【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス
<< 前の話 次の話 >>

7 / 31
第六話

 午後を過ぎて、遅めの昼食を済ませた後の気だるげな時間帯。泣き出しそうな空模様の中、街中に鳴り響く、冒険者を呼びだす緊急放送。それに名指しで呼ばれては、逃げる訳にも行かずにおっとり刀で街の正門に駆け付ける。

 あんな呼び方をされたのだ、よほどの事があったに違いない。足の遅い女騎士と召喚士はとりあえず置いて来た。そのうち追いついて来るだろう。

 そうして、先に来ていた冒険者達をかき分けて人垣の先頭に出てみれば、果たしてそこには熱烈な歓迎が待って居た。

「何故城に来ないのだ、この、ひとでなしどもがあああああああああああっっっ!!!」

 猛烈な怒号と共に跨っていた首の無い馬が嘶き、そしてその全身からどす黒いオーラが立ち上る。最弱職の少年達を出迎えたのは、またもや大変お怒りである首の無い騎士。一週間前に撃退する事に成功した、魔王軍の幹部であった。

 なるほど、これならば確かに少年達のパーティが呼ばれるであろう。首無し騎士の怒りの矛先が、少年達に向いているのだから。まるでギルドに生贄に差し出された様でもやっとする。

 だが、そんな事よりも納得できない事があった。

「人でなしってどういう事だ? 何をそんなに怒ってるんだよ、もう爆裂魔法を撃ち込んでもいないのに」

「爆裂魔法を撃ち込んでもいないだと? 何をぬかすか白々しい!!」

 少年としてはもっともな疑問だったのだが、首無し騎士の怒りには火に油を注いだらしい。怒りのあまり手に持っていた己の頭を地面に叩きつけ、慌ててバウンドしたそれをわたわたと受け止めて脇に抱え直していた。どれだけ怒れば、己の頭を地面に叩きつけられるのであろうか。

 その理由は首無し騎士が、少年の隣に居る魔法使いの少女を指さしながら教えてくれた。

「そこの頭のおかしい紅魔の娘が、あれからも毎日欠かさず城に通って撃ち込んできておるわ!」

「えっ?」

 その言葉を聞いて少年が少女の方を向くと、すかさず顔を逸らされる。ぷいっと、知りませんよと言わんばかりに。

「お前は! 行ったのか!? もう行くなって言ったのに、あれからまた行ったのか!?」

「ひたたたた! ひがうのれふ! ひいてふらはい!」

 怒りに任せた頬の引っ張りという尋問によって、魔法使いの少女はあっさりと自白する。指を離してやると、赤くなった頬を擦りながらぽつりぽつりと自供を始めた。

「実は……。今までならば、何もない荒野に魔法を放つだけで満足できていたのですが……」

 そこから少女は何故か体をくねらせ始め、その顔を興奮に赤く染めてついでに瞳まで輝かせだす。語る口調にもはあはあと荒い吐息が混じり始め、官能の色を醸し出している。

「あの城に爆裂魔法を放つ快感を覚えて以来、大きくて固い『モノ』じゃないと満足できない体に……!」

「もじもじしながら言うな!」

 今日も少年のツッコミは実に切れ味が良い。そして、やはり魔法使いの少女は、女騎士に匹敵する駄目な性格であるのを再認識した。

「大体お前、魔法使ったら動けなくなるんだから、誰か一緒に行った共犯者が居るだろ! 一体誰と…………」

 少年が問い詰めている最中に、ふと青髪女神と目が合った。そして女神は何も言う事無く、ふいっと視線を逸らす。その上、ワザとらしく口笛が吹けない真似までしてみせた。これはもう、自白と同義だろう。

「お前かあああああ!」

「ひたたた、いひゃ、いへはは! わあああっ! だってだって、あいつのせいで碌なクエスト受けられなかったから、仕返ししてやりたかったんだもん!」

 こっちも、頬っぺた引っ張りの尋問であっさり白状する。だもんじゃねーよ、だもんじゃ。更に逃げ様とするので、少年は女神の襟首を掴んで拘束してやった。

「私はあいつのせいで、毎日毎日店長に叱られるはめになったのよ!」

「バイト先で怒られるのは、お前の仕事ぶりのせいだろうが!」

 少年は今日も女神に対して容赦がない。そして、やはりこの自称女神が自主的に起こす行動は、殆どが碌でも無いと言う事を再認識した。

 ここまでのコントを黙って見守っていた首無し騎士は、再び全身から闇色のオーラを吹き出し辺りに風圧を撒き散らす。

「聞け、愚か者ども。この俺が真に頭に来て居る事は、爆裂魔法の事だけではない。貴様らには仲間の死に報いる気概は無かったのか!? この俺も、生前は真っ当な騎士のつもりだった。あの仲間を庇って呪いに掛ったクルセイダ―……、騎士の鏡の様なあの者を、みすみす見殺しにする様な真似をしおって!」

 なるほど、この首無しの騎士はモンスターになる前は騎士道精神を貴ぶ者だったのだろう。そんな彼に言わせれば、一週間後に死んでしまう仲間の呪いを解きに来ない事が、何よりも許しがたい行為に思えたのだ。

 その義憤に駆られた言葉を聞いた少年は、背後からがしゃがしゃと音を立てて歩んでくる者に道を譲った。そこには、重い鎧のせいでやっと追いついてきた女騎士が居て、話が聞こえたのか照れくさそうに頬を掻いている。

「……や、やあ……。その……、騎士の鏡などと……」

 首無し騎士の掌の上の首が、兜の奥で目を見開いて驚愕していた。それはそうだろう、死んだと思っていた人物がはにかみながら手を振っているのを見せ付けられたのだから。

「………………あっ、あっれええええーーーーーーーーーー!?」

 魔王軍幹部の口から、すんごい声が出た。それだけ彼の驚愕は大きかったのであろう。想定外過ぎて思わず声が裏返る位に。

「ぷっ……」

「あ、お前もやっと来たのか」

 首無し騎士の声を聴いて、巨躯の狼の背中に腰かけた召喚士が、遅ればせながらいつも通り笑っていたのだった。

 

 

「なになに? あのデュラハン、あれから毎日私たちが来るの待ってたわけ!? あの後すぐに呪い解かれたのも知らないで、何それウケるんですけど! ちょーウケるんですけど、プークスクスゥ!! かわいそー、あはははは!」

 煽る煽る。青髪女神が命知らずにも、魔王軍幹部を指さしながら大笑いしている。ついでに召喚士も一緒になって声を出してゲラゲラ笑っていた。こいつらには怖い物は無いのだろうか――少年は逆に戦慄していた。

 笑われた首無し騎士は、屈辱と怒りに全身をプルプル震わせている。こうなると先程までの義憤も的外れだったと言う事で、更に羞恥の感情が巻き起こって居るのだろう。怒りと羞恥と屈辱の、負のトライアングルである。

「お、お前らっ! 俺がその気になったら、この街の住民なんぞ皆殺しに出来るんだからな!」

 ようやっと立ち直って、威厳を取り戻そうとしたのかそんな事を言って来る。仮にも魔王軍幹部である首無し騎士の恫喝だ、周囲の冒険者達は警戒して色めき立つ。

 だが、一人だけ空気を読めないままに行動する存在が居た。

「はんっ! アンデッドのくせに生意気よ! 聖なる光で浄化されなさい! 『ターンアンデッド』!!」

 青髪女神の突き出した掌から神聖な魔力が溢れ出し、同時に首無し騎士の足元に青白い魔法陣が浮かび上がった。問答無用の浄化魔法の発動だが、首無し騎士は余程自信があるのか避け様ともしない。

