麻帆良の街の外れにある、ここ数年で建設された大きなマンション群。その中でも最も高い建物の屋上で、元3-Aの仲間とその教師が集まっていた。
それぞれがそれぞれの役割、目的を持って両の足で立っていた。その中心で、情報を統括する役割を担っている、かつては報道部に所属し、今はフリーのジャーナリストとして活動している朝倉和美はマンション群を指差し、告げた。
「さて、まずは情報の共有から―――私達、探して捕まえる人。千雨ちゃん、捕まえられる人、ここまではオッケー?」
軽い言葉に、全員から頷きが返された。和美はにひひと笑いながら、話を続けた。
「種目的にはかくれんぼに鬼ごっこかな。ただ問題なのは相手が情報処理のスペシャリストってこと。それも大国の諜報員を相手にできるぐらいの、ね」
23,4歳という大学を卒業して間もない年頃には見合わない、世界的にも一流とされるスキルを保持している。その言葉に、雪広あやかが補足をした。
「個人的なツテを―――千雨さんの師だという彼からも話を聞きましたが、断言されましたわ。この麻帆良の中、本気で隠れた彼女を見つけるには5年はかかるそうです」
人数に物を言わせたローラー作戦をもってしても、察知されて逃げられる可能性が高い。あやかも、千雨の師のことはよく知っていた。冗談を言うような性格ではないことも。
「でも、そんなに時間はかけていられませんわ! 5年ですって? ―――それを5分に縮めてこその、私達でしょう」
あやかは集まった面々に語りかけた。
相坂さよ、朝倉和美、明石祐奈、綾瀬夕映、春日美空、神楽坂明日菜、絡繰茶々丸、近衛木乃香、桜咲刹那、早乙女ハルナ、長瀬楓、葉加瀬聡美、宮崎のどか、村上夏美。ネギとあやか、フェイトに犬上小太郎を加えると総勢18名もの、捜索に参加した全員が声の大小の差はあれど「応」の言葉を返した。
「良い、返事です。いえ、当たり前ですわね、ネギ先生のためならば例え―――」
「いいんちょ、話逸れてるよー。で、こっからはまた私が説明するんだけど……」
和美は千雨が失踪した当日のことを説明した。その経緯までを。
「なーんか知らないけど、まーたちうちゃんにぼっち病が再発したらしいのよ。でも、そんなの私たちにかんけーないじゃん?」
「……ですね。9年前とは違いますです」
クラスのイベントにも参加しない千雨のことを、『いつもああですから良いんです』と見送ることができるようになるには、全員が彼女のことを知りすぎていた。
綾瀬夕映は、笑顔を張り付けて宣言した。
「ちょっと、私も話したいことがあるので―――全力で協力させて頂きます」
「お、おう………で、話の続きだけど」
和美は失踪した日の情報―――主に移動に使ったと思われる交通機関から仕入れた―――をかき集めた結果から、このマンション群のどこかに
その話を聞いた面々はマンション群を見た。そして1000部屋はありそうな光景を見た後、和美の方に視線を戻した。その瞳は物語っていた。これを一つづつあたるのかマジですか、と。
「ああ、違う違う。それに居留守使われたら為す術がないしね。かといって不法侵入はシャレにならないし」
「幽霊騒ぎもだめって言われましたー……」
すり抜けたら良いと思ったんですけど、と相坂さよが呟いた。
「いやいや、流石に駄目っしょ。まーたシスターシャークティが駆り出される羽目になるし」
「先の死霊術師によるテロの一件でござるな。千雨殿が何度も嘆いていたでござるよ、“事故物件が増えて良いことなんて一つもねえな”と」
楓の言葉に、刹那が深く頷いた。人外や妖魔を相手にする神鳴流として、刹那は幾度かそういった方面での問題を聞かされたことがあった。
「うんうん。それに、さよちゃんばっかりにやらせるて私達は観客席で優雅にお茶を、って訳にもいかないじゃん?」
「ですね。祐奈さんはここに居ていいのか、という思いもありますけど」
「あ、あはははは~………ちなみに誰から聞いたのかな、聡美ちゃん?」
「ゲーデル総督ですよー。総督は高音さんから報告があった、と言ってましたが」
明石祐奈は現在、メガロメセンブリアのエージェントとして見習い修行中だ。だというのにいきなり三日間の有給を申請した件は、推薦者であるゲーデル総督まで話が上がっていた。当然と言えば、当然でもあった。
「うーん、でも大丈夫じゃない? ゲーデルってなんとなくだけど元3―Aのみんなに弱い所があるしね」
明日菜の何気ない言葉に、事情を知る何人かが内心ツッコミを入れた。3―Aに弱いのは主にアンタとネギが居るからだ、と。
「……いつの間にか話が逸れているね。当時の君たちの騒ぎっぷりを思い出して、頭が痛くなるよ」
あの頃に何百発、白チョークの螺旋の弾丸を放ったのか思い出したくもない。ネギから担任の役割を引き継いでいたフェイトは珍しくも疲れ果てた声で告げた。元生徒たちは聞いちゃいなかったが。
「でも、フェイトの言い分にも一理あるで―――いい加減始めようや、なあネギ」
「うん―――わかってるよ。えっと……今日は本当に、ありがとうございます。僕の我儘に付き合ってくれて」
頭を下げたネギに、当たり前ですわ水臭いこといわんといてー私は一発ガツンといいたいですええとゆえほどじゃないですけど私も良いラブ臭を放っておく手はないわくわくするよねといった。
途轍もなくバラバラな反応だが、全体的には「気にしないでいいよ」で包括できる言葉で、女性陣はネギの申し訳ない気持ちを微笑みで返して潰した。
ネギは苦笑しながら、礼と共に告げた。
「それでは、これより作戦を開始します―――とはいっても、一軒づつ当たるのは無茶なので」
「なら、千雨さんのアーティファクトの反応を?」
仮契約をしているのなら、追跡用の術式を開発したのか、あるいは。尋ねられたネギは、そういった術式を開発するも、既に対策されていることを告げた。
「ジャミング、というやつだと思います。9年前の時点で、千雨さんは待機状態のアーティファクトにハッキングを仕掛けられる腕を持っていましたから」
