【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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さて、この召喚士の正体を予測できた人は居たでしょうか?
回収できているか怪しいですが、複線回収回、始まります。


第二十三話

 人が死後に訪れると言う天界某所。何時か何処かで見た様な二つの椅子だけがある黒い空間で、一人の天使が豪華な方の椅子に腰かけて頭を悩ませていた。

 何を隠そう、彼女は青髪女神と最弱職の少年を地上に送り届けたあの天使。今は居なくなった上司の代わりに、異世界からの転生者を案内する仕事についているのだ。

「うーん、おかしいですねぇ。どうして仕事が上手く行かないのでしょう?」

 小さなサイドテーブルに肘をついて、ぽりぽりとスナック菓子を食い漁るその姿はどこかの青髪女神を彷彿とさせる。天使は能面の様に張り付いた笑顔のままで、指先に付いた食べカスをパンパンと乱雑に払った。

「せっかく、だらけてまともに働かない女神を地上に追放したと言うのに、このままでは私の評価に関わってしまいます。何か対策を考えないと……」

 傍から見ると彼女自身が怠けている様にしか見えないが、その悩みは深刻なのか両手を組んでうんうんと唸り続けている。

「うーん……、そうだ!! 良い事を思いつきました!」

 そして、その悩みは唐突に解消される事となった。大声を上げて椅子から立ち上がり、そのまま二つの椅子の間をうろうろと行ったり来たり。その間も唇は言葉を紡ぎ、その良い事とやらを口走る。

「複数の転生者を同時に送り込んでしまいましょう。特典を選ぶ時に競合出来るようにすれば、間違いなく転生を選ぶようになる事でしょう。一度に裁ける人数も増えて効率もアップ違いなし!」

 とてもとても嬉しそうに、張り付いた笑顔の天使は諸手を上げて己自身を称えていた。あの上司にしてこの部下有り。存外、なるべくしてなった上下関係なのかもしれない。

「ああ、何て良い事を思いついてしまったのでしょう。これで功績が評価されたら、天使から女神に大抜擢されるかもしれませんね」

 ほくほくとした空気を纏いながら、小躍りしつつ天使は再び豪奢な椅子に腰かける。もはや気分だけは女神その物。ふんぞり返る姿はかつての上司にも引けを取らない不遜具合だ。

 この時、このアイデアのせいで並行世界が幾つか滅ぶ等と言う事は、今の彼女にはまったく知る由も無かった。

 

 

 此処は何もない真っ白な空間。最果てまで何も見えずにただ白く染まるその場所に、二人の人物が対峙していた。

「僕は、メアリー・スー……。他人の物語に土足で上がり込み、滅茶苦茶に引っ掻き回して楽しむ傍迷惑な存在だよ」

「メアリー・スーって、前に話してたアレか……? 魔神器だとか言う……。まさか、お前が!?」

 対峙するのは緑を基調とした冒険者装備に身を包む最弱職の少年と、身に纏うローブのフードを目深に被り口元だけで笑う召喚士。

 召喚士の告げた言葉に少年は狼狽え、腰の刀に手を伸ばしつつ警戒心を露わにする。それを見届ける召喚士は、道化を思わせる仕草で両手を広げ、三日月に歪む口元で言葉を謡う。

「魔神器メアリー・スー。それは物語に寄生して、その主人公を食らって生きながらえる魔性の存在。カズマ、君は正にその次なる生贄に選ばれたんだよ」

「ちょっ、ふざけんなよ! 今度は俺を食べようって事なのか!?」

 正に噴飯ものの物言いだ。誰が好き好んで生贄などになりたがろうものか。最弱職の少年は驚愕と同時に憤慨し、そんな少年の姿を見て召喚士はクツクツと笑う。まるで、少年の心など全てお見通しとでも言いたげに。

「ふふっ、カズマは黙って食べられるつもりはないんだね」

「あたりまえだろう!?」

 何時もの様に哂われて、思わず何時ものように返してしまう。習慣付いてしまう程に繰り返して来たやり取り。一つ違う点があるとすれば、最弱職の少年の手が腰の刀に添えられていると言う事だろう。

