ネギ&千雨アフター   作:◯岳◯

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7年も裏の世界で情報戦やって、38巻の最終話で死んだ目をしていた
千雨=サンのご活躍をご期待下さい。


2話:beautiful glider

「女三人寄れば姦しいとは言うけど、な」

 

千雨は眼前の光景を見ながらため息をついた。麻帆良内にある、魔法世界出身者が最近に建設した店の、その中でも見晴らしが一等美しい部屋を見回しながら。そして、約40名が笑顔で笑いあっている姿を。

 

どこを見ても知り合いばかり。主には3-Aのメンバーで、久しぶりの再会が喜ばしいのだろう、笑顔を交換しあっていた。奥には赤き翼の主要メンバーと、彼らを身内に持つ主役が笑顔で―――喜びの気持ちが極まったのだろう目尻に涙を浮かべながら―――大きな声で笑いあっている。

 

千雨はそのテーブルの中で注目すべき3人が座っている位置を確認した後、自分が来たことに気づいた、最近の飲み仲間に手をあげた。

 

「おっす、柿崎」

 

「あ、長谷川! 遅いって、もう始まっちゃってるよ?」

 

「悪いな。飲み物の手配にちっと手間取っちまった」

 

千雨は魔法世界から仕入れた酒が届いたことを出席者に伝え、浴びるほどの量があるぞ、と伝えた。途端、その銘柄のレア度を知っていた何人かが目を見開いた。

 

「それ、口利き無かったら入手不可能って言われてるやつじゃん! ヘラスの上位貴族でも無理だって聞いたのに」

 

どうやったの、と驚く鳴滝姉妹―――今は魔法世界のとある国の王子に嫁ぎ、一児の母にまでなった、かつてのちびっこな面影が悪戯好きそうな笑顔のみとなった―――に対し、千雨はありのままを答えた。

 

「誠意ある笑顔を差し出したんだよ。あとは領収書を切っただけだ」

 

そして、実際に自らが赴いて顔見せて誠心誠意頼んだとは当たり前のことだから改めて言わずに。

 

「あー、ははは……千雨ちゃん? なんかおじいちゃんの泣き声が聞こえるような気がするんやけど」

 

「大丈夫だ、誠意ある笑顔で訴えた。あっちもイイ具合に笑ってオッケーしてくれたぜ、流石は麻帆良学園の長だな」

 

「そうなんか、おじいちゃん太っ腹やなあ」

 

このかの笑顔に千雨も笑顔で答えた。一部、学園長と千雨の力関係というか裏事情を知っていた葉加瀬聡美などはたらりと額から汗を流していたが。

 

「で、ちうっちはネギ先生の所に行かないの?」

 

「おっ! いざ、お父上に挨拶って訳だね。援護なら任せてよ千雨ちゃん!」

 

「わ、私も頑張ります!」

 

「ちょっ!? ばっ、やめろってお前ら!」

 

千雨は慌てながら朝倉和美、美沙、相坂さよのありがた迷惑を拒否しようとした。だが既に囲まれており、後方という退路は和美と美沙の手で塞がれていた。

 

その騒ぎに気づいたネギが、あっ、という顔で千雨の方を見た。

 

「千雨さん、その、こんな日まで……ありがとうございます」

 

「ああ、って違う。こんな日だろ、私の方はいいからあっち行ってろって」

 

千雨は奥からこちらまで駆けつけてきそうだったネギに対して、そこで大好きな親父さんと話をしていろ、とジェスチャーも交えて押しとどめた。

 

「それに酔っ払った神楽坂を止められんのはお前だけだしな」

 

「ちょっ!? こっ、ここでそれ言うの千雨ちゃん!?」

 

「あー、あははは………」

 

昨年に起きた“事情”を知っているネギが、誤魔化すように笑った。ナギがまだ病院で眠っていた時期のことだ。不安になっていた明日菜を励まそうと、元3-Aの明日菜と親しい面子が麻帆良に集まり、飲み会をした時のことだ。

 

―――大惨事になった。具体的には、ナギの見舞いに来ていたネギが居なかったらどうなっていたことか、というレベルの。

 

ラカンが興味を持って詳細を尋ね始め、明日菜は真っ赤な顔で言い訳を始めた。だがナギや高畑、その時は居なかった木乃香と刹那もその話題に乗っかり―――過去の彼女を知っている高畑などは生暖かい視線になっていたが―――奥のテーブル席は混沌と化していった。

 

「ふうん……策士だ。ねえ、ちうちゃん?」

 

「ちう言うな、朝倉。いいんだよこれで」

 

「えー、そこで退いちゃうの? 待ちに待った本丸が見えてるんだからさー、ズバっと行くべきでしょ」

 

「何がだよ柿崎。……あえて言うのなら、戦略的撤退とでも思っててくれ」

 

「つまりは、結納の品を用意してからですね!」

 

「さよ、頼むからその純粋な目はやめてくれ、なんつーか、胸と肩と膝に来る」

 

それと、年々苦労を重ねるにつれて色々と痛む所が。千雨が疲れた顔をしている一方で、向こうに居た明日菜が真っ赤な顔をしながらナギやラカン達にからかわれていた。

 

「――これで良し」

 

「いやどう考えても良くないでしょ。悪魔かあんたは」

 

ココネを連れて参加していた美空がズビシと手でツッこんだ。千雨はそれをあまんじて受けながら、肯定も否定もしなかった。

 

「いやあっちの方が悪魔だって。クッソ忙しい時にあの騒動はマジでシャレになってなかったからな……お前も被害者だっただろうが、春日」

 

「うん、だから止めなかったんだけどね!」

 

「えーと……聞くのが怖いけど、一体何があったの?」

 

恐る恐ると尋ねたのは、美空の隣に居た釘宮円だ。そして美空があらましと被害者を伝えると、そういう事かと叫んだ。

 

