執務室ニテ修羅場アリ
私は、この日本に数ある鎮守府の一つを任されている司令官、提督である、階級は少将だ。
この鎮守府に着任して早くも2年ほどの月日が経とうとしている。
着任当初は大変に忙しく、まだまだ指揮官としてのいろはの足りてない私と、初期艦である叢雲とで何とか今日まで深海棲艦共と戦い抜いてきた。
最近は季節ごとにある深海棲艦共の大侵攻、大本営からはイベントと呼ばれるものが来た時以外は安定した時を過ごせている。
そうして厳しい戦いを乗り越えてきた私と彼女たちだが、最近どうにも何人かの様子がおかしいのだ。
例えば、今、執務を行っている私の横に置いてある秘書艦用の執務卓に座って黙々と仕事に取り組んでいる、白露型駆逐七番艦、海風。
彼女はとても心優しく、姉のような性格で、同型艦の妹たちや他の型の娘達にも度々お節介を焼いているのを何度も見ている。
そして、何故か彼女、海風の保護欲らしきものは私にも向けられていた。
そう、いた、なのだ。
着任当初こそ他の娘達にもしている様に、私にお節介を焼いてきてくれていたのだが、少し前からどこか様子がおかしくなっていた。
今はお節介を焼くと言うよりは、何だろうか、それとは別物に、違うものになっている様な、言葉では言い表せないが、こう……
と、頭を悩ませていた間、そんな私の視線に気がついたのか、海風が
ぐるんっ!!
という擬音でもつきそうなほどの勢いで私の方を見返してきて。
「どうなされました?提督、私の方をじっと見つめてきて、もしかして私が何か粗相をしてしまいましたか?だとしたら、私に、罰を与えてください、罰の内容はなんでも構いません、あなたの思うように、好きなだけ、私の体を蹂躙してください。どんな事だろうと、提督のすることならなんだって受け入れますから、私としては今すぐここで組み敷いて提督の思うように私をぐちゃぐちゃにレ〇プする、というのが一番いい罰だと思います。女の子としての尊厳なんか無視して、思うように、好きなだけ私を犯してください。私はあなたのペットなのですから、悪いことをしたらキチンと躾て下さいね?」
と言った。
大半は早口で、あまり聞き取れないのだが、どういうニュアンスの言葉なのかは、まぁ分かる。
なぜ少し見つめただけでここまで話が飛躍するのかは分からないが、最近はこのような娘が増えてきているのだ。
元来、私は口下手で自分の思いを伝えるのが苦手なので、このような時に伝える言葉には四苦八苦するのだが
「……大丈夫だ、特に用事は無い」
とだけ伝えることが出来た。
罰云々の話は触れてもあまり良くなさそうなので無視だ。
この娘の様な娘が、私の鎮守府には他に何人もいる。
たまに私の目の前で喧嘩を始めるような事もある、以前はこのような事はなかったと言うのに…何故だろうか。
そのような事を一瞬考えている間に、海風が
「あら、そうでしたか、申し訳ございません、提督、……所で提督?もう今日の分の執務は終わりましたよね?」
と聞いてきた。
彼女に限らずだが、ここの鎮守府の娘達は優秀であり、いつも一六○○程には全ての執務作業は終わっている。
なので私は当然
「あぁ、今日の執務は終わっている、秘書艦の任から離れてもいいぞ?」
という、当然である、仕事もないのに彼女達を拘束する必要も無い。
そうして今日の業務の終了を伝えたのだが何故か海風はニコニコとした笑顔のままその場を動かなかった。
「…?」
私は不審に思って声をかけようとした、のだが、そのタイミングは失われた。
何故なら、突然海風が座っていた椅子から立ち上がり、私の方に歩いてきたからだ。
ゆっくり、ゆっくりと、何故かその姿は、歩いているだけだというのに肉食獣が迫ってくるかのような感覚に襲われた。
そうしてこちらに近づいてきて、私の目の前まできた海風はその謎の悪寒を感じる笑顔のまま
「じゃあ、御褒美をください」
と言ってきた。
御褒美……御褒美か……今日一日海風は頑張ってくれたのだから、その程度ならいいだろう、と思い、何が欲しいのかを聞いてみた。
聞いてみた…のだが、何故か海風は無言で、どうにも答える気配がない。
少し待って、まだ答えないのでどうしたのか尋ねようとしたら、
ポスッ、という音と共に、突然海風が私の膝に飛び込み、しがみついて来たのだ。
元来女性に免疫のない私には、理解に数秒を要する出来事だった。
海風は駆逐艦とはいえ、女性は女性である。私は慌てに慌て、海風を引き剥がそうとするも、海風本人のしがみつく力も強い。のだが、触れている体はあまりに細く、あまりに柔らかく、乱暴に扱うと簡単に折れてしまいそうだという考えが先立ち、結果中途半端に引き剥がそうとした体勢のまま固まってしまった。
「御褒美は、これがいいです」
と海風が言う。
これ…?これとはつまり、この状況のことか?
