ネギ&千雨アフター   作:◯岳◯

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1話、2話も含めてタイトルの方針を変えました。

路線は書きながらずっと聞いていた歌。

今回は千夜一夜/See-Saw です。


3話:千夜一夜

麻帆良で最も大きな病院の中の、とある個室。ネギ・スプリングフィールドは乳白色の清潔さを思わせる壁に囲まれた部屋の中央で、ベッドに横たわっている千雨の顔をじっと見つめていた。外から吹く爽やかな昼の風が、その柔らかい髪を流していく。

 

その時に顕になったネギの表情は、重態の患者を見るようなものになっていた。

 

千雨はヨルダとの戦闘が終わった直後、一言だけを告げるなり気絶した。ナギと一緒に慌てて病院に運ばれ、外傷によるものではないという判断を受けた。事実、木乃香の魔法により怪我は完治していたからだ。

 

精神的疲労やストレスが積み重なった、というのが医師の診断結果だった。だが、ネギの顔は晴れなかった。千雨を独りで追い詰めさせた、という事実が、ネギの心の奥底に抉るような痛みを与えていた。

 

「……千雨さん」

 

呟き、ネギは目を閉じながら思い出していた。先日の戦いの最後、ヨルダが散ってから千雨が発した言葉を。

 

口外はするな、3-Aで知らせて良いのは関係する数名だけ、他には徹底的に隠匿しろ、情報統制の手配は済んでいる、という最低限の情報だけ伝えて昏倒した千雨の姿を。

 

「責任感が、強すぎますよ……必要な事だった、というのは分かりますが」

 

ネギは千雨の意図のおおまかな所を、既に察していた。隠匿に走る理由が、今分かる範囲では、少なくとも二つはあると考えていた。

 

一つは、戦勝ムードになっている魔法世界やこちらの世界に余計な刺激を与えないこと。ヨルダ撃破により、軌道エレベーターの建設計画は加速している最中にある。ここで余計な混乱を与えて、計画を遅延させるのはよろしくなかった。

 

もう一つは、父の、ナギ・スプリングフィールドの暗殺を阻止するためだ。ヨルダが一時的にでも復活してナギの身体を乗っ取った、という情報が漏れれば、ナギには嫌な噂がつきまとう。即ち、実はまだヨルダが潜んでいるのではないか、と。ネギやナギ、エヴァにラカンにアルビレオまでがヨルダの消滅を確認している。ヨルダは二度と蘇らない、それだけは事実だ。

 

だが人間、一度あることは数度あると考えてしまうものである。そして、あるかもしれないという言い訳を盾に凶行に出る人々が出ることこそを千雨は恐れたのだと、ネギは理解していた。

 

未然、予防は政府の仕事。そう信じる人達が多い世界において、勇み足という名前の蛮勇が行使されてきた過去があることを、ネギは否定できないでいた。今までに学んだ歴史の知識と、ここ数年の交渉の経験があったからだ。

 

ネギは、そう考えられるようになった自分の事を思う。成長したのか、退化したのか。それは自身にも分からないものだったが、逞しくはなったな、と呟いた。

 

戦いの日々だったのだ。常人ならば死んでいると、何度もネギは言われてきた。それでも前だけを見て頑張ってきた、その甲斐はあった。

 

「やりきった、なんて。思い上がっていたから、見過ごしたのかもしれませんね」

 

ネギは自嘲し、拳を強く握りしめた。計画は順調で、仲間も元気で、父は死ななかった。満足の只中にあり、故に見抜けなかった。挙げ句の果てには、大切な人達を失いかけた。ネギはもしそうなっていたら、と考えて全身に嫌な鳥肌が立つのを感じていた。

 

(そして、千雨さんが裏で奔走してくれていた事にも、気づけなかった)

 

ネギは立てかけている自分の鞄を見た。その中には、千雨に関連する情報がまとめられた資料が入っていた。今朝に学園長から渡されたものだった。ネギは軽く目を通した後、自己嫌悪で死にたくなっていた。

 

