【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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第二話

 何に付けても金が無い。現状はその一言に尽きた。

 無事に冒険者登録を済ませた転生者の少年。その特典として異世界に引きずり込まれた青髪女神。そして成り行きで付いてきた成り立て召喚士。

 この三人は今、猛烈に所持金が無かった。

「はぁ!? 畑で秋刀魚を取って来いとか舐めんな! 畜生こっちが下手に出てればパワハラか!? パワハラなのか!? アルバイトだからって甘くみんなよこんちくしょー!!」

「いや、違うの! お酒を飲んじゃったんじゃなくて、私が触れた液体はみんな浄化されちゃうだけなの! 私の溢れ出る神聖なオーラの影響なの、お願い信じてよぉ!」

 そこで、とりあえず手ごろな所でギルド直営の酒場で働かせてもらったのだが、あっと言う間にクビになってしまった。この世界の秋刀魚が畑で採れることを知らなかった少年が上司に逆上、自称女神は酒を運ぶ際にうっかり指を入れてしまい酒を水に浄化してしまう。持ち前の器用さを活かして一人黙々とジャガイモの皮むきをしていた召喚士は、飽きたので止めますとクビにされた二人の後を追って行った。

「さあ、安いよ安いよ。川で採れたばかりの……おい、からかってるんじゃなくて本当にバナナが川で採れるのか? くそう、なんなんだこの世界は本当に……。あーもう、いらっしゃいませぇ!」

「さあさご注目! こりバナナ達に白い布をかぶせまして―、3、2、1、はいっ! 見事バナナが消えましたー! え? 消えたバナナは何処に行ったかって? そんなの私にわかるわけないじゃない」

 次に着手したのは、商店街でのバナナの叩き売り。川で採れたばかりの新鮮なバナナを、少年が採れた場所に驚きつつも声を張り上げる。沢山の人を前にして興奮した青髪女神が突如手品を披露し始め、売り物のバナナを全て消してしまう。バイト終了のお知らせである。ちなみに召喚士は体力切れで店の奥で倒れていた。

 最後に辿り着いたのは外壁補修の土木作業のアルバイトで、ここに来て今までへっぼこだった青髪女神が大活躍し始めた。優秀なステータスをこれでもかと発揮して、屈強な作業員達に交じり土砂を運び、建材を運び、更には器用に塗装作業までをテキパキとこなす。これで見た目も目麗しいとあれば、彼女はこの現場のアイドルとなっていた。土木作業の女神様と言った所であろう。

 召喚士は最初の内は体力の無さで足を引っ張っていたが、手先の器用さで塗装作業で主に貢献。更には工具や大がかりな装置の簡単な修理なども手掛け、最終的には外壁の設計図のミスを指摘して現場監督のアドバイザーにちゃっかり収まる。知能のステータスの高さを余す事無く発揮していた。

 そんな二人を尻目に、最弱職の少年は只管にピッケルを振るっていた。長い自宅警備員生活で鈍り切った体に喝を入れ、汗にまみれ疲労困憊になりながらも黙々と。最初の内は失敗も多く、へっぴり腰で無様な働きであったが、二週間もアルバイトを続けるとだんだんと体力が付いて、様では一端の作業員らしくなっていた。

 お金の無い三人は宿屋に泊まる事は無く、他の冒険者と同じ様に馬小屋を借りて寝泊まりしている。クタクタの体を公衆浴場で癒し、過酷な一日を労う様に酒場での酒盛りで締める。充実した異世界土木作業員生活であった。

 今日も一日良く働いて、お疲れ様でしたと三人川の字になって、藁にシーツを被せたベッドで横になる。綺麗好きなのか召喚士が毎日、他二人がお風呂に入っている間に馬小屋を清掃してくれているので匂いも気にならない。

 明日も一日忙しい、労働の喜びをたっぷりと味わって目を閉じて――

「って、ちがーーうっ!!」

 跳ね起きた少年の、魂からの叫びが馬小屋に響き渡った。

 

 

「なんで土木作業で満足してるんだよ、俺達は冒険者なんだぞ。異世界にわざわざ壁の修理に来たわけじゃないだろう」

 なけなしのお金でショートソードをひと振り購入し、それを腰に引っ提げて最弱職の少年が言う。言われた女神は掌に握り拳を打ち付け、そうだったと感心した声を上げた。どうやら女神様は、本当に工事現場の女神になりかけていた様だ。