 しかし、その刀は未だ抜刀はされていない。まだ最弱職の少年の心には、仲間っだった者へ刃を向ける事に葛藤があるのだろう。それを見れば、召喚士はまた笑い声を漏らした。

「ふふっ。それなら、する事は一つだよ、カズマ……」

 諭す様な声色と共に、召喚士はその両腕を差し伸ばして頭上へと掲げる。何をするのかと問う必要もない。召喚士が出来る事など、これ以外には無いのだから。

「『真名召喚』……。全ての枷を取り払い、己が心の望むままにその力を示せ」

 告げると同時、召喚士の背後を埋め尽くす様に巨大な魔方陣が浮かび上がる。それは此処ではない何処かへの門。超常の理の世界から、異形の物を呼び寄せる出入り口。

 ただ、その大きさが、尋常では無い。召喚魔法は幾度も見て来た最弱職の少年であっても、これほどまでに巨大な物は見た事が無かった。

「魔狼『フェンリル』、世界蛇『ヨルムンガンド』、冥府の女神『ヘル』」

 ずるりと、虚空に浮かび上がる召喚陣からそれらは姿を現した。

 最初に目に映ったのは、銀色の体毛と長く豊かな毛を蓄えた尻尾。それは召喚士が一番初めに召喚していた、巨大な子犬なのだろう。しかし、その姿は天を突く程に雄大となり、最早巨躯と言うよりも一つの建物の様な大きさとなっていた。牙の並ぶ唇を引き攣らせながら、敵意をむき出しにして低く唸りを上げている。

 次に視界を埋め尽くしたのは、長い長い全てを見通す事も出来ない様な鱗持つ胴体。初めて見た時は卵の殻を頭に乗せていた、眠たげな眼をした大蛇。それが今は何も無い白い空間を彩る様に、最弱職の少年と召喚士の周囲を取り囲んでいる。ずっと遠くの方に、やはり眠たげに目を細める蛇の頭が、舌をチロチロと出して鎌首を擡げていた。

 殿は、長い黒髪を地面に垂らす黒いドレスの女性。何時もメイド服を着て、レベルが上がるごとに成長した姿で現れていた娘に相違ない。召喚士の隣にそっと佇んではいるが、その全身――特に下半身から周囲を侵食する様に濃い紫の瘴気を立ち昇らせている。それだけは変わらない死んだ魚の様な赤と青の瞳が、最弱職の少年の事をじっと感情を見せずに見つめていた。

「さ、せいぜい頑張って抗って見せてよ。大丈夫、僕は一発殴られただけで死ぬから」

「……………………。ふっ、ざけんなーーーーーー!!!!!」

 無理ゲーここに極まれり。戦いと呼ぶにはあまりにも稚拙な、一方的な蹂躙が始まる。

 

 

 響く哄笑、轟く悲鳴。音も無く静かだったはずの白い空間は、今は蛇の体と激しい戦闘音で満ち満ちていた。

「フーちゃん、ハイドロカノンだっ!」

「無理無理無理無理っ!! どうしろっつーんだよこれええええええっ!!!」

 楽しげな召喚士の指示と共に、巨狼の開いた大口からまるで濁流の様に水の塊が撃ち出される。今まで一度も見た事のないそれは、もてあそぶかのように少年の傍を通り過ぎ、白い世界に着弾後炸裂。弾け飛んだ水の飛沫が雨の如く降り注ぐ。

「ヨーちゃん、しっぽを振る!」

「ポケ○ンか!? ポ○モンバトル気分なのか!?」

 えらい遠くの方にある大蛇の尻尾の先が、ぶーんぶーんとやる気なく振るわれる。それだけで少年の所まで突風が届いて、突然の横風にバランスを崩してしまった。これでは咄嗟に防御の態勢も取れないだろう。

 そんな少年に対して、無情にも追撃が放たれる。

「…………『カースド・クリスタルプリズン』……」

 召喚士の隣に佇んでいた黒いドレスの女性が、詠唱もせずに上級魔法を少年のいる方向へ無造作に放つ。獲物を一瞬で氷の監獄へと閉じ込める冷気の奔流は、無詠唱かつ大雑把な狙いで拡散し少年には直撃しなかった。だが、先程の巨狼の攻撃で発生した水飛沫を全て氷柱へと変えてしまう。