思えば、気づくべきだったと。千雨の処理能力を思えば、心臓が止まるまでの激務など、表の仕事だけでは有り得ない。ネギは違和感を覚えなかった間抜けな自分を、1000発ほど殴りたくなっていた。

 

「……いつも、千雨さんには助けられてばっかりなのに」

 

9年前からずっと、火星緑化計画は言わずもがなで、今回は父まで助けてくれた。右腕の怪我も木乃香の治療により完治した。ボロボロだった身体もヨルダが消えた影響か、以前より遥かに早く快復に向かっているらしかった。

 

貰ったものが多くて、それでも返せなくて。ネギはバレンタインの時のことを連動して思い出していた。

 

そして、支えてくれる千雨の気持ちを嬉しいと思う自分と、応えられないことが情けないと思う自分が居ることを自覚していた。同時に、胸中に生まれた―――9年前からずっと隠していた―――どうしようもない想いが高まることにも気づいていた。

 

その想いをなんと呼ぶべきなのか。ネギは考えるも、同時に昨夜の記憶と告げられた言葉が連動してしまった。そして、深い怒りを覚えていた。

 

元気でな、という別れを告げる言葉。諦めさせてしまったのが自分であっても、ネギは千雨のあの言葉だけは許すつもりはなかった。

 

「そのことも含めて………今は、ゆっくりと眠って。起きたら、たくさんお話をさせて下さい」

 

申し訳ありませんが、とネギは病室から出て次の場所へ向かうために、椅子から立ち上がった。スケジュールに従うのなら昼前に麻帆良を発ち、空港に向かわなければならなかった。残りたいという自分の我儘を優先して千雨の姿を眺めていたが、それも限界だ。

 

倒れた大切な人を置いて、別の場所へ。恩知らずと罵られるかもしれない行為だが、ネギは我儘を通すことを選ぶ方が、千雨を怒らせる行為であると知っていた。

 

「……それでは、また」

 

眠る千雨を見下ろす形で、ネギは別れの言葉を告げた。それだけで人を恋に落ちさせそうな表情を浮かべながら、優しい声で。

 

ネギは答えが帰ってこないことに寂しさと、やっぱり残りたいなあという思いから来る名残惜しさを気合で押さえ込み、部屋を去っていった。

 

ぱたん、というドアが閉じる音が響いて、数分後だった。ネギが病院の敷地から去ったと同時に、千雨は両目をゆっくりと開いたのは。

 

そのまま、千雨はじっと天井を見つめるままで。やがて小さなため息を吐いた後に、白い掛け布団を捲った千雨は、呟いた。

 

 

「―――行くか」

 

 

その一時間後。

 

千雨が退院した事と、その行方をくらませたという情報が、学園長である近右衛門の元に届けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がたんごとん、という音と規則的に揺れる床と背もたれ。千雨はそこに体重を預けながら、窓の外から見える今始まったばかりの夕焼けをぼんやりと眺めていた。

 

周囲に客の姿は少なかった。千雨は何の言葉を発することもなく、ただ目の前に見える茜色の空に思考回路までを預けていた。

 

隣では母親に連れられた少女が、聞き覚えのあるアニメの歌を歌っていた。うろ覚えなのか、歌詞の順番がちぐはぐだった。少女自身もそれがわかっているのだろう、歌の終わり方を見い出だせないままに、ずっと可愛い声を車内に響かせていた。

 

母親の方は注意をするも、微笑ましい顔で見つめ。千雨は少し煩く思っていたが、たまにならいいか、と特に文句を言わなかった。

 

(………その気力もない、か)

 

これからどうするのか、具体的な計画は以前から進めていた。既に借りていた部屋は解約を済ませていた。誰にも言わないまま荷物の移動も完了し、あとはそこに辿り着くだけ。大学も卒業したし、仕事の引き継ぎも余すことなくやり遂げた。

 

障害物は、何もない。電車が線路の上を往くように、自分で選んだ道を進むだけで安寧の時間に浸れる場所へ辿り着くことができる。

 