「良いと思うよ。僕もそろそろ召喚魔法を試してみたいし、クエストを受けてみようか」

 普段は進んで発言しない召喚士も、少年の提案に快諾する。冒険者として活動した方が更に面白いものが見れそうだからと、不謹慎な理由で非常に乗り気であった。

「そうね、この私も居るんだから大船に乗ったつもりで居なさい! アークプリーストにして水の女神であるこのアクア様が大活躍してあげるわ!」

 工事現場の女神様も非常にやる気に満ち溢れている。少年と違い無手であるが、格闘スキルを所持しているので問題ないらしい。

 確かに上級職が一緒に居れば心強い事この上ないが、いかんせん中身があの自称女神である。最弱職の少年は張り切る女神を前にして一抹の――いや、多大な不安を胸に浮べるのであった。

 三人が受けたクエストは、三日間でジャイアントトード五匹の討伐。駆け出し冒険者から中級までが好んで受ける、比較的手ごろな物であった。

 ギルドで手続きを済ませて、カエルの出没するエリアへと移動。幸い直ぐに獲物は見つかり、まずは戦闘前に作戦を考えようと少年が提案する。

「まずは各々が何が出来るか確認しよう。アクアが支援職なのは知ってるから良いとして、俺は一応カエルに有効な武器持ちでスキルが無いから前衛しか出来ない。確かローは召喚士だったよな。具体的にどんなことが出来る職業なんだ?」

 事前の情報収集によりカエルに打撃が効きにくいという知識を得ていたカズマは、打撃スキルしか攻撃手段を持たない自称女神には一切期待をしていなかった。そこで目を付けたのが召喚士の扱える召喚スキルである。

 試しに使う様に頼まれた召喚士はこれを快諾し、直ぐ様に呪文を詠唱し何もない草原に魔法陣を浮かび上がらせた。

「レベル一召喚。出番だよフーちゃん」

 魔法陣から眩い光が溢れ出し、召喚された生物がぼんやりと形を持って行く。光が収まる頃には呼びだされた生物が、のそりとその体躯を持ち上げ召喚主へと顔を向ける。

 その生き物は銀の毛並みを持つ、大型犬を優に超える程の体躯を持つ狼であった。

「おおっ! レベル一なのに結構でっかい……、あれ? なんかこいつずいぶんと顔立ちが幼いっていうか……」

「わぁー! かっわいい! 見てよカズマ、この子こんなにでっかいのに子犬よ子犬! すんごいモフモフしてるわぁ、ねぇねぇ撫でさせて!」

 そう、レベル一で召喚されたのは巨大な子犬であった。全身の毛並みは銀色だがもふもふしていて、手足もずんぐりとして寸足らず。顔もまだ鼻筋が通っておらずぺちゃっとしていて、犬歯など生えても居ない。体格がデカいだけのまごう事なき子犬であったのだ。

「あー……、これって戦わせて大丈夫なのか? 確かこのクエストのカエルは、家畜や人も丸呑みにするって話だが」

「カズマカズマ、私この子がパクッと食べられる未来しか見えないんですけど……。なんて言うか、人としてやっちゃいけない事の様な気がするんですけど……」

 お犬様本人はやる気があるらしく、ひゃんひゃんと元気に鳴いて尻尾をブンブン振っている。つぶらな瞳がキラキラ輝いて、三人を見つめ返していた。

 このデカいだけの子犬を、牛より巨大なカエルと戦わせても良いのだろうか。しばし葛藤。

「……無いな。まずは俺とアクアで挑んでみよう」

「カズマがそう言うなら、僕に異存はないよ」

 結局少年は子犬と召喚士を後方に待機させて、青髪女神と共にカエル討伐へと向かった。召喚士と子犬は後方にて待機、いよいよ危なくなったら街へ助けを呼びに行く役割を与えられる。

 そして、改めてカエル退治へと挑んだのだが、その結果は惨憺たる有様であった。先陣を切った少年はカエルのあまりの迫力に逃げ出し、その様子を青髪女神が爆笑と嘲笑で見下す。そして大声で騒ぎ続けた為に、カエルの興味を引いてそのままぱっくりと頭から丸呑みにさる。カエルの口から人の足だけ出ていると言うのは、中々にシュールな絵面であった。

 幸か不幸か、カエルは獲物を丸呑みにする時は動きが完全に止まるらしく、その隙に非力な少年でもカエルの頭を砕く事に成功する。ぜぇぜぇと息切れしながらも、カエルの中から女神を救出する事に成功していた。

 助け出された女神は全身ねっちょりとカエルの中の分泌液塗れになり、流石に捕食は堪えたのかガン泣きしている。泣きながら少年に礼を言って縋りつき、それを嫌がった少年は頭を押さえて突き放そうとしていた。とことん女神の扱いは悪い様だ。

