周囲の景色は緑から街の色んな建築物の色に変わっていた。
つまり山から下りる事は成功したのだ。被害が出ないように人気の少ない山を走って巻こうと考えていたが相手はこちらが想像していたより強大で、コルトの力がなければ不可能だっただろう。
後でお礼をしなければ。
「今、何か大きな声がしなかったか?」
五郎がカルンを背負いながら一瞬走っていた足を止めた。
「ぜぇ……はぁ……聴こえませんでしたけど……それよりも早く後500メートルほど……真っ直ぐ走れば『加賀美』という名札がありますから……奥さんはそこに……」
もう風に吹かれて飛んでいきそうな声だったと自分でも思う。
カルンは山道を下る頃、10分ほど頑張って走ったが限界が来て五郎に担いで貰うことになってしまった。普段なら先に行ってほしいが道を知っているのが自分だけという……だがもうこの距離は一本道というのに担いでくれるのは彼なりの優しさだろうか。
「……そうだな」
また五郎は興奮した牛のように走り出したた。カルンは五郎の肩を思いっきり掴んだ。腕に全ての力を注がないとこちらが振り落とされてしまう。たった500メートル走がもうジェットコースターのようだった。
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五郎は思う。
家内とまた会えるのは嬉しかった。だが同時に後ろめたい気持ちや恐れがあった。
会ってまた人生をやり直す事ができるはずなのだ。そう言っても実感はわかない、寧ろ今更戻ったところで上手く行くはずがないかもしれない。
もうすでに別の幸せを手に入れてる可能性だってある。自分のことの思い出は記憶のゴミ箱に捨てられてる方が当然だと思う、急にこちらの都合でやり直そうと願うなどおかしな話だ。
「わわわわ! ぜぇぜぇ……急に止まってどうしたんですか?……」
女性とも少女とも言えない、そんな幼さが残る少女が不思議そうに首をかしげる。
「……今更、俺が戻ったところでアイツ……春菜にとって俺は迷惑じゃないのか?」
そう言うと彼女はブンブンと首を振ってこちらの言葉を否定した。
「そんなわけありませんよ! 絶対に仲直りできますよ! それに……まだ一切何もやってませんよ……だから当たって砕けて!」
彼女の言葉は理屈も説得力もなかった、それに砕けてどうする。なのにどこかしら納得できる物があった。
「愚痴をこぼしてすまなかった」
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「加賀美」と書かれた名札は錆びていて少々古臭さを感じさせる。そしてそのボロボロの鉄の門の前に五郎は立っていた。
私がいたら関係が余計こじれそう、カルンはそう思い家から20メートルほど離れた電柱の陰から五郎を見守った。
(ああっチャイムを鳴らした)
そして五郎は門を開け、草が生い茂った庭に入って行った。
(よ、よく見えない)
ここからでは全然見えない、かといって人の覚悟を覗き見するのは趣味が悪い。
そう自覚しながらもカルンは電柱を登ろうとして高い所から覗こうとした。
「それっ! はあっ! だ、ダメだ……」
ウサギの様にぴょんぴょん跳ね電柱をよじ登ろうとするが、元々自分の運動神経がゼロなのと疲労がMAXで思うように動けない。
そんなこんな繰り返して行く内に、加賀美の家から誰かが出てきて道路に倒れた。いやロケットのように吹っ飛んだという方が正しい。
誰が吹っ飛んだのか、それは五郎だった。
何が起きてるのだろうか、どうしてあの巨体の五郎が吹き飛ばされているのか、その疑問の答えは門からズカズカと五郎に向け歩いて来た。
「あれは……春菜さん……?」
腰まで伸びた黒い髪にスラリとモデルのような体つきをしている女性がなんと倍近くはある五郎の上に乗り暴力を振るっていた。
カルンは言葉を失った。絶対成功すると思っていたはずなのに、結果は警察沙汰の喧嘩に発展している。いやあれは一方的な蹂躙だ、五郎が身動き一つ出来ずにやられている。
(と、止めないと)
恐怖と疲労で震える足に鞭打ちながら二人の場外リング近くに近づいた。
「け、喧嘩はやめてください!」
「あぁ?」
春菜の蛇のような睨みに言葉を失ってしまった。
「すいませんけど関係ない人は関わってこないでくださいっ! 」
ボギィ!