それでも、この胸中に浮かぶ虚無感はなんだろうか。千雨は考えるも答えが思いつかずに、眼を閉じた。

 

原因は、分かったような気がしていたからだ。眼を閉じて思い出せる、この9年間の思い出があまりにも濃密過ぎた。それがそっくり無くなれば、寂しくもなるか。

 

千雨は内心で呟きながら、色々な出来事を思い出していた。

 

巻き込まれた。取り戻すために手伝った。選んでついていった。助けられた。選ぶ背中を見守った。助け合い、戦い抜いた。止めることをせずに、その選択を尊重した。

 

単語にすれば短いが、付随する思い出は星のように多く、輝いていた。

 

夢のような時間だった。辛いことばかりだったが、それ以上に充実していたし、何より楽しいものがあった。

 

―――だからこそ、残れない。千雨はこの決断は間違ってないと自分に言い聞かせた。

 

(第一、あの場所に戻れる訳ねえだろか………罪、重過ぎるし)

 

人の親の身体に勝手に機械を埋め込んだ。確信も証拠もなく、独りで。上役や責任者に相談もせず、突っ走った。一手過てば、街ごと消える可能性もあった。隣に居る親子のように、何の関係もない人を巻き添えにして。

 

残れば、どれだけ罵られるのか。千雨は考えるも、そんな奴らじゃないよな、と小さな息を吐いた。ナギやネギにいたっては仕方がなかったと言うか、逆に謝られるだろう。上役や責任者も、強く責任を追求する姿は思い浮かばなかった。

 

だからこそ、自分から離れる。

 

千雨は夕焼け空を眺めながら、もう何度になるか忘れるほどに繰り返した決意の言葉を呟いていた。

 

そして、眼鏡を押し上げながら思った。

 

―――また傍観者へ逆戻りか、と。

 

(……何を、気取ってんだが。でも、後悔はしない………また逃げることになるが)

 

千雨は桜を眺めながら、8年前のことを思い出していた。ちょうど同じように桜が咲き乱れる季節の、教室で告げられた言葉を。

 

好きです、という想いを告げる4文字。一番、というのは誠実なのか不誠実なのか。それでも、嬉しかった。千雨はその時の事はずっと忘れないだろうという、女々しい自分を肯定した。視界が揺れるほどに胸中にある感情が乱れたのは、あの時以外に無かったと確信していたからだ。

 

その告白に対し、返した言葉に嘘はなかった。身に余る光栄、というのはリップサービスでも何でもない。ガキが趣味じゃないことも、5年後にまた出直しな、と言ったことに嘘は含まれていない。

 

ただ、言っていないだけだ。

 

―――あの時点で、ネギのことをガキだと思っていなかったことを。

 

―――5年後に出直しな、と告げたのはネギを思ってのことだと。

 

―――そして、告白を受けなかったのは、自分が臆病だったからだと。

 

(眼鏡も外さずに傍観者のまま、か。どうしようもない女だな、ほんとに)

 

今に至るまでの8年、ネギの進む道は辛く苦しいものになることを当時の千雨は既に予想していた。ネギが途中でリタイアするような無責任な子供ではないことを知っていた。計画は立ち上がりこそが重要で、女にかまけることが致命的になりかねないと考えていた。理由も分かりませんが、という無根拠な恋心で暴走するのは良くない結果しか呼ばないと思っていた。

 

そして、千雨は恐れた。学園長にも言わなかった理由があった。

 

重圧に巻き込まれる自分を―――告白を受ければ否応でも渦中に飛び込むことになる未来を、肯定できなかったのだ。

 

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(……だから諦めて逃げる、か)

 

眼鏡をかけた時と同じだ、と千雨はその度数の入っていない眼鏡を触った。現実と非現実を曖昧にする装置だ。傍観者とすることで深入りはせずに、雨のように流れる生き方で良いと割り切った自分を象徴するものだった。

 

同時に、決意の正しさを知った。こんな女が、これから世界を救おうっていう男の隣に立つべきではないと考えていた。

 