「じゃあ、あの日の夜空を切り裂くように飛んでいた黒髪の犬耳は……!」

 

「神楽坂のハリセンで豪快にかっ飛ばされたコタローだな」

 

「そ、そうなんだ……良かった。あまりの○○○さが暴走して、幻覚見た訳じゃないんだ」

 

ほっとした円が呟いた言葉に、千雨と美空はつっこまなかった。そして興味を持ったのかココネが「○○○さというのはどういう意味なのか」と美空に尋ねはじめた場からそそくさと距離を取った。

 

そこで、千雨は料理を運んできた五月と目があった。クラスメイトがその皿を受け取り、複数あるテーブルに料理が運ばれていく。それを見送った後、千雨はこんな日にまで悪いな、と申し訳がなさそうな顔で五月に告げた。

 

だが、五月は笑顔で首を横に振った。逆に“こういう形で参加できて嬉しいです”と3-Aの面々とネギ達―――特にエヴァンジェリンの方を―――眺めながら答え、千雨は苦笑しながら礼を告げた。

 

「―――ふむ、気配りが上手くなったな長谷川。コミュ障だった昔が嘘のようだ」

 

「うるせーよ銭の亡者宮」

 

「そんな名前を持った覚えはないんだがね……でも、新装備には金がかかるんだ。仕方がないだろう、ケチなクライアント殿」

 

「貴重な情報をせしめた上で言うセリフじゃねーだろ、年齢詐称1号宮」

 

クライアントと、契約条件と賃金に厳しい傭兵は言葉で殴り合う。そこに、横から未来人が仲介を買って出た。

 

「まあまあ、そこまでにしておくヨ。千雨さんが見違えるようになった、というのは間違いないのだかラ」

 

「超? お前まで言うのかよ……って、何だよその意味深な目は」

 

「いやいや。でも、色々と厳しい、という点では変わっていないと思うがネ」

 

超鈴音は含みのある笑顔で、出そうとした言葉を呑み込んだ。

 

―――私は私の現実で今も戦っているよ、と。

 

「ところで、古菲が千雨サンに聞きたいことがあるそうネ」

 

千雨はなんで私にと訝しむも、古菲の話を要約した超の話を聞いて納得し。

 

「要は将来的に麻帆良内に道場を持ちたいが、何かやってはいけない事はないかって話か……」

 

「チサメならそういうのに詳しいって、ユエから聞いたアル!」

 

「……確かに、あいつに探偵事務所用の不動産を紹介したのは私だが」

 

「おお、頼りになるネ。流石はエヴァンジェリンさんと並ぶ“麻帆良の引きこもり”ヨ」

 

「超、お前なんか私だけに厳しくなってねえか?」

 

だが、その異名を千雨は否定できなかった。元3-Aの面々と昔より親しくなった原因の一つでもあった。なんだかんだと麻帆良の街に戻ってくる機会が多い3-Aにとって千雨は、“いつでもあの街に居る”存在なのだ。

 

そして、“長谷川は頼れば何だかんだと相談に乗ってくれるし助けてくれるやつ”という事が口コミで広まってからは、相談を受ける機会が増えていった。

 

切っ掛けは、犬上小太郎が“武者修行や!”と言い残して魔法世界に失踪した時の事。追いかける事を決意して魔法世界に飛び込もうとする夏美に対し、闇雲になったら駄目だと諭したのだ。チート級のアーティファクトである孤独な黒子(アディウトル・ソリタリウス))で物理的な危機は凌げても、バックアップが無いと厳しい。そう思っていた千雨は、当時から異世界の交流を進めていたあやかと千鶴の二人に事情を話し、協力を要請した。

 

首に縄をつけた小太郎を引きずりながらこちらに戻ってきて、ありがとうと笑顔で告げる夏美の姿を見た千雨は、非常に複雑な気持ちになったのだが。

 

(いや、思考が横に逸れたな………しかし、道場か。治安維持の面でも、役に立つな)

 

麻帆良はこれからもっと多くの人間が集まる場所になるだろう。年を経るごとに規模が大きくなっていく格闘大会も、その一つだ。

 

道場とは、地元。地元の人間が格闘大会に憧れ、道場に入り、強くなる。そして地元の人間であれば、麻帆良の治安の悪化を良しとはしないだろう。つまりは、将来的に人員不足が懸念される治安維持の人員を全てではないが、確保できるのだ。

 

同じ理由で、千雨は地球に戻ってきた綾瀬夕映に探偵業を薦めた。

 

麻帆良は人死にまでいかない小規模な事件を解決する“手”が確保できる。夕映は食うに困らない職が確保できるし、地球での実績を積むことができる。

 

本人には知らせていないが、千雨はISSDAに夕映を推薦する予定を持っている。地球というだけではない、軌道エレベーターのお膝元である都市内で実績を積むことで魔法世界での実績を認めたがらない一部の派閥の人間を黙らせる。その上で、職歴や学位によらない民間の実力者として推薦する段取りを組んでいた。

 

(……本人に了承もなく、な。狸爺の案とはいえ、私も汚くなったもんだ)

 

千雨は自嘲しながらも思考を元に戻し、古菲に向き直って頷いた。

 

「分かった……でも、この場じゃあなんだしな。後で資料送るよ」

 

「おお! ありがとうアル!」

 

「良かったネ、クー。目は怖くなったけど、優しいのは変わってない千雨さんで」

 

「お前、やっぱり私に厳しくねえか?」

 

癒やしが欲しい、と千雨はあたりを見回した。だが、腹黒未来人と感謝の証であろうキラキラした目が胸に痛い中国娘と、銭ゲバ傭兵。そして、最近になって変態眼鏡提督と交流する機会が特に増えたらしい葉加瀬聡美だけしかいなかった。

 

どんどん、千雨の目が更に死んでいく。そこに、ささっと現れた者が居た。

 

