【完結】二回目の世界とメアリー・スー   作:ネイムレス

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第八話

 最弱職の少年の首が胴体から離れ、彼が二回目の死から復活してから数日が経った。季節は相変わらずの、冒険者に厳しい冬のままである。

 少年を復活させた女神の忠言により暫くクエストを休み静養していた少年だったが、そろそろ簡単な荷物運び位のクエストなら受けても良いだろうと一行は冒険者ギルドにやって来ていた。

 そして今、少年は激怒している。

「お前今なんつった!? 俺が恵まれてる!? 羨ましい!? 上級職の美人ばっかりに囲まれて、良い思いをしているだって? ふっざけんじゃねーぞおめぇ! この俺のどこが恵まれてんだよ!」

「えっ、お、おお? ちょっ、待って、待ってくれ。おち、落ち着いて……」

 最弱職の少年はこの日、くすんだ金髪をした戦士職の青年に絡まれ、己の職と境遇を揶揄されて侮辱されていた。要するに、酔っぱらったチンピラに絡まれていたのだ。

 最弱職が上級職に囲まれて、ずいぶん恵まれた環境に居る。上級職におんぶにだっこで恥ずかしくはないのかと、散々な言われ様をした。外側から見ると、少年の境遇は羨ましく見えたのだろう。

 だが、そこまでは少年も耐えられた。酔っぱらいの戯言など態々怒る様な事でもないし、自分が最弱職で回りが上級職ばかりであるのは確かな事だったからだ。

 許せなかったのは、美人ばかりに囲まれて楽をしていると言われた事。そして何よりも、ポンコツだらけの仲間達に囲まれた苦悩の日々を、羨ましいと言われた事だった。

「何処に美人が居るっていうんだよ! おめーのその二つ目はビー玉なのか!? こいつらが美人に見えるなんて良いビー玉だな、俺の濁った眼と交換してくれよ!!」

 今日までに蓄積されてきた鬱憤が一気に炸裂した少年は、それはもう大層お怒りになってチンピラの胸元を掴んでがくがく揺さぶる。最初は威勢の良かったチンピラも、少年の勢いに飲まれて酔いが冷めてしまった様だ。

「お前変わって欲しいっつったよな!? 喜んで変わってやんよ! おら、今すぐ変わってくれよ! 俺はもう、こいつらの面倒なんざ見るのは御免なんだよ!! あああああああああああっ!!」

「わかっ、分かったから。じゃあ一日だけ、一日だけ変わってくれよ。なっ、お前らも良いだろ?」

 少年の気迫に押されたチンピラは、自らの仲間達を振り向いて了承を取ろうとしていた。彼の仲間達は全員この手の騒動には慣れているのか、興味も無さそうにメンバー交換を受諾する。

「あの……、私達の意見とかは……?」

「そんなものは無い! あ、おれサトウカズマです。宜しくお願いしまーす!」

 実は少年が激高している間も何度も話に加わろうとしていた青髪女神の最後の確認すらも軽く流し、最弱職の少年は喜び勇んで新たなパーティーメンバーの元に向かって行ってしまった。なにか憑き物が落ちたかの様な、清々しい笑顔で駆けて行く。そんなにメンバー交換が嬉しかったのだろうか。

「ぷふっ……」

 その場にぽつーんと取り残されたチンピラと少年の仲間達を見て、召喚士は今日もいつも通り含み笑いしていた。

 

 

「あー……、えっと、一応自己紹介しておこうか。俺の名前はダスト。職業は戦士をやっているぜ」

 気を取り直した面々は、とりあえず集まって各々自己紹介をする。しかし、それを聞くチンピラ戦士の視線は常に、彼女達の胸に固定されていた。まだ彼は、このパーティがハーレムだと思っている様だ。

 意外な事にこの手の視線を喜びそうな女戦士が、チンピラの視線にはまるで反応を見せていなかった。不思議そうな仲間達の視線に晒されると彼女は、さもあらんと腰に手を当てて更に胸を強調する。

「うむ、普段からカズマの隠しつつもチラチラと盗み見て来る、ねっとりした陰湿な視線にさらされていたせいか、こうも堂々と見られていると琴線に響かなくてな。やはりこう言うのは背徳感が無いと……」

 良く分からなかったが、分かった事にしておこう。その場の全員がそういう事にしておいた。

「よし、それじゃあちゃっちゃと、クエストを決めてしまいましょう! この私に相応しい、派手でお金になる様な奴を選ぶのよ!」

 自己紹介もそこそこに、青髪女神が掲示板へと向かって行く。むしろ彼女は、チンピラの自己紹介を聞いていたのかさえ怪しい物だ。普段彼女の行動を制御している最弱職の少年が居ないので、今の彼女はまさに糸の切れた風船よりも自由である。

「ちょっ、まっ、待ってくれよ。アンタらは上級職かもしれないが、俺はまだ戦士なんだぜ? あんまり難易度の高いクエストは辛いから、ゴブリン退治とかにしてくれないか?」