8年前、告白を受けた時から成長せずに退化した自分よりも、麻帆良を守るために必要なことだったとはいえ3-Aのクラスメートを利用した自分よりも、相応しい人間が。ネギの事が大好きで、隣に立つに相応しい者は星の数ほど居ると、千雨は信じていた。

 

邪魔する訳にはいかない―――これが今生の別れだ。

 

千雨は呟き、俯いた。泣き顔を他の客に見られないように。

 

(なんだ、これ)

 

止まらない、と千雨は呟くことさえ失敗した。別れを実感することで胸に溢れ出た、ネギ達との思い出に心を圧迫されて。

 

―――武闘会で見た、戦う背中。

 

―――超達との戦いと、その結末。

 

―――魔法世界での決断と、陰謀と、激闘と。

 

―――卒業してからも、ずっと傍に居たように思う。

 

―――ネギ、茶々丸や3-Aの関係者と共に困難に立ち向かった。

 

―――休暇中に行った豪華なレストランで、マナーを気にしつつ食べたこと。

 

―――時間が無いからと学園の一室で、茶々丸とネギと自分3人で真夜中に食べたカップラーメンの味が。

 

千雨は忘れられなかった。いつもその中心に居た少年のことを。千雨さん、と呼ばれるだけで何でもできるような気がしていた。激務と困難の波を越え続けて、青年にさしかかっている今でも、その心は相変わらず優しくて。苦楽を共にした日々は、途方もなく疲れるものであっても、どうしようもなく満たされたもので。

 

それも、終わる。自覚した千雨は口を抑えて、嗚咽さえも噛み殺した。

 

熱くなった感情の奔流は千雨の頬を赤くして。流れ出た涙に映った夕焼けが、千雨の足元に落ちては消えていった。

 

僅かに零れ出た泣き声は線路を走る電車の音に包まれ、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

ベッドから起き上がった千雨は、寝ぼけた顔で周囲を見回した。そしてああと呟き、「夢か」と言いながら目元にあった涙を乱暴に拭った。

 

のろのろと立ち上がり、洗面所に向かう。黒いランニングから白い素肌が見え、短いパンツからすらりとした脚線美が見える格好のままだ。

 

それを気にした様子もなく顔を洗い、ベッドの横にあるデスクに向かった。椅子に座り、パソコンに電源を入れる。暗い部屋の中、小さいモニターの灯りが千雨の顔を照らした。

千雨はインターネット(情報の海)に潜り、色々な時事を頭の中に収めていった。特に多かったのは、先週に開催されたロンドンオリンピックに関連する情報だ。千雨はその中から、ISSDA(国際太陽系開発機構)の事務局長が開場に現れた時の写真を見つけた。

 

年齢詐称薬を使って外見を20代に偽装した、端正な顔立ちのイギリス人の青年が笑顔で各国の指導者を握手を交わしていた。“各国を繋ぐ橋たる国際機構の若き指揮官”と題打たれたそれは見事なアングルで撮られており、ネットでも人気が高いらしい一枚だったが、千雨は別のことに気がついていた。

 

(心なしか、笑顔にキレがないような………いや、まさかな)

 

千雨は気の所為だと思うことにした。今は2012年の夏で、隠遁生活を送るようになった2011年の春は、もう一年以上も前のことだった。

 

今更、と呟き。千雨はインターネットのプラウザを閉じて、ネットゲームを起動するアイコンをダブルクリックした。

 

「……さて今日は、と」

 

吹っ切るように告げた言葉が、他に誰も居ない部屋の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、ネギ君」

 

「あ………ありがとう、フェイト」

 

ネギは投げ渡されたペットボトルを受け取り、中に入った水を飲んだ後、口元を拭った。横に居た茶々丸がハンカチを渡し、ネギはそれを受け取って手元を拭き取った。

 

「ありがとうございます。生き返ったよ……それで、だけど」

 

「……長谷川千雨は見つかっていないよ。目下のところ捜索中だけどね」

 

