【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
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第四話

 金髪の女騎士が正式にパーティの一員になって、最弱職の少年が最初にした事は自身の強化であった。

 幸いな事にキャベツ狩りのおかげでレベルも上がり、盗賊スキルの他にも便利な技能を覚える余裕が出来ていた。その狩りの最中に知り合った冒険者達に教えを請い、『片手剣』と『初級魔法』のスキルを獲得するに至る。 

 そして銀髪の盗賊娘――クリスから巻き上げた資金を使い、ジャージ姿から異世界に馴染む様な服装へと衣服を変えた。その他にも革製の胸当てや金属製の籠手と脛当て等で防御力の底上げを図る。

 少し短めだがマントも羽織って、これで漸くと一端の冒険者らしい姿になれた。ジャージ姿ではファンタジー感がぶち壊しだと言う、青髪女神による駄目だしも収まる事だろう。

「……ほう、見違えたではないか」

「おおー。カズマが、ようやくちゃんとした冒険者に見えるのです」

「今までお前達の目には、俺はどんな風に映っていたんだよ……」

 最早溜まり場になっている冒険者ギルドの一角で、早速の新装備姿をお披露目する。以前に買っておいたショートソードを腰に刺して、盾を持たない魔法剣士スタイルで行こうと思うと宣言もしていた。

 先の発言を見るに、仲間からの評判は概ね良好の様である。金髪の女騎士は腕を組みながら感心し、尖がり帽子の魔法使いは歓声を上げている。

「ふふん、この私のコーディネイトなんだから、貧弱なカズマでも一丁前位には見える様になるわよね」

「調子に乗るな駄女神。他人の金だからって、あーだこーだ無責任に注文付けて来やがって、鬱陶しくて仕方なかったわ」

 懸念の青髪女神は少年の装備一式を買う際に一度見ているので、称賛は自分の手柄だと満足げに頷いていた。コーディネイトとは言うが、実際にしていたのは因縁を付けるかの様にダメ出しをしていただけである。

 特に発言の無かった召喚士は、最弱職の少年の冒険者らしい姿に大変満足してニコニコと笑顔になっている。ご満悦しきりで今にも踊り出しそうだ。何が嬉しいのか理由は良くわからないが、そんなに喜ばれると少年的にも気恥ずかしくなってしまう。なにせ顔だけは良いのに、あどけない少女の様に笑うだから。

「ゴホン……。あー……っと、せっかく新装備に新スキルを手に入れた事だし、今日はこれから適当なクエストにでも行かないか?」

 気恥ずかしさを誤魔化す様に一度咳払いして、最弱職の少年は新装備と新スキルを試す為に、一同にクエストに行く事を提案する。

 その提案にふむと頷いて、金髪の女騎士が繁殖期に入ったジャイアントトードの討伐クエストが手ごろだと答えた。街道の近くまで来ているし、買い取り価格も高いので確かにお得なクエストである。

「「カエルは止めよう!!」」

 そしてすかさず、青髪女神と魔法使いの少女が異議を唱えた。息ぴったりで叫んだ後に、頭を抱えてながら身悶えし始める。まるで身の内から湧き上がる、忘れられない悪夢から逃れようとするかの様に。

「いったいどうしたのだ、この二人は。カエルは刃物が良く通るし、金属製の鎧を着ていれば丸呑みにされる事も無いから危険性が少ないというのに」

「そいつらは前にカエルに丸呑みにされて、それ以来トラウマになってるんだよ。ほら、前に粘液でどろどろになってるのを見たって、ダクネスも言ってただろ? あの時にさ」

 少年の説明になるほどと納得する女騎士。そして頬を赤らめ、目を閉じながら息を荒げ始める。おおかた、自身もカエルに丸呑みにされて、粘液ヌルヌルにされる所を妄想して興奮したのだろう。

「カエルが駄目となると、他に手頃なのは無いかな。なるべく、安全で簡単そうな奴が良いんだが」

 最弱職の少年がそう提案すると、魔法使いの少女と女騎士が依頼の張り出してある掲示板の前に移動した。あの場で話し合うよりも、実際にクエストを見ながらの方が建設的だからだろう。興味を引かれたのか召喚士もその後に続いて、珍しく少年の傍を離れた。

「うーむ、カエルほど手軽となると、やはりゴブリンやコボルトの討伐等だろうか」

「その二種類のクエストは、どうやら貼り出していないようですね。人気のあるクエストですし、先に他のパーティが持って行ってしまったのでしょう」

 冒険者ギルドの一角で、一際目立つ沢山の張り紙がなされた大きな掲示板。その前に立ち、一枚一枚に目を通して、最弱職の少年の要望通りの無難なクエストを探していく。

 幾分か冒険者としての経験のある女騎士がクエストを提案し、それを知力が高く知識もある魔法使いの少女が吟味して判断する。普段の言動はアレだが、己の長所を生かすとなるとこの二人は途端に優秀になるのだ。

 しばし、あーでもないこーでもないと女騎士と魔法使いが相談する中、召喚士は沢山の貼り紙の中から一枚を手に取った。自発的な行動をあまり見せない召喚士が動いた事で、相談していた二人は興味を惹かれ召喚士の手元の紙を両側から覗き見る。

「ん……、深夜の共同墓地に出没するゾンビメーカー退治のクエストか」

「強さ的には程よい感じですね。それにアンデッドモンスターなら、プリーストのアクアのレベルも上げられます。なかなか良い目の付け所じゃないですか」

 女騎士と魔法使いも、このクエストは良い物だと判断した様だ。

 プリーストもアークプリーストも、どちらも支援職である以上、直接的な攻撃能力には恵まれていない。そのせいでレベルが上げにくいのだが、唯一の例外がアンデットモンスターだ。不死の属性を持つ者には、神から与えられた奇跡の力は逆に作用する。なにより不死者相手に有効な呪文もあるので、聖職者達はこぞって悪魔やアンデットを狩るのである。

