その後、倒れた大和が起きるのに、そう大した時間は掛からなかった。
起き上がった大和は、状況が飲み込めていないのか、少しの間ボーッとした後、先程の痴態を思い出したのか少しテンパった様子で謝罪してきた。
私としては、この様なことには、恐ろしい事に慣れてしまって居るので、確かに驚きはしたが大丈夫だという旨を伝え、本日の執務は終わりにするからもう休むように伝えた。
彼女はこれを慌てて拒否し、自分にはまだ秘書艦としての仕事があるから提督のそばを離れるわけには行かないだのなんだのと言っていたが、こちらとしても突然気絶する様な状態の彼女に仕事をさせるなど不安だ。
しばらくお互いの意見は平行線を貫いたが、最終的には大和が主張を控え、私にその辺りの判断を委ねると言ってくれた。
当然、私の主張は彼女を一刻も早く休ませる事なので、自室に戻る事と、しっかり休むことをもう一度、今度は少し厳しめに伝える。
その後は簡単に事は運び、大和は退室の礼をして執務室からそそくさと退室する運びとなった。
…少し落ち込んでいる様だったな、無理もない、普段の撫子然とした彼女からしたら、あんな姿を見られるのはあまり良い心持ちでは無いだろう。
後ほど戦艦寮にでも行って、フォローをするべきだろうか…
いやしかし、いくら言葉を重ねたとしても、彼女の受け取り方によっては嫌味に聞こえるような事もあるかもしれん。
だが、これで放っておいたとしても気になって仕方がない。
いや、しかし…
だが…
しかし…
むぅ…
…
…やはり、フォローしに行くとしよう。
やらずに後悔するより、やって後悔した方が、マシに決まっている。
…彼女に攻撃的な態度でも取られでもしたら、私の心が耐えられるかどうかは、別だが…
えぇい、面倒だ!今、行くとしよう!
このモヤ付きを抱え込んで過ごすのは全くもって頂けない。
精神的な余裕は何事にも直結するのだ。
ならば、さっさと解決してしまうに限るだろう。
決意を固め、執務室を出る。
今の時間は訓練や雑務の忙しさがピークに達する辺りだからだろうか、人の気配が全く感じられない。
ズンズンと歩みを進め、一度外に出て、戦艦寮への道をひた歩く。
戦艦寮に着いた、扉を開け、廊下を進んで大和の部屋を探す。
一階を見終わり、二階に登る。
階段を登ってすぐの所に大和の部屋を見つけたので、勢いそのままに扉を開く。
「大和!先程の件だが、私は本当に気にしてい、な…」
「…え?」
はたしてそこに居たのは、大和、ではなく、その姉妹艦、武蔵であった。
それだけならば、特におかしい所もない。
二人は姉妹艦、どちらの部屋に居ても別段普通の事だろう。
私も、武蔵も意外には思うだろうが、それだけだ。
それならばなぜ、両者共に驚きに身を固めているのかと言うと。
端的に言えば、武蔵が服を着ていなかったからである。
「……」
「……」
産まれるべくしてこの場に産まれた、静寂。
物音一つ立たない静謐たる空間に差し込まれた、最初の音は。
「きゃあああああああああああああああああっ!!!!」
絹を咲くような絶叫、であった。
勿論、それは眼前に映る全裸の彼女による物で。
「何だ何だっ!」
「何事だーっ!」
それは、一つの建物に響き渡るには十分すぎる音量で。
「提督のっ…」
「まっ、む、武蔵っ…」
「馬鹿あああああぁぁぁっ!!」
唸る右腕。
ばちぃんっ!という派手な音。
脳が揺さぶられる感覚。
慌ただしく動く周囲の喧騒。
そんな情報過多の世界を最後に、私の視界は暗転した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…む
私は…寝ていたのか?
脳が仕事をしない。
取り敢えず体を起こそうと無意識の内に考え、身をよじるも、本当に芋虫のようにグネグネとうごくばかりで、起き上がることも出来ない。
何故だ?そう言えば、体に違和感を感じる。
そう、腕が動かず、胴に張り付いていて、足も開かない。
久しく味わっていない気がするこの感覚は…
そうか、縛られているのか。
……
縛られて、いる?
