戦車道の世界に魔王降臨 作:そばもんMK-Ⅱ
なおも続くカッスの暴走。もはや誰にも止められない。
~これまでのあらすじ~
カッス「まだだッ!(巨大兵器を創形しながら)」
「冗談、よね……」
それは誰の言葉だったのか。あまりにも非常識で非現実の不条理に、それ以外に言うべき言葉が見当たらない。
みほの破段によって、現在黒森峰の面々の思考は完全な同調状態にある。それは指揮官であるみほの思考や認識を全員が即座に共有し、またみほも各々の思考や認識を全て把握するという、いわゆる
それは即ち、隠し事が出来ないこと。
通常ならば何も問題はない。先に述べたが、彼女たちは既に一心同体とも言うべき強い絆で結ばれている。寧ろそれを織り込み済みで仲間として互いに尊重しあうからこそ、この夢は実現しているのだ。
だが、今のこの状況ではそれが完全な裏目に回ってしまう。
即ち、誰かが抱いた恐怖がそっくりそのまま全員に伝播するのだ。
一人二人程度ならば容易く乗り越えられるだろう。それがどんな苦難であろうと、心折れず諦めない者がいる限り、彼女たちは己を奮い立たせ、立ち向かうことが出来ただろう。
だが、全員が等しく恐怖し、絶望したならばどうなるか。
司令塔であるみほ自身が恐怖してしまった場合、どうなるか。
マイナスの感情というのは抑制することが困難だ。なぜならその根源は理性ではなく本能だからである。
死ぬのが怖い。痛いのは嫌だ。だからそんなのは御免被る、と言うように。
よって、全員が完全に意識を同調させたこの状況では、恐怖や絶望が爆発的に増殖する。
今ここに少女たちはついに足を止めてしまった。それは文字通りの意味であり、同時に精神的な気概の面においても同様である。
――この
自分たちを襲う無限の災禍、その巨大さに気付いてしまった。
その隙を、魔王は決して見逃さない。
「あ――」
彼方で放たれる炎の轟砲。かつて実戦投入された際、都市区画を文字通り木端微塵に粉砕した4.8t榴爆弾が降ってくる。
それも、一発では終わらない。まだ着弾もしていないというのに、既に次弾が発射された音がする。
「ふざけるな――」
なんだこれは。本当に意味が分からない。何故自分たちがこんな目に遭わねばならないのだ?
私たちはまだ死にたくない。さっき三年生の先輩方が生き返っていたが、だからといって一回でも死ぬのなんか真っ平御免なのだ。
だから、みんな。
みんなも、私を助けて。
「お願い――」
無論、その思いは即座に全員が共有する。
この絶望の中、それでも諦めていない者がいる。
恐怖に震えながらも、立ち上がろうとする者がいる。
ならばいいだろう。私たちも力を貸そう。そのためならどんな苦しいことでも耐えてみせると信じている。
――よってここに、
夢界における邯鄲の夢とは、即ち術者自身のイメージである。よってその夢の限界もまた、術者自身の精神力や想いの強さに完全に依存している。
つまり夢界において強者となり得るのは、基本的に精神力の強い者。自分の夢を強く想うものということになる。
ではここで、その基本原則を逆に考えてみよう。
己だけでは実現しない夢があったとして、その場合どうするだろうか。
答えは単純。
相手のイメージや想いの力を利用あるいは援用し、己が望む
五常楽の第四段階――急ノ段を発動するための最大にして絶対の条件。
逸見エリカは、仲間を守り、そして共に戦うための助力を求めた。
彼女の仲間は、それに合意した。
ならばこそ、彼女の強く美しい願いが、今ここに新たな力を現出せしめる。
「急段・顕象――!」
それはまさしく奇跡。逸見エリカは、本来発動すら出来ない筈の急段をこの土壇場で覚醒させていた。
急ノ段を使用するための条件は二つ。
一つは先に挙げた協力強制。より正確に言えば、自分の夢の更なる進化である。
そして、残る一つは夢の熟練。即ち、五法のうち三つ以上の夢の同時展開である。
エリカの場合、この”三つ以上の夢の同時展開”はこれまで出来ていなかった。にも関わらず彼女が急段を発動できたのには理由がある。
