何年も前のことだ。父がプラハや倫敦の学舎に留学していた頃の同期生が、八坂市を訪ねてきたことがあった。
当時、父は既に立って歩くのも辛いほどに体が衰弱していたが、自ら客人を玄関まで出迎えた。
「久しいな、来栖」
「荒耶、君が自分から顔を見せに来るとは珍しい。明日は季節はずれの雪でも降るのかな?」
まず、開口一番そう言い放った父の顔は、古い友人を出迎えていると言うのにもかかわらず、いぶかしげに細められていた。
その視線を向けられた人物は、驚くほど大柄な体躯を黒衣につつみ、顔面を無数の皺で埋もれさせた風貌で、幼心にも近寄りがたく、私は怯えて父の後ろに隠れてしまった。
「やあ、クルス。久しぶりだね!」
「君は相変わらず若作りだな、アルバ。こんな極東の僻地まで、わざわざ顔を見せにやってくるほど暇ではないだろう?シュポンハイムの次期院長に内定した噂は耳にしたよ」
「おやおや、相変わらず耳が早い」
もう一人は赤いコートに赤いシルクハット、金髪の髪を伸ばした派手な身なりをした人物で、年齢にして二十代前半といった感じの白人だった。後から聞いた話では生粋のドイツ人だという。
その人は、手土産に有名ショコラティエの手によるチョコレートセットを持ってきてくれた。
そのチョコレートがまた絶品で、一口かじると芳醇なカカオの香りが口いっぱいにひろがって、私は夢中になってワンセット全部食べきってしまった。
口の周りをべとべとに汚して、空っぽになった箱を悲しそうに見つめる私に、赤いコートの男は笑顔を浮かべて、もう一つチョコレートの箱を差し出してくれたのだった。
「クルス、君の子供にしてはずいぶんと可愛げがあるね。そうは思わないか、アラヤ」
話を振られた黒衣の男は、興味なさそうに私を眺めた後、無言で視線をそらした。
「これは母親似なんだよ、アルバ」
父は肩をすくめると、赤いコートの男性にそう言った。
場が和んだところで、黒衣の男が来訪の理由を切り出した。
「頼みがある」
「…荒耶、君が頼みなどと、本当に珍しいな」
「事を成す目処がたった、この国で。ついては適当な土地と、専用の結界の構築を手助けしてもらいたい」
父はしばらくあっけに取られた顔をしていたが、やがて得心したのか、口元を引き締めて黒衣の男をにらみつけた。
「・・・なるほどね。日本は僻地だが、だからこそ協会の監視もいい加減だ。おまけにこの国の魔術組織は、基本的に自分達の支配圏を侵されなければ手出ししてこない。しかも、事が起こる前ではなく、事が起きた後に動きだす。つまり、事を起こすには最適という事だ」
「おおむね、その通りだ」
「必要な経費については、全額、私が保証するよ。悪い話ではないだろう?」
赤いコートの男がおどけたように付け加えると、父は珍しく苦虫を噛み潰したかのような顔で二人をにらみつけた。
「冗談を言うな、アルバ。君は、事とやらが済み次第、国許へ帰ればいい。荒耶、君もどうせ放浪の身だ。今更この国の連中と仲がこじれたところで気にはしないだろう。つまり、矢面に立たされるのは、この国に基盤を持つ、この僕だ。君らにそのリスクがわからんとは言わせんぞ」
普段は冷徹であっても、声を荒げることなどない父が、怒気を隠そうとしないことに私はずいぶん驚いた。
「それでも、協力してもらわねばならん。私が望むものを用立てられそうなのは、お前だけだ」
「どうせ他に伝手などないんだろうが、荒耶。君は寺社の連中に睨まれてるからな」
「まあまあ、クルス、落ち着けよ。当然、君が負うリスクは承知しているとも。それも含めて、前払いしようと言うのさ」
父は視線を赤いコートの男に向けると、探るような目つきをした。
「・・・具体的には?」
「まず前金で2千万ポンド。後金で同じ額を出そう。もちろん、必要経費は別でね。それに加えて、君が前々から欲しがっていた礼装や触媒をいくつか融通するつもりだ。ピジョンブラッドの大玉に、初期パラケルスス派の手による大釜、加えて・・・」
赤いコートの男は得意げに高価な礼装や触媒の数々を列挙したが、父が興味をそそられた様子はなかった。