 いきなり高難易度のクエストの張り紙を取ろうとした青髪女神に、慌てて追いかけて来たチンピラ戦士が訴えかける。彼の所属するパーティはいわゆる中級であり、上級職の行く様な難易度のクエストには荷が勝ち過ぎるのだと言う。

「ちょっとあんた、この私にゴブリン狩りなんて地味な事させようとは、良い度胸してるわね」

「そんな事言わずに頼むよ。季節外れのゴブリン狩りって事で、討伐報酬も割高なんだしさ」

「もう、しょうがないわね。まあ、ゴブリン程度なんて、この私に掛ればいちころよね。サクッとクリアして、カズマを見返してやりましょう! そして手に入れたお金で宴会よ!」

 チンピラ戦士の必死な訴えに渋る青髪女神ではあったが、報酬の割りが良いと聞くと何とか納得をしてくれた。実に現金である。

「ゴブリン狩りか……。沢山の亜人共に囲まれて、健闘虚しくも倒れ伏し……くぅん! 楽しみだな!」

「ふっ、我が禁断の力を小鬼ごときに使うのはもったいない気もしますが、群れを一撃で壊滅させるというのも面白そうですね」

 その他のメンバーも非常にやる気のようです。思い思いに好き勝手な事を言って、期待に打ち震えたり、マントをはためかせながらポージングしたりしている。

 ここに来てようやく、チンピラ戦士はこのパーティーメンバー達が曲者であると言う事に気が付き始めていた。冷や汗を流して狼狽するがもう遅い。最弱職の少年はとっくに出発しており、曲者達はどいつもこいつも出かける気満載なのであるから。

「いやぁ、君もなかなか面白いよね……。ぷっ、ふふふふふ……」

 そんなチンピラ戦士の背後で、彼を観察していた召喚士が笑っている。何時もとは一風変わったイベントに、召喚士もまたご満悦であった。

 チンピラ戦士の苦悩は、まだまだ始まったばかりである。

 

 

 冒険者ギルドでクエストを請け負い、街を出発してからそれなりに経った頃。

 既に周囲は草原となり、辺りはすっかりと冒険者のフィールドとなっている。アクセルの街近郊は既に危険なモンスターが狩り尽くされているので、モンスターの姿さえめったに見かけられない。

「おお、やっぱりあんた、その赤い瞳は紅魔族だったからなのか! すげえな、紅魔族って言えば、魔法のエキスパートなんだろう?」

「ふっふっふっ、その通りですとも。我が名はめぐみん。紅魔族随一の魔法の使い手にして、人類最強の魔法、爆裂魔法を操る者!」

 チンピラ戦士に煽てられて、魔法使いの少女はすっかりと舞い上がっていた。

 ゴブリンの出没する地点まで敵の姿も無く暇を潰す為に、青髪女神によって中断された自己紹介の続きをしていたのだが、これが思いのほか盛り上がる。滅多に自分の里から出る事が無い紅魔族を間近で見られたと言うもあるのだろうが、やはり最強の魔法や強大な魔力と言うのは男心を擽るのかも知れない。チンピラ戦士もまるで少年の様に目を輝かせて、少女の名乗りを持て囃していた。

「くぅー、やっぱり上級職の魔法はスゲエ威力なんだろうな。名前はともかく、魔力の数値もえらい高さだしよ!」

「おい、私の名前に言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

 名前の事を持ち出されるとやはり怒らずには居られないのだろうが、こうまで素直に褒め称えられると悪い気はしない魔法使いの少女。そんなに凄いと言うのなら、少し位サービスしてやろうじゃないかと杖を振り回す。

「そんなに興味があると言うのであれば、我が力見せてあげましょう」

「え? いや、別に今じゃなくて敵が出てからでも十分なんだけど……。まあいいか」

 凄いやる気になっている少女を止めるのも無粋だと思ったのか、チンピラ戦士は詠唱を始めた少女を特に止めようとはしなかった。彼はこの選択を、後に泣く程後悔する事になる。

「括目して見よ! これぞ人類に許される最強の呪文の威力。我が全身全霊を込めた必殺の一撃! 『エクスプロージョン』ッッ!!」

 呪文が解き放たれた瞬間、何もない草原は焔に染まる。爆風が何もかもを吹き飛ばし、爆炎が草原を抉り抜いてクレーターを作り上げた。大空高くまで紅蓮の炎は立ち上り、後には塵一つ残さない。だって、最初から目標など何もないのだから当然だ。

 そして、全ての魔力と生命力を限界まで注ぎぎった魔法使いの少女は、親指を立てながらぱたりと倒れ伏した。どうだい見てたかい、これが私の全力全開でございますととても良い笑顔である。

「え、何で倒れてんの? っていうか、何でこんな何もない所で最強の呪文使ってんの!?」

「ふっ……、最近の戦いでレベルアップを果たした事により、以前よりも格段に威力が上がった我が爆裂魔法。そこへ更に全霊の魔力を込める事により、その破壊力はまた一段昇華するのです。もちろん魔力はからっけつ。なので、身動き一つ取れません……」