 そんな事情を知るからこそ、レベルを上げ辛い青髪女神の為にもなるクエストならば、優先させるのに二人は異を唱えはしなかった。

「では、これをカズマに受けて貰える様に説得しないといけませんね」

「説得は私がやろう。カズマは判断力があるから、きちんと説明すれば了承してくれるはずだ」 

 クエストの用紙を召喚士から受け取り、魔法使いを伴って女騎士が少年達の方へと戻って行く。最弱職の少年と青髪女神は何を話しているのやら、ぎゃーぎゃーといがみ合っている様だ。

 いや、女神がテーブルに突っ伏して泣き始めた。恐らく少年に口喧嘩で負けて、反論できなくなったのだろう。とかくあの青髪は良く騒ぎ良く泣く。童女の様に体裁など構わず、火の付いた様に大声でわんわんと泣き喚くのだ。

「……何をやっているんですか? ……カズマは結構えげつない口撃力があるので、遠慮なく本音をぶちまけていると大概の女性は泣きますよ?」

「うむ。ストレスが溜まっているなら……。アクアの代わりに私を口汚く罵ってくれて構わないぞ」

 冷静に状況を分析する魔法使いの少女と、ぶれない性癖を吐露する女騎士。そして、こっそりと泣き真似をしながらチラチラ様子をうかがっている女神に、現状に頭痛を覚えて顔を顰めている少年。

 そんな四人を眺めながら、今日も召喚士は楽しそうに微笑んでいる。嬉しそうに状況を楽しんで、この後の事を思ってもきっと笑うのだろう。

 この召喚士は、その為にここに居るのだから。

「ダクネスさん着やせするタイプなんですね……」

「む。今、私の事を『エロイ身体をしやがって、この雌豚が!』と言ったか?」

「言ってねーよ! ……やっぱり女は顔や体より中身だな……。」

「おい、今私をチラ見した意味を聞こうじゃないか。紅魔族は売られた喧嘩は全て買いますよ」

「落ち着けロリっ子、貴重な一発をこんな所で使うな。おい、アクア。お前もは少しは話し合いに参加――ってこいつ寝てやがる!?」

「……すかー…………。むにゃむにゃ……、えへへ……しゅわしゅわもういっぱーい……」

「ぶふっ……」

「ローもそんな所で笑ってないで、こっち来て話し合いに参加してくれ! あーもう、どうしてこうなった―!」

 とりあえず、そこらの大道芸より面白い事は間違いない。

 

 

「ちょっとその肉は私が狙ってた奴なのよ! あんたは野菜でも食べてなさいよ、焼けてる奴取ってあげるから!」

「俺、キャベツ狩りの後から野菜が苦手なんだよ。なんか焼いてる最中に飛び跳ねそうで」

 日が傾いて空に茜が差し始め、夜の帳が落ち切るには少し早い夕餉の頃合いに。今日も今日とて騒がしい最弱職の少年御一行は、町外れの共同墓地の近くまで移動していた。

 今はクエストまでの時間を潰す為に、夕食として持ってきた食材でバーベキューをしている。鉄板の上でこんがり焼かれる肉や野菜を啄んで、アンデットが現れるという夜を待つ。

 戦いに来たと言うにはえらい暢気な雰囲気ではあるが、討伐対象のゾンビメーカーは雑魚の部類で警戒する程でもない。更に此方には対アンデッドのスペシャリストが居るので、心配すらしていないのだ。

「クリエイトウォーターでコーヒーの粉の入ったカップに水を注いで……、ティンダーで下から温める。すると即席のコーヒーの出来上がり、……ってな」

「すみません、私にもお水下さい……。って言うか、どうしてカズマは、魔法使いの私より初級魔法を使いこなしているのですか」

 覚えた魔法を使うのが楽しいのか、水筒代わりに最弱職の少年は器用に魔法を使いこなす。本来ポイントの無駄とまで言われる初級魔法だが、彼が使うと生活力向上に非常に役立ってしまうのだ。

 この世界の常識を知らないが故に、セオリーを無視して柔軟な発想を見せる。平均よりも高い知力を余さずに振るい、類を見ない発想力で他を圧倒する作戦を組み立てる。これは彼の強みであろう。

 そんな才能を遺憾なく発揮して、掌に生み出した土塊を風魔法で撒き散らし、馬鹿にしてきた青髪女神に目潰ししている。正に、魔法使いよりも器用な魔法の運用であった。

「なるほど、クリエイトアースとウインドブレスは、こうやって使う魔法か」

「違いますよ! と言うか、やっぱり魔法使いよりも器用に使いこなしてますよね!」

 そうこうしている間に、夜が更けて行った。

 辺りの気配が完全に静寂になった頃。たき火を消してランタンの明かりに移し替え、一行は暗闇の中を墓地に向けて進行する。明かり一つない周囲には、どこか怖気を誘う冷たい空気が張り詰めていた。職業柄、霊的な物に一番敏感な青髪女神は、己の両肩を抱きながら身を震わせる。

「……冷えて来たわね。何だかゾンビメーカーなんて小物じゃなくて、物凄い大物が良そうな予感がしてきたんですけど」

「止めろよ、そういう事言うの! フラグになったらどうするんだ!」

 相変わらず、緊張感の欠片も無く騒ぐ青髪女神と最弱職の少年。フラグと言う言葉の意味は分からないが、女騎士も魔法使いの少女も呆れ顔だ。

「いいか、今回の目的はゾンビメイカーの討伐と、ゾンビの浄化だけだ。それ以外のイレギュラーがあればすぐ撤退するぞ」

 パーティーリーダーの作戦指示には、流石に全員が素直に頷いた。一番防御力の有る女騎士を先頭にして、いよいよ共同墓地の敷地に侵入する。

 敷地内に入ると直ぐに、少年が敵感知のスキルに反応がある事を告げて来た。

「一体、二体……三体、四体……? おかしいな、ゾンビメーカーの取り巻きは、こんなに多くないって聞いてたのに。もしかして、ゾンビメーカーじゃないのか?」

 最弱職の少年が考え込むそぶりを見せると同時、墓場の中に青白い光が走った。墓場の中心から湧き上がったそれは、墓場全体に広がって辺りをぼんやりと照らしている。原因が分からない事は恐怖ではあるが、その光景は怪しくも幻想的にも見えた。

