戦車道の世界に魔王降臨   作:そばもんMK-Ⅱ

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評価バーに色がついてる(困惑)
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完全見切り発車、あやふやな知識と地雷臭半端ない拙作ですが、今後とも時間があれば更新していきたいと思います。

~これまでのあらすじ~
カッス「もう我慢できん!行くぞおおおお!」


第2話 「胡蝶の夢」

 ――裏切り、という行為がある。

 

何らかの約束、同盟、信頼関係を捨て相手側に寝返ること。

 

無論言うまでもなく、それは最悪の行為だ。裏切られた者の心情を著しく傷つけ、踏みにじる最低の行為。

 

そしてそれは、実際にはまだ起こっていなかったとしても、その組織に多大な影響を与えるものだ。それは当然だろう。隣でともに轡を並べて戦う仲間が、裏切るかもしれない――そんな疑念を抱いてしまえば、まともに戦うことすらできなくなる。

 

後ろから撃たれれば、どうしようもないのだから。

 

ならば。これはどういうことだ。

 

なぜ私は、私たちは、こんな辛い戦いをしなければならない?

 

甘粕正彦。貴方は何を考えている――?

 

 

 

 

 

 話を少し前に戻そう。

 

事後処理に追われる毎日を過ごしていた私のもとに、連盟から使いの人間がやってきた。彼は要件を手短に伝え、私の了承の返事を聞いて去っていった。

 

要件の内容は、端的にいえば視察。

 

甘粕正彦。日本戦車道連盟副理事。そんな肩書を持つ男が、我々を見にやってくる。

 

何故このタイミングで、と依頼が来た時歯噛みしたのを覚えている。

 

過日のあの出来事(・・・・・)以来、チームには不穏な空気が流れている。いや、それどころではない。

 

この学園全体だ。どこにいても、聞こえてくるのはあの決勝についての悪意ある言葉の数々だった。

 

――ふざけるな、と声を荒げることが出来ればどれだけ楽なのだろう。

 

それを――妹の味方になってやる唯一の言葉を、言えたならばこの気持ちも少しは楽になるのだろうかと。そう考えて――

 

「……駄目だ。それは出来ない」

 

隊長である自分の務めは、一刻も早いチームの統一と、後援会など外部への対応。それを為さないわけにはいかない。

 

ここで私が勝手な行動をすれば、どうなるか。

 

妹であるみほを私が表立って庇い建てすれば、その時チームがどうなるか。その時私は――

 

「――っ」

 

馬鹿な。何を考えている?正気か、西住まほ。お前は本当に、それでいいのか?

 

湧き上がる後悔、疑念――自己嫌悪。

 

「……嫌だ」

 

やめろ。やめろ。そんなことは考えちゃいけない(・・・・・・・・・・・・・・)――!

 

頭を何度も振り、そしてそのまま手近な壁に叩き付ける。

 

何度も、何度も、何度でも。痛みでこの苦しみを少しでも誤魔化せるのなら、それでいいと思った。垂れてきた赤い液体と鈍い痛みに、ようやっと私は我に返った。

 

とりあえず、絆創膏でも貼っておこう。

 

 

 

 

 

 結局その日も、日付が変わる直前まで私は様々な仕事に追われた。体が鉛のように重い。このまま寮に帰って、一刻も早く寝よう、と私は学園を後にした。

 

寮までの道のりは決して遠くない。むしろ近いと言うべき距離だが、それでも普段は学生の声が響くその道が夜の静寂に包まれているのは、どこか不気味だった。

 

街灯の灯りさえ頼りなく思えてくる。なんとなくそれが嫌だったので、私は少し足を速めようとして――

 

「――く、うぅっ!?」

 

恥ずかしいことに、足がもつれて倒れてしまった。こんなところで倒れているべきではない。早く帰らなければ、と。

 

そう、分かってはいるのだが。

 

「……」

 

どうして私は、起き上がろうとしない?

 

どうして仰向けになって、空を眺めている?

 

どうして――泣いている?

