誰もいない、暗い世界。そこに一人、佇む影があった。
「ここじゃない。ここにも……彼女はいない」
砕けた棺桶を踏み、見えない空を仰ぐ。何処までも続く黒、黒、黒、黒、クロ、クロ、くろ、くろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろくろ――――――――――――――――――――
「あああ……アアアアアアアアッ!」
叩きつけるように何かを放つ。それは地に伏したモノ――――先ほどまで動いていた異形の何かを、踏みにじるように粉々に砕いた。
「アアアアアアアアアアッ!アアーッ!!!」
何度も叩きつけ、ソレを壊す。ソレが塵になっても、何度も何度も、何度も何度も何度も、地面が抉れ、世界を壊すかのように、怒りと嘆き、悲しみ、そのすべてをぶつけるように、影は叫んだ。
「――――騒がしい。」
その一言で、世界が凍った。いや、死んだ、と言う方が正しいだろうか。声と共に現れたのは、美しい女性だった。
「貴様が元凶か?」
「元凶……ね」
この世界に来た時にこの影が感じた違和感。それは、全てのモノが動かない、いや、死んでいるといった方が正しいだろうか。この世界は、死に満ちていた。……元凶、異物は、この影がさきほど相対した棺桶の方だろう。あれは、この世界に存在してなお、生きたいという強い意志を感じさせた。
「なに、許そう。……貴様の死を持って」
女の周りに魔力が満ちる。その圧倒的な魔力を前に、影は、
「……殺して、くれるのか?」
なぜか、冷静……いや、むしろ、受け入れているようにも思える。女はそんな影の様子にも動じず、機械の様にマロ力の奔流を影へと降ろし――――
だが、その魔力は一瞬にして消えた。否、影によって消されていた。
「そうだよね……だめだよ……死ぬなんて。うん。わかってる」
うわごとのように呟きながら、ゆらりと女へ向き直る。その目に生気は感じないが、その体から生じる魔力は、先ほど女が発生させた魔力より大きく、女のモノよりもはるかに死を感じさせる、暴力そのものを具現化したようなものだった。
「貴様……」
女の感情の無かった顔が、わずかに歪む。影は、まだ何かを呪詛のようにつぶやいていた。
「そうだ……死ねないよね……あなたを残して、行くわけないじゃないか。わかってるよ」
「貴様、名は何という」
女が、影に興味を示した。影は、虚ろな声で呟いた。
「名前なんて、もう忘れた」
魔力を込めた手を前に出す。魔力は、男の右手に集まっていき、一枚のカードの形を成していく。
「そうだね……あなたは、役に立ちそうだ」
魔力が込められたカードを構え、天に掲げる。現れたのは、巨大な棺桶。
「大丈夫。僕が必ず見つけますから。だから……」
棺桶から現れたのは、巨大な骸骨、その手には巨大な剣。
「だから……待っていてください。師匠」
――――そして、また一つ、異界が消える。
――――かつて、異界を救った英雄の手によって。
――――彼の行方は、誰も知らない。