「ぱねえ。あ、でも、それじゃあ普通に探すのは無理なんじゃ……」
「はい。正攻法は無理でしょう、ですから―――」
ネギはお願いします、と葉加瀬聡美を見た。
「はいはーい。じゃあ超さん特性のプログラムを組んで、と」
聡美がノートパソコンのキーボードを高速で叩く音が周囲に響いた。最後、エンターキーが押されたと同時に、モニターにある画像が浮かび出た。
それを聡美とネギの背後から覗き込んだ面々が、絶句した。代表して、明日菜がネギに尋ねた。
「―――ネギ、これは」
「この日のために用意しました。釣り上げるには、餌が必要でしょう?」
ネギはにっこりといい笑顔を浮かべ、それを見た全員がその本気を悟った。
「ん? なんだ、こりゃ」
千雨はモニターに映った画像を見るなり、訝しげな表情になった。飲んでいたコーヒーを横に置いて、慎重に画面を見る。
ネギに関する情報で、非常事態に繋がるようなニュースが入ればすぐに分かるようにしていた設定が、最高レベルで緊急を告げていた。千雨は青ざめた顔で操作し、やがて現れた画像に絶句した。
「―――ネギ・スプリングフィールド氏が、危篤状態!? なっ、ど、どういう事だ!」
千雨は焦った顔でアーティファクトを起動した。電子精霊を駆使して、情報収拾を始める。間もなくして、違和感に気づいた。
「大きなニュースの割に、各メディアには一切ノータッチ―――いや、これは」
誤報というまではいかない、悪戯か。千雨はほっと安堵の息を吐いて、椅子の背もたれに体重を預けた。
だが、直後に勢い良く身体を起こし、画面を食い入るように見つめた。
「ただの誤報という割には、手が込みすぎてる………ハッキングか? それに、なんで麻帆良の一部の地域だけに限定して………いや、まさか!」
千雨は天井を見上げ、告げた。
「―――誰だか知らねえけど。これは、予告状代わりってことか?」
「電子精霊の活発化を探知。あちらの建物の、806号室です!」
光速の風流たる電子精霊の動きを拾い上げた聡美は、千雨の居場所を割り出し、指差した。それを聞いた二人が立ち上がり、頷きを返した。
「了解でござるよ」
「はい!」
ネギの危篤という情報を流し、驚く人達は大勢居る。だがその中でも、電子精霊を使ってまで事の真偽を確かめようとするのは一人しかいない。
その場所を探知した聡美は楓とさよに指示を出し、二人は即座に了承をすると共に行動を開始した。
「しっかり捕まってるでござるよ、さよ殿」
「わかりまし―――わわっ?!」
余波さえも完璧に抑え込まれたその瞬動は、一種の極みとも言えた。踏み込みで発生する音や風を全て推進力に変えた、長瀬楓の瞬動は音を5度は置き去りにする。
続けて虚空を足場として、二度目の瞬動を。そうして指示から1秒の後に、楓は目的の部屋の扉の前にたどり着いていた。
さよはあまりにも早く、目まぐるしく変わる視界に驚いたが、すぐに調子を取り戻すと部屋の番号を確認した。
「806号室―――行きますっ!」
幽霊ならではの技である、壁抜け。さよはそれを使って、扉を破壊することなく部屋の中へと侵入した。
そのまま、奥にある部屋まで一直線。そこでたどり着いたさよは、言葉を失った。
直後に、携帯電話の音が鳴る。さよは即座に応答のボタンを押した。電話口の向こうから、和美の声が響いた。
『どうしたの、千雨さんを発見したの―――さよちゃん?』
「―――大変です、和美さん」
『え?』
驚く和美に、さよは見たものをあるがままに語った。
―――生活感のない、デスクと椅子しかない部屋の中。
―――さよには分からないが、何か大きなパソコンに似た機械。
情報を受け取った和美は、叫んだ。
餌に引っかかったのはこっちだと。
「……私を追跡するなら、当時の映像を収拾するしかない。あるいは、目撃情報か」
侵入した部屋とは全く違う場所に居る千雨は、呟いた。人物追跡のセオリーも、そこから相手を出し抜くための方法も学ばされてんだよ、と。
「確かに、一度はそこに行ったさ―――だが、そこに居ると言った覚えはない。あくまで経由地点だ」
居場所を見せかけるための、と呟いた千雨は壁にかけていた認識阻害用の眼鏡がある方を見ながら、当時のことを思い出していた。夕焼け空の下を歩いて、囮であるマンションに到着し。間もなくして、今度は徹底的に隠れるようにしながら今の自分が居る場所へたどり着いたことを。
「―――でも、腑に落ちねえ。いったい誰だ? 並じゃない奴でも、餌にまで辿り着くだけで、侵入から数ヶ月程度はかかると思ったんだが」
千雨はコーヒーを飲みながら考え込んだ。情報処理を得意とする工作員が麻帆良に入り込んだという情報を、千雨は得ていなかった。千雨が知らない、という事は有り得ない事と同義になる。この隠遁生活でも、自身が狙われる危険のレベルは変わっていないからだ。過去の怨みだと捕まってしまえば、そこで終わりになる。だから千雨は特に自分を捕まえられるような存在には、過敏になっていた。
「……米国は違うな。ロシアでもない。欧州は、今更だしな―――そうなると」
千雨は、そこで先程の画像を思い出した。文字は偽装されたもの。しかし、映像にあったネギの顔には画像の改竄が仕組まれていないように思えたからだ。
そうなると、答えは一つしかなくなる。千雨は慌ててパソコンに向かい、舌打ちを重ねた。魔法世界であっても、自分に匹敵するハッカーは数えるほど。だが、その例外としてある者が存在する。千雨はその人物の―――かつてクラスメイトだった未来人の顔を思い出しながら、叫んだ。
「っ、超の技術を使った葉加瀬か、あるいは茶々丸か――――くそっ、拙い!」
もしそうならこれで終わるはずが、と身体を起こした千雨は、急いでキーボードに指を伸ばした。
「―――ふふふ、これで全部終わるなんて思ってませんよ、千雨さん?」
「ハカセ、こちらの逆探知は順調に進んでいま―――いえ」
対応が早い、と茶々丸が呟いた。直後に、ダミーであった端末とのリンクが途絶えた。
