戦車道の世界に魔王降臨 作:そばもんMK-Ⅱ
みなさんの応援のおかげか、筆も進みました。
今回は、私がおそらく一番書きたかった場面。これをやってしまえば取り返しはつかないけれど、決めたからこそ、その道を進みました。
~これまでのあらすじ~
――私は、みほの友達だから――
決断には責任が付きまとう。
それは例えばその日の夕食の内容を決める際だろうが、例えば世界の命運をかけた決戦だろうが、同じことである。
もっとも、実際に世界が滅ぶか否か、などという戦いなどというものはまず起こりえないが、それでも人生とは選択と決断の連続だ。
進学、部活動、履修するコース、就職に趣味にと。あらゆる場面で人間は己の意志で、己の道を選び、進まなければならないのだ。
それは例えるなら航海に近い。行く先は見えず、不安と恐怖に怯えながら、それでもそこに留まることだけは許されない。
人は皆、己自身の手で船を漕ぎ、人生という大きな海を進んでいるのだ。
その選択。もう二度と取り返しがつかない、決断の時。いわゆる岐路というものが、人生には存在する。
ならば、今、今日のこの時こそが、私の人生の岐路なんだろう。
ありがとう、みんな。
私には、こんなにも素敵な友達がちゃんといる。
私の選択が、正しかったかどうかは分からない。
絶対的な正しさが、正義が分かりやすいほど鮮明なら、人生はこんなに苦しいものにはならないだろう。
だけど、実際はそうじゃない。立場や周囲の環境によって、正しさなんてものはいくらでも変化する。
「本当に大切なことは、自分の
エリカさんが見せつけたように。赤星さんが見せつけたように。
あの時の二人は、今まで見たことがないくらい必死で、そして何よりも――
「格好良かったなあ……」
眩しかった。憧れた。目を奪われた。
二人の
暗澹たる航海を照らす、灯台の光に思えたのだ。
「――だから、どうかお願い」
地響きとともに現れるは、闇を照らす九つの
眩しいなあ、本当に。目が眩みそうだよ。
だけど、その輝きが誇らしい。
だから、私も。
自分の心に嘘をついちゃいけないよね。
ずっとずっと、言えなかった私の本音を。今こそ言わなくちゃならないよね。
「――」
戦車から降り、深く息を吐く。怖い。私は今、紛れもなく人生の岐路に立っているのだ。
二人が、こっちに近づいてきた。その顔は笑っていて、とても綺麗だと思った。
「みほ」
そっと、優しい言葉。両の手に感じる、確かなぬくもり。
「みほさん。大丈夫です。私たちがついてますから」
その瞬間、堪えていたものが零れだした。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しいのに涙が止まらない。
見ないでよエリカさん、赤星さん。きっと今、私、すごい変な顔してると思うから。
「私たちは、貴女を見てるから」
「どんな時も、この手は絶対に離しませんから」
溢れる涙が止まらない。二人のぬくもりが、何よりも尊く、嬉しく感じた。
ねえ、私たちは友達だよね?だったら――
「お願い――」
私に、少しでいいから、勇気をください。ずっとずっと、心の奥底に閉じ込めていた、本音を言うために。
そして。
涙を零しながら、少女は叫ぶ。当たり前で、だけどだからこそ誰もが言いよどむその言葉を。
「――
その、言葉に。
「「勿論ッ!!」」
力強く、そして優しい答え。
その光景を見ながら、赤星と一緒にやってきた二年生の遠山は、深く息を吐いた。
「――いいなあ」
「ええ、本当に」
声に応えたのは、同じくその様子を見ていた平野だった。
「結局、さ。全部赤星の言う通りだった。勝たなければ、勝たなければって、勝手にいろんなもの背負って……いや、違うな。全部
「――実際は、みほさんも私たちと同じ人間なのに。先輩だけじゃありません。私たちみんなが、みほさんに重荷を背負わせてたんです」
黒森峰の正義とは、勝利すること。
そんな
「だって、その方が楽だから」
「――自分では何も考えなくてもいい。ただ駒として、指示に従っていれば勝てたもんなあ。んで、結果得られる栄誉。全く、情けなさ過ぎて泣けてくる。
気分が乗らない、勇気が出ない、今は駄目だ、明日やろう。
本当に進むべき理想とは、そう簡単には選べないからこそ理想なのだ。
「
本当に辛いとき、苦しいとき、仲間に助けを求めること。そんな当たり前のことすら、一人の少女から奪い去った。本来正しかったはずの道が、
たったそれだけのこと。立場や環境によって変化する正誤の概念に、皆囚われていた。
「本当に大切なものは、すぐそばにあったというのに」
前ばかり見て、隣や後ろで泣いている人の姿さえ見失って。
「なあ、そうだろう?
