鮮血の錬金術師   作:龍華樹

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私の暮らす八坂市は関東の西の外れ、東海地方との合間に存在する、太平洋沿いの港町だ。

 

海沿いに港や化学コンビナートが建ち並び、内陸にはなだらかな丘陵地帯に茶畑や葡萄畑、牧場などが広がっている。

その合間の平野部を東西に分断する鉄道を境に、住宅地である葉山町と、オフィス街や商業地が並ぶ一ノ宮に別れている。

 

我が来栖邸は旧家がひしめく葉山町の山の手にあるのだが、私の通う八尺学園は一ノ宮にあるので、毎日通学には徒歩で三十分はかかる。

 

しかも、帰り道は長い上り坂を登るわけで。

 

 

 

 

 

 

「おや?存外、早かったね。もう少し、死体の隠蔽工作に時間がかかると思ったけど」

 

息急き切って汗だくになりながら自宅に戻り、父のもとに報告に赴いた娘への第一声が、これである。

ちなみに風呂上がりのリラックスしきった浴衣姿で、愛用の籐椅子に寝そべりながらの発言だ。

 

「風呂は先にもらったよ。後で入りなさい。今日も一日暑かったからね。ああ、さっぱりした」

 

背後の書棚に手がつきそうなほどに背筋を伸ばし、あくびを一つ。

流石の私もブチ切れそうになった。

 

「…例の一ノ宮のホテルには、もう誰もいないよ。勘のいい連中だ。君を人質に取れなくなった時点で、仕切り直したらしい」

 

籐椅子に寝ころんで娘に鼻の穴を見せつけながら、急に話題を変えるのはどうかと思う。

 

「一昨日あたりから、霊脈に干渉しようとしてる奴がいるのには気付いていた。うちの霊脈をどうこうできる規模でも精度でもなかったから、ほっといたがね。でも、一応、市内を巡回監視させてる使い魔の数は増やしておいた」

 

なら何故、私にそれを伝えなかった?

 

「この程度の干渉は、わりと日常茶飯事だし、あまり君を不安にさせるのもどうかと思ったのさ。僕としては、可愛い娘には、今は学業と魔術の研鑽に集中して欲しい。いずれ嫌でも向き合うんだ、今はあまりこちらの後ろ暗い部分に深入りして欲しくないよ」

 

それは、親心と認めなくもないのだが、結果として彼らの狙いは私だったので、できれば事前にもっと心の準備をしておきたかったというのが本音だ。

 

「それと、君はまったく気付いてなかったようだけど、擬態型のホムンクルスに陰ながら守らせてはいたんだ。必要なかったみたいだけどね。…いや、しかし、相変わらず君の百面相は見ていて面白いなあ」

 

命のやり取りに巻き込まれ、何とか凌いできた娘に、もう少し労わりの言葉をかけてもバチは当たらないと思う。

 

カラカラと目の前で楽しげに笑う男の頭蓋骨を蹴り砕けたら、どんなに楽しいだろうか。

 

「言いたいことが顔にでるのは、母さん譲りだね。まあ、ひとまず彼らの件は私の方で対処するから、君は自分の身の安全と、魔術の秘匿にだけ注意してなさい」

 

これもまた親心と見るべきか、あるいは「お前の手には余るから手出しするな」と言われているのか、判断に迷うところだ。

 

「そんなことより、出して。使ったでしょ?」

 

内心の苛立ちを飲み込んで、私は無言でホムンクルスのフラスコ瓶を父に差し出した。

 

父は小瓶を受け取ると、ガラス越しに中身を観察したり、栓を抜いて匂いを確かめたりしていたのだが、やがて無造作に中身を取り出し、小さなマシュマロじみたそれを、壁際のダストシュートに放り込んだ。

 

「傷は余りないけど、寿命が近いし、新しいのに取り替えとこう。ついでに、靴に仕込んでたアゾット剣も出しなさい」

 

