青蘭島周辺の空は黒き雲に満ち、日没前後の時間帯であることもあいまって、ウロボロスの姿をヴェールのように隠していた。
ソフィーナは戦線に到着すると、探知結界を張ってから、青蘭島から4キロメートルと3キロメートルのライン上に魔術機雷を設置した。戦場に出ているプログレス全員の総数を確認すると、それはおよそ百人ほどで、それに対するウロボロスの数は大小合わせておよそ三千だ。とても積極的に攻めていける数ではなかった。そこで瞬時に作戦を練ると、ソフィーナは魔術を通して全員に呼びかける。
「各員に通達! ウロボロスに対してこっちの戦力が少なすぎるわ! 青蘭島から2キロメートル圏外にいるプログレスは全員後退しなさい! そこで迎え撃つ! 撃って出るのは禁止!」
一応彼女に従ってくれるようで、前に出ていたプログレスも、追撃してくるウロボロスを倒しながら後退を始めた。
後退が完了してから数十秒後、ばら撒いていた機雷にウロボロスが引っかかり始めた。そして、機雷が無くなった所に、クルキアータがその異能で瞬時に再設置していく。しかしそれでも撃ち漏らしは出てくるもので、機雷を潜り抜けた千八百体ほどが、ソフィーナらに迫る。
「総員迎撃準備! いい? 撃ち漏らしが出ても無視! 目の前の敵に専念しなさい! 分かったわね!?」
ソフィーナはそう叫んで鼓舞すると、早速魔法陣を作り、そこから大量の巨大な火の玉を打ち出す。狙いは大型だ。大型に対抗できるプログレスが、今戦場に出ている中ではソフィーナの他には数人しかいない。そういうわけで、小型のウロボロスは他に任せて、彼女は大型の破壊に専念することにした。
そうしていると、何を言うでもなく、クルキアータがソフィーナの狙っていない小型の掃除を始めた。
「へえ、案外融通きくじゃない」
ソフィーナはそれの行動に感心しつつ、自分のすると決めたことに集中する。ウロボロスに攻撃を加えつつ、探知結界を元に自動で更新される戦況図を見る。すると、早速何体か撃ち漏らしが発生し、青蘭島本土に向かうウロボロスもいくつか見受けられた。
(まあ、この程度は想定範囲内よ。住人にはちゃんと避難勧告を出してるし、自動迎撃システムも仕掛けといた魔術機雷もあるからそんなに大ごとにはならないと思うけど。……ん?)
ソフィーナは、探知結界が中規模のウロボロス集団の反応を捉えたのに感づいた。そして、その出現場所を見て絶句した。何しろそこは、学園上空だったのだ。
***
青蘭学園上空に現れた亜空間の穴から、百体近くのウロボロスが出現した。見張りの統合軍兵が言うには、それらはまっすぐ格納庫に向かっているとのことだった。すぐに格納庫を包囲している駐屯軍が少しの兵を残して迎撃に出た。そして、残っていた方の兵の隊長と思しき者から、共闘の要請が入っていた。
「世界水晶の奪取をするなら今が一番の機会でしょうけど、持ち帰るまでが難しいわね。それに、殿下をお守りするための行動としては逸脱しすぎているわ。ただ、それと要請を受けるかは別だけれど」
要請を受けてから早速会議を開いて、スレイが指で机を叩きながら言った。だんだんそのペースが早くなっていっていることから、彼女も焦りを感じているのがアルフレッドは伺えた。
「悠長に考えてはいられんでしょう。ウロボロスがこちらに向かっている以上、そのうち攻撃されるのは明白。包囲している戦力が少ない今、共闘はしないでも撃って出るのが最善の策では」
「そうですね、リナーシタ大尉。共闘しないなら少し待って、迎撃に出ている戦力が全滅しそうな頃合いを見計らって出撃するのが最適でしょう。彼らの後退を支援するとでもなんでも言ってやればいい。今の包囲戦力はゴミ同然。もう今のうちに皆殺しにするのもありでしょう」
アルフレッドの進言に、ユウヒが言葉を重ねる。ふたりの言葉に対する反論は出なかった。それを受けてか、スレイはひとつため息をつき、おもむろに立ち上がった。
「ユウヒの案を採るということで、異論は無さそうね。ただ、包囲戦力を皆殺しにするのは無しよ。連中を退けるならもっといい手があるわ」
スレイはそう言って、彼女の籠手状の召喚武器、アーンヴァリウスを装備した。そして会議していた部屋の天井に向かって、それを嵌めた手を掲げ、何か波のようなものを発した。
「彼らの受けた命令の記憶を改竄したわ。これで、包囲していた連中は全員、ウロボロスの迎撃に向かうはずよ」