「まあまあ、二人とも。喧嘩をしていては五月殿の料理が冷めるでござるよ」

 

「―――いたぜ、癒やし枠」

 

千雨はガッツポーズをしながら言った。流石は忍者だ、忍者きた、忍者はやい、これでかつる。

 

対する楓は、苦笑のまま頬をかいていた。

 

「おい……楓と私に対して差がありすぎると思うんだが。銭だのなんだの、先程の嫌味は言わないのかな?」

 

「ばっかおまえ長瀬楓=サンだぞ。忍者だぞ。美女だぞ、くノ一だぞ」

 

具体的には千雨の無茶振りにも笑顔で応えてくれる。少ない依頼料でもクラスメートの危機にあればカカッと参上をリアルにやってくれる、千雨にとっての女神とも言えた。

 

「いやー照れるでござるな」

 

「見ろよ、こんなに謙虚なんだぞ。すごいなー、あこがれちゃうなー」

 

少し壊れた千雨を見て、周囲に居た面々が顔を引きつらせた。葉加瀬は元からその理由をしっていて、真名と楓は仕事柄、超は葉加瀬から聞かされていたからだった。

 

そこに茶々丸が現れ、千雨の頭を斜め42度の角度で殴った。

 

「―――はっ!?」

 

「直りましたか、千雨さん」

 

「その、茶々丸………? なんだか漢字が違うような」

 

「いつもの事ですので」

 

それだけを告げて、茶々丸は元居た位置に―――ネギの後ろに戻っていった。正気に戻った千雨は頭を擦りながら、悪いとだけ謝った、が。

 

「―――また無理をしていますの、千雨さん」

 

「だ、大丈夫だって。問題ないさ委員長」

 

「あなたの大丈夫は当てになりません! 全く、いつもいつもあなたは……!」

 

千雨は一歩下がりながら答えるも、雪広あやかは追撃の手を緩めなかった。その様子を横から見ていた千鶴が、あらあらと言いながら千雨に謝った。

 

「ごめんなさいね。悪気があってのことじゃないの、去年のことがあるから……昨日も、千雨さんは大丈夫かしら、ってあやかはいつも心配してたのよ」

 

「ち、千鶴!」

 

「あー………その、なんだ。ありがとうな、いいんちょ」

 

「……ならば、二度と繰り返さないで下さい。肝が冷えるどころの騒ぎではなかったのですから」

 

ジト目で睨むあやかに、千雨は全面的に降伏した。横で見ていた夏美も深く頷き、千鶴は微笑み、コタローは首を傾げた。

 

「んー、千雨ねーちゃんになんぞあったんか? フェイト、お前は知ってるみたいやけど」

 

「ふん……体調管理も出来ないバカが一人居た、ってだけだよコタロー君」

 

フェイトは酒を飲みながら、何でもないように真相を話した―――あまりの激務に倒れ、一時は心臓が止まっていた千雨のことを。

 

「エヴァンジェリンから緊急の連絡があるというのだから、何があったのかと思ったよ。ネギ君の相談役を自負するなら、そのあたりも注意して―――」

 

「ちょっと待ってくれないかな、フェイト―――千雨さんがなんだって?」

 

圧力を感じさせる冷えた声と、物理的な握力がフェイトの肩に襲いかかった。千雨はフェイトにしていた待てそこで止まれというジェスチャーを止めて、隠れる場所を探したが、遅かった。

 

事情を説明されたネギが、雷のような速度で千雨の前に立ったからだ。

 

「――千雨さん? 僕は少し風邪が悪化しただけだ、としか聞かされていないんですが」

 

「あー……いや、その、なんだ。風邪は風邪なんだけどちょっと悪化してだな」

 

千雨は誤魔化そうとしたが、ネギは笑顔で更に一歩踏み込んだ。

 

3-Aの面々は、珍しくも―――というよりは、初めて見る者の方が多い―――怒りを顕にした様子を見て、ごくりと息を呑みながら野次馬根性を全開にしていた。

 

「あれだよ、なんだ。医者が大げさだっただけだ。現にこうしてピンピンしてる訳だし……気にすることじゃないだろ?」

 

千雨は倒れた現場に居て、状態を最も知っているエヴァンジェリンにアイコンタクトで「後で埋め合わせはする」と告げた。

 

だが、エヴァンジェリンは不敵に笑いながらあっさりと裏切った。

 

「大げさじゃないぞ、ボーヤ。心肺停止で、私が全力で病院に運び込まなければ、どうなっていたことやら」

 

「……千雨、さん」

 

「やめろ、そんな……泣きそうな顔すんなって」

 

その顔は卑怯だろ、と千雨は内心で毒づきながら、視線を逸した。だが、そこにあったのは更なる追撃だった。さよにのどか、明日菜に木乃香にまき絵、アキラや亜子、夏美といった純粋に千雨を心配していると一目で分かる、悲しそうな顔だ。

 

それを見た千雨は、ぐっ、と呻いた後に項垂れるようにして頭を下げて謝った。

 

「悪い……でも、お前も親父さんのことで大変だったしな。心配をかけたくなかった」

 

「……千雨さんはいつも卑怯です。そうやって、心配したいのにさせてくれない所とか」

 

「お前だけには言われたくねーよ」

 

千雨がツッコミを入れるも、周囲の面々は腕を組みながら甲乙付けがたいと悩んでいた。どっちもどっちだ、という意味で。

 

「まあ、さっきも言ったけど大丈夫だ。これから先は気をつけるし、二度としない………だからな、先生。笑えって、祝の席だろ?」

 

「はい、でも………その、もう二度と無茶をしないって、約束してくれますか?」

 

不安そうな顔で、ネギが言う。直視した千雨は胸の奥に鋭い痛みを覚えたが、笑いながら、誤魔化すように答えた。

 

「約束、するさ。私だって………好きで無理してる訳じゃねえし」

 

「……分かりました」

 