私は靴を脱ぐと、踵の辺りに隠してある留め金を外し、中底に仕込まれた刃を取り外して父に渡す。

父は手渡された刃に指を走らせ、切れ味を確かめた。

 

「やっぱり、刃先が溶けかかってる。あれだけの死者を凍結させたのだから、無理もないが」

 

熱量操作とは、つまるところエネルギーの伝達を操ることである。物が冷えるということは、その分の熱が他のかに移されたということだ。

この場合は、熱伝導効率に優れた合金製の刃に、魔術で瞬間的に熱量を移し替えたので、当然移された方は熱を帯びることになる。

 

錬金術の精髄は、万物の流転。その万物には、当然エネルギーそのものも含まれる。熱量を他のものに移し替えるのは、比較的簡単な術式である。

しかし、普段の修練で使用する程度の熱量なら放っておいても空気中に拡散してしまうのだが、今回は流石に放熱が追いつかなかった。

 

「これも研ぎ直さないと駄目だな」

 

そう言うと、父は背後の書棚に手をかけ、真横に押した。

父の趣味である料理や園芸などの本で埋めつくされた書棚は、それ自体が巨大な扉のように、壁に吸い込まれていく。

その奥は、モダンな書斎風の離れの趣きとは、まるで別物の光景が広がっていた。

 

奥行きのある部屋の中は白色の蛍光灯で照らされており、至る所に何枚ものメモ用紙が貼り付けられたホワイトボードがたっている。均等に配置された机も木製ではなく、飾り気のまるでないステンレス製だ。

壁の一方には試薬棚が並び、様々な色彩の化学薬品や、乾燥させた薬草類、生物のアルコール漬け、あるいは金属片などが、ナンバリングタグを付けられて整然と並んでいる。もう一方の壁には可動式の書類棚が配置され、ブルーのチューブファイルが几帳面に整理されていた。

魔術師の工房というより、化学者の実験室のような光景だが、その部屋の中でせわしなく作業に勤しんでいるのは、長く細い指先を持つ、精密作業用に調整されたホムンクルス達だ。

 

父は緩慢な仕草で籐椅子に上体を起こすと、ホムンクルスの一体に命じて、道具棚からアゾット剣のスペアと、白い球体の詰まった小さなフラスコをとり寄せた。

 

「今朝、生成したばかりの戦闘用ホムンクルスだ。耐久性重視に調整してるから、いざという時は盾にして逃げなさい。寿命が近づいたり、一度使ったら、必ず別のに取り替えるんだよ」

 

「そのくらい、分かってるわ」

 

このやり取りは私が小学生に上がり、初めてこの工房に通された日から、何度となく続けられている。

 

ホムンクルスは女の胎を借りずに産まれてくる人造人間だが、その生成にはフラスコの中で四十週間を必要とし、寿命は僅か九十九日間に過ぎない。

ただし、それは今ではほぼ廃れた大釜派の古式製法によるもので、見習い魔術師が初歩の初歩を学ぶために用いる程度の代物だ。

源流を同じくする古い家系ですら、今ではもっと効率の良い術式を採用しているという。

 

必要な素材や触媒、術式などは各々の魔術師の秘匿技術だが、すでに陳腐化した物については特許化することで、協会を通じて現金収入にすることもある。

我が家は父がプラハにある学舎にいる時に、ホムンクルスの生成期間を短縮したり、寿命を伸ばす触媒について、幾つか特許を取っていて、毎年そこそこの額が入ってくる。

 

ちなみに、標準的なホムンクルスを一体生成するのに必要な経費は福沢諭吉が二十枚ほどであり、私自身の小遣いはといえば、毎月、夏目漱石二枚が原則である。

 

「そう言えば父さん、これ、どうしたらいい?」

 

「ん?ああ、それか」

 

新たなアゾット剣を靴にセットし終えると、私は通学鞄から例の男が詰まった小瓶を取り出した。それを父はつまらなそうに一瞥したが、手近なところにいたホムンクルスに命じて何処かに運ばせた。恐らく地下の解体室兼拷問室だろう。