「まるで足りないよ、アルバ。せめて前金でもう2千万。ついでに荒耶、君にはその結界構築術式を譲渡してもらおうか。アルバ、君は秘蔵の16世紀に作られたオートマータの美品を持っていたな?それと、ご自慢の高速詠唱法について同じく。幸い特許は出していないようだし、弟子にも教えているようだし、ならば問題はないな?」
黒衣の男は即座にうなずいたが、赤いコートの男は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「…さすがに欲張りすぎじゃないのか?」
「なら余所をあたりたまえ」
父は取り付く島もなくそう言い放った。
赤いコートの男はしばらく悩んでいたようだったが、黒衣の男に何やら囁かれると、不承不承頷いた。
「わかった。だが、そこまで吐き出させるんだ。こちらのオーダーに添えるものを確実に用意してもらうぞ!」
「もちろんだ。僕は昔から契約は守る主義だ。それを知っているから、僕のところに来たんだろう?ちょうどバブルで下手を打って、没落した連中が手放した霊地をいくつか手に入れたところでね。美咲市、観布子市、小川町…どれも君らのお眼鏡に叶うだろう」
その後、細部をつめて文書に仕立てると、仕事の話は終わりとばかりに、父は秘蔵の酒を取り出して彼らに振る舞った。
父が手ずから醸造した酒を振舞うのは、とても珍しいことなので、先の交渉事はともかく、旧友たちとの再開そのものは喜んでいたらしい。
ただし、その場でチョコレートを貰ったおかえしにと、私がちょっとした魔術を披露することになったのだけれど、幼い私は見ず知らずの男性の前で魔術を使うのは初めてのことだったので、緊張して呪文を噛んでしまった。
父の視線が徐々に冷たくなっていくのを感じながら、焦って何度も同じ詠唱を早口で繰り返したのだが、口が震えてどうしても支離滅裂な言葉の羅列に成り下がってしまう。当然、魔術が成立する余地はない。
思わず眼鏡に涙を垂らしながら俯く私の頭に、赤いコートの男は安心させるように手を乗せ、二度、ぽんぽんとなでた。
「ミス・クルス、それではだめだ。詠唱はね、自らに語り聞かせ、自らを魔術を使うための機構につくりかえるためのものなんだ。最初はゆっくりでいい、落ち着いて、慌てずに、一つ一つ、自らに言い聞かせるように口にしたまえ」
その人の青い瞳が、あんまりにも優しそうだったので、私は言われたとおり、ゆっくりと一言一言、呪文を詠唱した。
そして、幼い私の掌に乗るくらいの、小さな小鳥の氷細工を出現させることに成功したのだ。
これは後から聞いた話だが、この人物は簡単に人を愛せないかわりに、簡単に愛せる生き物は大好きなのだとか。素直に賞賛と尊敬を顔に出す幼い私は、どうやら彼の好みにあっていたらしい。
「・・・先が思いやられるね。これを一人前に仕込むのにどれほどの時間がかかることか」
父はそう言って不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、黒衣の男はお義理程度に、赤いコートの男は満面の笑みで両手を叩き、拍手してくれた。
そして、今度は赤いコートの男が、お返しに魔術を見せてくれると言った。
「さあ、お嬢さん、よーく見ていたまえ!詠唱とは魔術師一人一人が持ち合わせる唯一無二の神秘なのだよ!」
大げさに両手を広げると、高らかにそう言い放つ。
そしてテラスの窓を開け放ち、ベランダに立つと、呪文の詠唱を開始した。
それは歌うように鋭く、あまりにも早く、それでいて全ての言葉を確実に聞き取れるほどに、朗々とした発音だった。
詠唱の早さにして、約2秒。
突き出された彼の両手から灼熱の炎が吹き出し、夜空を染めあげた。
その色は赤や白を通り越して、あまりにも純粋な青。
思わず目を奪われ、言葉を失う。
父の属性も火なので、何度か炎の魔術を使って見せてくれたことはある。
だが、詠唱にはもっとずっと時間がかかったし、規模も威力もこちらの方が遥かに上だ。
実際、その大魔術を見ていた父は苦々しい顔をしていたし、それを見て赤いコートの男は優越感を刺激されたのか、人の悪い笑みを浮かべていた。
だが、真に驚くべきはここからだった。
「Repeat!」
ただの一言で、天を焼きつくすような魔術の炎がもう一度。
