたすらに山の出口に向けてひた走る。例え幾度も強敵を倒して来たと言っても、今回ほど自分の死が間近にある状況など経験が無い事だ。自分が弱者である事を人一倍知っている少年としては、仲間を連れて逃げ出すのが最適解で間違いはないのである。

「ああ……、スライム……、スライムが……」

「ダクネス! 流石にあれは死にます!!」

 女騎士は別方向で何やら落ち込んでいる様だが、魔法使いの少女が諭しているので問題は無いだろう。後は街に帰って冒険者ギルドなりに報告し、全てを他人任せにしてしまえば死ぬ事は無いはずだ。仲間も自分も助かる為には、この撤退は決して間違いであるはずが無い。

「ちょっと、ちょっと待って! ストップすとーっぷ!!」

 しかし、青髪女神が再度騒ぎ出したので仲間達が足を止めてしまった。仕方ないので少年も足を止め、再度逃げ出す為にもまずは話を聞いてやることに決める。

「私達が逃げ出したらその間にあいつはまた温泉を汚染させてしまうわ! 今直ぐ引き返さないと、取り返しのつかない事になっちゃうわよ!!」

「……ん、もう源泉は諦めようぜ。どうせアクシズ教徒なんて要らない子達だし……」

 それは少年の偽らざる本心であった。元々源泉に犯人探しに来るのさえ嫌だったのだ、それが散々嫌がらせを受けたアクシズ教徒の為ならばなおさらである。

「なぁに言ってんの、ねぇ!? この街のアクシズ教団が崩壊しちゃうぅぅぅぅっ!!」

「「良い事じゃないか(ですか)」」

 もちろん青髪女神は泣きながら反論するが、それには少年どころか魔法使いの少女までもが賛同してしまう。二人とも旅行の間に、相当アクシズ教徒に可愛がられたので無理もない事だが。

「わああああああっ!! ああっはっはあああああっ!!!」

「あ、アクア様をからかうのはやめてください!!」

 仲間二人から見捨てられた青髪女神は、その長い髪を振り回しながら泣き喚いてしまう。見かねたリッチー店主が二人を注意する程の錯乱ぶりである。

 と、そこで、今まで傍観していた女騎士が、やや緊張させた声を張り上げた。

「おい、ちょっと待て。ローがついて来ていないぞ」

 その言葉に全員が驚き、ついで視線を戻ってきた山道へと向ける。体力の無い召喚士の事だから、途中で力尽きているかと期待したが姿は無い。前述の通り崖と山肌しかない道なので、隠れている可能性も無いだろう。

 そして、誰かが声を上げる前に、元来た方角からずるりと巨大な物が鎌首を擡げるのが見えた。

「っ!? あれはローが呼びだした召喚獣か?」

「あれは、ハンスさんです! 元のスライムの姿に戻ったみたいですね」

 少年の疑問にはリッチー店主が直ぐ様に答える。これで後の問題は、何故元の姿に戻ったかだが、これはわざわざ口に出す必要も無い事であろう。今はこの場に居ない召喚士が、アレと戦っていると言う以外にあり得はしないのだから。 

「これは……、何と見事なスライムだ! 惜しい!! 毒さえなければ、我が家に連れ帰ってペットにしている所だ!!」

「脳味噌溶かされてんのかぁぁぁっ!? いい加減にしとけよこのド変態が!!」

 とりあえず場違いに喜んでいる女騎士には、ツッコミと言う名の罵倒を入れておく。無論のことその罵声でも、女騎士は大いに悦んで身を震わせていたが些細な事だ。

 全員の視線が、当然の様に少年に集まる。誰もの目が雄弁に語っている。退くか戻るか、どうするのかと。

「……………………、行くに決まってんだろ!! しょうがねぇなああああああああああっ!!」

 誰だって自分の命が大切だ。それを守る為になら、プライドも名誉も捨て去る事をいとわない瞬間が誰しもあるだろう。

 でも、この少年は誰かを助ける為なら動いてしまうのだ。自らの身の安全も顧みず、助ける為に危険に身を投じてしまえるのだ。それだからこそ、彼はこの世界に来る事になったのだから。