 

「ついでだから、今日の分の投薬を済ませておこうか」

 

父は時計を確認し、ホムンクルスに幾つかの錠剤や粉末剤を取り出させて、ペトリ皿に乗せた。

さらに部屋の中央で火にかけられていた巨大フラスコから、赤褐色の液体を運ばせる。

自ら分量を確かめながら慎重にビーカーに注ぎ、香りを嗅いで満足そうに頷く。

最後にもう一度時計を確認すると、私に差し出した。

 

「ちょうどいい頃合いだね。さ、飲みなさい」

 

私はビーカーを受け取ると、左手の指先に右手の爪で傷をつけ、滲み出た血をひと垂らし、中の液体に落とした。

 

変化は劇的だった。

鈍い錆色をしていたそれが、燃える焔のような不思議な光沢を放ちながら、色鮮やかな深紅に変わったのだ。

湧き出る匂い立つような素晴らしい芳香が立ち上がり、思わず喉がなった。かけていた眼鏡が湯気で曇ろうが、まるで気にはならない。

 

「いただきまぁす!」

 

父が羨ましそうに見守る前で、舌で唇を湿し、少しづつ舐めるように口をつける。

 

それは甘く、熱く、刺激的で、飲み干すと同時に体に火がついたかのように火照り出した。相変わらず、えもいわれぬ美味。

 

同時に、胎内の魔力が赤い液体に吸われて別の何かに変質し、それが私を内側から作りかえようとする軋みと痛みが断続的に襲いくる。だが、それすらも心地よい。

7歳の誕生日から、毎日決まった時間にこれを服用するのが日課になっているのだが、その日から私はこの味の虜なのである。

 

赤い液体の正体は、特殊な製法で醸造した葡萄酒を、さらに蒸留して作ったブランデーに、幾つかの鉱石や薬剤を溶かし込んだ「命の水(アクアヴィテ)」。つまりは度数の高い酒だ。飲む直前に私自身の血液を加えることで、秘薬として完成する。

これは私の体質を来栖家の魔術を扱うのに最適な形に改造するためのもので、その日の体調や天候、星の配置、土地のマナの状態によって配合を微妙に変える必要があるという。大抵の薬剤の調合は既に父から仕込まれているが、この命の水の精製だけは、未だに私の手に余る。

 

いつもなら、摂取するのはこのキツめの蒸留酒だけで、残りの粉末や錠剤は初めて見るものだ。

 

「これは今日から毎日飲み続けるようにね。君、一昨日あたりから、初潮来てるでしょ?」

 

おい、こら待て。何故知ってる。

私は瞬時に顔が紅潮するのを感じた。

 

「体臭が微妙に変わったからさ。月の満ち欠けや星の配置、土地の状態に魔女の生理は影響を受ける」

 

だから、この薬で生理周期を整えるのだと、父は語った。

 

「君も知ってるように、魔術は身の内に発動するものほど効果が強い」

 

それは、私が魔術を習い始めて最初に教わった原理だ。

曰く、魔術を扱うものにとって、胎内とは一つの世界にも等しい。

持って生まれた肉体の内側は外界から遮断しやすく、魔術という世界の理りを歪める外法を扱うには概念的に最も無理がない。

特に結界作りに優れた魔術師ならば、自らの胎内を外界と区切り、内部を思いのままに操作できるのだそうだ。

眉唾な話だが、中には自身の心象風景を外界に具現化し、逆に世界を塗りつぶす規格外の神秘も存在するらしい。

 

「錬金術の精髄は万物の流転。ことに、ウロボロスに象徴される生命力の循環「大いなる生命の流れ」にある。金の創出など研究資金を稼ぐための方便だ。賢者の石やエリクサーによる死からの再生や不老不死すら、単に研究過程の副産物に過ぎない。その果てにあるのは、全ての魔術師が目指す到達点、つまりは「万物の根源(arkhē)」。単に根源とか、あるいは便宜的に「 」と呼ばれることもあるがね」

