戦車道の世界に魔王降臨 作:そばもんMK-Ⅱ
そして薄れるガルパン要素。カッスが暴れまくってるせいでもうどうやってもそっちに偏ってしまいます(遠い目)
~これまでのあらすじ~
カッス「
「くそっ……」
最早進退窮まった状況。車内に侵入してくる冷たい水に濡れながら、西住まほは歯噛みしていた。こんな状況を齎した魔王のようなあの男に、そして何より、己自身の考えの甘さに。
無駄だと分かってはいるが、それでも状況を呪うしか出来なかった。
そうだ。こんな馬鹿げたことが出来る人間が、真っ当な思考や常識の持ち主であるわけがないだろう。
彼は戦車道連盟の副理事だが、それはきっと彼が持つ肩書の一つに過ぎないのだろう。そしてそんなものなど、今となっては最早何の意味も持っていない。
重要なのは、彼が何を思い、何を考え、何を期待してこの状況を作り出したのか。
彼の真意は何なのか。
何故私たちは、こんな目に遭っているのか。
戦いの場において、何故と理由を問うのは愚挙以外の何物でもない。
そんなことを問うても、例えその答えが得られたとしても事態は変わらないし、そもそもそんなものがあるとは限らない。
重要なのは目の前の戦いに勝利すること。ならば考えるべきはこの状況への対応以外にはないのだが、ではだからといってそれをやめることは出来なかった。
そしてそれは、この場においては決して無意味ではない。何故ならば先の理屈は常識であり、正論であるからだ。
普通はそうである、だからこそ
彼女たちは未だ、甘粕正彦という男を知らない。
彼がどれほど常識外の思考を有する馬鹿なのか、まだ知らないのだ。
ゆえに、この状況を作り出した彼を少しでも理解しようという西住まほの思考は、現状を打破するために最良の選択であった。
――始めは、甘粕正彦の言葉が終わってしばらくの後。同じ場所にいつまでも固まってはいけないという当然の判断のもと、移動を開始した直後だった。
集まった情報を吟味していた私たちは、
さらに言えば、プラウダが森に入った私たちを出来る限り包囲殲滅しようとしていることも含めて、あの時の焼き増しに近いことにも。
そう、何もかもがあの時と同じだった。
唯一気がかりなのはカール自走臼砲だが、そもそもこちらの位置を正しく理解できなければ脅威ではない。
当たれば例え要塞であろうと粉砕するそれは、しかし極論を言えば当たらない限りは存在しないのと同じなのだ。
だから、とるべき選択はあの時と同じ。それでとりあえずは対応できる、と。
あとはなんとか、この場から逃げる方法を考えればいい、と。
そんな
正常性バイアスという考え方がある。
社会心理学、災害心理学において指摘される人間の心理における問題点の一つを指摘したそれは、端的に言えば事態の過小評価と危機察知能力の鈍化だ。
人間は得てして異常な状況――たとえば天災、あるいは火災や事故の現場など、明らかに危険と分かる状況下において、それを無視または過少に理解してしまう。
「まだ大丈夫」「自分は大丈夫だ」「そんなことはありえない」――そう思い込み、そして時にそれゆえに自らの身を滅ぼしてしまう。
では、なぜ人はそんな心理を抱くのだろうか?
自己を滅ぼす悪癖であるそれが、なぜ問題として取り上げられるほどに人の心に残り、消えることがないのだろうか?
――答えは単純にして明快。そうするほうが楽だからだ。
非日常の現実に正面から向き合い、立ち向かうには当たり前だが多大な精神力を必要とする。
絶えず命の危険と隣り合わせで、逃げ場などなくて。
そんな
――そう、無理だ。
だってそれはどうしようもなく苦しいから。どうしようもなく怖いから。
だから、逃げる。
目の前の現実から目を逸らし、目の前の現実に嘘をつく。
なるほど、事実だ。そしてそれは正しい。
そうでなければ、きっと狂ってしまうから。
不条理に立ち向かえるほど、人間は強くないから。
「――だから、諦めろと?」
そんな逃げの理屈を、認めろと?