「ふっ、駆け出し冒険者の街のアークプリーストの浄化魔法など、神聖魔法対策をしたこの俺に通用する訳が――ぎゃあああああああああああああああああっっ!!」

 女神の生み出した魔法陣から立ち上る聖なる光は、首無し騎士の全身を苛み騎乗していた首無し馬を消し飛ばしてしまった。効果は抜群だ。

 魔法の直撃を受けた首無し騎士は、まるで体に付いた火の粉でも散らすかの様に無様に地面を転がる。今までの威厳も置いて来たかの様に、狼狽え声を出してごろごろする姿は情けない限りであった。

「ね、ねぇカズマ。おかしいわ、全然効いてないみたい!」

「いや、結構効いてた様にに見えたんだが。ギャーって叫んでたし……」

 己の魔法に自信のあった女神は、首無し騎士が健在な事に驚愕している。よろよろしながらも相手が立ち上がろうとしている姿を見て、先程までの威勢が消え失せて怯えている様だ。

「お、お前……本当に駆けだしか? 駆け出し冒険者の集まる場所ではなかったのか、この街は!?」

 掌の上の首を傾けて――おそらく首を傾げているのだろう――首無し騎士は困惑しながら声を上げる。

 アクセルの街は確かに、駆け出し冒険者が集まる始まりの街と言われている。そして青髪女神も確かに、低レベルの駆け出し冒険者で間違いはない。ただ、運と知力以外のステータスがカンストして居るだけだ。

「まあいい……。預言者の言う堕ちてきた光の調査なんぞ、街ごと滅ぼしてからやればいい。態々この俺が相手をしてやるまでもない。アンデッドナイト達よ! この街の連中に地獄を見せてやれ!」

 流石は幹部、復帰も早い。自身の足で大地に立ちながら、ばさりと黒マントを靡かせ腕を横に振るう。首無し騎士の言葉に応えて、その周囲の地面から瘴気と共にもぞりもぞりと大量の死体達が這いだして来た。

 召喚された大量の死体達は、その全てがボロボロの鎧や装備に身を包み、手に手に朽ち果てた武器を持って武装している。幹部が単騎で乗り込んできたなんてとんでもない。あっと言う間に、不死者の騎士団が出来上がったのだ。

「あー! あいつ、思ったよりアクアの魔法が効いたんでビビったんだぜきっと! 自分だけ安全な所に逃げて、部下に襲わせるつもりなんだ!」

 他の冒険者達が戦慄する中、やはりこのパーティだけは空気が違う。青髪女神の魔法が有効そうだと思い、最弱職の少年は気が大きくなっていた。青髪女神もその発言に励まされ、うんうんと頷いて同意していた。

「ち、ちがっ!? 違うわ! いきなりボスが戦ってどうする! まずは雑魚を倒してからという伝統を知らんのか!」

 少なくとも魔法が効いたのは確かなので、それを誤魔化す様に首無し騎士は地団駄を踏んでいる。先程からの言動やら行動やらから見ると、意外とコミカルなキャラらしい。

「『セイクリッド・ターンアンデット』ー!!」

「へっ? ひああああああああああああっ!?」

 少年の言葉に励まされた女神が、また神聖魔法を使い首無し騎士の足元から浄化の光が立ち上る。先程よりもより高度な呪文だったのか、溢れ出る光が天にも届きそうな柱となっていた。召喚された死者の騎士達は、その光景をボーっと眺めるばかりである。

 光が収まると、やはり首無し騎士が地面をごろごろして火消しをしている。目がー目がぁーとか叫んでいるので、今度のは相当に堪えた様だ。やはり、その光景を不死の騎士団がぼーっと眺めている。

 本来は一撃で不死者を消し去る呪文の筈が、魔王軍幹部の首無し騎士は未だに形を保っている。その事実に青髪女神は戦慄した。

「どうしようカズマ! やっぱりおかしいわ! あいつ、私の魔法がちっとも効かないの!」

「ひあーって言ってたし、凄く効いてる気がするが?」

 効いてはいるのだが致命打にはならない。それだけでも、この首無し騎士の実力は驚嘆に値するものなのだろう。傲岸不遜の自称女神も戦慄するはずだ。

 不死の騎士団に見守られるその首魁は、よろよろと起き上がると堪りかねたかの様に怒声を張り上げる。

「もういい! アンデッドナイト共よ、街の連中を皆殺しにしろ!」

 今度こそ本当に、不死の騎士団が進軍を開始した。

 

 

 進軍を開始した不死の騎士団は、土煙を上げて一直線に目的地を目指す。その光景の圧力に冒険者達は戦々恐々し、今更ながらに聖職者を求め、聖水の準備を指示し出す。

「はははは、貴様らの絶望の叫びをこの俺に――……ん?」

「え? わっ、わあああ! なんで私ばっかり狙われるの!? 私女神なのに! 日頃の行いもいいはずなのに!」

 不死者の騎士団は一直線に青髪女神に殺到したのだ。その光景には、青髪女神はもちろん、首無し騎士までもが困惑の声を上げる。

「こ、こらっ、お前達! そんなプリースト一人ばかり狙ってないで、ちゃんと他の冒険者や町の住民をを血祭りに……! き、聞いてない……。どうなってるんだ一体?」

 声を張り上げて命令するが、不死の騎士団は青髪女神を追いかけるのを止めなかった。不死の騎士団は先程の神聖魔法を見て、本能的に女神へ救いを求めているのかもしれない。

「ああっ!? アクアばっかりズルい! 私は本当に日ごろの行いは良いはずなのに、どうして!?」

「わああああー! かじゅま! かじゅまさん! 助けてえええええっっ!!」

 女騎士が羨ましそうに見守る中、悲鳴を上げ続けて逃げ惑う青髪女神は、己の保護者の元に一目散に駆け寄って行く。なんだかんだ言って一番頼りにしてしまう、最弱職の少年の元へ。

 このままだと突っ込んでくると判断した冒険者の集団が、三々五々散り散りになって逃げだす。もちろん助けを求められた少年も逃げ出す。それに合わせて街に突っ込むかと思われたゾンビ軍団も、女神と少年を追いかける形で綺麗にカーブを描いた。蹂躙されるのを待ち受けた女騎士は、その事如くにスルーされる。

「くっ、これもまた一種の放置プレイ……んくぅ!」

 結局何をしても喜んでしまう性質の悪いドMに、召喚士が笑いながらツッコミのチョップを繰り出した。もちろんそれも悦ばれた。

「このバカッ! おい止めろ、こっち来んな! 向こうへ行ったら今夜の晩飯奢ってやるからー!」

「御飯なら私が奢ってあげるから、なんとかしてえええええっ!!」

 街の近くの平原で、少年と女神が不死の騎士団と追いかけっこ。必死で女神が浄化魔法を唱えても、対策が施されているのと数の多さでまるで効果が無い。

 このままではいずれ体力が尽きてしまう。低ステータスな少年の方が確実に先に力尽きる。もはや破れかぶれでも打開をしなくてはなるまい。

「めぐみーん!! こいつらに爆裂魔法を撃ってくれー!」

「ええっ!? しかし、こうも纏まりがないと当たるかどうか……。それに、適当に撃ったら二人も巻き込んでしまいますよ!」

 爆裂魔法を頼るには、乱戦では分が悪すぎる。何時までも走って居られない現状、このまま大量のゾンビに踏み荒らされるのだけは何としても避けたい。走りながら周囲を確認し、何か突破口は無いかと思考を巡らせる。