フェイトは無表情を僅かに歪めた後、尋ねた。だというのに来週にまた、麻帆良に行く必要はあるのか、と。ネギは困ったように笑ったあと、頷きを返した。

 

「麻帆良から出ていないことは確かなんだ……それに、説明したろ? 私的な理由だけじゃないってことは」

 

ネギは建設中の軌道エレベーターの警備状態について言及した。今年に入って既に5件、工作を仕掛けようとした不穏人物に危うい所まで侵入を許したことを。

 

この数年は工作員が近づこうとした時点で対処が済んでいた。今までには無かった事態に対策を練ろうとネギは局員に話を聞いたが、誰もが声を揃えて言っていた言葉があった。

―――情報収拾能力と、入手した情報から危険人物を見出すことに繋げられるようなセンスを持った人が不足している、と。

 

茶々丸もそれに同意していた。情報を収拾するには速度だけではない、その中から必要なものだけを抜き出す能力も必要になる。長谷川千雨はその点に置いて非凡なものを持っていた。

 

「情報を迅速に収拾、最適化して実働班に渡す、というのが千雨さんの役割だったらしい。学園長から聞かされたよ。対策として処理能力を数で補おうとしても、募集をかけた人員の中に工作員が居たらそれこそ致命傷になりかねないから……」

 

ネギの呟きに、胸ポケットに隠れていたカモが飛び出して答えた。

 

「兄貴を力でどうこうしよう、って輩は最近になってめっきり減ったからな。外からが無理なら中から崩す、っていうのは常套手段だぜい。厳しくなってきたのは力による方法を割り切って、そっちに注力し始めたっていうのもあるが」

 

軌道エレベーターの建設を快く思っていない者は一定数存在していた。先日はエレベーターをバベルの塔に見立て、破壊すべきだと主張する団体が騒ぎ始めたのだ。譲れないものがある以上、全て防ぐしかない。一刻も早く対策を、というのがネギとフェイトだけではない、計画に協力している者たちの総意だった。

 

「さりとて、数を揃えるにも時間がかかりすぎる……現状の幹部候補の選抜も、長谷川千雨が行っていたそうだね。認めたくはないが、彼女はそれなり以上に有能だった、ということか」

 

「……前々から思ってたけど、フェイトって千雨さんとすっごく仲悪いよね。何か原因でもあるの?」

 

「……別に、何も。たまたまだろう」

 

フェイトは言葉を濁し、視線をネギから逸した。それを見ていたカモは、にやりとした顔で「そりゃあ言えんよなー」と呟いた。それを聞いたフェイトはすっと片腕を上げて、始動キーを唱え始めた。

 

「ちょっ、その詠唱は石化の!?」

 

勘弁してくれい、と焦った顔でカモは茶々丸の背中に隠れた。それを見たフェイトは舌打ちの後、怒りに傾いていた表情を戻してネギに向き直った。

 

「ん? ……どうしたの、僕の顔になにかついてる?」

 

「顔がついているな―――少し、疲れたような顔が」

 

「……同意、します」

 

茶々丸も頷き、率直な感想を述べた。笑顔に輝きが、弁舌にキレが足りないような気がします、という抽象的だが最近になって思うようになったことを。

 

ネギは自覚していたため、反論できなかった。実際に、交渉の活動時にも影響は現れていたからだ。以前ならしなかったポカが出るようになり、そこから不利な条件を飲まされそうになったこともあった。

 

同席していた千鶴やあやかのフォローもあり、大きな傷にはならなかったものの、ネギはその失態をずっと悔やんでいた。

 

そうして黙り込んだネギを見ていたフェイト、茶々丸、カモは同時にため息をついた。

 

これは重症だ、と。

 

「……しかし、見事なまでに痕跡を消されている現状じゃあね。少しルール違反だけど、家族に連絡は取ってみたのかい」

 

「うん……でも、何の手かがりも得られなかったよ。変装して、中等部に入る前の同級生にも話を聞こうとしたけど……」

 

ネギはそこで言葉を濁した。フェイトは訝しむも尋ね、代わりに調査に同行していたカモが答えた。

 