「あーーーーーーっ!!」

 そんな最中、青髪女神が突然大声を上げて墓場の中心へと走り出す。前衛とか後衛とか、そもそもクエストしている自覚も無い様に、がむしゃらに目的地へ突っ走る猛烈な前進である。そんな女神に悪態をつき、いち早く追従したのは最弱職の少年であった。

 その後に遅れて反応した女騎士が続き、魔法使いと召喚士も歩調を合わせて二人を追いかける。

「よくもこんな所に、リッチーがのこのこと現れたものね! この女神アクアの名に置いて、成敗してやるわ!」

 果たして、駆け付けた三人が見たものは、呆れ果てて肩を落とした少年の背中。そして、青白い光を放つ魔法陣を踏み荒らす自称女神と、その腰に縋りつく黒いローブの人物であった。

「や、やめやめ、やめてええええっ! 誰なの!? どうしていきなり現れて私の魔方陣を壊そうとするの!? やめて、やめてくださいー!」

「うっさいわね! どうせこの怪しげな魔方陣で碌でも無い事企んでるんでしょ、なによ、こんな物! このっこのっくぬぅ!」

 げしげしと、それはもう容赦なく足で魔法陣を消しにかかる自称女神。黒いローブの女性は、必死にその腰に縋りついて止めてくださいと拝み倒している。あまりの容赦の無さに、最弱の冒険者もドン引きの様子だ。これではもう、どっちが女神何だかわかりはしない。

「この魔方陣は成仏できない魂を天に返す為の物なんです! お願いですから壊さないでくださいー!」

「リッチーの癖に何生意気なことしてんのよ! そう言うのは、この高貴なアークプリーストである私がやってやるわ。皆纏めて『ターンアンデット』!!」 

 先程からの言動を見るに、女神の腰に縋りついているのはアンデッドモンスターのリッチーらしい。リッチーは別名をノーライフキング、不死者の最上位に位置する上級モンスター。駆け出し冒険者の街の付近にどうして出没しているのかはわからないが、とりあえず今分かるのは青髪女神がそれに喧嘩を売っているという事だけだ。

 リッチーと言う言葉を聞いて、魔法使いの少女がさっと女騎士の背後に隠れる。袖口をきゅっと捕まれて、強敵との出会いに顔が緩んでいた女騎士の顔もさすがに引き締まった。

 この魔法使いの少女は普段は尊大な態度だが、イレギュラーな事態には不安が隠せなくなる様だ。女騎士もまた、自身の性癖より仲間の気遣いを優先できるだけの分別を持っている。

「あの様子では戦闘にはなりえないかもしれないが、二人は私の後ろに控えていてくれ」

 不安げな少女を安心させる様に力強く言い、女騎士は少年の隣に並び立ち追いついた事を伝えていた。魔法使いの少女はその言葉に頷いて、言われたとおりに身体の陰に隠れて様子を伺う。

 最後尾の召喚士は周囲をキョロキョロと見回して、他に脅威が無いかを確認していた。目の前の光景が派手なだけに、全員の注意が集まっているので念の為の確認作業である。

「きゃー! 消えちゃう、私の体が消えちゃう! やめっやめてー! 成仏しちゃうー!」

「あーっはっはっはぁっ! 愚かなるリッチーよ! さあ、私の力で欠片も残さず消滅するがいいわっ!」

 さながら悪の大幹部と言った邪悪な表情で、不死属性特効の魔法を広域に展開した自称女神。その浄化の白い光を浴びて、周囲に居たゾンビはもちろんリッチー本人も悲鳴を上げて慄いていた。抵抗らしい抵抗もせずに浄化されかけて、身体を半透明に薄れさせている。ひたすら狼狽えて泣き喚くその姿に、ノーライフキングの片鱗など欠片も無い。

「おい、やめてやれ」

 その光景を見て流石に哀れに思ったのか、最弱職の少年はダガーの柄で自称女神の後頭部を強打した。

 油断していた所に思い切り殴られて、言葉も無く自称女神は頭を抱えて蹲る。地の底から響き渡る様な、苦悶の声を長々と上げて頭を撫で擦っていた。少年は割と遠慮なくぶん殴っていたが、ステータスの差からかこの程度で済んだ様だ。

 女神が蹲った事で浄化の白い光が消えて、共同墓地内が再び闇に包まれる。女神の浄化魔法で、地面に描かれていた青白い魔法陣も完全に消滅してしまった。

「お、おい、大丈夫か? えっと、リッチー……でよかったか? うちの狂犬が迷惑かけたな」

「うう……、酷い……。あ、だ、大丈夫です。あの、危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました」

 最弱職の少年が半透明のままでへたり込むリッチーに声を掛けると、彼女は黒いフードを外してから立ち上がり丁寧にお礼を返して来た。そう、リッチーの正体は長い亜麻色の髪の、おっとりとした雰囲気を持つ妙齢の美女であったのだ。

 その正体が意外だったのか少年はしげしげと彼女を観察し、そして身体の一点を見つめて鼻の下を伸ばす。そのバストは豊満であった。

 それを見て、魔法使いの少女がわざとらしく咳払いし、少年を乳の世界から引き戻す。ちなみに、女騎士は初対面の女性の胸をガン見する少年に、その鬼畜さにうっとりした表情を見せていた。

「はっ!? えっと、さっき魂を天に返すとか言ってたが、どうしてあんたがわざわざそんな事をしていたんだ? そういうのはそこのアクア見みたいな聖職者の仕事だろう?」

「ちょっと! この偉大な女神様の頭になんてことしてくれんのよクソニート!! それに、そんなぱっちいのと話してたら穢れが移っちゃうわよ! いいからこの私に、ターンアンデット掛けさせなさいよ!」

 気を取り直した少年が事情聴取を開始したのだが、それを復活した女神が喚きだして邪魔をする。その剣幕に押されて、体がようやく元に戻ったリッチーは少年の背後に隠れてしまった。それで良いのかノーライフキング。

「そ、その……。私は見ての通りノーライフキング――リッチーなんてやってます。それで、一応アンデッドの王なので浄化の真似事みたいな事が出来まして、この共同墓地の彷徨える魂達を天に送り届けていました。……この墓地は葬儀も上げられない様な貧しい方達が多く埋葬されていて……、その……」

