第一次鎮守府ヤンデレ大戦   作:笑顔の侍

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北上ト煙草

煙草など、何時ぶりだろうか。

着任して暫くは普通に吸っていた記憶も有るのだが・・・

大体、一、二年ぶりか。

 

意識して止めていた訳では無い。

気づけば吸わなくなっていた。

 

そもそも、たまに嗜む程度の物だった。

が、それでもアレの臭いはキツイのか、吸うと必ず気付かれる。

すれ違うもの皆指摘してくるものだから、何だか肩身が狭かったのだろうか。

いや、彼女達のそれは煙草を止めて欲しい旨での指摘ではなく、不意に気づいたから聞いてみた程度のものであろうが、それが分かっていてもやはり、どこか気後れしてしまう部分があったのだろう。

 

なんせコレは体に悪い。

その上、吸っている者以外にも被害が及ぶものだから、世間では喫煙者の立場がかなり弱くなっている。

公共の喫煙所なども大分減ってきてるという話だ。

私はその煽りを受けた事は無いが、ううむ。

ここでは経験がない物の、やはり鎮守府外では露骨に嫌がられるものなのだろうか。

 

トントンと灰を落としながら、星の輝く空へ目を向ける。

今日は満月だと、そこで今更気付いた。

 

「あれぇ、提督、たばこ吸ってんじゃん。めずらしー」

「ん?」

 

後ろから声が聞こえ、気配を感じなかった事に少し驚いたが、それ故に声の主が誰かは直ぐに分かった。

北上である。

彼女は何故か気配というか、存在感のようなものが希薄で、こうして後ろから近づかれるなどすると察知できないのだ。

どこか掴みどころのない性格もそれに起因しているのかも知れない。

雲のような、と言えば伝わるだろうか。

 

「まだ寝ていなかったのか?」

 

「今日は夜更かしの気分なんだよねぇ〜、あ、隣失礼するよっと」

 

そう言って、北上は隣に腰掛けてきた。

・・・近い、近いぞ。

どれくらい近いかと言うと、彼女の体温を感じられる程には近い。

流石に恥ずかしいので、少しずれる。

北上もずれる。

もう一度ずれる。

北上もずれる。

・・・何故だ。

 

「・・・この間は「夜更かしは美容の大敵」と言って随分早く寝入っていた気がするが」

 

「女心は秋の空ってねぇ〜」

 

「・・・その使い方は合っているのか?」

 

「間違ってはないんじゃないかな? それより、提督がたばこ吸ってるの、ホントに久し振りに見たんだけども」

 

彼女は私が着任してから直ぐにドロップで来てくれた、所謂古参だ。

なので、まだ煙草を吸っていた頃を知っているのだろう。

 

「・・・そうだな。随分吸っていなかった」

 

「・・・なんかあった?北上さまで良ければ相談乗るよー」

 

「いや、本当に何も無い。思い出したから吸ってみただけだ」

 

「ふぅん・・・なら、アタシにも一本ちょーだい」

 

こちらを見ながら、掌をクイッと突き出す北上。

それを聞いた私は少し面を食らってしまい、反応が遅れた。

 

「・・・吸うのか?」

 

「たまに。意外かね、キミ」

 

「あぁ、意外だ。意外だが・・・納得は出来る」

 

「アハハっ、なんだそりゃ」

 

「いや、なんと言うか・・・。似合うと、思ってな」

 

「それって褒められてるのかなぁ」

 

煙草を渡すと、それを掌で弄び始めた。

それから、時折チラチラとこちらの顔を見るものだから、どうかしたのかと少し考え、気づいた。

 

「済まない。気が利かないな、私は」

 

「やっと気づいた〜?遅いよ、まったく・・・ちょいちょい、ストップストップ」

 

急いでライターを胸ポケットから取り出そうとした、が、北上がそれを止めた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「いやいや。火種ならあるでしょ、そーこーにー」

 

そう言って彼女が指を指したのは、私が手に持っている吸いかけのモノ。

 

「・・・いや、ライターでいいだろう」

 

思わずツッこんでしまった。

 

「真顔でツっこまれるのは流石の北上様でも結構クルなぁー・・・。まぁそれは置いといて、こんな突拍子も無いことをアタシが言い出したのにはちゃーんと、そりゃもう深ぁ〜い訳があるんだよ」

 

「・・・聞こう」

 

まぁ、彼女がこういう為をする時は大抵前置きに見合わない、くだらない話だったりするのだが。

 

「今、どうせくだらない話だろうとか思ったでしょ」

 

「!?」

 

「フフーン、提督の考えてることなんて筒抜けですよーだ。意外と顔に出やすいんだよね〜。今とか。すごい顔してるよ?」

 

「あ、いや、そのだな」

 

「いぃーって。分かってるよ。別にマイナスなイメージでそう思った訳じゃないでしょ?実際これもくだらない話だし」

 

・・・思考をまるまる読み切られた上に、フォローまでされると、私の立場がないのだが。

こういう点、私は彼女に適わないなと常々思い知らされるものだ。

 

「・・・漫画でね、見たんだぁ。なんとか窮地を脱した主人公と相棒が、疲れ切った顔でシガーキスしてる所を。それを見てアタシ、羨ましーなぁ、なんて。柄にもなく思っちゃって」

 

「・・・ふむ」

 

「ほら、ウチでタバコ吸う奴って少ないじゃん?というかほぼ居ないんだけど。それに女同士でやってもなんかなぁってなるし。そもそもやってくれる人が居るのかなぁって話だし。いい機会だからお願いしたいなぁっていう事なんだけど・・・」

 

