【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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この話から第二章、少々カズマさんから距離を取った話となります。
よろしければお楽しみくださいませ。


第二章
第七話


 魔王軍の幹部、『チート殺し』のベルディアを討伐してから、季節は早くも冬になっていた。この時期はモンスターの数も減り、普段は馬小屋で暮らす冒険者達も暖を取る為に宿を借りる。凍死の危機を乗り越える為に、溜めていたお金をここぞとばかりに使うのだ。

 今日も冒険者達は酒場で日も高い内から飲み明かし、一日も早い雪解けの季節を待ちわびる。魔王軍幹部との戦いの報奨金で懐が潤っているので、みな一様に明るい表情で怠惰に過ごしている様だ。

 だが、英雄的活躍をした最弱職の少年は、そんな冒険者ギルド内の酒場の一席で、血を吐く様に一言呟いていた。

「金が欲しい……っ!」

「そんなの、誰だってほしいと思ってるに決まってるじゃないの。そもそもカズマは、甲斐性無さ過ぎるのよ!」

 その言葉を聞いて、対面に座る青髪女神は少年に文句を言い始める。女神にとって、慕われ尊敬され敬われる事は当たり前。もっとちやほやして欲しい、もっと甘やかされたいと訴えかける。

「この高貴な私を、馬小屋なんかに泊めてくれちゃって、恥ずかしいと思わないんですかー!?」

「俺が何で金で悩んでると思う? 借金だよ! 内臓売るレベルの借金のせいで、どんなにクエスト受けても報酬が天引きされてんだよ!」

 最弱職の少年はただなじられるだけの男ではない、己の中に溜まった不満をここぞとばかりに相手に叩きつける。そしてそれは青髪女神も同じ、何度泣かされ様とも己の沽券の為には何度だって立ち向かえるのだ。

「今回は私、全く悪くないわ! あの廃城を壊しちゃったのはめぐみんじゃない! 私は今回、超凄い活躍で貢献したのよ? それを褒めて貰う位、当然の権利じゃないの!」

「……そうだな、あの城を吹っ飛ばしたのはめぐみんの爆裂魔法だな。じゃあなにか、お前は自分は悪くないからってあの借金を全部めぐみん一人に押し付ける気なのか? そうすりゃ確かに、お前は助かるよな。お前だけは」

「……う、それは……」

 魔王軍の幹部を倒すまでは良かったのだが、その為に使われた『高度で緻密な作戦』により被害が出てしまうとは予想外であった。まさか、頭のおかしい爆裂娘が毎日爆裂魔法を撃ち込んでいた廃城が、領主の持ち物であったとは。

「お前分かってんのか? あの一件以来流石のめぐみんも落ち込み気味で食欲が落ちてる――いや、あれは遠慮して飯が食えてない様な状態だ。間違ってもあいつの前で、さっきみたいな事言うなよ。これ以上落ち込んだら、骨と皮だけになっちまうぞ」

「う、うう……」

 何よりも予想外だったのは、その領主が城の修理費を一介の冒険者に請求してきたことだ。そのおかげで、魔法使いの少女は落ち込んでしまい、最弱職の少年達のパーティのクエスト報酬は天引きされている。まだ見ぬアクセルの街の領主に、少年はほの暗い殺意を抱かずには居られない。

「俺達には金が要る。このまま本格的な冬が来れば間違いなく凍死するし、借金を早く返さないとめぐみんの心労もヤバイ。ちやほやされたいとか頭お花畑な事言ってないで、お前もちったぁ協力しろよな」

「はい……。謹んで協力させていただきましゅ……」

 なんとか女神をやり込める事に成功し、協力するとの言質が取れた。一仕事を終えたと大きく息を吐く。

「はい、お疲れ様……」

「あ、サンキュー」

 そんな少年の前にコトリと飲み物が置かれ、最弱職の少年は流れる様にそれを手を取り一口啜る。そして、口に含んだ液体を目の前の女神に向けてぶぱっと噴出させた。

「おま、これ、酒じゃねぇか!? 俺達には金が無いって話してる時に、こんな無駄遣いを……。って言うか、金が無いのにどうやって注文したんだよ?」

 突然の毒霧攻撃に女神が目をやられて悲鳴を上げる傍らで、少年は飲み物を持ってきた召喚士に食って掛かる。言われる方は素知らぬ顔で、自らも蜂蜜酒を舐める様にひと啜り。唇をぺろりと舐めてから質問に答えた。

「……ツケで」

「ばっかやろう! 金が無いのに借金をさらに増やしてんじゃねぇよ!」

 もっともな意見ではあるが、召喚士は素知らぬ顔で酒を舐め続ける。むしろ怒鳴り散らされるのが嬉しいのか、いつも以上にニコニコ笑顔になっている。最弱職の少年に構ってもらえるのが、嬉しくてしょうがないと言った様子だ。

