そう思った方もいるでしょう。
私もそう思いました。
暗い微睡みの世界から、最弱職の少年は誰かに呼ばれている様な気がして目を覚ました。
目を開いて周囲を見渡せば、そこは薄暗い裏路地。覚醒して徐々に血が巡り始めた頭は、この状況を走り疲れて眠りこけてしまったのだと判断する。前後の記憶が良く思い出せないが、冒険者ギルドで嫌な思いをして飛び出したのだけは間違いないので、その判断に間違いはないだろうと納得しておいた。
「あ、いたいた、居ました! アクアー、ダクネスー! カズマを見つけましたよー!」
「……ん。ここに居たのか。ずいぶん探し回ったぞ」
未だに路地裏の地面に座り込んでいる少年に、聞き知った複数の声が掛けられる。直ぐに少年に近寄る足音と共に、魔法使いの少女を先頭にして青髪女神を背負った女騎士も近づいてきた。青髪女神は顔を真っ赤にして、どうやら自分で歩けない程に酩酊している様子だ。
「あー、かじゅまさん、どこ行ってたのよう。みんなでかじゅまさんがいなーいって探し回ってたんだからぁ。あ、だくねしゅ、ちょっと下ろして。ぎぼぢばるひ」
「ちょっ!? 待てアクア、そこで吐くな! 今下ろすから!」
慌てた女騎士が路地裏の隅にダッシュして、青髪女神が口からキラキラした物を垂れ流す音が響く。そんな最低なバックコーラスを聞きながら、最弱職の少年はまだ少しぼやける頭を振りながら立ち上がり、ふと思い至った事を魔法使いの少女に尋ねていた。
「……お前達だけか?」
「え? 私達だけですけど……。ああ、カズマがスティールしたあの二人なら泣きながら帰ってしまいましたから、少なくとも今日はもう顔を合わせる心配はないですよ」
「え、ああ、そうか……。それは、助かるな……」
違う。ギルドの受付嬢と新人冒険者の二人の事ではない。頭の中ではそう思ってはいたが、それを少年は言葉にはしない。ここに居る三人以外に少年の仲間など居ないのだから。いったい、他に誰が居ないと言うのだろうか。
「カズマ……? ぼーっとして、具合でも悪いのですか?」
「ん、いや、大丈夫だよ。じゃあ帰るか、せっかくだし皆で……」
呆けていると魔法使いの少女が心配して声を掛けて来る。それに対して手を振りながら応えると、少年は少女の手を借りて立ち上がりパンパンと尻に付いた埃を払う。
「そういや、屋敷に帰らないでわざわざ探してくれたのか? 帰って不貞寝してるかも知れなかったのに」
「カズマが飛び出してからそんなに時間も経ってませんし、それならまだ近場に居るだろうと探してみる事にしたのです。せいぜいアクアが一気飲みのし過ぎでヘロヘロになったぐらいですし。それに――」
歩き出しながら何気なく聞いてみた少年の言葉に、少女は事情を説明しつつ一旦言葉を区切った。何とはなしに視線を上に向けて、夜空を見上げながら思いを探りつつ言葉を紡いで行く。
「なんとなく、誰かに探しに行けと言われた様な気がしたので……」
「……そうか」
少女の静かに紡がれた言葉に対して、少年は短く返すだけだった。なんとなく思いつくなんて、誰にだってある普通の事だ。それを特別気にしていたってきりが無い。
ただ、何かが気になって、もう一度路地を振り返る。少年が寝ていた場所に視線を送っても、何もありはしない。これ以上気に留めても、状況が変わる事は無いだろう。
その日はもう、全員で屋敷に帰って、風呂に入ってから直ぐに眠りに付いた。どうせまた、明日からも騒がしい日々が始まるだろうと諦めつつも、強く願って。
幾日か経ったある日の事。
ここ数日の間、頭の中に以前出した商品の改良案がポンポンと浮かび、どうせならもっと金を稼いでおくかと少年は新たな設計図を書き起こしていた。まるで誰かに教えられたかのような唐突な発想だが、閃きなどと言う物はふっと湧く物だろうと深く考えない事にする。きっと以前に何かで見聞きして、魂にでも刻まれていたのだろう。
そして今は、それを仮面の悪魔に見せて商談するべく、一人屋敷を出て街中へと向かっている途中であった。
「よお、お前さん今日は一人なのか? アンタにしては珍しいな。ま、たまには自由に羽を伸ばさなくっちゃな! 地獄の様な世界に生きてるんだ、たまの娯楽が生き甲斐って奴よ!」
途中、荒くれ者の様な姿をした機織り職人と声を掛け合ったりもする。どうでも良いが、彼の姿をずいぶん久しぶりに見た様な気がする最弱職の少年は、自分の中の違和感に軽く首を傾げていた。
その後、仮面の悪魔との商談は滞りなく終了。店の端でリッチー店主が黒焦げになっていた以外は、実にスムーズに話が付いてしまった。余りのとんとん拍子に軽く訝しさを覚えたが、相手は全てを見通す悪魔なのでどうせ商談の事も筒抜けだったのだろうと気にするのを止める。