「はあああああああああああっ!?」

 チンピラ戦士は頭を抱えて絶叫した。こんな頭のおかしい奴が本当に居るだなんて、噂には聞いていたが実際に目にするまでは眉唾だと思っていたのに。誠に遺憾ながら、チンピラは噂の真偽を痛感してしまった。

「ん……。おい、今の爆音を聞きつけたのか、目的地の方から何かが走ってくるぞ」

「っ……! おい、戦闘準備だ。頼りにしてるぞ上級職のねーちゃん達」

 女騎士が唐突に言いだしたその言葉に、チンピラ戦士は顔色を変えて剣を抜き放つ。腐っても中級冒険者か、即応性はそれなりにある様だ。

 目を細めて向かってくる相手をよく観察する。次第に見える様になる、四足で黒い体毛を持った獣の姿。虎やライオンなどを優に超える体格を持った、立派な牙を持った猫科の猛獣であった。

 チンピラ戦士はそのモンスターに見覚えがある。

「やべぇ、あいつは初心者殺しだ。アークウィザードが動けないんじゃ分が悪い、逃げた方が良いぜ!」

「ほう、初心者殺しか……。あの体格の繰り出す一撃……、さぞ強力に違いないだろうな!」

 撤退の提案を無視して、女騎士は単身向かって来る猛獣に突撃して行った。チンピラ戦士は再度頭を抱える事になる。何故なら今の彼女は――

「おい、ちょっと待てえええええ!! アンタ今丸腰、って言うか鎧も着てねぇだろうがよ!」

「ふっ、どうせ剣を持っていても当たらんからな。それに、鎧が無い方が気持ちい――緊張感で身が引き締まると言う物だ」

「アンタ今なんつったぁ!?」

 信頼していた上級職が、丸腰で敵に向かって行くとは夢にも思わなかっただろう。叫んでも喚いても女騎士は止まらない。耐久力の有るドMに、怖い物などあんまりないのだ。

 圧倒的強者である己に向かって来る、丸腰の女騎士の姿を見た猛獣は何を思うのだろうか。喜々として向かって来る女騎士を、猛獣はなんとスルーした。

 初心者殺しと呼ばれるこの猛獣はかなり頭が良い。一度仕掛けられた罠を見破ったり、誘い込みを利用して逆に奇襲を掛けたり等、そこら辺に居るモンスターを遥かに超えた知略を見せるのだ。

 そして、無視されて悲しそうな悲鳴を上げる女騎士を置き去りにして、黒い猛獣が目指したのは敵が現れてもボーっとしていた青髪女神だった。

「おい、プリーストのねーちゃん! 避けろ!」

「はー? ダクネスが向かったんなら、わざわざ私が何かする必要も――んぎゃあああああああああ!!」

 完全に油断しきっていた青髪女神の頭に、ガブリと黒い猛獣が噛み付いた。ぱっくりと、それはもう見事に頭が半分、猛獣の口の中に潜りこんでいる。

 その光景に一番驚いたのは、おそらく噛み付いた猛獣自身だっただろう。牙を突き立てて油断しきった獲物を食い殺すつもりで噛み付いたのに、この獲物は異様に硬くて歯が食い込む程度で止まってしまったのだから。

「っでえええい!!」

 青髪女神に齧り付いた為に動きの止まった猛獣に、チンピラ戦士が振り被った剣で斬り付けた。どこかぎこちない剣の扱いだが、威力自体は高かったのか黒い獣がビクンと反応して跳び退る。

「びええええええ! がまれだああああああ!!」

「だーもう、何で無事なのか知らんが泣くな! まだ相手はやる気なんだから、支援魔法の一つでも掛けてくれよ!」

 跳び退いた猛獣は、全速力で駆けだして次の獲物を探す。一度噛み付いた青髪女神は蹲って泣きべそをかいているが、チンピラ騎士が背後に庇っている。身動きの出来ない魔法使いの少女は、いつの間にか召喚されたのか白銀の巨狼が襟首を噛んで保持していた。召喚主はその背中に腰かけてひらひらと手を振っている。

 数瞬だけ逡巡してから、黒い猛獣は一人孤立した女騎士へと飛び掛かった。

「よぉし! 来い、幾らでも受けて立ってぐほぉ!? こ、これは強烈で、んはあああっ!」

 爪で、牙で、時には体当たりまで駆使して、徹底的に攻撃を加えて行く黒い猛獣。その重く鋭い攻撃の数々が命中するたびに、女騎士は女を捨てた様な嬌声を上げて喜んでいく。

「うわぁ……」

 終いには咥え付かれてブンブン振り回され、びたんびたん地面に叩きつけられるのを喜ぶ女騎士を見て、チンピラ戦士はドン引きの表情を見せる。なぜ自分はこんな奴らを見て、羨ましいなどと言ってしまったのだろうか。幾ら後悔してもし足りない。

 やがて猛獣は、自分の攻撃がまるで効かない事に気が付いて、状況を不利と見たのか勝手に立ち去って行った。初心者殺しは本当に頭が良い、ドMには関わらない方が良いと判断したのだろう。