 

哲学の祖、ミレトスのタレースは万物の根源を水であると記した。ヘラクレイトスは火であるとし、ピタゴラスは数、エンペドクレースは四大元素、デモクリトスは原子を唱え、アナクシマンドロスは無限という概念を提示した。

 

「そして我が来栖家は代々「生命の源」をもって、「大いなる生命の流れ」を胎内に再現することを目指してきた。根源に至るために」

 

…いや、それはどうだろうか。

確かに間違ってはいないのだが、私は父が意図的に嘘をついたことに気がついた。

 

代々などと言っても、実際、我が家が真面目に根源を目指しだしたのは、わりと最近のことなのである。

初代からして根源などには興味がなく、父が口にした「死からの再生」や「不老不死」、そして家計が落ちぶれてきてからは割と本気で「金の創出」といった低俗な現世利益を求めてきたらしい。

 

魔術を探求するために魔術を学ぶ、真っ当な魔術師からしてみれば、魔術を使うことを目的とする「魔術使い」と大差がない。口さがない連中が我が家を蔑むのも、根も葉もない言い掛かりというわけでもないのだ。

生まれながらに金と地位に不自由しなかった放蕩貴族が取り憑かれる理由としては、あまりにそれらしいとしか言いようがなく、その挙句に身代を食い潰したのだから、尚更救いようがない。

 

まあ、それは余談だ。ある程度真面目に魔術を齧ったここ何代かは、一応、「生命の源」から根源に至ることを、目指している。

 

では、そもそも「生命の源」、そして「大いなる生命の流れ」とは何か。それを理解するためには、錬金術師の世界観に触れなければならない。

父に説明を任せれば長々と専門用語を交えて、盛大に脇道に逸れつつ、何時間でも話してくれるだろうが、要約すると、この世界は巨大な生命体だという認識に尽きる。

 

我々が暮らすこの大地、星や宇宙すら巨大な生命体であり、その内部には無数の生命が息衝き、それが一種の生命力の流れを形成している。

これは古代ギリシアに端を発する、小宇宙(ミクロコスモス)たる人間が生き物であるように、大宇宙(マクロコスモス)もまた巨大な生き物であるという思想だが、現代においてはガイア仮説などが非常に近い。

ガイア仮説、あるいはガイア理論とは、1960年代にアメリカ航空宇宙局に勤めていたジェームズ・ラブロックに提唱された、地球をある種の「巨大な生命体」と見なす考えである。これは、地球はあたかも生命体のように「自己調節システム」を備えており「大いなる生命の流れ」とでも呼んだほうがよいような何かを持つ、という観点に立っている。

 

古来から魔術師は、この星が持つ「自己調整システム」のことを認識し、抑止力、あるいはガイアと呼んできた。

言わば星の意思の無意識部分であり本能。世界の存続のためならば人類の破滅も問題としないという、星の意思の具現だ。それと対になるアラヤと呼ばれる人類の集団無意識から生み出される抑止力も存在するが、今は割愛する。

 

大事なのはもう一つの、「大いなる生命の流れ」である。それこそが魔術行使に必要不可欠な要素、自然に満ちる星の息吹であるところの「大源の魔力(マナ)」だ。

 

星は生命体であり、生体活動を行なっている。空を流れる気流、河川や海の水流、大地ですらほんの百キロほど地下にあるマントルの滞留に乗って流転し、その全てに熱エネルギーの流れを内包している。こういった星の生命活動に伴ってマナが生まれ、マナは流れを生みながら星の内外を循環する。

マナの流れは場所によって太くなったり細くなっり、或いは内側に潜ったり出てきたりと、まちまちである。

しかし、星の表面には、このマナの流れが非常に太く濃く現れる場所がいくつか存在する。これが霊地とか霊脈とか、あるいは龍脈などと呼ばれる土地だ。

 

