ゲートと呼ばれたその場所は、しかしわかりやすく門があるわけではない。見てみると渦のようなものが壁にあり、そこに何やら渦を中心とした紋章のようなものがおぼろげに見える。リリスさん曰く、これが門なのだと言う。俗に言う魔法陣のイメージが、これを表すのに一番わかりやすいかもしれない。恐らく、ここを中心に障壁が広がっているのだろう。
「開けるわよ。2人とも離れて」
そう言うとリリスさんは、手慣れたように杖を動かし、中空になにやら文字のようなものを描く。すると、それに呼応するように、紋章は強い光を帯びる。そして門が開き始めて……
『デンデン♪ デデン♪ デデデデデデデ♪ コーノーマーマーキーミーヲーツゥーレーテー……』
「あ、間違えたわ」
「なに今の?」
「ごめんなさい、呪文の書き方ミスったのよ」
いやなに今の? なんか昔夜8時にやってたお笑い番組みたいなの見えたけど、どんな呪文書いたの? 揺れたり震えたりした線で丁寧丁寧丁寧に描いたの?
しかし俺の疑問を全く意に介さず、リリスさんはすぐさま開いた門を閉じ、何事もなかったかのように呪文のリテイクを始めた。
「……よし、今度は間違いないわ。行きましょう」
「あ……はい」
開かれた門の先を見ると、久しく見えてなかった青空を少しだけ覗くことができる。どうやら今度は成功したみたいだ。
……結局さっきのはなんだったんだろう? 大丈夫なのか? 後で怒られたりしないのか? 緊張か混乱か、それはわからないけれど、俺はそんな自分でも意味の分からないことを、先を進みながら考えていた。
「あ、そうだヨシカゲ君、これ」
そう言って彼女は、懐から何かを出し、俺に差し出した。見てみると、それは黒いネクタイのようなものだった。
「これって……」
「防御魔法を付加したリボンよ。今付けてるやつを、これに取り換えて。不意打ち一発程度なら防げるはずよ」
どうやら俺のために作ってくれたらしい、俺はそれに感謝しながら、今付けてるリクルート用のネクタイを外し、その黒いネクタイをスーツに付けた。……パッと見喪服だけど大丈夫なのかな? 異世界のマナーってそのへんどうなんだろ?
そう思っていると、いつの間にかゲートを抜けていた。
「ここが、人間界っすか……」
目の前に広がる、うっそうとした森林、それを見てロックさんはそう呟く。木漏れ日が溢れるそこは神秘的で、現実感さえないように思えるほどきれいだった。端の部分なのだろう。奥の方に出口と思われる、開けた場所が見える。さっきの青空はあそこからのものだろうか。
「ロックさんは、人間界来たことないんですか?」
「ええ、このナリじゃあ、見つかった途端殺されそうっすし……そういや、姐さんは結構来てるんすか? ゲートを開けるとき、ミスったけど結構手慣れてる感じあったっすよね? ミスったけど」
「ミスミスうるさいわねこの筋肉……よく来るって言っても、ゲート近くのこの森までよ。人間の国なんて一回も行ったことないし、この辺に人間が来たこともないわ」
「勇者たちは来たみたいですけど……」
「多分、別の場所から無理矢理こじ開けてきたんだと思うわ……つくづく、嫌な魔法を作ってくれたものね、人間も」
こじ開けてくる……ということは、言い換えればどこからでも魔界に侵入することができるということか。そんな状態で大軍に攻められたらと思うと、正直目も当てられない。改めて、今回の取引がどれだけ重要なことか認識させられた。
「今回の会談、何としても失敗は避けるべき……てことすね」
「ええ、そうよ……」
そう言って、リリスさんは、ピラリと紙を一枚取り出し、俺たちに見せた。
・おいしい塩がとれる!
・海鮮物のお店が多い!
・女子会が開ける居酒屋多数!
・ポイントをためればクーポンが使える!
・クーポンで最大五割引き!
・宴会、忘年会受付OK!
・宴会費用お一人様1000ゴールドから受付中!
・ご来店お待ちしております!!