 嵐の様な黒い猛獣の襲撃の後に残ったのは、頭を齧られて泣きべそをかくアークプリーストと、魔法の無駄遣いで戦闘不能になったアークウィザードと、ボロカスにやられて嬉し過ぎて白目をむいて失神したクルセイダーだけだった。

「ぶはっ! あははははは! くーっ、はははははは!!」

 そして最後に残った召喚士は、このありさまを見てそれはもう楽しそうに笑っていた。腹が捩れそうなほどに笑い転げて、思わずずるりと腰かけていた巨狼の上から落ちる。そして頭から地面に落ちて、それきり動かなくなった。

 これにて、チンピラ戦士を残しパーティーは全滅。もはや乾いた笑いすら起こらない大参事である。

「…………謝ろう。誠心誠意謝ろう……」

 途方に暮れたチンピラ戦士は心の中で固く決意して、とりあえず動けない臨時の仲間達を回収に向かうのであった。

 

 

 日もすっかり落ちた夜半ごろに、待ち望んでいたパーティが帰還する。長かった。とても長い間待った様な気がする。それほどに待ち望んでいたのだ。それがようやく報われようとしている。

 ギルドの扉を嬉しそうに開いたその人物に、青髪女神が泣きながら飛び掛かって行った。

「ぐすっ、ひっぐ……うええ……。ガ、ガジュマあああああ!!」

 そしてギルドの扉は無情にも閉じられる。それを見て今度はチンピラ戦士が慌てて扉に手を掛けて、見なかった事にしようとしている最弱職の少年を引き留めた。

「おいっ、待ってくれよ! 気持ちはわかるけど扉を閉めないでくれ! そして話を聞いてくれ!」

「嫌だ聞きたくない。なんか凄く何があったのか分かるから、何も聞きたくない離れろ」

 殆ど涙目のチンピラ戦士を見て、何があったのかを全て察した最弱職の少年はあからさまに渋面を作る。

 チンピラ戦士の背中でぐったりする魔法使いの少女と、愛犬の背中に蹲る召喚士。そして、白目をむいて気絶する女騎士を背負ったまま、子供みたいに泣きじゃくる青髪女神と来て、少年の嫌な予感は最高潮だ。

「そんな事言わずに聞いてくれよ! 俺が悪かったから! 謝るから聞いてくれ!!」

 それからチンピラ戦士は、今日あった事を説明してくれた。説明と言うより一方的な苦情の様な物言いだ。如何に自分が今日酷い目にあったのかを、感情を込めてきっちりと訴えて来る。

 そんな風に訴えられても、最弱職の少年の心は既に決まっているというのに。

「おーい皆、初心者殺しの報告はこいつがしてくれたみたいだから、俺達は新しいパーティー結成のお祝いに行こうぜー!」

 最弱職の少年がそんな事を言うと、チンピラ戦士の元仲間達は声を揃えてその意見に賛同する。どうやら少年等の方のクエストはとても上手く行って、全員意気投合したらしい。チンピラ戦士の事など見向きもせずに、クエストの報告をしに受付へ向かってしまう。

 それを見たチンピラ戦士は絶望の表情を浮かべ、立ち去ろうとする少年の足に縋りついた。

「待ってくれ! 謝るから! 土下座でも何でもするから、俺をもとのパーティに戻してくれぇ!!」

 恥も外聞も無く、良い歳した男がマジ泣きすると言う現場に出くわした少年は、痛ましそうな表情になり縋りついて来るチンピラの肩に優しく手を置いた。一縷の希望を感じて顔を上げたチンピラに、少年は諭す様に告げる。

「これからは新しいパーティーで頑張ってくれ」

「俺が悪かったから!! 今朝の事は謝るから許してくれぇ!!」

 その後、チンピラ戦士はとても綺麗な土下座を慣行。最弱職の少年にもそのパーティメンバーにも、それから自分自身のパーティメンバーにも謝罪を尽くしてようやく許してもらえた。

 その日以降、最弱職の少年をお荷物扱いして馬鹿にする冒険者は皆無となる。その代りに、やり取りを見ていた者達の間では、鬼畜のカズマの異名は更に根強く浸透するのであった。

 

 

「明日はダンジョンに行きます」

「嫌です」

 そんなやり取りで始まった新たなる一日。最弱職の少年一行は、今日もギルドの片隅を溜まり場にして集まっていた。今は厳しい冬のクエスト以外で、お金を稼ぐ方法を話し合っていた所である。

「いいえ、行きます。いい加減に借金を何とかしないと、このままじゃ凍死だからな。どうあっても明日はダンジョンに行くぞ」

「嫌です嫌です! ダンジョンなんかに行ったら、私の出番が全くないじゃないですか!」

 そんな事は魔法使いの少女を仲間にする時に既に指摘済みである。その時の彼女は『荷物持ちでも何でもする』と言ったのだが、言った本人は覚えていないのだろうか。

「安心しろよ。ダンジョンに入るのは俺一人だけで良い。おまえ等には、ダンジョンまでの道中の護衛を頼みたいんだよ」

 あまりにも反対する魔法使いの少女を説得する為か、少年は今回のダンジョン攻略の説明を始める。そもそも今回挑戦するダンジョン攻略は、新しいスキルのテストも兼ねているのだと少年は語った。