 焦る少年の目に小高い丘へと避難する魔法使いの少女と、そして戦況を呆然と眺める首無し騎士の姿が映った。

「……っ! めぐみん! 何時でも魔法を撃てる様に準備しておけ! アクア、お前はこっちについて来い!」

 言うが早いか、少年は青髪女神を伴い、呆然とする首無し騎士の方へと走り出す。喚きながら滅茶苦茶な走り方をするもので、少年より先にバテ気味の女神も何とか後に続く。そうして二人は、左右に分かれて首無し騎士を迂回し、敵のボスと配下の雑魚集団を一か所に集めて見せた。

「今だー! めぐみん、ぶっ放せ!」

「なんと言う絶好のシチュエーション……。感謝します! 深く感謝しますよ、カズマ!!」

 敵をまとめて一掃するという機会を得た魔法使いの少女は、歓喜に打ち震え付けていた眼帯を投げ捨ててその真紅の相貌を興奮で輝かせる。そして、お気に入りの杖を天高く掲げ、猛る気持ちそのままに朗々と告げた。

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者! 我が力、見るがいい! 『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 全速力を出して逃げ出した少年と女神が退避した直後、轟音と共に巨大な爆裂が生み出され全ての者を覆い包む。首無し騎士が放った悲鳴も、救いを求める亡者達も何もかもを飲み込んで。正に会心の一撃である。

 轟音と爆炎が過ぎ去る頃には、アクセルの街の直ぐ近くに巨大なクレーターが一つ穿たれた。

 

 

 地面に大穴を穿った爆裂魔法は、すべての不死の騎士団を跡形もなく消滅させていた。一日一発だけ放てる人類最強の魔法の威力に、その場に居た冒険者達はしんと静まり返っている。

「クックックッ……。我が爆裂魔法を目の当たりにし、誰一人として声も出せない様ですね……」

 最高の舞台で、最高のタイミングで、最高の魔法を解き放つ。そんな快感に少女は打ち震え、恍惚の表情を浮かべて佇んでいた。全身を倦怠感が襲っているだろうに、格好つける為にまだ力尽きるのを堪えている様だ。

「……っはぁ……。凄く……、気持ちよかったです……」

 最後にそれだけ呟いて、地面に顔から倒れ込む。受け身すら取れない程に己の全てを継ぎ込んだ、正に入魂の一撃だったのであろう。

 追手を逃れた最弱職の少年は、倒れ伏す少女に近づき声を掛けてやる。

「……おんぶは要るか?」

「あ、おねがいしまーす……」

 功労賞物の活躍をした少女の体を背負ってやり、少年は改めて爆裂魔法の作ったクレータを見る。青髪女神の浄化魔法二発に、現状考えられる最高の攻撃手段の爆裂魔法。これを立て続けに食らったのだから、死なないにしても撤退位はしてくれると助かると思いつつ。

「うええ……、口の中がジャリジャリする……」

 すると、穴の近くで青髪女神が起き上がるのを見つけた。どうやら、騎士団の一番近くに居たので、爆風で転がされたらしい。ぺっぺっと口の中に入った砂利を吐き出している。

 その光景を見てようやく、周囲の冒険者達は現状を受け止められたようだ。口々に歓声を上げ、そして成し遂げた魔法使いの少女を称賛しだす。

 『頭のおかしい紅魔の娘がやった』とか、『名前と頭がおかしいけどやれば凄いんだ』とか、誰一人名前を言わずに頭がおかしい娘呼ばわりで、傍から見ると貶している様にしか見えない。全員満面の笑顔なので悪気はないのだろうが、少年の背中の少女は気だるい体を突き動かして周囲に鋭い視線を向けていた。

「すみません、ちょっとあの人達の顔、覚えておいてください。今度ぶっ飛ばします……」

「街中では止めろよな……」

 彼女の言うぶっ飛ばす方法が、爆裂魔法でない事を祈るばかりである。

「ぐぬぅ……クックックッ、面白い……。クハハハハハ!! 面白いぞ貴様等!!」

 完全に動けなくなった少女を、召喚士が引き連れて来た巨狼の背中に横たえさせていると、沸き立つ冒険者達の声をかき消す程に、辺りに聞き慣れた声の哄笑が響き渡った。

 声の元に視線を向ければ、そこでは首無し騎士がゆらりと立ち上がり、自らの頭を前に突き出している。もう片方の手には何処から取り出したのか、人の身の丈程もある分厚い大剣が握られ肩に掛けられていた。

 あれだけの猛攻を受けても無事でいる。やはり雑魚とは比べ物にならないのがボスと言う物か。

「まさか本当に、配下を全滅させられるとは思わなかった。それでは約束通り……。この俺自ら、貴様等の相手をしてやろう」

 威風堂々と君臨する魔王軍の幹部に、最弱職の少年はだらだらと冷や汗を流す。

「我が名は魔王軍幹部『チート殺し』のベルディア。この名を胸に刻み、そして恐怖しながら死に絶えるがいい」

 本気になった首無しの騎士は、尋常ではない覇気を放ち、そして冒険者達に向けて駆けだして来た。

 

 

 猛然と駆けて来る首無しの騎士に反応して、女騎士が仲間達を庇う様に前に出る。そして、それを更に庇う様に、今まで静観するばかりだった他の冒険者達が躍り出た。数に任せて、たった一人になった首無し騎士を取り囲む。

「……ほーう? そんなに先に死にたいのか? 俺としては、そこのパーティの連中だけで十分なのだが……」

 囲まれた首無し騎士は特に慌てる様子も無く、悠然と周囲を掌に載せた頭で見回している。

「ビビる必要はねぇ! 直ぐにこの街の切り札がやってくる!」

「ああ、魔王軍の幹部だろうが関係ねぇ!」

「一度に掛れば死角が出来る! 四方向からやっちまえ!」

 口々に冒険者達がそんな事を叫び、そして全方向から一度に躍りかかった。なんと言う死亡フラグ、なんと言うやられ役ムーブ。モブキャラの手本みたいな行動である。

 それを受け立つ首無し騎士は、己の頭を上空高くへと放り上げた。その頭は落下する事無く上空で停止し、その頭部を中心として黒いモヤの様な物が集まり、中空に巨大な瞳の様な物を描き出す。 

 それを見ていた最弱職の少年は、己の中の既視感に戦慄した。あれは知っている。そして、あれがもたらす物もまた知っていた。

 少年の隣で、召喚士がふうとため息を吐く音が聞こえる。

「行くなああああああっ! そいつには死角はないんだああああああっ!!」

 結果が分かり切っていても、叫ばずには居られなかった。届かないと分かりつつも、手を伸ばして飛び掛かる冒険者達に静止を呼び掛けてしまう。

 首無しの騎士は襲い掛かる冒険者達の全ての攻撃を躱し、自由になった片手でも大剣を掴み両手持ちで周囲を薙ぎ払う。

上空の頭で戦況を全て把握して、更に片手が塞がるデメリットを解消し、十全の力で戦闘出来るスタイルを披露したのだ。

 落ちてきた頭が再び掌の上に戻ると、それと同時に取り囲んでいた冒険者達がバタバタと倒れ込む。先程の一振りで全員が即死。まさに埃を払うかの様な、あっさりとした攻防であった。