「千雨の姉さんは、当時から影が薄かったらしいけど……なんか、変に目立ってた時期があったらしいぜい。確か―――“ほら吹きちーちゃん”だったか」

 

「カモくん」

 

間髪入れずに、ネギから珍しくも硬質な声で、カモへ制止の言葉が放たれた。だが、フェイトが話の続きを促した。茶々丸も頷き、言い触らすことはしないという約束をした後、カモの口から小学生の頃の千雨のことが話された。

 

―――真面目だけど、嘘をつくことがあったこと。

 

―――世界樹のような大きな樹があるのはおかしい、あんなに早く走れる人が居るのはおかしい。その他、様々な違和感について千雨は言及していたという。

 

―――その度に否定され、からかわれ、果ては嘘つきと言われるようになった時期もあったこと。

 

「………ネギ君、それは」

 

「うん……千雨さんには、認識阻害が効いていなかったみたいなんだ。思えば、格闘大会の時もおかしいと言えば、おかしかった」

 

観客の中で千雨一人だけが、格闘大会の違和感に気づいていた。魔法という存在を認識していたからこそ、唯一それを広げようとしていた動きに気づくことが出来た。茶々丸もネギの言葉に同意し、これはマスターから聞いた話ですが、と語り始めた。

 

「麻帆良学園内には、そういった違和感を緩める作用が施されています。都市に張り巡らされた結界が、非日常的、非常識的なものをそのまま認識させないように阻害するのだとか」

 

「……長谷川千雨は、その阻害の対象外だった。先天的なものか後天的なものかは不明だけど」

 

弾かれた世界に、ただ独り残される。どちらにせよ、多数からは異物としか認識されない存在になってしまう。フェイトの言葉に、ネギは頷きながら9年前のことを話した。

 

「ザジさんのお姉さんの幻術にも、千雨さんは囚われなかった。まき絵さんも囚われなかったことを考えると、本人の意志によるものだと考えられるけど………」

 

「いや、違うだろう。あの時ああしていれば、という想いは長谷川千雨こそ強いのではないかな……嘘つきと言われた頃があったという話が本当であれば」

 

フェイトはザジの姉が使ったという術式を知っているからこそ、千雨は意志ではなく体質で幻術を弾いたのだという結論を出した。

 

もしそんな経験があるにも関わらず、僅かな緩みさえも見逃さない疑似的な完全なる世界への誘惑を断ち切れるのなら、千雨は聖人か、狂人の類だといえる。どちらでもないことを知っているフェイトからすれば、体質という方が納得できる理屈だった。

 

「……現実を強く認識………だからこそネギ君から逃げた、のか。いや、違うか………?」

 

何か、見落としがあるような気がしてならない。フェイトが首を傾げ、同じように違和感を覚えていたネギが頷き、茶々丸も考え込み。

 

 

「そういった細かいことはどうでもいいだろ、坊主ども」

 

 

―――褐色肌を持つ巨躯な男は現れるなり、二人の少年の頭にゲンコツを落とした。いきなりの事に反応できなかった二人は回避しきれず、すごい勢いで頭を地面に埋めた。

 

「っ……って、ラカンさん!?」

 

「く……どうしてあなたがここに」

 

「そういうこまけえこたぁどうでもいいんだよ、ガキども」

 

ラカンは腕組をしたまま、膝立ちになっている二人を見下ろした。そして、ネギに向かって指差しながら告げた。

 

「前に、嬢ちゃんが言っていたことがあってな―――お前は面倒くさいだとよ」

 

「―――――」

 

致命の一撃に、ネギが硬直する。4秒あと、崩れ落ちたネギは呟いた。死のう、と。

 

「って、間違ったか。言ったのは俺だったな。ボーズがそっちの若造に叩きのめされた後だったか」

 

ラカンは当時のことを語った。強くなりたいというネギに対し、千雨が「強迫観念か逃避かは分からないけど、無理にしているようにしか見えない」という感想を述べたことを。そしてラカンは面倒くさいの一言で片付けたことを。

