…………ん
…朝…か。
少し、早く起きてしまったようだな。
まぁ、それ自体は悪いことでは無いのだが…
昨夜の件のことで、随分と頭を使ったからだろうか。
気持ちの朝の光を降ろす今日の天気とは裏腹に、私の心は酷く澱んでいて、決していい目覚めとは言えなかった。
…当たり前だ。
あんな事があって、私の様なものがさっさど気持ちを切り替えて穏やかに睡眠など取れるはずもない。
あまりに衝撃的な事であった為、いつもより私の思考は回り、目がが冴えて寝付けなかったのだ。
取り敢えず身体を起こし、私室の隣にある洗面台に向かう。
…酷い顔だ。
こんな顔で秘書艦の、みんなの前に出たら、きっと心配させる事だろう。
頭に立つものがこんな様子じゃあ、あの娘達を不安にさせてしまう。
せめて、顔つきだけでもいつもの調子に戻さねばな。
顔を洗った私は、完全に睡眠の微睡みから抜け出し、またもや思考の連鎖に陥っていた。
色々と昨日の事を考え直し、時々さらに心にダメージを負うこともあったが、やはり考え事をする中で、一番思考の割合を占めているのは、あの時の朝潮の、言葉だった。
あれは、…私の自惚れでもなんでもなく無ければ、間違いなく、私の事を好いている、と、言うことなのだろう。
…いや。あそこまで言われて、まだ疑問形では、彼女に失礼だろうか。
ともかく、昨夜の事は、私の様な者には色々とダメージが大き過ぎた。
彼女が、朝潮が、普段のイメージとはほど遠い感情を爆発させながら、顔をくしゃくしゃにさせ、大声で、私に投げ掛けてきた、言葉。
それは、嘘偽りなど全くない、彼女の本心であり、今まで内に秘めていたモノ、間違いなく、抑えていた感情、なのだ。
……
私は、どうしたらいいのだろうか。
結局は、どれ程思考を重ねたとしても、この問題に尽きる。
情けない男だと思われるかもしれないが、私はこの様な揉め事には一切の免疫がない。
告白されたことなど、これが初めて…では無い、が、それでもこの年まで軍人として、その道一本で生きてきたつまらない無骨ものの私には、そのような経験がないのは必然であって、うまく心に踏ん切りもつけられず、彼女の想いにしっかりと答える、なんて事は直ぐには出来そうもない。
…実際は、それが一番の正解なのだろう。
私から、彼女に、このようにぐだぐだと無意味にマイナスの考えなどせずに、答えを返すのが、結局は一番の正解なのだ。
そんな事など、分かっている。
…分かっている、のだが、…何故か、彼女の想いに対する答えが出てこないのだ。
いや、答えなどとうに出ている、NOだ、彼女と私は上官と部下。
個人的に深い関係を結ぶ事など、許される筈がない。
そんなことはわかっている、だが、分かりきっている答えを、何故か振り絞れない。
何故だ?何故私は答えを出せない?返事など、決まっていると言うのに。
何故だ、何故、何故…
…
「提督?おはようございます、起きていたのですね」
ハッと、意識が現実に引き戻される。
ベッドに座って下を向き、思考の渦に飲み込まれていた私を現実に引っ張りあげたのは、今日の秘書艦、大和の声だった。
「あぁ…、おはよう、大和、もうそんな時間か」
「えぇ、そろそろですね。今日も一日、頑張りましょう!提督!」
「…うむ、そう、だな…」
「?」
いかんいかん、一日の始まりに私がこんなに暗くては全体の士気に関わる。
なんとか切り替えて、仕事をせねば…
「そういえば、早起きをしたというのにまだ着替えもすんでいなかったな」
「もう、提督~?早くしてくださいね!」
「あぁ、済まないな、それじゃあ…」
「?」
「…」
「…??」
じーっと見つめ合うこと数秒、な、何故だ、分かると思ったのだが…
「あー、その、大和?」
「はい、何でしょう?提督」
「いや、その、な、私は、着替えるんだぞ?」
「?えぇ、そうでしょうね」
…天然か?