まず、協力強制に巻き込んだ人間の数が多いこと。自分を除いて合計九十九人の願いを利用し、百人分の力を手にしたことがその一つ。
そしてもう一つが、力の根源たる盧生――甘粕正彦自身から流れてくる力と知識。協力強制の対象からこそ外れているが、彼のバックアップを受けている状況ならば、彼の眷属として夢に入ったエリカの力もまた上昇する。
さらに、何よりも大きな理由が別にある。
それは即ち、
やらなければみんな死ぬ。それを為すのに最も向いているのは自分。
ならばやる。出来る。そんな思いの強さが、この最悪の状況下での覚醒を強烈に後押ししていた。
理屈が通じないし道理が通らない究極の根性論だが、それが力となるのが夢の世界。
ならば、先の言葉を訂正しなければならないだろう。逸見エリカの覚醒は、断じて奇跡などではない。
立ち向かうという勇気があったからこそ為せた、必然の結果である。
よって、魔王の砲撃は無為と化す。都合三発の榴弾の直撃を受けながら、十九両の戦車とその中にいる全員が無傷。
西住みほに至っては生身で榴弾の着弾による爆風に曝されたにも関わらずその身に擦り傷一つ負っていないのだから、まさに圧倒的な防御力と言う他にないだろう。
逸見エリカの急段――彼女が求めた夢とは即ちこの防御。
その効果は「仲間を守る守護の光を放つ」こと。
単純な能力だが、その防御性能は驚異的と言って良いだろう。
この夢で最も重要なのは、エリカ自身が
つまり、まずエリカが「仲間だからみんなを守らせてほしい」と己の願いを提示する。
次に、エリカが守る対象と決めた仲間から「勿論。ただし、貴女も仲間であるから生きてほしい」と合意を受ける。
その結果、エリカが最初に放った守護の光の防御能力を一とすれば、条件付けに関わった仲間の数に応じてその力を倍加させ――今回の場合、百の力で他の仲間を守る。
次に、百の力で守られている側が術者であるエリカに生きてほしいと願うことで、その力をそっくりそのままエリカに転送するのだ。結果、エリカは百×百――つまり一万の力で守られる。
そして最後に、エリカ自身が仲間を大切に思っているゆえに、「己だけが守られているのは納得できない」と願うのだ。結果、この段階でエリカを守っているのと全く同程度の防御能力で全ての仲間たちが守られる。
最終的な状況は、エリカ自身の防御能力を協力強制に巻き込んだ人数の二乗倍に強化した上で、全員に等しく展開するというものになる。
今回の場合、エリカ自身を含めて夢の完成に協力した仲間は丁度百人なので、今全員を守っている守護の光は、急段発動前の一万倍の強度に高められている。
無論、弱点はある。あくまでもベースになっているのは楯法の堅による防御のため、物理攻撃に対しては無類の防御能力を誇る一方で精神攻撃などの搦め手にはあまり効果がないこと。
協力強制に巻き込んだ人数が少なければ、大した能力の向上が期待できないことなどがそれだ。
しかし一方で、強いところにはとことん強い。対物理に特化した防御能力ゆえ、彼女らを物理的に傷つけることは非常に困難である。加え、楯法がベースになっている以上、回復能力としても有効だ。
よって、もはやどんな兵器が出てこようと恐れずに足らない。今ここに、勇気ある少女の夢が魔王の試練を真っ向から押し返し――
「――急段・顕象――」
そして、その勇気こそが審判の魔王を更なる高みへと至らしめる死の階段。
それは即ち、甘粕正彦の語る人間賛歌――脅威の中でこそ人間は輝くことができる、という性悪説にして人間愛の思想に賛同していることに他ならない。
よって、ここに絶望の協力強制が成立する。
「
爆発的に膨れ上がる夢の波動。皮肉にも過去最高の純度で勇気を示したがゆえに、その力をも利用して甘粕の力が天井知らずに増大した。
「あ、ぐぅっ……!?そんな……」
再び放たれたモンスターの砲撃は、しかし今度は先ほどまでとは比較にならない破滅的な暴力となって少女たちを襲う。