「……早い。過ぎると言っていいほどに。長谷川さんも、もっと油断をしてくれたら助かるのですが」
それでも位置は絞れました、と。大人気ないという表現が見合うほどの演算能力を持つPCを怪しく光らせながら、聡美は叫んだ。
「出ました―――ポイント、5付近に千雨さんが居ます!」
聡美や茶々丸、ネギは大人しく千雨が捕まるとは思っていなかった。偽装もしているだろうと考え、潜んでいるだろう場所の候補を考えていたのだ。
5、というのは第五候補のこと。有り得ないだろうと思っていた場所であることに、流石ですね、とネギが呟いた。
そこで、楓とさよが戻ってきた。一行は動けるものは単独で、そうでないものは動けるものに担がれて移動を開始した。
その中で最も早いのは、楓だった。忍者らしく音もなく、麻帆良の空を流星のように駆け抜けていった。
(―――全て、千雨殿の依頼があってのことでござるが)
楓は、千雨から懇願された時の事を思い出していた。
ネギにとって3―Aは特別だ。その特別を悪い意味で捉えている奴らが居る。守るためには、神出鬼没な奴が必要だ。
(どこに居るのか分からない、いつ現れるのか分からない。そういった不気味さを感じさせることで、相手は迂闊に行動できなくなる、でござるか)
戦闘になるのが嫌だから、と答えた千雨に対して、楓が理由を問いかけた。その後、視線を逸し顔を赤くしながら答えた千雨の言葉を、楓は忘れていなかった。
巻き込まれて傷つくのは嫌だろ―――長瀬も含めて。
「ツンデレ、という奴でござるなぁ………素直になった千雨は、それでらしくないでござるが」
苦笑しながら、楓は思う。それでも千雨がこれで発見されるような者であれば、長い間の麻帆良を守ることはできなかっただろうと。
その予想通りに、向かう先―――開発が途中で中止になったマンション群の中から、魔法の始動キーが詠唱される気配を楓は感じた。
「―――千雨殿ではない、これは!」
目を見開いた楓に、一斉に発射された魔法の矢が襲いかかった。
「楓さん!」
「大丈夫やネギ、楓姉ちゃんがあれぐらいでどうにもなるかい。それよりも、や」
「……見覚えある。確か、メガロメセンブリアに居た指名手配犯」
襲い掛かって来た相手のことを、明石祐奈は見覚えがあった。魔法世界の住人ではなく、こちら出身の犯罪者として見たことがあったのだ。
「それも、完全なる世界の信奉者だった人達だよ!」
「人気のないこの場所に潜伏していたのか……いや、まさか長谷川千雨を?」
フェイトの言葉に、ネギが形相を変えた。だが、のどかから制止の声が入った。
「お、大技は控えましょう。街に被害が出ることは、良くないと思います」
「隠れてる千雨ちゃんを巻き込んだら、本末転倒だしね。ということで、
夕映から地面に降ろされた早乙女ハルナの行動は早かった。即座にスケッチブックを取り出し、流れるような動作で絵を完成させていく。
他の面々は牽制と防御に努め、襲い掛かってきた相手に攻撃は仕掛けずに、ただ被害が小さくなるよう捌いていった。
間もなくして量産された、いつもとは違う“小柄で女性型の炎の魔人”が敵に襲いかかっていく。その姿を見たフェイトが眉間に皺を寄せた。
「気の所為だと良いんだが………あれ、火のアートゥルをモチーフにしてないかい?」
「ふっふっふ、オマージュと言ってくれたまえ。それに相手が完全なる世界の信奉者ならダメージでかいかなーって」
「なんで全員半裸なんですかパルーーッ?!」
「いや、そっちの方が動揺するかなって」
さらりと極悪な事を言うハルナに、フェイト達が顔を引きつらせた。
「あ、でも小型だから弱いです………相手がかなりの手練ということもありますが」
「問題なーし! 足止めと時間稼ぎが目的だからね」
ハルナの声にのどかが頷き、笑った。
「行きます―――
鬼神の童謡という魔法具による名前看破と、
「敵は祐奈さんが言っていた通り、完全なる世界の残党です! 目的は、起動エレベーターを魔法により破壊すること!」
「重犯罪者予備軍って訳だ―――なら、遠慮はいらないね」
遠慮なく仕掛けても良い相手であると認識したフェイトは、瞬動で距離を詰めると次々にテロリストを石化していった。
3-Aの面々も同様に、次々に攻勢へと出た。春日美空はその速度で相手を撹乱し、楓が飛び道具で牽制、そこに刹那が切り込んでいく。集まって数を頼りにしようとする相手には、綾瀬夕映が次々に余波が少ない魔法を炸裂させていった。
小太郎は影で相手に攻撃を仕掛けると同時に、余っている影を使って村上夏美や宮崎のどかといった非戦闘員を守っていた。ネギは夕映と同様に、遊撃と小太郎の援護をしながら、戦況の推移を見守っていた。万が一の時には、いつでも入り込めるように。
「これなら、あと5分で無力化を―――」
「非常事態です、マスター。千雨さんから緊急通信が」
いきなりの事に驚き、ネギが硬直した。だが、次の情報を聞いた途端に青ざめ、急いで明日菜が居る方向へ移動した。
「アスナさん!」
「何よネギ、そんな顔して………何かあったの?」
察したアスナが尋ね、ネギが簡潔に説明した。自棄になった相手が、エレベーターを破壊するために用意していた術式を使うつもりであることを。
「っ、誰がそれを?!」
「情報は千雨さんから、相手は―――あそこです!」
ネギは敵集団から離れた場所で、主犯格らしき男が大きな爆弾をセットしているのを目にした。位置を見るに、味方もろともこちらを攻撃するようにも見えた。
だが、遠い。ネギは雷天大壮を使って倒すことも考えたが、その余波で起爆しないとも限らないと判断し、断念した。
「―――雷天大壮よ。ネギ、やりなさい」
「な、それは……危険ですよ!?」
「大丈夫よ! 絶対に、一人じゃないならきっと何とかなるから!」
対ヨルダとの決戦の時と同じ、無根拠な言葉。ネギはそれを聞き、頷きを返した。
(最初に決意を。次に、行動を―――その上で、なんとかする。一人じゃない、誰かと一緒に!)
