先程の騒動?が終わり3人を退出させてから1時間と少し、現在時刻は一七三〇ほど、私は食堂に向かっていた。
我が鎮守府にはいくつかの軽いルールのようなものがあり、その一つが「食事はなるべくみんなで」というものだ。
軽い、と言っているように絶対に守らなければいけない訳ではなく、単に私が着任したての新人だった頃、まだ所属している艦娘達が少なかったので、必然的に皆で食卓を囲んでいた時の名残りがそのまま現在まで続き、ルールのようなものになってしまったものなのである。
そうこうしていると、不意に前方左手の曲がり角から、最上型重巡洋艦三番艦、鈴谷が現れて、私に声をかけてきた
「おっ、提督じゃーん、ちぃーっす、提督もこれからご飯?」
「あぁ、まぁな」
「むー、なによその反応ー、ちょっち微妙すぎない?」
「…ぬぅ、すまない」
この気軽でフレンドリーな感じから分かる通り、鈴谷は様子がおかしくなっていない方の娘だ。
様子がおかしい娘達は、私と会話するときに、よく分からない空気を振りまき、目がとても恐ろしい光を携えているのである、後、すぐに他の娘達と喧嘩をする。
その点鈴谷の様な娘は以前と変わらず、喧嘩っ早くもない、上官と部下の距離としては近すぎるような気もするが、まぁこの程度なら許容範囲だろう。
会話する時も気をはらなくて済むので、正直助かっている。
「ねぇ提督ー」
「なんだ?」
「提督の今日の執務が終った一六〇七頃にさー、今日の秘書艦の海風と、突撃してった夕立達が妙に殺気立った雰囲気で出てきたんだけど、あれってどうしたの?なんかあったん?」
「…悪いが、あまり触れないでくれると助かる」
「……ふーん、まいっか」
…正直、あのような状況を説明してもあまりいいことも無いしな。
うん?そう言えば……何故鈴谷は私の執務が終了した正確な時間を知っているのだろうか。
……
小さな違和感はあるものの、考えても詮無きことだ。
ただ単に海風から話を聞いただけかもしれないしな。
その他にも、よく話しかけてくる鈴谷に言葉を返しながら、2年前よりも増築し、大きく長くなった我が鎮守府の廊下を鈴谷と共に歩いていく。
私は口下手なので、自分から話題を降ることはなく、鈴谷が話しかけてくることに反応するだけなのだが、何故か鈴谷はニコニコと、とても楽しそうな顔をしながら隣を着いてくる。
私のようなものと話していて何がそこまで面白いのかは分からないが、まぁ鈴谷が笑顔なので何でもいいだろう。
そんなこんなで、他の娘達に会うこともなく、食堂に着いた。
もう既にかなりの娘達が集まっている。
やはり何かしらの任務で腹がすくのだろう、
しかし、いつもは無駄に長い廊下でもう何人かと出会い、一緒に食堂に向かっているのだが、今日は鈴谷1人だったな。
などと無駄な思考を広げていると鈴谷に
「あっ、提督ー、今日一緒にご飯食べない?熊野も誘ってさ!」
と、食事のお誘いを受けた。
何度も言うが、私は女性が苦手だ、なので、私以外女性しか居ない鎮守府では何かと肩身が狭い、そのうちの一つが食事だったのだが、それは随分と前に解消している、皆が一緒に食事をと誘ってくれるのだ。
これ程優しさが骨身にしみたことは無い、指揮官として皆に慕われているのだな、と本当に嬉しく思う。
「そうだな、それではご一緒させて貰…」
おうか、と言おうとした時のことである。
突如、食堂のそこら中からとてつもない数の視線を感じたのだ。
そして、気づかなかったのだが、先程まで絶え間無く聞こえていた食器音や話し声が全て止み、いつの間にか食堂全体が全くの無音空間になっている。
とても嫌な圧迫感を感じる。
突然の出来事に困惑しながら鈴谷の方を見ると、彼女はまるで気づいてない様子で私の言葉が途切れたのを不思議がっているだけだった。
状況が理解出来ず狼狽するばかりだった。
なぜ気づかないんだ鈴谷!と思いながらも言葉の続きを待つ彼女に
「…うむ、いや、何でもない、ご一緒しよう」
とだけ伝えた。
瞬間、食堂に蔓延していた圧迫感が爆発的に強まったと思うと、また先程の喧騒が帰ってきた。
「?どうしたの?提督」
「い、いや、何でもない、大丈夫だ」
本当に、一体何だったのか、強い疑問がある。
先程はどうしたのだ?と近くにいる娘にでも聞けば分かるかもしれない、が、やはり恐ろしいので止めておいた。
分からないのならば分からないままにしておいた方がいい、そう思ったのだ。
そうしていつも通りに戻った食堂で、もう先に来ているという熊野が座っている席を探す。
「あ、熊野熊野ー!」
「もう、遅いですわよ鈴谷…、あら、提督、御機嫌よう」
「あぁ、こんばんわ」
入口から少し奥の方の席で熊野を見つけ、一緒に食事を受け取りに行く、本日はサバの味噌煮定食のようだ。
食事を受け取り、先程まで座っていた席に戻る。のだが
「…なぜ私の隣に座るんだ?」
「ん〜別に〜?」
「…なぜ私の隣に座り直すんだ?」
「あら、駄目ですの?」
「駄目、では無いのだが……」
何故か2人が私の両隣に座ってきたのだ。
私としては、熊野の隣に鈴谷が座り、その対面に私が座る形だと思っていたのだが。
…またも食堂の音が止み、視線を感じる。
そして少ししたら元に戻る。
…本当に何なのだ。
「そう言えば提督、今日の執務中に紙で指を切っていましたね、大丈夫ですの?」
「あ、そういえばそんなこともあったねー、大丈夫?」
「あぁ、それなら問題ない、元々傷も小さい上に、海風に手当してもらったのでな」
「あら、海風さんが、なら後でお礼を言わなければなりませんわね」
「ふーん、そうなんだ、ならいいけど」
「うむ」
…ん?しかし、熊野と今日あったのはこれが初めてのはず、何故それを知っている?