「この調子だと、こっちの人数以上のカエルが一度に来たら、対処のし様が無いな。仕方ない、ここは一度戻って装備を整えよう」

「ぐすっ……っ! 駄目よ! カエル如きに引き下がるなんて女神の沽券に係わるわ!」

 撤退を提案する少年の話をまるで聞かず、粘液女神は再び立ち上がり次のカエルに向かって突撃して行く。今度は初めから攻撃する気満々で、何やら叫びながら己が拳を金色に輝かせている。

「神の力、思い知りなさい! ゴッドブロー! ゴッドブローとは、女神の怒りと悲しみを乗せた必殺の拳、相手は死ぬぅっ!」

 気合を込めた一撃がカエルの腹に突き刺さり、ぼよんと弾力の有る皮膚で受け止められる。打撃に強いという特性そのままに、女神の拳では全く痛痒も無い様だ。

 カエルの無機質な目が女神を見つめ、女神もまたカエルを見上げる。

「カ、カエルってよく見ると可愛いと思うの……わぷっ!?」

 カエルに媚びを売った女神は、ぱくんと頭から食われた。

 ここで観戦していた召喚士がぷぱっと吹き出す。どうせそんな事だろうと思っていた少年は慌てずに、少し前にやった事と同じ作業を繰り返す。動かなくなったカエルの頭を、只管にショートソードでしばくのであった。

「いやー、ほんと退屈だけはしそうにないなぁ……」

 巨大な子犬の頭に手を乗せてもふもふ撫でながら、ローブの召喚士が感慨深げに呟き笑う。それはそれは楽しそうに、泣き喚く女神とそれを宥めすかす冒険者の男を見つめながら。

 

 

「あれね、このままじゃ駄目だわ、仲間を募集しましょう!」

 何時もの様にお風呂に入ってから酒場で合流し、カエル二匹分の換金で手に入れたお金で夕食を取っている時に、女神様がそんな事を言い始めた。

 召喚士は何時もお風呂の前に馬小屋の掃除をしているので、今は二人に遅れて公衆浴場に行っている。そんな席で管を巻く様に言い募る女神だが、聞いていた少年はいきなり募集をして人が来てくれるのかを訝しんだ。

「ふぉのわたひがいるんだはら、なかああんて」

「飲み込め! 飲み込んでから喋れー」

 口いっぱいにカエルの空揚げを突っ込んだままで喋ろうとする、そんな女神に品性を求めるなど絶望的だ。口の中の物を酒で流し込んだ女神は、優秀なステータスで希少な職業の自分が募集すれば簡単に集まると豪語する。そして自分のおかげで仲間が出来るんだからオカズを寄越せと、自信満々の女神は唐揚げを奪って行った。

 言いしれない不安を感じるが、確かに餌と最弱職と子犬召喚士の三人では先の展望は無い。せめて、安定したクエスト攻略が出来る様な人数が集まればいいんだが――最弱職の少年は切実に思い悩んでいた。

 その翌日、ギルドの受付を通してメンバー募集の張り紙を、カウンター横の掲示板に張り出した。青髪女神お手製の、上級職限定での募集である。何でもこのアットホームで家庭的なパーティに入ると、幸運になったりモテモテになったりするそうだ。パーティメンバーが居ないから募集を掛けているというのに、一体この証言は誰から出たものなのだろうか。謎は深まるばかりであった。

「………………来ないわね……」

「だから言っただろう、初心者ばかりの街で上級職限定なんてハードル高すぎなんだよ。もう少し条件を緩めようぜ? って言うか、あのうさん臭い文面も無くした方が良いだろ、どこのブラック企業の求人だよ」

 見事な正論の乱れ撃ちに、女神は小さくなって俯き、だってだってと繰り返す。確かに上級職の青髪女神としては、仲間にするならば同じ上級職が望ましいのだろう。それでもこの街の冒険者にどれだけの上級職が居るのか、それもパーティーを組んでいないフリーの者など更に少ないだろう。

 朝から募集しても一人も来ない辺り、このまま待って居ても恐らく結果は変わらない。ローなどは退屈を持て余して、召喚した巨大子犬の毛繕いをしている始末である。子犬は気持ちよさそうに目を細めて夢見心地だ。

 ともあれ、一度募集文を張り直そうと席を立とうとして――

「募集の張り紙、見せてもらいました」

 背後から掛けられた力強い声に動きを止め、仲間と視線を合わせてから後ろに振り向いた。

「この邂逅は世界が選択せし定め。私はあなた方のような存在の出現を待ち望んでいた……」

 尖がり帽子を被り、真紅の相貌の片方を眼帯で隠した少女。何やらポーズを決めながら、独特の言い回しで朗々と言い放つ。黒いローブの上に羽織る、黒のマントがばさりと翻った。

