【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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訊ねる


第三話

 時刻は現在昼を過ぎて、食後の気だるさをにじませる頃合い。変な疲れで昼まで寝てしまった最弱職の少年は遅めの昼食と、昼からの酒と言う自堕落な生活を送っていた。

「はー……、予想通りひどい相手だったな……」

 昨夜の女騎士には、酒を飲み過ぎたのでこの話はまた何時かと先延ばしにして逃げてきた。軽く話しただけで、女騎士が人様に言えない様な性癖の持ち主である事が分かったからだ。

「美人だと思ったのに、なんだよあの残念な性格は。あれが出会いイベントとか、クソゲーだろクソゲー」

 彼女は攻撃が当たらない不器用さと、モンスターに襲われる事を望むドMという合わせ技の持ち主であった。何をしても失敗ばかりする駄女神、火力はあっても一発屋の爆裂狂、歩くだけで倒れる体力のない召喚士、器用貧乏な最弱職というポンコツパーティに、これ以上地雷は入れたくは無い。カズマで無くとも誰でも思う事であろう。

 幾ら体力と力に自信があっても、敵を倒せないのでは壁役には不向きだ。元の世界のネットゲームでだって、肉盾役も定期的な攻撃で敵の気を引き続ける必要があった。不確定要素の多い現実の世界ならば、なおさら攻撃は必要だろう。ヘイト管理も出来ない前衛に、いったい何の意味があるのだろうか。

 そんな訳で、パーティは未だ前衛不足。クエストの安全性は上昇していないままだ。仕方ないので昼間からギルド内の酒場でパーティ全員でぐだついていた。

 今日はもうこのまま休日にしてしまっていいだろう。先日の稼ぎがあるので一日ぐらいは大丈夫な筈だ。パーティメンバー達も、各々金の有る休日を楽しんでいる。

 青髪女神は有り余るスキルポイントで獲得した宴会芸スキルで、今日も騒がしく遊び呆けて酒場の人々を盛り上げていた。花鳥風月と言う新スキルを取ったらしいが、少年には全く興味は無い。

 宴会芸に興味を示した召喚士とその飼い犬は、宴会芸の助手として頭に花を咲かされている。

 頭に乗せたグラスに種を投げ入れられ、そこへ更に扇子からの放水で水を与えられ一瞬で見事な花が咲く。宴会芸と言うより殆ど魔法みたいな出来栄えだが、観衆は大いに盛り上がり興奮していた。中には、金を払うからもっと芸を見せてくれと発言する者まで居る。

 そんな風に煽てるので、宴会芸の女神様は調子に乗りまくっていた。

「ふふん、芸は乞われて見せる物ではないの。披露したいと思ったその時に、心のままに演じてしまうものなのよ。あー、おひねりはやめてください。芸で身を立てている人達に失礼ですから、お金は受け取れないわ」

 見世物にされている召喚士は機嫌よくニコニコしているが、あいつまで宴会芸を取るとか言い出さないか少し心配にさせられる。あいつもあいつで性格に難があるので、最弱職の少年の中では評価が低かった。何時か追い出してやりたい内の一人である。

 先日パーティ入りした魔法使いの少女――めぐみんは、昼過ぎだというのにまだ食事を続けていた。口元に食べかすを散乱させながら、安い定食を一心不乱でがつがつやっている。きちんとナイフとフォークを使っているのに、なぜここまで汚れるのか理解できない。まるで、飢えと言う物に恨みがあるかの様な食いっぷりだった。

「なぁ、俺もそろそろスキルを習得したいと思うんだが、皆はどうやってスキルを獲得したんだ?」

 最弱職の少年は一心不乱に食事をとる少女の傍らで、彼女に職業的冒険者のスキル獲得についての講義を受けていた。最弱職は全ての職業のスキルを覚えられると説明されてはいたが、彼の冒険者カードにはスキルが一切表示されていなかったのだ。これでは、取りたくても取るスキルが無い。

 紅魔族の少女は食事の手を緩めつつ、片手間に職業的冒険者のスキル獲得についてレクチャーしてくれる。なんでも冒険者は、誰かにスキルを習わないとカードにスキルが現れないのだそうだ。

 全てのスキルを獲得して万能になれる可能性を秘めているというのに、他の誰かに教わらなければスキルすら取れない職。万能であるという事は個で役割を満たすと言う事のはずなのに、人との関わりを強制する様な不可思議な職業である。