「この手札でやるのよ、この手札で」
「「……」」
「おいこっち見ろ
そう言えば目も当てられないものは目の前にもあった。どうしてくれようかこの現状。
……言い訳にしか聞こえないけれど、最初はもっとちゃんとしたものを探そうとしていた。しかし探せば探すほど、どんな技術や魔法も人間界の方が優れているという悲しい現実に直面せざるを得ず、じゃあどうするかロックさんと考えたところ。
『そういえばうちの町内会で、地域活性化のために居酒屋の割引サービス始めたんすよ。本来は別の街の魔物用っすけど、何もないよりは……』
という話になり、最寄りの居酒屋からサービス内容なりお店のイチオシメニューなり聞いて作成したところ、あの様になったわけだ。
「あ、そういえば表通りの焼肉屋もクーポン使えるって言ってましたよ! これを組み込めば!」
「んなこと言ってんじゃないのよ。んなこと言ってんじゃないのよ! こんな有様ならクーポンマガジン1冊持ってった方がよっぽどマシよ!」
魔界にクーポンマガジンあるんだ……ここホントに異世界だよな? ハロウィン期間中の渋谷の方がまだ異世界してるぞ。
まあリリスさんが怒るのも無理はない。正直これで成功できる気しないしね。
「はあ……で? ヨシカゲ君は何か持ってきた?」
「2枚で海鮮丼が無料になるクーポン券1枚持ってきましたけど……」
「2枚持ってきなよせめてッ! アンタらただ自分が居酒屋行きたいだけじゃないのよ!」
「そう言う姐さんは何持ってきたんすか?」
「……塩と、イブにつくってもらったお弁当」
あ、これもうムリじゃねえかな? ムリだろこれ、人間界へのメリット塩とクーポンと焼肉だぞ? 週末の飲み会ぐらいでしか有用性ないだろ。
「だ、大丈夫よ。あなたたちの分もちゃんともらってきたから」
「あ、どうも、うぉ結構豪華だな……いや、それはいいけど、どうするつもりなんです? さすがにこれで魔界に手を出すなってのには無理があるんじゃ……」
「……ねえ知ってる? エイレックス王国って小さい女の子が女王となって収めてる国らしいの……それくらいなら隙をついて首にナイフを……」
「それ以上いけない」
やばいぞこの人。窮地に陥ったあまり完全に犯罪者の思考になっちまってる。そんなことしたら戦争どころか根絶やしにされるぞ。
「そ、そうか……俺がその女王を拉致れば……」
「アンタがそういうこと言うとホントに危ないからやめろ」
ついにはロックさんまで規制に引っかかりそうなことを言いだした。やばい、このままじゃこの人達、ホントに人質を取る可能性が……あれでも待てよ、このレパートリーじゃ多分無理だし、どうせその場で殺されるくらいならいっそ人質でも取った方が……
「やっぱり最低だね。魔界の化物共は」
突然、不意に聞こえた、その冷え切った声。それに反応して、思わず俺たちはその声のする方を振り向いた。
見ると、そこには4人の……イブのところでも見たような、勇者パーティーのような格好の人達がいた。違いがあるとすれば……全員、恐らくは女性であるという部分だろうか。あとは、今まで見た人たちと対して変わらない、同じような敵意と憎悪の目をこちらに向けていた。
「指定の時間に来てみれば、姫様を脅迫するような卑怯な作戦の話し合い・・・・・やっぱり、この場で僕が殺した方が……」
「……あ、あらあらアラララララアラアララアーラアーラアラナーミタツココハハーバナイウェカピポー」
「落ち着いてマジで」
めっちゃびっくりしたなもう……え、なに? リリスさん驚くとこんなんなるの? 無駄にリズム体いいのが腹立つ。
「ハッ私は何を……ン、ンンッ! ……あら、あなたたちはどなたかしら、初対面にしては結構な物言いだけれど……」
すごいなこの切り替えの早さ、ものの数秒でそんなキリッとした顔になれんのスゲエわ。
「……僕たちはエイレックス王国の使者だ。魔王は誰だ?」
「……俺だ。この2人は護衛」
そう言って、俺は2人の前に出た。すると女勇者はすぐにでもとびかかってきそうなほど、俺を睨み付けた。怖い。
「非常に不本意ではあるけど、オマエたちを迎えに来た。ついてこい」
そういって、その勇者は俺たちに追従するように促す。怖かったけれど、俺たちは意を決してそれに従い、ついていく。
すぐに森から抜け、開けた草原のような場所に出た。ふと先の方を見てみると、俺たち全員が乗れるくらいの、大きい豪奢な馬車が佇んでいる。さながら、まさに貴族の乗るものと言った感じだ。
「おお……キレイね。こんな馬ホントにいるのね」
リリスさんも初めて見るのか、妙にテンションをあげている。そう言えば、魔界に馬はいなかった気がする。
「……早く乗れ、じゃなきゃ置いてく」
勇者にそう言われ、俺たちは急いで馬車に乗った。全員が乗ると扉が閉まり、馬車が走り出す。
「うへぇ~内装もきれいっすね~」
「ああ、生きてるうちにこんなのに乗れるなんて思わなかったよ」
初めての高級車(?)乗車に俺たちもちょっとだけはしゃぎ、ロックさんと談笑してしまった。それがいけなかったのだろう。勇者御一行は俺たちを見てギロリと睨み付けていた。
「い、いやあ、こんなすごいの初めて乗るもんっすから、緊張しちゃって、ハハハハハ……」
「ホント、馬車とは思えないくらいサスペンションも良くて乗り心地最高です、アハハハハ……」
「……すぐに王国に着くよ。それまでは黙ってろ、いいな?」
「「ハイ」」
……どうしよう、なるべく底を見せないようにって言われたのに、もう割れそうだ。始まってすらいないのにもう帰りたくなってきた。
大丈夫かな、クーポンと塩で……
◇
馬車に揺られていったいどれほど経過しただろうか。ふと外を見てみると、先程の森とは全然違う、白塗りの建物で埋め尽くされた、大都市のようなところを走っていた。イタリアのフィレンツェという街がある。そこがもっと大規模になった感じだ。
「……ねえヨシ君、ここさ、なんか女の子ばっかじゃない?」
「え?」
ロックさんにそう言われて、窓から外を覗いてみる。確かに、道行く人は女性ばかり、しかもほとんどが若い人だ。男性もいるにはいるけど、数があまりに少なく、しかも十にも満たない小さい子供か、老人ばかりだ。一体どういうことなんだろうか?
