第一次鎮守府ヤンデレ大戦   作:笑顔の侍

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大和ノ部屋、マタハ浴場ニテ修羅場アリ?

…何だ。

意識が不明瞭で、覚束無い。

私は一体、どこにいるのであろうか。

考えようとしても、何かがつっかえるかのように思考を邪魔してくる。

 

それに不信感を覚えつつも、しかし、フワフワと優しく抱きとめられているような感覚が続けば、細かいことなどどうでも良くなってきた。

 

あぁ、いっそこのまま、心地よい感覚に身を委ね続けるのも、悪くないだろう…

 

「…く、…とくー」

 

…何だ?何処からか、声が聞こえる。

私を呼ぶ声…なのか?

しかし、この温かくも柔らかい感触にまだ浸かっていたい私は、聞こえないふりをする。

 

「…いとく。て…とくー?」

 

…いや、何をやっているのだ、私は。

これは明らかに大和の声だろう、なぜ聞こえないふりを敢行した。

正気にもどり、どこかで引っかかっていたつっかえの様なものが溶け落ちる。

 

一気に思考が引き戻され、意識は現実に引っ張られた。

 

「…おはよう。大和」

 

取り敢えず、この部屋の何処かに居るであろう大和に挨拶をしておく。

瞼が重く、目を開けるのが辛い。

私は寝起きが弱く、いつもこうなのだ。

 

「ふふ、おはようございます。提督」

 

大和の声がすぐ近くから聞こえた。

…そう言えば、今日の朝も似たような事があったな。

秘書艦だからか、一番に私の部屋に来た大和に気づいた時は、眠気も吹っ飛んだ物だ。

 

…まて、大和の声が()()()()()()聞こえた?

 

…嫌な予感がする。

なんと言うか、このまま目を開けたらありえない現実に直面しそうでとても恐ろしい。

…というか、先程起きた時からあるこの感触はなんだ。

 

私の頭を包み込むように柔らかく、温い。

その感触は正しく極上の枕も裸足で逃げ出すが如く、だ。

まだ強く眠気があるからか、私はその何かに顔を擦りつけていた。

 

「やんっ…、ちょっ、提督…?いきなり乱暴すぎで、すよ。あっ♡」

 

すぐ近く、本当にすぐ近くから聞こえてくるのは、大和の艶のある声。

いい加減現実を認めるべき、と重い瞼に活を入れ、目を開けるも、飛び込んでくると思われた光は無く、視界一面は暗いまま。

 

視界は暗闇に覆われていたが、それは私が、柔らかい何かに顔を擦りつけたままだからだと気づき顔を離した。

 

「ふぅ…っ。あ、提督。おはようございます♡…随分と、積極的ですね?」

 

そこに居たのは、いや、まず私の目に映ったのは、二つの球状のもの。

現実逃避気味に、眠いからと考えないようにしていたが、私に密接しているかのように近くにいたのは、やはり、大和であった。

 

そして私が顔を擦り付けていたものは、豊かさの象徴、母性の証、などなど様々に表現されるもの。

つまり大和の胸であった。

 

固まっている私の耳に、大和の声が入り込んでくる。

 

「驚きましたよ?私も眠いからとベッドに入ったら、提督が急に抱きついてきたから。…寝ている時は、とても積極的なんですね、提督は」

 

…抱きついた?私から?

それはもう、セクハラとか何とか、そういう次元を超えていて。

不味いどころのはなしじゃないぞ、これは。

普通に考えて、軍法会議ものか…?