「我が名はめぐみん。アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 己が名をめぐみんと言い放った少女は、その後もつらつらと赤面物の自己紹介を続ける。世に疎まれし我が力を求めるのならば覚悟をせよとか、深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いているのだとか。そんな台詞の流れを耳にするうちに、最弱職の少年の目は限りなくどんよりと胡乱げになって行く。

「冷やかしに来たのか?」

「ちがわい!」

 まるで演劇の暗唱かとも思える様な言動の、めぐみんと名乗る少女は至って真面目らしい。真面目に今までのやり取りをして、仲間に入れて貰う為にアピールしていた様だ。そう言う意味では、いじましいのかも知れない。

 そうこうしている間に、青髪女神が少女の赤い瞳に注目。その瞳を持つ物は、紅魔族ではないかと言い出した。言われた方はいかにもと胸を張り、またばさりと黒マントをはためかせる。そしてもう一度の自己紹介から、爆裂魔法の有用性のアピールをする途中で倒れ込んだ。何とも忙しない。

 心配して駆け寄った少年に、伏した少女は三日も何も食べてないと告げる。同時に彼女の腹の虫が、ぐきゅーっと可愛げも無く鳴った。

 食事を奢るのはともかく、特徴のはずの赤い瞳が片方隠されている事が気になった少年はそれを指摘し、もし怪我をしているのであれば自称女神が治そうかと提案する。

 少女は得意そうな顔で眼帯はマジックアイテムで、外せば封じられた自身の力でこの世に災いが起こると言う。そのファンタジー的な台詞に、最弱職の少年が期待と不安を覚えてごくりと唾を飲んだ。

 思わずシリアスな流れに行きそうになったが、少女は自らの発言が嘘だと直ぐにネタ晴らしする。眼帯はただお洒落でつけているだけなのだそうだ。それを聞いた少年は、躊躇なく彼女の眼帯を掴んでぐいーんと引っ張った。

「ああっ、ごめんなさい! 引っ張らないでください! やめっ、やめろーっ!」

 騒ぎ立てる少女を尻目に、青髪女神はそのまま紅魔族について解説してくれる。紅魔族とは生まれつき高い知力と魔力を誇り、一族全てが魔法のエキスパートで最初からアークウィザードなると言う。

「あ、ああっ、ちょっと、やめてください。あ、でも放したら、それはそれで痛ーそうだから、そのままゆーっくり、私の元に戻してください」

 どうやらこの少女が変な名前で自己紹介してきたり、変な言動をしてきたのはからかっていた訳ではないらしい。彼女もまた紅魔族として、魔法のエキスパートであると言う事だろう。

 カズマはその説明を聞いて、へーっと気の無い声で返事をする。

「良いですか? ゆっくりですよ? ゆっくりってば! ちょっ――」

 それはそれとしてさっきから煩いので、望み通りに眼帯を放してやった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! いったい目がぁー!!」

 ばちーんと良い音を立てて眼帯が戻され、痛みに少女が床をのたうち回る。一連のやり取りに笑いのツボを直撃された召喚士も、その傍で床に倒れて声も出せないぐらい笑っていた。満身創痍である。

 少年は率直に、訳の分からない事言うし変な名前だし、からかっているのかと思ったと素直に謝罪した。少女は変な名前とは失礼だと憤慨し、紅魔族以外の者達の名前の方が変だと思うと語る。ちなみに両親の名前は、母がゆいゆいで父はひょいさぶろーと言うらしい。

 どうも紅魔族とは優秀ではあるが、独特の感性を持っている種族の様だ。思わず沈黙する少年と女神に、何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか――と魔法使いの少女は言い寄った。この少女はどうも、かなり喧嘩っ早い性質である。

 その後、空腹で机に突っ伏した少女から冒険者カードを借り受け、ステータスを確認させてもらったが、確かに魔力と知力がずば抜けている事を確かめられた。習得の難しい爆裂魔法を使えるという事もあり、青髪女神はこの子のパーティ入りに大賛成する。最弱職の少年もまた、異世界に来て初めて、憧れの魔法を見れるかもしれないと乗り気になっていた。

 冒険者カードを見ている最中に分かった事だが、少女は自身の名前に誇りを持っている様だ。彼女とかあのことか呼びながら会話をしていた所、ちゃんと名前で呼んでほしいと抗議してきたのだ。他人から見ればふざけた名前だろうと、本人にとっては大切なものなのだろう。