いや、彼女は聡明で、察しもよく、頭の良い娘だ、分からないはずもないと思うのだが…
「…あぁ、だから、部屋から出ないのかと…」
「あぁ、それなら大丈夫です」
「いや…」
「大丈夫です」
「だから…」
「大 丈 夫 、です」
「…」
まぁ、もういいか。
別に私の着替え程度、見られて困るものではないからな。
さっさと済ましてしまおう。
…
確かに、確かに私は男だし、着替え程度見られて困るものでもない、が…
だが、あそこまで無遠慮な視線をジロジロと向けられると、その、…流石に恥ずかしいものがある。
さて、出だしからつまづいてしまったような気もするが、気を取り直して行こう。
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「ふぅ…終わった、が…」
「?どうしたのですか?」
「いや、少し…いや、いつもより大分片づける書類が少ないと思って」
「そういえば、確かに…今の時間は…まだ二時、ですね」
「いつもより二時間は早く終わっているのか」
「えぇ、そのようですけど…」
今までも、書類がいつもよりかは少ないと思うような日は当然あった。
毎日処理する仕事量は必ずしも均一ではなく、日によって変わるからだ。
だが、二時間もの時短となると、少し不安が残る。
必要書類の提出を忘れる様な娘に旗艦を任せているつもりも無いし、もし仮に遅れている、忘れているのだとしても、ローテ毎の艦娘による定期出撃の報告書など、1日分のを纏めても、処理にかかる時間は一時間も掛からないだろう。
となると必然的に、
「大本営からの業務書類が少ない…という事でしょうか?」
うむ…それしか理由は見つからないな。
まぁ、業務連絡と言っても他鎮守府の人員不足による一時的な艦娘の援軍要請や、式典、儀典などへの出席などのものだから、偶然量が少なくなると言うこともあるかも知れないが…
ええい、くそ、大本営に連絡を取るか?しかし
しかし、私としては少しでも不安要素を排除しておきたいものだ。
現時点では大和にしかこの状況を知られてないし、この件に関して黙っていろと言えば、色々と勝手に察してくれた上で、聡明な彼女は従うだろう。
だが、それは彼女の心に一抹の不安を抱えさせることになるのも事実。
それは私としてもあまり望まない事態だ。
…やはり直接確認を取るか…
………
……
…いや、今すぐでなくともいいだろう。やっぱり後で…
ヂリリリリリリリリ!
「うおっ!」
「きゃあっ!?」
急に鳴り出した電話に、二人揃って声を上げてしまった。
まぁ、大和が驚いたのは、私が急に大声を上げたからだろう。
電話が来ただけなのにここまで過剰に反応する事も無いからな。
しかし、このタイミングで電話が来たのなら、恐らくは書類の量に関係する連絡だとは思うのだが…
いや、それよりも問題は、この電話の相手が
出来ればそうでない事を願いたいが…
「提督?電話、出ないんですか?」
「ん、あ、あぁ、分かっている、出るぞ」
えぇい、ままよっ!
勢いに任せ、電話を取る。
『もしも~し?こんにちは~!大本営第二管制室の辻堂ナツメで~す!センパイですかー?ってまぁこの時間は執務室に絶対居るからセンパイがでるって分かってたんですけど一応聞いちゃいました~♪」
「…あぁ、私だ…しかし辻堂中尉、言葉遣いはもういい、今更指摘するのも面倒だ。しかし、せめて私の事は先輩ではなく提督と呼べと何度言ったら…」
『お久しぶりです~、セーンパイっ♪電話越しとは言えセンパイの声が聞けて私は嬉しいですよ~?センパイも嬉しいですよね~?あ、答えなくていいですよ?分かってるので、センパイの事はぜーーーんぶ、ね?』
「…それで、電話を掛けてきたという事は何かあるのだろう?大体察しはつくが、要件を聞こう」
『センパイの声が聞きたかったから掛けちゃいました☆』
「冗談はいいから、早く要件を」
『も~っ、相変わらずせっかちですねぇセンパイは。まぁそんなところも含めて愛してるんですけど♪』
「…辻堂」
『ハイハイハイっ、分かりましたよもぉ~。それではまぁ、本題なんですけど、恐らくそっちの察してる通り、今日の仕事の量について一応説明しろと言われましてね、このナツメちゃんが連絡を取った次第です!』
「うむ、で、何故急に仕事が少なくなったのだ?」