「こっちの事情なんでぇっ!」
バギィ!
「し、知り合いですよ……五郎さんとは……だから暴力は……」
すると春菜は拳を止め、うーんと背伸びをした。
「へぇー、そういう事なのねわかったわかった……私と別れても居座ってくれる子がいてよかったじゃない」
あ、地雷踏んだ。
「待て、そういう訳じゃない。彼女はお前の知り……彼女はお前の居場所を俺に教えてくれたんだ」
「だからどうしたっていうのよ。何? 今さらやり直したいってわけ?」
彼女は自分が想像していたより怖い人だった。腕を組み、綺麗な顔なのが余計に怒った表情の恐ろしさに説得力を増している。
五郎は目を瞑っていて、カルンはどうにか助けて欲しいとアイコンタクトが出来なくて困った。
誰かこの状況をなんとかしてほしいと願ったその瞬間、五郎が目を開いた。
「そうだ。やり直したい、お前が好きだ」
ナイス! と心の中でカルンは叫んだ。
「ふーんそれで?」
「俺が悪かった。頼む、もうカレーに卵を入れない」
(あっ、そっちの方なんだ卵入れたの)
内容はふざけているものの五郎の謝罪は誠心誠意が籠っていた。これで届くといいのだが……カルンは春菜の表情を伺うが怖い表情から全然緩まない。
「はいはいそうですか……ふざけんじゃないわよ!」
やっぱりダメか……
春菜は五郎の襟首を掴み。
「カレーに卵、悪くないのに何否定してんのよ!」
「えっそっち?」
ストレートと思いきや斜めカーブの変化球。
しかも春菜は涙を流していた。
「それに……今更来られても受け入れる馬鹿私以外いるわけないでしょ!」
ゴグィ!
「それに二年間何やってたのよ! 離婚した後、向こうから謝って来たら許してあげようと思ったのに……もう、ごめんなさい! やっぱり私の方が悪かった! ひっく、なんで……連絡先家に置いてきたのに……今更なのよ!」
彼女は駄々をこねた子供のように泣きじゃくった、少し獅子滅裂している。
ああ、なんやかんやで解決するんだと思っていたところ、一つ疑問点が過った。
「連絡先……残したんですか? 別れる前に」
「うん……そうよ、なのに……」
「五郎さん、一体どういう事なんです?」
顔をボコボコに殴られてもあまり出血してない五郎、流石プロの格闘家である全身が鉄で出来ているのかもしれない、その五郎は首を傾げた。
「それはこっちが聞きたい、そんな事は初耳なんだが」
「え? ちゃんと置いてきたわよ。前同棲していたマンションの部屋の押入れの奥に、ちょっと見つかり辛いと思うけど毎日布団出し入れしていたら見つかるはずよ」
「俺はお前と別れたあとすぐ引越しした。だから見つからなかったのかもしれない……すまない」
「そ、そうなんですか……」
運が悪い人達だとカルンは思った。
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「それで二人やっと仲直りしたんだ」
ここは病院の一階にある病室、窓から放たれる太陽の光が暖かくて眠気を誘う。外は紅葉の枯れ葉がそこら中に散らばり、もうそんな時期なんだと実感させられる。
「興味ねぇよ」
全身大火傷を負い、今度こそ本当のミイラ男になったコルトが愚痴っぽくぼやいた。彼の怪我については本人曰くトラック同士が激突したあと自爆によるものらしい、これでも後遺症が残らない軽傷らしい。
「女神の邪魔をした貴様ら……女神の怒りの鉄槌が貴様らを襲うぞ!」
コルトのベッドの隣にはその相手のトラックの運転手が全身大火傷(以下略)でなんやら騒いでいる。どうやら商売敵でこちらに敵意を向けているらしい。
「うるせぇんだよ! 怪我の時ぐらい黙ってろ!」
「レッカさんもコルトも喧嘩はダメだよ、二人とも怪我してるんだから」
赤髪の青年の本名はレッカと言うらしい、この世界では烈火というそのまんまな名前になっている。
「そうだよ兄貴、今はゆっくり休もうよ」
違うベッドで横たわる(以下略)少女はロッカと言うらしい、この世界では六花とそのまんまな名前である。
「うむ……仕方ない、この女神が見つめる聖なる闘いは後に預けておこう」
「勝手に言ってろボケ」
その二人の喧嘩に溜息吐きながらも、カルンはリンゴの皮を果物ナイフで切っていた。