全く、なあおいまほ。あたしらはなんて馬鹿なんだろうな。
見ろよあいつらを。あんな当たり前のことすらあたしらは出来なかったんだぞ?やろうとすら思わなかったんだぞ?
なあ、だからさ――。
「
新たにやってきた一両の戦車。そこから降りてくる西住まほの姿を見ながら、遠山はそう呟いていた。
――戦いが始まるやいなや、みほたち白組の、みほ以外の九両が、一斉に掲げていた白旗を下ろし、紅い旗を挙げた。
通信で聞こえてくる、下卑た罵声と嘲笑。それら全てが、みほに向けられていた。
やめろ。
やめろ。
そんなものは聞きたくない!
「たいちょー。指示をお願いしまーす」
「あの裏切り者をボッコボコにしてやりましょうよ」
ふざけるな。なんだお前たちは。本当に理解できない。なぜこうも恥知らずでいられるのだ?
森の中へと後退するみほの車両を見ながら、私は茫然としていた。
どうすればいい。どうすればいい。私は、
視界は万華鏡のように点滅し回転し、なにをしたらいいかわからない。
――押しつぶせ。チーム全体のことを考えれば、ここは
それは、きっと正しいのだろうけど。
――何を迷う必要がある。奴は掟を破ったのだ。
そんな道を、私は進まなければならないのか?
勝利とは、そんなにも重く尊いものなのか?
思考はぐちゃぐちゃで、何もわからない。
暗い海の底にいるような、そんな心地だった。
『――私、そっちに行くから!』
「……」
永遠にも思えた闇の中、そんな声が聞こえた。
『勝つこととは、そんなにも重要なことなのですか』
また、別の声。
それが、私の手を引いてくれたような、そんな気がして。
『――みなさんのような、卑怯者では断じてありませんっ!』
――その言葉に、ついに私の意識は浮上した。
卑怯者?私が?馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。
違う、と。
そう、言えなかった。
――
「……」
それは、かつて夢の中で投げかけられた問い。
その答えを、私はとっくに出していて――
「ふ、ふふ」
分かりやすいくらいに道は見えていたことに、やっと気が付いて。
「ふふふふ、ふふふふふふふふ――」
――ならばよし。努、その思いを忘れるな。
為すべきことも、これ以上ないくらい瞭然で。
「ふ、はは、ははははははははははははは――!あははは、ははははははははは、あははははははははははははは――――!」
自分の救いようのない馬鹿さ加減に、思わず私は笑っていた。
笑って、笑って、そして溢れる涙が止まらない。
全く、今の私はきっとすごく変な顔になっているのだろうな。
なあおい、私を見てくれよ。私はこんな人間なんだぞ?
こんな馬鹿女なんだぞ?
そんな奴が、何を偉そうに一人前ぶっている。
――チームの立て直しと来年度の体制への移行が優先?
――隊長として、チームに軋轢を生じさせかねない選択肢はとれない?
「――っ!」
気付けば、自らの顔を殴っていた。額から流れる血液も、脳に送り込まれる痛みも、どうでもいい。
それよりも、自分が何より憎らしい。
「――駄目ですよ隊長。せっかく綺麗な顔なんですから」
「……あ。坂井先輩、か?」
「はい。あなたの車両の通信手、
ぺたり、と私の額に絆創膏を貼った坂井は、しかしそのまま私の隣から動こうとしない。
「――私は、先の大会が最後の舞台でした」
肩が震える。そうだ、坂井先輩は、三年生はあれが最後の大会だった。だからこそ、優勝を逃してしまったことに、私は――
「楽しかったです」
「……え?」
「こんなにも強くて格好いい仲間たちと一緒に戦えた。最後はちょっと悔しかったけど、それでも私は、心から楽しかったっと、そう言えます」
「しかし、最後の大会!私のミスで、先輩の最後の舞台を台無しに――」
その瞬間、物理的に私の口は止められた。
先輩の指が、私の口を止めていた。
「全部背負い込むの、悪い癖ですよ?あれはあなただけのミスじゃない。みんなのミスで……もっと言えば、単に運がなかっただけなんですよ」
「そりゃあ、優勝できなかったことは悔しいです。でも何よりも、みほさんに対する仕打ちを止められなかったことが、一番悔しい。……自分が恥ずかしいですよ。変に体裁を取り繕って、怖いから関わろうとしなかった」
「隊長はご存知でしたよね。私が、戦車道を引退すること」
「……はい」
坂井先輩は、あの大会を最後に戦車には乗るつもりがなかった。卒業後は家業を継ぐのだと、そう言っていたのを思い出す。