「……さて、次は誰だ?」

 誰が来ても同じ運命になるのは明白だと言わんばかりに、首無し騎士て掌の上の首で辺りを睥睨する。数の差があてにならないとなると、他の冒険者達、特に後衛職達はしり込みしてしまった。

「アンタなんか、今にミツルギさんが来たら、一撃で斬られちゃうんだから!」

 後衛職の少女の一人が、己に言い聞かせる様に声を張り上げる。何気に、最初に首無し騎士が来た日に爆裂魔法の犯人にされそうになった魔法使いの女の子であった。

 ミツルギ。恐らくは御剣京谷。最弱職の少年が魔剣を奪い、売り飛ばしたあの脳内勇者様の事なのであろう。彼は今頃、自分の魔剣を探して何処を彷徨っているのか。そして、その魔剣を持っているのは少年の仲間なので、勇者様が魔剣を見つけて戻ってくる事は無いだろう。最弱職の少年は、己のやらかしてしまった事に、人知れず脂汗を流していた。

 現れない切り札とやらに嘲笑を漏らし、首無しの騎士は再び進軍を開始する。その声には、殺戮への興奮に喜色が乗る。

「ではそいつが来るまで……、持ちこたえられるかな!?」

 長大な大剣が無差別に獲物を求めて振るわれ、そして翻った刃がその致命の一撃を真っ向から受け止める。甲高い鋼の悲鳴を上がり、鍔競り合う対峙者二人の足元で大地が割れ、その一撃の重さを示していた。

「……ほう? 次は貴様が俺の相手をするのか?」

「よくも……。よくも皆を!」

 首無し騎士の進路に立ち塞がったのは、その変態性癖で首無し騎士を引かせた女騎士であった。その瞳は冒険者をやられた怒りに燃えて、何時に無く真剣みを帯びている。

「よせ、ダクネス! お前の剣では無理だ!」

「守る事を生業とする者として、譲れない物がある!」

 冒険者の少年が思わず叫ぶも、女騎士は引きはしない。片腕とは言え魔王軍幹部の膂力に、ぎりぎりと対抗して両手で剣を押し込んでいる。流石は、力と耐久だけは自慢できると豪語する女騎士である。

 女騎士は力比べに歯をくいしばって耐えながら、ぽつりぽつりと胸中の思いを漏らしていく。

「……その剛腕で、見せしめとして淫らな責め苦を受ける様を、皆の前に晒す積りだろうが。やれるものならやってみろ! むしろやってみせろ!!」

「変な妄想はよせ! 俺が誤解されるわ!!」

 女騎士は、どこまで行っても変態だった。再び首無し騎士は、彼女の変態性癖に戦慄させられている。思わず離れたがる様に競り合うのを止めて、追い払う為に大剣が振るわれ、それを一合二合と女騎士が受け止めてみせた。

 防御に関するスキルだけを突き詰めて、敵の攻撃を受ける事に特化した彼女は今確かに魔王軍の幹部と拮抗している。

「勝負だ、ベルディア!」

「首無し騎士として、相手が聖騎士とは是非も無し!」

 一度大きく距離を開けて構えを取り、女騎士が果敢にも攻勢に出た。首無し騎士は嬉しげな声を漏らし、一歩も引かずに受け止める構えを見せる。なんだかんだで、騎士同士の対決とかには憧れる物があるのだろう。

 剛剣一閃。女騎士が剣を豪快に振るい、首無し騎士の傍らを駆け抜ける。一拍遅れて、二人の周囲の大岩が砕かれ、爆ぜて、崩れ落ちる。そして沈黙……。

「…………ふぁっ?」

 沈黙を破ったのは首無し騎士の間の抜けた疑問の声。剣を振るったままの姿勢で固まった女騎士の顔は、羞恥でまっかっかに染まっていた。

 その光景を見て、一部始終を理解した少年は悶える。女騎士が不器用過ぎて、止まっている敵にも攻撃が当たらなかったのだ。やだもう恥ずかしい、この子俺の仲間なんですけど――そんな思いと共に、少年までつられて真っ赤になる残念ぶりであった。召喚士はいつも通り、ぷっと吹き出している。

「なんたる期待外れだ……。もうよい!!」

 聖騎士と首無し騎士の対決、なんてシチュエーションに燃えていた幹部様は大変ご立腹だ。再び声を張り上げて向かってきた女騎士を、今度は無造作に切り捨てる。元より、天と地ほどの力量差があったのだ、遊ぶのを止めればこの位の芸当は簡単に出来たのだろう。そこからは、一方的な蹂躙であった。

「な、何だ貴様は!? この俺の攻撃を受けて、なぜ斬れない……?」

 振るう振るう振るう。相手の防御を打ち払い、返す刃で胴を肩を腕を、無造作に撫で斬りにする。並の冒険者ならばそれだけでも血達磨になると言うのに、幾らでも攻撃を受け止める女騎士の耐久に首無し騎士は驚愕していた。

「その鎧が相当な技物なのか? ……いや、それにしても……。爆裂魔法を放つアークウィザードと言い、あの規格外のアークプリーストと言い、お前らは……」

 ぶつぶつと呟きながら長考する、その片手間に女騎士は連撃に晒されて行く。見守る者達が思わず目を背けたくなる程の凄惨さであった。

「ダクネス、もういい下がれ!」

「クルセイダ―は、誰かを背に庇っている状況では下がれない……。こればっかりは絶対に!」

 見かねた少年が叫ぶも、やはり女騎士は不退転の意志を固持する。なんと言う固い意志か、これぞ騎士道精神の極みであろうか――と一瞬だけ少年が思ったが、よく見ると女騎士の口元がへらっと笑っているのが見えた。嫌な予感がした。

「そ、それにだ……。それに、このデュラハンはやはりやり手だぞ! こやつ、先程から私の鎧を少しずつ削り取るのだ……! 全裸に剥くのではなく中途半端に一部だけ鎧を残し、私をこの公衆の面前で、裸より扇情的な姿にして辱めようと……っ!」

「えっ!?」

 あまりと言えばあまりな評価に驚愕して、首無し騎士の攻勢がぴたりと止まる。そんな可哀想な首無し騎士に、女騎士はついに剣を捨てて、両手を広げながら迫って行った。

「さあ来い! 魔王軍の辱めとやらはそんなものか!? もっと打って来い、さあ!!」

「ええっ!?」

 突然意味の分からない事を言い出した女騎士の勢いに、困惑した首無し騎士が何歩か後退る。やはり最初に迫られた時から、この女騎士の性癖にはドン引きしている様だった。本当に可哀想に。

「時と場合ぐらい考えろ、この筋がね入りのド変態が!」

「……っ!? ド、変態……? ……くぅっ! くっ……」

 遂には最弱職の少年の罵倒が飛んで、その響きに女騎士の琴線が激しく刺激される。余程罵倒が嬉しかったのか、全身を小刻みにぶるぶる震わせて、溢れ出る快感に耐えている様だ。ちなみに、今は戦闘中である。

「カ、カズマこそ時と場合を考えろ! 公衆の面前で魔物に痛めつけられているだけでも精一杯なのに、これでカズマまでもが私を罵倒したら……っ! お、お前とこのデュラハンは、いったい二人がかりで私をどうするつもりだ!?」