「Repeat!!」
繰り返す都度にさらに一つ、夜空に極小の太陽が生み出される。
「Repeat――――!!!」
視界のすべてが炎の柱で埋め尽くされたとき、私は無我夢中で両手を叩き、その光景に見入っていた。
一度繰り出した魔術ならば即座に再発動を可能とする、特殊な詠唱法だというのは、しばらく後に父が教えてくれた。
赤いコートの男が理論化した特殊な技法で、彼の弟子にも完全に習得できたものは未だにいないという。それによりこの人物は協会内で上位の席次を得たのだとか。
そのひとの名は、コルネリウス・アルバ。
この一年後、荒耶と呼ばれた黒衣の男とともに、この世から消えて無くなってしまうまでの間、私の最初の指導役(チューター)になってくれた人だ。
…ひどく、懐かしい夢をみた。
「お嬢様、お時間で、御座います」
うっすらと目を開けると、視界にヘッドドレスをつけた栗色の髪の少女が、こちらを覗き込んでいた。
「おはよう、ございます、お嬢様」
キリキリと歯車の音を響かせて、メイド服を着込んだ少女が眼鏡を差し出してくるの無言でを受け取る。
「ご朝食の、準備が整って、ございます。お召し変えを、済ませられましたら、食堂へ、お越しください」
「…わかってるわよ」
アンナは、毎朝、一字一句変わらない言葉を繰り返す。
メイド服を着せてはいるが、これはそもそも人ではない。
白い肌は陶器、髪は人の毛から編まれた鬘、瞳はエナメルで、唇は珊瑚。見目麗しく作られど、その身を流れるのは、重く冷たい水銀。
表情が変わらないのは、その機能がないためである。
人に似せて作られた、人ではないもの、自動人形(オートマータ)。
人体模造の魔術系統は近代医学の発展とともに衰退していて、人形使いの魔術師が使う自動人形のなかでも、特に実用に耐えうるような人形は、既に作ることができないらしい。今では人形を作るより、普通の使い魔に同程度の機能を持たせた方が効率的だそうだ。
このアンナ人形のように、人形作りの最栄期たる十七世紀以前に作られたものは、かなりの希少価値がついているとか。
これはかつてコルネリウス先生から父が巻き上げた秘蔵の品で、時折、ひどく体が鈍くなる私の世話のために、貸し与えられている。ある理由から、私の身の回りの世話をするには、生身の人間では危なっかしいため、人形であるアンナが最適なのだ。
「…頭痛い」
生理痛とも二日酔いとも異なる、鈍い鈍痛。思わず頭を抑えて呻いた。
原因はわかっている。昨日の大立ち回りのせいで、一時的に魔力欠乏症に陥っているのだ。
それに加えて、我が家の魔術では、魔術行使の際に胎内の血液を「小源の魔力(オド)」と共に消費するため、連続して魔術を使えば当然、貧血になる。
その分、爆発力と加速力は比類ないが、使いすぎると後でこうやってしっぺ返しがくるのである。
本来はこうなる前に土地に満ちる「大源の魔力(マナ)」を適度に補給しておくべきなのだろうが、未熟な私の腕前では、事前準備もなしにマナを吸収すると、調整中の胎内をグチャグチャにかき回されかねない。
星の息吹たるマナの力は、それだけ濃密且つ強烈。ちっぽけな器しか持たない人類が、そのまま扱うには強すぎる毒のようなものだ。だから、大抵は大魔術を行使するときに、専用の礼装や儀式用の陣を通して、間接的に使用するに留まる。マナを扱うのは、それだけで高度な魔術なのだ。
「旦那様から、朝食の前に、痛み止めと、造血薬を、飲んでおくようにと、承って、ございます」
アンナが両手に持った盆の上には、赤と黒の丸薬と、コップに入った蒸留水が乗せられていた。
この程度のことは、父には予想済みだったらしい。
「ありがとう、アンナ」
コップを受け取ると、丸薬を一息に水で押し流した。
「御髪のお世話と、お召し変えを、いたします」
痛み止めが効いてくるまでの間、アンナの手でパジャマと下着を取り払われ、学校の制服に着替えさせられていき、寝癖のひどい髪が整えられていく。
父は自分はだらしない癖に、私の身嗜みには意外にうるさく、決して寝巻きのままで朝食をとるような真似は許さない。
「お急ぎ、ください。朝食の、卵が、冷めて、しまいます」
表情を変えずに告げるアンナから、通学鞄を渡されると、私は食堂に向かった。