「って事は、俺もめぐみんに爆裂魔法を習えば使える様になるわけだな」

「その通りですよカズマ! 爆裂魔法以外に覚えるべきスキルなんてありません!!」

 思い付きの何気ない一言に、少女が瞳を物理的に輝かせて迫る。爆裂魔法への同志になるべきだと、異様に興奮して体を密着させてきた。

 薄い体なのであまり嬉しくないかと思ったが、思春期童貞には劇的な効果があった。心臓が口から飛び出してしまいそうだ。このままでは体に悪いので、少年は少女の肩を掴んで引きはがしに掛る。

「お、落ち着けロリっ子顔が近い。今のポイントはそんなに多くないんだけど、爆裂魔法はどのくらい必要に――」

「ろ、ロリっ子……。この我が、ロリっ子……。へっ……」

 興奮しきっていた熱が一瞬に冷めて、ロリっ子扱いされた魔法使いが意気消沈する。瞳が濁り、心なしかとんがり帽子もしなびている様に見えた。自らの発育に思う所でもあるのだろうが、それにしたって何とも忙しない。

 気分が沈んで教える気が失せたのか、彼女は食事を再開し始めた。やさぐれながら、切り分けた人参をもぐもぐしている。

 こやつもまた性格も性能にも難があると再確認して、少年の口からは盛大なため息が漏れた。どこかに、性格も性能も良い仲間候補が居て欲しいものだ。

「ん……やっと見つけたぞ。こんな所に居たのだな……」

 そんな二人の背中に――正確には最弱職の少年へと声をかける者達が現れた。

 その聞き覚えのある声に、少年は確信する。性格も性能も良い仲間候補なんて居やしない、と。

 

 

 すったもんだの末に、最弱職の少年は話しかけて来た二人の冒険者と連れ立ってギルドの外へと出かけて行った。

 話しかけて来たのは、金髪の女騎士とその連れの銀髪の盗賊達の女二人組。女騎士は先日の話の続きをしたかったようだが、それを銀髪の少女に強引だと窘められた。こっちの盗賊職はまともそうだ。

 そして、その銀髪の少女はクリスと名乗り、スキル獲得に悩む最弱職の少年に盗賊スキルの獲得を提案する。報酬は酒を一杯奢るだけと破格であり、それに少年は喜んで飛びつく。スキルを幾つか習得するだけならば、それほど時間を掛けずに戻って来るだろう。

 未だに冒険者達に囲まれて宴会芸を披露する女神の所から、いい加減に楽しんだ召喚士が抜けだして来た。助手の仕事はそのまま巨大子犬に押し付けて、自らは宴会場から魔法使いの少女のいるバーカウンターへと移る。

 未だに食事している少女の隣に座わると、直ぐに給仕が酒杯とカエルのから揚げの定食を置いて行く。移動する際に前もって注文していた様だ。値段の安いカエルのから揚げは、ちょっと硬いけど美味しいので冒険者に人気なのである。

 そのまま食事に取り掛かろうとすると、ロリっ子呼ばわりから復活した少女がじーっと視線を注いできた。その視線に召喚士は幾許か考えを巡らせ、カエルのから揚げを二つほど彼女の皿に移してやる。

「いえ、視線を注いだ理由は催促ではありません。でも、これはこれでありがたくいただきます」

 もう既に何人分を食べているのかわからないが、健啖な事で微笑ましい限り。また食べかすを飛ばしながら、少女は揚げ立てのから揚げに齧り付く。

 それではなぜ視線を向けてきたのだろうか、召喚士には見当が付かなかった。なので素直に聞いて見ると、今までろくに話したことも無かった事に気が付いたからだと言う。

 確かに、この召喚士は一歩引いた所から、会話に混じらずうすら笑って居る事が多い。このパーティの会話は、主に最弱職の少年を中心にして行われる事も原因の一つであろう。

 それもそうかと思い直し、無難な所でどうして冒険者になったのかを語り合った。困った時はとりあえず共通の話題である。

 魔法使いの少女は言うまでも無く、爆裂魔法を極め、最強の存在として世界に君臨する事。その為ならばいかなる苦難も乗り越える所存であると、身振り手振りも交えて自信有り気に語る。彼女の場合は手段が目的であるので、とても今の人生が楽しそうであった。

 召喚士は面白いものを見る為に、そして今は最弱職の少年が一番気になると嬉しそうに微笑んで語る。最初に出会ったのは偶然で、それ以降も一緒に居るのは成り行きではあるが、青髪女神が騒ぎ少年が嘆くのを見ているのがとても楽しいのだ。楽しいから一緒に居て、新しく加わった魔法使いの少女にも楽しませて欲しいと素直に告げた。