 

「でも、提督。あんまり心地よさそうに眠るものですから。私も驚いたけど、まぁ嬉しかったですし…あ、先に言っておきますけど、私、特に気にしてないですよ。だから安心してください、ね?」

「い、いや、しかしこれは…」

「いいんですよ、どうせ提督の事ですから、セクハラ問題だー、とか軍法会議だー、だの考えているんでしょうけど、それって、私達が秘密にしていれば何も問題ないハズですよね?」

「秘密にって…」

「私は少なくとも誰にも言いませんよ?言いたくもありませんし、言う必要も有りませんから。だから、これはふたりの秘密。良いですか?」

「…わ、分かった。ありがとう。大和」

「ふふ、感謝の必要なんか無いですよ」

 

…どうやら、大和はこの不祥事を見なかったフリをしてくれる様だ。

何だかとても悪い事をしている様に思うが、いや実際随分なことをしでかしたが、大和が秘密にしてくれる。というのであれば、素直に私もそれに従おう。

 

わざわざ彼女の好意を無碍にする必要もないからな。

 

「…そろそろ私は行こう。あんまり長居してもあれだからな」

「あら、ずっとここに居てくれても良いんですよ?」

「…出来ればそうしていたかもしれんな、が、外聞というものがある。君の部屋に居るところを見られたら、お互い色々と面倒だろう」

「私は気にしませんけど?」

「…冗談は止めてくれ、私が気にするんだ」

「提督は、やっぱり堅いですね。別にいいのに」

「…あんまりからかわないでくれ、そういうのの対応は苦手だと、知ってくれているだろう」

「うふふ、ごめんなさい?」

「全く…それじゃあ、また」

「えぇ、また明日」

 

そう言うと私は、窓を開け静かに飛び降りた。

なに、ここは二階だ、この程度の高さなら問題にもならん。

…しかし、何とも。

ここまでしていると、まるで疚しいものがある様に見えるだろうか。

実際、誰にも見られないように窓から、なんてことをしている時点で、なんだか悪い事をしているようで落ち着かないな。

 

静かに着地しつつ、悶々と考える。

戦艦寮の裏は庭なので、木々に囲まれていて見えることもあるまい。

というか、思ったよりも長く寝ていたのか、辺りはだいぶ暗くなっている。

もう夜も半ばくらいか?…さっさと本館に戻るとしようか。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はふぅ…。もう無理、力、入らない」

 

提督を見送った私は、ピンと背筋を伸ばして座っていた姿から、一気に脱力しベッドに倒れ伏す。

川内が去った後、あの人が急に抱きついて来たのには本当に驚いた。

彼女と交わした約束を直ぐに破る形になってしまったが、あくまで彼女が禁じてきたのは私が提督に触る事だもの。

今回は私からじゃなく提督からだから、問題ないわ。

 

「…すぅー、はぁー…」

 

何気ない様子を気取りながら、ベッドに潜り込み深く深呼吸。

…やっぱり、まだ残ってる。

 

提督(アナタ)の温もりと、匂い」

 

何時間もベッドに居てもらったけれど、思ったよりも強く提督を感じられる。

提督がすぐ横にいた時程ではないけれど、何とも、得体の知れない背徳感が身をやき焦がした。

このまま眠りにつきたい思いもあるが、流石に髪も洗わずに寝るのはアウトだろう、そう思い、嫌々ながらもベッドから抜け出そうとした。

けれど、どうにも力が入らない。

 

「…あ、駄目だわ。腰砕けになっちゃってる」

 

…ずっと提督と一緒に居たからって、流石にこれは恥ずかしい。

まぁいいか、と気持ちを入れ替える。

力が入るようになるまでは、このまま提督の温もりを、匂いを、感じているとしよう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

本館に着いた私は、その足で私室に直行していた。

…寝ていた時に思ったよりも汗をかいていたらしく、どうにも自分の臭いが気になる。

艦娘達に、それも駆逐艦のような見た目幼い娘達に「提督、臭いです」などと言われたら、心が折れる。

 

かなり急いだからか、私室には思ったよりも早くつけた。

道中、彼女たちと出会わなかったのは幸運だったな。

さて、風呂の準備をするか。

 

…と言っても着替えとタオルを持っていくだけなのだが。

艦娘達は、それぞれ自分の石鹸やシャンプーなどを持参している、と前に鈴谷から聞いた。

 

というのも、私が備え付けとして置いておいた物は、どうやら彼女たちのお気に召さなかったらしく、それぞれが自分に合ったものを各自買ってきていて、現状風呂場に備え付けてある物は少しも使われてないそうだ。