「んだよ、そんな便利なことできるなら包囲された時にやっときゃ良かったじゃないか」
「対象が多すぎるとあんまり意味ないのよ」
ナイアの言葉に、スレイは不満げに答える。出来ることならそうしたかったということだろう。
「さて、リナーシタ大尉。今ジャッジメンティスは使えないとのことでしたが、なんとかできそうですか?」
「ギリギリまで粘ってみます。EGMAからのハッキングなので、解除できる望みは絶望的ですが」
「いや、なんとか出来ますよ、アルフレッド大尉」
スレイの問いに返したアルフレッドの答えに続けたその声の主は、メルティだった。側にはシノンとユーフィリアもいる。音も無く突然入ってきた彼女らに、アルフレッドも含めたその場の全員が警戒した。
「アーネスト准将から話は伺っています。私はもちろん、シノンもユフィも反EGMAです。警戒は緩めてください。それに、私ならEGMAのハッキングは打ち破れます。行方をくらましていた件については後でお話ししますから、今は私を、私たちを信用してください」
メルティの言葉に対し、スレイはしばらく考え込んだ。やがて顔を上げると、彼女はランの方に向いた。
「殿下、いかがします?」
「ロウ少佐は次代の白の世界を担う人材なのでしょう? 信用する価値はあると思います。あとはあなた方に任せます。よしなに」
ランの答えを聞いて、スレイはひとつ息を吐くと、メルティの方に一歩進んだ。そして彼女を冷徹な目で見つめ、低い声で告げる。
「妙な行動を少しでも見せたら、即射殺します。ですから早くEGMAのハッキングを解いてください」
「ありがとうございます、ティルダイン中佐。アルフレッド大尉も来てください」
メルティは敬礼して、すぐにジャッジメンティスの方に向かう。彼女にシノンとユーフィリアも同様に続く。アルフレッドもスレイらに敬礼して、彼女の後を追った。
「少佐。この一週間どこに行方をくらましていたんです?」
「亜空間に隠れて、シノンを修理していたんです。ユフィの異能で時間の流れを遅らせてもらって、私の主観では2年かかりましたがこちらの時間経過ではそれくらいでした。ともかく、EGMAのウロボロスを倒したら今日中にEGMAを倒しに行きますから、大尉もそのつもりでお願いします」
「何、今日中にですと?」
思わず聞き返したアルフレッドに、メルティは大きく頷いた。
「黒の世界で、リーナが新たな力を手にして今こっちに向かっています。EGMAの強みは無限とも言える量の情報を持っていることです。ですが、リーナが手にした力はEGMAの知り得ぬ力です。だから、それこそがEGMAを打倒する最大の希望。EGMAがそれについての情報を集める前に、攻め入る必要があります」
そこまで言い終えた時、ちょうどG型の前に着いた。メルティはそのコクピットに入ると、端末を懐から取り出してそれに繋ぎ、キーボードを叩き始めた。アルフレッドがその様子をぼんやりと眺めていると、シノンが彼をじっと見つめているのに気がついた。
「どうした?」
「え、ああいや、アルフレッドさんのことは実技講師としてしか知りませんでしたから、つい」
シノンは慌てた様子で言った。その様を見て、アルフレッドは何故それがEGMAに反旗を翻したのか、疑問に思った。今主流となっている、人間並みの感情を持つアンドロイドが、それを人権を持つ存在として扱おうとするEGMAに反感を抱くのは、筋が合わないように感じたのだった。
「そうか。ところでコードΣ40——いや、シノンの方がいいか。なぜ、アンドロイドがEGMAを打倒しようとする?」
「私の所有者のメルティが、そうしようとしているからですわ。例え感情を持ったとしても、アンドロイドが所有者である人と同等であるなど言語道断。アンドロイドは人間の従僕であるという本質は、最初のアンドロイドが出来てから今に至るまで、何も変わらぬただひとつの真理です。それを忘れた、人間でもアンドロイドでもない半端モノは、この世にあってはなりませんの」
シノンは毅然として答えた。それはかなり納得がいく説明である一方で、反EGMA派的には模範解答であった。メルティが開発者であるので、彼女が言わせているという可能性も否定できない。だが、それでも間違いなくアンドロイドとして理に適った答えであり、望んだことを言わせられるというのも、またアンドロイドが機械に過ぎない故の特権である。