ネギはホッとした顔で引き下がった。だが、ネギの背後に居た者たちは引き下がらなかった。怒るのではなく、からかうという意味で。

 

「おいおいジャック。真面目っぽいネギがあのお嬢ちゃんに対しては妙に気安いみたいなんだが、どういう関係なんだよ」

 

「一言で言えば、ボーズの初めてを奪った相手だな」

 

内緒話のような声だが、聞こえた者たちが一斉に「はあ!?」と大声を上げた。

 

「おー、やることはやってんだな………少しショックなんだが―――で、ネギは何時大人になったんだ?」

 

「11歳だな。最後に、こう、千雨お嬢ちゃんがドスっといこうとした所をボーズがどうにか止めたんだが」

 

「……何か、表現が逆になってねーか?」

 

首を傾げるナギに、ニヤニヤと笑うラカン。一方少し離れた場所では、早乙女ハルナが「これは売れる!」と鼻息荒くなりながらメモ帳にペンを走らせようとしていたが、夕映とのどかの見事な連携攻撃で阻止された。

 

「ラブコメの中心………やっぱり、リア充? ポヨ」

 

「違うって言ってんだろ、あと無理に姉ちゃんの語尾の真似すんな」

 

千雨はザジの指摘にツッコミを入れて否定するも、加速した場は止まらなかった。やがて闇の魔法を選んだ時のことだと説明されたり、一世一代の告白を持っていったという意味であったり、振られたことも初めてと言えば初めてだな、とラカンやエヴァンジェリンが横槍を入れたりして、更に会場の中は加熱し、膨張していった。

 

急に場の中心に立たされた千雨は、顔を真っ赤にして緊張しながらも、八面六臂の活躍を見せた―――主に、暴走し始めた元クラスメートに対して。

 

「ちょっ、落ち着けって―――メモすんな、なに書く気だ朝倉! トトカルチョ始めんな、何を賭けようってんだよ椎名! 明石は真っ赤な顔で親父さんに連絡してんな! 面白いから許すじゃねーよ春日、さっき見捨てた仕返しか!?」

 

迅速な状況判断に的確なツッコミ。それを見た刹那が見事だと頷き、祐奈が満足そうに頷いた。

 

そして千雨をよく知らない赤き翼の者たちは苦笑しながらも、千雨の方を見た。

 

「災難ですね……しかし、よく人の事が見えている」

 

義父が補佐役としても有能だと言った意味が分かった、と詠春は内心だけで呟いた。

 

「パソコンが得意、とだけしか分からなかったですよ僕は。教師としての力不足を、今になって痛感させられます」

 

教師としては中途半端だった、と高畑は頭をかきながら3-Aの面々を、かつての教え子達を見た。

 

喧騒の中心から離れ、高畑の言葉を聞いていたナギは笑顔でその肩を叩いた。

 

「でも良い子たちじゃねーかよ、タカミチ」

 

「ええ―――そう思う気持ちだけは、ナギさんにも負けませんよ」

 

「……言うようになったじゃねーか。でもまあ、そうだな」

 

ナギは笑いながら、ネギとその教え子達を見ながら呟いた。

 

「本当にネギは良い仲間を持ったんだな……クラスメートとしても鼻が高いか、エヴァ」

 

「……色々と言いたいことはあるが、ここは頷いてやろう。確かに、他にはいないバカ者どもだ」

 

不遜に告げるエヴァの言葉を聞いたナギは、褒め言葉だと受け取り、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふいー、食った食った。いやーマジで美味かったな……大した腕だぜ、サツキって嬢ちゃんは」

 

腹が破裂しそうだぜとナギが笑い、ネギが嬉しそうに頷く。二人は麻帆良の夜の中を優しい街灯に照らされながら、並んで歩いていた。

 

「しっかし、ラカンの奴も相変わらずだな。まだ飲んで食うってか」

 

師匠(マスター)も呆れてましたね……」

 

私は残ると不機嫌そうな顔で言っていたエヴァンジェリン。気を利かせてくれたのか、どうだったのか。ネギは明日が怖いと呟きながら、後ろに振り返った。まだ騒いでいるのだろう、灯りが消えていない店が見える。

 

嘘みたいだと、ネギが笑う。

 

「でも、無理だけはしないで下さいね。父さんは2年も寝込んでたんだから」

 

「お前の方こそな。そっちの……チサメ嬢ちゃんだったか。彼女の言葉じゃねえが、命は大事にしろよ。なにせ一つしかねーんだから」

 

ナギの優しい声に、ネギは喜びのあまり泣きそうになりながらも素直に頷いた。まだ終わっていない事の方が多いと、自分でも分かっていたからだ。

 

「でも言葉だけじゃ止まりませんよ、こいつは。大好きなパパの言葉なら分かりませんが」

 

「ちょっ、千雨さん?!」

 

「反論できねーだろ。もう私には腕尽くって手以外には思いつかね―ぞ」

 

非力の極みである自分には無理だが。千雨の言葉を聞いたナギは、後ろに居る千雨に振り返りながら尋ねた。

 

「無理無茶無謀って感じか? アイツにそっくりだな」

 

「私としては、いい加減緩急というか、力の抜き所を覚えて欲しいんですが」

 

千雨の言葉に、ネギは黙り込んだ。火星に緑を呼ぶ計画に、対ヨルダの決戦。いずれもやる事は山積みで、普通の人間ならば100回は死ぬだろう激務をこなして初めて成功するだろう、という試算が出されていて、それを越えるために厳しい道を歩いてきた自覚は、ネギの中にもあったからだ。

 

「でも……僕はこれからも止まるつもりはありません。一生の仕事と思って、やり遂げるつもりですから」

 

「そうか……辛いぞ、その道は」

 

「はい」

 

ネギは迷わずに頷き、答えた。

 