 

「で、言わせてもらうが―――どっちもどっちだな。チサメ嬢ちゃんもボーズと同じぐらい面倒くせえ」

 

「え………千雨さんが?」

 

「見りゃ分かんだろ」

 

何でもないようにラカンが告げ、茶々丸とカモが同意を示した。どちらかというと、というレベルではなく長谷川千雨は面倒くさい女であることを。そして、茶々丸は頷きながらも、反論した。

 

「確かに、我が親友は面倒くさいです―――そこが好きですが」

 

からかうと楽しい、と語る茶々丸は笑っているようだった。後にカモはそう語るが、それは置いて話は次に移っていった。

 

「とにかくアンバランスだった。たかが14の、平和な世界の学生らしくないというのが、嬢ちゃんに対する当時の感想だったからな」

 

妙に現実的で、ネギの適正としては闇の魔法の方が高いと看破するも、子供っぽい所が残っている。とはいえ無邪気に無責任を主張する訳でもなく、その時になれば身を削ることも厭わない。

 

ラカンはそれらを説明した上で、告げた。

 

「で、ここからはさっきの話を聞いていた俺の推測だが………嬢ちゃん、家族とうまくいってねーぞ」

 

「………え?」

 

「お前さんが闇の魔法を修得している時に聞いたからな。クラスでも“家”でも傍観者だった、ってな」

 

家、つまりは家族に対しても傍観者だった。その言葉を聞いて、ネギは絶句した。ネギにとって、頼れる最も大きな存在が家族だった。ネカネに守られながら幼少時を過ごし、父に憧れて修練の日々を過ごした。

 

それを遠ざける、という行為は理解の外となる。戸惑うネギに、ラカンはそういった人間も居るこった、と何でもないように告げた。

 

「で、本題だが………厳しい現実に挟まれた生真面目な奴がどういった行動に出るかは知ってるか?」

 

「……僕と同じ、逃避ですか」

 

ネギは話の流れから、ラカンの言いたいことを察していた。子供だった長谷川千雨が、逃避を選んだことを。

 

「あの眼鏡は、一種の仮面だな。お前さんもさっきまで付けてただろ?」

 

「……僕でいう、仕事の時に必要となる表情に意識。千雨さんは、眼鏡でそれを切り替えて……?」

 

そういえば、とネギは思い出していた。まだ2-Aだった頃、千雨が発した「眼鏡をつけずに人と会ったりするのは駄目なんだ」という言葉を。

 

「……フィルター、のようなものか。あるいは乖離した自分を、無理やりにでも目の前の風景に嵌め込ませるための装置か」

 

本当の事を言っているだけなのに、一方的に嘘つき呼ばわりされる。成人ならばともかく、その違和感は10やそこらの子供にとってはあまりにも大きいと言えた。

 

肉眼で、そのままでは耐えられない―――ならばフィルターを通して、無理やりにでも“自分”を押さえ込む。そうすることで眼鏡は防壁となり、仮面となり、フィルターとなって揺らいだ“長谷川千雨”という認識を正しいものに置換する効力を持つことになる。

 

ネギはそんなフェイトの分析に頷きながら、理解した。

 

―――どうして千雨が、自分が経験した孤独な夜や懊悩した日々を、何を伝えるでもなく察することができたのかを。推測したのではなく、自分に当てはめて連想したことを。

 

その女の子が現在、独りで居る。工作員に狙われる恐れがあるからと、麻帆良学園から出ることも出来ずに。そして、誰かを頼り巻き込むことを良しとせず、独りで居るのだ。

 

「……ようやく、見れる顔になってきたな」

 

「―――ラカンさん」

 

「礼はいらねえ。ただ、分かってるな?」

 

「はい……一人前の男なら女を守って世界を救え、ですね」

 

9年前、オスティアの総督府で告げられた言葉をネギは笑顔のまま反芻した。自分のためではなく、誰かのために力を使うのが男の進むべき道だと。

 