 突っ伏したままの少女に酒場のメニュー表を差し出しながら、少年がとりあえず食事にしようと誘いかる。それと同時に、自身のパーティメンバーの紹介も並行して行う。

「まあ、まずはなんか頼めよ。俺の名前はサトウカズマ。この青いのはアクアで、笑い転げてるのはローだ。宜しくな、アークウィザード」

 少女は何か言いたげだったが、それでも空腹には勝てなかったのかメニューを受け取った。

 最弱職の少年は時折、唐突にSっ気を発揮する。まるで、気になる女の子に意地悪をする小学生の様だ。もしかするとそれは、彼なりの不器用な歩み寄りなのかもしれない。小手先や口先は器用なのに、人間関係は不器用な男である。

 

 

 カエルの出没する草原へ、再び彼等は戻ってきた。新たな仲間、爆裂の魔法使いめぐみんを伴って。

 待望の魔法使いの少女は、呪文の完成までには時間が掛るので、その間カエルの足止めを頼むと依頼してきた。後衛職としてはもっともな申し出なので、最弱職の少年は自らと女神に前に出るよう指示をする。

「おい、元何とか。お前も少しは役に立て」

「元って何!? 現在進行系で女神よ!」

 事情を知らない少女の前で飛び出した女神発言に、少年は慌てず頭が弱いんだと説明する。魔法使いの少女は自称女神に同情の視線を差し向けた。ちなみに同様の説明は召喚士にもしてあるが、フーンと一言返しただけでそれ以降追及は無かった。自称女神の正体よりも、その笑える行動の方が気になって仕方ない様だ。

 言われっぱなしの女神は堪った物ではない。異世界に無理やり連れ込まれ、挙句の果てに痛い子扱いとは哀れに過ぎる。泣きながら名誉挽回とばかりにカエルに突撃して行った。

「今度こそ女神の力を見せてやるわ! 見てなさいよカズマ! 震えながら眠るがいい、ゴッドレクイエム! ゴッドレクイエムとは女神の愛と悲しみの鎮魂歌! 相手は死ぬ!!」

 汚名挽回とばかりに頭から食われた。今回は何やら蓮の花を模した杖の様な物も取り出していたが、それを振るうまでも無く見事にカエルの体内に侵入を果たす。少年の目論み通り、カエル一匹の足止めには成功した訳だ。

 そして周囲の空気がピリピリと騒めき始める。

 少女が紡いでいた魔力と詠唱が、力と圧力を持ってこの世界へと顕在していた。焔色の魔方陣を遠くに居るカエルの足元に生み出し、次いで黒い風の様な魔力の流れがその頭上へと収束していく。

「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!」

 杖を掲げながら、朗々と少女が唱える。その勇ましい姿に少年が感動し、思わずおおと声を漏らす。

 これが爆裂魔法の詠唱なのかと固唾を飲んで見守っていると、隣に立つ召喚士がちがうちがうと手を振っていた。

「踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!」

 嬉しげに笑う召喚士曰く、爆裂魔法の詠唱自体はもう既に終わっており、少女は待機状態にさせたままでこの長々とした朗読をしているのだと言う。

 つまりは、この詠唱みたいな厨二ワードの羅列は、ただのカッコつけに他ならない。

「これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法。『エクスプロージョン』!!」

 まるで天空から燃えた空が落ちて来るかの様に、究極の破壊がカエルの頭上から降り注いだ。

 破壊が去った後には、ただ只管焼け爛れた半円のクレーター。目標となったカエルの姿など影も無い。強力無比な破壊の爪痕だけが、爆裂魔法の結果としてそこに残されていた。

「どうしよう、さっきの話のせいで素直に感動できない。でも、威力は確かに凄いな……」

 壮絶に微妙そうな顔をしながらも、少年は爆裂魔法の威力に感心していた。厨二的なセリフを愛し微妙なネーミングセンスを持っていたとしても、紅魔族と言う種族は侮りがたい性能を秘めていると実感できた。

 なによりも、この世界に来て初めて攻撃魔法と言う物を見る事が出来たのだ。例え放った者の感性がアレだとしても、やはり感動せずには居られない。異世界最高!