 罠感知スキルと罠解除スキル、そして以前に仲良くなったアーチャーに千里眼スキルを伝授された少年は、以前から覚えていた潜伏スキルや敵感知のスキルも併用し、ダンジョン内を隠密行動でクリアする方法を思いついたのだと言う。千里眼スキルは遠方を観測する他に、暗所を見通す副次機能がある。真っ暗なダンジョン内で潜伏スキルを行使すれば、モンスターに見つからず安全に探索が出来ると踏んだのだ。

 もし上手く行ったのであれば、徐々にダンジョンのランクを上げて一獲千金を目指して行こうと言う、保守的な少年にしては前向きな計画であった。

 借金の返済に目処が立つならと、少年の仲間らも賛成し早速出発する事となる。

 目指すはアクセルの街近郊にある初心者用ダンジョン、通称『キールのダンジョン』と言われる枯れ果てたダンジョンであった。距離的には徒歩で半日なので、それなりに離れてはいる事になるだろう。案の定その道のりだけで召喚士はへばって、召喚した狼の背中に乗る事になった。

 キールとは大昔に実在した偉大なアークウィザードであり、理由は定かではないが王家に弓を引いた大悪人であったという。そのキールは一人の令嬢にかなわぬ恋をして、されども諦めきれずに姫を誘拐してダンジョンに籠ったのだとか。王家は幾度もキールに対して討伐隊を繰り出したが、その事如くが返り討ちに合い遂には姫の奪還は成されなかったらしい。

 そんな伝説も廃れて久しく、今はそのダンジョンも財宝も取り尽くされ、すっかりと寂れていた。

「よし、それじゃあ後は俺だけで行って来るから、お前達は留守番を頼むな。一日経っても戻らなければ、街に戻ってテイラー達に救援を要請してくれ」

 少年が言った人物は以前のチンピラ戦士の仲間であり、そのパーティーのリーダーを務めている人物だ。少年が今最も仲が良く、同時に尊敬している冒険者パーティでもある。暗に『お前達だけでは絶対に追いかけて来るなよ』と言っている訳だが、それは二重遭難を恐れての事だと思いたい仲間達であった。

 今日はお試しだからすぐ戻るから心配するなと語り、最弱職の少年は軽快な足取りでダンジョンに入って行ってしまう。あとはもう、残された側は待つ事しか出来ない。

 山の麓の岩肌をくり抜く様にしてあるダンジョン入り口の傍には、頑丈な作りのログハウスが存在している。そのログハウスには避難所と言う看板が設置してあり、そこでなら一晩過ごすぐらいは問題無いであろう。

「ん……。とりあえず小屋の中の様子を見て、後は暖を取る為の薪を集めて来ようか」

「ダクネス、大変です。アクアの姿が見えません。恐らく、カズマの話を聞いていなくて、一緒に入って行ったのではないでしょうか」

 いざ行動しようと言う段になり、青髪女神の不在に気が付く一行。だが、今更あの自称女神の奇行に慌ててもしょうがないと言うのが、メンバー内の共通認識であった。

「まあカズマが追い返して、すぐに戻ってくるだろう。私は薪を集めて来るから、めぐみんとローは小屋の方を頼む」

「それもそうですね。わかりました、軽く掃除でもしておきましょう」

 いつも通りの固い信頼関係で青髪女神の放置が可決され、決めてしまえば後は各々行動をし始める。

 まだ雪の残る林の中へ消えて行く女騎士を見送り、小屋の扉を開ける魔法使いの少女の背中を見ながら、召喚士は狼の背中の上で新たな召喚術を唱え始める。

「レベル一、二重召喚。ヘーちゃん出番だよー」

 いつも通りのやる気のない呼び出しで、地面に描かれた魔法陣から三番目の召喚獣が現れた。

 それは一言で言えば、メイド服を着た幼女。赤と青の二色をしたオッドアイを持ち、召喚主と似た艶のある黒髪を今は頭の後ろで馬の尻尾の様に括っている。何とも言えない微妙にやる気のない表情で、背中に掃除道具の入った籠を背負っていた。

「なっ!? 左右で瞳の色が違うなんて、すごくカッコイイ……。名前はヘーちゃんと言うのですか、その響きも紅魔族的にポイント高いですよ!」

 魔法使いの少女は例によって高評価である。紅魔族はオッドアイとか眼帯とか、無意味に巻いた包帯とかが大好きなのだ。

 そんな高評価のメイド幼女は、開けられた扉から率先して小屋の中へ入って行く。小屋の中には簡素な机と椅子が四つ程有るだけで、ベッド等は備え付けられてはいない。本当に最低限の避難施設として作られたのだろう。

 物が無いなら掃除が捗ると言う事で、メイド幼女はサクサクとハタキを取り出し掃除を開始した。

「前にアクアが、ローは綺麗好きで馬小屋の清掃をしてくれていると言っていましたが、こう言う事だったのですね。あの子は掃除用の召喚獣なのですか?」

「綺麗好きなのは本当だよ。ヘーちゃんにはお手伝いをしてもらっているだけさ。もちろん、あの子はあの子で、ちゃんと戦えるよ」

 ログハウスの窓を開け放ちながら、少女の質問に答える召喚士。そして、通りがかりのメイドの背中から箒を抜き取って、自らも床の掃き掃除を始める。綺麗好きと言うのは間違いではない様だ。