「俺様が勝てなかったあの女郎をたった一人で出し抜いて、結果的には全部守り抜いたんだ………見事、の一言だな。そのままにしちゃあ、男が廃るぜ?」

 

「分かっています」

 

そして、とネギは宣言した。

 

「隠すのはもう、止めることにしました―――何をどうしても、会いにいきます」

 

「はっ! あーんなにちっこかったボーズが言うようになったなぁ」

 

だが悪くねえ、とラカンは豪快に笑った。フェイトはため息をつきながらも否定はせず、ラカンに尋ねた。

 

「あなた程の男が、戦闘力も皆無な女性をここまで気にかけるとはね……人間として、という奴かい?」

 

「そんな小賢しい理屈はねーよ、若造。だが、あの嬢ちゃんは面倒くさいが、それに見合って“重い”ってだけだ」

 

「………深い苦悩を持つものほど、誰かを思うことができると」

 

「あー、分からんがそういうことじゃね?」

 

がはははは、とラカンが豪快に笑う。つられてネギが笑い、フェイトが口元を僅かに緩めた。

 

 

「それで、どうする―――ネギ君」

 

 

「決まってる。というか、さっき言ったよ」

 

 

何がどうしても会いに行く。そう告げたネギに、茶々丸が応えた。

 

 

「世界を揺るがす精鋭(クラスメート)は既に揃っています―――局長」

 

 

命令を、という言葉にネギは応えた。

 

 

「まずはご協力に感謝を―――そして」

 

 

長谷川千雨捜索作戦を、これより開始します。

 

 

ネギの宣言に、通信向こうの元3-Aの生徒達は一斉に、かつバラバラな言葉でネギの要請に応える大声を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで―――ご要望通りになったぞ、ナギ」

 

「ああ、すまねえなラカン……というより、お前自身ノリノリだったようだけどな」

 

あのお嬢ちゃんに思う所でもあるのか、とナギが尋ね。ラカンは、その質問に答えることなく、ただ問いを返した。

 

「なあ、ナギ」

 

「なんだよ」

 

「お前、自分が死んだっていう時に膝を崩してまで泣いてくれる奴が居るか?」

 

「………居るぜ。っていうか、なんだ。お前にとってあのお嬢ちゃんが、その」

 

「そういうこった―――という訳だが、盗み聞きしてんじゃねーぞロリババァ」

 

「ふん、煩い。しかし、その、なんだ………アレは本当なのか?」

 

「ああ、後頭部なげえジジイから聞いたが、間違いないらしいぜ。寝込んでた頃のこのバカの暗殺計画を実行される前に阻止したのは、チサメ嬢ちゃんだ」

 

決戦時、ヨルダに乗っ取られていたとはいえナギの姿をした者は艦隊の多くを吹き飛ばした。それを怨みに持つ者が動き出した計画があり、当時はまだ麻帆良内の治安維持にテロ対策を担当していた千雨が、ナギの危機を未然に防ぐように人員を動かした。

 

ラカンの説明を聞いたナギが笑い、エヴァンジェリンが小さく笑った。

 

「たかが人間、されど人間か………やるものだ」

 

「嬉しそうな表情で言うもんじゃねーぞエヴァ、っておまっ!?」

 

顔を真っ赤にしたエヴァが氷の魔法でナギを追いかけ始めた。

 

ラカンはそれを眺めて頷いた後、ナギ達が去っていった方向を見ながら告げた。

 

 

「―――見せてもらうぜ、ネギ。お前なら面倒くさい千の雨だろうが、全部受け止められるだろ」

 

 

雨を害ではなく水の恵みとして飲み干せるお前なら。

 

それだけを告げて小さく笑ったラカンは、言い合いを始めたナギとエヴァンジェリンの横顔を見ながら、喧嘩を囃し立てるようなヤジを飛ばした。

 

 

 

 

 

 





言い訳という名前の愚痴。

書いていて思ったけど………ナギとネギってすっげー誤字ます。
パット見で全然気づかない………修正、ありがとうございます。
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