「「どうもしねぇよ!!」」

 すんごい嬉しそうにしている女騎士に、最弱職の少年と首無し騎士が同時にツッコミを入れる。奇しくも、魔物と人の心が一つになった瞬間であった。

「でもよくやった! 時間稼ぎには充分、『クリエイト・ウォーター』ッッ!!」

 少年が叫ぶと同時に掌を突き出し、女騎士が嬲られている間に溜め続けていた魔力を一気に解き放つ。魔力は女騎士と首無し騎士の頭上に突然大量の水を生み出し、そこからバケツをひっくり返した様に二人へと降り注いだ。

 女騎士が無抵抗に頭から水を被る横で、首無し騎士は大慌てで水を回避する。初級魔法で生み出される水はただの無害な水で、聖水と言う訳でもないのにあの慌て様は何だろうか。少年の中に違和感がしこりの様に残る。

「……カズマ。確かに、こう言う不意打ちも嫌いではない。嫌いではないが……、本当に時と場合を考えてくれっ!」

「ち、違う! これは妙なプレイじゃない! これは、こうするんだよっ! 『フリーズ』!」

 ずぶ濡れになった女騎士の見当はずれな指摘に叫び返して、最弱職の少年は新たな初級魔法を解き放つ。掌から放たれた冷気が、首無し騎士の水溜まりを、その足元ごと凍り付かせて釘付けにする。少年が編み出した、魔法同士のコンボが鮮やかに決まった。

「……っ!? 抜かったわ! だが、この程度の氷などで、俺の回避は鈍りはせんぞ!」

 まったく別の魔法を組み合わせて相乗効果を狙うという発想は、流石の魔王軍幹部にも予想外だった様だ。それでも首無し騎士は不敵に笑う。こんな物は児戯の様な物であると。

「回避しづらくなればそれで充分! 本命はこれだ! 『スティール』ッッ!!」

 最弱職である冒険者にのみ許された、多彩なスキルの乱れ撃ち。そして幸運の高さが物を言う窃盗スキルを、少年は自信満々に繰り出した。あのいけすかない勇者候補を慄かせた様に、首無し騎士からも武器を奪って見せると確信して。

「良い手ではあったが……、レベル差と言う奴だ。もう少し力量に差が無ければ今ので窮地に立たされていたかもしれんな。つくづく、貴様らのパーティには驚かされる……」

 スキルで発生した閃光が収まっても、少年の手には何も握られていなかった。この世界に来てから初めてのスキルの失敗に、少年は何度も己の手と相手を交互に見てしまう。絶対に成功すると信じていた計画が崩れ去り、呆然とする間もなく首無し騎士の凶刃が迫る。

「私の仲間に、手を出すな!!」

 女騎士が感情も露わに庇い出るが、首無し騎士はもはや言葉も無く剣を振るう。剣を弾き、体を跳ね上げさせ、中空の体に連続で剣を叩きつけて行く。身を庇う事も出来ない体に、何発も何発も即死級の攻撃が繰り出され、最後に真上からの振り下ろしでその体を地面に叩きつけさせた。

 地面に半分埋まりかけながら、それでも女騎士は致命に至らず苦しげに呻く。あの連撃でも耐え抜いた女騎士の姿に、首無し騎士は驚嘆と共に敬意を抱く。

「……元騎士として、貴公と手合わせできた事、魔王様と邪神に感謝を捧げよう。さらばだ、勇敢で愚かなクルセイダー!!」

 トドメを刺す為に、首無し騎士が大剣を大きく振り上げた。度重なる攻撃でさしもの女騎士も限界を超えて動けず、このままでは確実に殺される。

「ダクネスが! カズマ、ダクネスが!」

 背後から上がった魔法使いの少女の悲痛な声を聞きながら、少年の頭の中では思考が加速する。自分の得意な事は、相手の嫌がる事を的確に当てる事だろう。思い出せ、転生する前の知識でも何でもいい、あいつが今までの行動の中で一番嫌がった事は何かを。目まぐるしい速度で頭の中を思い出が流れて行き、そして少年の中でカチリと一つの答えが出た。

「『クリエイト・ウォーター』ッッ!!」

「くっ!? だから何のつもりだ、小僧っ!」

 思い至った答えを、速度だけ優先してとにかくぶっ放す。そして、少年の手から放たれた水を、何の変哲もない水を、首無し騎士はトドメを中断してまで回避する。その行動で、己の考えが正しい事が確信出来た。

 確信した少年は、あらん限りの声で叫ぶ。

「水だあああああああ!!! 魔法使いのみなさーん! こいつは水が弱点だあああああああ!!」

 

 

「『クリエイト・ウォーター』! 『クリエイト・ウォーター』! 『クリエイト・ウォーター』ッッッッ!!!!」

 今まで遠巻きに見ていた冒険者達も、首無し騎士が水を大げさに避けるのを見ていた。確かに今までは魔王軍幹部の強さに尻込みをしていたが、ここに来て弱点が見つかったとなればする事は一つ。その場に居た水を放立てる魔法使い全員が、雨霰とばかりに水の初級呪文をぶっ放した。

「くぬっ! おおっ? っとっ!」

 どんなに回避力に自信があると言っても、四方八方から飛んでくるでたらめな連撃、しかもそれが弱点であれば回避するのが精一杯となる。こうなってしまえばこっちの物、後はやりたい放題であった。

「盗賊、頼むっ! 誰でもいいからスティールを使えるやつは協力してくれ! あいつの武器を奪えばこっちのもんだ!」

 最弱職の少年の音頭により、無数に居る盗賊職達も窃盗スキルを乱発して行く。例え確率が低くても、何度もやっていればいつかはチャンスがあるかもしれない。そうで無くても、相手が焦ってくれればそれだけでもチャンスになるのだ。

「ええいっ! てめえらまとめてぇ! 一週間後に、死にくされぇ!!」

 必死になって飛び来る水の飛沫を次々と回避しながら、首無し騎士も死の宣告で反撃してくる。それで手を止めてしまう者も居るが、冒険者達はこの呪いをあっさり解除した存在も知っているのだ。水と窃盗の連撃は止まらなかった。

 しかし敵も然る者。頭上から次々と浴びせられる水を、首無し騎士はこれでもかと躱し続ける。このままでは魔力を消費している分、冒険者側が不利だ。持久戦になれば、何時か魔力が尽きてしまう。

 他の冒険者達と一緒に水の初級魔法を連発する少年は、撃っても撃っても当たらないと焦燥感に焦れていた。

「ねえ、一体何の騒ぎなの? カズマったら何を遊んでいるの? バカなの?」

 そんな少年の背中にに、空気を読めない青髪女神が声を掛ける。暫く姿を見かけないと思ったらのこのこ戻ってきて、最初に言う事がそれなのかと殺意が湧く。それを押し込めながら、少年は魔法を撃つ手を止めて女神に声を張り上げた。

「あいつは水が弱点なんだよ! なんちゃって女神でも、水の一つぐらい出せるだろう! 見てないで手伝え!」

「あんた、そろそろバチの一つも当てるわよ無礼者! 洪水クラスの水だって出せますから! 謝って! 水の女神様をなんちゃって女神って言った事、謝って!」

「出せるのかよ!? 後で幾らでも謝ってやるから、さっさとやれよこの駄女神!!」

「わああああーっ!? 今、駄女神って言った! あんた見てなさいよ、女神の本気を見せてやるからっ!」

 何時もの様に自称女神を言い負かして、溜飲が下がった少年はフンと鼻で笑う。半泣きになった女神は、何時に無く真剣な雰囲気を纏わせて朗々と詠唱に取り掛かった。

「この世に在る我が眷属よ……。水の女神、アクアが命ず……」

 膨大な魔力が女神から吹き上がり、周囲の水分が霧の様に集まって、それは更に大きな水の球へと育って行く。これは、ひょっとするとひょっとするのではないかと期待が膨らむ一方、いやに予感も同時にひしひしと感じる。この女神がやる気になっている時はだいたい――