 仲間達も、少年の叫びに微笑みと共に頷いて見せる。見捨てるなんて選択肢は、最初からそこには存在していない。何時もは自分勝手な青髪女神ですら、早く行こうと少年の袖を掴むほどである。

 少年達は全員揃って、召喚士が奮闘する場に駆け出した。

 

 

 召喚士の戦況は、端的に言って不利であった。

 元々が決め手に欠ける召喚獣二匹と、動く事の出来ない召喚主。巨躯の狼は軟体生物の振りまく猛毒の飛沫から主を守る為に逃げ回り、巨大な蛇の方は毒こそものともしないが物理攻撃を通す事が出来ないでいた。

 純粋に、相性が悪いのだ。

「せめてヨーちゃんを本来の力で呼びだせれば、丸呑みにして終わりなのになぁ……」

 狼に咥えられながら緊張感無く喋る召喚士だが、その唇からは未だに鮮血が零れて胸元を汚している。死なないと言うだけで、毒が消えた訳では無い。喋る度に、呻く度に、確実に体を蝕まれ、激痛と爛れを生み出していた。

「ごふっ、はっ……。なんて不便な体だ。今回ばっかりは本当にきついよ……」

 この上、生きたまま消化され続ける等と言う、洒落にならない責め苦は味わいたくも無い。いつもへらへらとしていた召喚士だが、この時ばかりは必死にならざるを得なかった。

 しかし、そんな時間稼ぎにも限界は訪れる。

 体当たりと噛み付きで牽制していた巨大な蛇の妨害を掻い潜り、遂に振りまかれる毒の飛沫が逃げ回っていた巨躯の狼を捉えてしまう。

 短く悲鳴を上げた狼は一瞬足を止めてしまい、その体めがけて次々と雨の如く猛毒交じりの消化液が降り注ぐ。最早巨躯の狼に残された選択は、その体で少しでも主人に降り注ぐ被害を受け止める事だけであった。

「あぐっ! お……、おご……」

 体力を失い強制送還される狼が、直撃の寸前に己が主人を投げ飛ばし、召喚士だけは難を逃れたがそれだけだ。元より戦闘不能の主人はまともに受け身も取れずに地に投げ出され、ごろごろと転がってから止まるも身じろぎ一つ出来ないでいる。

 そんな召喚士に向けて、巨大な蛇を半ば飲み込みかけている猛毒の軟体生物が食指を伸ばす。宣言通りに召喚士を丸呑みにして、捕食してしまおうとしているのだ。

「あは……、嫌だな……。カズマに溶かされてる所なんて、見られたくなかったなぁ……」

 何時もは眠たげな瞳を見開いて巨大な蛇が暴れているが、猛毒の軟体生物はものともしない。召喚士に伸ばされる毒の塊の触手は、もう既に眼前まで迫りつつあった。直ぐに召喚士の体も、軟体生物の体の中に漂う無数の生き物の骨と同じ目に遭わされるのだろう。

 召喚士はやはり最後まで笑みを絶やさず、瞳だけをゆっくりと閉じてその時を待つ。

「『カースド・クリスタルプリズン』ッッ!!」

 目前に迫った食指が、後方から一直線に伸びて来た氷塊の柱に薙がれて凍結させられた。数舜遅れて氷塊が砕け散り、巻き込まれた食指も粉々に砕け、その分軟体生物の体積が減る。

 それだけで、召喚士は己の待ちわびていた者達の到着を知るのだった。

「怖いんですけど……。私があのスライムの中に管理人のお爺さんが浮いてるって言ったら、ウィズがすっごい怖い顔になっちゃったんですけど……」

「おい馬鹿やめろ、そんな事言ったらこっちに怒りが向くかもしれないだろ! それより俺達は、今のうちにローを助けに行くぞ!」

 動けない召喚士からは姿が見えないが、青髪女神と最弱職の少年の声が聞こえる。たったそれだけの事なのに、召喚士は胸が熱くなるのを感じてしまっていた。

 複数の足音が近づいて来て、程なく召喚士は待ち人達に救出される事となる。

「ハンスさん……。私が中立でいる条件は、戦闘に携わる方以外の人間を殺さない方に限る……、でしたね? 冒険者や騎士が戦闘で命を落とすのは仕方のない事です。冒険者はモンスターの命を奪う事で報酬を得て、騎士は住民を守る代わりに税を取り立てている。対価を得ているのですから、命のやり取りも仕方ありません……」