 彼女は言葉を濁したが、要するに金が無いから誰も葬式をしてくれず、成仏できない魂が毎夜野放しになっているので、仕方なしに彼女が代わりに点に送り届けていたという事だ。地獄の沙汰も金次第、いわんや現世の聖職者なら尚更である。

 そんな話を聞いて、その場に居た全員の視線が聖職者の青髪女神に集まった。自称女神はそっぽを向いて、やたら上手い口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。

 その態度に腹筋をやられて、召喚士がぶはっと吹き出し倒れ込む。散々聖職者がどうのと言って居た奴が、立場が逆転し追い詰められればさもありなん。

 事情を説明されて、冒険者の少年の中ではこのリッチーを退治する気など完全に霧散していた。それどころか、異世界に来てから初めてまともな人に出会えたと感動し、彼女の人情に涙ぐんでさえいたのだ。こんないい人を、狂犬女神の餌食にさせるわけにはいかない。

「事情は分かったんだが、ゾンビを生み出すのだけは何とかならないか? 俺達はゾンビメーカーの退治を依頼されてきただけなんだ。出来ればそれだけでもなんとかやめてもらいたい」

 そうすれば、わざわざ彼女の邪魔をする必要も無くなる。その様に説得した所、リッチーの女性は困った顔を浮かべながら、ゾンビは自身の魔力に当てられて勝手に動き出しているだけだと説明してくれる。こればかりは彼女自身にも解決できる事ではなく、墓場から新鮮な死体が無くなるはずもない。魂も彼女が浄化しなければ彷徨い続けて、他の事件を引き起こしてしまう可能性がある。

 再び全員の視線が、我関せずとしていた自称女神に集中した。むしろ突き刺さった。

「おい駄女神。神の掟に逆らうリッチーですら、こんな風に街に善行しているのに、女神を自称するお前は何にもできないのか? やっぱりお前はただのごくつぶしのろくでなしなのか?」

「ちょっ! 分かったわよ! この私が定期的に、ここに来て浄化してやろうじゃないの! だから駄女神とか何もできないとか言わないでよ! ちゃんと役に立ってるって証明するんだから!」

 共同墓地の魂の救済は、最弱職の少年の口車により女神様が請け負ってくれることになりました。

 後はこのリッチーをどうするかだが、話してみればこの不死王は今までに一度も人を襲った事は無いらしい。それどころか、アクセルの街の中に魔道具店を開いているとかで名刺まで渡して来た。この街の警備状態は一体どうなっているのだろう。

 彼女の処遇については少年はこのまま解放して見逃すことを提案。女神は強固に浄化を進言し、豊満リッチーを大いにビビらせる。しかし、彼女が一度も人を害していないと言う言葉を聞き、意外にも女騎士と魔法使いの少女も見逃す事に賛成してくれた。

 最後まで成り行きを見守っていた召喚士はちらっと、期待した目を向けて来る青髪女神を見やってニッコリ笑いかけ、そのままの笑顔で少年に賛成する。どうやら一度期待を持たせてから落として、そのリアクションを楽しみたかったようだ。女神は泣いた。召喚士は嗤った。

 賛成多数でリッチーは解放され、別れ際に自身の名前をウィズだと教えてくれる。最弱職の少年の一行は、アクセルの街に住むリッチーのウィズと、こうして知り合う事となった。

「そういえば、ゾンビメーカーのクエストはどうなるのだ?」

「「「あ」」」

「ぶふっ……」

 最後の最後での女騎士の呟きに、女神も魔法使いも最弱職も凍りつき、召喚士が一人だけクスクス笑う。

 その後暫く少年のパーティは、ゾンビメーカーという雑魚のクエストも失敗するパーティだと噂される事となったのだった。

 

 

 キャベツのクエストから数日。今日はその報酬が支払われるという事で、冒険者ギルド内はかつてない賑わいを見せていた。受付カウンターは報酬の受け取りの為に混雑し、併設の酒場では現金を手に入れた冒険者達が朝から飲めや歌えの大宴会だ。隙間を縫う様にして、短いスカートの給仕達が忙しなく動き回っている。

「見てくれカズマ。キャベツ討伐で壊れた鎧を修理のついでに強化してみたのだが、どうだろうか?」

「なんか貴族のボンボンが成金趣味でつけてる鎧みたい」

「んっ……! 私だってたまには素直に褒めて貰いたいときもあるのだが……、カズマはどんな時も容赦ないな!」

 リーダーに新品の鎧を褒められようとして、逆に罵倒されて喜んじゃう女騎士。そんなコントを横目に見ながら、今日も今日とて召喚士は蜂蜜酒を傾ける。

 視線を横に向ければ、今度は新調した杖を足に挟んでくねくねしている魔法使いの少女が見えた。マナタイトで強化され増幅率の上がった杖は、彼女にしてみれば身体を擦り付けたくなる程の宝物なのだろう。だが、これではただの痴女である。妙にハァハァ言っているので、流石の少年でも匙を投げて放置していた。

 そして、一人だけ儲ける為に今回の報酬を個人の物とすると主張した青髪の女神は、報酬の支払われる受付で悲痛な叫び声を上げていた。

「ちょっと、どういう事よ! なんで私の報酬だけこんなに安いのよ! 私がどれだけキャベツ集めたと思ってんの!? 十や二十じゃない筈よ!」

「それが、申し訳難いのですが、アクアさんの捕まえて来た物は殆どがレタスでして……」

「なぁんでレタスが混じってるのよー!!」

 窓越しに、例の金髪の受付嬢の胸ぐらを掴んでがっくんがっくん揺さぶる青髪女神。その度にぶるんぶるん豊満な胸が揺れて、周りの冒険者達とついでに最弱職の少年の視線も上下に揺れる。散々に喚いて食い下がったが報酬が上がる事は無く、青髪女神は肩を落としてメンバーの元に戻ってきた。