縛られているのか!?私は!
有り得ぬ展開に全く仕事をしなかったはずの脳みそが急速に働き始め、状況の理解に務める。
覚束無い視界もようやく明瞭になり、ハッキリと私の目に映りだした光景は、誰かの足だった。
それも複数。
…つまり、転がされている?
縛られた上に、床に転がされるとは、何という。
しっかりと仕事をしている脳みそが
決意に燃える自分。武蔵の赤裸々な姿。視界に迫る手のひら。ワラワラと寄ってくる戦艦寮の艦娘達…
それらの要素から導く出される結論は…
「起きたみたいだなぁ?相棒」
不意に聞こえてくる、言葉。
何故であろうか、友人に投げかけるような気さく声音であるのに対し、受ける印象はまるで裏腹の物。
まるで、戦友を地獄に引きずり下ろす音叉の声の様な感情を感じる。
それとも、深海共の恨み辛みであろうか。
ともかく、そのおどろおどろしい声の主に、情けなくも浮気がバレた亭主のような心持ちで言葉を返そうとした矢先。
「む、武蔵、この状況は…」
「
「相棒は相棒だ、それ以外に何がある?」
「
「近いも何も、コイツはこの武蔵の『相棒』だ。それ以上でもそれ以下でもないが?」
「
「…何が言いたい」
「…少し距離が近すぎるんじゃなくて?
「…英語にはあまり詳しくないが、罵倒されているのは分かったぞ。いい度胸じゃないか」
「あら?罵倒なんてしてないわ?advice. 助言のつもりだったのだけれど…気を悪くしたなら、ごめんなさい?
「いよいよ死にたいようだな…この三枚舌野郎」
「やだ、野郎だなんて…そのアマゾネスみたいな見た目の通り野蛮ね。もう少し慎みを覚えたらどう?なんなら教えてあげるわよ?」
「貴様っ…」
私の言葉を遮って始められた舌戦は白熱し、遂には艤装を展開しかねないほどになっている。
仮にここで二人が砲を交えたら、私はもとより、ここに居る
流石にそれは避けなければ。
「ストップ、ストップだ。二人共」
「admiral. そんなに怖い顔をして、どうしたのかしら?」
「止めてくれるな相棒。今この女の横っ面を引っぱたいてやろうと思っていたところだ」
「だから、その「相棒」呼びを止めろと私は言ってるのだけれど」
「ウォースパイト、今は良いだろう。後にしなさい」
「…アナタがそう言うなら、そうするわ」
「ありがとう、ウォースパイト…、兎も角だな、こちらとしても言いたいことは有るんだが、取り敢えず一度起こしてくれないか?床に転がされたままでは色々と不都合が…」
こんな体勢で何を言おうと、威厳もクソも無いだろうからな。
だが、それよりも深刻な問題がある。
現在、床に転がされて仰向けになっている私の、頭の少し先辺りで二人が口論しているわけで、そちらに顔を向けると、その、なんというか、…下着が見えてしまうのだ。
先程も見えてしまったわけだが。
武蔵は小さなリボンのあしらわれた可愛いやつで、ウォースパイトは意外にも黒、それも、極めてセクシャルなヤツであった。
…それはどうでもいいのだが、ともかく、そんな状況で話したいと思うものは余程の変態か馬鹿だ、私は変態でも馬鹿でもない。早く起こして欲しい。
「いいのかしら、admiral?そのままの床に寝っ転がってれば私達の下着が見放題じゃなくて?」
「っ!?」
「なっ!提督、貴様…っ!」
「待ってくれ武蔵!確かに見てしまったがそれも一瞬で、決してわざとでは…!」
「あら?私、確かに見放題とは言ったけど、本当にadmiralが私達の下着を見ていたの?」
「ハッ!」
「ウフフッ、まぁadmiralも健全な成人男性なのだから、しょうがないわよね。私はそういうのにもしっかりと理解がある女よ?そこに居るアマゾネスと違って」
「提督…貴様には失望したぞ…!」
「待て待て待て、本当に!事故なんだ!偶然!わざと見たわけでは無い!信じてくれ、武蔵!」
「…本当、なんだな?」
「あぁ!本当だ!」
「…分かった、信じよう。…待ってくれ、今起こす」
「ありがとう。武蔵」