 

その話を聞いた時は、やはり彼女達もそこら辺は気にかけているのだな、と感心した思いだった。

つまり何が言いたいのかと言うと、現状、風呂にある石鹸やら何やらは私しか使っていないことになる訳で。

 

予算で大量に買い込んでおいたそれは、未だ山のように積み重なっている。

…これだけは、もっと色々と彼女たちに聞けばよかった、と後悔している。

 

まぁ、私一人で使っているのだから無くなることもそうそうないから、私が自分の石鹸やシャンプーを補充する必要も無いわけで。

 

つまり、私個人としてはそこそこ嬉しい事だった。

予算を私的に使用した様で心は痛むが、まぁそれはそれ。

気にしない事にしよう。

 

…というか、本当に何時になったらあれらを全て消費しきれるのだろうか。

二年間私が使っていても、未だになくなる気配がしないぞ。

 

…まぁそれはともかくさっさと風呂に入るとするか。

一日の疲れや汚れをそのまま洗い流してくれる風呂は、提督としての責務や様々な気疲れを取り払ってくれる。

若い頃は風呂など面倒なだけだと思っていたが、今では心の友と言えるほどに、風呂を愛している。

 

横開きの扉を開け、中に入る。

艦娘達の服がないかは先に確認済みだ、遠慮は要らない。

そのままの足でシャワーに向かい、体と頭を勢いよく洗う。

 

この瞬間もたまらないものだが、やはり本命は、湯船一面に張られた温かい湯に、ざばりと身体を沈ませる瞬間だろう。

ざばん、湯船に入る。身体中の細胞が打ち震え、一日の執務で固まった筋肉が蕩けるように湯に沈み込む。

 

…湯に浸かった事で、なんと言うか、今までフワフワしていた思考が一気に警告を発し始めた。

…あの場では流されるように立ち去ってしまったが、非常に、とてつもなく非常に不味いのではないか?

 

思い出すのは、つい先程の記憶。

起きたら大和が隣で寝ていて、しかも私はそれに抱きついていた。

あまつさえ…駄目だ、これ以上考えると、恐らく色々と大変な事になる。

 

…風呂に入ってまで心安らかで居られないとは、何たることか。

これに関しては私の責任だがな。

 

…そもそもの話として、いくら恐ろしくても、あそこで大和の言葉に乗る方がどうかしているのだ。

いや、それを言ったら、まず私があの時ノックもせずに部屋に押し入り、武蔵の着替えを見てしまったことが全ての原因だ。

 

あれも、私の配慮がもう少ししっかりしていれば、未然に防げた事なのだから。

…何たる事だ、様々な問題が起きてるのも、この気疲れも、全て自分の責任じゃないか。

 

ため息を一つ。

あまりにも辛気臭いそれに、自分で自分が嫌になってくる。

ここ最近、どうにもメンタル面で弱くなってきている気がするな。

 

山篭りでもしたいが、生憎と私は軍属の身。

その上今は戦時中だ。

そんな時間、取れるはずが無い。

 

思わず二度目のため息が零れる。

ままならないものだ、何とかしたいと思ってはいるのだが…

 

「えいっ」

 

「っ!?」

 

正体不明の何かが突然、左腕に飛びついてきた。

 

「とりゃっ!」

 

「なっ!?」

 

間髪入れず、右腕にも飛びついてくるそれ。

 

誰も居ないと油断していた所に、意識外からの攻撃だ。

為すがままに両腕を取られた私は、何も出来ずにただ驚くばかりだった。

 

 

「提督~、さっきからため息ばっかりじゃん!そんなんじゃせっかくの風呂が勿体ないよ~?」

「何か、あったんですか?大丈夫ですよ。私達が、ぜーんぶ癒して差し上げますから、ね?」

「い、イヨに、ヒトミ!?な、何故ここに…」

「何故って、そりゃ、イヨ達もお風呂入りに来たんだよ。提督は違うの?」

「だが、私が風呂に入る時には、他の者が入っている様子は無かったんだぞ!?棚に衣服が置かれても居なかった筈だが…」

「提督の、確認漏れかもしれません、ね。…私達がお風呂でゆっくりしている時、急に提督が入ってきたから、こちらも驚きました」

「…なぜ気づいたのに言ってくれなかったのだ。そうしたら出直したと言うのに」

「そうするだろうなーって分かってたから言わなかったんだよーだ」

「提督は、紳士な方ですから。私達が良いって言っても、きっと、遠慮してしまうと思ったんです」

「それは、当たり前の事だろう…」

 

風呂に入ったら女性が居た。その女性は気にしないでと言ってくる。それで本当に気にせずいられるだろうか?