「かーずーまー、さん。今回の報酬はおいくら万円?」

「……百万ちょい」

「「「ひゃっ!?」」」

 猫なで声で近寄ってきた女神の質問に、いやそうな顔で応答した最弱職の少年の言葉に、召喚士以外のメンバー全員が驚愕の声を上げた。

 キャベツのクエストは確かに換金率の良いお得なクエストだが、一人で百万もの大金を稼ぐなど尋常ではない。聞けば彼の集めたキャベツは特に栄養価が高く、経験値も豊富で高額で買い取りされたのだと言う。流石は人並み外れた幸運の持ち主である。

 その話を聞いた女神の顔も尋常ではなかった。だが、それを取り繕う様にしなを作って、憂いを帯びた顔で少年にしなだれかかる。本人的には、色仕掛けを仕掛けているつもりの様だ。無駄に演技が上手い。

「えっとその、前から思ってたけどカズマさんって、そこはかとなくいい感じよね!」

「ええーい、黙れ! なんか無性に今の言葉がイラっと来た! 特に誉める事が思いつかないなら黙ってろ! そうでなくても、金なら貸さないからな!」

 口を開いてボロを出した女神の言葉に、少年はまるで一度言われたことがあるみたいな妙なキレ方をした。既視感と言うよりも、これはもう本能的な拒絶に近い。取り繕うにしても、もっと他に言い方は無いのだろうか。

 そっけないどころか、突然罵倒された女神はついにガン泣きしながら少年に縋りついた。テーブルの上に乗り上げて、器用にがくんがくんと襟元を掴んで揺さぶる。これが女神かと言いたくなる、全力での物乞い姿勢であった。

「カズマさん、カズマ様! お願いお金貸してぇ! 私、今回のクエストで大金が入ると思って、この酒場に結構な額のツケが溜まってるの!!」

「知るか! この金でいい加減、住む所を改善するんだよ! 何時までも馬小屋暮らしなんかしてたら、冬には凍死しちまうだろうが!」

「ツケ払う分だけでいいからぁっ! お金使っちゃって全然ないし、ギルドの隅で怖い人達がこっち見てるから、お願いしますカズマ様ぁ!!」

 基本的に、冒険者は定住を好まず住居は格安の馬小屋で済ませる者が多い。家が買えるほど儲かる冒険者が少ないという事もあるが、一定の場所に長く留まる冒険者が少ないというのが一番の理由であろう。

 だが、そんな赤貧の冒険者でも、金を使ってでも宿に泊まる時期がある。寒さが厳しくなる上に稼ぎが少なくなる冬場、暖房も無く隙間風も多い馬小屋で就寝するのは命に係わるからだ。

 馬小屋生活に普段から不満の有る最弱職の少年は、さっさと定住できる家を購入したいと常々思っていた。魔王討伐なんぞ自分以外の転生者がやれば良い。彼にとっては、危険の少ないアクセルの街で過ごすのが一番なのだ。

 そんな少年の発言に何を思ったのか、青髪女神は口元に手を当てて余裕ぶった笑みを浮かべる。腰をふりふり、妙に煽情的な仕草で言葉を続けた。

「まあ、カズマさんが夜中一人でゴソゴソしてるのは知ってるから、早くプライベートの保てる部屋が欲しいのはわかるけど……」

「よし分かった! 五万でも十万でも貸してやるから黙ろうか!!」

 ぶぱっと召喚士が酒杯を傾けたままで吹き出して、酒が気管に入ったのがごほごぼと咳き込みながら床に倒れ込んだ。殆ど息が出来ないのに笑いの衝動が収まらず、目の端に涙を溜めながら命がけで笑いびくんびくん痙攣する。その死にそうな様子に慌てて女騎士と魔法使いの少女が駆け寄り、背中を擦ったり声を掛けたりして介抱し出す。

「あわわわ、今だかつてない良い笑顔でローが死にかけてますよ! 体力が少ないのに咳き込んで、更に呼吸困難になっているみたいです!」

「これはいかん、めぐみん、背中を擦ってやるんだ。アクア、ローが大変な事に、早く回復魔法を!」

「えへへっ、仲間って最高よね! 私達って最高のパーティだわ!」

 そんな惨状を尻目に、カズマから現金を受け取った自称女神は、上機嫌でガラの悪い男達へツケを返しに行くのだった。その最高の仲間とやらは今、一人減りそうになっている。

「はー……、どうして……。いや、いつも通りこうなったな……」

 最弱職の少年の言葉には、色濃い疲労と諦観の感情が山盛りになっていた。

 

 

 ツケは返したが所持金は増えた訳ではない。なので早速クエストに行こうと青髪女神が提案し出した。

 杖や鎧を新調して試したくてしょうがない魔法使いの少女と女騎士はその提案を快諾。前回のクエストで碌にスキルを試せなかった最弱職の少年も、クエストに行く事自体には全く反対は無かった。召喚士はカズマの意見に従うだけである、何も問題は無い。

 問題はクエスト掲示板の方にあった。

「カズマ、これだ! これにしよう! ブラックファングと呼ばれる巨大熊の討伐を!」

「却下だ、却下! おい、何だよこれ! 難易度が高いクエストしかないじゃないか!」

 そう、何時もなら低難易度から高難易度まで所狭しと張り紙がされるクエスト掲示板は、今は高難易度で誰もやらない様な塩漬けクエストしか無く閑散としている。掲示板の前でわいのわいの騒いでいると、例の金髪の受付嬢が近づいてきて理由を説明してくれた。

 曰く、近隣に魔王の幹部が住み着いてしまい、低レベルのモンスターはそれを恐れて皆隠れ締まったらしい。そのせいでクエスト自体が発行できず、その解決には王都からくる腕利きの冒険者を待たなければならないのだとか。要するに、冒険者は暫く収入の宛が無いという事だ。

「な、なんでよおおおおおおおっ!!」

 また青髪女神が悲鳴を上げたが、今回は流石に全員が同情の視線を向けるのだった。

 そんなこんなで、その日はクエストに行く事も出来ずにパーティは解散。各々は自分にやれる事をやるしかないとの方針で、全員バラバラに過ごす事となった。つまり行き当たりばったりである。