 だが、その感動に水を刺すが如く、地中からぼこりと土を跳ね上げてカエルが跳びだして来た。両生類の日に弱い肌を地中で護っていた所を、爆裂魔法の轟音に驚き出て来たのだろう。そしてカエルは、少年達を餌と認識して飛び跳ねながら向かって来る。

「……っ! めぐみん! 急いでそこから離れてもう一度魔法……を?」

 咄嗟に判断し、指示を飛ばした少年は、その視線の先で地に倒れ伏す爆裂魔法使いを見てしまった。草原に顔面からの無抵抗着地。斜面だったのでざりざりと、そのまま軽くずり落ちる。

 魔法使いが敵を倒したと思ったら昏倒していた。いったいこの現象は何だろうか、思わず脳が理解を拒んでしまう。

「ふっ……、我が奥義である爆裂魔法は、その絶大な威力ゆえ、消費魔力もまた絶大。……要約すると、限界を超える魔力を使ったので身動き一つ取れません」

 えーっ……――と残念具合が思わず口から漏れ出す。超絶な威力を持っていたとしても、一発でお荷物になるとはピーキー過ぎる。あれだけ自信満々だったと言うのに、蓋を開けてみればとんだネタ魔法であった。

 最弱職の少年の思考の間にも、カエルは喜々として動けない魔法使いの少女へと向かう。

「近くからカエルが湧き出すとか予想外です。やばいです。食われます。すいません、ちょっ、助け……――」

 ぱくんと、カエルが少女を一飲みにしようとした瞬間。その横合いから白銀の毛むくじゃらが駆けて来て、動けない少女の襟首を咥えて掻っ攫った。そのままカエルから距離を取り、首を振ってせっかく助けた少女を放り捨てて、カエルと少女の間に改めて立ち塞がる。ひゃんひゃんと威嚇にもならない吠え声も添えて。

 呆然と眺めていた少年が驚愕してよく観察してみれば、少女を助け出したのは召喚士が呼びだしていた巨大な子犬であった。

 あの子犬、あんなに身体能力があったのか、どうして召喚士は何も言わなかったのだろう。そんな思いでじっと視線を注ぐと、やはりニヤニヤと笑みを浮かべる張本人。

「別に戦えないとは一言も言ってないよ。……僕は君の判断に従っただけぇ」

「こいつやっぱり性格悪い! なんだよ俺の仲間は、どいつもこいつも欠陥だらけなのか!!」

 本人の目の前だが、思いっきり声に出して文句を叫んだ。魂からの慟哭であった。

 子犬を獲物と認識したカエルは、口を大きく開けて舌を鞭の様にしならせ瞬時に巻きつけた。あっと言う間に口内に収まるかと思われた巨大子犬だが、四肢を踏ん張りカエルの力と真っ向から対抗してみせる。最初の印象からは想像も出来ない程の能力を、このでかい子犬は持っていたようだ。

「その子を拘束したいなら、猫の足音でも探すんだね」

 だがこれでは拮抗しているだけ、決定打にはなりはしない。さっきから放置していたが、飲み込まれた女神も助けなければならないのだ。何か手はない物だろうか。

「レベル1、二重召喚。ヨーちゃん、出ておいで」

 拮抗に一石を投じる召喚士の声。また地面に召喚陣が描かれて、呼びだされたモノがその中心へと現れる。

 呼ばれて飛び出たのは人の腰程もある大きな卵であった。しばらく眺めているとぴきぴきと卵に罅が入り、内側からこじ開ける様に二度三度と強く叩かれる。叩かれたが割れない。そして諦めて卵は動かなくなった。

 召喚士が卵に歩み寄り、こんこんと軽くノックする。そこまでして漸く、卵の中身は姿を現した。

 卵を内側から押し上げて、にょろりと鎌首を擡げる細長い姿。卵の殻を頭に乗せて眠たげに瞬膜で目を細めるそれは、大人の腕程の太さを持つ大蛇であった。チロチロと舌を出して、周囲の様子を探って居る。

 呼びだされた大蛇はカエルを認識すると、立派な牙の生えた口を開け、カプリとひと噛みして直ぐにまた卵の殻に引っ込んだ。まるで、仕事は済んだと言わんばかりの態度である。

 噛みつかれたカエルは、最初の内は微動だにしなかった。たが直ぐに噛み付きの効果が表れて、口の端から泡を吹いてその巨体が引っ繰り返る。子犬を捕らえていた舌を弛緩させ、足だけをぴくぴくさせて昏倒していた。

 召喚士に呼びだされた二匹目の召喚獣は、牛の様に巨大なカエルも昏倒させる猛毒の持ち主だったのだ。これには最弱職の少年も口角を上げてお喜びである。

 なんにせよこれでパーティに超ド級の火力と、多彩な召喚術というサポートが得られた訳だ。どうしようもないと思っていた異世界生活だが、やっと光明が見えて来たかもしれない。少年の胸中には、やっと希望の光が灯り始めた。