しかしそれは不味いだろう、万が一他の娘達に目撃でもされたら海風が可哀想だ、それにこれは明らかに上司と部下の行動の範疇を超えている。
なので私が穏便に断ろうとしたその時。
急に海風の抱きつく力が万力のように強くなったのだ、驚いて今言おうとした内容が飛んでしまった私の耳元で、海風は。
「駄目…ですか?」
と聞いてきた。いつもよりトーンが数段低い、原始的な恐怖を感じる声で。
完全に萎縮してしまった私は
「……いや、大丈夫だ」
しか言えなかった。
「…ふふ♪ありがとうございます、て、い、と、く?」
妙に色っぽく、ねっとりとした声で海風が言う、そこからしばらく…十数分程だろうか、私に抱きついていた彼女がこれもまた色っぽい声で言う。
「提督?…今度は提督から抱きしめてくれますか?」
「……私がか?」
「はい♪是非♪」
「…分かった…これでいいか?」
私は彼女の要望通りに、その柔らかく、細い体を正面からギュッと抱きしめた。
先程から困惑の連続で感覚が麻痺しているのか、元々女性に少し体が触れるのすら怖かった私が、このような大胆な行動に出ていることに自分で驚いた。
この体勢で抱き合うのは不味いかもしれん…と思いながら、しかし海風の願いを優先した
「んっ…、あの、提督、もう少しだけ強く…」
「…こうか?」
「あふぅ…も、もっとです」
「このぐらいか?」
「んぅ…! は、い、ありがとう、んっ、ございま、す」
求められるままに抱きしめる力を強くして行くと、少しづつ海風の息が荒くなり、唯一見える耳もまっかになっていたり
これはやりすぎたかもしれない!、と焦りながら海風から体を離そうとしたその時
「提督ー!夕立、今日の演習でMVPとったっぽいー!ほめてほめ…て」
「ちょっと夕立、もう少し静かにしてよ、提督が仕事中だったら迷惑じゃない…か」
執務室に夕立と時雨が入ってきたのだ。
私の膝の上で、顔が真っ赤で、息も荒い海風を、私が正面から抱きしめている所に、だ。
「ねぇ、提督さん、一体、何をしているのかしら」
「僕には提督とそこの雌い…海風が、正面から抱き合っているように見えたんだけれど、気のせいかな?気のせいだよね…?」
「……」
執務室の扉のすぐ手前ほどでこちらを見つめてくる2人の目は、ドロドロとほの暗く、深淵のように深い闇があり、とてもじゃないが直視出来ない程に恐ろしかった。
この2人もここ最近様子がおかしい娘達で、何故か常に私のそばに居ようとしたり、海風のように早口で何かをまくし立てたりしてくる。
それはさておき、とにかく私は現状、恐らく2人がしている勘違いを正さないと、私はともかく海風が可哀想だと思い、この状況を説明しようとした、
のだが
「ふふふふっ♪」
と上機嫌な笑いを漏らした海風の声に遮られてしまった。
「あら、この状況を見て、私達が何をしようとしているのか思いつかないのかしら?空気の読めないおバカさんはさっさと出ていってくれますか?」
「…は?」
「…あ?」
「聞こえませんでしたか?おつむの足りない人はこれだから嫌です」
「…あまり調子に乗らないで欲しいんだけど」
「…姉に対してそんな態度を取るだなんて、品性が足りてないんじゃないかい?」
「いいから出ていってくださいよ、分からない人達ですね、そちらこそ、人としての常識が足りてないんじゃないんじゃないですか?普通こういう空気なら黙って出ていくべきじゃありませんか?…こんなのが姉だなんて笑わせますね」
「…3度目は無いわよ」
「…このクソ売女が」
私は完全に置いてけぼりで会話が進む。
……いつもこうなのだ、様子がおかしくなってしまった娘達は。
本当に、少し前まではこんなに剣呑な空気など全くなく、仲良くしていたというのに、…どうしてなのだろうか。
とりあえず、目の前で喧嘩をしているのを黙って見過ごす訳にはいかないので、私は慌てて仲裁に入った。
「何故お前達が喧嘩をしているのかは分からないが、それ以上は止めろ、お互い、言い過ぎだ」
「だ、だって…」
「……」
「…分かりました、提督」
反応は三者三様ではあったが、喧嘩自体は止めてくれた様だ。
「ならばいい…それと夕立、こっちに来い」
「…ぽい?」
そう言って手招きすると、夕立はトコトコと歩いてきた、執務卓前で止まってしまったので、もう一度手招きして、今度は私の前まで来させる。
「お前は演習でMVPを取ったそうだな」
「!そうだったわ!提督!ほめてー!!」
「…うむ」
まるで散歩に連れていってもらう犬のようだな、と思いながら、私は夕立の頭を撫でた。
サラサラした、絹のように触り心地のいい髪だ。
この間、私の友人と久しぶりに会った時に、駆逐艦のような小さい娘を褒めてやる時は頭を撫でたりしてやるといい、というのを信じて、何か戦果を挙げたりした娘にはやり始めたのだ、最初は内心嫌がられてないかと戦々恐々していたのだが、最近は本当に喜んでくれていると分かったので、安心である。
「んん~、ぽい!もっと撫でてっぽいー」
中でも夕立は満面の笑みでそれを受け入れてくれるので、こちらとしても見ていて楽しいのだ、まるで本当の犬のようで…
ほっぺたの当たりや、首の方なども、わしゃわしゃと撫でていく
「んゅっ…んむ…ぽいー」
わしゃわしゃ、わしゃわしゃ、と
「…提督」
「…少しやりすぎじゃないかな?」
「確かに…そうだな」
やりすぎたか?と思いつつ、心が満足している自分がいる。それと同時に大型犬と遊んだ様な奇妙な充実感を覚えていた。
「んっ…まだまだ足りないっぽいー」
「いや、そろそろ夕食の時間だろう、先に行っていなさい、私は後から行くから」
「むぅ、分かったわ、だけど…」
ふわっ、と、急に抱きついてきた夕立は私の耳元で
「次はもっともーっと素敵なコト、しましょう、ね?」
と囁いてきた。
なぜだか恥ずかしさよりも恐怖を覚えた私は、曖昧にその言葉に頷いた。
「……」
「…ねぇ」
…右手側から飛んでくる視線はもっと怖いので無視をした。