 女騎士は、実家で筋トレをしてくると帰って行った。どうやら宿暮らしをしているわけでもない様なので、アクセルの近郊に家があるのかもしれない。

 魔法使いの少女と最弱職の少年は、する事も無く暇なので毎日、町の外に出かけては爆裂魔法をぶっ放している。なんでも具合の良い廃城を見つけたとかで、そこを狙って日課の一日一爆裂を決めているのだとか。最初はしぶしぶ付いて行った少年だが、日が経つに連れてその散歩を楽しみにする様になった。雨の日も雪の日も、二人仲良く出かけては街まで届く爆音を奏でている。

 現金収入が無いと生きていけない青髪女神は、日夜アルバイトに励んでいた。昼は高いステータスに物を言わせて肉体労働に勤しみ、夜は造花作りの内職をせっせとこなして日銭を稼ぐ。もう何処に出しても恥ずかしくない、立派なアルバイトの女神である。

 今回珍しく最弱職の少年について行かなかった召喚士は、そんな女神のアルバイトに付き合っていた。体力を使う仕事は苦手としたが、逆に頭を使う仕事にはめっぽう役に立つ。女神では出来ない様な事務仕事や、その女神がさぼらない様に監視をすると言った貢献を見せる。特に手先の器用さでは女神を上回り、造花の内職は瞬く間に成果を見せるのだった。

 そうして、資金難に喘ぐ女神に儲けの一部を渡して、その余りを更に貯蓄に回す。女神に金を融通したのは、先日に思いっきり泣かせてしまった事へのお詫びらしい。人を嘲笑うばかりだった召喚士のこの行動には、どんな裏があるのだろうと仲間達は首を傾げるばかりであった。

 そんな生活が一週間程続き。最弱職の少年が爆裂魔法ソムリエになった頃、ようやく物語は進展を見せた。

「『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』」

 冒険者ギルドが発する緊急招集の放送がアクセルの街に響き渡る。普段世話になっている――財布の紐を握っているとも言えるギルドの放送を無視する等、そんな度胸の有る冒険者などそうは居ない。最弱職の少年達一行も他の冒険者達に習い、準備をしっかり整えてから正門へと集合した。実家に行っていた女騎士も、やはり放送が聞こえる範囲に家があるのかしっかりと合流を果たす。

 正門前には冒険者で人垣が出来ており、緊張感を伴いつつおもいおもいにざわ付いている。どうして呼びだされたのか理由を聞かされては居ないが、先に来ていた彼等は既に理由を察知している様だ。後から来た者達も、彼らの視線を辿りその理由に思い至る。

 はたして、そこに居たのは漆黒の騎士であった。街の周囲の小高い丘に陣取って、首の無い馬に跨る首の無い騎士。それはアンデッドとも妖精とも言われる、人々に死を告げる不吉の象徴――デュラハンだ。

 首無しの騎士は人が集まり切ったと見たのか、手に持った己の首を前に掲げ、そしてその首から厳かに言葉を発する。

「……俺は、つい先日、この近くに越して来た魔王軍の幹部の者だが……」

 やがて、首がプルプルと震えだして、続けられた言葉は怒気を孕んでやや上ずった物になった。

「まままま、毎日毎日毎日毎日っっ!! おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法を撃ち込んでく頭のおかしい大馬鹿は、誰だあああああああー!!」

 魂から、心の奥底から、怒りを解き放つような叫び声が響き渡る。魔王の幹部様は、それはもうお怒りだった。

 何かに耐え続けていたが、我慢しきれずにとうとうキレてしまったと言わんばかりのデュラハンの叫びに、人垣を為す冒険者達は再び騒めき始める。皆、犯人に心当たりがあるのだ。

 爆裂魔法と言えば、アクセルの街では有名な使い手が一人いる。一週間の間毎日どこかへ出かけ爆音を響かせていた人物で、それ以前からも爆裂魔法を使って幾つもの逸話を作り出した有名人。周囲の視線が一斉に件の人物、少年のパーティの魔法使いの少女へと集まった。

 視線を向けられた少女――めぐみんは、一瞬たじろいだものの、直ぐに真顔になって視線を逸らした。周囲の視線もそれにつられて逸れて、その先に居た別の魔法使いの女の子に集中する。視線を擦り付けられた女の子は堪った物ではない。自分じゃないと必死な様子で喚き、首無し騎士に命乞いを始めてしまう。

 冷や汗を流して俯いていた魔法使いの少女だが、流石に女の子が不憫になったのか大きくため息を吐いた。そして、心底いやそうな顔でゆっくりと、しかし確かな足取りで前に出る。

 そんな背中を呆然と見送る最弱職の少年だったが、その背中をポンと軽く押す者が居た。視線を向けてみれば、緩く微笑んだ召喚士がじっと見つめ返してくる。その横で金髪の女騎士もまた、青髪女神の背を押して魔法使いの少女の後を追おうとしていた。召喚士の気持ちもまた、同じなのだろう。

 仲間を一人だけ矢面に立たせる訳にも行くまいと、少年もまた腹をくくる。要するに何時もの――

「しょうがねぇな……」

 呟いてから追いついた先では、漆黒の首無し騎士が目前にやってきた少女に怒りをぶちまけている所であった。

「お前が……! お前が、毎日毎日俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでくる大馬鹿者か! 俺が魔王軍の幹部と知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気が無いのなら、街で震えているがいい!」

 この幹部は喋っている間にヒートアップするタイプの様だ。よほど毎日の爆裂魔法が堪えたらしく、激しい怒りが収まらずにだんだん口調が妖しくなって来る。

「ねぇ~、どうしてこんな陰湿な嫌がらせするのぉ? どうせ雑魚しか居ない街だと放置しておれば、毎日毎日ぽんぽんぽんぽんぽんぽん撃ち込みにきおって……っ!! 頭おかしいんじゃないのか、貴様ぁっ!」

 全身を怒りにプルプル震わせて、指まで突きつけながらの大絶叫。溜まりに溜まった物を全て吐き出してやったと、いっそ爽快感さえある名調子であった。

 魔王軍幹部の迫力ある言葉に一瞬たじろぐが、魔法使いの少女は直ぐに気を取り直してマントをばさりと翻す。そしていつも通り、堂々と己が名を突き付ける。

「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者……!」

「……めぐみんってなんだ? 馬鹿にしてんのか?」

「ちっ、違わい!」

 滅茶苦茶怒っている所に、紅魔族独特の名前を出されれば誰しも勘違いはするだろう。首無し騎士の冷静なツッコミに慌てて反論する少女であったが、直ぐに気を取り直して言葉を続ける。