「あの……すいません。浸っている所もうしわけないのですが、また新しいカエルが、くぱっ!?」

「あ……」

 よそ見して居たら、投げ捨てられたままの魔法使いが食われました。

 

 

「うっ……うぐっ……。ぐすっ……。生臭いよう……。生臭いよう……」

「カエルの中って、臭いけど良い感じに温いんですね……」

「知りたくねーよそんな情報。なんかもう、こんな風になるんじゃないかって予感はしてたよ……」

 結局あの後は、捕食して動かなくなったカエルを最弱職の少年が倒して、女神と魔法使いの二人を救出。毒で昏倒したカエルも結局は死に切らず、少年がトドメを刺す事になった。レベル一ならこんなものなのかもしれない。

 今は動けない上に粘液塗れの魔法使いを少年が背負い、帰り道で体力の尽きた召喚士が巨大子犬の背中にうつ伏せに倒れ込んでいる。その後方を同時の様に泣き喚く粘液の女神が付いてきていた。

 すっかり日の傾いた暮れなずむ街並みを、珍妙な集団がギルドへ向かって歩いていく。

 その途中で、最弱職の少年は半分ぐらい予想していた事を魔法使いの少女に聞いてみる。爆裂魔法以外の魔法は使えるのか、と。出会った時にも感じた妙な既視感が、彼にその質問をさせていた。答えは聞かなくても大体わかる気がするが、聞かずにはいられない。

「……使えません。私は爆裂魔法以外の魔法を習得する気はありません。今迄も、そしてこれからも」

「……マジか?」

「マジです……」

 頼むから予感よ外れてくれと願っていたが、無情にも魔法使いの少女はその願いを踏みにじってくれた。

 それから彼女は如何に爆裂魔法を愛しているのかを、如何に爆裂魔法の道を突き進もうと決意しているかを語る。たとえそれが茨の道だとしても、たとえそれのせいで御飯が食べられない日が続こうとも、彼女は非効率なロマンを追い求めるのだと宣言した。

 泣きじゃくっていた女神もそれに同調し、二人は親指を立て合って互いを称賛する。これが類は友を呼ぶと言う物なのだろうか。

「そっかー、大変だろうけどこれからも頑張ってくれよ。ギルドに着いたら報酬は山分けにして、明日からは別のパーティで頑張ってくれ」

 女神まで同調した事で、少女の危険性を確信した最弱職の少年。さっさかと彼女を切り捨てるべく、一方的に話を持って行こうとする。

 だが敵も然る物。動けない筈なのに両手両足を少年の体に絡みつけ、必死に捨てないでくれと訴える。食費と雑費だけで長期契約を、今ならお得だからと喚き立てる。魔法使いなのに妙に強い握力で、引きはがそうする少年は苦戦を強いられていた。

「ええい離せぇ! うちにはもう回復だけのポンコツ女神と、体力無しの性格悪い召喚士が居るんだ。これ以上ポンコツを養う余裕なんてないんだよ!」

「もうどこのパーティも拾ってくれないのです! お願いします! 捨てないでくださいー!」

 粘液を弾けさせるのも厭わずに、絡み合いながら苦闘する二人。仲が良いというか、争いは同じレベルの物でしか起こらないというか、なんとも微笑ましい限りである。

 そんな二人を見て、通りかかった町人たちが騒めき始める。これだけ目立って居れば仕方のない事だろう。

 町人達の目には少年が小さい子を無理やり捨て様としている様に映ったらしく、少年の事を鬼畜だ最低だと罵り始めた。すぐ傍にぐったりした召喚士と粘液塗れの女神が居るせいで、余計に想像を掻き立てるののだろう。彼はもう目撃者達にとっては、見目の良い娘達を粘液塗れにする変態にしか見えない様だ。

 そして、頭の良い紅魔族はそのチャンスを見逃すはずも無かった。町人達の言葉に戦慄する最弱職の少年に向けて、口の橋を曲げてヘッと嗤って見せて更に戦慄させる。

「どんなプレイでも大丈夫ですから! カエルを使ったヌルヌルプレイにも耐えて見せますか――」

「わかったー! これからもよろしくな、めぐみん!!」

 衆目の中でとんでもない事を叫び始めた少女に、ついに冒険者は屈服するのであった。パーティに魔法使いが正式に加入した瞬間である。おめでとう。

「ねー、そんな事どーでも良いから、私は早くお風呂に入りたいんですけどー……」

「おめでとう。いやぁ、面白い事になったなぁ……。ぶっ……くふふふふ」

 すっかり放置された女神が悪態をつき、子犬の背中で召喚士がプルプル震えながらひっそり笑っていた。

 