「これ……でいいかな」
リンゴの皮を剥いてウサギをイメージしたのだが、お世辞にも上手とは程遠い物だった。「これじゃあ皮を食った方がまだマシだ」と文句を言いながらコルトは食べた。
「そうだよね……ごめん、次は上手く出来るように頑張る。それと……言うタイミング忘れちゃったんだけど……」
カルンは少し照れくさかった。
「あの時、助けてくれてありがとう」
このままお礼言っても「しらねぇよ」や「お前のためにやったんじゃねぇよ」と返されるのだろうと思いながらも感謝の気持ちはちゃんと伝えるように心がけた。
「………………そうかよ」
意外にも予想付かなかった返しでこちらが面食らってしまった。
「え……あ、うん、ありがとうね」
「二回もうるせぇ……ってぎゃあああああ!」
突然コルトが叫び声をあげるもんだから、その場にいた全員がコルトに釘付けになった。一瞬の間、いつのまにかコルトとカルンの会社の会長、つまり神様がコルトの腹の上に座っていたのだった。
「貴様は……私達の女神デウス様の敵、その命覚悟ォォォ!」
と包帯男が神に向かって大きく飛んだが、今の神は実態を持たない事を知らないのか神を空振り、ガラス窓を突き破って外に飛び出してしまった。
「兄貴ーッィィィィィ!!!!」
ロッカはそのままレッカの元に走り出して窓から庭に向かった。
「今の若いもんは気性が荒いのぉ……」
「クソジジィ……早く退けぇ……」
「おおすまんかったすまんかった。えーとそうじゃそうじゃ、今日は報せがあって来たんだった」
「報せ? ……もしかしてクビ……ですか?」
自分はトラックを轢く事を拒み、寧ろ人を生かそうとしたのだリストラは当然の事である。だけどコルトは無関係なのにカルンのワガママのせいで巻き込まれただけだから、なんとか彼だけは回避できないだろうか。
「責任は全部……私です。だから……」
「はて? 何を勘違いしとるんじゃろう……あっ、責任を取ってくれるんだったら体で……」
「何言ってんだクソジジィ!」
コルトがベッドの上からぴょんぴょん飛び跳ねて、無理矢理幽霊に近い神を掴もうとしている。
そんな中神はいたずらっ子ぽく笑った。
「冗談じゃ、冗談、本題はな……わしも少しこれまでの事に反省したんじゃよ……異世界に送り込む理由だけで人の命を左右するのはやはりやりすぎかのうって……まっ神話の神はわしよりもっと恐ろしい輩が多いがなっ」
「それで何が言いたいんだよ」
「トドのつまり、人に生きる希望を与えてリストから抹消するのを肯定するってことじゃ……」
カルンは今まで下向いていたが、その言葉を聞くと心が明るくなった気がする。
「本当なんですか……それ!」
「ああ、本当本当、本気と書いてマジじゃ。さてと、わしは腰が痛いからそろそろ帰るわ、この状態維持するのすごく疲れちゃうの、だから温泉にでも浸かってくるわい」
神はそのまま霧のように姿が薄れていき消えてしまった。
自分を信じて良かった。そのお陰でいい方向に話が進んでいった。
コルトはぐるぐる巻きされた包帯をいつの間にか取っていて私服に着替えていた。
「あのクソジジィ……一丁前に怪我を治していきやがった……オイ、カルン! 今から行くぞ、他会社の奴らに先取られるわけにはいかねぇだろ」
「うん……そうだね! 頑張ろう……!」
カルンとコルトは病院の窓から飛び出して、門の外に停車してあった新しいトラックに乗り込んだ。
「しゃあっ! 新品じゃねぇかこれ」
コルトはハンドルを舐めるような手つきで触り、エンジンの鍵を入れた。
「よし、行くぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
彼の叫びに答えるようにトラックのエンジン音が鳴った。
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「兄貴は全治一週間なんだってさ、でもすごいよ兄貴! 怪我した全身にガラスが突き刺さったのにこの程度の怪我で済むなんてさ!」
「ふっ! 妹よ、この程度でやられる私ではない! 待ってろよカルン、コルトォ! 決戦の日を私は首を長くしてるぞォォォォォォ!」
終わりなのかな?