「戦車に乗れば、自分の矮小さを思い知らされる。……そんな気がして、戦車に乗る気にはなれなかったんです。後輩一人助けられない私が、何を偉そうに、って。だから今回、隊長がこの試合の話を持ってきたときも、断ろうと思ったんですよ」
「でも、出来なかった。だって、私なんかよりよっぽど辛そうな子が目の前にいたんですもの」
「その子はすごく真面目で、そしてすごく優しい人。そんな子がこんなにも苦しんでる。ならせめて、少しでも助けてあげなきゃ、って。……結局、全部一年のあの子たちにもっていかれてしまいましたが」
こちらを見つめる先輩の目はどこまでも真剣で、それでいて暖かい。
ああきっと、この人も――
「あの子たちの言葉に、やっと私も目が覚めました。この試合が終わった後、私は少し動こうと思います。後輩を守れなかった情けない先輩ですけれど、それでも、今からでもまだ間に合うと信じていますから」
「だから隊長。あなたも、自分の道を見つけたんでしょう?いいえ、それは最初から貴女の心にあったはず。人は大きくなるにつれて、素直な心を心の奥底にしまいこんでしまう生き物ですから」
道を見つけた。いや、ようやっと戻ってこれたのだ。
「だから――」
ああ、そうだ。答えなどとっくの昔から知っていた。
ふと想起する、あの奇妙な夢での会話。夢というにはあまりにも現実感があって、会話の一つ一つを覚えている。
私は泣いていた。今と同じように。その時、彼がかけてくれた言葉は、確か。
「――
そう、まさにそんな言葉で。
「その答えは、もう知っているはずでしょう?」
その時、私は何と答えた?
夢の中だとしても、あれは紛れもない己の本心だった。それを忘れるなど、ありえない!
「私は――」
涙を拭い、真っ直ぐ、坂井さんの目を見つめ返しながら。
「私は、みほと一緒にいたい!これからもずっとずっと、みほと一緒に戦車道をやりたいんだ!」
その、言葉に。
「はい。よく言えました」
坂井先輩は微笑んで。
「じゃあ、本当にそれを伝えなくちゃならない人がいるでしょう?」
私も、ようやっと、心からの、精一杯の笑顔で。
「はい!それでは皆さん、お願いします!」
返ってくる返事は、どれもこれもあたたかい。
この車両のメンバーは、私以外みんな坂井先輩と同じ三年生だ。
きっとみんな、坂井さんと同じように悩んでいたんだ。恐れ、苦悩し、足を止めてしまった。
ならば。そう、ならば――。
「迷いはありません。私たちもこれより、みほの味方です!」
迷いがなくなった今、私たちはきっと、どこへだって行くことができるに違いないから。
「行きましょう」
坂井先輩が操縦手の岩本先輩に、目標地点を伝えている。
どうやら私が吹っ切れたその時から、即座にみほに連絡をとっていたようだ。
ありがとうございます、先輩。暗闇に足がすくんでいた私の背中を押してくれて。
だから、私は、おそらく人生で一番の元気な声で叫んでいた。
「では、
――――そうして。
「みほ……」
「お姉ちゃん……」
ついに、そして久しぶりに顔を合わせた
己の道を見つけ、そして進むと決めた二人。
「私は、おまえの味方だ」
「うん……」
見えない鎖に囚われ、身動きも出来なかったかつてとは、もう違う。
「一緒に戦おう、みほ。私たちが揃えば、怖いものなどありはしない」
「うん、うん……!」
ここに生まれるは比翼の絆。互いを知り尽くし、そして語り合い、ついに完成した不朽の
「大好きだ、みほ。私はお前を、愛しているよ」
「……っ!おね、え、ちゃんっ……!」
どちらが欠けても、天高く飛ぶことはできない。
二人ならば、どこへだって飛んでいける。
思いは一つ。後悔などなく、二人はずっと胸を張って生きていける。
人生とは選択の連続だ。
迷うこともあるだろう。道を誤ることもあるだろう。
だが、その程度で人生は破滅など決してしない。
なぜなら、人には助け合える仲間がいるのだから。
はい。原作よりもはるかに早い二人の和解です。例え原作を崩すとしても、私はこの二人に幸せになってほしかった。
今回登場した坂井先輩、個人的に結構お気に入りのオリキャラです。悩む後輩の背中を優しく押してくれるような、そんな人間として書いてみました。
そしてなんと、今回どこにも甘粕が出てきていないという事実。
多分どっかで滅茶苦茶喜んで泣きながら二人を見ていたのではないでしょうか。