 そんな事を考えている最中に、召喚士がちょいちょいと少年の肩をつついて来た。

「あんなこと言っちゃって、良かったの? 多分あの言い方だとあの子、本当に洪水レベルの水を出すと思うよ?」

 女神は確かに、洪水レベルの水も呼べると豪語した。そして、少年はそのすぐ後に水を出せと言ってしまう。少年の顔から、さっと血の気が引いた。あのちゃらんぽらんなら、言葉通りに受け取りかねない。

 気が付けば周囲の魔法使い達も、首無しの騎士でさえも、尋常でない魔力を放つ青髪女神を戦慄と共に見守っている。このままではとんでもない事が起こると、皆が皆直感しているのだ。

「アクアー! 止め、止めろ! そんなに大量の水なんかいらないから、今すぐ魔法を止めろー!」

「……くふっ。しょうがねぇなぁ。……なんてね」

 必死に少年が叫ぶも、詠唱に集中する女神には声が届いていない。剣呑な気配を察して冒険者達も逃げ始める中で、召喚士は何時もの様に薄く笑って、己も召喚魔法の詠唱を開始した。

「今のレベルでの全力召喚は持って五秒……。生命力を継ぎ込んで十秒ぐらいかな? ヨーちゃん……、ちょっと本気出してみようか」

 青髪女神の魔法の影響により、ビリビリと空気が振動し始める。そこで漸く、首無し騎士も撤退を決意して、躊躇なく背中を向けて逃げ出そうとした。

「い、いかん! ぐぅ!? 離せこのド変態騎士が!」

「な、なんと言う罵倒……」

 だが、逃走する首無し騎士の歩みは直ぐに止まってしまう。その足に、打ちのめされて倒れていた女騎士がしがみ付いたのだ。罵倒されて引きずられる女騎士は、この上なく幸せそうであった。この後水攻めも待って居る。

「我が求め、我が願いに応え、その力を示せ! 『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

「あああああ!! み、水があああああ!!」

 水の女神の本気で繰り出した水を生み出す魔法が、魔王軍幹部の頭上から滝の様に降り注いだ。

 生み出された水は本気の度合いも相まって、首無し騎士も女騎士ももろともに飲み込み、それだけでは飽き足らずに洪水となって四方へ広がる。このままでは、冒険者達もアクセルの街の城壁も無事では済まないだろう。

「もういい! もういいって! ……あれ?」

 あわや水に飲み込まれると言った寸前で、地響きと共に地面から巨大な何かが競り上がって来る。それはてらてらとした鱗を持った、巨大なる蛇であった。ただしその大きさが尋常では無い。まるでアクセルの街を取り囲む城壁が、外側にもう一枚増えたかの様な光景である。

 直径がそこらの家よりも大きな蛇の体に洪水がぶち当たり、長大な体がその威力を分散させた。本来は冒険者たちもろとも外壁を打ち壊すはずだった水は、やがて潮が引く様に街の外に向かって流れ広がって行く。

 そして、前触れもなくぱたりと召喚士が倒れた。まるで、爆裂魔法を撃った後の魔法使いの少女の様に。

「お、おい大丈夫か!? お前が敵の攻撃以外で倒れるなんて初めてだろ!?」

「うわっ!? あいたっ!」

 心配して駆け寄ってきた少年の隣で、魔法使いの少女が痛みに呻いて声を上げる。見れば少女を乗せていた巨躯の狼か姿を消しており、洪水を防いだ壁の様な蛇もすぅっと薄れて消えて行く。召喚士が魔力を使い果たし、召喚を維持できなくなったのだろう。

「何を考えているのだ貴様……。ば、馬鹿なのか……大馬鹿なのか!? あんな規模の魔法を街の近くで使うなど、とても正気とは思えん!!」

 水が最初に降り注いだ地点に出来た大きな穴から、よろよろと首無し騎士が這い上がってきて青髪女神を罵倒する。その意見には同意だと、少年はうんうんと頷いていた。しかし、まだ生きているとはあっぱれなしぶとさである。

「さあカズマ! 今がチャンスよ、この私の凄い活躍であいつが弱っている、この絶好の機会に何とかしなさいな!」

 結果的には特に被害も無かったが、もう少しで冒険者にも街にも魔王軍以上の被害を出しかけた女神は、どんなもんだと胸を張りながら最弱職の少年に命令を下した。この女は後で、公衆の面前で泣くまでスティールで剥いてやる――と少年は密かに心に決める。

 しかし、絶好のチャンスなのには間違いない。少年は掌を差し向けて、弱点の水で弱った首無し騎士に再び窃盗スキルを試みた。

「今度こそ、お前の武器を奪ってやるよ! これでも喰らえぇ!」

「やってみろ! 弱体化したとはいえ、駆け出し冒険者如きにこの俺の武器は盗らせはせぬわ!」

 少年の己を鼓舞する為の叫びに、首無し騎士はもう一度己の頭を上空に投げ上げた。両手で大剣を扱う本気の戦闘スタイルで、少年を切り捨てるつもりらしい。

 直接叩きつけられる殺意に足が震えるが、それでも少年は全魔力を込めてスキルを発動させる。

「『スティール』ッッッ!!!」

 発動すると同時に、少年の手にはずっしりと重い感触が現れた。勝利を確信しつつ、スキル発動の閃光が収まってみれば、その手に収まっていたのは――

「あ、あの……。…………首、返してもらえませんかね…………?」

 首無し騎士が上空に放り上げた筈の頭が、少年の手の中に盗み出されていた。

 兜の中の困惑を浮かべた両目が、少年の眼と見つめ合う。次の瞬間少年は、これ以上ない程に邪悪な笑みを浮かべる。およそ正義の側がして良い様な顔では無い。

「おーい、お前らー。サッカーしようぜー!」

「さ、さっかー?」

「サッカーってのは、手を使わずに足だけでボールを扱う遊びだよおおお!」

 手の中で聞き慣れない言葉に疑問を浮かべるアンデッドの頭を、そのまま投げだしてボールの様に蹴りつける。蹴飛ばされた頭は悲鳴を上げながら冒険者達の方に飛んで行き、そして今までの鬱屈を晴らす様に様々な冒険者達に蹴り上げられて行く。魔王軍幹部の頭は、最早冒険者達の恰好のオモチャであった。

「あいたっ!? いたっ! たす! たすけ! ちょっ、やめっ! あああっ!」

 延々と響く首無し騎士の悲鳴を聞きながら、少年の元にその仲間達が集まってくる。そのうち二人は最初から地面に倒れているが、今は誰も助け起こす余裕は無かった。

「これだけ弱まれば大丈夫だろう……。ひと思いに逝かせてやってくれ」

 首を本当に失って棒立ちになった幹部の身体を見ながら、女騎士が介錯してやれと提案してくる。たとえ性根からのド変態だとしても、彼女もまた騎士だと言う事なのだろう。嬲られるのを見るよりは、むしろ自分が嬲られたい――という事ではないと思いたい。