「……っ!? 『潜伏』……」

 白い空間の中を、縦横に氷の塊が浮かび即席の障害物として視界を遮っていた。これを好機と見た最弱職の少年は、得意の潜伏スキルを使って自らの気配を消す。そこら中に転がる氷の塊も、巨大な蛇の体も絶好の隠れ場所なのだ。匂いすらも誤魔化す潜伏スキルによって、巨狼は完全に少年の姿を見失ったのかキョロキョロと視線を彷徨わせていた。

「おや、お得意の潜伏スキルを使ったみたいだね。でも忘れてないかな? そのスキルはアンデッドには通用しないって事を」

 召喚士の方はと言えば、少年の姿が見えなくなっても変わらぬ笑みで余裕を見せる。そして、その傍らに居る黒いドレスの女性がその赤と青の瞳でジッと一点を見つめ、やおら掌をかざして呪文の詠唱に入った。

「(これはまずーーい!!)」

 ドレスの女性の視線の先では、気配を消した最弱職の少年が密やかに戦慄し冷や汗を流す。隠れていても魔法で吹き飛ばされてしまうが、動き出せば潜伏スキルが解けて巨狼に捕捉されるだろう。

 進退窮まったこの状況に、少年の選んだ選択肢は――

「逃げる!!」

 潜伏を解除しての脱兎。後ろを省みる事のない、本能のままと言わんばかりの全力ダッシュであった。

 その動きに一番に反応したのは、直前まで少年の姿を見失っていた巨狼。視覚で、そして嗅覚で少年の存在を認識し、仲間の魔法が放たれるよりも早く主人の元を飛び出す。四足獣の速度に加え、その余りの巨体さに一息で少年との距離を詰めてしまった。

 背後に迫って来る圧迫感を感じて、逃げ続ける最弱職の少年が背後をちらりと顧みる。その瞳には、恐怖の色は一切無し。

「『クリエイト・アース』ッ! か~ら~の~、『ウインド・ブレス』ッッ!!」

 迫る巨狼に突然振り向いて、少年が繰り出すのはお馴染みの初級魔法コンボ。土魔法で生み出した土塊を、風魔法で敵の顔に吹き付けての目潰しだ。

 かつて初心者殺しと呼ばれる強敵を退けたこの技に、繰り出した少年は絶対の自信を持っていた。これで前衛を行動不能にし、敵が動揺している間に召喚士本体を戦闘不能に出来れば勝機はある。

「それは既に知っているよ。前にも言ったろう、フーちゃんは賢いんだよ」

 来ると分かっている奇策など、幾らでも対処は可能だ。今回の場合はただ単に、目を閉じればいいのだから。巨大な眼球に似合いの瞼が固く閉じられて、少年の得意技は簡単に無効化されてしまう。

 それから少年は、悪態を吐く暇も無かった。自分の策が通用しなかったのに驚く間もなく、狼の後方で上級魔法が放たれるのを目撃してしまったからだ。

「…………『カースド・ライトニング』……」

 抑揚のない声で紡がれる魔法名。掌から放たれた黒い稲妻は、雷撃特有の複雑な軌道を描きながら少年の方へと迫り――少年では無くその直ぐ近くまで迫っていた巨狼を背後から打ち据えた。

 稲妻に撃たれた巨狼は、ギャンと短く悲鳴を上げてその場に蹲ってしまう。全身から煙を上げてがくがくと痙攣し、流石に直ぐには動けない様子だ。

「…………は?」

「おやまあ……」

 目の前の出来事に少年は思わず呆けて、召喚士はフードの下で笑みを深める。そんな間にも、ドレスの女性は見かけによらぬ動きで少年の隣まで一足飛びに移動し、巨狼と少年の間に立ち塞がった。まるで、最弱職の少年を、自らの召喚主から庇う様に。