艤装が展開されていたし、砲門がしっかりとこちらに向けられている中、良くぞ説明しきれたものだ。
艦娘に砲を向けられるなど、全く笑えんぞ。
ただ、まぁ、今回は、武蔵に対してはそれをやられても怒ることが出来ないほどの失礼をやらかしている訳だが…
ようやくに体が起こされ、椅子に座らされた。
…実際、この程度の拘束ならば抜けようと思えば抜け出せたのだが、今回は完全にこちらが過失を犯した形なので、そこは自重していたのだ。
しかし、部屋の真ん中に踏んじばられて座らされ、艦娘達の視線を浴びながらこれから武蔵に対して弁明を行うなど、まるで裁判が如き、だな。
…笑えないな。非常に。
「それで、だな、武蔵…。先程は、本当に済まないことをした。この通りだ」
素直に頭を下げ、謝罪する。
一応、少将である私は、もちろんこの頭を軽く扱っては行けないことも心得ているが、今回は事が事だ、確実に私が悪いし、頭を下げて謝意が伝わるのならば、すべきだろう。
「ふむ…、正直、言いたいことは色々あるのだが、その姿だけでもはや…」
「足りないわぁ」
「え?」
「私、誠意が足りないと思うの、admiral」
「貴様、何を勝手に…」
(良いから、ここは私に任せなさい。アナタにも美味しい思いはさせてあげるから)
(だから、何を言って…)
「確かにadmiralは誠心誠意謝ってると思うわ、それは私にも伝わってるもの。でも、一女性として考えるとやっぱり保険が欲しいわ」
「保険、か?」
「そう、それも形あるものとしての保険」
「…それは例えば……」
「そうね、私としては…admiralの財布に痛い目見てもらうのが1番じゃないかしら、と考えるの」
「それは…贈り物、の様な形でか?」
「Exactly!それで、ただ私達の要求を聞いてもらって、って言うのよりも、admiral自身にそのpresentを決めてもらいたいの!」
「私が…か?」
「そう、アナタが選んだ物を、私達のbirthdayにpresentして欲しいの。そうすれば、ここに居る全員に誠意が形として残るし、何より私達も嬉しいわ、どう?」
(どう?こうすれば皆happyよね?)
(うむ…正直言って貴様らにも贈り物を、と言うのは納得出来ないが…、まぁ、良いだろう。良くやった)
(ふん、貴方の為じゃないわ、私の為よ。それに、ここで「全員に」っていう条件にしないと、後々面倒だったしね。これがbestかしら)
今この場にいる全員にプレゼント、か…
…正直、そのくらいならば一切の被害もないと言えるほどに、金はある。
何故なら、これまた単純だが、使う機会がないからだ。
基本鎮守府に常駐するので、まず買い物などしない。
だから、そっちはなんの問題もないのだが…
不味いのは、私が選ぶ物を、という点だ。
女性に贈り物だと?私のセンスでか?
厳しすぎる、とんでもなく幻滅されそうだ。
無難なものを、とも思うが、誠意の形としての物なのだし、しっかりとした物を選ばねば…
そう考えると、とても厳しい条件だな、これは…
だが、それで許しを得られるのならば…
「…分かった。約束しよう。それぞれの誕生日に、私が選んだ物をプレゼントするとしよう。それで許されるのならば、安いものだ」
「うむ、この武蔵、それに文句はない」
「それじゃあ、解散するとしましょうか。あ、今縄を解くわね」
「スマンな、頼む」
「…ね、admiral」
「…どうした?急に小声で…」
小声で話しかけられたからこちらも声を小さく返答したが、なんだ?
「アナタが選んだものを、なんて言った手前。少しアレなのだけれど、欲しいものの希望を言ってもイイかしら?」
「あぁ、それくらいなら良いぞ。何が欲しい?言ってみてくれ」
「…私が欲しいものは……」
「…勿体ぶらないでくれ、何だ?」
「…Engagement ringが、欲しいわ」
「エンゲージリング?」
ん?エンゲージリング…
「……………」
「なっ!?」
それは、つまり…
「フフッ、期待してるわよ、admiral?」
チュッ、と
頬に柔らかい感触がした。