食堂は母屋の一階にあり、窓からは、八坂市の全景が一望できる。今日の天気は、朝からどんよりとした曇天で、暑さが幾分和らいでいる。
私はいつも通り、自分の席についた。白いテーブルクロスのかけられた飴色の木製テーブルに用意された皿は一つだけ。
首を傾げながらナプキンを身につけ、給仕をしていたアンナに尋ねる。
「父さんは?」
「旦那様は、本日、早朝より、諸用のため、お出掛けして、おられます」
私は、おや?と思った。体の不自由な父が屋敷を離れるのは珍しい。
「どこに出かけたの?」
「隣町の、しょっぴんぐもーるの、落成セレモニーに、招待されて、おいでです」
ああ、確か八坂市から、そう遠くない場所に建設中だったあれか。
土地の大部分は父が貸し付けている筈なので、招待されるのも無理はない。
「朝食は、お一人で、取られるように、とのことで、ございます」
「なら、部屋で食べたかったのだけど」
「旦那様からは、きちんと、食堂にて、済ませられるよう、言付かって、おります」
アンナの主人はあくまで父なので、私のお願いは、あくまで父の命令にそむかない範囲でしか、受け付けない。
私は諦めて差し出された料理をナイフとフォークで切り分ける作業に没頭するのだった。
半熟卵の上にパルメザンチーズを効かせたエッグベネディクトに、ほうれん草のソテー。脇に添えられているのは、赤黒いブラッドヴルスト。胡椒粒が効いていて、濃厚な血の味が素晴らしい。
これに付け合わせのプルーンなクネドリーキが付くのが、我が家の標準的な朝のメニューだ。
先祖が持ち込んだイングランドの食文化と、父が留学先で覚えてきたプラハの献立が微妙に入り混じっているらしいが、生まれた時からこの味に慣れている身としては、特に違和感を感じない。
薄い陶器のカップに注がれたお茶を口に運びながら、私は新聞を広げた。
「お行儀が、悪う、ございます」
たちまちアンナに取り上げられる。父が同じことをしていても咎めないくせに。
ちなみに父は多くの魔術師と異なり、かなり開明的で、現代文明の利器を忌避していない。
大抵の魔術師はそういったものを嫌うのだが、父は最近流行りの林檎マークのメーカーの携帯プレイヤーで音楽を聞くことを好むし、十二歳の誕生日には、同じ物を私も貰った。書類仕事などは同じメーカーのパーソナルコンピューターで済ませてしまうほどだ。
だから、この食堂にも、テレビやラジオが備え付けられているのだが、食事の際に使われた事は一度もない。単に、父が食事時にテレビやラジオをつけるような無作法を、許さないからだ。
その方針は、父の忠実なメイドたるアンナにも受け継がれている。
「お残しは、許しません」
「全部食べるわよ」
さて、朝食を済ませ、アンナに見送られながら、学校に向かう道すがら。
白いお気に入りの日傘を目深にさし、通学中の黒い古風な学生服の群に混じっていると、見知った顔に出くわした。
「おはよう、来栖」
「おはようございます、八嶋先輩」
八嶋妙子、八尺学園高等部一学年。
次期インターハイでの活躍を期待されている陸上部のエースにして、八坂市の誇る県指定重要文化財、八坂神社の跡取り娘。
そして、私の天敵だ。
「なあ、最近頻発してる行方不明事件てさ、またお前ん家がらみなのか?」
…うへえ。
「そういう人聞きの悪いこと、人目のあるところで、言わないでください」
私は素早く視線を左右に巡らせた。幸いというべきか、こちらに注意を払っている人間は見当たらない。
私は胸元から下げたロザリオを、服の外に出したて、小さく呟くように詠唱した。
「Beat/鼓動せよ」
これは私が精魂込めて作った魔術礼装で、周囲の人間の五感を幻惑する簡易結界を張る機能を持っている。
数珠の一つ一つに血赤珊瑚の大玉を使い、宗教道具に見せかけて持ち物検査を誤魔化すために銀十字を取り付けているのだが、これも細工が見事で密かに気に入っている品だ。
結界魔術は通常は特定の空間を仕切ってそこを動けないのだが、これは着用者を中心に、移動することができる。
本来は術者を中心に移動する絶対防御の結界を張る秘術で、私にこの術を伝授した人物は、それを三重に纏うという規格外の魔術師だった。
