【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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最終章一話目。ようやく最初に思いついた話を書けそうです。


最終章
第二十二話


 気が付いた時には、彼はその空間に居た。

 見渡す限りに白一色で、自分の体以外はまったく何もない開けた空間。あまりにも世界に色が無い物だから、自分が立っているのか浮んでいるのかさえ分からない。もしかしたら落ち続けているのかもしれないし、逆に登っているのかもしれないが定かではなかった。

「何だここ……、俺また死んだのか……?」

 彼は初め、この空間は死後の世界ではないかと思い浮かべる。しかし、それはすぐさま自分で否定した。

 何時も通い慣れている死後の世界は、こんなに殺風景なものでは無い。満天の星空の様にも見える黒い空間の中に、向かい合う二つの椅子が存在するのが良く知る場所だ。そして用途に応じて、幾許かの家具が追加される様な不可思議さも併せ持っている。

 だからこそ、今居る空間の異彩には動揺を隠せずにいた。

「今度はいったい何に巻き込まれたんだよ……。ラノベやゲームの主人公がする事だろ、こういうのは……」

 軽口を叩いてみても、周囲に応じてくれる者も無し。虚しさばかりか、心細さが沸き上がる始末である。小心者にこの仕打ちはいかがなものだろうかと、内心で泣き事を言っていた。

 だが、いつまでも嘆いている訳にも行くまいと、彼は改めて意識を持ちなおす。とりあえず周囲を見渡し、とっかかりでもないかと視線を彷徨わせて――

「ダメだよカズマ、もう時間切れなんだ。君の物語は、もう終わってしまったんだよ」

 目の前に人が立っている事に、今初めて気が付いた。

 それは黒髪と黒目を持つが日本人とは違う容貌を持つ、全身を見慣れたローブで包み込みフードを目深に被る存在。

一見すると不審人物ではあるが、彼にはそれが誰なのか一目で分かった。

「ロー!? お前もここに居たのか! って言うか、今どうやって目の前に現れたんだよ」

 最初こそ酷く驚愕したものの、見知った顔が見れたのは嬉しく思える。彼は口元に笑みを浮かべながら語り掛けた。一人でなければ、少なくとも心細さは紛れるだろうと。

 だが、それに対する返答は、酷く無味乾燥な物であった。

「残念だけど、仲良しこよしと話している状況じゃない。時間切れだって言っただろう? 忘れてしまったのかい、あの最後の日に何があったのかを」

 言われて思わず両手を組み、うーんと唸りながら頭を悩ませる。こんな風に言うのだから、その最後の日とやらにこの状況を改善する何かがあるのだろう。

 少しずつ思い出して行く。あの日、あの瞬間に何があったのか。

 

 

 その日の最弱職の少年は、非常に上機嫌であった。

 最近出会った、弟子の様な存在の後輩冒険者との仲も良好。ギルドの受付嬢に頼りにされて、紹介された難解なクエストも見事に攻略して見せた。

 数多の強敵達と渡り合い、街で噂になる程に金を稼いでいる実力者。そんな自負の心が、少年の気分を高揚させていたのだ。自分に酔っていたとも言い換えられる。

 ……本当の事実を知るまでは。

 用意された環境と、画策された依頼。ようするに、煽てられて乗せられて、塩漬けクエストの消化をさせられ。慕って来たと思った後輩は、金で雇われただけのハリボテだったと言う事だ。

 それだけならまだしも……。

「プワーックスクスクス!! カズマさんってば、超プルプルしてるんですけど!」

「わ、笑ってはいけませんよ。愛想つかされるどころか、こんなオチだったなんて!」

「くっ、くふっ……。ま、まあ、皆で優しくしてやろうではないか……、ブフーッ!!」

 後輩が出来てそっちに掛りきりだった為に、最近不機嫌だった仲間達にはいい気味だと笑われ。

「あ、あの、カズマさんて前から思ってたんですが、あの!」

「わ、私は依頼を受けただけですし、カズマさんにあこがれてたのは本当で……、あの!」

 自分を騙していた二人が、苦し紛れに自分を誉める為に言った言葉が本当に心に刺さった。

「「カズマさんって、そこはかとなくいい感じですよね!!」」

 もうちょっと何とかならなかったのか。そんなに、自分は誉める所が見つから無い程残念な奴なのかと。それでもう、気分はどん底を通り越して、果ての無い奈落へ一直線だ。

 二人の下着を窃盗スキルで剥ぎ取って復讐し、最弱職の少年は泣き喚きながらギルドから飛び出した。

「ちくしょーー! 女なんて、女なんて! 大っ嫌いだー!!」

「あっ、ちょっ! どこ行くんですかカズマー!!」

 飛び出す時に仲間達が何かを言っていたが、今はそんな物聞きたくも無い。あの『四人』の視線から、今直ぐ逃げ出したかったのだ。だから何を言われても、一瞬たりとも足を止める様な事は無かった。