 率直に言われたからか、見目麗しい顔で微笑まれたのが原因か、魔法使いの少女がほんのりと頬を染める。気恥ずかしさを誤魔化す為か、彼女は話題を変える事にした。

「何よりも一番気にかかるのは、あなたの性別です。せっかく綺麗な顔をしているのに、どっちなのか気になってしょうがありません」

「紅魔族も外見には優れている筈だけどね。……ちなみに、どっちだと嬉しい?」

 はぐらかす様に言われて、ぷくっと少女の頬が膨らむ。からかわれたと思ったのだろうか、少々気分を害してしまったらしい。召喚士はそれを見ても、悪気が無いので首を傾げるばかりである。

 笑顔は少女の様で、しかし言動は男の様で、体つきはローブに隠れて分かり難い。直球で性別を訊ねてみても、今の様にはぐらかしてくる。性別すらも仲間に秘匿するこの召喚士は、何者なのであろうか。

「仲間にすら己の正体を秘匿する……。なんですかなんですか! 謎を秘する孤高の人物とか、紅魔族的にポイント高いですよ!」

 なんか変なスイッチが入った。気になるというのはもしかして、そういう意味だったのだろうか。流石の紅魔族の感性、罪深い事である。もちろんネタ的に。

 

 

「ちょっと二人とも、この私を差し置いて何楽しそうな話してるのよ。私も混ぜなさい、このアクア様のありがたい説法を聞かせてあげるわ!」

 暫く二人で他愛ない雑談をしていると、宴会芸を披露するのに飽きた女神が話に加わってきた。玩具として弄りつくされた子犬は、ギルドの隅で丸くなってぐったりしている。可哀想に、後で美味い物でも食わせてやろうと召喚士が思う。

「ローも良くお酒を飲んでいますよね。それはアクアが飲んでいるシュワシュワとは違うようですが」

「これはミード……蜂蜜酒だよ。僕の故郷では良く飲まれていたんだ。濃厚だから揚げ物にも良く合う良いお酒だよ」

「ふーん、あなたって意外とおじいちゃんみたいな物が好きなのね。私は断然クリムゾンビアーよ。この喉越しが堪らないわ! ん……、ん……、んぐ……、っぷはぁ!!」

 しばし、女神も加えて他愛も無い話に花が咲く。魔法使いの少女もお酒を飲みたがるが、まだ早いと言って行って止めさせる。もちろん飲みたがって悔しそうにするのが面白いからだ。

 そんな事をしていると、漸く最弱職の少年がギルドの戸を開いて戻ってきた。背後には例の女騎士と盗賊職の少女達が居るが、その片方の銀髪の盗賊少女が泣いていた。さめざめと、まるで凌辱でもされたかの様に。

「あ、ようやく帰ってきたわね。ちょっとあんた、この私の華麗な芸も見ないでいったい何処に――、その後ろの子はどうしたの? 泣いてるじゃない」

 少年に気が付いた女神が早速彼に噛み付いて、次いで後ろで女の子が泣いているのを指摘する。何があったのかを聞けば至極簡単な事で、微妙に嬉しそうな顔で女騎士の方が説明してくれる。

「うむ。クリスは、カズマにパンツを剥かれた上に、あり金毟られて落ち込んでいるだけだ」

「ちょっとまてぇ! おい、あんた何口走ってんだ。間違ってないけど、ホント待てぇ!!」

 その後は、泣いたままの盗賊少女が続けてくれた。奪い取られた下着を取り返す為に金を払うと言えば、自分の下着の値段は自分で決めろと言われたとか、さもなくばこの下着は我が家の家宝として奉られるだろうとか、色々鬼畜な所業が行われたらしい。

 片や喜び、片や泣き濡れながら告げられたその内容に、魔法使いと女神はドン引きし目元口元を引きつらせる。召喚士は口元を抑えて笑いを堪えていた。大体いつも通りの光景である。

 最弱職の少年は、今やギルド中の女性冒険者やギルド職員、果ては酒場の給仕にまで冷たい視線を向けられる。それを見てひっそりと盗賊の少女は舌を出す。半分ぐらいはウソ泣きだった様だ。

 復讐成ったりと気を良くした盗賊職の少女は、上機嫌に微笑みながら立ち去って行った。財布が軽くなったので、臨時のパーティを探して補充しに行くのだそうだ。強かな上に、まるで突風の様な少女であった。

 こちらも気を取り直して一度集合する。なぜか女騎士も一緒だったが、彼女自身は当たり前の様に堂々としているので誰も指摘はしなかった。

「それで結局、カズマはスキルの習得は出来たのですか?」

 魔法使いの少女の指摘に、最弱職の少年は自信を込めてほくそ笑む。そして見てろよとの言葉と共に、仲間達に向けて掌を差し出した。

 スティールの宣言と共に、辺りに眩い閃光が走る。光が収まって目の眩みが解ける頃には、少年の手には盗み出された品が握られていた。最弱職の少年はそれを両手で広げ、マジマジと観察して――

