【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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第五話

 魔王軍幹部を撃退してから、何事も無く一週間が過ぎた。

 あれから爆裂散歩に付き合う事も無く、さりとてクエストがあるわけでもなく、暇を持て余した最弱職の少年は溜まり場の酒場の一席で仲間と共に過ごしている。掲示板の内容が復活していないか確認するのが、毎日の日課になってしまった。

 今日も朝から蜂蜜酒を舐める召喚士を横目に見ながら、仕方ないので今日はどうやって過ごそうかと仲間達と相談している。すると、珍しく静かだった青髪女神が机に手をついて立ち上がり、突然喚き始めるのだった。

「もう限界! クエストよ! きつくても良いから、クエストを受けましょう!」

 深刻な顔をして何を言うのかと思えば、もうバイト生活は嫌なのでクエストでガツンと儲けたいらしい。懐の淋しい自称女神とは違い、金銭に余裕のある最弱職と魔法使いの少年少女は難色を示した。

「私は構わないが、私とアクアだけでは火力不足だな……」

 唯一賛成した女騎士も、二人だけでは危険だと言いその視線を最弱職の少年に向ける。この少年さえ動けば、召喚士も自動で着いて来るからだろう。

 見られる少年は、もうわざわざ危険な事なんぞしたくない――と態度で表している。乗り気でないその態度を見た青髪女神は、ついには泣きだし始めてしまった。

「お、お願いよおおおおお! もうバイトばっかりの生活は嫌なのよお! コロッケが売れ残ると店長が怒るの!!」

「……確かに、あそこの肉屋は酷かったね」

 同じバイトに付き合っていた召喚士が、惨状を思い返したのかぼそりと呟いた。自己主張のあまりないこの召喚士が言うのだから、自称女神の被害も相当なのだろう。

「頑張るから! 今回は、私、全力で頑張るからあぁっ!」

 涙ながらの訴えに、反対していた二人が顔を見合わせる。流石に哀れに思ったのか、何時もの『しょうがねぇなぁ』と共に青髪女神にクエストを探して来るよう指令が飛んだ。それを受けて、嬉しそうな顔で青髪女神が掲示板へと駆けて行く。泣いたカラスがもう笑う。喜怒哀楽がはっきりしている所が、このフーテン女神の長所であろう。

「カズマ、一緒に見に行ってあげてくれませんか? アクアに任せておくと、とんでもない物を持って来そうで……」

「……だな。まあ私は別に、無茶なクエストでも文句は言わないが……」

 女騎士と魔法使いの少女の意見に、冒険者の少年は嫌な予感がしたのか慌てて青髪女神を追いかけて行った。追いついた先で早速その青い頭をしばいているが、あの調子ならばまともなクエストを選んでくれるだろう。

「まったくアクアは、手のかかる奴だな」

「悪い人では無いのですけどね。でも、あんな風に元気に騒いでいる方が、アクアらしいかもしれません」

 その意見には召喚士も同意した。あの騒がしさはこのパーティを面白くする要員の一つだし、彼女が居なければきっとこのメンバーが集まる事も無かっただろう。何しろ目立つ女性である故に。

「そう言えば、ローはキャベツの報酬で何か買い物はしなかったのか? 特にそれらしい物を買った様には見えないのだが、良ければ私にも見せてはくれないか?」

「そうですね。防具が新しくなった様にも見えませんし、召喚士は武器や杖を使うタイプでもありませんしね。アクアのアルバイトにも付き合って居るのは、お金を使い切ってしまったからだと思っていましたが」

 もしやそのローブの下に秘密兵器でも隠しているのでは!?――と目を輝かせて興奮し出す魔法使いの少女。紅魔族は物理的に目が光るので分かりやすい。女騎士の方も話に挙げただけあって、召喚士の金の使い道に興味がある様だ。

 熱烈な視線を注がれる召喚士は、くいっと一度酒杯を傾けてから、それをコトリとテーブルに置いた。

「使い道が無いから、今はお金を溜めているだけだね」

 特に隠し事など無く、面白味も無く説明が終わってしまう。貯金をしているだけだと言われてしまうと、いささか肩透かしのある話であった。それでもめげずに、少しでも面白い事を引き出そうと魔法使いの少女は話を続けようとする。 

「何か欲しい物とかは無いのですか? 武具の買い物に行くなら、この私がかっこいいデザインの物を選んであげます!」

「め、めぐみんのセンスでかっこいい物か……。それはともかく、皆で買い物に行くのもたまには良いかもしれないな」

「おい、私のセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

 きゃいのきゃいのと買い物について盛り上がる二人は、やはりこれでも女の子なのであろう。性別不詳の召喚士も皆で出かける事については快諾する。イベントがあると言うのは退屈しなくていい事だ。

「小物を買ったりするのは賛成かな。武具については、僕にはあまり必要が無いから遠慮しておくよ」

 だが、それはそれとして、溜め込んでいるお金は武具に使うつもりは無いとも断言する。召喚士と言う職業には、武器や防具を整える必要性があまりない。モンスターテイマーと違い使役する獣の食費に悩む事も無いので、純粋に使い道が無いだけなのだ。

「きっと、このお金の使い道は見つかるさ。近い内にね」

 そう言って、無駄に整った顔で片眼を閉じて見せる。俗に言うウインクと言う奴だ。

 異性にやられればときめく心もあるのだろうが、何だが同性にやられている様な気がして女子二人には効かなかった。それどころかちょっとムカっとしたぐらいだ。性別を明かさないくせに生意気な事をしやがって。

「……なんだか、ちょっとムカついたので、一発ぶっ放しても良いですか?」

「うむ、私もなんだが一発ぶん殴りたくなった。たまには攻めるのも悪くないだろう」

「ちょっ!?」

 珍しく召喚士が笑顔以外に慌てた顔を見せた。最近は魔法使いの少女から遠慮が無くなり、女騎士もまたからかいに制裁を加える事にした様だ。

 そんなこんなしていると、青髪女神と皆のリーダーが返って来る。

「おーいお前ら、クエストが決まったぞ」

 張り紙を持って声を掛けて来る少年に、召喚士は慌てて駆け寄りその背後に隠れる。女騎士と魔法使いはその後を追って、リーダーを挟んで睨み合う。そんな仲間達に、最弱職の少年は呆れたままで話を続けるのだった。

「何やってんだお前ら……」

「女同士の軽いスキンシップです。カズマは気にしないでください」

「いや、こいつはどう見ても男だろう。って、そんな事よりクエストが決まったぞ。安全にクエストをこなす策も、すでに考えてあるんだ。皆も聞いてくれ」

 そこで一度言葉を区切り、全員に見える様にクエストの用紙を掲げて見せる。そこには湖の浄化の依頼と書かれている。ブルータルアリゲーターが出没する様になったので、居なくなるまで湖の浄化をして欲しいとの事だ。あくまで浄化が目的なので、討伐まではしなくて良いらしい。確かにこのクエストなら、モンスターの対処さえできれば難易度は低いだろう。

 そして、皆のリーダー、最弱職の少年は宣言する。

「この湖に、アクアを檻に入れて浸ける」

 この男はやっぱり鬼畜だと、全員の心が一つになった瞬間であった。

 

 

「ねー……。私、ダシを取られてる紅茶のティーバッグの気分なんですけど……」

 檻の中に入れられた青髪女神が、下半身を水に浸けながらそんな感想を漏らしていた。少し前までは『売られていく希少モンスターの気分』と言っていたので、ずいぶんと自己評価が下がった物だ。