「そうだな……。アクアー!」

「任されたわっ!」

「やれっ!」

 それを受けて、まるで飼い犬に命令するかの様に、最弱職の少年が青髪女神に告げる。女神の方は頼られたのが嬉しいのか、喜色満面でそれを引き受けていた。

 青髪女神が街の方に手を向けると、蓮の花を模した杖が回転しながら飛んでくる。それを受け止めた青髪女神は、更に身体に淡い紫色の羽衣を顕現させて完全に本気モードになっていた。フルアーマー女神である。

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

「ちょっ、まっ!? はあああああん!!」

 以前は効かなかった浄化魔法も、弱体した身体には効果があった様だ。三度放たれた神聖魔法で、首無し騎士は完全消滅。弄ばれていた頭も消えてなくなり、その唐突さに冒険者達が困惑していた。

 この地になにがしかを調査しに来たと言っていた魔王軍幹部は、白い聖なる光と共に神の世界へ帰って行った。

 

 

 周囲の冒険者達が勝利に騒めく中で、女騎士は両目を閉じて跪き祈りを捧げていた。そんな彼女に、倒れたままの魔法使いの少女が声を掛ける。

「……ダクネス、何をしているのですか?」

「……祈りを、捧げていた。あのデュラハンと、そして犠牲となった冒険者達に……」

「そうでしたか……」

 少女の方は納得した様だが、女騎士はなおも胸中の思いを熱く語る。一足先に逝ってしまった、冒険者達との思い出を。

「私に腕相撲で負けた腹いせに、私の鎧の中はガチムチの筋肉なんだぜと大嘘を流してくれたセドル……。団扇代わりに、その大剣で扇いでくれ。なんなら当てても良いけど、当たるんならな。……と私をからかったヘインズ。そして……。一日だけパーティーに入れて貰った時、何であんたはモンスターの群れに突っ込んでいくんだと、泣き叫んでいたガリル……」

 碌な思い出が無い。そんな連中との思い出でも、涙腺を刺激されたのか女騎士の眦に滴が浮かぶ。彼女の脳裏には、今話した三人の在りし日の姿が思い浮かんでいるのだろう。

「皆……。もう一度会えるのなら、一緒に酒でも飲みたかったな……」

「「「お、おう……」」」

 女騎士のささやかな願いの言葉に、件の三人が戸惑いつつも答えてくれた。

 このお返事にさしもの女騎士もビックリ仰天。目をぱちくりさせながら声のした方に振り向き、ピンピンして居る三人を見て二度びっくり。逝った筈の三人は、照れくさそうにしながら口々に謝罪の言葉を口にする。

「私ぐらいになると、死にたてほやほやなら、ちょいちょいっと蘇生よ。これでまた一緒にお酒が飲めるじゃない。良かったわね!」

 自慢げに語る青髪女神のおかげで何が起こったのか察した女騎士は、襲い来る羞恥の感情に顔を赤くして俯いてしまった。そんな彼女を見て周りの冒険者達も、色々事情があるんだな――なんて同情して居たりする。今まで攻撃が当たらないのに防御スキルばかり取る変人だとしか思われていなかったのが、ほんの少しは見直されたのかもしれない。

「死にたい……」

「遠慮するなよ。心配しなくても、三日間ぐらいこの話で責め続けてやるからさ」

 何をしても悦ぶ変態の意外な弱点を見つけた最弱職の少年が、すかさず傷口を抉りにかかる。あらゆる攻撃を快感にする女騎士でも、この追撃には喜ぶ事は出来なかった様だ。この少年の事だから喜々として三日間責め立てるであろう。

「こ、この責めは……。私の望むタイプの羞恥責めとは、違うかりゃ!! ふえーん!」

 遂には耐えきれなくなって女騎士は子供の様に泣き出してしまった。そんな姿を皮切りにして、周囲の冒険者達が一斉に笑みを浮かべ、やがては勝利の勝どきへと変わって行く。

 なんにせよ、これにて魔王軍幹部ベルディアの討伐と相成った。

 

 

 翌日。冒険者ギルドに集まった冒険者の面々は、浮かれ気分の大宴会に突入していた。

 それはそうだろう。彼等は全員で魔王軍幹部に挑み、駆け出しの身でありながら見事それを討伐してみせたのだから。生きる喜びを実感する為にも、手に入れた報酬を使って酒宴に明け暮れるのだ。

「その……、悪かったな色々と。お詫びに約束通り、今日は奢るぜ」

「俺も悪かったよ、腕相撲に負けた位で変な噂たてちまって……」 

「剣が当たらない事、けっこう気にしてたんだな。そら、俺からも奢りだ、飲んでくれ」

 先日の幹部討伐で前線で戦い抜いた女騎士の元にも、件の三人組が集まり次々に酒杯を押し付けている。若干顔を赤くして恥ずかしがっているが、彼女はまんざらでもなさそうに受け取った酒を飲み干して行く。

 そんな風に酒を飲み明かす冒険者達を、恨みがましい目で眺める魔法使いの少女。彼女の座るテーブル席にも、多くの冒険者から食べ物が送られていた。

「まったく、まったくダクネスは私の事を子供扱いして!」

 ガツガツと両手で肉を掴んで口の中に放り込む、その姿はさながら欠食児童である。何をそんなに怒っているのかと言えば簡単至極。彼女には食事は与えられても、酒の類が一切与えられていないのだ。

「私だってお酒ぐらい飲める歳だと言うのに! まったくダクネスと来たら!!」

 飲酒しようとしたら仲間の女騎士に止められてしまい、更には周囲の冒険者達にまで酒の類を与えない様にと広められてしまった。ご立腹な彼女は最早、自棄食いに走るばかりである。

「カズマ、遅いな……」

「んぐっんぐっんぐっ、ぷっはぁああああっ! だぁいじょうぶよ、カズマさんならお昼過ぎたら起き出して、勝手にここに来るわよ!」

 召喚士と青髪女神は各々、蜂蜜酒としゅわしゅわするお酒を楽しんでいた。片方はちびちびと舐める様に飲むのに対して、もう片方は既に何杯目か分からない程に飲み干している。これは後で確実に、胃の中身をキラキラと路地裏にぶちまける事になるであろう。

「よおおおし! 気分が乗ってきたから宴会芸、見せちゃうわよー! 声真似で……、昨日の討伐直後のダクネスの真似……。『もし、もう一度あいつらに会えるなら……』」

「おおおおい!? アクア、止めてくれ! もうあの時の事を思い出させるな!」

 調子付いた青髪女神がやたら上手い声真似を披露して、半泣きになった女騎士がその腰に縋りつく。そんな二人を見て、また冒険者達が笑い声をあげる。宴もたけなわ。これから更に騒がしくなって行く事であろう。

 そんな時になって漸く、誰もが待ち望んでいた最弱職の少年がギルドの扉を開いて現れた。彼はギルド内の熱気に一瞬気圧されたが、それでも直ぐに仲間達の元へと歩み寄って来る。

「待ってましたよ、カズマ! 聞いてください、ダクネスが私にはまだ早いと、ドケチな事を……!」

「いや待て、ケチとは何だ、そうではなく……。いや、それよりカズマ、アクアを止めてくれ!」

「あーっ! 遅かったじゃないのよ、かじゅま! もう皆出来上がっちゃってるわよ」

 遅れてやってきた少年に仲間達が殺到し、そのわちゃわちゃうるさい歓迎にしかめっ面を晒す。ふと見た召喚士もニヤニヤと笑っているので、肴にされていると自覚し渋面が更に深い物になって行く。