……
まただ、小さな違和感がある。
あるにはあるのだが、どうにも、心の中に小さなわだかまりがある程度で、言葉には表しにくい。
こういう違和感は、他の娘達と話している時もたまに感じるのだが、それを感じても、よくよく考えれば他の誰かに聞いたのかもしれない、とか、遠目から見ていたのかもしれない、など、最終的には納得のいく所が多いので、すぐに消える。
…それをそのまま聞くのも少し恐ろしいしな。
「…所で、今日の出撃はどうだった、何か問題は無かったか?」
「ええ、特には」
「何もなかったよねー、拍子抜けしちゃうくらい」
「…そうか、ならばいいのだが…」
露骨に話題を変えたのだが、それに不満を覚えた様子もなく乗ってきてくれた。
やはりうちの鎮守府にいる娘達はいい娘ばかりだ、いい娘ばかりなのだが、な…
本当に、どうしてこのような状況になってしまったのだろうか。
私が彼女たちに何かをしてしまった覚えもないのだが…
そんなことを考えながら、ぼーっと食事を口に運んでいると、ふいに熊野に
「提督、口元にご飯粒が付いてましてよ」
と、指摘してくれた。
全く、私はこの鎮守府を預かる最高責任者だと言うのに、何をやっているのか。
そう思いながら、熊野に感謝の言葉を告げ、付いているという飯粒を取ろうとした。
時に
「もう、しょうがないですわね」
と言いながら熊野が私の顔に手を伸ばしその美しい指で私の口元から飯粒を拭いとってくれたのだ。
私は、多少驚いたし、恥ずかしくもあったのだが、先に感謝を伝えるべきだろうと思い、済まん、ありがとう、と言おうとしたのだが
パクっ
と、熊野がその飯粒を口に運んだことで、全ての思考が霧散した。
「な、何をやっている!?」
「何って…何がですの?」
「…私の口から取った飯粒を食べたことについて言っている」
「?それが何ですの?」
「だから…いや、何でもない、済まなかったな」
「ふふっ、提督もたまに変な事を言い出しますのね、私、少し意外ですわ」
「…ぬぅ」
ま、まぁあの行動が熊野にとって当然のことだったのならしょうがない…のか…?
突然の事に驚いたが、本当に驚いたがそれはもういい。
問題は
「…あの〇豚が…」
「許さない、許さないわ、絶対に許さない…」
「……」
またも不穏な空気に満たされた食堂の方だろう。
そして、今度は圧迫感というよりも、まるで殺意のようなものまで感じる。
唯一、私の両隣の2人からは何も感じないが、鈴谷の方から一度
ギチィリ…ギチギチ
と言った歯ぎしりのような音がしたので、驚いてそちらを見たのだが
「ん、どしたの?提督」
と、鈴谷は笑顔で聞いてきて、何の不穏な空気も感じなかった。
空耳だろうか、最近は少し敵が増えてきたからそちらの対応で疲れが溜まっているのかもしれん。
今日は少し早く休もうか、と考えながら、食事を進めていく。
我が鎮守府の食事は当番制で、その日の出撃ローテから外れている娘達の持ち回りだ。
給糧艦、という艦娘も居るらしいのだが、我が鎮守府にはまだ派遣されていない。
まぁ、来てくれても嬉しいのだが、家の娘達の料理も充分美味いので、特に問題は無い。
時々なのだが、味噌汁などに髪の毛が入っていたり、肉料理の時に、下処理が足りなかったのか、小骨のようなものが入っていたりするのだが、その程度のミスならばご愛敬だろう、彼女たちも完璧ではないのだから、ミスをなくすなんて無理だ、最近、少しミスの頻度が高くなってきた気もするが…
む、またか、今日も味噌汁の中に髪の毛が入っていた。
透き通るような金色をしている、今日の食事係で海外艦は誰が居たか…
あぁ、グラーフか、彼女はスキがなく、なんでもソツなくこなす娘なのだが、こういうミスもするのだな。
完璧な娘など居ないと言ったが、このような面を見れる機会はあまり無いので、少し驚いた。
「ん〜、美味しかったぁ〜」
「ええ、本当に」
「そうだな」
その後は特に何事もなく食事を終えた。
やはり2人ともとてもいい娘だな、こんな私との会話でもとても楽しそうにしてくれる。
「済まないが、私はそろそろ鍛錬の時間だ、席を外す」
「ん、分かったー」
「頑張ってくださいまし、提督」
…そう、だな、やはりこういう時はしっかり伝えた方がいいのかもしれん。
「…2人とも」
「?」
「何ですの?」
「…楽しかった、また食べよう」
2人にしっかりと感謝の言葉を伝える、すると2人はポカン、とした顔で呆けてしまい、少しの間を置いてから、顔を真っ赤にし
「う、うん…」
「は…い」
と、少し曖昧ながら言葉を返してくれた。
断られたら少し虚しいと思っていた私としてはとても安心だ。
「あぁ、じゃあこれで」
と言って、席から離れ、食堂を出る。
…いきなり過ぎただろうか、かなり困惑していたように見える。
しかし、感謝の言葉などはしっかり伝えた方がいいだろうし、あれで良かったのだろう。
そうして自分を納得させて、私は鍛錬室に向かった。