覚悟を決めたネギは千の雷を掌握し、自身を雷に変換した。そして、止めるべき主犯格との間に居た敵を拳で、蹴りで薙ぎ払っていった。
それに追随して、感卦法を発動したアスナが距離を稼いでいく。
だが、二人は同時に悟った。2秒遅い、間に合わないと。
そこからは、瞬きをすればこそ。
ネギは全員を守るために方向転換をしようとして、アスナは諦めずに突っ走り、主犯格の男は狂ったように笑いながら起爆用の術式を発動して―――その笑みが止まった。
「なっ?! ばかな、なんで起爆が―――」
直後、驚愕に男が硬直した。起爆用の術式が、何をどうされたか分からないが、虫食いになっていたからだ。
―――そして。
「てやあああああっっっ!」
追いついた明日菜から放たれた
間もなくして士気が挫かれたテロリスト達が、次々に捕縛されていった。
「―――戦闘終了。そして逆探知も完了しました、ネギ先生」
「え……ひょっとして、先程のアレから?」
「ええ。余程焦っていたようです……まあ、彼女なら焦りますか。とにかく、場所は割れました。こちらは私達に任せて、急いでください」
私の親友をお願いします、と茶々丸が頭を下げる。
ネギはその姿にぐっとなるも、ありがとうと頷きを返した。
視線を上げれば、全員が同じように笑って親指を立てていた。早く行ってこい、という意味だろう。ネギは皆に対して頭を下げると、急いで千雨が居る半ば廃墟のようなマンションの中へと走っていった。
「あれ……住人が、居ない訳じゃなかったんだ」
ネギは道中、少ないが何人かの人間が居ることに気がついた。戦闘の音に怯えているのかその顔色は良くなかったが、紛れもなく一般人だった。
ネギは仲間たちが居る方向を案内しながら、千雨が居る場所へと歩を進めていく。
そして、最後の曲がり角を曲がろうとした時だった。
先程と同じであろう、避難をしようとしている女性が小走りで近づいてくるのをネギは感知した。間もなくして、すれ違った。ネギは、その顔を見ながら感想を述べた。
見覚えはない。間違いなく会ったことも無い人で―――と思いながらもネギは反射的にその女性の手を掴んでいた。
そうする前までは、何故こんな行動をしたのか、というのはネギ自身にも分かっていなかった。だが、手を握った後は違った。
立ち止まったネギは部屋がある方向ではなく、見覚えのない女性へと視線を向けていた。女性はその視線を受けながら怒ることもなく、戸惑うこともなく、諦めたように言葉を返した。
「―――まいったな。どこで気づいた?」
「掴むまでは、勘ですが………掴んでからは、掌から伝わる感触で」
「……相変わらず女を勘違いさせるような台詞使ってやがんな。いつか刺されるって何度も忠告しただろ」
「大丈夫です。今はもう、刺されても良い相手にしか言うつもありません」
ネギの笑顔の答えに、女性は大きなため息を吐いた。そして、観念したように認識阻害の効果がある眼鏡を外した。
その顔を見て、ネギは更に笑みを深めながら告げた。
「お久しぶりです、千雨さん」
「ああ。久しぶりだな、ネギ」
30分後、テロリストは捕縛されて学園長が手配した人員に連行されていった。その手続と報告は、あやかを筆頭とした残った面々が行っていた。ネギと千雨の二人は追い出されるようにしてその場を離れた後、麻帆良学園の中を歩いていた。
互いに、口を閉ざしたまま。無言を破ったのは、半眼になった千雨の方だった。
「それで………私に何の用だよ。お前も顔色悪いし、疲れて……じゃなくて。なんだ、あれだよ、困ってるから復職してくれってか?」
「違います……困っているのは正真正銘紛れもない真実ですが。というより、どうしてそう思ったんですか?」
「けっ……麻帆良は私の庭だ。何が起きているのか、すぐに分かっちまう。この8年で、そうなるようにしたのは他ならぬ私だ」
少し情報を収拾すれば、何時どこで何が起きているのかを把握することができる。そこから千雨は今年に入ってからの問題について言及して、告げた。
「でも、敵の攻撃はまだ防げてるだろ………正直、私はもうゴメンなんだ。8年で一生分は働いただろ? 後はゲームしてネットして……と、とにかくこれからは楽に生きさせてもらう。引きこもりバンザイだ。悠々自適に過ごすんだからな」
「それは……特別顧問からも退いて、ですか?」
「ああ。こんな私なんかより、適任は大勢居るだろうからな」
千雨はネギが特別顧問、という立場に居る人間に役職ではない、特別な感情を持っていることに気がついていた。いわば相談役だ。ネギの事を知り、計画のことを見据え、両方が良くなる方向へと導くように言葉を交わす必要がある役割であるとも。
(恋人候補、が一番良いんだろうけど)
身内では雪広あやかから、国外でもネギの人柄に惚れた女性が大勢居たことを千雨は知っていた。政略結婚にはなるが、いずれもこれからの計画に大きく貢献できると断言できる程の政治力、資金力を持った良家の、それも一級に美人な女性が。
「そうだよ……居るはずだ、私以外の適任なんて、探さなくなって見つかる。だってのに、なぜだ? なんで私みたいなハズレをわざわざ……裏で私が何をしていたのか、もう知ってんだろ」
防諜に努めた日々の中で、全てが白く正しく美しく、という訳にもいかなかった。最悪のケースを防ぐために、千雨は犯罪スレスレの方法も取ったことがある。騙すような形で3-Aのクラスメートを利用したこともあると、千雨は沈痛な表情で語った。
「そうだ、私は8年前よりも