 猛毒の軟体生物に魔法を放ったリッチー店主は、その全身から凍える様な冷気を放ちながら、一歩一歩と相対者に向かって歩み寄っていた。彼女が歩む度に、地面に霜が広がり草花が凍てついて行く。

「ですが、管理人のおじいさんは何の罪も無いじゃないですか!!」

 叫びと共に顔を上げた彼女は、普段の緩さなどかなぐり捨てた鋭い眼光を放っている。これこそが彼女の、現役当初に氷の魔女と呼ばれて敵味方から恐れられていた本当の姿なのであろう。

 叫びを受けた猛毒の軟体生物は、しかしそれに言葉では無く吠え声で応じる。最早人の姿だったころの知性は欠片も無く、今あるのは無尽蔵の食欲と言う原初の本能のみであった。

 奇しくも魔王軍幹部同士の対決の様相を見せる戦いの場だが、少年のパーティメンバー達も蚊帳の外でいるつもりはない。しかし、相手が巨大すぎる事と、その身が毒の塊である事で非常に対処がしづらい状況だ。今はまだ、召喚獣の巨大な蛇が拮抗して抑えているが、それも何時まで持つか分からない。

「こんな奴、私の爆裂魔法で木っ端微塵にしてくれます!!」

「止めて! そんなことしたら、この山自体が汚染されちゃう!!」

 戻って来る前に青髪女神の魔力を分け与えられたであろう魔法使いの少女が張り切るも、その青髪女神に爆散させるなと言われてしまう始末である。何より今の爆裂魔法は、機動要塞を粉砕せしめた時よりも強力なのは間違いないのだから。

「くそっ! ウィズ、何とか出来ないのか!?」

「今の私の魔力では、あの大きさを凍り付かせる事は出来ません! 何とか小さく出来れば……」

 最弱職の少年がリッチー店主に解決を求めるも、逆にアレを小さくしてほしいと言われてしまう。毒を撒き散らさずに、尚且つあの巨大な不定形の体積を減らせなど、無理難題と言う物だろう。

「カズマ! 何時もみたいに、小ズルいこと考えて何とかしてくださいよ!!」

「なんだぁ? ……小ズルいとか言うなよ……、こら……」

 さしもの少年もお手上げ状態。魔法使いの少女から頼られたとしても、今回ばかりは都合の良い解決策など簡単には浮かんでこない。

「カズマ……、大きな穴が在れば、爆裂魔法を撃っても毒の飛散は防げるよね……?」

「ロー!? お前、無理すんな! って言うか、一人で無茶しやがってばっかやろうが!」

 そんな時、青髪女神が解毒と回復の魔法を掛けていた召喚士が、少年の腕に抱かれたまま弱々しく声を上げた。少年に怒鳴られてしまうが、それでもなお召喚士は言葉を続ける。少年の手を掴み、じっと視線を合わせたままで。

「僕が、場を作る、から……。カズマなら、思いつくよ、ね……? きっと、ぜんぶ、丸く収め、られる、方法を……」

 途切れ途切れに言葉を紡ぎ、しかし確かな力強さを持って少年に言葉を届ける。血に塗れた唇が、何時もの様に弧を描いて、少年の行動への期待を示していた。

「お前、終ったら説教だからな……」

 少年は短くそれだけ言って、召喚士の体をゆっくりと地面に横たえさせる。召喚士は苦しげな吐息のままで、それでもパッと華やぐ様に笑って見せた。まるで、構ってもらえたのが嬉しい幼子の様に。