それ以降、彼女は黙りこくってしまった。

・・・顔は隠れてしまって見えないが、月明かりに照らされる耳は真っ赤になっているのが分かる。

 

・・・北上は、普段から一歩引いた視点で物を語る性格だ。

だから、漫画の感動するシーンに当てられて、憧れて、それがしたいなど、よっぽどでもない限り言う娘では無かった。

そんな娘が、恥を忍び、勇気をだして打ち明けた願いだ。

無碍にするなど、出来ようはずもない。

 

落ちかけていた灰を落とし、彼女に向き直る。

 

「北上」

 

顔を上げた彼女の目を、真っ直ぐに見る。

言葉にはせず、視線で伝える。

 

「・・・ん」

 

こちらの気持ちを汲み取ってくれたようで、彼女は煙草を口にくわえ、それをこちらに突き出してくる。

顔はやはり真っ赤で、目は強く閉じられていた。

 

身長差がかなり有るので前かがみになりながらも、私はそれに自らの煙草を押し付けた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

暫く、無言の時間が続く。

 

ゆっくりと、時間が流れる。

 

・・・今、私と彼女の間には煙草2本分の距離しか無い。

つまり、恐ろしいほど近いのだ。

これ程近いと、いくら光源が月明かりしか無いとはいえ彼女の顔はハッキリと認識できた。

 

赤く茹で上がり、必死に目を瞑っているその様子は、普段の彼女とは真逆の様相を呈していて。

素直に、可愛らしいな、と感じた。

 

ジーッと見ていると、不意に彼女が閉じていた眼を開けた。

当然目が確りと合い、見つめ合う形となる。

 

途端、既に朱に染まっていた顔が更に赤く燃え上がりーー

 

「ッ!!!」

 

彼女は物凄い勢いで離れてしまった。

 

「ア、アハハ。うん、ありがとね、提督。凄く、嬉しい」

 

「ん、あ、あぁ。それなら良かった。うむ」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「北上」

「提督っ」

 

「すっ、すまん。話してくれ」

 

「いやっ、てっ提督からでいいよ」

 

「・・・煙草は」

 

「?」

 

「煙草は、何時から吸い始めたんだ?」

 

北上が煙草を吸うと聞いた時から聞きたかったのだ。

何がきっかけで吸い始めたのだろうか、と。

 

「それ、聞いちゃう・・・?」

 

「あ、いや。言いたくないんだったら構わないんだ。むしろ言わなくても構わないぞ、うん」

 

「いやまぁ、答えるけどさ〜・・・その、眼を、瞑って、何も答えずに聞いてて欲しい、かなぁ、なぁんて」

 

「・・・分かった」

 

言われた通り、目を閉じる。

視界は閉じ、北上の顔も見えなくなった。

 

「・・・提督の影響だよ」

 

「え?」

 

「答えるの禁止!」

 

「・・・」

 

「・・・提督が吸ってたから、アタシも吸い始めた。・・・これだけだよ、理由は」

 

「・・・目は」

 

「まだ開けちゃだめ。もうちょっとそのままで、うん」

 

そう言われ、開けかけた目を再び閉じる。

私が吸っていたから吸い始めた、か・・・

理由は、分からん。

カッコよかったから、とかなら分かるが。

アレに憧れる者がいるのは知っている。

そんなに良いものではないんだがな・・・

 

「良いよ、目、開けて」

 

「あぁ」

 

許可が出たので、目を開ける。

月明かりが優しく私の目を照らしてくれた。

北上の表情は、少し影になっていて見えない。

 

「それで、北上の話というのは何だろうか」

 

「あぁ、まぁ、提督のそれと似たようなモンなんだけどさ。提督はどうして煙草吸わなくなっちゃったのかなぁ〜って」

 

「あぁ・・・すまないが、それは私自身もよく分からないんだ」

 

「よく分からないって?」

 

「いつの間にか止めていたというか・・・何時吸わなくなったのかすら定かでない」

 

「確か一年八ヶ月と五日前からだね〜」

 

「ん、ん?」

 

「?」

 

「・・・明確な理由を挙げるとすれば」

 

「すれば?」

 

「お前達の健康に配慮して、だな」

 

「っ」

 

「ん、どうした?」

 

「や、何でもないよ?・・・ずるいなぁそういう所・・・」

 

「? まぁ、理由としてはそんなものだ」

 

「ふ〜ん。勿体ないなぁ。提督が煙草吸ってる所、好きだって奴結構居たよ?」

 

「それは・・・良く、分からんな」

 

「あっはは。アタシも好きだったよ?提督の喫煙シーン」

 

「もういい歳の男が煙草を吸ってる絵面を見て何が楽しいのだ・・・」

 

「一部のマニア層にバカ受けってね〜、ふふっ」

 

はにかんだ北上の顔は、既に何時ものような掴み所のないそれに戻っていた。

しかし、わずかに耳が赤い事に気づき、微笑む。

艦娘達の意外な一面を見れた時は、どこか嬉しい気持ちになるのだ。

 

「良し、今夜は呑むか?」

 

「えぇっ、お酒飲ましてくれんのっ、やりぃっ!」

 

上機嫌になった私は、今夜は呑むことに決めた。

こういう時に呑まないで何が酒か、と言った心持ちだ。

 

「でもでも提督、明日の仕事は大丈夫?」

 

「差し支えがない程度に抑える。北上もだぞ?」

 

「えぇ〜、がっつり呑みたいんだけどなぁ〜」

 

そう言えば、北上は酒に強かった記憶があるな。

私もかなり強い方だが、普段は途中で潰れた者のフォローの為に抑え気味であった。

呑めるものと呑むと、ついつい行き過ぎてしまうのだが・・・まぁ大丈夫だろう。

 

 

 






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