 ブルータルアリゲーターが住み着いたという、濁った水質の湖に冒険者一行は到着していた。街の水源の一つと言う事もあり、その大きさはそれなりの規模を誇っている。この湖を半日で浄化できるというのであれば、やはり自称女神のステータスは優秀なのであろう。

 最弱職の少年の考えた作戦は至ってシンプルな物だった。水の浄化自体は自称女神が一人で行えるが、その間にモンスターに襲われる心配があるため護衛が必要らしい。そこで魔法を使う間自称女神を安全な檻に入れて、モンスターが手出しできない様にしようとこの様な形になったのだ。

「今日はめぐみんが静かだな。何時もだったら中二っぽい事言って、湖ごとぶっ飛ばそうとするだろうに」

「ああ、確かに……」

「二人は私の事をなんだと思っているのですか。フッ……、我が究極の爆裂魔法はワニ如きには使うまでもないのです」

「普段はぽんぽん使いまくるくせに……」

 水の浄化自体は彼女が水に触れていれば自然と行われるらしいので、檻を浅瀬に沈めて水に触れられる状態にした。自称女神は水の中に入れられても呼吸に困らず、まる一日居ても不快感を感じないらしい。流石は女神を自称するだけはある。

 そんな訳で、現在絶賛浄化中。仲間達は少し離れた小高い丘の上で、湖に浸かる自称女神を眺めていた。一応仕事中であり、不測の事態に備えなければならないので監視は怠れない。だが、それ以外にやる事も無いのでぶっちゃけ暇である。

「おーい、アクアー! 浄化は順調かー? ずっと浸かってると冷えるだろ。トイレ行きたくなったら言えよ。オリから出してやるからー!」

「浄化は順調よー! 後、トイレはいいわよ! アークプリーストはトイレなんか行かないし!」

 大声を出せば意志疎通は出来る距離だが、交わす内容が何とも俗っぽい。だがこれで、何かあれば青髪女神の方から、大声で知らせて来るであろう。

 万が一を考えて、檻は湖の傍の大岩に鎖で繋いである。もしも青髪女神がギブアップを申し出るようなら、その鎖を馬に引かせて檻ごと撤退すれば良い。それでも駄目なら、女騎士を囮にしている間に爆裂呪文を詠唱し、準備が整ったら召喚士の狼に女騎士を回収させて一網打尽にすれば良い。完璧な作戦だ、と最弱職の少年は自信満々である。

「あいつは一昔前のアイドルか……。あの様子じゃ、まだまだ余裕そうだな」

「ええ、大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレ何て行きませんから」

 唐突に、聞かれても居ない事を主張し出す魔法使いの少女。自称女神もこの少女も、普段からモリモリ飲み食いしているのに強気な発言である。

「わ、私も、クルセイダーだから、トイレは……トイレは……。……うう……」

「ダクネス、この二人に張り合うな。トイレ行かないって言い張るめぐみんとアクアには、今度、一日じゃ終わらないクエスト受けさせて、本当にトイレに行かないか確認してやる」

「や、やめてください! 紅魔族はトイレなんか行きませんよ! でも、謝るのでやめてください……」

「……くっ、流石は私の見込んだ男だ!」

「ぶぷっ……」

 トイレ一つの話題でこうも面白おかしく騒げるこの一同。檻を湖に入れる際、女騎士と共に運ぶのを手伝った巨大な狼の毛繕いをしながら、何時もの様に召喚士が含み笑いする。

「しかし、まったく敵が出てきませんね。もしかしたら、このまま何事も無く浄化が完了するかも」

「おいっ! そんなフラグみたいな事を言うんじゃない。そんな事言ってると――」

 立ててしまったら、もう取り消せないのがフラグと言う物。注意しようと思った時にはもう遅く、そして着実に事を為している。立てられたからには、最高の仕事をするのがフラグなのである。

「カ、カズマー!! なんか来た! ねえ、なんかいっぱい来たー!」

 静かだった湖畔に、けたたましい叫び声が響き渡った。

 

 

「とりあえずこっちは四人居るし、二人ずつで交代で見張ろう。最初は俺とめぐみんが見張りで、檻の運搬してくれた二人は先に休憩しててくれ」

「お、おい! この状況でアクアを放っておくのか!?」

 女神様は今、大量のワニに群がられて先程から悲鳴を上げっぱなしでいる。それでもモンスター移送用の檻は頑丈で、歪みはしても中の自称女神には傷一つ無い。だが怖いものは怖いので、悲鳴は上がるし必死な様子で浄化魔法の詠唱が続いていた。あれならば半日も経たずに浄化は終了するかもしれない。

 女騎士の指摘に、鬼畜少年は当たり前だろと言わんばかりの顔を見せる。実際、彼の中では女神の放置は決定事項であった。

「さっきギブアップするか聞いたら、金が欲しいから嫌だと言ったのはあいつだぞ? だったら檻が壊されるかあいつがピンチになるまでは、放っておくしか出来ないだろう」

 浄化を始めてから、まだ全体で四時間ぐらいしかたって居ない。良いとこ半分ぐらいが終わった所であろうか。もう四時間かそこらは掛かる物と思った方が良いだろう。全員で見守っているのも芸が無いので、体力温存の為に交代制で見張りを立て様と提案したのだが、仲間達には不評の様であった。

「こ、この男、真顔で言いきりましたよ……。仲間が魔物の群れに襲われているのに、のんびり休憩なんて出来るわけないじゃないですか!」

 魔法使いの少女は憤慨しているが、仲間の一人の召喚士は言われたとおり、また愛犬の毛繕いを再開している。実際、あの数のワニ達に手を出して、こちらに襲い掛かられても困るだけなのは確かだ。全員一緒に逃げるのでなければ、最初に立てた作戦も使えない。爆裂魔法は一度きりの切り札であるし、何より自称女神を置いて行くなどもってのほかだ。

「今あそこに行っても被害者が増えるだけだし、何とか出来そうな奴は俺に賛同しているみたいだぞ?」

「くぅぅぅっ! なんと言う鬼畜外道の所業……。アクアが羨ましい……」

「おい、あの群れに突っ込んで行ったりするなよ」

 レベルの上がった召喚士は呼びだす召喚獣のレベルも上がったらしく、以前は巨大な子犬だった銀の毛並みの狼も、今は逞しい成犬ならぬ成狼の姿になっている。力はもちろんの事、俊敏性も非常に高く成長しており、最早カエル位であれば余裕で撃破できるだろう。体の大きさも子犬の時の倍程になっていて、抱き付けば体毛に埋もれて見えなくなりそうだ。

 そんな巨狼であれば、確かにワニ達の翻弄位は出来そうではある。問題は飼い主にやる気が全くない事だろうか。

「アクアがギブアップするなら直ぐに助ける。ギブアップしないならこのまま見守る。俺達の仕事は最悪の事態の回避なんだ。気持ちはわからんでもないが、今できる事は体力の温存だぞ」

 諭す様な少年の言葉に、知能の高い魔法使いの少女は、納得は出来なくとも理解はしてしまったらしい。むーっと唇を引き結んで、不満顔のまま黙り込んでしまった。

 女騎士も心配そうな顔をしたままだが、それ以上の追及はしない。なんだかんだで、最終的にはリーダーの意見に従ってくれる様だ。

「『ピュリフケーション』! 『ピュリフケーション』ッッ!! わああああーっ! オリが、オリが変な音たててる! アァーハァーハアアアー! イヤアアアアー! 『ピュリフケーション』! 『ピュリフケーション』ッッ!! 『ピュリフケーション』ッッッ!!!」