そんな奴が居たら、余程の朴念仁か、唯の阿呆だ。

 

生憎と、私は朴念仁でも阿呆でも無い、そこら辺にいる普通の男だ。

それが、こんな状況に無心でいられるはずもない。

両手に花、と言えば聞こえはいい。

男だったらさぞかし羨むことだろう。

 

だが、今この状況はそんな華やかで夢のある物じゃない。

一歩間違えば、私の人生は面白いように転落の一途を辿るだろう。

もう少しゆっくりと入っていたかったのだが、これは仕方ない。

早急にこの場を離脱すべきである。

 

「…うむ、体も温まった事だ。そろそろこの辺で…」

「まだ入って5分も経ってないよ?」

「提督は、何時もはもっと長風呂ですよね?」

「きょ、今日は早めに出ようかと思っただけだ。他意は無い、無いぞ?」

「…うふふん、良いのかな~?提督」

「私達、知ってるんですよ?」

 

私が下手な言い訳で何とかこの場を凌ぎ切ろうとしていた矢先の事。

イヨとヒトミが、急に不穏な雰囲気を纏って耳元で語りかけてきた。

 

「…?何をだ?」

「ちょっと前に、提督が~、」

「…霞さんと、お風呂に入って行ったのを」

「っ!!」

 

…余りの驚きで、声すら出なかった。

いや、この場合、それを見られたことに対する恐怖か?

どちらにしろ、私の内面はあっというまに驚愕で満たされた。

 

そう、それはつい先日の事。

私がいつも通りに風呂へ向かった時に、同じく風呂に入ろうとしていた霞と遭遇した。

 

当然、私は後に入ろうと霞に先を譲ったのだが、彼女の好意によって一緒に風呂に入ろうと言われたのだ。

一度は断ったのだが、思ったより押しが強く、なし崩し的に同じ風呂となってしまった。

 

…まさか、それを見ている者が居るとは。

 

「まだ出ていきたいって言うなら止めないけどさー、そうしたらイヨ達の口が滑っちゃうかもな~」

「私達も、お風呂に入ったあとだと、心地が良くて、口が緩んでしまうかもしれません、ね?」

「もちろん、提督がどうしても秘密にしてほしいって言うなら、イヨ達も、お口にチャック!してられるけど」

「どうなさいますか?提督」

「……もう少し、ご相反に預るとしようか」

「うんうん、イヨもそうした方が良いと思うなー」

「お風呂はゆっくり入ってこそ、ですものね?」

「…あぁ、そうだな」

 

どの道、恐らく私に逃げ場は無いのだろう。

ならば、いつもの通りにゆっくり湯へ浸かるとしよう。

…それが出来るかはさておき。

 