 反省なんぞ欠片もしていない様子の召喚士に、流石に説教の一つもかましてやろうかと腰を上げた所で、最弱職の少年は背後から声を掛けられた。

「まったく、朝っぱらから何をそんなに騒いでいるのだ。皆に注目……はされてないか。いい加減お前たちが騒ぐのもみんな慣れてしまったようだな」

 そんな風に声を掛けてきたのは、少年の仲間である金髪の女騎士。今日は何時もの鎧姿ではなく、黒のシャツにタイトスカートと言う私服姿である。何時もと違って我儘なままの胸元に、少年の視線は釘づけであった。

 そして、その背後にもう一人。件の魔法使いの少女も、女騎士の傍に隠れる様にして立っている。借金が出来てからそれなりに経っているが、まだ合わせる顔が無いとでも言うつもりなのだろうか。気になってよくよく少年が見てみれば、少女は口いっぱいにサンドイッチを頬張っていた。

「おい……、借金の原因。お前責任を感じて食欲が落ちてたんじゃないのか?」

「むぐぐ、むぐっ、むむむっ!」

「飲み込めー! 飲み込んでから喋れー!」

 なぜうちの女どもはやたら食い意地が張っているのか、いつぞやに青髪女神にも言った様な気がする。少年はそう心の中で毒づいた。

 もぐもぐごっくんしてから、ようやく少女は弁解を始める。

「確かに責任は感じていますが、やはり空腹には勝てませんでした。この支払い分は、我が爆裂魔法でモンスターを薙ぎ払う事で支払うつもりです。……ツケを払う為に」

「お前もか!!」

 数分前に気遣ってやろうとした自分の首を絞めてやりたい。そんな少年の視線に気が付いているのかいないのか、魔法使いの少女はマントをばさりと翻してポーズを決める。最早、欠片も己を責めてはいない様だ。

「さあ、カズマ。今日も張り切ってクエストをこなしましょう! 先に来ていたのなら、何かいいクエストを見つけていたのではないのですか?」

「いや、今日はまだ見て無いんだ。他の冒険者連中が飲んだくれてるから、お前らが来てからでも良いと思って待ってたんだよ。早速見に行こうぜ?」

 いつも通り厨二病的に元気な少女の姿に、呆れつつも内心ホッとした少年は今日のクエストを探しに行こうと提案する。その提案にはメンバー全員が賛同した。お金が欲しいのは何も最弱職の少年ばかりではないのである。

 しかし、そのお金が、順調に稼げるとは限らない。

「報酬は良いけど、本気で碌なクエストが残って無いな……」

 実際に全員で大きな掲示板の前に来てみれば、確かに依頼の用紙は無数に張られてはいた。その用紙のどれもが、ドクロマークだらけの高難易度の物でなければ素直に喜べたであろう。

「カズマカズマ! これはどうだ、白狼の群れの討伐、報酬百万エリス。無数のケダモノ達に囲まれてもみくちゃにされると思うと……くぅん……」

「カズマです。却下……。お前が突っ込んで行って、収拾がつかなくなる未来しか見えん」

 女騎士の被虐趣味を一刀両断する。その言い方が琴線を刺激したのか、彼女は断られたのに嬉しそうにしていた。

「カズマカズマ! このクエストはどうです。一撃熊の討伐! ふっ……、我が爆裂魔法とどちらが強力な一撃なのか、今こそ思い知らせてやりましょう!」

「カズマだよ。そんな危険そうな名前のモンスターに関わりたくない。首を撫でられただけで即死しそうだからな」

 今日も頭の中まで爆裂している魔法使いの少女の提案も却下。少女は心底悲しそうに項垂れていた。

 却下してばかりでは示しがつかないので、少年も真剣になってクエストの内容を吟味する。だが、どれもこれもが危険と隣り合わせの高額報酬の依頼ばかり。金の為とは言え、命を捨てる様な真似は御免である。

「ふーん……。機動要塞デストロイヤー接近につき、進路予測の為の偵察募集……。デストロイヤーって何だ?」

 特に気に入る様な依頼は無かったが、少年の興味を引いたのは物騒な名前の機動要塞とやらであった。一体全体何者なのかと問えば、女騎士は『デストロイヤーはデストロイヤーである』としか答えてくれず、魔法使いの少女は『わしゃわしゃ動く、子供達に妙に人気のある奴』としか教えてくれなかった。

「なるほど、わからん」

 分からない事が良く分かった。分からない物はしょうがないので次の依頼書を読み進める。するとそこで、少年は興味深いクエストを見つける事が出来た。

「雪精の討伐……? 出来る限り多くの討伐を望む、報酬は出来高払いで……一匹につき十万エリス!? なんだこれ、凄いお得なクエストじゃないか。雪精ってどんなモンスターなんだ?」

