提督私室ニテ修羅場…ナシ
私は、提督私室、要するに鎮守府内で与えられている自らの部屋で就寝しようとしていた。
提督としての業務に支障は出ていないが、ここ最近、今日のような出来事が増え始めているのを感じている。
業務に支障は出ていない、と言うだけで、私個人としてはこの現状に大きな不安を抱えている。
執務中に起きた海風と夕立、時雨の衝突まがいの会話や、先程の一件など、艦娘間での問題のことである。
それらはあの場で収まったから良いものの、今後、さらに大きな問題に発展し、暴力沙汰になどなった日には、流石の私もある程度の処分を言い渡さなければならないのだ。
もちろん私は彼女たちを信頼している、なので、そのような事は無い、と願いたいものだが、私はこの鎮守府のトップ、提督という立場にある。
常に起こりうる最悪を想定しえなければ、既に
だからこそ私は、現状想定しうる最悪、暴力沙汰と言う問題に頭を悩ませている、
と、そこで
コンコン
と言う、ドアをノックする音が聞こえてきた。
…おかしい、今はとっくに自室待機時間の10時を超えている、来客も有り得ず、夜警担当からの緊急連絡ならば個別無線で私室備え付けの電話に飛んでくるはずだ。
ならば、これは何だ?
思考を一瞬で巡らせ、警戒しながらドアに近づいて行く。
ドアノブに手を掛け、一息に開け放とうとした瞬間。
「あの、提督、神通です。少しよろしいでしょうか…?」
という、どこか自信のなさを感じる、少し弱々しい声が聞こえて来た。
神通、か…声からしてそれは間違いないだろう、が、なぜこの時間に来たのだろうか。
また考え始めようとしてしまったところで、取り敢えず外で待たせるのは失礼だと思い、室内へ招き入れることとした。
「うむ、神通、取り敢えず中に入れ、廊下は寒かろう」
「はい…ありがとうございます、提督」
そう言いながら部屋に入った神通の様子は、何処かか細げで、触れれば折れてしまう様なものであり、普段とは随分と雰囲気が違っていた。
神通がここまで落ち込むのは、戦闘や、演習で何かミスをした時しか見たことがない。
しかし、神通は一ヶ月ほど前に鎮守府内演習で敗北した時以来ここまで落ち込む様な事はやらかしていないはずだ。
ならば…人間関係で何か問題が?
いや、それは無いだろう…考えても仕方が無いのだから、直接聞くしかない、か。
「ふむ、神通、何があったのかを聞きたいところだが、まず、何故このような時間に私の部屋を訪れたのだ、これは鎮守府のルールを明確に破っているぞ?」
「…はい、申し訳ございません、提督、でも、どうしても、私…」
「…うむ、分かった….それで、どうしたのだ?何か個人として問題があったというのなら、提督としてではなく、私も私個人として話を聞くとしよう」
「……ありがとうございます、提督」
そう言うと神通は、下を向き、私から目をそらす。
…ここまで言い渋るとは、余程思い問題なのだろうか。
そんなものを彼女が抱える前に、私が背負ってやれれば良かったのだが…
神通が話し出すのを、静かに待つ。
少し経ってから、彼女は、ポツリ、と言葉を漏らした。
「私……私、怖いんです」
「…何が、だ?」
「最近、夢を見るんです。…昏くて、冷たくて、深い、水底に、私が沈んでいく夢を…」
「……」
「夢の中の私は、いつも通りに出撃し、海へ繰り出していきます。そうしていつもと変わらない定期殲滅任務に取り掛かろうとした時、
「…そいつ、とは?」
「分かりません、分からないんです。でも、多分深海棲艦で、ヒトガタの見た目をしていて、ソイツは、毎回、私の夢に出てきます…」
「……」
「私達第一艦隊の全力で挑んでも、いつもいつもソイツの絶望的な力に圧倒され、夢の中の私達あっけなうは水底に沈んでいきます…」
「…神通」
「それが、それが…とても、怖いんです、恐ろしいんです。最初の内は気にしていませんでした、嫌な夢だな、程度にしか思っていませんでした。だけど、その夢はどんどん現実味を増していき、よりリアルな映像となって私の頭の中に残っています。それが、ここ最近、毎晩…」
「……神通」
「一夜一夜事に、より現実的に、写実的になっていく夢の中の映像。絶対の自身を持っていた第一艦隊が、毎回壊されていく、崩されていく。そんな中で、私はいつも最後に殺されます。あの娘達が無惨に沈められていくなか、それを止めようとして。だけど、アレは聞く耳を持たず、私の請願の声も無視して、私の目の前で仲間を潰していく。そうして、いつもの通り最後に残った私に、アレは、こう呟くんです。“仲間ノ命ヲ犠牲ニシテマデ生キ延ビレタンダ良カッタジャナイカ、喜べヨ…、ドチラニシロ、貴様モ今カラ死ヌガナ゛…その一言が、私は、悔しくて、何よりも怖くて、怖くて、怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて」
「神通!」
「っ!」
頭を抱え、俯き、壊れたように言葉を発しながら涙を流す神通を、私は強く抱きしめる。
カタカタと震える、私と比べるべくもない弱弱しい体つき。
この鎮守府でもトップクラスに強い、という理由で、私は無意識に彼女は大丈夫だ、などと勝手に安心していたのかもしれない。
いや、していたのだろう、現に今、私の勝手な信頼のせいで彼女はこうなっている。