「ねぇねぇ提督、喉渇かない?」

「渇いていない訳ではないが…何だ?」

「実はね…じゃーん!」

「…風呂桶?それがなんだと言うのだ。」

「ふっふーん。大切なのは中身だよ、な・か・み!桶の中に何があるか、見てみて?」

「これは…徳利と、小さいのはおちょこか?…まさか!」

「そう!お酒だよ!お酒!一回こういう飲み方してみたかったんだよね~」

「もう、イヨちゃんったら…」

「いーじゃん姉貴!悪いことしてる訳でも無いでしょ?」

「風呂で酒を呑む…か。悪くない」

「あら、提督は意外と乗り気、ですか?こういうのには厳しいと思っていたんですけれど…」

「いや、実を言うと、私は酒が大好きでな。…少しマナーが悪いと思わんでもないが、一度くらいならば良いだろう」

「でしょでしょ!?やっぱり一度はやってみたいよね!露天で静かに月見酒!…私は賑やかにワイワイ呑む方が好きだけど」

「静かに呑むのも悪くないのだがな…酒の味を楽しむのならば、そちらの方が良い」

「私も、どちらかと言えばお酒は静かに飲む方が好きです。賑やか過ぎるのは苦手で…」

「えぇー?そうかなぁ。…ま、イヨはお酒呑めるならどっちでも良いけどね!」

「全く…」

「相変わらず酒好きだな、質より量、と言う奴か?」

「そんな感じかなー。味の微妙な違いとか、あんまりわかんないし」

「イヨちゃん、呑むの量も、速さも私より早いのに、度数の高いお酒ばかり呑んでるんです。だから、いっつも私が介抱してあげなきゃいけなくて、大変なんですよ」

「えへへ、ごめんって姉貴ー….って、お話はこれで終わり!呑み終わるより先に逆上せ(のぼせ)ちゃうよー」

「そうだな、せっかくの酒だ、しっかり味わうとしよう」

 

イヨが徳利から酒を注ぎ、ヒトミがおちょこをもって私の口に持ってくる。…って、

 

「ちょっと待て、何故おちょこを私の口に運ぶ?」

「いーからいーから、大人しくしてなって」

「私達が口にお運びしますから、提督は何もしなくて大丈夫ですよ?」

「いやいやいや、おかしいだろう。どこの王族だ、私は」

「私達は、提督に少しでも疲れを癒して欲しいんです、だから、ここは任せてください」

「そうだよー、何時も激務に囲まれてばかりの提督に、いい思いさせてあげようーっていうイヨ達の気遣いを無碍にする気ー?」

「…その気遣いは素直に嬉しく思う。が、そんな事をさせるのは私自身が落ち着かないんだ。頼むから自分で呑ませてくれ」

「そう、ですか…分かりました。ごめんなさい、少しやり過ぎでしたね、本当にごめんなさい」

「ほらー、姉貴を悲しませないでよー!」

「ぬぅ…」

 

その気持ちが嬉しい、というのは本当だ。

だが、それは流石に不味い気がするのだ。分かってくれイヨ。

 

「姉貴の気遣いを断ったんだから、ガンガン呑んでもらわないとね!ほら、呑んで呑んで!」

「あぁ、それでは頂くとしようか…っ!?」

 

口に含んだ瞬間に、思っていたものよりもかなり強い辛口が広がる。

イヨは度数高めの酒が好きだと言うから、覚悟はしていたのだが…まさかここまで強い酒を持ってきているとは!

 

「待ってくれ…イヨ、この酒は何だ?テキーラかウィスキーか。てっきり日本酒だと思っていたが」

「え?日本酒だよ?」

「いや、しかし、日本酒にはありえない度数の高さに思えるが」

「あぁ、これは、越後さむらいという日本酒です」

「越後さむらい…?何だそれは、初めて聞いたが」

「この間、日本酒で何かいいものが無いかと探していた時に、見つけたんです。なんでも、日本酒で一番アルコール度数が高いらしくて、気になっちゃって…確か、40度くらいだったと思います」

「日本酒で40度!?そんなものが有るのか。しかし、これで日本酒か…どちらかと言うと最早、テキーラやウィスキーに近い味だったが」

「そうですね、でも、その中で少し日本酒の旨みが感じられて、私は好きです」

「…確かに、味は悪くなかったな」

「そうだよ~、美味しいでしょ?ならもっと呑んでってばぁ~」

「いや、しかしだな、度数40を超える酒だ、あんまり早いペースで呑むと、早々に潰れてしまうだろう。そうするとせっかくの月見酒が」

「いいからいいから、ほらほらもう一杯!」

「沢山、味わってください、ね?」

「わ、分かった!分かったからそんなに注ぐんじゃない!」

「ほれほれ~、まだまだ有るんだから遠慮しないで~」

「大丈夫です。潰れてしまっても、私達が介抱してあげますから」

 