「雪精は雪深い山奥に住む冬の精霊ですね。すばしっこいですが特に強くも無い、子供にも捕まえられてしまう様なそれ自体は無害なモンスターです」

 最弱職の少年が驚いて声を上げると、魔法使いの少女が的確に解説してくれる。彼女の知識はとても広く、様々なモンスターの事を良く教えてくれるのだ。これで爆裂狂いで無ければ完璧なのだが。

 説明を聞いた少年はすっかりやる気になり、仲間達にこのクエストに行く様に提案する。仲間達も乗り気で返答し、青髪女神は準備してくると言い放って先に出て行ってしまったぐらいだ。

「雪精か……。ふふっ……、ワクワクするな」

 この時、最弱職の少年は強い敵と戦いたがる女騎士が、弱い筈の雪精の討伐に対して、特に文句を言わなかった事に疑問を持った。だが、大した理由でもないだろうと胸の内で片付けてしまう。

 彼はこの時の判断を、後に死ぬ程後悔する事になる。

 

 

「……カズマ。申し訳ないけど、僕は今日、クエストに参加できない」

 さあこれから皆で冒険だ――と言う時になって、唐突に召喚士がそんな事を言い始めた。普段はどんな事があっても最弱職の少年の傍に居たがる、そんな召喚士にしては珍しい言葉である。

「また、えらい唐突だな。何か予定でもあったのか? なんだったら、クエストの日をずらすぞ?」

「今日は人と会う予定があるんだ。それに僕が参加しない分、天引きされても報酬は多く分配できるから、僕の事は気にしないで行って来てほしい」

 そんな会話の後も、仲間達は口々に予定をずらそうと提案してきたが、召喚士は頑として譲らなかった。また明日も同じクエストがあるかはわからない。それに借金の為にも一日でも稼ぎはあった方が良い。そんな言葉で仲間達を説得して、召喚士は一人だけ残ると言って聞かないのだ。

「それじゃあ俺達は行って来るけど、何をするか分からんがお前の方も無茶はするなよ?」

「ありがとう。それから、手伝えなくてごめんね?」

 結局根負けした少年達はクエストに出発し、それを召喚士が一人手を振って見送る。最弱職の少年のパーティに、この召喚士が参加しなかったのは今日が初めての事であった。

 仲間達が去ってから、召喚士は元の席に戻って酒杯をまたちびちびと舐めて行く。

「探したよ、ローズルさん……。今日は佐藤和真や、アクア様達は居ないみたいだね……」

 半刻も経たぬ内に、待ち惚けていた召喚士の背中に声が掛けられた。

 振り向いた先に居たのは、高級そうな鎧に身を包む一人の青年と、その両脇に立つ二人の少女達。三人とも目つきを厳しくして、視線を合わせる召喚士を睨み付けている。

「やあ、やっと来てくれたね。……魔剣の勇者さん? ああ、元魔剣の勇者だったかな、今は……」

 召喚士の待ち人は、かつて最弱職の少年に敗れ、魔剣を奪われた転生者の青年であった。飄々とした召喚士の態度に、青年の両脇に居る盗賊職と戦士の少女達が食って掛かる。

「ずいぶん舐めた真似してくれたわね、アンタが魔剣を持って居る事は調べが付いてるのよ! さっさとキョウヤの魔剣を返しなさい!」

「そうよ、私達あの時に騙されてから、王都の武器屋まで探しに行ったんだから! あなたが魔剣を持ってるって、なんであの時に言ってくれなかったのよ、この卑怯者!」

 聞いても無い事をべらべらと、よほど鬱憤が溜まっていたらしい。その激しい罵声を受け止める召喚士は、涼しげな顔で酒杯を傾けている。そんな態度でまた二人が激高した。

 最早聞くに堪えない高音でキーキー喧しくなった二人に、召喚士はスッと手を差し延ばして――

「落ち着いてくれ二人とも……。僕は彼……いや、彼女? えっと、ローズルさんと争いに来た訳じゃない」

 召喚士が手を動かした瞬間、一目散に青年の背後に隠れた少女二人に、鎧の青年は諭す様に言い聞かせる。流石に青年に言われては、怒っていた二人も引き下がるしかない様子だ。これも惚れた弱みと言う奴か。