「ですが、辞める理由にはならない。僕が辛い思いをすることで、魔法世界の人を、地球の人々の不幸を減らせるのなら――」

 

胸を張って、真っ直ぐに。迷いなく答えたネギの姿を見て、ナギはへへっと笑った。

 

「確かに……お前はアイツの、アリカの息子だよ。俺が保証する。誰よりもな」

 

「はい。そして、父さんの息子でもあります」

 

「当たり前だろ。俺の息子にしちゃあ、良い子ちゃんすぎるとは思うが」

 

「ははは……あ、でもラカンさんからは無茶をやる所とかそっくりだと言われました」

 

「あの野郎……だけどネギ、違うぞ。無茶の方がこっちにやってくるんだ。なら仕方ないだろ?」

 

「それは、分かります。無茶というか無理難題というか」

 

親子はそれからも語り合い、頷き合った。千雨はその様子を見て、泣きそうになっていた。当時5歳の少年が血みどろの道を歩み続け、ついに13年をかけて夢を叶えた光景だったから。

 

そして、羨ましいという気持ちを抑えきれなかったから。

 

「っと、なんだ嬢ちゃん。具合悪そうだけど、仕事の疲れとか残ってんのか?」

 

「あ、いや……少し、飲み過ぎまして」

 

「そうか……ネギの言葉じゃねえけど、気をつけろよ」

 

「はい」

 

千雨は素直に頷いた。

 

「ネギもな。俺に言えるこっちゃねーが……残される、っていうのは辛いからよ」

 

「……はい。師匠(マスター)からも、注意されています」

 

「ぐっ」

 

実際にエヴァンジェリンから色々とぐちぐちと愚痴を突き刺されたナギは、二の句を継げなくなった。誤魔化すように、笑う。

 

「でも……こうして歩いてると実感できるけど」

 

色々と終わったよな、とナギが言う。ネギは喜んで、頷いた。

 

父を助けられたことだけではなかった。同窓会で、かつて自分が勝手に放り出したに等しい教え子達が幸せそうにしていることや、こうして慕ってくれている事も。

 

魔法世界の存亡を考えると、胸のつかえがゼロになった訳ではない。だが、大きなことを果たせたのだという実感と、幸福感が満たされたことにより、気が抜けた部分があるのは確かだった。

 

「……気を張っていないと、疲れを自覚するというのも変ですけど」

 

「俺もだな。やっぱ、完全回復にはもう少しかかるか」

 

ナギはそう告げながら、隣に居るネギから一歩を離れた。

 

自然に、後ろに、一歩だけ。

 

 

―――直後、地面に亀裂が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜半を過ぎた、その時。月の夜の下、奇襲に必要な条件は全て満たされていた。ヨルダ=バオトは最善を尽くす事を忘れていなかった。人間の力を舐めたことはなかった。愚かではあるが、前に進もうとするその意志を侮ったことはなかった。

 

だから、ネギ・スプリングフィールドが小惑星アガルタにたどり着いた時に、ヨルダは準備を進ませていた。あらゆる者を欺き、何もかもを根底から覆す逆転の一撃を繰り出す下準備を。魂魄の同期さえ外して、絶好の機会を待っていた。

 

『―――お前たちは強い。だが、私は諦める訳にはいかない』

 

究極かつ最高の奇襲とは何か。それは物理的にも意識的にも死角となった場所から、一撃で終わらせる攻撃を放つことだ。

 

例えば、今この時のような。

 

ネギ・スプリングフィールドは天才だ。あるいは、ナギを越える才能を持つ化物かもしれない。だからこそ、ヨルダは真正面から戦うつもりはなかった。

 

対処される前に、全てを終わらせる。手出しができない状況に追い込めば、あとは時間との勝負だ。

 

『私は、全てを救わねばならない』

 

踏み出しは十分。それでも威力ではない、速度を優先してのこの一撃は、致命ではない、植え付けるもの。ネギ・スプリングフィールドの支配にどれだけかかるだろうか。10年か、20年もつかもしれない。それでも、2600年を過ごした自分には短い。

 

『小惑星・アガルタは破壊されたが、ネギ・スプリングフィールドが保有する魔力量とその才能をもってすれば、挽回は可能だ』

 

最後に全てを救えれば―――否、救わなければならないと。我意と想いに突き動かされた妄執は、形となってナギの身体の一時の支配を完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(が、ぁ―――)

 

声が出ない。自覚したナギは、次に身体が勝手に動いていることに気がついた。自分で動かしたつもりのない身体が、動いてしまって。月日と共に慣れてしまったその感覚は、間違いなく自分に巣食っていた造物主によるものだった。

 

いや、待て、何を、と思うよりも早くナギの身体は予備動作を終えていた。

 

ナギが理解できたのは、踏み込みと同時に右腕に“大きな”ものが宿った―――宿ってしまったこと。それが自分の魂から剥がれた、造物主の核であることを長年の付き合いもあって、ナギは本能で理解してしまった。

 

同時に、戦闘者としての自分が瞬時に理解する。

 

ネギは、気づいていない―――間に合わない。

 

時間にして瞬きの間もない、コンマ以下の世界。それでも、とナギは必死に足掻こうとしていた。

 

こんな結末なんぞ認められないという、絶大なる想いがあったからだった。先程まで溢れていた、ネギを包む優しい世界を潰せるものかと。その想いが、繰り出す右手の速度を、コンマの世界にまで引き上げた。

 

だが、安心しきっていたネギは気づかない。背中に居る父の存在に幸せを見出していたネギには、最後まで察知することが出来なかった。

 

千の呪文の男の高速の右手はネギの心臓を貫く軌道を奔り抜けて―――

 

 

「う、あっ?!」

 

 

鮮やかな赤い血と鉄の臭いが、宙空に舞い散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回避不能で完璧な不意打ちだった。伸ばした手、届けば逆転は成っただろう。

 

だが、人間は居た。その裁定に異議を唱える者が。

 