それとこれとは別問題だと思うのだが…

次々と注がれる酒を、これまた次々と口に運んでいく。

なんだかんだ言って、酒自体は美味い。

辛口ではあるが、思ったよりも私の好みにあっていたようだ、どんどんとイケてしまう。

 

「おぉ~、いい呑みっぷり!流石だねぇ、提督」

「私達は大丈夫ですから、今はお酒の味に集中してくださいね」

 

…思っていたより、酔いが回るのが早い。

度数が高いのもあるだろうが、風呂に入っていて血行が良くなっているからだろう。

 

体温が上がり、心臓のあたりがぽかぽかとしてくる。

心地が良い…このまま眠ってしまいたい、と思える程にいい酔い方が出来ている。

 

「んふふ、良いんだよ?気持ちよくなって」

「うふふ、良いんですよ?心地よくなって」

 

右側と左側の腕を取っていたヒトミとイヨが、耳元で語りかけてくる。

それは、悪魔の誘惑もかくや、という程に、じっとりと、脳に溶け込んできた。

 

「提督は頑張り屋さんだからねー、キツイ仕事も耐えて、イヨ達の為に努力してくれてる」

「提督は、カッコイイお人ですから、どんな事でも、私たちのために真摯になってくれる。」

 

意識が遠のき、薄らとしてくる。

 

「だから、もう少し、イヨ達に甘えてくれても良いんだよ?」

「もう少し、私たちに頼ってくれても良いんですよ?」

 

だが、その中で腕に引っ付いているヒトミとイヨの感触だけは、強く感じている。

 

「普段頑張ってるんだから、今くらいはゆーっくりと羽を伸ばして」

「いつも溜め込んでる嫌な事も、何もかも、吐き出してしまいましょう」

 

温かい湯の中で、なお暖かく感じるソレ。

 

「ほら、提督?深呼吸してみて?」

「息を深~く吸って…吐いて…」

 

言われるがままに、強く息を吸い込み、吐き出す。

 

「色んなものが、入り込んでた空気によって、外に押し流されて」

「それに合わせて、だんだんと、身体から力が抜けていく」

 

まるで言葉に体が従うかのように脱力する。

 

「ほ~ら、気持ちよくなってきたでしょ?」

「そのまま、心地いいのに身を任せてしまいましょう」

 

抗う気も起きず、ただそれに従う

 

「吸って~、吐いて~。吸って~?吐いて~」

「深呼吸は、続けて下さいね?」

 

深呼吸を続ければ、それだけで気分が良くなる。

 

「ゆ~っくりと意識が遠のく」

「瞼が重く、開かない」

 

また一段と意また遠のいた。

先程まではうつらに開いていた瞼が、とても重たい。

 

「もはや貴方は夢の中」

「静かに、静かに眠りに堕ちる」

 

 

 

『おやすみなさい。提督』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

パチリ、瞼が開くと同時に、意識が浮上してくる。

私は寝ていた…のだろうか。

記憶の前後が覚束無い。

それにしても、随分と寝覚めが良い。

 

ここ最近はめっきり無くなってしまったがものだが、ここまで爽快な目覚めは初めてだ。

酒を飲んだ翌日は、大体二日酔いに悩まされるのだが…

ん、酒を呑んだ?

 

…そうだ、思い出した。

昨日の風呂での出来事が、次々と浮かんでくる。

だが、酒を飲んだ後辺りのことはあまり覚えていないが…

どうやらその後私は眠ってしまったらしい。

 

ヒトミとイヨには本当に悪い事をした。

まさか風呂で眠りに落ちてしまうとは。

しかも、その少し前に大和の部屋で仮眠を取ったばかりだと言うのに。

 

それ程にいい酒だった、という事だろうか。

ともかく、呑んだ影響もなく一日を迎えられるのはいい事だ。

普段だと翌日のことを気にして、ちびちびとしか呑めんからな。

 

…あの日本酒、ヒトミにどこで手に入れたのか今度聞いてみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 


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