…何をやっているのだ、私は。
兵器の力を持つとは言え、心は見た目相応の女子のものだ。
それが、常に死の危険を伴う戦場に向かっているというのに、傷つかないわけが無い。
きっとその夢は、心のどこかに少しづつ巣を広げていた“恐怖“の感情が爆発した結果のものだろう。
それを、姉妹では無く、真っ先に私に相談に来てくれたという意味。
「…済まなかった、神通、お前の心の恐怖を予期できなかった私の責任だ、本当に、済まない」
「提、督…」
「これからは、しっかりとその点に留意しつつ、この件への贖罪の意味を込めた何かをせねばな…」
「…」
どれほどの時間そうしていたのだろうか、神通の震えが収まり、そろそろ落ち着いてきた、だろうか。
「…大丈夫か?…部屋に戻るのなら私が同伴しよう、さぁ…」
「…まって、ください」
「む?」
「提督…今日は…私と一緒に寝てくれませんか…?」
「なっ…」
…にを言っているんだ、神通は。
いや、確かに彼女が望むならそうするべきなのだろうが、私よりも川内や那珂と一緒に寝た方が安心すると思うのだが…
それ以前に、風紀的にアウトだろう、彼女の為を考えても、ここは断固たる思いで…
「…ダメ…ですか…?」
……
「……分かっ、た。うむ、…うむ」
流石に涙目で哀願されてはしょうがない…よな?これはセーフであろう。
彼女が私と寝ることで、一緒にいることで安心する?のだろうか…とにかく、それがいいのであればそうするとしよう。
…娘の様な存在とは言え、女子と同衾するなんて初めてなのだが…万が一にも間違いは起こらないであろう。うむ。
「そ、それでは寝るとしようか」
「…はい、提督」
きごちなけ言葉を投げかけながら、ベッドに入ると、神通も続いて入って来た。
やけに緊張するな…落ち着くんだ、彼女は傷心の身だ、少しでも傷を付けるようなことは避けなければならない。
と、無駄な思考を巡らせていると
ぎゅうっ、と
背中側から神通が私に抱きついてきた。
「……じ、神通?何を…」
している、と聞こうとしたのだが彼女はもう
「すぅ…はぁ…すぅ…」
と、寝息を立てているではないか。
…ここで無理矢理に起こして離れろと言ったら、私が彼女を否定しているようで、きっとそれはとても失礼な行為だろう。
かと言って、この状況を放置するのもまずい。
結果、私が考えついたのは、現状の放棄、思考の停止であった。
どうにも出来ないならば、どうにもしなければいい。
もう、どうにでもなるがいい。
今日も疲れた、もう、私も就寝するとしよう。
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「…ふふふっ♪あんな簡単な演技で騙されてしまうなんて、提督は本当に…」
そう言いながら、自らの体を彼に擦り付ける。
あぁ、なんて愛おしいのだろうか。
この純粋さも、この男らしさも、この寝姿も、何もかもが、愛おしい、愛おしいのだ。
狂おしい程に。
自分を捨ててでも、共に在りたいと思うほどに
「今日は他のヤツらは来ていないみたいですし、妨害も無いですよね…」
「今この瞬間、彼は完全に私の、私だけのモノ…ふふふっ」
----提督が見ている普段の彼女、神通の姿は、彼女が演じているものであって、彼女の本質はこれだ。
自らの欲望のために自分すら殺し、目的を達する。
例え、彼女が提督と結婚をしたとしても、提督が今、彼女に抱いているイメージを神通は覆さないであろう。
本当の自分を見てもらう必要などない。
虚像でもいい、ただただ、自分だけを見ていて欲しいのだ。
提督に本当の自分をさらけ出す日など別に来なくてもいい。
何故なら、彼女にとって、本当の自分とは無価値で無意味でなんの必要もないのだから。
全ては、彼と共にある為に。
それだけのために、彼女は自らを演じ、役に徹し続ける。
それは、そのあり方は壊れているのかもしれない。
異常なのかもしれない。
だが、それすらも関係がない。
それを知るものなど、1人も居ないのだから。
……
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「ーー督、ーーてくださー」
「ー提督、ーきてください」
「提督!起きてください!」
「ぬぅ…」
目を、開ける。
ボンヤリとした頭が少しづつ覚醒し、昨夜の記憶も思い出していく。
「ーー神通?」
隣に居たはずの神通が居ないため、不意に名前を呼ぶ。
が、これは不用意な行動であった。
「…何故、ここで神通さんの名前が出てくるんですか?」
「…むっ」
「提督、もう1度お聞きしますよ?…何故ここで神通の名前が出てくるんですか」
ここで私は、自らの失敗を悟る。
これでは、不意に名前を呼ぶ様な何かがあったと自白したのと同意であった。
目の前で不信感?ーー、いや、これは怒気か?ーーを露にした金剛型四番艦、今日の秘書艦の霧島が見つめてくる。
ど、どう誤魔化したら良いのだろう。
流石にあれほど重い話を簡単に説明するわけにも行かないだろう。
しかし、ここで変に誤魔化してもさらなる不信感が募るばかりだ。
…そう言えば神通は、いつ頃私の部屋から出ていったのだろうか。
そんな思考に逃げてみても。目の前の状況が変わるはずもなし。
本日も、いつも通りの1日が始まりそうだ。