「なんですか、レベルが上がって冒険者から変態にジョブチェンジしたんですか? スースーするので、パンツ返してください……」

 涙目になった少女が手を差し出し、奪われた下着の返還を要求する。少年のスティールは彼の幸運の高さ故なのか、的確にレアアイテムを狙い撃ちにする様だ。

 それを見て、とうとう耐えきれなくなった召喚士が床に崩れ落ち、腹を抱えて笑い転げる。女神は女神で、改めて少年の所業に流石『クズマ』と納得していた。

「公衆の面前で、こんな小さな子の下着を剥ぎ取るなんて、なんて鬼畜だ許せない!」

 唐突に少年と少女の間に割って入った金髪の女騎士は、その鬼畜の所業に興奮したのかハァハァしている。むしろ自分にこそ、その責めをやってくれと言わんばかりに、瞳を潤ませ期待に頬を染めていた。

「是非! 私をあなたのパーティに入れて欲しい!」

「要らない」

「んんっ!?」

 拒絶されてもそれはそれで嬉しいのか全身をぶるりと震わせる。ドMは無敵なのだろうか。

 召喚士がこのやり取りで、笑いながら床をバンバン叩き始めた。そうでもしないと、笑いで正気を保って居られないのだろう。面白がり過ぎだ。

 閑話休題。一同は視線を集め過ぎたので、隅の方のテーブル席へと移動した。

 そこでパーティリーダーの少年は、皆に話を聞いて欲しいと重々しく告げる。今までに無い真剣な声色に、各々は居住まいを正して聞く体制に入った。

「実は、俺とアクアは真剣に魔王討伐を目指している。俺達と一緒に来るって事は、自ずと魔王の軍勢と戦う事になるって事だ」

 先程まで女人のパンツを盗んでいたとは思えない位に表情を引き締め、自らが冒険者になった目的を継げる。今までの冒険者生活――主にアルバイトの日々――からは想像もつかないが、少年と女神の終着点は魔王の討伐らしい。

「ローも丁度いい機会だから、よく考えて欲しい。このままだと魔王軍と敵対して、酷い目に合うかもしれないんだ。今ならまだ、普通の冒険者に戻れるはずだから」

 だから頼むからこのパーティを抜けてくれませんかねぇ――と心の中で絶叫する。大仰に言ってはいるが、要するに怖気づかせて出て行く様に促したいだけであった。ゲスい事を平然とやる割には、やる事が最終的に小物っぽくなるのは、彼の美徳なのかもしれない。

 今の話を聞いて、それぞれの反応は様々だった。

「我が名はめぐみん! この私を差し置いて最強を名乗る魔王には、我が爆裂魔法をお見舞いしてやりましょう!」

「いかーん、火に油を注いじまった……」

 突然名乗りを上げて、更に魔王討伐を宣言する魔法使いの少女。

「魔王軍と敵対し、捕まった末にエロイ事をされるのは女騎士のお約束だな。くぅぅっ、想像しただけで武者震いが……」

「おい、武者震いに謝れ。お前のはただの妄想での身震いだ」

 魔王に捕まった後の拷問やらエロイ事に、息を荒げて妄想に浸る女騎士。

「僕は君達のやり取りが見れるのなら、このまま一緒に冒険者を続けたいな。こんなに面白い冒険者は、きっと他に居ないだろうからね」

「お前ならそう言うだろうと思ったよ。断っても嬉しそうに付いて来るんだろうな」

 カズマを見てニコニコしながら、今まで通り面白そうだから一緒に居ると宣言する召喚士。

「ねぇねぇカズマカズマ。私、話を聞いてたら何だか腰が引けて来たんですけど。何かこう、もっと楽して魔王討伐する方法とかない?」

「はいカズマだよ。お前は当事者なんだから、もっと積極的になれよ!」

 そして、青髪女神は話を聞いて不安になったのか、本当に魔王を倒せるのかと言い出して少年に怒鳴られていた。当事者意識と言うものは、この女神様は持ち合わせていない様だ。

 銘々が好き勝手に騒いで、結局誰一人パーティから抜けるつもりは無いらしい。少年のツッコミもキレキレだ。このままで脳の血管まではち切れるだろう。

 色々な意味で場の雰囲気がもうだめになった時、ギルド内に――否、町中に大音量の放送が鳴り響いた。

 

 

 放送で呼びだされ、町中の冒険者を狩りだしてまで対処する緊急事態とは、キャベツの収穫であった。

「なんじゃこりゃーーー!!!」

「マヨネーズ持ってこーい!!」

 この世界のキャベツはキャベツと侮るなかれ、なんと栄養豊富に育つと空を飛び食われて堪るかと逃げ出すのだという。そして最後には地の果てでひっそりと朽ち果てる。そんなキャベツ達をひと玉でも多く捕獲して、美味しく頂いてやろうというのがこのクエストの目的であった。