「―――え?」

 

届かない手。紙一重で静止した手。

 

ネギが乗っ取られるという最悪を防ぐための布石を打っていた者―――長谷川千雨は、輝くカードを片手に淡々と謳った。

 

「広漠の無 それは零 大いなる霊 それは壱」

 

死角からの攻撃。不意打ちの極みであったため、流石のネギも混乱していたが、わずか2秒で気を取り直した。

 

「電子の霊よ 水面を漂え」

 

謳う声と共に、更に1秒。ネギは瞬時に状況を理解した。

 

父が右手でこちらに攻撃を繰り出そうとしていたことを。だが、どうしてか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ネギはもしこの機械が無ければ、と冷や汗を流しながらも、今の状況をもたらした人物に至るのに更に一秒を費やし、その名前を呼んだ。

 

「―――千雨さん!」

 

名を呼ばれた者は、応えず。ただ、ナギの身体に拘束用の道具を埋め込んだ張本人は不敵に笑いながら告げた。

 

「なればこそ。我こそが電子の王、ってな」

 

千雨は笑った。発動済みのアーティファクトを斜め下に払いながら千雨はナギの右手を睨みつけた。その顔を、苦悶と恐怖で青ざめさせながらも、挑むように。

 

「当たって欲しくない予想に限って直撃してくる。世の中、マジでクソだな―――なあ、そこんとこどう思う?」

 

千雨はナギの右腕の先、ホログラムのような姿を見せた造物主に、ヨルダ=バオトへ告げた。

 

「この期に及んで往生際が悪すぎると思うんだがな。大人しく死んどいてくれ、魔法仕掛けのカミサマよ」

 

千雨は棒読みで文句を言った。ヨルダは防がれたのが意外過ぎたのだろう、混乱のまま呆然と答えていた。

 

『……なぜだ』

 

どうして気づいた、という言葉を千雨は鼻で笑った。

 

「簡単すぎる結論だったよ。私はあんたと同じで性格が悪いし、臆病なんでな」

 

千雨は忌々しいとばかりに、自らの推理を語った。

 

「フェイトの奴から色々と聞いたよ。あんたは優秀ではあるが傲慢じゃない、ただ真摯な願いを持っているだけだってな。そんな奴が潔く死ぬなんて、あり得ないだろ」

 

矜持ではなく夢を叶えるために生きている者は、最後まで諦めない。膝を折るより早く、次の手を打つからだ。千雨はヨルダの本質を見抜いた上で、最悪に備えていた。

 

ネギ・スプリングフィールドの最たる希望が潰えないように。

 

「……あんたは、さ。自身を正義として定義した。エヴァの言う所の“悪”には当てはまらない。だから、何でもやってくると思った。無様に死んだふりなんて、最悪に格好が悪いことさえも躊躇しないってな」

 

『どう、して、貴様ごときが……』

 

「私ごときだからさ。倒された直後、これみよがしに“本体のような大仰なもの”を確かな力と共に放出したそうだな。そりゃあ、思い込まされるよ。放出された力も相応だったんだろ?」

 

二流だな、と千雨はこき下ろした。

 

「これみよがしな演出だった。騙された奴は多い。ナギさんとの魂魄の融合もやめて……共鳴りだったか? あれがなくなれば誰だって死んだって思うよな。だけど、やりすぎだ」

 

『ま、さか………きさま、ていどに……!』

 

「死んだふりをしている以上、狙いは一つしかない。絶好かつこれ以上ないタイミングだった……絶対に仕掛けてくると思ってたぜ」

 

千雨は答えながらも「会話になってねえな」と対話による解決に見切りをつけた。

 

収穫はあった。いくつか、ヨルダとの会話から情報は引き出せていた。何より重要なことも聞けた。

 

ヨルダは確実に弱っている。恐らくは見せかけの本体に力を注いだ結果だろうか。そして、今の状況とヨルダの言動を考えると、核はまだここにあることが分かった。

 

そんな様子はおくびにも出さずに、千雨は会話を続けた。

 

「ここで種明かしだ。お前が何故失敗したか聞きたいか、聞きたいよな?」

 

「……なに、を」

 

「タネは簡単さ。私が、誰よりも雑魚だからだ」

 

断言する千雨に、迷いはない。嘘もない。そのことを知っているからこそ、ヨルダは混乱した。

 

『……意味が分からない、なっとくできない』

 

「分かりたくないだけだろうが。アンタはバカじゃない。常に最善の一手を打とうとするし、無駄はない。つまりは、だ。敵が強かったら強いだけ相応に警戒するだろ?」

 

魔法の一矢が直撃しただけで死ぬ女、長谷川千雨は薬草で出来た煙草を加えながら言った。震えそうになる手を、いつもの通り、必死に隠しながら。

 

「ラカンのおっさんの強さを数値に表わして一万二千とするならあんたは二万か、それとも三万か? ―――私はたったの2だ」

 

無理を重ねたこの数年間。運動不足が祟った今では、1かもしれない。自嘲する戦闘能力1以下の女は、自信満々に笑った。

 

「アンタに比べればだたのゴミ以下だ。断言できるぜ。私が2兆人いようが、あんたには毛ほどの先にも傷つけられないって」

 

だからヨルダは、視界に映す価値もないと判断した、そう判断したから見逃されたことを千雨は自覚している。

 

――だから、千雨はそれを利用した。何もできないと、警戒しなかったその死角に意味を見出す方法を模索した。魔法の力を使わないで、一人対策に走った。科学の力だけでのギミックを仕掛けた。

 

特定の人物に対して一定以上の速度で近づこうとすると反応する、千雨が仕込んだ機械に気づけなかった。千雨の言葉を横で聞いていたネギは、いつそんな仕組みを、と言おうとした所で気づいた。

 

「も、もしかして―――アスナさんの、騒動の時に?」

 