 する事を決めてしまったのなら、後はやってしまえばいい。きっと今がその時だ。BGMが掛かるなら、きっと主題歌が流れている頃の筈だろう。

「アクア! 完全に消化されてなければ、蘇生は出来るか!?」

「え、あのおじいさんの事? それだったら骨が残ってるからできるわよ!」

 第一条件として、青髪女神に蘇生の条件を確認しておく。そして、希望通りの解答が得る事が出来た。彼女がしている勘違いなど、一々指摘している暇など無い。

「ウィズ! アイツが小さければ氷漬けに出来るんだな!?」

「え? ええ、今の半分くらいになれば……」

 第二条件として、リッチー店主はどの位まで削ればいいのかの答えをくれる。流石は、優秀な冒険者だっただけの事はある的確な回答だ。

「めぐみん! 撃たせてやるぞ、あっちで待機してるんだ!」

「う、撃って良いんですか!? 撃ちますからね!!」

 肝心要の魔法使いの少女は、確認するまでも無くやる気は万端だ。賢い彼女なら、細かい指示は出さなくても最適な爆裂を見せてくれるだろう。少女は嬉しそうに指示された場所に駆け出して行く。

「私は飛び散るハンスから、皆を守ればいいのだな?」

「そういう事だ、頼りにしてるぞ!!」

 女騎士は自分から何をするべきか確認して来る。少年が期待できる事も、彼女が出来る事もただ一つ。守る事なら、この女騎士の右に出る者など居ないのだから。自然に笑みが浮かんで、互いにサムズアップを送り合う。

「ロー! こうなったらもうお前任せだ! 全力でやっちまえ!!」

「……送還。そして、全力召喚。ヨーちゃん、星空に浮かんでおいで……」

 最後に召喚士に呼びかけて、少年は全力で猛毒の軟体生物に向かって駆け出した。

 それに合わせて、必死に捕食に抵抗していた巨大な蛇の姿がフッと掻き消える。突然対象が消えた事で軟体生物が慌てるが、その頭上にサッと影が落ちて意識を頭上に向けさせた。

 はたして、見上げた先には召喚士が全力で召喚した蛇が浮かんでいる。いつぞやにアクセルの街を洪水から守った、城壁の様な巨大なその姿。それが今、ボールの様に丸まりながら源泉の沸き出す山に墜落してきていた。

 程なくして響き渡る轟音と、襲い来る地震の如き大振動。巨体の軟体生物すら揺るがす程の墜落物は、山肌に巨大な穴ぼこを空けてから、さらさらと空気に溶けるように消え失せて行く。もとより、全力での召喚は数秒程度しか維持できないのだ。

「温泉街に魔王軍の幹部登場とか、ゲームバランスどうなってんだ! こっちを見ろハンス! お前の餌は、俺だ!!」

 あまりの唐突さに我を忘れた軟体生物に、横合いから最弱職の少年が渾身の魔法を叩きつけた。少年はそのまま、全力で生み出されたばかりの穴に向かって走って行く。

 それは初級魔法で生み出した土塊を、同じ初級魔法で生み出した水流で作った泥水だ。初級の土魔法は肥沃な畑を作り出すと言う、青髪女神が馬鹿にし倒した魔法である。だが、肥沃であると言う事は、栄養満点であると言う事で、それを与えられた悪食は歓喜に戦慄きながら少年の後を追い始めた。理性を捨てた本能の塊には、抗いがたい魅力であったのだ。

「爆走、爆走、爆走。最高最強にして最大の魔法、爆裂魔法の使い手、我が名はめぐみん。我に許されし一撃は、同胞の愛にも似た盲目を奏で、塑性を脆性へと葬り去る。強き鼓動を享受する!」

 囮になった少年を追いかける様な形で、紅魔族的にカッコイイ詠唱を唱える魔法使いの少女。彼女の瞳は魔力の高まりと興奮で赤く輝き、宵闇に残光を漏らす。

 やがて足を止めた彼女の眼前では、猛毒の軟体生物を引き連れた最弱職の少年が蛇の作った大穴に飛び込む所であった。

「お前の運の尽きは、この街に来た事じゃない! 俺達を相手にした事だ!!」

 叫びながら飛び降りた少年を追いかけて、軟体生物も穴の底を目指して滝の様に落ちて行く。その先に居る、少年をあっさりとその体内に飲み込みながら。

「後は任せたぞ、皆ああああああ!! がぼぼぼぼぼ!!! うぎゃああああああっ!?」

 猛毒にして貪食な軟体生物に取り込まれ、最弱職の少年はあっさりと衣服と骨を残して消化されてしまう。だが、この時点で少年の策は全て整ったのだ。

「哀れな獣よ、紅き黒炎と同調し、血潮となりて償いたまえ! 穿て! 『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 魔法使いの少女が全力を賭して呪文を撃ち放つ。大穴の上に浮んだ多重魔法陣が、少女の杖から撃ち出された魔力に貫かれ、穴の底へと向かって紅蓮の爆砕を振りまいた。青髪女神の魔力を使い、紅魔族随一の魔法使いが解き放った最強呪文は、かつての機動要塞を粉砕した時よりも数段に大きく、力強く轟音と破砕を轟かせる。