 その内の一人が、酷く悲しげな眼で少年を見ていた事にも気が付かずに。

 少年が出て行ってしまったギルドの酒場で、少年の仲間達は席に座って各々が愚痴を言い始める。もちろん、その対象は出て行ってしまった少年に対してだ。

 少年が良い気になっていたのも気に入らないし、自分たち以外の人物と仲良くしていたのも気に食わない。だからこそ彼女達にとって、今夜の騒動はとても小気味よい物だった。

「まったく、カズマはしょうがないですね。騙されていたのは同情しますが、調子に乗り過ぎなのですよ」

「……ん、まあ、私達も笑ってしまったからな。屋敷に帰ったら優しくしてやろうではないか」

「プークスクス! カズマさんったらなっさけない顔して逃げ出していったわ。私達を大事にしない罰が当たったのよ、いい気味だわ! すいませーん、しゅわしゅわおかわりくださーい、カズマさんのつけで!!」

 言いたい放題に言いながら、途中だった夕餉を続けて飲み物で喉を潤して行く。先程から一言も話さない、一人だけを除いて。

「どうしたのですか、ロー? さっきから黙ってしまって、具合でも悪いのですか?」

「なになに、お腹でも痛いの? 病気には回復魔法効かないんだから、ちゃんと安静にしてないと駄目よ?」

「大丈夫か? お前はただでさえ体力が無いんだ。辛かったら私が屋敷まで運んでやるからな」

 食事にも手を付けず、ただ只管に暗い表情で俯くその一人に、仲間達は心配して優しい言葉を次々に掛けて行く。だが、心配される方には、その優しさを受け入れるだけの余裕が無かった。

 普段とは比べ物になら無い程に表情を曇らせている召喚士は、仲間達に逆に問いを返して行く。

「……皆は、このままで良いのかな?」

「このままと言うのは、もしかしなくともカズマの事ですか?」

 魔法使いの少女の確認に、コクリと一つ頷く。要するに、このまま逃げて行った少年を放っておくのか、と言いたい訳だ。それに対しては、少女では無く酒杯を一気に飲み干した青髪女神が答える。

「っぷはー!! あんなのぼせ上がってたカズマさんなんて、暫くほっときゃ良いのよ! そんな事より、ローも飲みましょうよ! 蜂蜜酒頼んであげるから! すいませーん、蜂蜜酒とシュワシュワおねがいしまーす!!」

 答えるついでに、頼んでもいないのに酒を注文されてしまった。注文されてしまった物は仕方がないので、両手で酒杯を傾けてこくりこくりと飲み下す。ぷはっと息を次いで、召喚士は酒の力を借りて言葉を続ける。

「カズマは凄く泣いていた。あの二人に裏切られた事ももちろんあるだろうけど、何よりも皆に笑われた事が一番辛かったんじゃないかな。だからもう一回聞くね、皆はこのままで良いの?」

「む……、それは確かに笑ってしまったが……。わ、私は悪かったとは思っているぞ!」

「でも、それを普段から指を差して笑い物にしてるローに言われるのは、なんと言うか釈然としない物がありますね……」

 ほんのり頬を赤くしながら召喚士が訴えれば、気の優しい女騎士は狼狽えて非を認めて見せる。元より仲間思いの魔法使いの少女も、口では何のかんの言いつつ表情に後悔の色が浮かんでいた。

 問題なのはやはり、罪悪感とはかけ離れた次元に居る宴会芸の神様だ。

「んぐっんぐっんぐっ、ぷはーーっ!! ……あによ? 言っときますけど、今回私はなんにも悪くないから。カズマさんが勝手に騙されて、勝手に落ち込んでるだけなんですからね。そもそも、カズマさんは普段から、この麗しい女神様に対する敬意が足りないわ。もっと日頃からこの私に感謝して、もっともっと褒めて甘やかしてくれたって良いじゃないの!!」

 なんと言う言い様か。反省どころか増長しかしていない。そんな飲んだくれに対して、召喚士は何時もの様に口元を歪めながら口を開いた。

「アクアは、カズマに連れられてこの街に来てから、カズマにたくさん助けられているよね? 借金の返済はもちろん、溜まったツケの支払いも助けてくれていた。アルバイト生活をしていた時も、大好きなお風呂を我慢してまでアクアが入浴できる様にお金を分けてくれていたよね。アクアはそんなカズマの優しさや思いやりを、受けてあたりまえだって思ってしまうのかな」