 湖畔には相変わらず、呪文の連続詠唱と甲高い叫び声だけが響いている。

 少なくともあの悲鳴が続いている間は、自称女神が元気な証拠であろう。ワニ達に全く相手にされない冒険者達は皆、もう呆然とそれを眺めるばかりである。

「なんか、猿の鳴き声みたいだな……」

「「「ぶふっ!!」」」

 少年の何気ない呟きに笑ったのは、召喚士だけではなかった。

 

 

 湖の浄化が開始されてから七時間が経過。浄化が完了した湖は濁りを完全に取り払われ、すっかりと透明さを取り戻していた。その透明度は湖の底まで見える程で、初めから居たのか帰ってきたのか魚の泳ぐ姿まで見える。

 湖を浄化しろと言うクエストとしては、これ以上ない出来栄えであろう。

「おーい、アクア? ワニ達はもう居なくなったぞ。いい加減出て来いよ」

 その功績を果たした功労者は、今だ檻の中で体育座りをしながら俯いていた。最弱職の少年が話しかけても反応が無い。虚ろな目をしながら、ベコベコになった鉄格子をぼんやり眺めているばかりだ。

「アクアー、アクア様ー。おい、返事位しろよ! いったいどうした?」

 周囲が安全になったので仲間達も全員、檻の周りに集まってきた。反応が無いのを心配したのか少年が強めに声を掛けると、青髪女神の肩がびくりと跳ねて、やがて瞳の端から涙がこぼれて嗚咽が漏れ始める。放心から戻ってきて安堵したら、気が抜けて感情が発露したのだろう。膝を抱えながらくずくずと鼻を啜っていた。

「まったく、泣くほど怖かったんならさっさとリタイアしろよ……」

「アクア、私達で話し合ったのだが、今回の報酬金三十万はお前一人の物にすると良い。私達は何もしていないし、辞退しようと思う」

「帰りましょう、アクア? もう怖いワニ達は居ませんよ」

 未だに立ち上がろうともしない青髪女神を心配して、魔法使いの少女や女騎士が鉄格子越しに優しい声かける。それ程までに疲弊した青髪女神は弱々しく見えていた。普段の溌剌さは見る影もない。

 そんな事をしていると、召喚士が湖岸に荷車を引く馬を横付けし、こちらに向けて手を振ってきた。声を掛ける代わりに、すぐ傍の狼がバウッと良く通る声で一度吠える。それを確認した少年は、多少強引にでも連れだそうかともう一度檻の中を覗き込む。

「……れてって……」

「……何だって?」

 ようやく何かを囁いたかと思えば、掠れ声の上にか細くて聞き取れない。何とか聞き取ろうとして、少年は限界まで檻越しに顔を近づける。

「……おりのそと、こわい……。このまま、まちまでつれてって……」

 青髪女神の心に、また一つ大きなトラウマが刻み込まれたらしい。

 

 

 結局、あの後は頑として動かない自称女神を、檻ごと荷車に乗せる事になる。作業自体は女騎士と召喚士の狼がやってくれた。力のある二人には苦でもなかった様だ。

 帰り道は順調。馬が狼を怖がるので乗り物を召喚して居られず、途中でバテた召喚士が荷車に腰かけている位で、他には問題も無かった。問題と言えば、街の中に入ってからが問題である。

「でーがらーし、めーがみーがー、うられていーくーよー……」

 街中を檻を乗せた馬車が通るだけでもかなり人目を引く。中に居るのが体育座りの女と言うのも、注目に拍車をかけるだろう。その上この女は歌うのだ。己のこれからの境遇を呪うかの様に、暗鬱とした声と音色で旋律を響かせる。そのおかげでもう、冒険者達は奴隷商もかくやと言った佇まいになっていた。

「おい、もう街の中に入ってるんだから、いい加減にその歌は止めろよ。つーか、とっとと檻から出て来いよ!」

「いや……。このなかこそがわたしのせいいき……。このおりだけがわたしをまもってくれるの……」

 町人の視線に耐えかねた最弱職の少年が、説得を試みるもあえなく失敗。ついには宴会芸の女神から、檻の女神へとジョブチェンジした様だ。くたびれた檻の中を聖域にする女神など、見た事も聞いた事も無い。

 さてどうしたものか――と少年が腕を組んで悩んでいると、その思案は響き渡った男の声に遮られた。

「め、女神様っ!? 女神様じゃないですかっ! 何をしているのですか、そんな所で!」

 全身を高級そうな鎧に包んだ男が一人、大声を上げながら駆け寄って来る。何事かと荷馬車を止めると、在ろう事かその男は荷車に飛び乗り、自称女神の入った檻を素手でこじ開けた。数時間もの間、ブルータルアリゲーターの群れの攻撃を防ぎ切った特製の檻だと言うのに、それを飴細工の様に鉄格子をひん曲げるとは呆れた膂力である。

 そのまま闖入者の男は、自称女神に手を伸ばす。男の方は自称女神を知っているかのような振る舞いだが、肝心の女神の方は怪力に呆然としていてそれどころでは無い様だ。

 反応が無い事を気にも留めずに、そのまま男は女神の手を取ろうとして、その前に肩を掴まれて動きを阻害された。

「……おい、私の仲間に軽々しく触れるな。貴様、何者だ? 知り合いにしては、アクアがお前に反応していないのだが」

 邪魔をされた男は振り向いて、阻害してきた相手を見やる。女騎士――ダクネスが、仲間を守る為に珍しく、本当に珍しくきりりと顔を引き締めていた。とても、ワニの群れに襲われる自称女神を羨ましそうに見ていた奴と、同一人物とは思えない凛々しい姿である。

 女騎士に向き直った鎧の男は大仰に肩を竦めて、如何にも厄介ごとに関わってしまったと言わんばかりの態度を取った。いきなり押しかけて来て器物破損までしたというのにずいぶんな態度である。普段、性癖さえ発露して居なければ冷静な女騎士が、苛立ちを顔色に表していた。気障な相手に嫌悪感でもあったのだろうか。

「おい、おいっ、アクア。あれお前の知り合いなんだろ? 女神様とか言ってたし。この状況を何とかしてくれよ」

 女騎士が鎧男を睨み付けている間に、最弱職の冒険者は檻の女神に小声で話しかける。上の空だった檻の女神は、女神と言う単語にだけびくりと反応してみせた。

「……女神……?」

「そーだよ……」

 むしろそれ以外の何だと言うのか。たとえ宴会芸の女神だろうが檻の女神だろうが、女神は女神だと言うのに。

 言葉の意味がようやく浸透したのか、消沈していた女神は檻の中で突然立ち上がり元気よく声を張り上げた。

「ああっ! そう、そうよ! 女神よ! 私は!」

 どうやら、言われるまで自分自身が女神であることを忘れていたらしい。あっけらかんと喜色満面となり、大切な事を思い出したと瞳の輝きを取り戻していた。

「この女神である私に、この状況を何とかしてほしいのね。まったくしょうがないわねー!」

 それから、自分が頼られているという喜びからか、あれ程出たがらなかった檻から脱出を決意する。もたもたしながら何とか檻の隙間から抜け出して、両手を腰に当てて胸を張り、ふんぞり返りながら宣言した。