「もうひとつ、私の主張を付け加えれば、私の知る未来では滅びの引き金を引いたのはEGMAです。ですからEGMAを討ちます。もっとも、この記憶にはロックが掛けられていて、メルティさんに解除してもらわなければ以後気づかぬままでしたが」
ユーフィリアが、壁にもたれかかりながら告げた。それはどういうことかとアルフレッドが聞く前に、G型のコクピットからメルティが顔を出し、アルフレッドを呼ぶ。
「大尉。ハッキングの解除、終わりました。あと、万全を期して私の開発したOSに換装して、戦闘データを移しておきました。前のと同じ感覚で戦えるはずです」
「ありがとうございます、少佐」
彼が礼を述べると、ジャッジメンティスの格納庫に統合軍の兵士が一人小走りで飛び込んできた。
「リナーシタ大尉。地球軍が後退を始めました。G型を出せるなら、出撃をお願いします」
「了解」
アルフレッドは敬礼をし、その伝令が敬礼を返したのを確認すると、リフトに乗って、メルティと入れ替わりにコクピットに入った。此度の戦いは、メルティの言葉を信じるならリーナも加勢するようだが、少なくとも最初は一人で戦わねばならない。
(一人の戦いか。致し方あるまい)
「アルフレッド=リナーシタ。ジャッジメンティス、出撃する」
アルフレッドが告げ、その機体が鉛直上向きにカタパルトから射出される。そして、高度200メートルほどの低空で滞空すると、スラスターを噴射して西に向かう。その後に、木馬に乗った統合軍の一個中隊が着いてくる。
数秒後、後退途中の国連軍の頭上を通過した。その時、G型の集音機能を通じて耳に舞い込んでくるのは彼らの怨嗟の声だった。なぜ今更来るのか、包囲していたのをこちらに向かわせたのは何だったのか、我々をウロボロスに殺させるつもりだったのか——。
「済まないとは思う。だが、仕方のないことだ」
アルフレッドはスラスターの出力を上げる。ウロボロスの数は最初の二割ほどだった。空に飛べもしない一般人にしては大したものだと感心したが、アルフレッドはそれを口にすることはなかった。
ウロボロスの近づいて来る速度は大きくなっていっていた。ものの数秒もすれば、その集団の先頭は国連軍の最後尾に到達する。一方で、統合軍の部隊は国連軍の先頭と接触していて、国連軍の先頭の方の歩みが緩みつつあった。怨恨で冷静な判断が出来なくなっているのだろう。後退の途中でそのようなことをすれば、何が起こるかは明白だ。
「愚かな。自分で自分の身を滅ぼすとは」
アルフレッドの予想通り、国連軍の集団は詰まり始め、恨みに駆られ統合軍を攻撃し始める先頭と、ウロボロスから逃げる後尾とで、中央を押し潰していった。そして、統合軍が彼らを無視してその頭上を抜けていくと、いよいよ地獄は始まった。足を止めた一部から、将棋倒しのように列が崩れ始めた。そして、一瞬で大混乱に陥った集団に、ウロボロスが容赦なく襲撃する。最早、統率を失った彼らにウロボロスを倒す術はなく、ただただ蹂躙されていくのみであった。
「愛国心のない多国籍軍など、所詮はこの程度か」
アルフレッドはそう呟いた直後、大型のウロボロスのうちの一体がG型のビーム・ライフルの射程圏内に入ったのを確認した。アルフレッドはすぐさまその照準を合わせ、ウロボロスに撃ち込む。その一撃で、それは爆発四散する。EGMAならばビーム・ライフルに耐えられるだけの装甲はどのようにすればよいか知っているはずだが、一撃で撃破できたということは、EGMAがウロボロスを強化することはないということの裏付けが取れたも同然だった。
それからは、概ね順調に事が運ばれていった。統合軍兵は手慣れた様子で淡々とウロボロスを撃破していき、アルフレッドも殆どその場を動かずにウロボロスを撃ち落としていった。悲惨な状況だった国連軍はいつの間にかいなくなっていた。最後に見たときには、兵の数だけでも最初の約三割にまで減っていたので、守りのために格納庫に残っている統合軍を攻める力も無いと見えた。
(残りの大型はあと十二体か。このまま順調に行けばいいが、さて)
アルフレッドが微かに胸騒ぎを感じた直後だった。コクピット内で警報が響く。モニターには、増援に向かってきているらしいウロボロス全ての現在の亜空間座標が表示された。
(出現予測地点は格納庫ではないのか。EGMAめ、何を狙っている?)