千雨は胸ポケットから香草入りの煙草を取り出し、火を点けた。私はここで帰らせてもらうと、千雨は煙で目元を隠しながら少しだけ声を震わせることで告げた。
間違っていないはずだ。そう確信しながら去ろうとする千雨に対して、ネギは言葉を投げかけた。
「―――『あんた、本当にその親父を探さなきゃ駄目なのか』。あれだけ意表を突かれたを言葉は、後にも先にもありませんでした」
静かに語るネギに、千雨は立ち止まった。それは自分が告げた言葉を覚えているという証拠だった。ネギは嬉しそうに、言葉の続きを諳んじた。
「『この学園で奴らと楽しくバカやってるだけじゃダメなのか、わざわざ危険に飛び込んでまで』……続く言葉は予想がつきました。そこまでして父さんを探すのか、といった所だと思います………眼鏡を外しながら、千雨さんは言ってくれました」
眼鏡、という単語に千雨はぴくりと反応しながら顔を逸した。
「ああ、覚えてるぜ……眼鏡の方にまで言及されるとは思ってなかったけどな」
「あの、それは……ラカンさんが」
「はあ?! くっ、あのオッサン……!」
千雨は顔を赤くしながら怒りに震えていたが、諦めるようにため息をついた後、答えた。
「なら、余計に私なんか気にしてる場合じゃないだろ。それに、私の言葉はただの一般論だ。単純な疑問を言葉にしただけだって」
「そう、かもしれません………ですが、僕には初めてでした。いえ、久しぶりだったのだと思います。何を求めるでもなく、純粋に問いかけてくれる人は、ネカネ姉さんか、スタンじいちゃんだけでしたから」
子供ではなく、英雄の息子ではなく、憧れの先生ではなく、そういった記号を取り払ったネギという個人を心配しての言葉。懐かしくも新鮮で、以外なものだったとネギは語った。
その上で、子供という記号さえ取り払われた『ネギ』という個人を見ていたのは千雨だけだったかもしれない。ネギは今になって思うのだ。立場も何もなく語りかけてくれたのは貴女だけだったかもしれないと。
「思えば……僕が魔法世界に行って父さんを探す、という選択をすることを学園長やタカミチ、アルビレオさんや詠春さん。みんな、全員が疑っていなかったように思えるんです。英雄の息子として、魔法世界で活躍して、いつしか………といった風に、期待されていた証拠かもしれませんが」
確かなのは、誰もネギ・スプリングフィールドが“止まる”ことを望んでいなかったということ。危険など跳ね除けられるだろうと、その背中を押され続けてきた。自分で選んだことですけど、と自嘲しながらネギは言葉を続けた。
「光栄なことだと思います。何を贅沢な、と言われるかもしれません。実際、僕に迷いは無かった……だからこそ、貴女の言葉に僕は驚き、戸惑いました」
「……そこは変な女の屁理屈で片付けとけよ」
「無理ですよ。千雨さんは、一番先に僕に世界の広さを与えてくれた人ですから」
「は? ………魔法世界に行く前にだろ、身に覚えがねえんだが」
「千雨さんにとっては当たり前だったから、自覚がなかったのかもしれません。衝撃を受けたのは『魔法を使わなければ人を幸せにできない』なんて思い込んでいた、僕のような子供だけでしょう―――驚いたんですよ。ネットアイドルとして活躍して、視聴者の皆さんを笑顔にする千雨さんの姿に、僕は」
映像で、言葉で、人の喜び、楽しさといった明るい感情を引き出す。ネギにとっては、それこそが魔法に見えていた。
「武闘会の後も、超さんの事件の時も………凄い、と思いました。周囲を見る力も、物理的に対抗するような力は持っていないのに諦めない所とか……ホームページの運営もそうですけど、誰かに頼らない強さというものに憧れました」
苦しみ、悩んだことは間違いない。だけど逃げず、諦めずに立ち向かった。
ネギは、『当時の僕は自分の精神的な弱さを自覚していたから』と答えながら自嘲した。そして、心情を吐露した。
―――自分の信念の元に立っている千雨の背中に憧れていたんだと。
「……僕は。僕は英雄の息子として、誰よりも強くなければならなかったんです……だから、
ネギは呟き、わかっていたんですよね、と尋ねた。千雨は無言のままで、それが答えとなった。
「沈黙は肯定ですよ、千雨さん。やっぱり気づいていたんですね」
「……おかしなことじゃないだろ。父親のように強く成りたい、っていうのは」
千雨は淡々と事実だけを答えた。
「自分でなんとかできる力を求めた―――仲間に頼り切りなんて情けない真似はできない、っていう選択は。感情は、間違いじゃないだろ?」
千雨の言葉にネギは苦笑するも頷き、肯定した。まほら武闘大会の時、父に自分の道を歩けと言われた。自分はそれに頷いたものの、ずっと迷っていたことを。
「色々な人から、多くの言葉を貰いました……でも、僕の原点はやっぱり父さんなんです。それ以外に、何も無かった」
“弱いナギ・スプリングフィールド”など許されない。ネギはずっと思い続けていたことを明かし、複雑に微笑んだ。
「結局の所、僕は分かって無かったんですよね。千雨さんの言葉も、
だから、とネギは言う。闇の魔法の適正が高くても死にかけた原因はそこにあると。あの究極技法を修得するのに一番大事な部分は、善悪や強弱に囚われず、全てを受け入れること。目の前の問題を敵視し、打破すること。それが父の道に繋がると信じていたから、答えを見出すのに長時間かかったと、ネギは拳を強く握りしめた。
心の問題に代表される胸中の葛藤は打ち壊すことはできない。なくなることはないのだ。泥のような汚いものを抱えながらも、人はずっと戦っていかなければならない。