「さあ! 女神の私に何の用かしら!?」

 そこでようやっと、鎧男と女神の視線が交差する。男の方は少し嬉しそうな顔をしていた。まるで会いたかった憧れの人に再会できた事を喜んでいるかの様だ。

「……あんた誰?」

 その笑顔が、女神の一言で凍り付いた。

 その言葉により女騎士の睨み付ける視線が強まり、最弱職の少年も訝しんでいる。いや、鎧男の驚愕の表情を見て、女神の方が忘れているのだと確信した様だ。自分の正体すら忘れる様な奴なのでさもあらん。

「僕ですよ! 貴女に魔剣グラムを頂いて、この世界に転生した御剣響夜ですよ!」

 流石に面と向かって存在を忘れられたのはショックだったのか、鎧男は大声で自己紹介をし始めた。それでも女神の方はピンと来ない様子で首を傾げている。憧れの人に名前すら忘却された男の姿は、ひたすら滑稽であった。

 最弱職の少年には今のやり取りで鎧の男――転生者であれば若いはずなので青年だろうか――の正体が掴めたらしい。未だに理解できて居ない青髪女神に、鎧の青年の正体をこっそり耳打ちしてやる。

「……ああっ! あーあー、そう言えば居たわねそんな人も! ごめんね、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人を送ったし、忘れてたってしょうがないわよねっ!」

 確かに言ってる事は間違いないが、それを本人に言うのはどうかと思う。言われた鎧の青年は、流石に苦笑いで受け止めるしかなかった。

 ようやく思い出してもらえた青年は、端整な顔立ちに微笑みを浮かべながら女神に話しかける。いわゆるイケメンと言う物だろうか、最弱職の少年が嫌そうに顔を背けた。

「お久しぶりです、アクア様。貴女に魔剣グラムを頂いてから、今日まで精進して来ました。職業はソードマスターで、レベルも37になったんですよ」

 そう言って、宝物の様に腰に下げていた剣を両手で捧げて見せる。傍から見ていれば、確かに女神に拝礼する勇者にも見えるだろう。

「ところで、アクア様はどうしてこの世界に? というか、なぜ檻に閉じ込められていたのですか?」

 何も事情を知らずに見れば、護衛を引き連れた男が檻に閉じ込めた女を移送して居る様にしか見えないのだから、この質問はもっともである。たとえ事実が、女神が自分で檻に閉じ籠っていたのだとしても。

 鎧の青年はチラチラと最弱職の少年に視線を送り、何者なのかと警戒している様だ。この様子だと、本当の事を言っても信用はしないかもしれない。

「はぁ!? 女神様をこの世界に引きずり込んで、檻に入れて湖に浸けた!? 何を考えているんですか君は!」

 それでも、全ての事情を理解した最弱職の少年は、親切にも乱入してきた青年に事実を説明してあげた。そしてその反応として胸ぐらを掴まれて揺さぶられ、至近距離から怒鳴られている。

 それを慌てて止めたのは、話の中心の女神であった。

「ちょちょ、ちょっと! 私はもうこの世界に連れてこられた事は気にしてないし、毎日楽しく過ごせてるから何も問題は無いわ! 檻に入れられてたのはクエストの為だし、報酬はなんと三十万よ三十万! それを全部くれるっていうの!」

 この女神はくだらない嘘を平気で吐くし、間の抜けた隠し事は平気でする。だが、少年に世話になって居る事に感謝しているのは本心なのだろう、この女神にしては最大級のフォローをしていた。

 しかし、鎧の青年はその言葉に憐憫を浮かべて、キッと最弱職の少年を睨み付ける。

「……アクア様、この男にどう丸め込まれたのかは知りませんが、こんな目に合されてたったの三十万ぽっちだなんて……。貴女の扱いは不当ですよ」

 どうやらこの青年は、女神が貰う報酬を少年がピンハネしていると思い込んだ様だ。実際は報酬を全額渡しているのだが、この青年の金銭感覚では三十万と言う金額ははした金らしい。

「ちなみに、女神様は今どちらで寝泊まりされているんですか?」

「え? そ、それは……、皆と一緒に馬小屋でだけど……」

 唐突な話題の変更に戸惑いつつも、女神がしどろもどろに答える。恐らくは、少年と一緒に寝泊まりしていると言うのが言い辛かったのだろう。実際には召喚士も隣に居るとは言え、男と同衾しているとは流石の自称女神でも恥ずかしいらしい。わざわざ皆と言ったのは、そうすればパーティ全員と一緒だと伝わるだろうと思ったのだろう。

 だが、鎧の青年はそうは受け取らなかった。憧れの女神がその仲間と共に、些末な馬小屋に押し込められて居る。ピンハネだけでは飽き足らず、みすぼらしい住居を与えるとは不届き千万。そんな事を思ったのか、少年の胸ぐらを掴む手に、更に力を込めた。

 鉄格子を捻じ曲げる様な力で吊り上げられて、少年から流石に苦悶の声が漏れだす。するとそこで、女騎士が鎧の青年の腕を掴んで吊りあげるのを止めさせた。不器用だが力だけは自慢の、流石の女騎士である。

「……貴様、いい加減にしろ。初対面のカズマ相手に、さっきから何なのだお前は。礼儀知らずにも程がある」

 本当に珍しい事だが、女騎士が怒りの感情を露わにしていた。それなりの期間パーティを組んでいるが、こんなに怒気も露わなのは初めてではないだろうか。

 怒っているのは女騎士だけではなく、魔法使いの少女も杖を構えて何時でも爆裂魔法を撃てる様に構えている。今にも詠唱を始めてしまいそうだ。

「……何だか撃ちたくなってきました」

「おい、それは止めろ。俺も死ぬ」

 冷静にツッコミを入れたが、先程からの言いたい放題な言いざまには、少年自身も怒りを覚えていた。魔剣を貰って楽してきた様な奴に、どうして一から頑張ってきた自分がここまで言われないといけないのかと。

 そんな仲間達の中で、召喚士は怒ってはいなかった。無論、状況を楽しんで笑っている訳でもなく、ただだだ、ひたすらに無表情なのだ。鎧の青年の事を、まるで虫でも見る様な色の無い目で見ている。これが召喚士なりの怒り方なのか、本当に興味が無いのかは分からないが、少しだけ背筋が冷える様な思いがした少年であった。

 女騎士の言葉に熱くなっていた事を自覚したのか、鎧の青年が胸ぐらを掴む手を離す。代わりに最弱職の少年の仲間達を見回して、フンと鼻を鳴らして笑う。

「クルセイダーにアークウィザードに、レア職の召喚士か。それに、みんな凄い美人じゃないか。パーティメンバーには恵まれているみたいだね」

 最早、口調も視線も完全に最弱職の少年を見下した物になっていた。仲間達が全員女に見えて、ハーレムパーティでも築いているとでも思ったのだろう。

 実際はポンコツだらけでまともに機能しない、性能がピーキーも良い所なパーティなのだが。

「こんな優秀そうな人達を、馬小屋なんかで寝泊まりさせるなんて……。恥ずかしいとは思わないのか? その上、自分自身は最弱職の冒険者らしいじゃないか」

 この人から見ると、少年はレベル上げもせずに優秀そうな上級職達に寄生している様に見えるらしい。自分からカエルの餌になったり、自分からタコ殴りにされに行ってドン引きした事ならあるが、楽な思いをした事は無いはずなのだが。