 自身が紅魔族にして、この街随一の魔法使いである事。爆裂魔法を毎日撃ち込んでいたのは、幹部である首無し騎士をおびき出す作戦であった事。そして、まんまとその罠にはまったのが運の尽きだと杖を突き付ける。

 自信満々な物言いだが、彼女の仲間達は大いに訝しんだ。

「おい、あんなこと言ってるけど、いつの間に作戦になったんだ? 一日一回撃たないと死ぬって騒いでたから、連れてってやってたはずなんだが」

「……うむ。しかもさらっと、この街随一の魔法使いだとか言い張ってるな」

「しーっ! 今日はまだ爆裂魔法使ってないし、後ろにたくさんの冒険者が控えてるから強気なのよ。今良い所なんだから、ここは黙って見守るのよ!」

 散々な言われ様で、それが聞こえたのか魔法使いの頬がほんのり赤くなる。それでも杖を突き付けるポーズを崩さないのは、彼女の紅魔族故の底意地であろう。

「なるほど。そのいかれた名前は、俺の事を馬鹿にしていた訳ではないのだな」

「おい、両親からもらった私の名に文句があるなら聞こうじゃないか」

 種族が紅魔族だと知って、首無し騎士は大いに納得した。爆裂魔法を放てる事も、名前が独特な事も。名前を貶められた少女が何時もの様に激昂するが、首無し騎士は気にした素振りも見せない。

 そもそもからして、この首無し騎士は大勢の冒険者に囲まれても扱く冷静だ。流石は魔王軍の幹部と言うことか、それほどの実力を持ち自分自身を信じているのだろう。

「フン……、まあいい。俺はこんな雑魚ばかりの街に用はない。ここには調査の為に留まっているだけだからな。それが終わるまでは暫くあの城に滞在する事になるだろうが、これからは爆裂魔法は使うな。いいな?」

 言葉通りひよっこぞろいの冒険者達など眼中になく、首無し騎士はそれだけ言って立ち去ろうとする。どうやら本当に苦情を言いに来ただけらしい。

 そんな背中に、爆裂魔法少女が声を掛け引き留めた。

「無理です。紅魔族は一日一発、爆裂魔法を撃たないと死ぬのです」

「お、おい、聞いた事が無いぞそんな話。適当な嘘を吐くな!」

 この時点で、この二人の小気味いいやり取りを見守っていた者達は、もっと見ていたい衝動に駆られていた。いかつい鎧の騎士が、ちっちゃな少女に食い付かれてたじろぐ。傍から見ていれば中々に良い見世物だ。

 背後に控える召喚士など、先程から口を抑えながら笑いっぱなしである。その隣の青髪女神も、状況の推移をワクワクしながら見守っていた。完全に傍観者である。

 首無し騎士は掌に頭を乗せたままで、器用にやれやれと肩をすくませた。

「では、どうあっても爆裂魔法を止める気はないというのだな? この俺は魔に堕ちたる身とは言え、元騎士だ。弱者を刈り取る趣味は無い。だが、これ以上の城周辺での迷惑行為には、断固たる手段を取らせてもらうぞ」

 打って変わって剣呑な気配を見せる首無し騎士に、魔法少女がびくりと怯えて後退る。しかしそれも数瞬、背後にいる自称女神をちらりと見てから、薄い胸を張って力強く宣言した。

「あなたがあの城に居座るせいで、仕事が無くて迷惑しているのはこちらの方です。フッ、余裕ぶって居られるのも今の内ですよ。先生! お願いします!」

 盛大な啖呵と共に、道を譲る様に横に退き、青髪女神を首無し騎士の視線に晒す。なんとあれだけ言っておきながら、最終的にアンデッドのスペシャリストに丸投げしたのだ。

 いきなり話をゆだねられた自称女神は、しょうがないわねーとか言いながら結構乗り気になっていた。先生呼ばわりが結構嬉しかったのかもしれない。

「ほう、プリーストではなくアークプリーストか。駆け出し冒険者の街にしては珍しい」

 だが、自称女神がアークプリーストだと察知しても、驚きはすれどもやはり首無し騎士に動揺は無い。浄化魔法はアンデッドの弱点のはずだが、何か対策でもしているかの様な余裕ぶりである。

「こんな街に居る、低レベルのアークプリーストなど怖くも無い。ここは一つ、紅魔族の娘を苦しませてやるとしよう」

 そんな言葉と共に、首無し騎士が左手の人差し指を魔法使いの少女に差し向ける。その仕草に、咄嗟に自称女神が反応して魔法を唱えようとするが、今からでは間に合うはずもない。指差しの呪いに詠唱は必要ないのだから。

「汝に死の宣告を。お前は一週間後に死ぬだろう」

 指差しの呪いが告げられようとした瞬間、少女を押しのけて女騎士がその前に庇い出た。彼女の全身をどす黒い霧の様な物が包み、だがそれも瞬き程の間に消え失せる。

「なっ! ダ、ダクネス!?」

 自身に被害が及ぶよりも悲痛な声を上げて、魔法使いの少女が女騎士の元に駆け寄った。他の仲間達も心配そうに集まり声を掛けるが、当の本人は確かめる様に手を何度かワキワキと握り、何の痛痒も無いと若干残念そうに告げる。

 そんな女騎士の体をぺたぺたと自称女神が触る中、首無し騎士は勝ち誇った様に宣言した。

「その呪いは今は何とも無い。若干予定は狂ったが、仲間同士の結束が固い貴様らにはその方がちょうど良いだろう。……よいか、紅魔族の娘よ。このままではそのクルセイダーは一週間後に死ぬ」

 その言葉に、今まで強気だった魔法使いの少女の顔が、絶望に染まり青ざめる。そこへ追い打ちをかける様に、首無し騎士の言葉が続いて行く。

「ククッ、お前の大事な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむ事となるのだ……。そう、貴様の行いでな! これより一週間、仲間の苦しむ様を見て、己の行いを悔いるがいい」