 そんな三人に対して、召喚士は差し出した手でピースサインを作って見せ付ける。いぶかしげな視線がそれを捕らえると、にまーっとした笑みを浮かべながら――

「マイナス二点。あと八点マイナスしたら、この交渉は打ち切りにさせてもらうよ」

「「なっ!?」」

 一方的なその宣言にまたもや熱が上がる少女二人。鎧の青年はそんな二人を仕草で制し、ただ首肯するだけでそれに応える。

 相手の反応に満足して、いやらしい笑みを浮かべながら召喚士は宣言した。

「では、交渉を始めようか」

 

 

 魔剣を返却して欲しいと要求する鎧の青年に、召喚士が提示した条件は三つ。

 一つはこちらの指定するクエストを受けて貰う事。二つ目はそのクエストに挑む際は防具を全て外し、武器も店売りの一番安いものにする事。そして三つ目は、クエスト対象のモンスターは召喚士が用意するのを認める事。

「ジャイアントトードの討伐クエストを受けて、指定された条件でクリアできれば魔剣を返す。……今の三つの条件は、そういう事でよろしいのでしょうか?」

 召喚士の条件を聞いた鎧の青年は、疑念を押し込める様にして確認をしてくる。高レベル冒険者の自分達に対して、今更ジャイアントトードの相手など児戯の様な物。そんな事をわざわざ条件にするなど、疑惑があるとしか思えない。鎧の青年の視線にはそんな感情が込められていた。

「この季節にジャイアントトードを探すのは大変だろう。だから、対象は僕の召喚術で用意させてもらうよ」

「……こんな簡単な事を条件にして、あなたは一体何を企んでいるんです? 僕達の事を馬鹿にする為だけに、態々大金を用意して魔剣を買ったとでも言うのですか?」

 質問に答えてもらえなかった青年は改めて、飄々とする召喚士に疑問をぶつけた。相変わらず人の話を聞かない、我を押し通す人物である。

 召喚士はそんな青年に嘆息すると、人差し指を一本立てて見せた。

「これでマイナス三点」

「くっ! いえ、余計な事を聞いて申し訳ありませんでした……」

 青年のしおらしい態度を見てご満悦の召喚士と、ぎりぎりと歯噛みする少女二人。その間に挟まれて、鎧の青年はじっと交渉相手を見つめていた。

 最初から徹頭徹尾、目の前の召喚士は青年達を挑発してきている。まるでワザと怒らせてマイナスを付け、交渉を討ち切らせる為かの様に。この相手は本当に魔剣を返す気があるのだろうか、いっそ力尽くで取り返してしまった方が良いのではないか。そんな考えが何度も頭をよぎった。仲間の二人もきっと同じ事を考えているだろう。

 だが、女神に選ばれた勇者として、そんな卑劣な真似は出来ない。卑劣な方法で負けてしまったあの日を思えば、それは断固とした決意となる。僕はあの男とは違う。必ず使命を果たさなければならないのだ。そんな想いで、青年は屈辱に耐えていた。こんな妨害など何するものかと、奮起さえ起こると言う物だ。

「じゃあ、早速クエストを受けてきてもらおうかな。依頼は僕の名前でギルドに登録してあるし、報酬もしっかり正規の額を用意してあるから安心してね。はい、これクエストの用紙」

 最後にそんな事を一方的に告げて、アクセルの街の外にある平原に行く為、先に正門で待って居るとギルドを出て行ってしまった。

 魔剣さえ奪われていなければ、こんな交渉受ける必要すらないと言うのに。口惜しさを胸に秘めながら、鎧の青年はクエストを受領しに、渡された用紙を受付に持って行くのであった。

 

 

 アクセルの街の正門で待ち合わせ、そこから周囲に何もない平原へと移動する。季節は冬ではあるが、この辺りには雪が積もって居ない。山岳地帯に行けば一面雪景色であろうが、少なくともここでは雪に足を取られる心配はしなくても良いだろう。

「それじゃあ、ここらへんで良いかな。討伐対象を召喚するから、頑張って倒してね」

 移動の為に召喚していた巨大な狼に腰かけながら、召喚士はニヤニヤしたままで青年に告げた。距離を取った所でも、いやらしげに笑う顔が良く見える。

 青年は今、何時もの鎧を宿に置いてきて私服姿となっていた。鎧の青年改め、これではどこにでも居そうなただの青年である。一応腰に帯剣しているが、店売りの安いショートソードとこちらも心許ない。

 それでも、青年はこのクエストを失敗するとは微塵も考えていなかった。例え装備が弱くとも、今の自分のレベルは三十七もあり、ソードマスターとしてのスキルは問題なく扱える。初心者が狩る様な大ガエルに、負ける可能性など微塵もないのだ。

「特殊召喚。ジャイアントトード、レベル三十七」

「…………は?」

 事も無げに呼びだされたジャイアントトードを前にして、ただの青年は召喚士の言葉が理解できずに硬直していた。対象を自分で用意するのを認めろとは言われたが、まさかレベルの指定まで出来るなんて事前に聞いていない。