 最弱職の少年の中では、妙な既視感と一緒にとある疑問が思い浮かんでいた。

「……なあ、この世界では冒険者が馬小屋暮らしなのは基本だろう? こいつさっきから、馬小屋馬小屋って言って怒ってるけどやっぱり……」

「ええ、この人は最初から魔剣の力で、バンバン高難易度クエストをこなして、お金に困った事が無いんでしょうね。まあ、特典や能力貰った人なんて、みんなこんなものよ?」

 やっぱりそうか――と、少年の中で既視感がかちりと現実と当てはまる。とりあえず怒っている理由は分かったが、やはりこいつとは解り合えそうもないと確信出来た。正直、もう関わり合いになりたくないとさえ思っている。イケメンで金持ちとか死ねばいいのにと、少年は心の中で毒を吐く。

「君達、今まで苦労をした様だね。これからは僕のパーティに一緒に来ると良い。高級な装備も買い揃えてあげよう」

 そんな思いとは裏腹に、鎧の青年はさわやかな笑みに同情の視線を乗せて仲間達に語り掛ける。酷い扱いを受けている女の子達を、選ばれた勇者が助けなければいけないと本気で思っている様だ。

「よく見れば、バランスの良いパーティになるじゃないか。ソードマスターの僕とクルセイダーの前衛。僕の仲間の戦士と盗賊の中衛に、アークウィザードと召喚士、そしてアクア様の後衛。まるであつらえたみたいにぴったりな構成だね!」

 もう既に、仲間を引きこめるつもりで居るのか、鎧の青年は興奮しながら語っている。パーティの中に最弱職の少年が居ないのは、無意識なのか意図的なのか。どちらにせよ、その言い様は碌な物ではない。

 あからさまに頓珍漢な事を言って、誤解から仲間を悪しざまに扱われ、更には上から目線の同情を投げつけられて、それで靡く様な奴が居たら、それはよっぽどのノータリンか詐欺師だけだろう。

「ないわー……。ちょっと、ヤバいんですけど。あの人本気で、ひくぐらいヤバいんですけど。ていうか勝手に話進めるしナルシストも入ってる系で、怖いんですけど……」

「……どうしよう、あの男は何だか生理的に受け付けない。責めるより責められる方が好きな私だが、あいつは何だか無性に殴りたい」

「撃っていいですか? あの苦労知らずの、スカしたエリート顔に、爆裂魔法ぶち込んでも良いですか?」

「…………」

 少年の仲間達は確かにノータリンだが、よっぽどのノターリンではなかった様だ。全員が鎧の青年の事を、気味の悪い生き物の様に見ている。その内の一人に至っては視界に入れてすらいない。見事なまでの大不評であった。

 すると、不安げな顔で青髪女神が少年の側に近づいて、服の裾をくいくいと抓む。

「ねえカズマ。もうギルドに行こう? 私が魔剣を上げておいてなんだけど、もうあの人には関わらない方が良い気がするの」

 憧れの人から三下り半を突き付けられた、鎧の青年の心中は如何程か。何時もは自分から進んで怖そうなおっちゃん達とでも酒を飲み交わす様な女神だが、誰かを放っといて帰ろうと言い出すとは珍しい事だ。この青年にはよっぽど嫌悪感を抱いたらしい。

「えーと。俺の仲間は満場一致で貴方のパーティには行きたくないみたいです。それじゃあ、俺達はクエストの完了報告があるから、これで……」

 最弱職の少年はそれだけ言って馬の手綱を引き、檻の乗った荷車を引かせ始める。突然現れて訳の分からない理由で憤慨し出した変な奴相手に、これだけ丁寧に対応するのだから立派であろう。

 だが、相手は話を聞いていなかった。

「……どいてくれます?」

 総スカンを喰らった鎧の青年は、立ち去ろうとする一行の正面に回り込み進路を妨害する。最早何を考えて行動しているのかもわからないが、その行動にはきっと自分だけの正義があるのだろう。

「悪いが、僕に魔剣と言う力をくれたアクア様を、こんな境遇には置いてはおけない。君にこの世界は救えない。魔王を倒すのはこの僕だ。アクア様は、僕と一緒に来た方が絶対に良い」

 その本人に拒絶されたにも拘らず、何処からその自信が湧いて来るのか。そして自分自身が勇者であると、頑なに信じている言動。矢面の最弱職の少年でなくても、イラついても仕方がない人間性である。

「……君は、アクア様をこの世界に持ってくる特典として選んだと言う事だよね?」

「……そーだよ」

 この時少年の中では、目の前の鎧の青年が何を言うのか予測が出来ていた。元の世界で読んでいた漫画によくある展開だったからだ。この手の、自意識過剰な人の話を聞かない人間が最後に取る手段と言えば、一つしかない。

「なら、僕と勝負をしないか? 僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」

「よし乗った。行くぞおおおっ!!」

 言うが早いか、最弱職の少年は腰の剣を引き抜いて突然襲い掛かった。『何でもする』の言質を取ってから、間髪入れずに斬り付ける見事な奇襲である。いい加減に我慢の限界に来ていた事もあり、正々堂々なんざ糞喰らえとばかりに剣を振り被った。

「えっ!? ちょっ! 待っ……!?」

 慌てた青年はそれでも何とか腰の魔剣を引き抜いて、迫り来る少年の刃を防ごうと反応する。流石は高レベルの冒険者と言った所か。しかし、最弱職の少年はその更に上を行く。

 剣同士が触れ合う寸前で攻撃を止め、逆の手を突き出して本命の策を解き放つ。フェイントを織り交ぜての奇策の一手。

「『スティール』ッッッッ!!」

 辺りを眩い閃光が照らし、鎧の青年がまともに見てしまった為にきつく目を閉じる。そして再び目を開けた時には、彼の両手には自慢の魔剣は握られてはいなかった。

「「「は?」」」

 その間の抜けた声を上げたのは誰だったのだろうか。魔剣の持ち主か、あるいは見守っていた少年の仲間達か、姿の無い鎧の青年の仲間達か、はたまたその全員か。

「……ほい」

 不思議そうに自分の掌を眺める鎧の青年の頭に、最弱職の少年が重い一撃を叩きつけた。青年から運良く一回目で奪い取った魔剣を使い、その横腹で頭頂部を強打する。その一撃で、彼はあっさりと気絶。魔王を倒す勇者を謳っていた青年は、見下していた最弱職に打ち負かされた。

「……ったく、言いたい放題言いやがって……」

 手に入れた剣を器用に逆手に持ち替え、切っ先を地面に突き立てる。自前の剣よりは大きくて扱い辛いが、チート武器を手中に収めて少年はご満悦だった。特典に女神を選んで以来、後悔し通しだったので尚更であろう。

 勝負の前に負けたら何でも言う事を聞くと言ったのだ、ありがたく魔剣を頂いてさっさとギルドに行くとしよう。そうと決めたら少年はまた荷馬車を引く為に、馬の手綱を取りに戻った。

「卑怯者! 卑怯者卑怯者卑怯者ーっ!」

「あんた最低! 最低よこの卑怯者! 正々堂々と勝負しなさいよ!」

 そんな彼に、どこから現れたのか二人の少女が食って掛かった。

 身なりは冒険者らしく旅装であり、クラスは盗賊と槍を使う戦士の様だ。言動から察するに、魔剣を奪われた青年の仲間なのであろう。盛大に喚き散らして文句を言い、息が切れたのか興奮したのか肩で息をしている。