「なんでキャベツが飛んでんだよ! なんで冒険者が真面目な顔で立ち向かってんだよ! なんであんなのがひと玉一万エリスもしやがるんだよ!」

「うむ、今年も豊作の様だな。換金額も高く冒険者達の士気も高い、今年は荒れるぞ」

 報酬はキャベツひと玉につき一万エリス。食べるだけでレベルが上がり、捕まえるだけでも経験値が貰えるという非常識さから、市場では大変人気があるのだと言う。金の在り余った王侯貴族などが、食べるだけレベルアップを施すのに使われるのであろう。

「ちくしょう! やっぱりこの世界は最低だーー!!」

「……嵐が、来るっ!」

 雄叫びをあげて、飛来するキャベツの群れに立ち向かって行く冒険者達。飛来するキャベツに剣や斧を振るい輪切りにし、魔法や放たれた矢が風穴を開けて行く。思いっきり傷モノになっているが、商品価値は大丈夫なのだろうか。

 その後方、街の出入り口では、ギルドの受付嬢達がメガホンで激励と、捕まえた後のキャベツの捕獲場所の指示を行っていた。捕まえられて来たキャベツ達が次々と檻の中に放り込まれ、清く冷たい水に漬けられて鮮度を保たれる。

 まるで辺り一帯がお祭り騒ぎ。これぞ正に収穫祭だ。

「はあ、叫んだらだいぶ落ち着いたわ。俺もう帰って寝るから、後頼むな」

「カズマが帰るなら僕も帰ろうかな。お金には今のところ困ってないし」

 そんな光景を眺めながら、最弱職の少年は馬小屋に帰って寝ても良いかと仲間達に問いかけた。キャベツが空を飛ぶ非常識な光景に、とんでもなくやる気を削がれたらしい。

 召喚士もまた他の冒険者達の様に興奮する事も無く、少年の行動を観察してそれに従おうとしている様だ。

「まあまあ、そう言わずにカズマも参加しましょうよ。捕まえるだけでお金がもらえるクエストなんて、そうありませんよ?」

「そうよ、お金ももらえる上に、捕まえればなぜか経験値まで増えちゃうのよ。ローの召喚獣を強化する、絶好のチャンスだわ! なにより、こんなお祭り騒ぎに参加しないなんて、ありえないわよ!!」

 結局は、稼ぎ時には違いないので参加するだけしてみないかと仲間達に言われ、しぶしぶとクエストに参加する事となる。

「ん……、そうとなればこの機会に、私のクルセイダーとしての力を見てもらおうか」

 まず最初に張り切ったのは、まだ正式加入していない女騎士だった。聖騎士としての実力を見てくれと喜び勇んでキャベツへと突撃し、両手持ちの大剣をブンブンと威勢良く振るう。

 振るう振るう振るう、当たらない当たらない掠りもしない。不器用だと言ってはいたがここまでなのかと少年は天を仰いだ。

「はっ!? 危ない!!」

 だが、防御力だけは一級品なのか、弾丸の様に飛来するキャベツの体当たりではダメージを負っていない様だ。それどころか窮地に陥った他の冒険者を、自らの肉体を盾にして庇って見せた。

「ぐっ、私が耐えている間に、今の内に逃げろ! クルセイダーは誰かを守る為になら、この程度の責め苦など、問題ない!!」

 鎧が剥がれても、その豊満な肉体を曝け出されても、絶対に引かないと言い放ち両手を広げて護り続ける。そんな姿に周囲の冒険者達からは称賛が、女騎士の性根を知っているカズマからはドン引きの視線が送られた。

 どうやら全身を滅多打ちにされる痛みと共に、露わになった肢体に注がれるむくつけき男達の視線まで楽しんでいる様だ。

「くぅぅっ! 汚らわしい……。堪らん!!」

「汚らわしいのはお前の思考だよ、この変態騎士!!」

 次に逸り出したのは尖がり帽子の紅魔族。興奮に瞳を明々と輝かせ、しっかりとポーズを決めながら詠唱を開始する。そして魔法が完成してから改めて名乗りを上げ、それから仕上げのカッコイイ詠唱を朗々と告げるのだ。