「うぐっ……、しょれは……しょにょ……。もごもご……」

 この言葉には流石に、青髪女神も言葉に詰まり咄嗟に反論できない。彼女自身も分かっているのだ。素直に態度に表しはしないけれど、どれだけあの少年に自分達が大事にされているのかなど。この世界に来てから、一番長く傍に居るのは彼女なのだから。

 青髪女神をやっつけた召喚士は、次に女騎士の方へちらりと視線を向ける。そして、そのまま鮮やかな笑顔になって、普段言えなかった事をつらつらと語り始めた。

「ダクネスはカズマに自分の趣味を押し付け過ぎ。カズマはあれで凄い恥ずかしがり屋なんだよ。幾らダクネスがカズマのきつい言動で性的興奮を得る変態だからって、何でもかんでもそれに関連付けてしまうのは問題だと思う。そうでなくても、ダクネスの家の事情をきちんと酌んでくれているのに。あんまりダクネスの趣味で振り回したら可哀想じゃないかな。もう少し加減してあげましょうよ、お嬢様?」

「お、お嬢様は止めろぉ!! うう……、反論したいけど今の淡々とした言葉責めでも反応してしまう、自分の性癖が悩ましい……。んくぅっ! 新感覚ぅ!!」

 女騎士のフィルターを通すと、今の言動は言葉責めの範疇になるらしい。息を荒げて身震いする女騎士は置いておき、召喚士は続いて魔法使いの少女に向き直る。

 それを予測していたのだろう、魔法使いの少女は不敵な笑みを浮かべて先に口を開いた。

「ふっ、私は普段から大人しくしていますからね。他の二人の様にカズマには迷惑は――」

「爆裂散歩。パーティに入る時に広まった悪評。騒音に対する苦情の処理と謝罪。ギルドや街中での喧嘩の仲裁や後処理……。えーっとそれから……」

 何やら自信満々にしていたが、召喚士がつらつらと言葉を上げて行くと少女の言葉は止まる。それどころか、帽子の鍔を掴んで必死に下に引っ張り、耳を塞いで聞こえないようにする有り様だ。そう、何気に少年が一番手を焼いているのは、規模の大きな趣味に邁進し喧嘩っ早い性格のこの少女なのである。

 見事三人娘をやり込めた召喚士だったが、勝ち誇る様な真似は許されずに、復活した青髪女神が噛み付く様に食って掛った。

「なによ、なによ! そういうローだってカズマさんの事、散々笑い飛ばしてたじゃない!! プギャーって感じに笑ってたじゃないのよ!! それなのに私達だけ責められるのは不公平だわ!」

「もちろん、僕もカズマには沢山楽しませてもらった。いっぱい笑ったし、長い間じっくりと眺められて嬉しかったよ。だからこそ、僕はカズマを放っておけない。もう、どうするかは尋ねないよ」

 それだけ言い放つと、酒杯の残りを一気に覆って立ち上がる。テーブルに自分の分の代金を置いて、そして召喚士は仲間達の前から立ち去ってしまう。突然の事に、残された三人は茫然と見送るしかなかった。

「行ってしまいましたね……」

「ああ、今日は朝から機嫌が悪かったようだが、まさかあんなに責め――ごほん。あんなに言って来るとは思わなかったな」

「ふん、なによ……。カズマさんもローも、探しになんて……」

 ぶれない女騎士は兎も角として、言いたい放題言われた青髪女神はすっかりといじけ虫。少しだけ涙目になって、頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。こうなると後はもう酒に逃避するだけになるだろう。女騎士がやれやれと肩をすくめてみせた。

 そんな最中に、今度は魔法使いの少女が席を立ちあがり、きっちりと小銭で代金を揃えてテーブルに乗せる。

「……ん、どうしためぐみん? もう屋敷に帰るのか?」

「いいえ、屋敷にはまだ帰りませんよ。言われっぱなしでは癪にさわりますので、一言言ってやらないと気がすみません。紅魔族は、売られた喧嘩は買うのです。そのついでに、カズマも拾って屋敷に帰りましょう」

 そう言って杖を掲げて見せる少女は、まるで何時もの召喚士の様に、にやりと不敵に笑んで見せていた。男の子より男前、それがこの少女の魅力の一つである。

「……そうよ、それよ!! 私も色々ぐちゃぐちゃ言われて、むしゃくしゃしちゃったわ! 文句の一つや三つ言ってやらないと気が済まないのよ! めぐみん、私もついてくから一緒にとっちめてやりましょう!!」