 魔法使いの少女もまた、部屋を見回して暖炉を見つけ、使えるかどうかその中を覗き込んでいた。

「外見とは裏腹に立派な暖炉がありますね。枯れたダンジョンの避難所なので、ろくな設備も無いかと思いましたが、これで凍える心配はなさそうです」

 自分から進んで煤汚れに塗れて行く魔法使いの少女は、実はこのパーティ内で一番サバイバル力が高い。下手なモンスターよりも生存能力に優れているのではないだろうか。

「煙突も詰まってはいないようですし、後はダクネスが薪を拾ってきてくれれば暖まれますよ」

 そんな事を言いながら這い出してきた少女は、所々が煤けて汚れてしまっていた。そんな少女にメイド幼女が近寄って、容赦無くハタキで煤を払っていく。干された布団の様な扱いに、さしもの少女も悲鳴を上げる。

「うわっぷ。ちょっ、ちょっと。やめっ、やめろー!」

 そんな事をしながら掃除を進めていると、扉を開けて丸太を抱えた女騎士が入ってきた。薪を取りに行った筈なのになぜ丸太なのか。そんな視線が女騎士へと突き刺さる。

「ん……。すまないな、掃除をしてくれていたのか。ってなんだその目は!? べ、別に生木を切り倒してきたわけではないからな! 手頃な薪が見当たらなかったから、倒木を丸ごと持って来ただけだぞ!」

 最近分かってきた事なのだが、このどうしようもないドMでも自らの失敗や勘違いから来る羞恥心には弱いと言う一面がある。今も丸太を持って来たのを見咎められて慌てて言い繕っているが、頬が羞恥で赤く染まっているのが良く分かった。恐らく以前に生木を集めてしまった事があるのだろう。指摘しても居ないのに、自分から過去の恥を曝け出している。

「ダクネス、寒い中お疲れ様でした。掃除している時に薪割り用の手斧は見つけておいたので、申し訳ないですがもう一働きお願いします」

「ん……。そ、そうだな。薪割りぐらいなら、不器用な私でも何とかなるはずだ。任せてもらおう」

 ともあれ、冬の季節の山裾で暖房無しと言うのはいささか辛い。三人とメイド一人は、やいのやいのと喧しくしながら暖を取る為の準備を進めて行った。

 

 

 小さな部屋の中にぱちぱちと薪の爆ぜる音が響く。慌ただしく清掃や暖炉の準備に追われていた三人は、今は備え付けのテーブルに着いて寛いでいた。

「ふう……、ようやく人心地つけましたね。火起こしも簡単に出来ましたし」

「うむ。ローの召喚した娘が初級魔法を使えて助かったな。へーと言ったか、ありがとうな」

 女騎士に声を掛けられたメイド幼女は無表情のまま、今は暖炉の中の火を分けて三脚を立て小鍋でお湯を沸かしている。言葉自体は聞こえているのだろうが、ちらりと一瞥しただけで返事はしない。まるで仕事中に話しかけるなと言わんばかりである。

「む、無口な娘なんだな……」

 小さな子供に無視されるのが堪えたのか、女騎士は若干涙目になっていた。これが最弱職の少年辺りにされたのであれば、放置プレイだと言って喜んでいただろうに。

 そうこうしている間にメイド幼女は沸いた湯を、茶葉の入ったポットに移してテーブルの上に乗せる。それを人数分のカップに注げば、茶葉の香りが白い湯気と共に部屋へと広がって行く。

 三人がいただきますと言ってから茶を啜り始めると、メイドはまた暖炉に向かい少なくなった湯の残りに指先を向けた。そして、その指先に明かりが灯るとトポトポと鍋の中に水が注がれて行く。先の会話にも出た、初級魔法のクリエイトウォーターである。

「しかし、本当に初級魔法と言うのは便利だな。カズマも器用に使いこなしていたが、他の魔法使いはなぜあまり習得しないんだろうな?」

「スキルポイントが有限だからですよ。基本的に才能のある人間ほどスキルポイントには余裕が出る物ですが、それでもなるべく節約して欲しいスキルにつぎ込むのが一般的です」

 魔法使いの少女の生まれ故郷でも、持って生まれた魔法の才能を活かす為に、普通は皆上級魔法から獲得する物である。彼女らの様な紅魔族は、上級魔法を覚えてからようやく一人前となるのだ。

 才能あふれる紅魔族でさえポイントは節約するのだから、一般的な魔法使いは更にそれが顕著であろう。

「この娘を見ていると改めて思いますが、ローの使う召喚術は何だか普通の物とは違う様に感じますね」

「そうだね、僕の扱う召喚のスキルは、僕に縁のある物しか呼びだす事が出来ないからね」

「ん……? では、あの狼のフーと大蛇のヨーとは何かの縁があって呼びだせているのか?」

「もちろん、ヘーちゃんもね。ふふ、どんな縁だと思うかな?」

 さらりと言ってのけたが、質問をされると質問を返すと言う、何時ものごまかしを繰り出して来る。二人がじーっと非難の視線を向けるが、言われる方はニコニコしているばかりだ。