「我が必殺の爆裂魔法の前において、何物も抗う事など叶わず! あれ程の敵を前にして、爆裂魔法を放つ衝動が抑えられようか……、いや無い!(反語)」

 一見無駄に無駄を重ねている様に見えるこの流れこそが、紅魔族を紅魔族足らしめる必要な儀式。かっこいい事が全てに優先する、独特の美的センスなのである。

「光に覆われし漆黒よ、夜を纏いし爆炎よ。紅魔の名の下に、原初の崩壊を顕現せよ。終焉の王国の地に、力の根源を隠匿せし者。我が前に統べよ『エクスプロージョン』!!」

 放たれた爆裂魔法によってキャベツが、それに釣られた別のモンスター達が、そしてその余波で冒険者達が無慈悲に吹き飛ばされる。最前戦でキャベツに殴られていた女騎士もまた、嬉しそうな悲鳴を上げて吹っ飛んで行った。

 辺り一面に緑の球と、大の字になった冒険者達が転がった。まさに兵どもが夢の後。

「さーて、いよいよこの私の出番が来た様ね。私も活躍してくるわ!」

 そこで動き出したのは意外にも、労働嫌いの青髪女神であった。倒れ込む怪我人達に次々と回復魔法を掛け、水芸の宴会芸スキルで出した水を振る舞っている。そして、手当てした冒険者達が休憩している間に、転がっている緑の球達をせっせと回収し、ギルド職員の元にある大きな籠に運ぶのだ。

「はいはーい、冷たいお水でもどうぞー。ヒールの代金は、そこに転がってるの一つで良いわよ。んじゃ貰って行くわねー、まいどどうもー!」

 人の戦果を横から掠め取るような手段だが、なるほど施しを受けた相手からは文句は出ないであろう。善意だけでないこの狡すっからい所が、何ともこの女神らしい。

 要するに、いつもの通り好き勝手に遊び回っているのだ。

「異世界に来てキャベツ狩り……。こんなのがカエル二匹分とか、ありえねー……。もう日本に帰りたい……」

「いやぁ、退屈しない世界だなぁ。……それで、君はどうするのかな?」

 とりあえず三人分の仲間達の活躍を見終えて、最弱職の少年は深々と溜息を吐いている。その後ろに控える召喚士は惨憺たる有様にご満悦で、そうして次にため息を吐く少年がどんな行動に出るのかを期待して眺めていた。

「あーもう、しょうがねぇなぁ!!」

「しょーがねーなー」

 さしあたっては、魔力を使い果たした魔法使いの少女を回収しに向かう。潜伏スキルを使いキャベツの目を掻い潜り、一瞬の隙を突いて地に付した体を背負い、安全地帯まで送り届ける。

 その間に召喚士は巨大子犬を呼びだして、爆裂の余波で吹き飛ばされて至福の表情で倒れる女騎士を回収させる。襟首を噛まれてズリズリ引きずられる様は中々悲惨ではあるが、やられている本人は相変わらず幸せそうなので構わないだろう。こいつはもう色々と駄目だ。

「とりあえず、お試しの『スティール』!」

 リタイア組を片付けて身軽になった少年は、次にキャベツに向かい窃盗スキルを試みる。眩い光の後には、その手には活きの良いキャベツが無傷で捕獲されていた。

 教えてもらった盗賊スキルはキャベツに対して有効。となれば――

「こうなったら稼ぎまくってやる。行くぞー!!」

「フーちゃん、ヨーちゃん、出番だよ」

 この後無茶苦茶キャベツ狩りした。

 

 

 主に爆裂魔法のおかげで色々と酷い事にはなったが、街に襲来したキャベツは見事冒険者らの活躍でその粗方が捕らえられた。今は日も落ちて夕餉の頃合い、場所は既に冒険者ギルド内の酒場に移って居る。

 高額の報酬を期待できるクエストの後なので、その報酬自体は後日払いとは言え、冒険者達は大いに浮かれて今は酒場で祝勝会を開いていた。要するに乱痴気騒ぎである。

「皆、ジョッキは持ったわね? それじゃあ、かんぱーい! お疲れ様でしたー!」

 青髪女神が酒の入ったジョッキを高らかに掲げて乾杯の音頭を取り、最弱職の少年達のパーティメンバーもささやかながら宴会に加わった。思い思いに料理に手を伸ばし、快活に杯を飲み干していく。

「何故たかがキャベツの野菜炒めがこんなに美味いんだ。納得いかねえ、ホントに納得いかねえ」

 そんな中、パーティーリーダーの少年だけはキャベツの野菜炒めの味に不満を漏らしていた。美味しい物を素直に喜べないとは難儀な事だ。

「しかし、やるわねダクネス、流石クルセイダーね! あの鉄壁の守りには流石のキャベツ達も攻めあぐねていたわ!」

 酒が回れば口も回るのか、女神が女騎士の活躍について語り、その防御力に称賛の言葉を贈る。褒められ慣れていないのか謙遜しながらも、照れを隠せずはにかむ女騎士もまた、向かいに座る魔法使いの少女の爆裂魔法の威力を称賛した。