 そんな少女に便乗して、青髪女神も椅子を跳ね飛ばして立ちあがった。彼女はテーブルを両手でばしばし叩きながら、非常に良い事を思いついたとばかりに言葉を続ける。

「そのついでにカズマさんも、ほんのちょっとだけ慰めてあげればいいわよね。この私が直々に探してあげるんだから、泣いて喜んで感謝するのが筋ってもんよ!」

 等と供述しており――結局、青髪女神も行く気になったらしい。唯我独尊だがその性根は悪性では無く、ただひたすらに幼稚であるだけ。これが彼女の魅力、だと思いたい。

「ふふ、それなら私も付き合わせてもらおう。何より、言ってしまった手前、カズマには優しくしてやらんといかんからな」

 最後に、まるで小さな子供を見守る様な母性ある微笑みを見せて、女騎士が仲間達に追従する事を決めた。脳筋で世間知らずだが、面倒見は良いのが彼女の魅力。変態性癖を除けば常識人とはよく言った物だ。

「さあ、そういう事なら早速出発しましょう!!」

「「その前にアクアは自分の分の料金を払え(払ってください)」」

「…………カズマさんにツケといて!!」

「「ダメだ(です)」」

 心が一つになる感動的な場面なんてなかった。彼女達が街に出るには、まだまだ時間が掛かりそうである。

 

 

 冒険者ギルドを飛び出した最弱職の少年は、ひたすらに人気を避けて走り続けていた。誰にも会いたくないという思いに突き動かされ、大通りを離れ路地裏へ入り込み、どんどんと薄暗い夜道の深みへと突き進んでいく。その眦からは、未だに悔し涙が溢れて横に流れていた。

「ちくしょう……、あいつら……ちくしょう……」

 そして、何時までも走っていられるはずも無く、建物の壁に手を付いてぜいぜいと喘ぐ様に息を整える。体中から汗が噴き出して、気だるげな体をそのまま壁に預けてずるずると蹲って行った。

 上がった息を整え終る頃には流石に涙も止まり、今度は壁に背中を預けて座り込む。路地裏の汚さは気になるが、今はそんな事はどうでも良い。疲弊した心身が、とにかく休息を求めていたのだ。

「帰りたい……、もう日本に帰りたい……」

 弱気になった心が、何時しか口走った様な事を再び少年に呟かせてしまう。ギルドに居た時に飲んだ酒が回って、頭がボーっとしている。酷く気分が悪い。

 少年はそのまま、更なる弱気の言葉を口にしようとして――

「……あれ? なんかこの状況、前にも有った様な……」

 久しぶりに、既視感を覚えた。

 この世界に来てから何度も感じていた、周囲の状況に感じてしまう既知の感情。あまりにも何度も感じていて、しかも既視感のまま状況が推移すると言う訳でも無いので、少年はその内に気にするのを止めていた。

 だが、今感じているこれは嫌に鮮明に感じると、最弱職の少年は頭に疑問を浮かべる。

「俺、なんか前にもこうして嫌な事があって、泣きながら走ってたことがあったのか……?」

 何時もは浮かび上がった既視感や違和感など気にしはしなかった。だが、この時は何故か、浮かび上がった既視感がとても気になるのだ。このままだと何か、とてつもなく悪い事が起きる様な予感がする。

 とにかくここを離れよう。取り返しのつかない事態が起こらない内に。そう思い、最弱職の少年が腰を上げた所で、少年に向かって声が掛けられた。

「契約は果たされた。二回目の世界は無事に巡り、再生は今終了を迎える」

 その声は、老若男女の声が混じり合った混沌とした声色で。聞き取り辛いくせに、嫌にはっきりと少年の耳に響いて来るのだ。その声を聞いた途端に、少年の背筋に得も言われぬ怖気が走る。

 そして、少年はその声にも聞き覚えがあったのだ。その事実に、少年自身が一番驚く。あんな不気味な声、この世界に来てから一度だって聞いた事は無いと言うのに。

「契約の代価として、徴収を開始する」

 不気味な声が無常な言葉を投げつけ続ける。一体どこから声を掛けられているのか、姿を探して少年が素早く周囲を見回すが人影一つ見つからない。

 千里眼を発動しても見えるものは変わらず、敵感知のスキルにも何の反応も無かった。だと言うのに、声はほとんど耳元で聞かされているかのようでさらに不気味さが増して行く。