「それよりもずっと前だ。私はナギさんが生きていると報告を受けた時点で確信していた。ヨルダが滅んでいないことを」

 

奇跡が起こった、めでたしめでたし―――そんなご都合主義なんざあり得ないだろうと、千雨は奇跡を否定した。誰かの思惑があると思い、徹底的に疑った。

 

そして、誰にも言わなかった。「死んだふりしてるだけか」と自分の心の中だけで推測を固めて、仲間をも騙す覚悟で事に当たった。

 

『貴様も、奇跡を……神の御業に救われたと、そう思わなかったのか』

 

ナギの口が動くも、声は女性のそれになっていた。千雨はその言葉を受け止め、頷き、ハッ、と鼻で笑った。

 

「こちとら神の御業なんてネットの上でしか見たことがねえんだ」

 

煙を吐きながら、遠くを見た。かつてと、今に至るまでの全てを。

 

「……それに、例えあんたが神だとしても、神のような力を持っている存在だとしてもだ。私は、救われたくなんてないね。ずっと前から、決めてんだ。カミサマが()()()()奇跡なんて信じねえって」

 

千雨は煙草の火を、蛍のような灯りを見つめながら宣告した。

 

「みっともなくたって、足掻くって決めたんだ。私は、人間なんだから」

 

その決意は、千雨の信念を構成する文の一つ。ひねくれ者の唯一の矜持で、それでも街を探せば一人は居るであろう、珍しくもない心持ちの。

 

だが、ヨルダ=バオトにとっては無視できない言葉だった。

 

2600年前に、地球で聞いた―――楽園を作るために火星へと飛び立った原因にもなった言葉と、一致していたから。

 

「千雨さん!」

 

増大した殺気に、激変した状況を察したネギが叫んだ。

 

先程までは、均衡状態だったのだ。ヨルダはネギの動きを恐れ、迂闊に動けず。ネギはナギの身と、戦闘能力を持たない千雨を守るために動けず。千雨はそもそも非戦闘員だった。

 

ここで、ヨルダが取る唯一の正答はネギに襲いかかることだった。迂闊に反撃ができないネギを押し切り、右手の一撃を当てれば“共鳴り”は開始していたがために。

 

だが、ヨルダはナギの身体を操り、千雨に掌を向けた。

 

瞬間、ナギが昏睡していた2年間に蓄えられた魔力が掌に集中していく。

 

ネギは必死に防御用の魔力を展開しながら千雨を庇う位置に躍り出る事に成功するも、悟ってしまった。

 

―――完全に防ぐことは不可能だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――しくじったか)

 

千雨は自らの失策を悟った。予定では、膠着状態に持ち込み、次の隠し札が出て来るのを待つつもりだった。感情的になったヨルダが暴走する、というのは全くの想定外と言えた。

 

(調子に乗って、挑発しすぎたか………しまらねえ最後だな)

 

千雨は魔法の威力がどの程度なのかは分からなかったが、ネギの声を聞いて状況を把握した。防げない、ということを。

 

それでも、ネギは生き残る。闇の魔法はネギ・スプリングフィールドに永遠を与えてしまった。千雨はその事実に対し、過去には悔やんだこともあったが、今この時だけは救いになったかと苦笑した。

 

どうして、という言葉を千雨は今更だと思った。ファンタジーの世界は、いつも自分に二択を突きつける。それはどれも過酷なもので、人の意見など聞いてはくれない。厳しすぎる現実のように、どちらを捨てるのかを強要してくる。

 

―――全てを話し、ヨルダが再融合するのを見過ごしてビターエンドになるのか。

 

―――秘して策を進め、命の危険を許容しながらもハッピーエンドを目指すのか。

 

千雨は危険を承知の上でハッピーエンドを目指した。そして、部分的にしくじり、そのツケを払うことになった。それだけの話だと、割り切った。

 

でも、千雨に後悔はなかった。戦う前に負けさせない、自分の責任が果たせたことを知ったからだ。

 

これで、ヨルダは引き出された。戦う舞台は整ったのだ。戦えるのなら、ネギ・スプリングフィールドに敗北はない。3-Aの仲間は、絶対に負けない。ジャック・ラカンが、ナギ・スプリングフィールドまでも居るのだ。自分にできる、場を掻き乱すか、撹乱した上で有利な場を整えるか、それができたのだから後はやってくれると千雨は信じていた。

 

それどころか、3-Aも勢揃いだ。全員が相変わらず良い奴らだったと、千雨はネギのことも心配していなかった。

 

龍宮真名は孤児院のためにお金を集めているだけで、その理由は尊敬できるものだ。春日美空は嫌がりながらも、この街を守るために奔走してくれた。他の誰もが、そうだ。優しくて、気が良くて、大きな輝きを持っているやつらばかり。

 

そんな中で、犠牲は裏方が相応の自分だけ。たった一人で済むのだろう。

 

少し納得はできないが、それを知っていた千雨は、悔やむことなどないと思った。

 

 

「元気でな、先生―――無理はすんなよ、ネギ」

 

 

先程の親子の光景を思い出して、千雨は笑い。

 

 

直後に放たれた閃光による爆発が、千雨の細い身体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音。夜の麻帆良を震動させた後、そこには血の現場があった。

 

死ではない、血が流れる場所が。

 

『―――何故』

 

ヨルダは愕然としていた。ただの人間にとっては過ぎる程に致命の一撃で、間に合わないタイミングだった。結果だけを言えば爆発が起きて、少女の身は傷ついた。人間の身体など千回は蒸発して余りある攻撃は、千雨を傷つけた“だけ”に終わった。

 

「……キレたぜ、俺ぁ」

 

悲劇を防いだ二人の内の一人が、怒りの声を吐き出した。端的に言って、ナギ・スプリングフィールドは劇的にキレていた。不甲斐ない自分に。放たれる直前に見た、諦めと喜びが混じった笑顔を見た後から、我を忘れていた。