「“デカイ悩みなら吹っ切るな。胸に抱えて前に進め”……答えは、既に教えていてくれていたのに」
本音は違うのに、吹っ切ったつもりになって、ちぐはぐで。迷惑をかけました、と頭を下げるネギに、千雨はすっとぼけた。
「覚えてねえよ………そんな言葉」
「僕は覚えていますよ。ずっと、ずっと、忘れていません」
「そうか……でも、価値はねえだろ。所詮は無責任な小娘の言葉だ」
「何を言ってるんですか。千雨さんは、ずっと誰に対しても責任を果たそうとしてくれたじゃないですか」
「麻帆良のことだったら、自分のためだぞ。ああでもしなけりゃ、いつか自分の身も危うくなる、そのついでだ」
「……でも、みんなを守るために奔走したって学園長も」
「―――違う」
泣きそうな声で、千雨から否定の言葉が差し込まれた。千雨は俯いたまま、全身を震わせながら答えた。
「違う、そんなもんじゃない……ただ、ガキがはしゃぎ過ぎてたから、見てられなかっただけだ。怒るんじゃねえ、注意しただけだ」
「……千雨さん」
ネギの納得していない声色を聞いて、千雨は顔を上げると眼鏡を外しながらキレた。
「ラカンのおっさんからも聞いたんだろ、私はずっと傍観者だったって。全部、無関係だから外から好き勝手に言ってただけだ」
吐き出すように、叫んだ。
「出発前のあんたを止めようとしたのは、羨ましかったからだ。こうも思ってたぜ。どうせ頑張っても無駄に終わるんだから必死になってもしょうがねえだろ、って。迷いを吹っ切るな、っていうのも私が失敗したからだよ」
千雨は、小学生だった頃に犯した自分の過ちを語った。
「認識阻害に関しちゃ、言うまでもないよな。私はそれを何となく察してた。私は色々と違うんだ、って。そんで、割り切ったつもりになってた………全然、そんなことなかったのに」
泣きそうな声で、言う―――無かった事にしたかったんだと。
「吹っ切ったんじゃねえ、見ないことで無かったことにしたかったんだ。でも、そんな歪な真似が長い間続く訳ねえ。それで………我慢できずに爆発した。家族とソリが合わなくなったのは、それからだ」
違和感に気がづかなかった最初の千雨は、世の中の嘘を暴こうと訴えた。両親は気がつけず、戸惑い話を合わせた。
千雨はそれに気がついて、遠慮を覚えた。自分がおかしいのだと言い聞かせることで、割り切ったつもりだった。
子供だった千雨にそんな無理が続けられる筈もなく。最低最悪の切れ方をした結果、家族との絆に亀裂が入った。
千雨はそれに気が付きつつも、修復する努力を怠った。傍観者として距離を保つことを選んだ。なぜなら、その方が楽だからだ。
千雨は泣きそうな顔で、ネギの胸ぐらを掴んだ。
「滑稽だろ? 勝手で、お高く止まってたんだよ。眼鏡をかけたのもその一環だ。目の前の光景を遠くに見てて、自分だけは違う、って言い聞かせた。クソ生意気に気取って好き勝手に遠くから色々と思ってた……つまりは、逃げたんだよ。8年前の、先生の告白もそうだ。私は、あの時もアンタから逃げたんだよ。ついていく自信がなかったから、それらしい言葉を積み上げるだけで」
取り繕うだけに虚飾を重ねるだけ。苦難を乗り越えてきたあんたとは違うと、千雨は羨望のままに表情を歪ませた。
「ずっと、アンタを妬んでた。闇の魔法の時だってそうだ。無責任に選択させて、結果はどうだ? あんたは不老不死になっちまった。永遠に外見はガキのままだ。あの時に光の道を歩けば、もっと良い結末が待ってたかもしれないのに」
「……千雨さん」
「応援してたよ。そこに嘘はない。でも、どこかで失敗しろって思ってた私が居る。私だけがどうして、って。自分の歪さを思い知らされてからはずっとだ。全部、終わってから気づかされる。どうして私だけこんなに捻くれちまったんだ、って………諦め癖もついちまった」
困難に対して方法を考えるクラスメートとは違い、諦めの言葉が先に浮かんでしまう。千雨は情けないと信じている自分の身を守るように、両手を胸元に、抱えるようにして縮こまった。
目を逸らすということは、問題から逃げることを意味する。自身を左右する問題に、千雨は逃げることを回答とした。眼鏡を壁に、遠巻きに眺めることを良しとした。自身の夢のために真正面から戦い続けているネギとは違う、臆病者で薄情者の怠け者だと自分を恥じていた。
そんな女が、ネギに相応しいか。千雨は頭からそれを否定し、結論付けていた。
「私は、お前に相応しくない。だから……もう、良いだろ? ネギ先生、あんたを好きな奴は大勢いる。だから、今更私なんかに構わないでくれよ」
千雨が、最後の拒絶の言葉を吐いた。明らかなそれは、否定以外の意味はない。
―――だがネギは一歩も引かず、思うがままを言葉にした。
「………逃げた、と主張する千雨さんの言葉を僕は否定できません。それは、本人にしか分からないことだと思いますから」
でも、とネギは言った―――千雨の主張の中で一部分だけ、誤りがあると。
「千雨さんは、無責任なんかじゃないです。きっちりと責任を果たしてきた……筋を通してきた人ですよ。この意見だけは、誰が何を言おうとも変えるつもりはありません。唯一の、絶対です」
「何を………いや、だから。麻帆良を守ることは私自身の―――」
「違いますよ。それよりずっと前に―――僕が暴走した時のことを覚えていますか?」
忘れていない、掌の感触はそれです、とネギは笑った。
「僕が闇の魔法に呑まれて暴走を………総督府で過去を見せられた時と、デュナミスにやられた時でした。多くの人が僕の腕にしがみついて止めてくれました。でも暴走した僕の正面に立って、頬を叩いてくれたのは千雨さん、貴方だけです」