「あ、ねえヨシ君、あの子かわいくないっすか?」
「アンタのカワイイの基準信じられないんだけど……あ、でも確かにカワイイ。あ、あっちの子もいいなあ……」
「着くまで黙ってろって言ったはずだけど」
「あ、アハハハハ……」
「……これは失礼、つい」
女勇者に再び咎められ、俺たちはすぐに窓から離れて姿勢を直す。女勇者の仲間たちからも、更には何故かリリスさんにまで冷たい目を向けられる、平静を保ってい入るけど、内心ガックガクだ。
そうこうしていると、馬車の揺れが止まり、ドアが開かれた。どうやら着いたようだ。
「降りろ」
そう言われ、俺たちは馬車の外に出る。目の前には、視界全部を覆われるほどの、巨大な城があった。
「ここで会談をするのか……」
すぐに衛兵の人達が駆けつけ、俺たちを囲んだ。少しでも不審な動きを見せれば即めった刺しということだろう。やだ、もう帰りたい……
見れば衛兵の人達も皆女性だった。なぜこうも女性ばかりなんだろうか? そう考えていると、目の前にきれいなドレスを着た美少女が現れた。
「あなたが、魔王ですね?」
「……お初にお目にかかります。エイレックスの女王様」
なるべく動揺を悟られないように、平然と挨拶を返す。この人が……まだ高校生くらいじゃないか。
「初めまして、エイレックス王国女王、エルカ・エイレックスと申します……こちらへどうぞ、お食事のご用意をしております」
「ひ、姫様!? なんで、こいつらに食事なんてッ……」
「口を慎みなさい、リサ」
「ッ……」
「失礼をいたしました。こちらへ……」
あんなに俺たちに強気だった女勇者が、女王の一言で何も言わなくなった。これだけで、この少女の立場がどれほどのものか、俺たちに知らしめるには十分だった。
俺たちは言われるがまま、城の中に案内された。城の中はシンプルだが、どこか神々しい様相を呈していた。城というよりは教会と言った方が似合いそうだ。
「申し訳ありませんが、お連れの方はここまでです。ここから、魔王お一人でお入りください」
「……どういうことでしょうか? まさか私たちが貴女に危害を加えるとお思いですか?」
いやアンタさっきしようとしてたろ。人のこと言えないけど。
「はっきり言いますと、その危険性も考慮しています。しかし私も1人で入るつもりです。何よりも、対等に話し合うことが重要なのです」
「……なるほど」
「ダメです姫様! そんな奴と2人なんて、何をされるか……」
「大丈夫よリサ。あなたほどじゃないけど、私だって魔法では結構強いのよ?」
「……では、大丈夫ですか?」
「ええ、お待たせしました。どうぞ」
お姫様に言われるがまま、俺は単身その部屋に入る。部屋には大きなテーブルがあり、椅子が2つ置かれていた。どうやらお姫様は、はじめからサシの話し合いを望んでいたようだ。
「もうすぐ料理が運ばれてきます。それまでお座りになってお待ちを……」
そう言われ、俺は椅子に座る。それと対面になるように、彼女も反対側の椅子に座った。
「さて……では今回の会談の内容は、把握してらっしゃいますね?」
「……ええ、『降服しろ、さもなければ殺す』というものですね」
「……端的に言います。降服し、魔界を我々人間の植民地とすることを承諾して頂きたいのです。私も本意ではありません。しかし、そうでも言わなければ、民は納得しないのです」
「……なぜ、我々のことをそこまで憎むのです?」
これは前々から思っていた疑問だ。なんで人間界の人達はここまで魔界を憎むのか。魔界の人達を見てみたけど、そこまで憎まれるようなことをやってる人は見たことがない。そして何より、魔界の人は皆『人間界になんていったことがない』という人達ばかりなのだ。
実際彼らは、人間界は時たま水晶に映ったものをみる程度で、あとはせいぜい人間界の本を読む程度。実際に言って何かするなんて人は、ここ数百年の記録にないと、リリスさんが言っていた。
「なぜ……? わからないというのですか、あれだけ惨いことをしておいてッ……」
「え……?」
俺の言葉を聞いた途端、お姫様は震えだし、こちらを睨み付けていた。うそ、やべえ、もしかして地雷踏んだ?