 別段相手をする必要もないのだが、最弱職の少年は律儀に声を掛ける事にした。

「あんた達、こいつの仲間か? 戦う前にこいつが、負けたら何でも言う事を聞くって言ってたのは聞いてたな。それじゃあ、この魔剣を頂いて行きますね」

 それだけ一方的に言うと馬車の方にスタスタと歩いていく。そんな彼を、荷車の上の召喚士が両手を小さく振って満面の笑みで出迎える。こちらも物凄くご満悦の様だ。フェイントからのスティールが上手く行ったので、気分の良い少年も親指を立てて見せた。

「待ちなさい最低男! キョウヤの魔剣を返しなさい! それは選ばれた勇者であるキョウヤにしか使えないんだから!」

 そんな二人に、魔剣を奪われた青年の仲間達はまだ食い下がる。本人もそうだったが、仲間も大概諦めが悪い。おまけに勝負で負けたにも拘らず、ぐだぐだと言い募るとは往生際が悪い事この上ない。

 そんな事よりも少年の関心は、魔剣が使い手を選ぶという点だった。まだ何か喚いている女二人を無視して、確認の為に青髪女神の方に視線を向ける。

「……マジで? この戦利品、俺には使えないのか? せっかく強力な装備を巻き上げたと思ったのに」

「マジです。残念だけど、魔剣グラムはあの痛い人専用よ。装備すれば人の限界を超えた膂力が手に入り、石だろうが鉄だろうがサックリ切れる魔剣だけれど。カズマが使ったって普通の剣よ」

 その言葉に、今まで上機嫌だった少年のテンションが一気に下がった。せっかく念願の優秀なチートが手に入ったと思ったのに、自分には使えないとなれば無理もない。

 しばし、ただの剣と言われた戦利品を手に取り眺める少年。

「ま、一応貰っとくか。せっかくだし」

 今持っている剣よりはマシとでも思ったのか。はたまた別の利用法でも思いついたのか。結局は戦利品は手放すつもりは無い様だ。

「じゃあな。そいつが起きたら、これはお前が持ち掛けた勝負なんだから恨みっこ無しだって伝えといてくれ」

 それだけを一方的に言って、今度こそ馬の手綱を手に取って歩き出した。その際に、怖がっていた青髪女神にも声を掛けるのを忘れない。なんだかんだ言って、面倒見が良い少年である。

「ちょちょちょ、ちょっとあんた待ちなさいよ!」

「キョウヤの魔剣、返してもらうわよ! こんな勝ち方、私たちは認めない!」

 本当にあきらめが悪く、そして鎧の青年が大事なのか、彼の仲間の少女達はついに武器を抜き放つ。街中にも拘らず武力行使の構えである。

 流石に剣呑な気配を感じて、少年の仲間達の顔つきが変わった。特に、荷車に座ったままの召喚士がにこにこしている。

 女騎士が少年を庇おうとするよりも、魔法使いの少女が杖を構えようとするよりも早く、召喚士が掌を二人に差し向けた。

「レベル十召喚。ヨーちゃん、御飯だよ」

 そんな軽い一言と共に、掌の先の中空に魔法陣が現れ、そこから巨大な口が飛び出した。果たしてそれは、レベルが上がり先に召喚された時よりも巨大になった蛇の召喚獣である。真横に向けて召喚し、その勢いで娘二人に向けて大蛇を発射したのだ。

「「う、うわあああああっ!?」」

 人一人を頭から丸呑みに出来るサイズの口が迫って来るのを見た少女達は、大慌てで横っ飛びにそれを躱して難を逃れる。獲物を取り逃した蛇は、チロチロと舌を出してから、すうっと姿を薄れさせて返還された。その無機質な爬虫類の瞳は、最後まで少女達を捉えて離さず、見る者に戦慄を植え付ける。

 殺意満点の攻撃に慄く二人に対し、召喚士は荷車から降りて近づき、更に掌を差し向けて――

「何やってんのお前!?」

 その頭を最弱職の少年が素手ではたいた。スパーンと良い音のするツッコミである。

 ツッコミを入れられた召喚士は目を丸くして、どうして止めるのかと不思議そうな顔で少年を見るが、そんな事は言うまでもなくやり過ぎだからだった。

「お前、街中で召喚魔法で攻撃とか明らかにやり過ぎだろう……。しかも、明らかに殺すつもりで撃ってたよな?」

「……武器を抜いたって事は、殺される覚悟があるって事だよ。そんな覚悟も無しに、剣や魔法を振り回す冒険者なんていないでしょう?」

 何言ってんの?――そんな不思議そうな顔で訴えてくる召喚士に、少年は改めてげんなりした。今まで頭がおかしいのは爆裂魔法狂いぐらいだと思っていたが、こやつは別ベクトルで危険かもしれない。一般人の見ている前で、平然と人間を食わせ様とするなんてとんでもない感性だ。

「幾ら頭に来たからって、いきなり殺そうとするなよ……。仲間が人殺しで逮捕とか、肩身が狭くなるのは御免だぞ」

「……なるほど」

 何がなるほどなのかは分からないが、とりあえず手を下ろす召喚士。少なくとも交戦の意志が無くなったのを見て、最弱職の少年は改めて少女達二人を見やる。

 街中での召喚魔法攻撃を受けた事もあって動揺していた様だが、それでも武器を手放していない辺り向こうの意志はまだ潰えていないらしい。むしろ召喚魔法が飛んで来ないと知って、奪還のチャンスとばかりに少年を睨み付けて来る。

 懲りないなぁと思いつつも、これ以上揉めているとこの二人が逆に危険なので、最弱職の少年は追っ払う事にした。このまま放っておいたら、次は爆裂魔法が街中で炸裂しかねない。

「おい、お前らもう帰れよ。よくよく考えたら、迷惑被ってんのは最初から最後までこっちじゃないか」

 変な奴に絡まれるし、上級職が喧嘩を吹っかけて来るし、撃退したら卑怯者呼ばわりされるしで散々である。もう相手をするのも面倒になった少年は、そのまま畳みかける様に二人に向かって掌を差し向ける。

「いいか、俺はたとえ女の子が相手でも、顔面にドロップキックを平気で放てる、真の男女平等主義者だ。これ以上やるってんなら、公衆の面前で俺のスティールが炸裂するぜ」

 そんな自慢にもならない様な強気な発言と共に、差し向けた掌の指をぐねぐねと卑猥な感じに動かして見せる。その動きに怖気を感じると共に、スティールをされると言うのがどういう意味かを察した少女二人が顔を赤らめた。

「どーする? んんー? ほーれ、ほほほーれ、ほーれっ……」

 指の動きが更に加速し、怪しく淫らに嫌悪感を増長させる。ついでにそれを披露する少年の顔は悪辣で、そしてとても嬉しそうな犯罪者にしか見えない笑みに歪んでいた。それらを見ていた味方の筈の三人娘もドン引きする程に。

「「きっ、きゃあああああああああっ!!」」

「あ、いや……。悲鳴上げる程怖がらなくても良くね……?」

 そんな脅しに屈服して、少女二人は悲鳴を上げながら逃げて行った。殺されるのとはまた違った意味での、女としての危険を感じ取ったのであろう。逃げ出された少年は、こんなに効果が出ると思っていなかったのが困惑気味である。

「……うむ、流石だ」

「ねー、早く帰ろー? 私さっさと報酬手に入れて、シュワシュワが飲みたいんですけどー」

「ぷっ……。ふふふふ……」

「はっ!? ……っ!」

 そして、一連のやり取りを見て女騎士が流石の鬼畜だと感心し、青髪女神はようやくギルドに行けると喜ぶ。召喚士も少年の面白さに満足して微笑む中で、魔法使いの少女だけは以前の己の被害を思い出したのか、ローブの裾を掴んで顔を羞恥に染めていた。