腕を支えるにも、命の危険があった。戦闘力の無い人ばかりで、下手をすれば死んでいた。だからネギは、止めてくれたすべての人に心からの感謝をしていた。
「でも……一撃、受ければ物理的に。バラバラになるどころか血煙に消えてしまうっていうのは千雨さんも分かっていた筈です。なのに前に立って、叱ってくれて……僕の原点を思い出させてくれた」
暴走した、闇の魔物の姿を否定することはなく。復讐に思うのも心の一部だろうが、もっと別の。復讐心だけではない、芽生えたものがあると叫ばれたことを、ネギは覚えていた。
同時に、自分のサガをどうしようもなく情けなく思う。
いつだって、前だけを見ていた。だからこそ立ち塞がってくれる人が一番、心に残った。震えながら、必死に。自分を真っ直ぐに見つめるその女性の瞳を前にして初めて、ネギは父以外のことに心を奪われた。
芽生えたものが憧れだったのは、度し難いと思う。だけど、強い意志はどこまでも眩しかった。
「……それで良いのか。その言葉を聞いて、思い出さなければ僕は今も闇の魔物のまま無為な永遠を送っていたことでしょう。それに、千雨さんは逃げていたばかりじゃない。訓練の時も、ドン引きしてたじゃないですか。人間の出して良い威力じゃないって」
小太郎と喧嘩した時も、ラカンとの訓練の時も、放つ攻撃の威力に千雨が驚愕し、恐怖していた事をネギは知っていた。何時発射されるか分からない戦艦の砲口の前に立つ行為に等しい、それを知っていながらも、とネギは千雨の目を見返しながら告げた。
「分かっていた上で千雨さんは前に立って止めてくれた―――3-Aの皆さんと同じです。強くて、とても優しい彼女たちと」
告げられた千雨は、反論しようとしたが、できなかった。自分の評価なら否定できたが、3―Aと同だと言われては肯定する他なかったからだ。
「身を張って、不甲斐ない僕を。それに、千雨さんの主張をすべて否定できないように、千雨さんにも否定できない僕の心情があります」
「……なんだよ、それは」
「僕は、そんな……憧れられるような大した人間じゃないんです。いつだって、人の言われるままに進んできた、主体性のない子供なんです」
総督府の時もそうだと、ネギは自嘲した。魔法世界の一部を見捨てようとしたゲーデルに対しての答えを。“父さんなら全員を助けるだろう”と主張し、自分がそれに追随したことを。
「父さんならこうした筈だ。あの人に教われば、自分は少しマシになれる。その繰り返しでした。責任を何かに委託したまま、僕は進んできたんです………その重さの本当の意味に気づかないまま」
だからこそ、魔法世界に生徒を連れて行くという選択をした。助かったのは結果論で、何人か死んでもおかしくはなかった。そう主張するネギの言葉を、千雨は否定できなかった。
「軽くて、流されて……明るい方向に、憧れだけで進んでたんです。あの頃の自分の中にあった―――あの時に千雨さんも見た通りの、黒い魔物のような自分の本性から目をそらしたまま」
暴走しながら、ネギは自分の醜さを頭のどこかで理解していた。それが、自分に潜んでいたものであるということも。
「……でも、目を逸らさずに見てくれました。僕が止まれずに、顔に傷を負っても、血を流しながら止めようとしてくれました。そんなものじゃないだろう、って」
情けない限りです。ネギの言葉に、千雨は反発した。
「それでも、先生はずっと戦ってきた……困難に立ち向かった上で勝ってきたじゃねえか、私とは違う」
「そんなに大した人間じゃないです。僕は……みんなから好かれるような人間じゃない。主体性のない、ちょっと物事に詰まれば落ち込んで迷うだけの。誰にも助けられなかったら、ここまで来れませんでした」
だから、とネギは以前に告げた言葉を繰り返した。
「感謝を………ありがとうと言いたいんです、本当に。以前にも言いましたが、僕がここまでこれたのは皆さんのおかげですが、何よりも千雨さんのおかげだと思っています。言葉をかけてくれた。ずっと、僕を見てくれていた……1年前のあの時だって、酷く危険だった筈なのに、僕達のために」
「……言うな」
「8年前は、よく分からなかったと言いました―――でも、僕は子供じゃなくなった。だから色々と考えて、気づくことができたんです。僕はぶっきらぼうで、口が悪くて、それでも頼られれば身を張ってでも応えてくれる優しい千雨さんを」
「やめろ……私が頼られて応えたのは、今までにそんな経験をしたことが無かったからだ。浮かれてたバカの行為だよ、勘違いすんな」
「しますよ。だって、僕もそうでした。だからこそ分かります。見損なわれるのが何よりも怖いってことが」
ぐっ、と千雨は言葉に詰まった。自分と同じ理由だったからだ。自信が無いから、寄りかかられると応えてしまう。こんなものかと、離れられるのが怖いから。嫌われるのが怖いから。千雨はそんな小物で矮小な自分が嫌いだった。だが、ネギもそうだとするならば。違う、ずっと気づいていたのかも、と言い訳は言葉にならずに。
「今は、理解した上で言います。勝手だろうか知りません。僕は、こんな情けない僕の事をずっと見てくれていた千雨さんの事を」
「言うな! ……委員長が居るだろ。まき絵とか亜子とか綾瀬、宮崎も。古菲や茶々丸だけじゃない、ここ数年の仕事の中で知り合った奴らだって!」
「はい。千雨さんが言うとおり、その人達の事は好きですよ………でも、僕は」
「私は………っ、こんなに、面倒くさい女だぞ! ここで他の奴らの名前出すとか、今も、逃げることばっかり考えてる! 見た目だって、こんな……!」
