戦車道の世界に魔王降臨   作:そばもんMK-Ⅱ

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近頃尋常ではなく暑いですが、いかがお過ごしでしょうか。

本作では暑苦しい魔王が色々やらかしてますが、気にしてはいけません。


три ”再出発”

 翌日。今日も今日とてプラウダ高校は晴天に恵まれていた。

 

高緯度を航行するという特性上やや短めの夏休みはすでに終わっており、学園艦も二日後には青森を離れ再び大海へと出ていく予定だ。

 

そしてこの日も、新隊長カチューシャが率いるプラウダ高校戦車道チームは訓練に励んでいた。

 

訓練内容は紅白戦。それも文字通り新チームの全員(・・)が参加する大規模なものだ。

 

「ちょっと七号車、遅れてるわよ!隊列を乱さないで!」

 

「す、すみません!」

 

斜行陣形の一角がほんの一瞬足並みを乱したのを、カチューシャは強く叱責する。

 

「気を抜いて索敵をおろそかにして、それで万一奇襲を喰らったらおしまいなのよ。紅白戦だからって……いいえ、紅白戦だからこそ神経を研ぎ澄ませなさい!練習で出来ないことが本番で出来るわけないでしょう。――他の車輌も他人事と思わないこと!分かったら本気でやりなさい、いいわね!?」

 

「は、はい!」

 

慌てて隊列に復帰する七号車を確認しながら、カチューシャは小さく息を吐いた。

 

(思った通り。どうも最近、チームが浮き立っている……)

 

七号車が目立ったため名前を挙げたが、他の車輌も程度の大小はあれどどこか気の抜けた動きをしている。まだ経験の浅い下級生はともかく、先の全国大会に出場していたメンバーまでもがそう(・・)であるという現状に、カチューシャは慨然たる気持ちでいっぱいだった。

 

(……慢心、増長、自惚れ。全国で優勝したことによる弊害ね。それと、下級生中心で隊長(カチューシャ)に対する拭えない不信感と蔑視。ノンナを敵チームに置けば出てくるとは思ってたけど、ここまで分かりやすいと滑稽よ)

 

栄光、名誉、称賛――偉業を果たした者が手にするそれは、同時に堕落という下り坂への入り口でもある。

 

皮肉だが、これは紛れもなく人間という生物が元来有する拭い難い悪性に他ならない。

 

苦難の果てに得る栄光という美酒はこの上なく甘美であり、だからこそそれを(あお)りつづけて破滅する。

 

そしてその時、手元に残るものなど何もない。

 

不断の努力は理想だが、そう簡単には実現できないからこそ理想と呼ばれるのだ。

 

カチューシャやノンナのように日々高みを目指して前進する人間はごく少数で、殆どの人間はどこかで勝手に折り合いをつけて妥協する。

 

たとえそれが本来は通過点に過ぎない場所であったとしても、当人がそれを限界や到達点と定めた時点でそれより高みには決して上がれない。

 

「――ふざけないで」

 

ほら、また少し隊列が乱れた。しかもそのせいで、敵の偵察車に気付くのが一瞬遅れる始末。

 

焦ったように謝罪と指示を求める通信を入れた仲間に、こんどこそカチューシャの堪忍袋の緒が切れた。

 

「あんたたち、いい加減にしなさい。やる気がないなら全員今すぐ荷物をまとめて艦を下りればいいわ。今のあんたたちなんか、カチューシャのチームにはいらないんだから」

 

冷たく、そして烈しいカチューシャの叱責に、チームの誰もが凍り付いた。

 

「いい?この際だからはっきり言っておくわ。全国で優勝したのは前のチームで、私たちとは別なのよ。あんたたちがつまらないミスを繰り返してる今この間にも、他校の連中は確実に強くなっているわ」

 

十連覇を阻まれ雪辱に燃えているであろう黒森峰。

 

初の全国優勝を狙う聖グロリアーナ。

 

他にもサンダース、継続、その他様々な学校が次大会の優勝という栄光を目指して進んでいる。

 

「プラウダは優勝校。当然、今までの比じゃない研究と警戒を受けるでしょうね。そうやって本気で向かってくる相手に、あんたたちはそんな情けない様を見せるつもり?」

 

挑む立場から、挑まれる立場になったことを自覚しろ。

 

足を止めれば置いていかれるだけだと自覚しろ。

 

酔いを醒ませ。あんたたちの――いや、私たちの終点は、こんな中途半端な場所では断じてない。

 

互いに本気で向かい合ってこそ、本当の意味で礼儀を尽くしたと言えるのだ。

 

「黒森峰は九連覇したのよ?カチューシャたちの九倍よ?たかが一回程度の優勝で有頂天になってどうするの。――そんな様じゃ、まぐれの優勝と言われても仕方がないわ!」

 

その言葉に、メンバーの間に動揺が走った。なぜならそれは、カチューシャには伝わらないよう副隊長であるノンナを中心に隊内で徹底していたはずの悪評だったからだ。

 

それを嘲笑うように、カチューシャは堂々と宣言する。

 

「どうしてそれを、って感じね。カチューシャは隊長よ。誰よりもチームのことを知っているのは当然でしょう。そして、大事なことを言っておくわ。

 ――ありがとう。そして、余計なお世話よ。このカチューシャを見くびるなッッ!!」

 

太陽のような優しい声と、それに続いて雷霆の如く響き渡る大喝破。

 

「悪評、中傷、陰口。そんなものは卑怯者が好き勝手言ってるだけよ。その程度で揺らぐほど、カチューシャは弱くないわ。――そしてそれは、決してカチューシャだけじゃないはずでしょう」