 

いくら力をいれようとしても、体が動かない。

 

もうこのまま、消え入るように眠ってしまいたいと、そんな考えすら浮かんでくる。

 

「……」

 

ふと、足音が聞こえた。規則正しく、また堂々としたそれは、徐々に私のほうへと近づいてくる。

 

逃げなければ、と当たり前の警鐘が鳴っているが、しかしそれでも体が動かない。

 

とうとう、足音が止まった。最後まで規則正しいそれは、私のすぐ傍で止まったのだ。

 

「――――」

 

夜の闇の中、遠い街灯と仄かな月の光が逆光となって顔がよく見えないが、それでも背丈や体格から見て男性だろう。

 

ああ、私はどうなってしまうのだろうか。ひょっとして、言葉にするのも悍ましい扱いを受けてしまったりするのだろうか。

 

――それで、楽になれるのだろうか。

 

だとしたらそれは、なんと甘美な――

 

「こうして相見えるのは二度目かな。久しぶりというには些か間隔が短いが、この場合はなんと言えば良いのだろうな?」

 

かけられたのは、そんな言葉だった。その声に私は聞き覚えがあって。

 

「しかしおい、随分と様子が変わったな。月見するのは結構だが、それでもこのような往来ですべきではないだろう。ましておまえのような年頃の娘では、悪い男に捕まっても文句は言えんぞ?」

 

月が雲に隠れる。そのおかげで、よく見えなかった男性の顔を私はようやく視認した。

 

「あま、かすさん?」

 

どういうことかと、私は思わずその名前を口にしていた。

 

彼が来るのは、確か明日の夕刻だったはずだ。今この場所にいるはずがない、と。

 

「なに、単に明日は空きだったのでな。急ではあるが予定を変更して早めの現着にしただけだ。俺としても実際に学園艦というものを見てみたかったし、な」

 

そういって彼は私の手を軽く引く。するといったいどういうわけか、体を苛んでいた疲労感が随分と楽になった。先ほど壁に頭を打ちつけたせいで負った傷も塞がって、痛みが消えている。

 

これならば、とりあえず立って移動すること程度ならば問題ないだろう。

 

困惑する私の背中や頭を彼は軽く叩く。多分、砂埃やゴミをはたいているのだろう。

 

現実とも幻とも知れぬ奇妙な浮遊感の中で、私と彼は話をした。

 

私のこと。母のこと、チームのこと。他にも、他にも、沢山話した。――無論、妹のことも。

 

その時私は泣いていた。自分でも何を言っているのか分からなくて、しかしそれでもこれまで抑えていた感情があふれ出るのを止められなかった。

 

ほとんど初対面の人に話す内容ではないだろう。だが、夢の中であるという奇妙な確信(・・・・・・・・・・・・・・)があったから、私はそんな突拍子もない行動に出たのだろう。

 

だってそうだろう。触れただけで疲労感がとれるとか、傷が治るとか、そんなことは現実にはありえない(・・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 

そう、これは夢なのだ。ならば少しくらいは、弱音を吐いてもいいだろう。

 

彼は静かに私の話を聞いていた。口をはさむことは無く、しかし確かにちゃんと聞いてくれた。

 

――そうして私は、溜めこんでいたものを吐き出しつくした。

 

しばらくの静寂のあと、彼が口を開いた。

 

――西住まほ(おまえ)はどうしたいのか、と。

 

現実ならば答えに詰まっただろう。だが、(ここ)ならば。

 

「――――――――」

 

己の本音を、告白しても良いはずだ。

 

言って、その瞬間。彼もまた破顔して。

 

「ならばよし。(ゆめ)、その想いを忘れるな。おまえが信じる道を往くがいい」

 

瞬間、浮遊感とともに私の意識が遠のいてゆく。

 

「……」

 

固い感触をまず感じた。体を起こしてみれば、昨日も残って仕事をしていた部屋だった。どうやら机に突っ伏してそのまま寝てしまっていたらしい。

 

しかし、それにしても。

 

「――なぜ彼なのだ?」

 

あの夢の中。全てを吐き出す相手としていたのは、なぜか彼だった。

 

一度しか会ったことがないのに、なぜ彼だったのだ?