 

 魔法使いと女神に金を渡して大衆浴場に送り出し、カエル肉の運搬依頼とクエストの報告を済ませた後。最弱職の少年と召喚士は二人向かい合って、ギルドの酒場の一席でぐったりと脱力していた。

 日も暮れて仕事帰りの冒険者や町人までもが集まってきて、各々に酒宴に食事にと浮かれている。二人の場所にまで香しい香りが漂って来ているので、こちらのお腹の虫も鳴きだした。風呂組には早く帰ってきてもらいたい物である。

 本当に心の底から疲れた一日であった。こんなに疲れたと言うのにカエルの討伐の賃金は十一万五千エリス。四人で分ければ一人二万五千強と、命の価値としてはつり合いが取れない安さである。

 ちなみに報告時の受付は、例の金髪巨乳の受付嬢に換金してもらった。最初は避ようかとも思ったが、だんだん面倒臭くなってきたのだ。何より女に酷い目にあわされているが、別に巨乳にが嫌いなわけではない。あんな際どい服を着て、胸を強調させている方が悪いのだ。おっぱい万歳。

「結局カエルにトドメを刺したのは俺ばっかりだったな、結構レベルが上がってる。……本当に倒すだけでレベルって上がるものなんだな」

 今回のクエストは、カエルにトドメを刺した最弱職の少年のレベルが一度に複数上がって居なければ、本当に徒労であった事だろう。転生前は効率の良い狩りを繰り返していた自宅警備員としては、もっと収入の良いクエストを探したい物だ。せめて命の対価として相応しいクエストが良い。

「一応他のクエストも見てみたけど……。碌なクエストもないし、もう日本に帰りたい……」

「Zzz……」

 少年が愚痴を零していると、対面の召喚士がずるずると滑り落ちて長椅子に倒れ込んでいく。そんな所で寝るなよと声をかけても、もう既に返事は無い。ただの屍の様だ。

「しょうがねぇなぁ、この男女は……」

 たとえ男だろうと女だろうと、こんな場所で放置できない。お店の人に迷惑だからだ。

 それにしても、一緒に馬小屋生活しているが相変わらず性別が良く分からない。分かっているのは性格が悪い事と、面白い事を求めてこのパーティに居る事ぐらいか。最初は親切な人だと思ったのに、えらい奴を拾ってしまったものだ。最弱職の少年的にはこの召喚士も、出来る事なら手放したい一人であった。

 とりあえず体だけでも起こそう。頭を掻いて立ち上がりかけて、そんな少年の背後から声が掛けられた。

 それは、確かな力強さを持った声色で、思わず最弱職の少年も振り向いてしまう。

「募集の張り紙を見せてもらった。まだパーティメンバーの募集はしているだろうか?」

 カツカツと自信に溢れた足音と共に、後頭部で結った金の頭髪を左右に振らせ、颯爽と現れる鎧の女騎士。彼女の持つ美貌に少年は自身の頬が熱くなるのを自覚して、それでもなお視線を逸らせずにいた。

 これはついに、自分にもモテイベントとやらが来たのだろうか。こんな美人の年上っぽいおねーさんと知り合いになれるなんて。異世界に来て以来信じていなかった自分の幸運の高さに、初めて期待が持てそうな気がしてきた少年であった。

 しどろもどろになりつつも、まだ募集は続けているがあまりお勧めしていない事を伝える。それを聞いて女騎士は安堵の吐息を漏らし、自信の主張を語り始める。

「そうか、良かった。貴方の様な者を、私は待ち望んでいたのだ……」

 そこで一度言葉を区切り、なぜか頬を赤く染めてほぅっと胸の内の熱を逃がす様に吐息を漏らす。そんな仕草がやたらに色っぽい。女の色香とかはよく知らないが、これが年上の魅力とやらなのか。女性と碌に話せなかった童貞少年には、いささか刺激が強かった。

「……私の名はダクネス、クルセイダーを生業としている者だ……」

 何故か女騎士の息が荒くなる。はぁはぁと喘ぐ様にして、振り絞る様に思いを言葉にして行く。最早、端整だった顔には見る影もない。

「是非私を……、この私を、パ、パパパ、パーティーに!」

 ――ああ、なんかとんでもなく嫌な予感する。

 興奮して捲し立てる女騎士を見ながら、最弱職の少年は己の勘に戦慄を覚えていた。なにせこの勘は、この異世界ではよく当たるのだから。

 

 

 



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