「ちょっと裏切るのが早いんじゃないかな? そういうのはもっともっと主人公がピンチになった場面じゃないと、盛り上がりに欠けちゃうじゃないか」

「…………『インフェルノ』……」

 召喚士が溜息混じりに呈した苦言への返答は、情け容赦もなく放たれた紅蓮の炎。火炎系最高位の上級魔法は、正に問答無用を体現している。

 猛烈な風圧を伴って迫る脅威に対して、反応したのは眠たげな眼の大蛇だった。尻尾の先を主人の前にかざして、壁として猛火を受け止めて見せる。流石に上級魔法を前にしては、怠惰ではいられなかったのだろう。

「お前、ずいぶん雰囲気が変わってるけどヘーだよな? さっきは助かったけど……。な、何で急に助けてくれたんだ……? 召喚獣なのに召喚主に逆らったりして大丈夫なのか?」

 ドレスの女性の背後から、庇われる形となった少年が矢継ぎ早に質問を投げかける。助けてくれる姿勢はありがたいが、正直信用しきれていないと言うのが彼の本音なのだろう。不安が言葉数を増やしてしまうのだ。

 そんな少年に対して、ドレスの女性は背を向けたままでゆっくりと答えてくれた。

「…………マスターが使う召喚術はただ呼び出すだけで、私達は契約に縛られている訳では無い……。…………縁のある存在を呼びだして、協力をしてもらえるかは絆次第……。…………私達はそれぞれのスタンスで、今の状況に対応しているに過ぎない……」

 曰く、白銀の巨狼は積極的協力、世界蛇は消極的協力。そして、こうして最弱職の少年を手助けしようとする黒のドレスの女性は、自らの召喚主に対しての積極的な――敵対。

「ヘーちゃんはやっぱり女神だから、魔神器の存在を許すわけにはいかないんだ。今は絶好のチャンスなんだから、そりゃあカズマの協力をしなくちゃいけないよね」

 対峙する召喚士がドレスの女性の言葉を補う。その傍らには既に巨狼が復活して戻っており、召喚士は余裕を見せてその頭をもふもふと撫でていた。配下に裏切られたと言うのに、何の痛痒も無いと言った様子である。

 そんなやり取りを見て、緊張から顎にしたたる汗を手の甲で拭いながら、最弱職の少年は己を守る背中に向けて語り掛けた。

「……良く分かんねぇ……。さっきから何が何だか全く分かんねぇし、正直他の誰かがやってくれるならそれに任せて家に帰って寝ていたい……。でも、この状況を何とかしないといけないんだよな?」

 少年の最後の質問に対して、こっくりとドレスの女性は頷いて見せる。その肯定を受け取って、少年は己の中で覚悟を決めた。

「だったら、やってやんよこんちくしょーーー!!!」

 ヤケクソ気味の叫び声に、召喚士の口角が更に嬉し気に攣り上がる。これで少なくとも、一方的な蹂躙では無くなったのだから。楽しい楽しい戯れがまだまだ続けられるのだと、思わず笑みがこぼれたのだろう。

 召喚士対少年の戦い、第二ラウンドの幕開けであった。

 

 

 巨狼の唸り声が響き渡り、縦横にその巨体が戦場を駆け巡る。それを追いかけて、雷が炎が氷塊が、次々に繰り出されて白い世界を染め上げた。先程とは打って変わり、場の流れは膠着の様相を見せている。

 召喚士と少年の二人を指揮官としたこの戦いは、駒の数が上回る召喚士が一見有利に見えた。だが、怠惰さを見せる大蛇が防御と妨害以外に動かない為、実質巨狼とドレスの女性の一騎打ちとなっている。その一騎打ちも、巨狼の素早さに魔法が追い付かず、手数の多さに巨狼もまた攻め切れずにいた。

「うーん、流石はカズマの指揮だね。ちょっとずつ、フーちゃんが追い詰められているな」

 戦況を俯瞰する召喚士は思わず唸って見せる。ドレスの女性の背後から使う魔法を指示する少年の指揮は、的確とは言えずとも実に悪辣であったからだ。

 炎の上級魔法で追い立てつつ、氷の上級魔法の氷塊をばら撒いて逃げ道を限定させる。かと思えば唐突な泥沼魔法が足止めをして、弾足の速い雷魔法が確実に仕留めに来るのだ。お手本の様な嫌がらせの嵐に、巨狼も次第に逃げるだけで精一杯になって行く。