 そして、ただの青年はその硬直した隙を突かれて、大ガエルの延ばした舌に捕縛され頭から丸呑みにされた。

「キョウヤ! しっかりして! キョウヤー!」

「うわっ、生臭い……。うう、でもキョウヤを助けないと……」

 程なくして、ただの青年を飲み込んで動かなくなったカエルを、仲間の少女二人が袋叩きにして倒し、口の中から青年を引きずり出して助けす。その全身はねっちょりと生臭い汁に覆われていた。

「うーわー、一匹目から幸先悪いね。まるで、あの日のアクアみたいになっちゃったね」

「ごほっごほっ! くっ、聞いてないぞ! レベルの指定が出来るなんて!」

 青年が咽ながら抗議するが、召喚士の答えは決まっていた。聞かれてなかったから答えなかっただけだと。あまりの性格の悪さに頭に血が上り、怒りのあまり顔から火が出そうだ。

 だが、情けない倒し方だったが確かにジャイアントトードは討伐した。これで文句はないだろうと、魔剣を早く返してくれと青年は告げる。

「うん? ジャイアントトードの討伐は最低でも五匹だよ? まだまだ、一匹しか倒してないじゃないか」

 それじゃあどんどん行ってみようか――そんな言葉と共に、召喚士はまた新たに高レベルのカエルを召喚してみせる。まるで、畑でサンマを取って来いと言う位に、実に気軽な物言いであった。

 呼びだすカエルのレベルはまたもや三十七、丁度青年のレベルと同じである。幾ら弱いカエルと言えど、これではレベル一で戦わされているのと同じではないか。思った事をそのまま口にして、青年はあらん限りに抗議した。

「そうだね。でも、駆け出しの冒険者がレベル一でカエルと戦うのは、この街じゃ当たり前の事なんだよ?」

 レベル一の駆け出し冒険者達が、こんな思いで戦っているなんて青年は知る由も無い。この世界に来てから、最初から最強の武器で高難易度のクエストを楽々こなしていたから。仲間も防具もすぐに揃い、苦労らしい苦労なんて何一つしてこなかったから。

 そして、さっき召喚士は『アクアみたいになった』と言っていた。もしかしたら、女神様もこんな思いをしたというのだろうか。最弱職の冒険者と一緒に、こんなクエストを受けさせられて……。

 そんな事を考えた青年は、それからひたすらにカエルと激闘を繰り広げた。仲間達が捕食されない様に前に立ち、自分と同じレベルの相手に粗末な装備で立ち向かう。そんな、初めてのチート抜きの戦闘を。

「……思ったより早かったね。カズマは二日かけて五匹倒したけど、流石は魔剣の勇者様だ」

 カエル五匹の討伐を終えた青年は、草原に大の字になって倒れ込み荒くなった呼吸を必死に整えていた。仲間の少女達も青年ほどではないが粘液に晒され、疲労困憊で今は背中合わせに座り込んでいる。きっと、今日の戦いはエンシェントドラゴンとの戦いよりも、三人には堪えたのではないだろうか。

「クエスト達成おめでとう。魔剣は既にギルドの人に預けてあるよ。カエル討伐の報酬と一緒に受け取ると良い。なんと報酬金額は十万エリス。カエルの一匹の買い取り価格は五千エリスで、合わせると十二万五千エリスも貰えちゃいまーす。やったねー、すっごーい」

 召喚士は戦いを見届けても、ニヤニヤした笑みを止めなかった。最初から最後まで、人の苦労を見て嘲笑う、そんな印象を受ける人物だ。今もわざとらしく棒読みになって、あからさまにこちらを馬鹿にしてきている。

 だが――と青年は心の中で、そんな印象を否定する。

「最後に、一つだけ教えてください。あなたはどうして、こんな回りくどい事を、しようと思ったのですか?」

 息も絶え絶えのままに紡がれる疑問に、召喚士はふっと遠くを見つめる様な表情になった。顔から笑みが消えて、冷たい怖気を振るう様な美貌が際立つ。

「昔の友達がね、君に似てたんだよ。力を持って、その力に溺れて結局死んじゃった友人と、ね……。うん、よし、帰ろうかな」

 急に変わった印象に三人が息を飲むと、召喚士はまたへらっと笑い顔に戻って、ブンブンと手を振ってきた。どうやらこのまま帰るつもりらしく、召喚士の腰かける狼が街の方へテクテクと歩み始める。

「あとねー、あの日アクアが受けたクエストの報酬は全額で三十万だったんだよ。カズマは本当にアクアに全部の報酬を上げるつもりだったんだ。勘違いしてるみたいだったから教えといて上げるねー」