OSの演算では、出現予測地点は現在の戦場となっている。これが二重の陽動であるとしても、陽動に備えて格納庫には二個中隊規模の統合軍が残っているため、そのことに関してはそれほど心配はしていない。しかし、増援のウロボロスは殆どが大型である。この戦場にその増援二十体の大型ウロボロスが現れるのは、ジャッジメンティスが一機しかいない現状ではかなり辛い状況であるのは違いなかった。
そして、大型を十体まで減らした時、それは現れた。しかも、予測とは少しずれて、出現したのはG型の背後の、それから数メートルも離れていない場所だった。アルフレッドは即座に反転してその亜空間の穴にビーム・ライフルを撃ち込みそこから離れる。だが、この行動のおかげで、元からいた大型のウロボロスが間近に迫ってきていた。どちらのウロボロスを対処しようか——その一瞬の迷いが仇となった。気がつけば、どちらも照準を合わせてから撃っていては間に合わない距離にまで近づいてきていた。最早万事休すかと、自爆装置のセーフティを解除するボタンに手を伸ばしかけた時だった。
碧き雷光が閃いた。G型の周りに群がっていた大型ウロボロスが穿たれ、焼き尽くされる。さらにその雷は大型のみならず、統合軍が交戦していた小型のウロボロスをも消し去った。そして、淡き光ながらも、立ち込める暗雲を打ち払う光が、天より射し込んできた。
アルフレッドは勿論、そこにいた統合軍の誰もが、空を見上げた。そこにいた、神々しき光を放つ、威風堂々という言葉が似合う佇まいの人型を、彼は知っていた。姿形は違えど、一度見れば忘れられぬその存在感が、アルフレッドの心を揺さぶる。しかし、初めて見た時とは決定的に違うことがある。それは、その輝きが刺々しいものではなく、温かいこと。彼の瞳は、微かに潤みを帯びた。
***
ソフィーナは息をのんでいた。突然到来したその光は、戦っていたウロボロスを、撃ち漏らしも含めて全て退却させてしまった。そして、この時ソフィーナがそれから感じていたものは、感嘆や驚嘆ではなく、戦慄であった。向こうの方で何をしたのかは分からないが、とにかくあれを敵に回すわけにはいかないと、ソフィーナは考えた。
「全員、帰投するわよ」
ソフィーナはそう告げ、いの一番に反転して学園に向かう。急ぐ彼女に、クルキアータが横について不思議そうに訊く。
「どうしましたの? かように血相を変えて」
「ちょうどいいわ。クルキアータ、あなたは今から格納庫に行って、D・Eのスタンスを伝えてきて頂戴。私はアウロラをぶん殴ってくる」
「ちょ、いきなりぶん殴るだなんて」
その先のクルキアータの言葉は、ソフィーナの耳には届かなかった。この期に及んで統合軍の戦力をあてにしていたアウロラは、むしろ除くべきだという意識で彼女の頭は一杯だった。
ソフィーナは学園に到着するや否や、司令室を目指した。怒りのままに突き進んでいると、その道中でちょうどアウロラとミハイルに出くわした。
「アウロラ! あんたって人は!」
アウロラを見た瞬間、ソフィーナは彼女に殴りかかったが、即座にミハイルから羽交い締めにされてしまった。ソフィーナはそれから逃れようともがきながら、二人を痛罵する。
「この大馬鹿、今の状況に合わせた編成表を作らなかったなんてどんな思考回路してたのよ! それにミハイルも! 司令部に入るなら戦略眼のひとつやふたつくらい身につけときなさいよ! S=W=Eの技術者風情が調子こいてんじゃないわよ!」
「確かに、考えが甘かったのは私の落ち度です。このことについては謝罪します。ですが、あなたの度が過ぎた越権行為を見過ごすわけにはいきません」
アウロラは、きっぱりと言い放った。その言葉は、ソフィーナにとってみれば火に油を注がれたようなものだった。越権行為をしたのは事実だが、そうしなければ出撃すらできなかったのだ。その状況を作り出した張本人に言われる筋合いは毛頭なかった。
「どの口がほざいてんのよ。青蘭島が危機に陥りそうだったのはあんたのせいでしょうが」
「あなたの意見は聞いていません。あなたからD・E代表代行の権利を剥奪します」
「はあ? それが出来るのはD・E代表のミルドレッドか、議会での多数決だけよ。高々T・R・Aの代表でしかないあなた単独じゃ出来るわけないじゃない」