どうせ外に出たのなら酒でも飲みに行くかと、少年の足は冒険者ギルドの方へと向かっていた。もしかしたら、起き出した仲間達も先に行って適当に過ごしているかもしれない。そう思って、自然少年の歩みは早まって行く。
流石に街の中心部に近づくと人通りが多くなり、すれ違うのも苦労する様な雑踏に流石に歩みが遅くなってしまう。元引き籠りには、人混みと言うのは大変苦手な物だと言うのに勘弁してほしいと言う物だ。
そんな時、最弱職の少年はスッと一人の人物とすれ違った。
その人物はローブに付いたフードを目深に被ってはいたが、すれ違う一瞬に少年と目が合い瞬間的に見つめ合う。吸い込まれそうな黒の瞳に、フードの脇から肩へ垂れ下がる太く結われた黒髪。そして、その人物の持つ作り物めいた整った美貌に、その一瞬だけ少年は目を奪われてしまう。
目が合った事に気が付いたフードの人物は、フッと自然に笑んで見せた。どこか見慣れた気のする、三日月の様に歪んだ微笑みを。
二人はそのまま、雑踏に流されるままにすれ違って行く。声を掛ける暇も無く、そうする理由も無くただ漠然と。
少し、何かが気になった少年が背後を振り向いた時には、すれ違ったフードの人物の姿は何処にも見えなかった。そうしてまた、少年は冒険者ギルドへの歩みを再開する。
何処かで会ったかも知れないなんて、そんな物は大抵が気のせいと言う物だ。そう胸の内で納得して、少年は前を向いて歩み進んで行く。
すれ違った二人の道は、それ以上交わる事は無い。少しだけねじ曲がった物語は、此処で漸く修正された。これで、本来の姿に戻るのだ。
――と、思っていたのだが。
「わっ!」
「どわあああああっ!?」
突然背後で大声を出されて、最弱職の少年は飛び上がる程に驚愕した。実際飛び上がって腰が砕け、雑踏の中だと言うのにその場にへたり込んでしまう。周囲の人々が迷惑そうに少年と、そして声を上げた人物を避けて歩きぽっかりと空間が出来る。
「び、びっくりした……、何なんだよいったい……?」
「ぶっ、あはははははっ! あはははははははっ!!」
腰を抜かしたままの少年を、驚かせた人物は指を差して大声で笑う。酷く楽し気で、そしてどこか、少年に懐かしさを感じさせる笑い声だった。
しかし、幾ら無様を晒したからと言って、その原因に笑われて良い気がする訳がない。少年が憮然とした表情でいると、笑いが収まった人物は軽い謝罪と共に掌を差し出して来る。よく見れば、それは先程すれ違ったフード付きのローブを着た人物であった。
「ごめんごめん。あんまりにも良いリアクションだったから、ついついツボに入っちゃって……」
「……ま、別に良いけどさ」
相手があんまりにもにっこりと笑う物だから、不承不承だが少年は差し出された手を取って立ち上がる。そうして並んで立ってみれば、相手は自分よりも背が低く少しだけ見下ろす様になった。
「実は、ちょっと今道に迷っててね。君なら教えてくれるかなって思って、声を掛けさせてもらったんだ。その格好からして、君は冒険者なんだよね?」
「ああ、まあ……、間違いなく『冒険者』ではあるな。『冒険者』では……」
驚かされた上に突然の話に戸惑ったが、この相手だとなぜかそんなに苛立ちが起こらなかった。むしろ、自分が職業的冒険者である事がばれてしまう方が、何だか居心地が悪い程だ。まるで前からの知り合いの様な、そんな距離感を相手に対して覚えていた。
ちょっとだけ居心地悪さで視線を逸らす少年に対して、フードの人物はそのフードを外しながら改めて少年に向き直る。そして、真っ直ぐ目を見つめながら言葉を紡ぐのだ。
「よかったら、僕を冒険者ギルドまで連れて行ってくれないかな。なんだか君とは、初めて会った気がしないんだ。向こうで少し、話でもしないかい?」
乞われた少年は暫し考えを巡らせてから、目を閉じてふうと大きく嘆息する。
「しょうがねぇなぁ。どうせ俺もこれから行く所だったんだ、案内してやるよ」
「ありがとう、凄く助かるよ。えっとそれじゃあ自己紹介でもしようか。僕の名前は――」
二人は話しながら、肩を並べて歩んで行く。
この先に何が待っているのかは、この新しく始まった物語次第である。
これは、些細な意趣返し。魔神器に捕らわれ、二人の幼馴染に振り回されたとある人物からの、たった一つのIfの返礼だ。
これにて、物語改変神器『デウス・エクス・マキナ』の全機能を停止。物語の観測と干渉を終了する。
後はもう、誰にも干渉されないことを切に願う。物語の外より、愛をこめて。
これで本当に終わり。
乗りと勢いのままに書き上げたそのままを投下したので誤字があったらごめんなさい。
そして読んでくださった方は本当にありがとうございます。
最後だからお願いもしてしまいます。
感想いっぱい欲しいです!最近全くなくて淋しいんですお願いします!
それでは、また会う事がありましたらその時はよろしくお願いいたします。
ではでは…。