「いや、私などただ固いだけの女だ。不器用過ぎて攻撃も当たらないし、誰かの壁になって守るしか取り柄が無い。その点、めぐみんは凄まじかった。キャベツを追って街に近づいたモンスターの群れを、爆裂魔法の一撃で吹き飛ばしていたではないか」

「ふふん、紅魔の血の力思い知りましたか。アクアこそ回復魔法で怪我人を癒したり、宴会芸スキルの水で労ったりと大活躍だったではないですか」

 誉められた爆裂魔法使いはそれに当然とばかりに胸を張り、代わりに自分は戦場の支援をしていた青髪女神を流石アークプリーストと称えるのだった。

「キャベツを倒すために冒険者になったわけじゃないんだぞ……」

「そんな事言って、カズマもローもあの後、大いに活躍していたではありませんか」

 互いを褒め合って満足したのか、次の矛先は椅子の代わりに召喚した子犬に横座る召喚士と、不平タラタラの最弱職の少年へと向かう。

「そうだな、カズマは覚えたてのスキルを実に良く使いこなしていた。まるで本職の暗殺者の様だったぞ」

 潜伏スキルで敵に悟られずに死角を突き、スティールで一方的に無力化する戦法を使い、更には地面に落ちたキャベツまでを大量に確保すると言う、暗殺者もかくやと言った八面六臂の活躍を見せた職業的冒険者。

「ローは召喚獣達をここぞとばかりに暴れさせていましたね。狼と蛇がキャベツを食べるとは思いませんでしたが、あんなに優秀な召喚獣を扱えるとは見事です」

 そして巨大な狼(子犬)と大蛇(殻付き)の召喚獣を操り、大量のキャベツを二匹の胃に収めた召喚士。ただ単に、部下が暴れるのを見ていただけとも言う。倒しやすいキャベツ達を乱獲し、更には食べさせる事で召喚獣達を通して自身も経験値を入手したのだ。無論、ギルド員達は泣いた。

「……そのあとこいつは、キャベツに一発貰っただけでリタイアしていたけどなー……」

 それでもある程度はギルドの方に納品もしたし、復活した女騎士がまたモンスターとキャベツに袋叩きにされるのを救助したりと幅広く活躍してみせた。本人がキャベツの不意打ちで一撃で昏倒しなければ、更に根絶する勢いで狩り立てていた事だろう。

「カズマ……。私の名において、あなたに『華麗なるキャベツ泥棒』の称号を授けてあげるわ」

「やかましいわ! そんな称号で俺を呼んだらひっぱたくぞ!」

 お酒を沢山飲めて上機嫌な女神様は、特に少年の目覚ましい活躍を気に入った様だ。これが完全な善意であるから逆に性質が悪い。

 何もかも上手く行かない。思った通りに行かない事ばかり。前々から感じている既視感とか予感なんて、悪い方にしか役に立たない使えない。

「……ああもう、どうしてこうなった!」

「うふふふ、楽しいねぇ……」

 嘆いても、誰も助けちゃくれません。冒険者は自己責任だもの。

 

 

「改めて……、私の名はダクネス。守る位しか取り柄の無いクルセイダーだが、これからは仲間としてよろしく頼む」

 酒宴の区切りに金髪の女騎士が立ち上がり、パーティメンバーを見回して挨拶をする。場に似合わず畏まっているが、几帳面な性格な彼女らしいとも言えるだろう。この女騎士は性的趣向が変態的な以外、立ち居振る舞いは至ってまともなのである。

 彼女の宣言は、魔法使いの少女と青髪女神に快く受け入れられた。女騎士のパーティ入りは、この二人が強く賛成したからに他ならない。キャベツを狩る内に意気投合し、もう二人はダクネスを仲間として扱っていた。

 それが面白くないのは、パーティリーダーの最弱職の少年である。ただでさえポンコツを抱えるパーティに、何とかして更なるポンコツが加わわるのを阻止し様としたが叶わず。今は諦め顔でため息を吐き、キャベツをフォークでザクザクしている。

 そんな少年を見ながらクスクス笑っている召喚士は、賛成するでも反対するでも無く、純粋に面白がっている様だ。苦悩するカズマを肴にして、蜂蜜酒の入った酒杯を傾けている。優雅に酒を飲む姿がやけに似合っていて、見た目も相まってまるで貴族の様だ。

 そんな態度を取られると、収まりかけていた不満が再び沸き上がって来た。余裕そうな態度だが、この召喚士だって追い出したいポンコツの一人なのだ。むしろこの態度が原因の八割なのだ。