「じゃあ此処でもう一手。真名召喚、神馬『スレイプニール』」

「おおい、まだ呼び出せるのかよ!? なんだよその真名召喚って、チートかよ!?」

 まるでチェスの駒を動かすような気軽さで新たな召喚獣が呼び出され、それを見た最弱職の少年が遠くから理不尽に嘆いて叫ぶ。そして、展開した魔法陣からのっそりと、何時か見た八足の獣が姿を露わにする。

「……気が乗らぬ。戦争の神の栄えある騎馬が、このような茶番じみた戦など……」

「まあまあ、スーちゃん、そう言わずに少し付き合ってよ。あの膠着を破ってくれれば、それで良いからさ」

 現れ出でた重厚な鎧を纏う八足の軍馬は、早々に愚痴を零してご機嫌斜めであった。それを召喚士が宥めて、目前の戦場を真っ直ぐに指差して見せる。多くは望まずに、ただかき乱せとの指示だ。

「ちなみに、我が本来の主人が『いい加減勝手に呼び出すな』と立腹しておったのだが……」

「帰ったら伝えておいて。『クソ喰らえ』って」

 戦闘前の軽い掛け合いも、何時もの調子の笑みで受け流される。苦笑と共に承知したと呟いて、八足の軍馬は戦場へと駆けて行った。

 八足から生み出される軍馬の突進力は、さながら砲弾の如く迅速で破壊的だ。猛烈な圧迫感と共に、あっと言う間に少年達の目前へと迫り行く。

「来た!? 本当に来た! 頼んだからな、後は打ち合せ通りに!!」

「…………『トルネード』……」

 女性の背後に隠れながら最弱職の少年が叫び声を上げ、ドレスの女性はそれに応じる代わりに両手を差し出しながら風の上級呪文を解き放つ。何も無い白の空間に、突如として巨大な竜巻が生み出された。

 それは丁度、少年達を取り囲む大蛇の中心で巻き起こり、今まで生み出され続けていた無数の氷塊を巻き込んで行く。巻き込まれた氷塊は互いにぶつかり合い砕けて、それでも人の頭ほどの大きさを保ちながら、竜巻の範囲に居る軍馬と巨狼へと襲い掛かる。

「おっとこれはこれは……。これを見越しての氷結呪文だったのかな? 流石カズマ、作戦がえげつないね」

 氷の散弾が荒れ狂う嵐から主人を守る為に、大蛇の尾が下ろされて壁となった。余裕気に振る舞う召喚士の視線が、それによって戦場から遮られる事となる。

 そんな絶好の隙を、見逃す様な少年では無かった。

 氷の嵐を尾の影でやり過ごす召喚士の肩に、ぽんと軽い力で掌が置かれる。完全に背後を取られた形になってはいるが、召喚士は別段慌てる事無くそのままで口を開いた。

 背後で己の肩に手を乗せている、最弱職の少年に語り掛ける為に。

「……来るとは思ってたけど、ずいぶんお早いお着きだったね」

「ヘーの掛けてくれた速度強化の魔法のおかげだよ。まともに掛けられた支援魔法ってスゲエんだな、潜伏しながらでもあっと言う間にここまで来られたぞ」

 普段通りの軽い口調で語り掛ければ、少年もまた普段通りに返して来る。何でも、目くらましの氷塊を巻き込んだ嵐で注意を逸らしている間に、殆ど背景の様になって居た大蛇の体に張り付いて潜伏で近づいて来たらしい。氷の飛礫に晒されている状態であれば、確かに今の大蛇にとって少年一人張り付いた程度では気にも留めなかったのだろう。

 そうしている間に、嵐を遮っていた大蛇の尾が退けられる。嵐の晴れた後の戦場では、主の危機をいち早く察した巨狼が戻ろうと駆け出すも、そのもふもふの尻尾をドレスの女性に掴まれて引き留められていた。一見華奢にしか見えないドレスの女性だが、女神としての高ステータスに加え自身に筋力強化の支援魔法を掛けて拮抗している様だ。