砲弾に込められた夢の密度が、桁外れに増大している。
たった一発。そこに込められた尋常ならざる解法の崩。それを爆発的に拡散させる咒法の散。
そう。たった一発の砲撃で、逸見エリカが紡いだ夢は容易に踏み越えられた。
それでも文字通り粉砕された車輌が存在しないのは、紛れもなくエリカの勇気ゆえだ。先の一瞬、エリカの急段による防御能力は更に数倍にまで跳ね上がったのだから。
思い一つで不可能すらも可能になる。成程、勇気を奮い立たせて仲間を守ったエリカの行動は素晴らしく、誇って然るべきものだろう。
だが、そんな勇気ですらも魔王にとっては褒め称えるべきものだ。逸見エリカが、あるいは他の誰かがこの状況でどれほど勇気を振り絞ろうと、どれほど立ち上がろうと。
その健気で美しい
ゆえに、
裁きの神。試しの神。愛する子羊たちの正道を呼び覚ますためなら大殺戮でさえ厭わない、虐殺の絶対正義。
常に試練を課すために、それは必ず唯一にして絶対の存在でなければならない。例え試練の中でどれだけの勇気を示そうが、絶対に越えられない不可侵の存在。それこそが神という存在に他ならない。
よって断言しよう。最早少女たちに勝ち目は絶無。
絶望を告げる第五射が、ここに裁きの雷火となって降り注いだ。
「やれやれ……」
その様子を、
「おまえはこの世界における最初の盧生だ。加えて異なる世界の記憶を持つ、史上初の平行世界からの来訪者。私としても、おまえは実に興味深い男なのだがね。その選択と決断はおまえにとって最も困難なものであり、だからこそ私はこれまでおまえを排斥しなかった。その決断を尊重してね」
声の主とは、即ち
「しかし、その禁は破られた。おまえはあの日――西住まほと出会ったその時に、再び
甘粕とて普遍的無意識に繋がる人類種であることに変わりはない。したがって、アラヤは彼の記憶を隅から隅まで全て知っている。
当然、彼がかつてやらかした事件の数々も、全て知っているのだ。
「その尋常ならざる意志力には敬服している。だが、それとこれとは話が別ということだよ。所謂事前策というやつだ」
普遍無意識の理解を超え、その枠から飛び出すような男は端的に言えば異物だ。放っておけば延焼を起こすと分かっている火種を放置する人間がいないように、人類の総意はこの
よってここに、アラヤは甘粕の記憶から最もそれに相応しい人間を選択した。
甘粕自身が持つ彼に関するあらゆる情報――それら全てを統合して
加え、甘粕がもともといた世界の座標を逆算し、あらゆる
「柊四四八――」
そして、見事それは成功する。今ついに、アラヤははるか遠い世界の英雄に接触した。
「おまえの力を貸してほしい。魔王がこちらで暴れている」
要件のみを簡潔に伝えると、男は了承の返事を返してくる。
そして――
「久しぶりだな甘粕。相も変わらず馬鹿をやっているようで、俺は頭が痛いぞ」
放たれたデウスの審判を真っ向から弾き返し、みほたちの眼前に一人の青年が立っている。強靭な意志の光を輝かせながら、微塵の恐怖も抱かずに魔王に正面から相対している。
その姿の、何と眩しく雄々しいことだろう。
勇者、英雄、斯くあるべし。これぞ人の正道であると、その背中を目にして少女たちは思わず憧憬の念を覚えた。
甘粕とは全く違う。彼がその背中で語るのは強く優しい、仁義八行の人類愛。
魔王の試練から世界を守る
アラヤさん、働く。
甘粕の暴走に、ついに四四八がやってきました。みんなで頭痛薬と胃薬を差し入れてあげてください。
そして本作オリジナル、エリカの急段。仲間同士で助け合い、守りあって戦い抜くという夢の結晶はこんなかたちで発現しました。圧倒的な防御力を得ますが、今回は発動のために奮い立たせた勇気がそのままみほの破段で全員に即座に共有され、それをそっくりそのままカッスのいまデウスに使われてしまい不遇な扱いに……。
え?なんでエリカが真っ先に急段使ったか?
筆者が好きなキャラだからです。すいません(土下座)