 本当に最後にそんな事を叫んで、そして召喚士は三人の前から立ち去った。最後の最後まで一方的で悪辣な、まるで天災の様な人物であると、残された三人は頷き合って意見を一致させる。

 その日、元魔剣の勇者御剣響夜は公衆浴場で身を清めてからギルドへと帰り、初めて受けたジャイアントトード討伐の報酬を受け取った。その報酬は彼にとってはした金ではあったが、苦労に見合った確かな重さが在るのを青年は感じ取る。

 こうして、元魔剣の勇者は魔剣を取り戻す事が出来たのだった。

 

 

 最弱職の少年は真っ黒な空間に居た。

 いつかどこかで見たような光景。己の座る椅子の対面に、小さな事務机と豪奢な椅子が在るだけで、後は只管に空虚があるばかり。

 そして、自分以外にもう一人、対面の椅子に美麗な女性が腰かけているのを少年は認識している。

「少しは落ち着く事が出来たでしょうか?」

 ゆったりとしたローブに身を包んだ銀髪の少女。彼女は自らを女神エリスだと名乗り、そして少年を来世に導く為に居ると告げて来た。

 彼女はどこかの青髪女神とは違い、志半ばで倒れた少年の死を酷く悼んでくれた。それどころか、モンスターに殺されてしまった少年を、今度は裕福な家庭で不自由なく過ごせる様に取り計らってくれると言う。

 少年は思った。ひっどい外れ女神を掴まされたと思ったが、ここで漸く本物の女神に出会えたと。

 死んだ当初は確かに慌てたが、転生後の人生は安泰、女神様のお墨付きである。となれば次に浮んでくるのは今まで居た世界への不平不満だった。

 やれ女神は我がままだの、魔法使いは頭がおかしいだの。女騎士の変態ぶりにはドン引きさせられたし、召喚士には指差して笑われたし。次から次へと文句が出て来る。

 何時までも沸き上がる不満と思い出に、少年はいつしか涙を零していた。どうやら口ではどうこう言っていても、彼はあの碌でも無い世界が好きだったらしい。拭っても拭っても、熱い雫は止まらずにとめどなく滴り落ちて行く。

「……あなたに、来世でも良き出会いが有ります様に……」

 涙を零し続ける少年に、銀髪の女神は慈愛の笑みと共に祝福の言葉を贈る。そして少年の体は足元からあふれ出した白い光に包まれ、ゆっくりと天に向けて登り始め――

 その溢れ出る光を、突然少年の前に現れた幼い少女が足で踏みつける様な仕草で霧散させた。魂を天に導く筈の光が消えて、当然少年の体は落下して来る。無様にビターンと伸びた少年を、現れた少女は無機質な目で見降ろしていた。

 その少女は艶のある黒髪を腰まで伸ばしていて、その両目は左右で色の違う赤と青のオッドアイ。身に纏う衣装はなぜかフリルの沢山ついたメイド服で、とんでもないちぐはぐさを演出している。

 まるで中二病の設定そのままの姿で、この少女を少年の仲間の一人が見たら大喜びするであろう。

「なっ!? 貴女どうやってここに……。いえ、それよりも女神である私の力をあんな無造作にかき消すなんて、一体何者――」

 当然、職務を邪魔された銀髪の女神は警戒の色を露わにし、唐突に現れた少女に詰問をぶつける。しかし、少女の方はそれを省みず、少年の無事を確認するとスッと姿を薄めて消え去ってしまった。

 忽然と現れ消えた幼げな少女に、銀髪の女神は驚き戸惑っているが、倒れ伏す少年には何が何だか全く分からない。一体全体、少年のあずかり知らぬ所で何が起きているのだろうか。考察しようとしても情報が少なすぎてさっぱりである。

「『ちょっとカズマ! いつまで寝てんのよ、早くこっちに戻って来なさい!』」

 突然響いた青髪女神の大音声に、そんな思考も中断される。まるで頭の中に直接響いて来る様な、加工音声みたいだが確かに青髪女神の声であった。

 突然の大声に驚いた銀髪の女神が、狼狽しながら虚空を見上げていた。儀式を邪魔された事よりも、唐突な先輩の出現に狼狽え、既に思考はシフトしてしまっている様だ。

「凄く先輩に似てるプリーストが居ると思ってたけど、もしかして本物の先輩!?」

 どうやら、この女神は向こうの世界に居る自称女神の後輩らしい。己の職務も忘れて慌てふためき、その結果少年は宙ぶらりんの扱いだ。

 そして、その後はもう酷い物だった。

「『アンタの体に復活魔法かけたから、さっさと目の前の女神に頼んで地上に戻してもらいなさい』」

「マジか!? 俺、またそっちの世界で冒険できるのか!」

「だ、駄目ですよ! あなたは一度死んで転生しているので、天界規定により蘇生は出来ません!」

 地上の青髪女神は死んでしまった少年に蘇生魔法を掛け、転生など許さないから帰って来いと言い放つ。それに後輩である銀髪女神が天界規定で蘇生は許されないと反論、生き返れると喜んだ少年をぬか喜びさせてくれた。