『それがですね~、この間の人類側初の攻勢作戦によって~、日本近海の深海棲艦に結構大きな損害を与えられちゃったみたいで~、そこから数ヶ月くらいは逃げ延びた深海棲艦が結構広い範囲に広がっちゃったから、それに対応する為に一時期仕事が増えてた期間があったんですけど、それらの処理もほぼ終わったので、あとのちょこちょこある細い諸々は大本営がちゃちゃっと請け負っちゃって、これまですこ~し忙しくしちゃった各地の鎮守府に余裕をプレゼント!という事になったんですよ~、なので、問題があったとか、そーいうのでは無いので安心していいですよ!ってな訳です♪どうですか?伝わりました?』
「…うむ、委細承知した」
『…ま~た妙にカタくるしい言葉を…まぁいいです。取り敢えず伝えるべき事は伝えました!…所で、センパイ?このさき、そちらの方で何か忙しかったりとかそういう日って…有りますか?』
「む?仕事を減らしてくれたのはそちらではないか?」
『いやぁ、地域の人達と融和を図るための触れ合いイベントだの何だのってあるじゃないですかー?民間地域と近いとそーいうので忙しくなったりって有るのかなーって…』
「そういう事なら…ふむ、ここ三ヶ月は特にそのような事は無いぞ?」
『…!わっかりました!ありがとうですっ!センパイ!それじゃあ私はこれで!』
「うむ、ではまた」
…全く、真面目にやれば出来るのに、何故ああもおちゃらけているのだ…
一度しっかりと説教でもする必要が有りそうだな…
「………提督?」
「なんだ、大和…っ!?」
大和に声を掛けられ、そういえば、すぐ横に居たはずなのに電話中に姿が見えなかったな、などと思いながらそちらを向いた。
そこには
「…先程の電話の相手は、一体、何処の馬の骨でしょうか、まさか…」
「外に女が居る、なんてこと、あるわけないですよね…?」
「や、大和…?」
まるで幽鬼のようにユラユラと揺れながら、少しづつこちらに迫ってくる大和の姿があった。
まるで陳腐なホラー映画の様な光景だが、それを大和の様な長身の日本美人に目の前でやられるとかなり怖い。
しかもその表情は、長く美しい長髪によって隠れており、一層不気味さが増している。
その上、何よりも私が驚いたこと、それは。
彼女が、どこからか持ってきたのか、ナイフを手にしている点だ。
武器を持つ相手への対処は知っているし得意だ、恐れることなど何も無いのだが…大和の放つ、腹の底から凍える様な寒気に押され、私は一歩も動けず、間抜けに彼女の名前を呼ぶ事しか出来なかった。
「私、私…大和は、鎮守府の中では、提督が私以外の娘と喋ったり、近づいたりするのも、我慢出来ないけど、我慢してました」
「だって、あんまり過ぎた事をする
「でも、でも…鎮守府の外に出られては、私には何も出来ない…」
「艦娘は、提督の許可証が無いと、外出来ないから…」
「ここの外で提督に近づく畜生には、私には対処出来ません…」
「だから、最初から決めてました。私」
「もしも、もしも提督がここの外で私達以外の女と恋人になったり」
「…ケッコンする、なんて事になったら」
「貴方を殺して、私も死のうと」
「そうすれば…」
「天国で一緒になれますから、ね?」
「だから、提督…」
「そこで大人しくしていて下さいね?」
そう言って、一歩、また一歩と、彼女は迫ってくる。
普段の大和撫子然とした彼女の姿はとうになく、地獄の蓋を開けたかのようなほの暗い感情が感じられる。
どうにかして彼女の勘違いを解かなければ…しかし、この状態の彼女にまともに話を聞いてくれるとは到底思えない。
なんとか彼女の心を揺らがせ、私の言葉をしっかりと受け取ってもらう方法は…
いつもの私と違う行動をすれば、彼女が動揺しその注意を私に向けるような事…
…一つ、思いついたが、これが効くかは賭けだ。
もし、大和がこれで何も感じなかったならそのままナイフで刺されて終わりだろう。
だが、私の貧弱な発想力では、これぐらいしか思い付かないのも事実。
…やるしかない。
覚悟を決め、私は、足に力を込める。
そして、今持ちうる全力を解放し
大和に抱きついた。
「…ッ!?」
「聞いてくれ!大和!」
「はっ、ハイ!?」
「何故勘違いしているのかは分からん、が!辻堂中尉は私が昔所属していた部隊の仲間であり、不埒な関係など、これまでも、そしてこれからも、一切有り得ん!…だから、取り敢えずそのナイフを置いてくれないか?大和…ん?」
「きゅう…」
…大和が、気絶している。
頭に血が上りすぎて脳がパンクでもしてしまったのだろうか…?
まぁ、とにかく、この場を収められたのならば、いいか。
…疲れた……