この大いなる流れを忠実に再現できれば、それは世界の雛形を再現することと同義であり、根源に至る門として機能する。

そこで、この大いなる流れを、一つの世界である人体内部に再現することで、根源に至ることを目指す一派がある。我が来栖家もその一つだ。…まあ、ここ何代かは、ちゃんとまじめに実践しようとしている。

 

そして、来栖家が研究してきた、大いなる流れを胎内に再現するための「生命の源」とは、人体の循環を司る赤き生命力の象徴、つまりは血液のことである。

 

「血液に対する信仰、血を生命の源とする思想は、古代メソポタミアから始まったとされている。女神ニンフルザクは粘土を捏ねて人を作り、自らの血を染み込ませ、命を吹き込んだ。旧約聖書のレビ記も有名だね。「命は血の中にある」」

 

聖書では粘土と月の血からアダムが作られたとされ、コーランでもアッラーは「流れる血」から人間を生み出したと記述されている。

また、中国の道教では鶏の血、ユダヤ教では羊の血を生贄として神に捧げるし、キリスト教では、ぶどう酒がキリストの血であると認識され、聖餐とされる。

血は世界中の神話で、生命の源とされているのだ。

それ故に、血は古くから生命力を呼び覚ます霊薬になると信じられてきた。

 

血液を若返りの薬と信じて若い娘の血を浴び続けたハンガリーの女貴族、バートリ・エルジェーベトの逸話は有名だし、ローマ時代の市民は精力を補うため、コロシアムで死んだ剣闘士の死体に群がり流れる血を啜ったともいう。

この血液信仰は根強く、中世から近世にかけて欧州社交界では、若返りの妙薬として、蛇や孔雀といった珍しい動物や、美しい娼婦や召使いの生き血をワインにまぜて賞味するのが密かな流行だったそうだ。我が家の放蕩開祖殿が興味を持ったのも、そのあたりが理由だろう。

 

先ほど飲み干した秘薬も、そういった血液への信仰、神秘を利用した魔術だ。

ミクロコスモスたる人体を循環する血液と、マクロコスモスたる星を循環するマナの流れを呼応させ、体内に一つの星(せかい)を構築し、根源へと至る。

それが、来栖家の目指す境地である。

 

「一族がこの地に根を張ってから百年と少々、八坂市周辺の主要な霊脈や霊穴は既に完全に掌握した」

 

父は再び籐椅子に寝そべると、男性にしては細長く綺麗な指を天井に向けた。

天井いっぱいに描かれているのは、八坂市と周辺市町村の地図だ。

それに重ね合せるようにして書き込まれているのは、血管のように無数に枝分かれし、複雑に絡み合いながら張り巡らされた霊脈(レイライン)。

そこには来栖邸を中心に据えた、詳細なアストラル界の分布図が克明に記されていた。

魔術師にとってはこれだけでも、ひと財産になるだろう。

 

周辺一帯の主要な結節点や太い流れの本流は、既に残らず我が家の土地になっている。それらのマナの流れはある一箇所に集中するよう整えられていた。

その心臓部ともいうべき場所こそが、この屋敷であり、この離れだ。

 

「礼子、君の体は既に九割ほど、これに対応している。逆に土地の方を合わせやすいように整えたりもしたがね。そのうち、土地の大源(マナ)と君の小源(オド)の間に、明確違いは生じなくなる筈だ」

 

私の性の目覚めは、それをさらに一歩進めるだろうと、父は語った。

 

来栖家の人間の体は、血管や内臓の配置、血液の成分、背骨や骨盤の形状などを、土地のアストラルに合わせて、何世代もかけて遺伝子レベルで改造を施している。投薬もその一つだ。

 

そして、二次性徴の始まりにともなって、これからはいっそうデリケートな施術が必要になるという。

経血を伴う女性の生理現象は、魔術師にとって重要な天体である月と関わりが深い。

太陽と並んで地球に与える影響も非常に強く、来栖家は後継者が男性の場合は太陽に見立て、女性の場合は月に見立てる調整を行うという。

 