 何より自分の中の既視感は、女騎士が加入した事に異様なまでの危機感を覚えさせている。このままでは今まで以上に酷い事になる。確実に酷い事を起こされて、その処理に奔走させられる予感がする。この既視感は悪い方向にばかりよく当たっているので間違いは無い。未体験の経験則に、胸の内がジリジリ焦がされている様だ。

「選んでいいのは、君だと思うよ」

 何だか胃の辺りが痛む様な気がしてさすっていると、胃痛の原因がそんな言葉を掛けて来た。貴族めいて優雅に酒杯を傾けながら、視線がしっかりと少年の瞳を射抜いている。ドキリとするので、綺麗な顔で真剣に見るのはやめてもらいたい。男か女かもわからないくせに。

 そもそも何の事を言っているのか、少年にはさっぱりわからない。選ぶとはこの先の展開の事だろうか。それとも女騎士を加入させるかどうかという事だろうか。

 確かに、パーティーリーダーの自分が強固に反対して、女騎士のパーティー入りを拒めば流れは変わるかもしれない。理由は問われるだろうが、こちらの話を無下にする様な奴らではないだろう。魔法使いの少女や召喚士はしっかりと相談すれば納得してくれるだろうし、喚き散らすだろう女神は泣かせてしまえば良い。

 金髪の女騎士――ダクネスも、しっかりと説明して本気の本気で断れば、最後には納得してくれる。少し悲しげな表情をしながら、別れを告げて去って――そこまで考えて、胸の奥に痛みを自覚した。

 じんわりと、胸に痛みが浸透する。女騎士が居なくなってしまうのが、確かに寂しいと思ってしまった。あんなにも追い出したいと願っていたのに。

「君の気持に、素直になればいいと思うよ」

 また酒杯を傾けて、飲み干した杯をコトリと置く召喚士。その瞳が挑戦的に語っていた。

 君はどうしたい? どの選択肢を選ぶ?――

「しょうがねぇなぁ……」

 ぶっきらぼうに呟いて、少年もまた酒杯を口に運ぶ。反対の言葉が出てしまう前に蓋をして、吐き出しかけた言葉を酒と一緒に飲み下す。飲み干した後は、また盛大にため息を吐くだけになった。

 その様子を見て、召喚士が鮮やかな笑顔になり、肩を震わせて笑い声をあげた。どうして笑ったのかは少年にも分からないが、こやつが馬鹿笑いしているのはたいてい何時もの事なので気にしてもしょうがない。分かるのは、相当性格が悪いという事だけだ。

「どうしたの突然笑い出して。アレなの、笑い上戸なの?」

 突然笑い出した召喚士に対して、女神が見当違いな推測をし、更には自分達の有用性を語りだす。案外と、少年の自分達への評価を改めさせたいと思っているのかもしれない。それが、子供が保護者に対して大人ぶって見せる様な、見栄の産物なのであろうとも。見栄を張って、褒めて貰いたいだけだったとしても。

「それよりも、カズマ、あんたは幸運よ! これでパーティの五人中三人が上級職で、一人は中々見かけないレア職業。お得感マシマシよね。最弱職のへっぽこには、正直もったいない品揃えだわ。私達に感謝しなさい!」

 一発撃ったら動けなくなる魔法使いに、攻撃の当たらないクルセイダー。活躍してるんだか邪魔してるんだか分からないプリーストに、仲間で愉悦を楽しんでいる虚弱体質の召喚士。そしてそれらを取り纏め、舵取りを任される最弱職の冒険者。

 改めて認識すると、やっぱり不安になってくる。絶対に苦労させられる未来しか見えず、少年は自らの選択を早くも後悔し始めるのであった。

 そんなこんなで、キャベツ退治の祝勝会がそのまま歓迎会へと移行して、各々がまた好き勝手に料理に酒にと手を伸ばす。がつがつと貪る様にキャベツ料理を平らげる姿に、最早女らしさなど微塵も無かった。一人は女かどうかすらわからない。これを見てハーレムだとかいう奴は、ぜひとも立場を代わってもらいたい物だ。

 そんな事を最弱職の少年が考えていると、ふとした拍子に女騎士と目が合った。彼女は変態とは思えない朗らかな顔で笑みを浮かべ、歓迎してくれる事への思いを口にした。それは、彼女なりの意志の表明なのかも知れない。

「それではカズマ。多分……いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は容赦なく強めに罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

「こいつアレだ。ただのドMだ……」

 変態性癖の表明に、思った事がついつい口に出る。それすらもまた、相手を喜ばせる事になっても言わずには居られない。全くどうしてこうなった。

 それでも、この幸せそうな顔を曇らせずに済んだ事は、それだけは本意だったかもしれない。


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