 そんな召喚士の頬を、両側からぐにーっと女騎士と少女の二人が引っ張った。これには流石に召喚士も慌てるが、その顔を見れた二人はご満悦である。

「それにしても、カズマは突飛な事を思いつきますね。たった一人でダンジョンに挑んで、戦闘を全て回避してお宝だけ奪って来るなんて……。とても冒険者がする発想とは思えません」

「うむ……、敵と切り結ばずに利益だけを出そうとする。あの発想は商人に近い物だな。本人は冒険者をやりたがっているが、やはりあの幸運は商売人に向いているのだろうな」

 制裁を終えた二人の話題は、今度はここには居ない最弱職の少年の物になる。案外、追及されたくない話題だったのかと、召喚士に気を使ってくれたのかも知れない。

「そもそもカズマは一般常識から、どこかズレがある様に見えます。出身は遠い異国のニホンと言っていましたが、ダクネスは聞いた事はありますか?」

「ん……。ニホンと言う国に心当たりはないが、ニホンジンを名乗る人物になら心当たりはあるな。黒髪で黒い瞳をし、特徴的な名前を持っている冒険者がたまに現れるのだ。そして、ニホンジンはその殆どが王都で活躍できる様な優秀な能力を有している」

「それなら私も聞いた事があります。最前戦で『チート』と言う物を使って大暴れして、魔王軍を撃退しているそうですね。私の故郷にもそんなのを扱った絵本がありました。おそらく、魔王を倒しうる最有力の戦力ですね」

 でも……――と、二人の口調が揃った。言わんとする事が分かる召喚士もククッと喉の奥で笑う。

「カズマは全然そんな風に見えないけどな。魔王を倒すのが目的と言っていたが、活躍している所が想像できん」

「ええ、まったく見えませんね。王都どころか、アクセルの街から出る事も出来なさそうです」

「……二人とも、カズマの事まったく評価してないんだね」

 普段セクハラやいやらしい視線に晒されいるせいか、二人からの少年への評価は中々に辛辣だ。そんな女騎士と魔法使いの少女に対して、召喚士はにんまりした笑みで分かり切った事を言う。

「そ、そんな事は無いぞ? カズマは作戦指揮に掛けては優秀な所がある。性格も私好みな鬼畜だしな。時折向けて来るねっとりした視線は中々の――ごほん……」

「まあ、ダクネスのアレは置いといて……。カズマは初級魔法の応用や、突飛に見える独創的なアイデアには驚かされますね。それに、なんだかんだ面倒見が良い人ですから、そういう点では評価できます」

「めぐみん、アレとか言わないでくれ。流石に傷つくぞ……。まあ、カズマの良さはこんな私達を結局は受け入れてくれる、そんな優しい所にあると言うのは同意だな」

 そう、この二人がいまさらあの二人を嫌う訳もない。反応が分かり切った言葉であった。予想通りのフォローに、くっくっくっと召喚士が楽しげに笑う。

 笑われる事が面白くない魔法使いの少女は、口を引き結びながら唸ってから、今度は逆に攻勢に出始めた。

「ローの方こそ、カズマの事をどう思っているのか聞かせてもらいたい物ですね」

「そうだな、私達ばかりが笑われるのも不公平と言う物だ」

 一転してニヤニヤしながら言って来る二人に、召喚士は一瞬きょとんとした表情になる。それから少しだけ思案する様にうーんと唸ってから、ずずずっと入れられたお茶を啜って焦らしを入れた。答えを待つ二人も間を持たせる為に、それに合わせて手元のカップに口を付ける。

 そして、二人がお茶を口に含むと同時に召喚士の答えが飛び出した。

「そうだね、彼の子供を孕んで見るのも面白そうだ」

「「ぶふぅっ!!」」

 女騎士と魔法使いの少女の口から、ものの見事にお茶が噴出される。それを見て、暖炉の傍に居たメイド幼女が眉根を寄せた。自分の淹れたお茶で、自分の掃除した場所を汚されれば嫌な顔の一つもするだろう。

 だが生憎と、吹き出した二人はそれどころでは無い。ごほごほと激しく咽て、顔を真っ赤にしながら涙目になっている。

 そして召喚士はそんな二人を眺めながら、更に楽し気に語り続けた。

「能力的には期待はできないかもしれないけど、きっと彼に似て口先の上手い子になるだろうな。二人はそういう事は思わないのかい?」

「ごほっ、げほっ! ば、バカな事を言うな! わわわ、私がカズマとその……あにょ……ううぅ……」

「かはっ、はあ……。ロー、あなたはまた、私達の事をからかおうとしてますね?」 

 黙々とテーブルを布巾で拭うメイド幼女を横目に見つつ、素早く立ち直った魔法使いの少女はジトーっとした目で召喚士を睨む。女騎士は耳まで赤くなって慌てていると言うのに。