 

人間は無責任で、身勝手で、自分勝手な生き物だ。

 

雨の喫茶店で甘粕正彦(マサーシャ)が語った性悪説は紛れもなく真理で、それについては同意しよう。

 

だが――

 

「あんたたちは強い。このカチューシャが認めてあげる。これまで精一杯努力してきたこと、それがついに実って嬉しかったこと――カチューシャには全部お見通しよ!そんなあんたたちが、どこの誰とも知れない奴の陰口になんか絶対に負けない。負けるわけがないでしょう。だから、こんなところで止まって、陰口に負けてどうするのよ!」

 

栄光を手にしたから堕落する?馬鹿なことを。

 

私の仲間は、そんな惰弱な人間なんかじゃ決してない。

 

理想を現実にすることができる、立派な人だと信じているから。

 

今こそ新チームの始動の瞬間。前を向いて、胸を張って歩きだそう。

 

「前回大会優勝校――その誇りを胸に抱きなさい。あの勝利から持ち帰っていいのはそれだけなの。決して、その栄光に縋っちゃダメよ。

 ――そして、今日から改めて次の大会目指して頑張るッ!分かったッ!?」

 

迷える仲間がいるならば、自分が規範となってやればいい。

 

どうだ見たかと、格好いい背中を見せつけてやろう。

 

荒れ狂う吹雪だろうが、大雨だろうが暴風だろうが、決して消えない太陽であり続けよう。

 

そうすれば、みんなも必ず自力で立ち上がってくれる。

 

「――ついてきなさい!まずはこの紅白戦、絶対勝つわよ!」

 

そんな、この上なく格好いい言葉に。

 

朝目覚めて、昨晩の酔いが消えているように。

 

「――はい!今まで申し訳ありません、カチューシャ隊長!」

 

「よーし、やってやるわ!」

 

迷いが消える。慢心が消える。

 

一糸乱れぬ隊列に戻ったと思えば、ちょうど敵戦車発見の一報が入った。

 

獰猛な笑みを浮かべ、カチューシャは素早く指示を出す。

 

「全車横隊に移行!最大火力で突っ込むわよ!」

 

指揮官の命令に応じ見事な隊列の組み替えを見せるその様子は、例えるならば獲物を狩る狼のそれだ。

 

「”勝つ”のはカチューシャたちよ!準備はいい?」

 

その言葉に、鋼鉄の狼たちは皆一様に軒昂たる答えを返す。

 

口角が上がるのを堪えられない。

 

いいぞいいぞ、こうでなくては。

 

さあ、楽しんでいこう。

 

高らかに叫ぼう。これが開戦の号砲だ!

 

「「「「「Ураааааааааааааааа!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 「――憧憬、(しるべ)……進むべき正道への希求。それこそがおまえの求道か。おいおい、これはなんとも素晴らしいではないか」

 

紅白戦の様子を、そしてそこに参加する全ての人間の様子を無人の観客席から睥睨していた甘粕は、カチューシャたちが見せた気概に、そしてまたそこに至った道程に心からの喝采と礼賛を送っていた。

 

カチューシャが示し、彼女の仲間たちが示した勇気。

 

その原点となったのはカチューシャによる正道であり、その背中を見て仲間たちは奮い立った。

 

格好良い様を見せることで、仲間の覚醒を促した。

 

それは奇しくも、自身がかつて憧れた仁義八行の(みらい)――その方法として英雄が示した道と非常に似通っていたから。

 

「祝福しよう。おまえたちの勇気と覚悟に、万歳ッ!」

 

心からの人間賛歌をここに謳おう。おまえたちは素晴らしい!

 

彼女たちはこれからも強く美しくあり続けるだろう。そしてその輝きは、彼女が語ったように下らぬ蒙昧共の闇を容易く消し去るのだろう。

 

彼女がそう信じている。ならば、俺がこれ以上口を出すことは無粋という以外にない。

 

もはやこの艦で為すべきことはない。いや、俺は最初から不要だったのだ。昨日の一件でそんなことはとっくに分かっていた。

 

では、部外者は去るとしよう。

 

だが、その前に――

 

「――さて、おい。見たいのならば堂々と見たらどうだ?」

 

物陰に向けて声をかける。そこにいるのは最初から分かっていた。

 

果たして甘粕の声に応えるように、チューリップハットをかぶり、珍しい弦楽器を抱えた少女が姿を現す。

 

「……」

 

服装からはどこの学校かは推察できないが、わざわざなんでもない訓練の日であった今日この場にいるのだ。

 

少なくとも戦車道に関わっている人間であることはほぼ間違いない。そんな人間が、たった今目の前で繰り広げられた熱戦に何も思わないはずがない。

 

「俺は甘粕正彦という。よければ、名を聞かせてもらっても?」

 

「……名前はない。みんなからはミカって呼ばれてるよ」

 

堂々とした甘粕の声とは対照的に、ミカと名乗った少女の声はどこか飄々とした声で答えた。

 

ポロロン、と少女が持つ特徴的な弦楽器が風に乗って奏でられる。

 

風がいっそう強く吹く。飛ばされないように帽子を押さえる少女を、甘粕は静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 




プラウダ編、いったん終了。カッスほんとに何もしてねえなこれ。

まあ基本的に大きな問題が起きていない場所ならカッスのすることってないしね。仕方ないね。

そして、次回からはまた別の舞台になります。一体どこだろうなー(棒)

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