「アクア……。たぶん全部は防ぎきれないから、今の内から浄化の準備を……」

「待て、危ない!!」

 爆裂魔法の暴虐は、軟体生物の体を周囲に飛散させてしまっていた。仲間の元に飛んで来た猛毒の塊を、女騎士は両手を広げて全てを受けきって見せる。その陰に守られながら、召喚士の指示で青髪女神が浄化の為に全身に魔力を漲らせて行く。

 果たして、穴の底には軟体生物の残りカスの様な物しか残ってはいなかった。だが、それは微かにぴくぴくと蠢き、まだ生きている事を示している。

 そうである以上、追撃は止まらない。

「『カースド・クリスタルプリズン』ッッッ!!!」

 穴の底に降り立ち、直ぐ様に高めていた魔力を解放したリッチー店主が、再び上位の凍結呪文を撃ち放つ。掌から迸った冷気は地中から牙の様な氷柱を競り上がらせて、軟体生物の残骸を取り囲む。

 更には地面に巨大な魔方陣が浮かび上がり、それに合わせて氷柱が細かく粉砕、直ぐに渦を巻く氷の嵐へと姿を変える。

「はあああああああああっ!!」

 リッチー店主が気合と共に、冷気を放っていた掌を握り込む。連動した氷の嵐が小さく一点に凝縮して、猛毒の軟体生物はその一遍までもが氷柱の中に閉じ込められた。少年の組み立てた作戦は、全てが全て上手く運び、強大な魔王軍幹部を倒して見せたのだ。

「はぁ……、魔力が尽きる前に、ハンスさんを止める事が出来て……、良かった……」

 全ての魔力を使い果たしたリッチー店主が倒れ込み、それと同時に氷柱がひび割れ崩壊して行く。恐らく、穴の上では魔法使いの少女が、同じ様に魔力切れで倒れ込んでいる事であろう。

 粉々に砕け散り動く事も無くなった魔王軍幹部の傍で、最弱職の少年の骨が早く蘇生しろとばかりに転がっているのであった。

 

 

 ずりっずりっと、這いずる音がする。爆裂魔法の跡地から光り輝く浄化魔法の魔力が迸るのを背に、その軟体生物は這いずりながら逃走している所であった。

「おのれ……、おれのれぇ……、クソ共が……。この俺をここまで追い詰めやがって……」 

 それは毒々しい色をしたクラゲの様な軟体生物だが、確かに数分前まで少年達と戦いを繰り広げていた魔王軍幹部である。

 さしもの魔王軍幹部も、機動要塞を滅ぼしたほどの爆裂魔法が相手ではひとたまりも無かった。身体を爆散させれた際に飛び散った飛沫が、何とかより合わさって復活する事が出来たのだ。

 普通の爆裂魔法であれば、まだ反撃する余力もあったかもしれない。だが今は、恥も外聞も無く、這う這うの体で逃げ出すより他無かったのである。

 それは、この上ない屈辱であった。ほの暗い復讐の念が、今の彼を突き動かす。

「だが、見ていろよ。直ぐに食って食って食らい尽して、再び元の肉体を取り戻してから、奴らをぶち殺してやる!」

 こんな姿になりながらも、この魔王軍幹部は諦めてはいない。本能の赴くままに食欲を満たし、直ぐにでも復讐をしてやろうと画策しているのだった。

 そんな彼の前に、都合良く一人の少女が現れる。

「はっ、アクシズ教徒だろうと構うものか、俺様の血肉となれぇ!!」

 その少女は、メイド服を着ていた。長い黒髪を太い三つ編みにしてから、首にマフラーの様に絡み付けている。そして、赤と青のそれぞれ違う色の瞳を、死んだ魚の様な眼にしていたのだ。