「なんだ、駄目なのか。おーい、アクアー! なんか天界規定とやらで、俺はもう復活できないんだってー! このエリスって女神様が言ってるんだけどー!」

「『はぁー!? どこの田舎者がこのアクア様に舐めた口きいてるのかと思ったら、よりによって上げ底エリス!? ちょっとカズマ、その娘がこれ以上ガタガタ言うようだったらその胸パッド――』」

「パッドなんですか!?」

「わああああっ! わかりました! 認めます、特例で認めますからああああ!!」

「パッドなんですね!?」

 後輩に自分の行いを邪魔された青髪女神はそれはもうお怒りになり、少年に目の前の銀髪女神はパッド装着者であると機密漏洩を慣行。慌てた銀髪女神は思わず天界規定を捻じ曲げて許可を出してしまう。

「パットでも構いませんよ?」

「違います!」

 本当にもう、青髪女神の存在一つで幻想的な天界も、てんやわんやの大騒ぎあった。

「こほん……。サトウカズマさん、貴方の足元にゲートを開きました。これで地上へと戻れるはずです」

「えっと……、なんかすみませんうちの女神がご迷惑を……」

 咳払い一つでグダグダになった空気を切り替え、銀髪の女神は有言実行してくれた。地上に帰れるのは嬉しい事だが、なんとなく罪悪感が湧いて出てしまう。少年は思わず、何時もの様に青髪女神に代わって頭を下げていた。

「先輩に無茶振りされるのには慣れてますから……。あの、こんな事を言うのもおかしいかもしれませんが、先輩の事よろしくお願いしますね?」

 なんだろう、少年には目の前の女神が天使に見える。異世界に来て初めて、まともな感性の女性と出会えた様な気がするのだ。さっきと違う意味で泣きたくなって来た。

 銀髪女神はぽりぽりと頬を掻いてから、先程のセリフの気恥ずかしさを誤魔化す様にさらに言葉を続ける。

「本来なら、たとえ王様だろうと蘇生の回数は一度きり。絶対の絶対である規則なんですから、今回だけの特別なんですからね? ……まったく、カズマさんと言いましたね?」

 銀髪女神はそこで一度言葉を切り、少年に歩み寄って来る。そして悪戯っぽく片目を瞑りながら人差し指を立て、少しだけ嬉しそうに囁いた。

「この事は、内緒ですよ?」

 その言葉を皮切りにして、少年はまた足元から沸きだした光に包まれ、今度は天では無く地上へと帰ってく。それを見送った銀髪の女神は椅子に座り直して、疲れを吐き出す様に大きく嘆息するのであった。

「それにしても……、あの女の子は……」

 この死者の魂を導くあの世とこの世の狭間の世界は、言ってみれば女神にとっての領域である。そんな場所に察知されることなく表れ、そして追跡も許さずに逃走せしめるなど、よほどの存在でなければ不可能なはずだ。

 そこも気になるが、それ以上に――

「あの女の子、どこかで見た事がある様な気がするんだけど……。何処だったかなぁ……?」

 そんな呟きは誰にも聞かれる事は無く、やがて女神自身も先輩女神の後始末に追われ、忘れ去って行くのであった。

 

 

「と言う訳で、カズマは冬将軍に首チョンパされました」

「…………」

「うわっ!? ロー、お前驚き過ぎだろ。お姉さんすいませーん、こっちに拭く物貸してくださーい」

 無事にクエストが終わり、全員がまた集合する頃には日もすっかり落ちて、ギルド内はがやがやと冒険者や一般人の客で喧しく賑わっていた。

 その騒ぎの一角で、一日にあった事を報告されていた召喚士は、衝撃的な事実を告げられて思わず酒杯を取り落としていた。そして、テーブルや床の掃除をしようとする最弱職の少年を捕まえて、首や体に異常が無いかべたべたと無遠慮に弄り出す。事情を説明していた魔法使いの少女や他のメンバーも、召喚士の動揺ぶりに目を丸くしていた。

「おいちょっと、やめろ! 無事だから、首はちゃんとつながってるから! 服を脱がすな! やめっ、やめろー!」

「ん……。こんなに動揺するローを見るのは初めてだな。……まあ、仲間が一度死んだと聞かされれば、こうもなるか……」

「意外と仲間思いなのですね、ローは。人前で服を脱がすのは、いかがなものかと思いますが」

 一通り確認が終了すると落ち着きを取り戻し、今度は召喚士が一日の報告をする事になる。召喚士は今日あった事を、魔剣の勇者に条件をつけて依頼をこなしてもらい、その報酬として魔剣を返却したと説明した。