 軍馬もその近くには居るが、先の発言に従ってこれ以上の干渉はしない様で、犬と女性の引っ張り合いを興味深げに眺めている。大蛇など、己の下で事が起こっていると言うのに、我関せずと大欠伸などしていた。

 つまりは今現在、召喚士を助けられる手駒は存在しないと言う事だ。

「孤立無援だね。さて、どうしようか――なっ!!」

「うおっ!?」

 会話の途中で唐突に召喚士が屈み込み、肩の手を外させてからそのまますかさず少年の足を蹴り払う。堪らず尻もちを突いた少年に向けて、召喚士は口元を歪めたままで躍りかかった。

 飛び掛かる勢いのままに、少年に差し向けられる召喚士の無手。それにどんな脅威があるのかは判然としないが、ただ受けるままでは命の危機があると少年は判断する。尻もちを突いている状態では腰の刀は引き抜けない為、少年もまた無手のままに腕を突き出した。

 互いの腕が交差して、お互いの動きが止まる。少年の手は召喚士の胸元に伸びて、ローブの上から心臓の真上に触れていた。対して、召喚士の手は少年の顔の真横を通り過ぎている。

 最弱職の少年はこれを絶好の好機とみなし、迷い無くリッチー店主から教わったスキルを発動させた。相手の体力と魔力を吸い取るドレインタッチ。体力が紙風船の召喚士ならば、数秒と経たずに昏倒させられるはずなのだから。

「どうだ! これで――」

「これで……、全て計画通りだよ……」

 勝利を確信して冷や汗を流しつつも少年が笑みを浮かべた時、その頬をそっと慈しむ様に召喚士の掌が撫でた。そこまで来て、初めてフードに隠れた召喚士の表情が目に映る。

 口元には変わらぬ三日月の様な笑みを浮かべ、その瞳いっぱいに零れ落ちそうなほど涙を湛えて。召喚士は悲しげに微笑んでいた。

「ざーんねん、騙されちゃったねぇ。ご愁傷さまだよー、カズマぁ……」

 努めて明るく放たれた言葉と共に、少年の胸に滴が零れ落ちる。それに合わせて、力の抜けた召喚士の体が少年の体に覆いかぶさって来た。その状況に慌てた少年は、上体を起こして召喚士の体を支えながら、改めて視線を合わせて言葉を掛ける。

「ちょっ!? おま! 近い近い近い――じゃなくって! 騙されたってどういう事だよ!?」

「おや、残念。もうちょっとくっ付いて居たかったのに……」

 涙を瞳から溢れさせながらも質問を受け流す召喚士に、少年はその肩を掴んで良いから答えろと催促。そんなやり取りすら嬉しいと言った様に哂う召喚士は、しょうがないなぁと嬉しそうに言ってから観念して説明を始めた。

「僕の『役割』は確かにメアリー・スーだった。でも、僕は魔神器メアリー・スーではないんだよ」

 正直意味が分からない。そんな表情を浮かべる少年の顔を見て、召喚士は更に笑みを深い物にする。こうして少年と言葉を交わす事が出来る、それ自体が堪らなくうれしい事なのだから、よろこんで召喚士は言葉を紡いで行くのだ。例えそれが、相手にも、自身にも、悲しみしか与えない物だとしても。

「僕の本当の名前は、『悪神ロキの力と記憶の欠片で作られた仮初の命』。その使命は、身に宿った『特典』を君に受け渡す事……」

 そこで一旦言葉を区切り、召喚士は真っ直ぐに少年の瞳を覗き込む。少年と同じ色の筈の瞳が、一瞬だけ金色に変わった様に見えて、少年は思わず何度も目を瞬かせる。

「僕はね、カズマ。君に殺されるために生まれて来たんだよ」

 告げられた言葉に、少年は目を見開いて驚く事しか出来なかった。

 

 




メガテン的に言うなら分霊的サムシング。
RPG的に言うならイベントNPC。

ポケ○ン的に言うなら、技マシン。


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