 召喚士が認める様にクスクスと笑い始めると、少女はため息を吐いて改めてお茶を啜る。

「ふう……。まったく、ローのそのからかい癖は困った物ですね。ですが、今回は良い事も聞けたので許しましょうか」

「そうだな……。ローもやはり、女性であったという事か」

 うんうんと頷き合い、感慨深げに納得している魔法使いの少女と女騎士。召喚士はニコニコと笑っているだけで、否定も肯定もしない。何時もの事と言えばそれまでだが、この召喚士の場合油断ならない事が多いので曲者だ。命が掛かる様な重要な事柄を、聞かれなかったから答えなかったで済ませる様な奴である。

「……なあめぐみん、先程のローの発言だが……」

「言わないでください、ダクネス。女性としての発言なら、全く問題は無いのですから……」

 だが、男としての発言だった場合はどうなのだろうか。深く考えるのが怖くなった二人は、意見を一致させてその事を頭の中から追いやった。

 しばし、気まずい沈黙。ずずずずっと茶をすする音だけが室内に響く。

「……ホモが嫌いな女の子なんていません……」

「「!?」」

 今まで一言も喋らなかったメイド幼女が唐突にぽつりと呟き、女騎士と少女の二人を驚愕させた。召喚士はそんな状況が楽しくて仕方が無く、テーブルに突っ伏して笑い転げている。

 そんな事をしている間に、時間は瞬く間に過ぎて行った。

 

 

 最弱職の少年は日が陰り、夕闇が山間に被さる頃になってから帰ってきた。

 ログハウスの外から声を掛けられて、一番に魔法使いの少女が出迎えに外に出る。その後を女騎士が追い、召喚士は仕事を終えたメイド幼女の頭を撫でて送還してから向かう。

 はたして、そこには少年の背後でガン泣きする女神の姿が確認できた。

「なんとなく予感はしてましたが……、一体何があってアクアは泣いているのですか?」

 出迎えた三人の意見を代表して、魔法使いの少女が少年に詰問する。少年は言い辛そうに頬を掻いていたが、代わりに泣き喚きながら少女に縋りついた女神が説明してくれた。

「うあっ、うわああああああ!! ガズマがぁ! ガジュマさんがぁ!!」

 訂正、説明しようとしたが言葉になって居ない。これではまるで、最弱職の少年が青髪女神に狼藉を働いた様にしか見えないのだが、少年は人聞きが悪いとそれを一蹴した。

 その後語られた二人の話を総合すると、少年の後に勝手に着いてきた女神は、その体から溢れる聖なるオーラでアンデッドを呼び寄せ散々苦労を掛けてくれたらしい。他にも、罠には引っかかりそうになるわ、ハンドサインを指芸と勘違いするわ、枚挙にいとまが無い。

 そんな事を暴露されても反省の色を見せない女神に、少年も怒りを爆発させて罵り始めた。

「こいつ全然反省して居やがらねぇ! お前今すぐ戻って、あのリッチーとお嬢様の爪の垢でも探して来い! あの二人の謙虚さをちったぁ見習えよ! この駄女神!」

「女神様にアンデッドを見習えとか言ったあ!? 不敬者! 背信者! ヒキニート!」

 そして取っ組み合いを始める攻略組二人。待機組はそれを温かく見守るばかりだが、ふと女騎士が気が付いたキーワードが有った。

「リッチーとお嬢様……?」

「あ? ああ、その事か……。実はダンジョンの一番奥でな……」

 女騎士の疑問の呟きを耳にして、最弱職の少年は泣き喚く女神を片手で押し止めながら、ダンジョンの奥で起こった事情を説明してくれた。

 ダンジョン最深部で隠し部屋を見つけ、その奥に居たキールと名乗るリッチーに出会った事。そのリッチーが王家から虐げられていた令嬢を連れだして、逃避行の末にこのダンジョンを作り上げた事。そして、既に満足した死を迎えた令嬢の元へ、青髪女神がリッチーを浄化して送り届けた事を、仲間達に話聞かせてくれた。

 遠い昔に在ったお伽噺の続き。誰もが詳細を忘れてしまった物語の結末を、少年達は知る事が出来たのだった。

「私は彼女を幸せに出来たのだろうか、なんて言ってたけど、実際お嬢様はどう思っていたんだろうな」

 贅沢を知っている貴族の令嬢を荒事の世界に引きずり込み、厳しい逃亡生活を強いてしまった事をリッチーは後悔して居のだろう。しかし、話によればその令嬢はリッチーのプロポーズを喜んで受け、その死後も未練も無く成仏したと青髪女神が太鼓判を押している。リッチーの後悔と心配は、全くの杞憂であろう。

 そして、その話を聞いた女騎士が、少し寂しげな笑みを浮かべながら断言する。

「幸せだったに決まっているさ。そのお嬢様は、逃亡生活の間が人生で一番、幸せだったに違いない」

 まるで、令嬢と自身の境遇を重ねている様な、理解者特有の力強い肯定の言葉であった。

 

 


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