魔法使いと黒猫のウィズ 遥か彼方の君   作:烏零

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第2話

「……ふう」

「お疲れ様です、オルハさん」

 

書物を書き終え、一息つく女性。彼女の名はオルハ。異界の歪みの観測者である。そんな彼女にお茶を差し出したのは、境界騎士団団長、セドリックだった。

 

「ありがとうございます。セドリックさん」

 

お茶をすすり、遠くを見つめるオルハ。境界騎士団は、異界の歪みから現れる脅威からこの世界――――クエス=アリアスを守る者たちだ。数多くの兵士が、来る脅威に向けて研鑽を積んでいる。

 

「……また、新しい敵ですか」

「はい。また黒猫の魔法使いさんに力を借りねばならないかもしれません」

 

黒猫の魔法使い。クエス=アリアスにおいて最強と言っても差し支えない、最強の魔法使いのことである。あまり感情は出さず、常に黒猫を連れている。それくらいしか情報がない。名前すらも、知っている人がいるのかも怪しい。黒猫の魔法使いは、これまで幾度となくクエス=アリアスの危機を、いや、異界の危機を救ってきた。

 

「あまり、彼ばかりに頼りすぎるのも情けないですがね。境界騎士団の名が泣いてしまう」

「彼は規格外だから仕方ないですよ~」

 

苦笑するセドリック。これまでも多くの大敵に襲われ幾度も危機に瀕していたが、それらをすべて跳ねのけたのは黒猫の魔法使いだ。彼がいなかったらと思うと、ぞっとする。

 

「さて、では私は少し席を……え?」

 

オルハが驚き、急に振り向く。その先にはただの壁しかない……が。

 

「オルハさん、何か見えたのですか?」

「ええ。でも、これは……近い、いや、もう来る――――!」

 

 

 

 

「また神殿にいくのかにゃ?キミも熱心にゃ」

 

そのころ、喋る黒猫――ウィズと、それを連れた一人の魔導士が歩いていた。黒猫の魔法使いだ。彼らは新しい精霊と契約できるかもと、叡智の扉を開けに向かっていた。

神殿では、精霊との契約を行うことが出来る。簡単に言ってしまえばそれだけだが、もちろんそんなに単純ではない。彼らの呼びかけを聞き、彼らの真名を答えなければならない。

重い扉を開け、中に入る。……一歩踏み出し、違和感。

 

「淀みが……こんなに、滅多にみたことないにゃ」

 

淀みは、精霊を召喚するうえで必要なものだ。この淀みを利用し、新たな精霊と契約する。……しかし、今日は、異常と呼べるほどの淀みが溜まっていた。一般人なら、その瘴気に当てられ気絶してしまうだろう。

 

「キミ、様子がおかしいからいったん外に――――」

 

ウィズが叫んだ直後、淀みの中から、何かにつかまれる感覚。必死に振りほどこうとするが、離れない、それどころか、力を増していく。

 

「キミ!精霊の真名を!早く!」

 

その言葉にハッとする。精霊の真名を呼べば精霊はおとなしくなり、契約が成立する。だが――――わからない。数多くの異界で数多くの精霊と契約した魔法使いだったが、この腕の正体は全くわからない。

魔法使いを掴む腕は徐々に膨れ上がり、そこから再生するかのように人の形を成していく。現れたのは、漆黒のローブに身を包んだ、一言で表すならば影とでもいうべき存在だった。ソレには存在感が皆無、それどころか生きているかもわからない不気味さを感じた。

 

「……今の、声」

 

影がウィズに向けて動く。させるか、と足を踏み出し、

――――いつの間にか放たれた影の魔法に、神殿の反対側の壁まで吹き飛ばされた。

 

「そうか……そういうことか!」

 

突然笑いだす影。魔法使いとウィズは、その狂気ともとれる光景に、唖然としていた。影の手が動き、魔法使いへ幾多の魔法を繰り出す。魔法使いはそれをかろうじて受け止めるも、その圧倒的な魔力を受け、そのまま押し込まれるように壁へ再び叩きつけられる。

 