「あれだけ……あれだけ村を滅ぼして、人を殺してきておいて、わからないというのですか!」
「……村を?」
「あなたは、あなた方はあれだけ残酷なことをして、良く平気ですねッ……あの子、リサだって、小さい頃に、魔物に家族を殺されて!」
……どういうことだ? リサって、さっきの女の子の勇者か。あの子が小さい頃って、せいぜい十数年前だろう。
まて、魔界で人間界に行ったやつは、数百年の間誰もいないんじゃなかったのか? なら彼女の言う魔物とは何だ?
……もしかして、別の……
「あ、あの……お食事を……」
配膳のメイドさんが部屋に入ってきた。お姫様が激昂しているのを見たためか、少し怯えている。
「……すいません、はしたないところを。一度食事にしましょう」
「ええ……そうですね」
俺たちとは別の魔物かもしれない。でもだからどうなんだ? それは俺たちじゃありませんなんて言ったって信じるはずがない。余計怒らせるだけだ。……じゃあどうやって魔界の存続を約束させる? このままじゃ植民地だ。俺たちにあるものと言ったら塩とクーポンと焼肉……あ、リリスさんからもらったイブの弁当もあるぞ、やった☆ やってねえよ殺すぞ☆
「こちらに置かせて頂きます」
「……ああ、どうも」
くそ、考えがまとまらない、どうするか何とか考えるんだ。幸い飯を食うらしいし、食べてる間に何かを……
「……ン?」
目の前の料理を見てみると、何やら緑色の寒天のような、とても小さいプルプルとしたものが皿に盛られていた。……え、なにこれ?
「……あの、これは?」
「ええ、こちらはオリーブオイルのゼリーです」
オリーブオイルのゼリー!
「あの、お姫様、こちらは……」
「ああ、それは我々の神の教えなのです。体の不浄なものを取り去り、魔から我々を救うことができる唯一の食物なのです」
「……そう、ですか」
しかしメイドさんは他にも何か食器を取り出していた。良かったこれだけじゃないみたいだ……
「ドレッシングのオリーブオイルです。オリーブオイルが足りない時はこちらを。そしてドリンクのオリーブオイルと、デザートのオリーブの実のオリーブオイル漬けになります。」
うーんオリーブオイルとオリーブオイルでオリーブオイルがダブってしまった。そうかこの国はオリーブオイルとオリーブオイルだけでいいんだな。よくねえよはったおすぞ。
「……魔のものであるあなたにはつらいかもしれません。しかしお許しください。我らが主はこの食物意外口に入れることを許していないのです」
もこみちでも祭ってんのかコイツら? もしかしてこの国が若い女性ばっかなのって……
「……そう言えばこの国は、ずいぶんと男性が少ないですね」
「……男性も昔は多くいたらしいのですが、女性に比べ魔法が使える人が少ないせいか、魔の瘴気のせいで衰弱死が多く、その数は急激に減ってきているのです。今では、女性も魔法で生命力をあげることで、なんとか魔の瘴気から身を守っていますが……」
それ魔の瘴気じゃねーよ栄養不足という名の魔だよ。こいつら自身が魔じゃねーかもう。何なのこのひとたち、ホントにこれで満足してんの? ホントはもっといろいろ食べたいのに無理してんじゃ……ん?
「……お姫様、あなたはホントにこれで満足ですか?」
「……私個人の考えなど不要です。これは神の教えなのですから」
……ふむ、やはり、ということはだ……
「何が言いたいのですか、アナタは?」
「……いやなに、ただね」
「美味しい食事に、興味はありませんか?」
使えるぞ、あのクーポン。
悪魔:仏教では仏道を邪魔する悪神を意味し、煩悩のことであるとも捉えられる。キリスト教ではサタンを指し、神を誹謗中傷し、人間を誘惑する存在とされる(Wikipediaより引用)
お気に入り666件突破です。皆様ありがとうございます。
日に日に文字数増えてきてる気がする。切りのいいところって考えるとどうしても……