否、と甘粕正彦は喝破する。
「違う。違うのだよ。人とはそんな惰弱な生物では決してない。苦難、恐怖、絶望とは即ち乗り越えるべきものだろう。世の古今や東西を問わず、人はそんな
他にも、他にも、他にも――。
物語とは得てしてそういうものだ。そうした
「では何故、人はその道を選べない?危機を前にした時、何故そこから目を逸らす?」
素晴らしいと思うなら、焦がれるならば。どうしてそれに倣おうとしないのか。
「答えは明瞭。それが所詮は夢に過ぎないからだ」
――
最後に至っては夢という形ですら存在しない。この世界で彼の勇気を知っているのは、真実甘粕正彦ただ一人なのだ。
それが夢で終わる以上、現実に影響は及ぼさない。
そしてその果てにあるものは何か。
「覚悟も、勇気も、総じて所詮は空想上の産物でしかなく、何も起きず、何もせず、そしてそのままでも生きていける世界。そんな世界では、人は勇気のなんたるかすらも忘れてしまう」
西住みほが、西住まほが、逸見エリカが、赤星小梅が、そして彼女らの友が示した勇気を、しかし見ようともしなかった輩がいたように。
頑張る者が嘲笑され、何の覚悟も持たぬ蒙昧共が己の下劣さを理解すらせずにほくそ笑むのだ。
なんと醜悪で愚かしく、そして嘆かわしいことだろうか。
愛する
「よって、俺が
普遍的、かつ平等に。
「それこそが我が試練。おまえたちを牢獄から解放する光であるッ!」
既に甘粕の思考に、自制の文字は存在しない。一度軛から解放されてしまった時点で、この男は暴走する機関車と同義だ。
「さあ、それで良いのか?俺は以前の焼き増しを以て試練と称すほど、甘い男ではないぞ?」
危機が、苦難が足らんというならばいいだろう。
目を見開くがいい。そして向き合い、乗り越えてくれ。
もとより俺は、それをこそ信じているのだから。
濁流と化した川を挟んだ向こう側、隊列を組み前進する黒森峰の戦車を見つめながら、甘粕は再びフェンリルを創形する。
そう。逃げ場などどこにもありはしない。魔王からは逃げられない。
「――撃て」
その場の全員が、静かに放たれた魔王の勅令を耳にしていた。
刹那、轟音とともに放たれた60cm重ベトン弾が崖そのものに着弾し、そして文字通り粉砕する。
足場を失った全ての車輌が落ちてゆく。
奇しくも、いや、甘粕からしてみればそうなるように演出したのだから当然というべきだろうか、それはあの決勝の出来事――全ての始まりとなったあの時と同じで、そして全く異なる展開だった。
何故ならあの時川へと転落したのが赤星小梅らのIII号戦車だけだったのに対し、今回は全ての車輌。
甘粕は、誰も彼もをまとめて千尋の谷へと叩き落としたのだ。
さあどうする?誰が真っ先に抗ってくれる?ああそうだ、
これは西住みほの勇気を知るための試練。
そして同時に、それを上回るための試練。
ゆえに、ここに勇気と愛を示すがいい。おまえたちが真にそれを信ずるならば、真にそれを願うならば、不可能などありはしない。
なぜなら既におまえたちは
――甘粕正彦は、人間の愛や勇気と言った素晴らしい輝きを愛している。それが見たくて見たくて仕方がない。
そして困ったことに、彼はそれを見るために悪い意味で積極的なのだ。輝かしい人間を見るためならば、大勢の人間を極限の混沌と災禍に叩き落とすことに対してすら、何の躊躇いも持っていない。寧ろそれこそが救済であると、心の底から思っている。
当たり前だが、彼の試練につき合わされて無事で済む人間など存在しない。立ち向かうことに耐え切れなかった人間は傷つき、最悪の場合は死を迎えるだろう。
そんな
「あ、ああ……」
徐々に浸水する車内で、赤星小梅は震えていた。
水圧で扉は開かず、どこにも逃げ場など存在しない。