「生理周期を月齢と同期させることで、君はまた一歩、星のカタチに近づくだろう。ただし、これに関しては二次性徴が始まるまでは最低限の施術に留め、成長に合わせて自然にそうなるよう、できるだけ負担をかけずに調整するのがコツだ。いずれ君が後継者を育てるときには覚えておくといい」

 

まだ私が跡目を継いでもいないのに、その話題がでるのは不自然ではない。

 

「僕はもう、こんなザマだからね、何かあったら、その時は頼むよ」

 

そう言うと、父は力なく笑った。

 

父の属性は火。五大属性のうち、熱にして乾、変性の象徴であり、ノーマルとも呼ばれる。物質の流転を扱う錬金術とは相性がよい。

特に父は秘薬の精製に抜群の才を発揮し、プラハの学舎では天才の名を欲しいままにしたという。来栖家の研究は、父の代で優に一世紀は進んだだろう。

 

だが、皮肉なことに、父の理想とする魔術は、父自身の身体には適合しなかった。

逆に来栖家の魔術は父の体を蝕み、寿命を縮めさせたのだ。

 

人体改造の魔術は、当然のことながら被験者の身体機能に少なからぬ負担を強いる。特に我が家の施術では、心肺や循環器系が犠牲になりやすい。

実際、来栖の歴代党首は、多くが心不全を患って早世している。来栖家が僅か200年で九代を数えているのもそれが原因だ。中には在位が一年にも満たない当主もいたらしい。

そのため、遅くても二十歳を超えたら、まず次代の後継を設けるのが通例となっている。その欠点を補うために、代々の当主が選んだのが、魔術の負荷に耐えられるようさらなる肉体改造を行うことだったというのが、如何にも魔術師らしい。

 

逆に、プラハや倫敦に留学して魔術を研鑽した父は、研究のほぼ全てをこの負担を軽減するために費やしたというのだから、当代を継ぐ私としては、ありがたい話だ。

だが、父自身は日中はほぼ籐椅子に身をに横たえたまま、既に出歩く際はホムンクルスの介護を必要とするほどに衰弱している。

そうながくは、ないだろう。

 

「父さん、そんなことを言わないでよ。私、これ以上家族を失うのは、嫌よ」

 

父は束の間、後ろめたそうな顔をして私から目をそらした。

 

「…なに、君ならすぐに新しい家族を作ることができるさ。母さんに似て、美人だからね。学校でもよくモテると評判らしいじゃないか」

 

いったい、どこからそんな話を仕入れてくるのだろうか。まさか、普段から密かにホムンクルスで監視でもしているのか。

 

「ああ、ただし、子作りは計画的に。それと最初の血は大事に保管しておきなさいよ。処女血の魔術的意味については、今更語るまでもないね。無駄遣いはしないように」

 

これである。もう少しなんというか、デリカシーに配慮した言い方はできないものだろうか。

まったく、我が父は骨の髄まで魔術師らしい。

 

私は思わず睨みつけたが、父はカラカラと笑うだけだった。いっそ、この眼鏡を外してくれようか。

 

「さあさあ、ひとまず今日はもう休みたまえ。図らずも魔術の実践演習をしたせいで体に負担がかかっている筈だ」

 

そう言ってふくれっ面の私を離れから追い出した父は、最後にこう付け加えた。

 

「まあ、初の実戦にしては、上出来だった。私が護身術の授業の講師なら単位を与えただろう。まったく、君はこういうのばかり得意になっていくね。誰に似たのやら」

 

「母さんでしょ。父さんは根っからの研究肌じゃない」

 

…久々に、褒められた。

 

少々浮かれながらも、私は汗を洗い流すべく、風呂場に向かったのだった。

 

 

 

 

結局、それが私が父と交わした最後の言葉になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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