 

怒りのままに、本能のまま阻止に動いた。故に間に合ったのだ。操られていない左腕で、ただの魔力の塊を放たんとする右腕を下に叩き落とすことができた。

 

一方で、ネギ・スプリングフィールドもブチ切れていた。父より深く、激しく、広く、どうしようもないぐらいに。

 

不意に出るくしゃみ、その時に発動する無作為かつ強大な魔法でさえ比べ物にならない、魂さえ悲鳴を上げるほどの出力で強引に防御結界を補強した。余波だけは防げなかったが、奇跡的と言っていいぐらいの被害に収まった。

 

それでようやく、千雨は致命傷一歩手前の傷を負うだけに留まり。その結果でも納得できない英雄二人は、更にキレた。

 

ヨルダはそれでも、まだやりようはあると動き出そうとして―――

 

 

「斬魔剣、弐の太刀!」

 

 

―――流星のように現れた近衛詠春の一撃が行動の起こりを潰した。

 

着地どころか受け身も捨てた渾身の一撃はヨルダに確かなダメージを与えた。

 

それでも、行動不能になるまでとは行かなかった。地面に激突して転がっていく詠春を見送り、動けないネギに対して再度攻撃をしかけようとして―――

 

 

「いつぞやの返礼だ、受け取るがいい!」

 

 

詠春と同じように、まるで放り投げられたかのように飛来したのはエヴァンジェリン。その白い両手から幾重にも複雑に重ねられた糸が飛び出し、ヨルダは動きを封じ込められて―――

 

 

「待たせたなぁ!」

 

 

前の二人を店のベランダから放り投げて派遣したラカンは、自らひとっ飛びをした上での全力での拳の一撃をヨルダに叩き付けた。

 

いつもとは異なり、威力の全てを敵に叩き込むようにして。

 

牽制の一撃から動きを封じ込める布石を打った上での本命の激打。それは確実に弱っていたヨルダに、大きなダメージを与えることに成功した。

 

ネギは、その隙を見逃さなかった。

 

上から迫りくる気配を感じると、ナギに視線を。

 

同時に、過去最速で自らの身を雷に変えると、ヨルダに向けて突進した。

 

瞬時に走った雷光は、174。全てが渾身の、ビルをも破壊する一撃がこめられており、次の一秒には更に倍する打撃がヨルダに叩き込まれていく。

 

『ぐ、ぁ―――』

 

遂には、限界を越えて苦悶の声さえも漏れて。

 

生まれた隙を、ナギは見逃さなかった。ヨルダの核があるであろう右腕を気合で手元に引き寄せ、左手でそれを掴み。

 

そして、()()()()()()()()上空へと放り投げ、叫んだ。

 

 

「―――姫子ちゃん!」

 

 

同時、ラカンに先に投げられて、放物線状を描いて落ちてきたアスナがその固有の力を―――火星の白を全開にして、

 

 

「っ、たああああああああっっっ!」

 

 

放たれた一撃が、右手にあったヨルダの核を切断し、完全に粉砕した。

 

 

花火のように、上空でヨルダ=バオトの核が割れて、散っていく。

 

その一つが地面に落ちると、最後の力らしき幻影が地上に現れた。

 

もう戦う力もない、姿だけになったヨルダの声が悲しく響いた。

 

『わ、たしは………こんな、ところで、死ねない………』

 

怒りはなかった。苦しみも、悲しみもなかった。理解できるのは、使命感。どうしても、という想いがその場に居た全員が理解できるほどの密度で。

 

『全ての………救う、ため、に………』

 

四肢を失い、這いつくばりながらも前に。そんな姿を連想させる声に、ネギは一歩前に出て、告げた。

 

 

「あなたにも………人は、弱くても良いんだって。そう言って、許してくれる人が居たら……」

 

 

ネギは闇の魔法を修得した時の自分を思いだしていた。もしもヨルダに、迷うような自分でもいい、逃げてもいい、泥に落ちても尚、と言ってくれるような。そう想わせてくれるような人が居れば、結果は違ったのかもしれない。

 

ひとり、誰も居ない空で明けない夜を飛んでいた至高の愚者。最後まで、一緒に飛んでくれる人さえ見つからず。

 

それでも、今は今でしかないのだ。ネギは共鳴りという能力を持ち、全ての敗者、死者の怨嗟に共感してしまい、狂ってしまった者が居た。それだけは忘れないと誓うように、告げた。

 

 

「おやすみなさい、ヨルダ=バオト」

 

 

良い夢を、と絞りだすような言葉がネギの口から紡がれた。間もなくして吹いた静かな風が、ヨルダだったものの破片を夜の空へと運んでいった

 

木乃香に治療された千雨も、仰向けに寝転びながら、その様子をじっと眺めていた。

 

余波で街灯が消えて現れた星空の一つに溶けていったかのように、去っていった魂を。

 

 

 

 

 




あとがきという名の補足説明

・木乃香は刹那がバッサバッサと飛んで運んできました

・ヨルダはナギと魂魄融合していた。解除不可。なのでヨルダ殺す=ナギ殺すだった。

・で、決戦でナギ生きてんだからヨルダ死んでねえだろ説

・探査阻止したの千雨ちゃんです。判明してしまうと、またナギの身体に逃げられそうなので。

・ラカンには事前に説明してあるため、速攻で仕留める方法を

・その結果が詠春ポイ、エヴァをポイ、ラカンでドカーンのアスナがザシュッ

・超さん、楽園だかなんだか知らねーがという千雨のセリフを聞いたと妄想

・38巻の千雨の目が死んでいるのは、結構な経験をしたからと思ふ。

・なので能力とかコミュ能力は成長しつつ、駄目な方向も成長?していると妄想。こじらせたというか。

・これでバトルは終わーり

・次からは本番のラブコメ……コメ?
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