 少女は俯いてしまい、帽子に隠れて顔が見えなくなったが、その全身がカタカタと震えているのが分かる。その様子に満足したのか、ついには首無し騎士も上機嫌に笑い出した。

「クハハハ! 素直に俺の言う事を聞いておればよかったのだ!」

「なんと言う事だ! つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しければ俺の言う事を聞けと! つまりそういう事なのだな!」

「えっ」

 呪いを掛けられたはずの女騎士の言葉に、その上機嫌な笑いが止まった。むしろ何を言われたのか理解できなくて、思わず素で返したらしい。これには最弱職の少年も、理解したくないと顔を渋面に染めていた。

「ああっ! どうしようカズマ!」

「はい、カズマだよ……」

「この私は呪いごときには屈しない、屈指はしないが……。見ろ! あのデュラハンの兜の下のいやらしい目を! あれは私をこのまま城まで連れて帰り、呪いを解いて欲しければ黙って言う事を聞けと、凄まじいハードコア変態プレイを要求する変質者の目だ!」

 変質者はお前だろ――少年の渋面には、そうありありと描かれていた。

 大衆の面前で、突然変質者呼ばわりされた首無し騎士は、えっえっと戸惑うばかりで何も言えない。少し前まで魔王の幹部として絶望を振りまいていたのに、今はもうただの変質者扱いされているので致し方ないだろう。

 その間にも妄想を加速させる女騎士は、どんどんヒートアップして行く。

「この私の体は好きに出来ても、心までは自由にできると思うなよ! ああっ! どうしようカズマ、思ったよりも心が躍るシチュエーションだ! 私も出来る限り抵抗してみるから邪魔しないでくれ! では、行ってくりゅ!!」

「きちぃ……」

 最早女騎士の言動に引き気味の首無し騎士は、愛馬もろとも迫って来る女騎士から後退る。いまだかつて、言動だけで魔王軍幹部をここまで慄かせた物が居たであろうか。居てほしくない物である。

「止めろ行くな! デュラハンの人が困ってるだろうが!」

「ああっ、離せー! 止めてくれるなー! 止めろー!」

 流石に行かせる訳にも行かずに、最弱職の少年が羽交い絞めにして止めに掛った。首無し騎士があからさまにほっとして胸を撫で下ろす。

 女騎士は泣き喚きながらまだ向かって行こうとしているので、首無し騎士は若干早口で捨て台詞を捲し立て始める。最弱職の少年のステータスではこの女は抑えきれない、食い止めていられる時間は少ないのだ。

「と、とにかく、もう爆裂魔法は撃つなよ! それから紅魔族の娘よ、クルセイダ―の呪いを解きたければこの俺の城に来るがいい。最上階の俺の部屋まで来れたのなら呪いを解いてやろう」

 その言葉に、俯いていた魔法使いの少女がハッと顔を上げる。その視線を受けた首無し騎士が悪役ムーブを思い出し、尊大な態度を取り戻す。

「だが、城には俺の配下のアンデッドがひしめいている。ひよっこ冒険者達に辿り着く事が出来るかな? ククククッ、クハハハハハハハッ!! あ、もう来た!?」

 ついに女騎士が拘束逃れたのを確認し、首無し騎士は慌てて転移魔法で帰って行った。その姿が完全に消えた所で女騎士が辿り着く、まさにタッチの差での逃亡である。これもまた、『緊急クエスト魔王軍幹部撃退』完了と言う事だろうか。

 あまりと言えばあまりな展開に、その場の全員が呆然とする中、青い顔のままの魔法使いの少女がふらりと歩き出した。行先は街の中ではなく、魔王軍幹部の城がある外を目指している。

「おい、どこに行く気だ。何をしようって言うんだよ」

「ちょっと廃城まで行って、デュラハンに直接爆裂魔法をぶち込んで、ダクネスの呪いを解かせてきます」

 先程まで震えていた少女は、今ではもうその紅の瞳に覚悟を宿していた。このまま放っておけば、本当に一人で行ってしまう事だろう。一日しか魔法が撃てないくせに、撃った後は身動きすらできなくなるくせに、それでも彼女は仲間の為に行くのだろう。

「そんなの、俺も一緒に行くに決まってんだろ? お前一人じゃ、雑魚相手に魔法使ってお終いだからな。それに俺も、毎日一緒に居ながら幹部の城だって気づかなかった間抜けだし」

「……じゃあ、一緒に行きますか」

 普段は命がけの行動など金を貰ってもやりたくないと言う最弱職の少年は、引き留めた少女に向かって同行を提案する。巷では鬼畜だ何だと言われていても、仲間の為ならば命を懸けられる、それがこの少年なのであろう。

 言われた少女は暫く渋い顔をしていたが、やがて諦めた様に肩の力を抜いて同行を認める。一人では何もできないというのは自分自身が良く知っていたし、一人きりにさせられないと言ってくれる仲間が居る事が何より嬉しかった。このパーティに入ったのは、間違いではないと確信させられる。

 なんだかいい雰囲気を出しながら、敵の城へと乗り込もうと計画する、そんな二人の肩をぽんぽんと叩く者が居た。それはにやーっと意地の悪い笑顔を浮かべる召喚士で、そのまま二人の視線を女騎士の方へと誘導する。

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」

 視線の先では蓮の花を冠する杖を構えた青髪女神が、今まさに呪いを解除する為の魔法を唱えた所であった。どんなもんよと自慢げにする自称女神の傍らで、しょんぼりとした女騎士が地面に指でのの字を描く。

 それを見届けた少年少女は、そんな事が出来るなら早く言えよ――と渋面を作るばかりであった。

「せっかく出した、俺達のやる気を返してくれ……」

「ぶはっ! あははははははははっ!!」

 その顔を見て、召喚士は二人を指をさしながら声を出して笑いだす。魔王軍幹部が居た間は流石に声を出すのを自重していた為か、辺りに響き渡るほどの大音量で爆笑し、屋外にもかかわらず倒れ込んで笑い転げる。

「紅魔族は、売られた喧嘩は全て買うと言いました!」

 緊張の糸が切れ、怒りと恥ずかしさで衝動が振り切れた魔法使いの少女が、召喚士に向かって飛び掛かって行った。



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