 そんな仲間達の他に、顔なじみの冒険者やそうで無い冒険者達にも声を掛けられ、なんだかむず痒さを覚えながら少年は受付カウンターを目指して行った。少年がここに来た目的は、酔っぱらいに絡まれる為ではなく、先日の討伐報酬を受け取る為なのだ。

 辿り着いた受付では、例の金髪巨乳の受付嬢が完璧な営業スマイルで出迎えてくれる。チェンジと言いたくなる気持ちを抑えつつ、先日の討伐報酬を先に来ていた仲間達同様に受け取りたいと告げた。

「お待ちしておりました、冒険者サトウカズマさん。貴方達のパーティには討伐戦の参加報酬の他に、ギルドからの特別報酬が用意されています」

「え? なんで俺達だけに……?」

 最初、最弱職の少年はその言葉が理解できなかった。どうして自分達だけに特別な報酬が出るのか、その理由が分からなかったからだ。

 その理由は、酒場に居る大勢の冒険者達が口々に説明してくれた。

「お前らが居なきゃ、デュラハンなんか倒せなかっただろうよ!」

「そうだそうだ、胸を張れよMVP!」

「俺は初めから、お前の中の輝きを信じてたぜ……」

 皆が皆、少年とその仲間達の活躍を褒め称え、称賛する為に騒ぎ立ててくれる。この世界に来て、ずっと理不尽な目に合い続けてきた少年には、この優しさは身に染みて涙がこぼれそうになった。

「俺の中の輝き……?」

 思わずイケボで反芻してしまうと言う物である。最後には酒場中の冒険者から、少年の名前をコールされる大声援となっていた。そんな扱いを受けては、面はゆい思いと共に、少年の頬が微かに赤らむ。

 鳴りやまぬ大音声の最中で、受付嬢は説明を続ける。

「えー。サトウカズマさんのパーティには、魔王軍幹部ベルディアを見事討ち取った功績を称えて……。ここに、金三億エリスを与えます」

「「「「さ、三億ぅ!?」」」」

 あまりの金額の多さに、少年のパーティーメンバーは一人を除いて驚愕の声を上げた。召喚士はいつも通りニコニコしているだけである。そしてそれを聞いていた冒険者達も、興奮冷めやらぬままにはやし立てた。

「うっひょー! 奢れよカズマ!」

「カズマ様ー! 奢って奢ってー!」

 男も女も関係なく、その場のノリと勢いで奢れコールを繰り出して来る。金持ちには、とりあえず集りたくなるのが人情と言う物であろう。

 だが、最弱職の少年はそれどころでは無かった。

「……集合ー」

 小さく手を上げて、散らばっていた仲間達に集合を掛ける。全員集まった所で円陣を組んで、受付嬢から少し離れた所で今後の作戦会議が始まった。

「おまえ等に一つ言っておく事がある……」

「私の力で勝利したんだから、報酬は九:一で良いわよね!」

 途中で青髪女神が割り込んできたが、無視して少年は話を進める。今からするこの話は、今後の生活にかかわる大事な事なのだから。

「俺は今後、冒険に行く回数をかなり減らそうと思う。大金が手に入った以上、のんびりと安全に暮らして行きたいからな!」

 少年は大金を手に入れた事で、人生守りに入った模様。それに対して、仲間達が口々に文句を言い始めた。

「待ってくれ、強敵と戦えなくなるのはとても困るぞ!」

「待ちません、困りません!」

 女騎士の懇願を無慈悲に打ち捨て、

「私も困りますよ。私はカズマに付いて行き、魔王を倒して最強の魔法使いの称号を得るのですから!」

「得ません!」

 魔法使いの少女の願望を無碍に否定し、

「アンタまたニートに戻るつもり?」

「戻りませ――ニートじゃないから!?」

「私が帰れないじゃない!」

「いーや、もう決めた事なんだ!」

「はぁ!?」

「はぁ、じゃねーよこの堕女神!」

「だ、駄女神って……」

 何時もの様に青髪女神と喧嘩して、

「すいません、蜂蜜酒おかわり」

「お前は話に参加しろよ!」

 召喚士にツッコミを入れる。

 そしてそんな愉快な仲間達を置き去りにして、冒険者ギルドの中はどんどん騒がしくなっていった。もう、返事が無いけど他人の金で飲む気満々にどんちゃん騒ぎである。

「あの、カズマさんこれを……」

 そんな中、ギルドの受付嬢は申し訳なさそうな顔をして、少年に一枚の用紙を手渡して来た。その紙面に描かれた文字を目で追って、内容を理解した少年は凍り付く。

「なになに、小切手?」

 浮かれたままの青髪女神も紙片を覗き込み、やはり同じ様に動かなくなった。訝しむ残りの仲間達にも分かる様に、髪を渡した受付嬢は内容の説明を始める。

「ええと、ですね。今回、カズマさん一行の……、その、めぐみんさんが爆裂魔法を撃ち込んだ廃城がですね、魔王の幹部が倒れた事により完全に倒壊してしまいまして。そしてその廃城は、この街の領主様の別荘でして……。倒壊した城の修理費用を、皆様に請求したいとおっしゃっておりまして……」

 説明中に出てきた単語に、女騎士と召喚士がぴくりと眉根を寄せる。そんな二人には気が付かずに、受付嬢の説明は続いた。

「……まあ、魔王軍幹部を倒した功績もあるし、全額弁償とは言わないから、一部だけでも払ってくれ……と……」

 紙片に掛れた金額を見て、青髪女神が逃げ出そうとするのを少年が髪を掴んで止める。原因となった少女は、ガクガクと震えながら汗だくになっていた。逃げるという発想も無いぐらいに追い詰められている様だ。

 いつの間にか、あんなに熱狂していたギルド内は、お通夜みたいに静まり返っている。最弱職の少年達の様子を見て、その請求額を察してしまったのであろう。

 身じろぎする事も無く、紙面を見つめる少年の肩に、女騎士が優し気にぽんと手を乗せる。

「報酬三億、請求額が三億四千万……。明日からは、割りの良いクエストを探さないといけないな」

「……血で血を洗う魔道の旅は、始まったばかりですね……。ぐすっ……」

「お、女の子の髪を引っ張るとか……。借金は等分で良いわよね……?」

 仲間達の声を聴きながら、少年は目を閉じ心の中で、深く、とても深く魔王討伐を決意した。

 この碌でも無い世界から、脱出する為に!

 

 

 そんな仲間達からとぼとぼと離れて、召喚士は誰に聞かせるでもなくひとりごちた。

「まさか……、こういう形でつじつまを合わせて来るとは。修正力は侮りがたいと言う事かな……」

 そのつぶやきには誰も反応する事は無く、召喚士は給仕の持ってきた蜂蜜酒の酒杯を受け取る。その無駄に整った顔には、いつも通りのにんまりとした笑みが浮かんでいた。

「まあ、僕は僕で楽しめれば、それで良いか」

 結局は、する事は何時もと変わりはない。仲間達の少し後ろについて行き、特等席から眺める。今はそれが楽しくてたまらないのだから、そのままで問題は無かった。

 酒杯をちろちろと舐めながら、召喚士は仲間達の元に戻って行く。存在感が無い様に振る舞っていても、あの仲間達はそれなりに心配してしまうので油断がならないのだ。

「とりあえず、借金どうしよう……」

 最後の呟きだけは、割と切実であった。




一章はここまでとなります。
予定では全四章。二四話程になると思います。
続きは二章が全てかけてから投稿するので一月ほど後を予定。
それまで忘れて居なかったらまたお会いしましょう。


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。