 

「……まあいい」

 

夢は夢。それに意味などありはしない。おそらく色々な意味で印象が強かったのが、彼が夢に現れた原因だろう。

 

所詮その程度なのだから。

 

だが、しかし。

 

「――」

 

ふっ、と笑みが浮かんだ。例え夢でも、己の本音を吐露できたのだ。少しではあるが、楽になった気がする。

 

溜まっていた疲労は、とうになかった。

 

では、今日も頑張るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 「く、ふふふふ。ふはははははははははは――!」

 

それは本当に偶然だった。数多の重荷を背負い、数多の鎖で縛られた少女。

 

ぼろぼろの体で、そして揺れる心で、それでも必死に足掻いている少女。

 

俺はそんな少女の姿を見た。

 

ああ、目を奪われたよ。疲労と心労の影響だろう、先日目にした姿よりも随分とか弱くなっていたが、そんな外面などどうでもよかった。

 

揺れていた、そう、揺れていたのだ。彼女もまた、己の信じる道と進むべき道との乖離に苦しみ、恐怖していたのだ。

 

それこそが、その迷いこそが人間だ。彼女はいずれ必ず答えを出すだろう。もとより俺はそれを見に来たのだからな。

 

であれば、俺はその選択を尊重しよう。思う存分、苦悩するがいい。その果てにきっと、おまえの勇気(ヒカリ)を見ることができると確信しているのだ。

 

「とはいえ、そのままでは少々危険だと思ったのでな。思わず禁を破ってしまったよ」

 

彼女に夢を見せてしまった。ああ、全く。相も変わらず興が乗ってしまうとこうなってしまうのだ。悪癖ではあると理解はしているのだが、性分なものなのだ、どうしようもない。

 

周与胡蝶、則必有分矣(周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。)此之謂物化(此を之れ物化と謂う)

 

知らず、甘粕はそう口ずさんでいた。

 

胡蝶の夢。

 

夢の中で蝶になっているのか、それとも今の荘周という人間が蝶が見ている夢なのか、という有名な説話。

 

その言わんとするところは、蝶も荘周も本質は己であり真実であるという万物斉同の思想である。

 

「肉親への情も、家訓を守ることも、そこに貴賤や正誤など存在せん。ゆえ、おまえの好きにするがいい」

 

甘粕は笑う。夜風につられて顔を上げれば、雲から月が顔を覗かせて闇を静かに照らしている。

 

「ああ、これは一層楽しみではないか」

 

外套を翻し、魔王は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌々日。

 

甘粕が黒森峰戦車道を視察する日。

 

「ふふふふふふ、はははははははははははは――!」

 

整列していたメンバーの前に、甘粕は降ってきた(・・・・・)

 

文字通り、上空のヘリコプターから飛び降りてやってきたのだ。馬鹿笑いとともに。

 

無論というか当然だが、パラシュートはつけていた。普通はそうでなければ死んでしまうので当然だろう。

 

唖然とする面々を前に、何でもない様子で甘粕は口を開いた。

 

「――おはよう諸君。聞いてはいるかもしれんが俺が甘粕正彦だ」

 

「視察ということで今日はやってきたわけだが、俺が見たいのはおまえたちの真の実力と信念だ」

 

甘粕はこちらを見る面々をぐるりと見渡す。この場にいる全員が主役だが、その中でも特に気になっている人物がいるのだ。

 

そして彼女らはすぐに見つかった。

 

――西住まほ。

 

――逸見エリカ。

 

――赤星小梅。

 

そして――西住みほ。

 

それらを確認して、甘粕は視線を正面に戻す。チームのメンバーが浮かべる表情は様々だ。不安、困惑、侮蔑に無関心。ああ、俺への敵意も見受けられるな。

 

結構。だが不参加は許さんぞ?

 

「――そこで、今日は紅白戦をしてもらいたい」

 

有無を言わさぬはっきりとした口調で、甘粕はそう言い切った。

 

知らず、笑みが浮かぶ。期待で胸が騒いで仕方がない。

 

――ではこれより、試練を始めよう。

 

 

 




【悲報】カッス、我慢できず夢を使ってしまう
まほ姉の傷ついた姿に我慢できなかった模様。
前話で「邯鄲は使わん(キリッ)」って言ってましたが、やってしまいましたなあ
ま、まあ悪さ目的とかじゃないからセーフ(震え声)

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