 なんにせよ、これでやっとギルドに行けると言う物だ。改めて馬の手綱を握り、今度こそ報告の為に出発する。

 ちなみに、鎧の青年はその場に放置した。仲間に見捨てられた形になった彼は、本当に慕われていたのだろうか。いと哀れなり。

「……カズマ、その魔剣の事なんだけど……」

 ギルドへの帰り道の途中での事。

 召喚士が珍しく提案をしてきて、少年は軽い驚きと共にその話に耳を傾けた。

 

 

「なぁんでよおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 冒険者ギルドの片隅にある何時もの席で、一日の疲れを癒そうと酒杯を傾ける。周囲の騒音をBGMにしながら、思い思いに休息を取っていた最弱職の少年たち一行は、聞き慣れた自称女神の悲鳴を耳にした。

「あいつは、何処に居ても騒ぎを起こさんと気が済まないのか」

「また何か、納得いかない事でも言われたのでしょう。まあ、十中八九あの壊れた檻の事でしょうけど」

 騒ぐ事自体には慣れっことは言え、うんざりすると顔色で語る最弱職の少年。それに相槌を打つのは、安い定食を今日はお行儀良く頂く魔法使いの少女。二人とも、叫び声自体には反応せずに、理由をあれこれ話し合って盛り上がる。

「だから、借りた檻は私が壊したんじゃないって言ってるでしょ! ミツルギって人が檻を捻じ曲げちゃったんだってば! それを、なんで私が弁償しなくちゃいけないのよ!」

 女騎士と召喚士はその隣でワイングラスを傾け、乾きモノを肴に酒を楽しんでいた。何時もは蜂蜜酒を頼む召喚士であったが、今日は女騎士の好みの葡萄酒に付き合ったのだ。少年も自称女神もクリムゾンビア派なのでワインにはあまり付き合ってくれず、女騎士は今回とても嬉しそうにしている。やはり騒ぐにしても、たまには同じ酒を酌み交わしたい物なのだろう。こちらも騒ぐ女神には目もくれない。騒ぐのは何時もの事だからだ。

「……今回の報酬、壊した檻の修理代引いて、十万エリスだって……。あの檻、特別な金属と製法で出来てるから、二十万もするんだってさ……」

 暫くの間、例の金髪の受付嬢をがっくんがっくん揺さぶって、周囲の冒険者達の目を楽しませていた青髪女神だったが、粘れども泣こうとも報酬金が増えずに諦めて戻ってきた様だ。

 聞かれても居ないのにわざわざ説明してくる当たり、慰めて貰いたいのかもしれない。自称女神様は構われたがりであるからして。

「あの男、今度会ったら顔面にゴッドブロー叩き込んでやるわ! そして檻の弁償代払わせてやるんだから!」

 他のメンツに遅れながらも食事をとる為に、憤懣遣る方無しのままメニューを覗き込む。そのメニューに、悔しさのあまりギリギリと指が食い込んでいた。

 あの鎧の男、魔剣の人の出現は青髪女神にとっては本当に災難である。怖がらせられるわ、檻は壊されるわ、挙句に勝手に賭けの対象にされるわ。そんな処遇に、女神に対して辛辣な最弱職の少年も思わず同情してしまう。

 まあ、今日は色々苦労させたし、たまには労ってやるかと思わなくもない所で、その思考は酒場に響き渡った怒声に遮られた。

「見つけたぞ、佐藤和真! こんな所に居たのか!」

 正直もう関わり合いになりたくないと思っていた人物の声が背後から聞こえて、しかもそれが自分の教えても居ないフルネームを知っている事に頭痛を覚える最弱職の少年。

 声のした方を見てみれば、そこにはやはり魔剣を奪われた鎧姿の青年が立っていた。怒り心頭、正義は我にありと言わんばかりの佇まいである。

 逃げ出した筈の二人の取り巻きの女の子達も居るが、二人は何かを恐れる様に距離を取っている。女二人で身を寄せ合って震えていた。怖がっているのは初手で殺しに来た召喚士か、少年のセクハラなのか、あるいは両方か。

 怯える仲間二人を置き去りにして、鎧の青年はずかずかと最弱職の少年と仲間達のテーブルに近づき、両手をバンと叩きつけた。

「佐藤和真! 君の事は、ある盗賊の少女から聞いたよ、パンツ脱がせ魔だってね! 他にも、女の子をヌルヌルにするのが趣味の男だとか。色々な人の噂になっていたよ。鬼畜のカズマだって!」

「おいいっ! その噂、誰が広めたのか詳しく!?」

 大体間違っていない。幸運が高すぎて女性相手にスティールを使うと下着ばかりが的確に盗れる事も、仲間をカエルの餌にしてその間に討伐した事も、両方とも実際にあった事だ。青年の言う盗賊の少女と言うのは、女騎士の友人の銀髪の盗賊本人であろう。未だに、下着と引き換えに全財産奪われた事を根に持っているらしい。

 鎧の青年は表情を引き締めて、話しかける相手を青髪女神に切り替える。

「アクア様、僕は必ずこの男から魔剣を取り返し、魔王を討伐すると誓います。ですから……。ですからこの僕と、同じパーティに――」

「ゴッドブロー!!」

「はぁああああん!?」

 神の怒りと悲しみを乗せた拳が、鎧の青年の頬を打ち抜いた。取り巻きの少女達が悲鳴を上げたが、やはりそれだけで介抱したりはしない。厚い信頼関係である。

 ゆらりと立ち上がった青髪女神は、事前の宣言通りに再開した青年の顔に一発入れ、そこから更に胸倉を両手で掴んでがくがく揺さぶった。そして、怒りの感情をそのままぶちまける様に吠えたてる。

「ちょっとあんた! 壊した檻の代金払いなさいよ! 三十万よ三十万、今すぐ払いなさい!」

「あ、はい……」

 剣幕に押されたのか、女神が言う事だから従ったのか、青年は素直に金の詰まった袋を差し出す。高難易クエストをバンバンこなして、羽振りが良いと言うのは本当らしい。

「すいませーん! カエルのから揚げ山盛りでくださーい!」

 現金を受け取った女神は満面の笑顔で席に戻って、手にした大金で早速豪遊し始める。もう既に頭の中は酒と食い物で埋め尽くされて、怒っていた事も鎧の青年の事も忘却の彼方だ。

 一世一代の告白の様な物を拳で返答された鎧の青年は、よろよろと立ち上がると改めて最弱職の青年に言葉を掛ける。今日一日で、順風満帆だった彼の転生人生はどれだけ荒れたのだろうか。実に満身創痍である。

「……あんなやり方でも、僕の負けは負けだ。そして何でも言う事を聞くと言った手前、こんな事を頼むのは虫が良いのも理解している。……だが、頼む! 魔剣を返してはくれないか?」

 その青年の言葉に、静かに酒を楽しんでいた召喚士がぷっと吹き出した。実際、本当に虫のいい話だったからだ。自分で仕掛けた勝負に負けておいて、その相手にやっぱり無しにしてくれだなんて生っちょろい事を言う。滑稽過ぎて笑いも零れると言う物だ。

「あの魔剣は君が持っていても役には立たない。良く切れるだけの普通の剣でしかないはずだ。剣が欲しいのなら、店で一番良いのを買ってあげても良い。……どうだろうか、返してはもらえないか?」