残念ながら、私の腕ではせいぜい五感を狂わせて意識させないようにするのが関の山だ。
「結界か?すごいな、坊主顔負けじゃないか」
だが、私の隣をしれっとした顔で歩くこの女には通用しない。実際、一瞬だけ両目を閉じただけで、結界の効果を打ち払った。
「そういう話は、二人きりの時にしてくださいよ」
「冗談。お前ら魔術師と人目のないところに二人きりなんて、ゾッとする。何をされるかわかったもんじゃない」
切れ長の瞳には隠しようのない嫌悪が浮かんでいる。
そう、この女は私が魔術師だと知っているのだ。
魔術師はほとんどが倫敦に本部を置く魔術協会に所属しているのだが、協会の魔術師とはまったく別系統の魔術を扱う者達も、世の中には存在する。
そのような者達は、大抵の場合、独自の魔術結社を築いていて、協会とは不可侵の状態にある。
例えば、普遍的な意味を持つ一大宗教の裏側にして、協会とは相容れない価値観を持つ聖堂協会。中東圏の呪術を専門とする組織や、道教や神仙思想に基づく中国大陸の魔術を扱う組織。
そして、日本古来の陰陽道や修験道、高野聖等の複合組織だ。特にこの国の中では、彼らは圧倒的な組織力を持っている。何せ、地元なのだから。
この女はその手先だ。
「便利なもんだよ、まったく。でさあ、ここ最近、八坂市周辺で起きてる例の事件、ほんとにお宅ら関わってないのか?」
この女が問い詰めているのは、ここ最近、八坂市周辺で続発している行方不明事件のことだ。
老若男女を問わず、結構な数の人間が、死体の一つも残さず行方をくらませていて、未だに解決の糸口はなく、警察も頭を抱えているらしい。父もお膝元で起きている事件だけに、神経を尖らせていた。
そのうちの何人かは、昨日、私を襲った死者の中にいたのだろうが、敢えてこの女に教えてやる義理はない。
「関わってるわけないでしょ。我が家は至極真っ当な魔術師なんですから」
至極真っ当な魔術師なら、こんな如何にも怪しんでくださいとでもいうような騒ぎを、地元で起こしたりはしない。
「…昨年末に騒ぎになってた、例の小川マンション。後始末には、あたしも駆り出されたんだけど、ありゃあ、地獄絵図だったわ、マジで」
アレも、お前ら魔術師がヤラカシタ結果だろうが、と。その目は如実に語っていた。
この女が詰っているのは、昨年末に発覚した、とある魔術師の悪行の痕跡が発覚した事件のことだ。
都内某所に放棄されていた、耐震基準を満たさないマンションの取り壊しが決まった際に、無数の脳味噌が詰まったガラス瓶やら腐乱しきった死体やらが山ほど見つかったというもので、事が事だけに魔術協会やこの国の魔術組織が必死になって隠蔽に走ったという。
ちなみにそれを仕出かしたのは我が家と関わりの深い人物であり、隠蔽工作には父もホムンクルスを総動員して協力したらしい。
「根源、だっけ?それのためなら、人殺しだろうが、誘拐だろうが、やらかすのが、あんたらじゃないの?」
荒耶せんせー!!
完璧に濡れ衣だが、完全にこちらを疑ってかかっているようだ。
「…魔術師にとって神秘の隠匿は絶対。騒ぎになってる時点で、悪手なのです。私達も、わざわざ自分の地所で騒ぎなんか起こしません」
と、言い返すのが、精一杯だった。
「地元じゃなきゃ、やるんだな」
彼女の顔が不愉快そうに歪んだ。
…しもうた。もっと言い方を考えるんだった。
「本当、胸糞悪いわ。じゃ、釘は刺したからな」
そう言うと、用は済んだとばかに足早に立ち去って行った。
彼女は普段は陸上部の練習で朝が早い筈だが、ひょっとしてこの話をするために今日は朝練を休んだのだろうか。機嫌が悪いのは、そのせいもあったのかも知れない。まあ、私の知った事ではないが。
しかし、こう露骨に牽制してくるとは、さては昨日の一件を嗅ぎつけたか。
この町は来栖家の管理地であると同時に、彼らにとってもそこそこ重要な霊地らしく、当然、明治期にポッと現れて霊脈の大半を抑えた我が家に、いい感情は持っていない。
彼らは魔術師全般を嫌っているので、敵と手を組む事はないだろうが、共倒れを図って小細工する程度のことはやるだろう。
本当に、魔術師なんて、因果な商売である。
了