 その少女の事を知らぬ幹部は、喜び勇んで少女へと飛び掛かった。

「…………『デス』……」

 人差し指を差し向けて、ほんの一言呟く。アルカンレティアを騒がせた汚染騒ぎの犯人は、ただ一人のメイド娘に見守られながらあっさりと死を迎えたのだった。

「…………帰ろ……。…………今度こそ、ゲームでゆんゆんに勝たなきゃ……」

 そのメイド娘もまた、虚空に溶ける様にして消え失せ、そして誰も居なくなる。

 

 

 そして、少年達は街を救った英雄として盛大に歓迎され――はしなかった。

 青髪女神が気合に気合を入れて行った浄化作業によって、山の汚染が全てきれいさっぱり取り除かれて、ついでに全ての沸き出す温泉がお湯に変わってしまったからである。

 そうなればもう、街はてんやわんやで歓迎どころではない。浄化を感謝していた商人達も手の平を返して少年達を責め立てて、責任を追及されてしまう始末であった。

「私頑張って浄化しただけなのにぃ!! なんで皆に怒られるのよぉ!!!」

 当然青髪女神は泣いた。泣いたからと言って許してくれる訳も無く、その騒ぎを収める為に賠償金として、魔王軍幹部の討伐報酬は全て街へと寄付する事になってしまったのだ。

 その配当を担う事になったのが、推薦状を集めた商人達だ。彼等は現金な物で、補償金さえ手に入るならばと街と少年達の間を取り持ってくれた。

 だが、金を払ったからと言って、怒りまで綺麗さっぱり消え去る訳でも無い。少年達の一行は、馬車に飛び乗って街を逃げ出す事となり、町の住民達はあらん限りの投擲でそれを見送ってくれる。石やらリンゴやら石鹸やら洗剤やらが投げつけられて、青髪女神はまた盛大に泣いた。

 女騎士は一人だけうっとりしていた。何時もの事なので仲間は全員スルーである。

 帰り道は誰も彼もが疲れ果てて、来た時の様な観光気分など微塵にも無い。誰もがぐったりと席にもたれ、中でもリッチー店主は青髪女神の浄化の影響を受けて半透明になっている。その耳元で、どこかで見た様な首無し騎士が『ほら……、こっち来いよ……』と言っている様な気がするが、恐らく気のせいであろうと少年は思い込む事にした。

「結局、湯治になんてならなかったな……」

「でもまあ、面白かったから良いんじゃないかな?」

「そりゃお前とダクネスだけだろ……」

 馬車の荷台に追いやられた少年が旅の思い出に悪態を吐けば、隣に座る召喚士がニコニコした笑顔で応える。その答えですら少年には深い疲労を感じさせられてしまう。出来ればもう、家に引きこもってのんびり暮らしたい物だと、改めて実感させられてしまう旅だった。

「いっぱい思い出が出来たよ。きっと、もう、満足できちゃうぐらいの思い出が……」

「ロー、お前……」

 その時、召喚士は笑顔を浮かべながら、泣いていたのかもしれない。

 その事を少年が問い質そうとした時、客車の窓から青髪女神が頭を出して大声を上げた。

「ねえねえ! ほら見て、アクセルの街が見えて来たわよ!!」

 その声につられて、召喚士は荷台から身を乗り出して前方を眺めに行ってしまう。そのせいで少年は、問い質すタイミングを逃してしまった。

「まあいいか、時間はいくらでもあるしな」

 そんな風に考えて、少年もまた久方ぶりに見るアクセルの街の景色を眺める事にした。きっとこれからもあの町で楽しい事が起きて行くのだろう。大変な事も起きて行くのだろう。何の変りも無く、ずっと。

 この理不尽で取り留めも無く残酷な、素晴らしい世界に祝福を、なんて心の中で気取って見せる。

 

 

 そんな、在りもしない事を、考えていたのだ。時間など、もう残ってはいないと言うのに。

 

 




この作品は四章までと言ったな。あれは嘘だ。
もうちょっとだけ続くんじゃよって事で、次からは最終章の種明かし編です。

それでは、ご観覧ありがとうございました。
また次も良ければ見てやってくださいませ。


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