 何処までも上から目線の言葉であった。この世界に来て活躍し、ちやほやされて挫折を知らないこの脳内勇者様は、物の頼み方すら知らないらしい。お願いする立場の者が、買ってあげても良いとは図々しいにも程がある。

 その青年の発言に一番怒ったのは、誰よりも青髪女神であった。

「ちょっと、人を勝手に賭けの対象にした挙句、良い剣の代わりに魔剣を返せですって!? 虫が良いと思わないんですかー? それとも、この私には店で一番高い剣ぐらいの価値しかないって言いたいの? 無礼者、無礼者! 神様を勝手に賭けの対象にするなんて最低よ! 顔も見たくないのであっちへ行って! ほら早く、あっちへ行って!」

 賭けの対象にされた事よりも、魔剣以下の価値しかないと言われたのがよほど逆鱗に触れたらしい。メニュー片手にしっしっと犬を追い払う様にしながら、鎧の青年を罵倒する。清々しい程の嫌いぶりであった。

 これには流石の自尊心の塊の青年も、顔色を青くして慌てて弁明し出す。救い出そうとしたお姫様に、平手打ちを受けた様な心境なのだろう。身振り手振りを交えながら、みっともなく女神に謝罪と誤解だと言う事を伝え様としている。

 そんな青年のマントの裾を、くいくいと魔法使いの少女が引っ張った。それどころでは無いはずだが、フェミニストの気があるのか青年は律儀に顔を向ける。

「……まず、この男が既に魔剣を持って居ない事について」

 魔法使いの少女は、仲間の少年を指さし、次いでその少年の持つ革袋に指先を移す。

 それを視線で追った鎧の青年は、脂汗を浮かべながら絞り出す様に声を出した。あれだけ見下していた少年に、縋りつき慈悲を乞う様な勢いである。

「さ、ささ、佐藤和真? ぼぼぼ、僕の魔剣は? 僕の魔剣は何処に?」

 尋ねられたら応えてやろう。そう言わんばかりに革袋を突き出して、一度縦に振ってジャラリと重そうな音を響かせた。

そして一言――

「売った」

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおっ!!」

 それだけ聞いた青年は、この日一番の大声を上げてギルドから飛び出して行く。もしかしたら、彼は泣いていたのかもしれない。慌てて名前を呼びながら仲間の二人が追いかけて行くが、彼の疾走は留まる事は無かった。

 

 

「……ふむ。なんだったのだ、あいつは?」

「俺が知りてーよ……。いや、やっぱり良い、知りたくもない」

 女騎士の言葉に反応はしたが、少年はもうやるせなくため息を吐くだけである。手の中のずっしりしたお金も、虚しく感じてしまう。

「あいつ、どこの誰に売ったか聞かないで飛び出して行ったけど、どうする気なんだろうな……」

「街中の武器屋でも訪ねて回るんじゃないですか? 買った人間はすぐ傍に居たのに、言う前に出て行く方が悪いのです」

 最弱職の少年と魔法使いの少女の話題に上がった人物は、素知らぬ顔で葡萄酒を燻らせていた。そう、今の魔剣の持ち主は、何に使うつもりなのか召喚士なのである。

 ギルドへの帰り道で買い取りを提案されて、今まで溜め込んでいたほぼ全ての財産と引き換えに少年から魔剣の所有権を譲り受けたのだ。その魔剣を、事もあろうに召喚した蛇に飲み込ませて保管している。

 魔剣は神器だから消化される事もないだろうが、あの蛇は剣なんぞ飲み込まされて大丈夫なのだろうか。使い道と共に召喚士に尋ねてみても、ニッコリ笑顔ではぐらかされてしまった。

 仲間相手に大金をせしめてしまったし、その仲間に隠し事をされてしまっている。少年の胸中に、もやもやした物が残存していて、何だか胃の辺りが重い。

 こんな気分は飲んで忘れてしまおう。邪魔者も涙目になって居なくなった事だし、人心地付こうと給仕のお姉さんを呼び止めて、何時ものシュワシュワする酒を注文する。

 そしてどっかりと腰を下ろした所で、女騎士がそう言えば――と新たな話を切り出した。

「先程から、アクアが女神だとか呼ばれていたが、一体何の話だ?」

 公衆の面前で、何度も何度も女神女神と叫んでいる者が居れば、こんな疑問が出るのももっともな事だ。問われた少年はしばし思案した。このまま何もかも話してしまうか、何時もの様に妄言と誤魔化しておくか。

 少年の視線が、仲間達それぞれの顔を順番になぞって行く。問いかけて来た女騎士はもちろん、魔法使いの少女も緋色の瞳に疑問符を乗せていた。召喚士は、いつも通りにんまりと笑っていて、選択を任せる様に少年の動向を窺っている。

 こいつらになら話しても良いかもしれない。そんな思いと共に、運ばれてきたカエルのから揚げにむしゃぶりつく女神と視線を合わせた。視線を受けた女神は、いつになく真剣な面持ちでコクリと頷いて見せる。口元にから揚げの食べかすが付いていなければ、完璧だっただろう。

「今まで黙っていたけど、あなた達には言っておくわ。……私はアクア。アクシズ教団が崇拝する、水を司る女神。……そう、私こそがあの、女神アクアなのよ……!」

 真剣にして厳かに、そして神々しくも語る女神の言葉を、仲間達は真剣な表情で聞いていた。三者はそれぞれ顔を見合わせ合い、もう一度真剣な表情でアクアを見つめ返して声を揃え返答する。

「「って言う、夢を見たのか」」

「ちっがうわよ! 何で二人ともハモってんのよ!?」

 ……まあ、こうなるわなぁ……――少年は冷めた目で仲間達のやり取りを眺めていた。バイトに明け暮れて、毎晩酒を飲み明かし、酒場への借金に四苦八苦する。そんなのが『自分は女神です』なんて言い出したら、女騎士と魔法使いの少女でなくとも頭の心配をするだろう。事情を知っている少年でも、たまに本当に女神なのか疑う程なのだから。

「ぷっ、ぐふっ……。くふふふふふ……」

「……お前は笑いすぎだろ」

 召喚士はもう笑いすぎてぽんぽん痛くしてしまったらしく、お腹を押さえてテーブルに突っ伏している。びくんびくんと時折痙攣する召喚士の様子を見ながら、少年はようやく運ばれてきた酒で喉を潤すのであった。

 そんな時だった。ギルドに備え付けられた放送設備から、大音量で職員の声が流れてきたのは。

「『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』」

 それほど多く聞いた訳ではないが、少年は今の放送にまたかという思いを抱いてしまった。またぞろキャベツでも飛んでるのだろうか、次は白菜でも降ってくるのだろうか。何にしても、面倒くさそうで行きたくない。今日は鎧の青年に絡まれて、無駄に疲れているのだから。

 めんどくさいなー、だるいなーなどと考えながら少年がテーブルの上で項垂れて居ると、更に放送が大音量で響き渡る。

「『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください! ……特に、冒険者サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします!』」

 放送で名指しされた。その事実に、少年の思考は一瞬、状況を理解する事を拒んだ。

 冒険者ギルド内の、酒場に居る冒険者達の、そして仲間達の視線が全て最弱の冒険者に集まる。見られている事を自覚した少年は、辛うじて喉の奥から言葉を絞り出す。

「…………えっ」

 あの放送は、今なんて言った? 詰まった言葉の代わりに、少年の困惑顔にはありありとその言葉が浮かんでいた。

 

 


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