「《君》はいつの《君》なんだい?……ねえ。ねえ!」

 

魔法使いから抵抗が感じられなくなっても、影は魔法を打ち込むのをやめない。だが、突然攻撃をやめる。魔法の衝撃衝撃で発生した煙と淀みが晴れると、一枚の、巫女姿の女性が描かれたカードを持ち立っていた。そのまま、別のカードに持ち替え反撃の魔法を放つ。カードから現れたのは、眼に赤い煌きを宿した女性。その号令で、魔法使いの魔力が満ちていく。

 

「なるほど。それは知っているんだ。じゃあ……これだよね」

 

そういって、影が魔力を込めた手を出す。そこに握られていたのは、魔法使いが使うのとよく似たカード。

 

「にゃ!?なんでそれを!」

 

ウィズが驚く。影は、悲しそうな顔を浮かべ

 

「これでも、気づいてくれないんですね……やはり。こうするしかない」

 

魔法使いが、危機を察知し先に動く。女性の振るう剣が、影の首をとらえ、振り抜く。

――――が、その剣は、影の前で止まる。影の後ろに、影が出したであろう精霊が見えた。魔法使いが出した赤い精霊とは対照的な、凛とした、蒼く眼を光らせる女性。影の出した精霊が、笑い、魔法使いの精霊を一振りで消し飛ばした。

 

「こんなものか……まだ、世界は救えてないのかな。英雄サマは」

 

影が近づいてくる。あきらめるものか、と再びカードを構え――――

 

「遅い」

 

影の繰り出した炎の魔法に、一瞬で吹き飛ばされる。壁に叩きつけられると同時に、魔法の中から鎖が現れ、魔法使いを拘束する。影の後ろに立つのは、先ほどまでの蒼い精霊ではなく、魔法使いが出した赤い精霊、リヴェータだった。

 

「ねえ。もう終わり?」

 

影が魔法使いの首を掴む。その力が徐々に強くなり、魔力を練るための集中すらもできなくなる。

 

「やめるにゃ!なにがしたいんだにゃ!」

 

ウィズが叫ぶ、やめて、という声すら魔法使いは発することができない。

 

「何が、ね」

 

影が、魔法使いにだけ見えるようにフードを外す。その顔に、魔法使いの顔が驚愕、そしてあり得ない、という表情に変わっていく。

 

「《君》はよく頑張ってる。でもね。これじゃダメなんだ。これじゃ何も守れない」

 

影が魔力を込める。すると、淀みが神殿の中央へ集まり、二人の目的だったもの――――叡智の扉を、作り出す。

扉が開いていく。だが、その先にあるのはいつも魔法使いたちが開けた時のように精霊が出てくるわけではなく、その先に広がっているのはただの闇だった。魔法使いの首を掴んだまま、扉の先へと連れていく。

 

「今までありがとう。これからは、僕がみんなを守る。だから安心してここから消えてくれ」

「やめるにゃ!……お前は、お前は何者にゃ!」

「……自分から名乗らないとわかってくれませんか」

 

振り返り、ウィズを見る影、ウィズは、言葉を失い、唖然としている。影はそんなウィズに寂しそうな笑みを浮かべ、魔法使いを扉の先へ……投げ入れた。

 

「あとは、全部僕がやる。だから、《君》はもういらないんだ。じゃあね…………《僕》」

 

自分が、扉の先で笑っている。扉は、徐々に閉まっていく。

――――待って――――

――――君は、ウィズは――――

そんな叫びは、閉じた扉に阻まれる。

そのまま魔法使いは、意識を失った。

 

 

 

「……さて」

 

扉が消え、荒れた神殿に残された影とウィズ。ウィズは、敵意を隠そうとしない。

 

「私の弟子を返すにゃ!じゃないと……私が、お前を……!」

「……師匠、やっと会えたんです。やっと、再会できたんです。僕は……あなたを探していたんです」

 

一枚のカードを投げる。それは天界より人々を見守る、慈しみの神の形を成す。その光に当てられ、ウィズは眠りに落ちる。

 

「今度からは……僕が、あなたを守ります。そのために、強くなったんですから」


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