「ふーん。結局あの魔剣は元の持ち主の所に戻ったのか。でもよかったのか? あの魔剣買うのにそれなりに金を使ってたのに、殆どタダ同然で返しちまって」

 最弱職の少年の疑問も尤もであった。その上、召喚士は雪精討伐の賞金も貰っていない。実質、今日一日タダ働きの様な物である。報酬金の事を考えればマイナスと言ってもいいだろう。

 少年の言葉に、召喚士は袖の中から革袋を取り出してジャラリと鳴らして見せた。中身は音からして硬貨であろう。

「あの勇者さんは魔剣の行方を探す為に、情報に賞金を懸けていたのさ。僕は持ち主として、親切心から魔剣のありかの情報を提供しただけだよ」

 つまりは、盛大なマッチポンプ。魔剣を探し求める相手に情報を売り、そこから報酬を支払ったという事だ。仲間達の召喚士を見る目が、ドン引きしたものになる。

「やっぱ性格悪いなこいつ……」

「昔から良く言われたよ」

 召喚士はどこか昔を懐かしむ様な表情で、悪びれもせずに新しく注文した酒杯を傾けた。

 そうして一日を終えてみれば、纏まったお金を手に入れる事が出来たと言っても、借金が劇的に減る事は無い。むしろ最弱職の少年など一度命を落としている分、赤字と言っても過言では無い成果であろう。

 やはり冬のこの世界は、過酷な環境で生き残れる強さが無ければ生き残れないという事なのだ。

「はあ……、借金は返せないし、住む場所も馬小屋だと厳しいし……。このままじゃダメだ……」

 厳しい現実を実感して、一人ため息を吐く最弱職の少年。ちらりと視線を仲間達に向けると、どいつもこいつも楽観的に騒ぐばかり。借金に追い詰められている様子など微塵もない。

 青髪女神はこっそり持ち帰った瓶詰の雪精を見せ付けて自慢しているし、女騎士はそれを見て砂糖を掛けたら美味しそうだとか言ってるし。召喚士は相変わらずニコニコしながら酒を飲んでいて、魔法使いの少女は一口だけくれと縋りついている。

 そんな面子らと、死後の世界で出会った女神様をついつい比べてしまう。あの女神様は少年が死んだ事に深く悲しみ、そして生き返る時には優しく微笑んでくれた。どうせこの世界に持って来るのなら、あっちの女神様の方が良かっただろうと切に思う。むしろ今からでも交換してほしい。

 そんな風に思考の波に溺れていた少年の意識を、青髪女神の言葉が現世へと連れ戻す。

「カズマ、アンタは食べないの? 早くしないと無くなるわよ」

 無くなるって何が――意識をテーブルの方に戻すと、そこは大量のごちそうが所狭しと並んでいた。そして少年以外のメンバーは、そんなごちそうを一心不乱にガツガツと貪っている。本当に女としてどうなんだこいつらは。

「おいっ、どうしたんだよこの料理は!? 何処にこんな金が……、まさか今日の報酬使ったのか!?」

「うるっさいわねぇ。私、今日は活躍したんだから良いじゃないの。自分へのご褒美って奴よ」

 思わず叫んだ最弱職の少年に、青髪女神がそんな事を言って来る。確かに復活魔法を使ってくれたのは確かだが、それで稼いだ分を無駄遣いされたらそれこそ死に損ではないか。

「冬を越す為の金なんだよ! それをおまえ等、こんなに注文して……」

「何、金が無くなったらまたクエストを受ければいい。次はどんな相手が良いか……、汚らわしい触手やヌルヌルの粘液を分泌するのとかが良いな! くぅん……、考えただけで武者震いが!!」

 ――等と女騎士は供述しており、少年の必死の訴えは黙殺される。魔法使いの少女など、会話に参加するつもりも無く、両手で口に食い物を捩じ込んでいた。最早完全に借金への負い目などなくなった様だ。

 最後に召喚士と目線が合う。先程までは必死に心配していた癖に、今ではニコニコしながら何時もの蜂蜜酒を啜っていた。きっとあの顔は、少年の事を酒の肴にしているに違いない。相変わらず性格が悪い奴である。

「はぁ……、選択肢間違えたかな……」

 人生は選択肢の連続で、そしてゲームの様にセーブ&ロードなどは無い。全ては自己責任と言う名の、神様から押し付けられた贈り物である。

 最弱職の少年は自らの選択と、そしてその結果を苦々しく受け入れるしかなかった。

 

 


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