そして、あの時とは決定的に違うことがもう一つ。――今度は、誰も助けてはくれない。
ここに、大会の時のような救助隊など存在しないだろうから。
今私たちが置かれているこの状況を、そっくりそのまま全員が体感しているのだから。
よって、最早詰みだ。黒森峰の面々は、為すすべもなく魔王の試練によって齎された災禍によりすり潰され、終わる。
「――い、やだ」
そうだ。そんなのは嫌だ。
こんな訳の分からない苦難に巻き込まれて、そこで終わるなど、みんな嫌に決まっている。
だってそうじゃないか。
あの時、私が川に落ちてさえいなければ。
みほさんが謂れのない非難を受けることはなかった。
隊長が苦しむこともなかった。
そして、
みんなみんな、私があの時落ちたのが悪いんだ。そしてそのせいで、今みんなが苦しんでいる。
それが、何より一番腹立たしくて許せない。
仲間であると、友達であると誓ったのだ。なのにいつも助けてもらってばかりで、挙句自分の所為でこんな地獄に仲間を落としてしまった。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!私の所為でみんなが苦しむなんて、そんなのは絶対に嫌だ!」
だけど、それでも。
自分の所為で大切な仲間を危険に曝して平気な顔をしているような、そんな卑怯者ではないと誓った。
自分だけ助かればいい、なんて考えは最初からない。だって、私は――
「
――ならば。
瞬間、視線を感じた。声が聞こえた。
そして同時に感じる、何か途方もなく大きなものを見ているような、そんな奇妙な感覚。
――願うがいい。おまえの愛を、友情を。忠を、覚悟を、
思い返すのは、先ほど見た異常な光景。何もないところに一瞬で現れた巨大兵器と、それを創りだしたであろう人物の顔。
そうだ。何を自分の物差しで状況を推し量っている。ここが異常な世界であるということくらい、分かっていたはずだろう。
今度は人任せになどしない。私が、私の意志で、みんなを助けるんだ。
「――消、え、ろぉっ!!」
出られないのなら、
そして、そんな理外の願いが叶うのが夢の世界。思い一つで、不可能を可能にする世界の姿だった。
――見事。それこそが邯鄲の夢。おまえの思いの結晶だ。
裂帛の気合とともに放たれた小梅の手に触れた途端、彼女たちを水底へ縛っていた戦車が、文字通り跡形もなく消滅した。突然水中に放り出された小梅たちは、しかし驚愕も少なくそのまま他の車輌の救助活動に移っていた。
仲間を助けたいと、何よりも強く願った。
その不退転の決意。その覚悟のほど。全てが最高の純度であったゆえに、赤星小梅の夢もまた最大効率で稼働する。
――邯鄲の夢とは、何も選ばれし人間にしか振るえない力というわけでは決してない。
誰しも一度は、夢の中で現実を超えた経験をしたことがあるように。夢においては、人は誰であろうと大別五つの夢を全て使用できるのだ。
たった今、赤星小梅が示したように。
そしてそんな素晴らしい勇気をこそ、甘粕正彦は称賛する。自らが先頭に立って苦境を作り出しながら、しかし一方でそれに抗うための手段を用意している。どうか抗ってくれと願いながら殴りつけている。
矛盾しているし破綻している。とても真っ当な思考回路ではないことは明らかで、しかしそれゆえに甘粕正彦なのだ。
夢は終わらない。魔王の試練は終わらない。心からの期待で胸を膨らませながら、甘粕正彦は笑みを深めた。
初っ端から全員川に叩き落とすとか甘粕マジスパルタ。
プラウダの面々の扱いが悪いのは、彼女たちが本物ではなくエキストラだからです。決して作者が嫌いだからではありません。むしろ私はカチューシャが一番好きです。
とはいえ半ば前座のような扱いになってしまったのは否めませんね……。気分を害してしまった方がいらっしゃれば、申し訳ありません。