「全部含めて、僕は千雨さんのことを可愛いと思ってます。から、問題はありませんよ。そして、それ以上に―――綺麗です。美しい。僕の知る、誰よりも」
これ以上は言葉では言い表せない。だが、ネギは全宇宙の誰に問われても自信満々で応えられる解答を持っていた。
ネギ・スプリングフィールドが、宇宙一美しいと思っている人の名前を。
ふわりと柔らかい声色の、不意打ち気味の言葉に千雨が絶句した。ネギはその一瞬の隙を見逃さずに、千雨を包むように抱きしめながら告げた。
「だから―――僕は、そんな千雨さんを誰よりも愛しています」
良かったら結婚を前提に付き合っていただけないでしょうか、と。
8年前と似た内容だが、それよりも強烈になった告白の言葉が千雨の胸を撃ち抜いた。千雨は、最初は何も応えなかった。答えられなかった、という方が正しかった。視線が揺れるだけでは済まない、全身が沸騰したかのような熱に襲われていたからだ。
逃げようにも、離さないという意志がこめられた両腕に対して、千雨は敵う気がしなかった。
言い訳もできなかった。あそこまで言葉を尽くされれば、詭弁で逃げることも難しいと考えていたからだ。
だから、と千雨は呟いた―――本当に、もう逃げなくてもいいのか、と掠れるように小さな声で。そうしてしばらくした後、千雨はようやく一言、答えとなる呟きを返した。
「………さっきも言ったけど………その、私はかなり、いや、めちゃくちゃ面倒くさいぞ」
「そこが好きですね。あとラカンさんと千雨さんいわく、僕も面倒くさいそうですし……お互いさまですよ」
「けっ、どこがだよ。私はひねくれ者だし。この期に及んで皮肉しか言えないし、輪をかけて臆病者だし」
「そうかもしれませんが、僕は大好きです。以上。何も、問題はありません」
「……ジメジメした女だぞ、名前の通り」
「僕が世界を晴れにするので問題ありません。快晴だと雨も虹になります」
「………ヨルダにやられた影響か、魔法ってやつがちょっと……前よりも怖くなった。トラウマになっちまったかも」
「大丈夫です、僕が守り通ります。絶対に、これ以上傷つけさせません」
「………信じる……しかないんだけどな。私は、そんな事言ってくれる男と会ったことないけど」
「――――それを今聞けて良かったと、心の底から思います」
「今一瞬ゾワッとしたんだが。あと、周辺の鳩も一斉に逃げたような……あとは、なんだ。きまぐれだとか言って捨てられたら、きっと死んじまうぞ」
「まさか、きまぐれなんかじゃありません。僕が何年想い続けてたか、千雨さんは知ってるでしょう?」
「……そう、だったな。でも、他に居ただろうと今でも思うんだが」
「どちらにとっても失礼になりますから言いますが、千雨さん以外にはいませんよ。それに……なんていうか、僕は千雨さんが居ないとダメなんですよ。この前も大きいミスをしてしまったし」
「ミスに関しちゃ何となく察してたよ、調子も悪かったみたいだしな」
「……そういえば、顔色が悪いって指摘されましたね」
「あとは、軌道エレベーターのことも忘れるなよ。魔法世界を救う方も、私と付き合って計画が遅延するようならお断りだ。それとこれとは話が別だからな」
「それでこその千雨さんです。僕も、そちらの方を疎かにするつもりはありません」
「今何問目」
「10問目、って何を言わせるんですか」
「最近は暇過ぎてテレビ見るしかやることなかったんだよ……察せ」
「えっ。悠々自適な引きこもりライフを満喫している筈だったのでは」
「……退屈だったんだよ。トラブルを持ってこない奴らが居ると、な」
「そうだったんですか……千雨さんらしいですね」
「あとは……寂しかったからな。どっかの情けないバカが居なくて」
本当に悲しそうな声で、千雨は言う。ネギはここで押し倒しても至極合法なんじゃないかと思ったが、ヨルダ戦並の気力を振り絞って踏みとどまった。
「先程のクイズ、のようなものですが………全て、正解でしたか?」
「え? あ、ああ………まあ、及第点はくれてやっても」
素直じゃない千雨は、気づかなかった。ネギの声に何かを企んでいるかのような含みがあったことを。
そのネギは千雨の答えを聞くと、両腕を離した。千雨は自分を覆っていた腕が無くなっていたことに喪失感を覚え、あっ、と残念そうな声を。
その顔を見下ろしていたネギは、理性を取り払って手を伸ばした。
「それじゃあ―――景品を頂きますね」
告げると同時、ネギは千雨の顎に手を添えて顔を上げさせると、唇を落とした。
完全に意表をついたその行動に、千雨は爆発したかのように耳まで真っ赤にした。だが、それも少しだけのこと。千雨は唇を受け入れた後、一度離れたネギの顔を見つめながら告げた。
「私も頑張るけど………私を含めてあいつら全員の身は守ってくれよ」
「誓います―――大丈夫ですよ。千雨さんが僕の心を守ってくれるので」
「うるさい黙れ」
千雨は反撃とばかりに微笑んでいたネギの頭を抱えて深い口付けを交わした。
―――直後、夏美のアーティファクトで隠れていた元3―Aのクラスメイトと、潜んでいたナギとラカンとエヴァンジェリンが勢い良く飛び出した。
別の地点で潜んでいたテロリストを掃討した、残りの3―Aの面々まで。
雲ひとつない鮮やかな青が輝く、晩夏の空の下。30名余名の囃し立てるような声が響いては、上空を飛んでいた飛行機の音にかき消されていった。
あとがき
・残すはエピローグのみ
・今話、加筆の可能性あり
・4話の前半は「Life will change」でも良かったかもしれんね