「くそっ、どこだ……。何処に居るかも分からないんじゃ、逃げ出す事も――っ!?」

 とりあえず、危なそうな状況では迷わず逃走を選択する最弱職の少年。すると、なんの前触れも無く少年の背後の空間が砕けた。

 建物の壁が砕けたのではない。何も無い中空が唐突に硝子の様に砕け、そこから真っ白い靄の様な物が渦巻いて現れる。そして、そのひび割れは少しずつ広がりながら、少年の体を強烈な勢いで引き付け始めるのだった。

 咄嗟に足を踏ん張って吸い込みに耐えるものの、それだけでは到底抗える気がしない。何とかしなければと少年が歯噛みした時、少年の耳に聞き慣れた声が聞こえて来た。

「カズマぁあああああっ!!!」

「おお、ローか!? 丁度良い助け――ぐぼっ!?」

 その声は召喚士の物で、相変わらず男なのか女なのか分かりづらい中性的な声色。だけれど少年はその声に安堵感を覚え、吸引に耐えつつ声のする方に振り向いた。

 そして召喚士は、あろうことか少年の腹めがけて頭から突っ込んで来ていたのだ。これには助けを求めようとした少年もびっくり仰天。踏ん張るどころではなく、一気に崩壊する空間へと飛び込んでしまった。

 最弱職の少年の意識は、その瞬間に真っ白に包まれて霧散する。最後に覚えていたのは、飛び付くついでに抱き付いてきた召喚士がとびきりの笑顔で、しかもその体が柔らかかったという事だけであった。

 

 

 深い回想の底から帰ってみれば、そこはやはり果てしなく真っ白な何もない空間。暫しの間考え込んでいた最弱職の少年は、パチリと目を見開いて組んでいた両腕を解く。

「思い出した……。全部思い出した……」

 ぼうっと遠くを見る様な視線が目の前の召喚士を捕らえ、最弱職の少年はそのままとつとつと言葉を紡ぐ。それを聞いた召喚士は満面の笑みを浮かべて、うんうんと感慨深く頷く。

「そう……、君の置かれた状況を思い出せたんだね……。思い出してしまったんだね……」

 少年は全て思い出していた。あの日、路地裏で意識を失ってから自分が何をしていたのかを。そして、自分の仲間達の事を。

「俺の仲間は、アクア、めぐみん、ダクネスの三人だった……」

 最弱職の少年が出会った仲間達は、あの屋敷で共に過ごして苦楽を共有した仲間達は全部で三人。その中に、目の前にいる召喚士は含まれてはいなかった。

 それと同時に、はっきりと思いだせる程に、少年は目の前の召喚士の事を知っている。その思い出も確かに胸の内に在るのだ。だからこそ、その違和感は少年の心を急き立てる。

「ロー、お前は……、お前はいったい誰だ?」

 急かされる胸の内をそのままに、少年は問い掛けを発してしまった。あれだけ頼もしかった仲間の存在が、今はひたすらに不気味でしょうがない。

「んふ……。うふふふふ……」

 その問いを受けた召喚士は――――笑っていた。

「あははは、そっか思い出したんだ。あはははははっ!! はははははは!! やっと思い出したんだぁ、ひゃははははは!! あーっはっはっはっはっはぁっ!!!」

 目元を掌で隠しながら召喚士が笑う。笑う。笑い続ける。何時もとは違う、気が違えたかのような哄笑であった。今迄に見せられた事が無い狂気じみた様子に、最弱職の少年の足がじりりと後退する。

 これは、今目の前に居る者は、本当に自分の知る召喚士なのだろうか。ただでさえ、二つの記憶に振り回されているというのに、その記憶さえも頼りにならず疑ってしまう。

「僕が何者であるか。そんなのは、聞かれるまでも無く一つしかない」

 戦慄する少年を前にして、召喚士は唐突に笑うのを止めた。ぴたりと、まるで機械が機能を切り替えるかの様に、笑う度に小刻みに揺れていた体が静止するのだ。召喚士の持つ整った容貌が、その事を更に奇怪に見せていた。

 そしてゼンマイ仕掛けのからくり人形さながらに、召喚士は道化じみた仕草で慇懃に頭を下げて見せる。

「僕は、メアリー・スー……。他人の物語に土足で上がり込み、滅茶苦茶に引っ掻き回して楽しむ傍迷惑な存在だよ」

 そう告げる召喚士は俯き、フードで目元を隠しながら唇だけで笑みを浮かべていた。暗闇に浮ぶ真っ赤な月の様に歪む、怖気を振るう笑みを。

 それはまるで、物語の世界から飛び出して来た魔王の様に禍々しく、少年の目に焼き付きその全身に悪寒を走らせた。

 

 




残りは後二話とエピローグを予定していますが、筆のノリ如何では多少前後する場合がございます。


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