ソフィーナが眉を顰めて告げると、アウロラの口角が、一瞬だけ吊り上がったように見えた。そして、ソフィーナは、これまで彼女からは感じたことのない不遜さが、彼女から滲み出ているように思えた。
「今の状況で、青蘭島評議会の誰があなたを支持すると思いますか? あなたも身を置いているなら、分かるはずでしょう」
ソフィーナは言葉を詰まらせた。確かに彼女の言う通りで、評議会のメンバーはその殆どがアウロラのシンパだ。この傾向は、アウロラが赤の世界の最高神としての記憶を取り戻し、その代表となってからのものだが、第二次ブルーフォール後に緑の世界が評議会から駆逐されると、一層強まっていた。初めはシンパだったが、ウロボロス襲撃後は中立の立場となっていたD・Eは、孤立してしまっているのだった。
「それで、そっちの方はいいとして、司令部の方はどうするのよ」
「当然、今のメンバーを続投させます。何か異論はありますか?」
あるに決まっている、とソフィーナは反論しようとしたが、誰が代わりに入ればいいかを思いつくことができなかった。己は青蘭島の中枢から遠ざけられ、ミルドレッドたちはD・Eの統治で手一杯だ。青の世界は異変による被害が酷くてそれどころではなく、緑の世界の人間を入れるわけにもいかない。S=W=Eで知っている人間は大半が反EGMAのようであるし、消去法では赤の世界の人間しかいない。そうなると、かの世界の者はこぞってアウロラを推すだろう。
「いい加減、離しなさいよミハイル」
ソフィーナは声を低くして言った。思いのほかあっさりと、ミハイルは拘束を解いた。彼女は終始無言であった。
ソフィーナはそれから何も言わずに、靴を鳴らしながら大股でその場を離れた。その足の向かう先は寮の部屋だ。彼女は今、どの友人とも話す気がしなかった。道中でルビーとすれ違ったが、彼女の声掛けは無視した。
寮の自室に着くと早速、ソフィーナは電気もつけずに、ミルドレッドにテレパシーを送った。すると、ミルドレッドの不機嫌そうなため息が聞こえた。
「なんだ。安眠してたのにテレパシーなぞ送りおって。大した要件じゃなかったら消し炭にしてやる」
ソフィーナは冗談と分かっていても震え上がった。深呼吸して心を落ち着けて、先程の戦闘からアウロラとの一悶着までの経過を端的に説明した。それを聞いたミルドレッドは、暫く黙っていたが、やがて面白がるような調子で告げる。
「お前、謀略下手くそだな。調査するって任務を負ってそんな敵意を抱かれるようなことしてどうする。しかも初日に。まあ、それを見抜けなかった私にも責任はあるだろうが」
今度はソフィーナが不機嫌になる番であった。もともと不機嫌だったが、一層その度合いが強まった。確かに感情に飲まれてしまったとはいえ、直接的に貶されて不機嫌にならぬはずもない。
「安心しろ。お前の後釜には適当な十二杖を付けてやるから。だが、調査の方はクルキアータと続けろ。権限は無くなるだろうが、その分使える時間は多いからな。く、れ、ぐ、れ、も、今度は感情を昂ぶらせてポカやらかすんじゃないぞ」
「分かりました」
「うむ。頼んだぞ」
そのミルドレッドの言葉を最後に、テレパシーによる会話は終わった。それから、何回か深呼吸をして、ソフィーナは部屋の窓から格納庫を見やった。今、そこにクルキアータがいるはずである。彼女はそのまま格納庫をじっと見つめ、クルキアータに心の中で声援を送った。
***
ソフィーナが去ったのち、ミハイルとアウロラは二人きりになった司令室で、二人でほくそ笑んでいた。
「これで煩いのも消えたな。あとは統合軍と反EGMAの蛆虫どもを叩き潰せば、EGMA、そしてアウロラ。お前の理想の世界まであと一歩だ」
「そうですね。我々七女神の悲願がいよいよ叶うとなると、感慨深いものがあります」
「そのためにも格納庫に群がっている害虫を駆除せねばな。EGMAのウロボロスとの戦いで、今はそれなりに疲弊しているはずだ。今夜格納庫を我らがアンドロイド軍団と、国連軍の残党で強襲をかける。それに、彼も牢から連れ出してやらねばな」
ミハイルは、広げていた手を強く握った。一方で、アウロラは疑念のこもった目線で彼女を見つめる。
「どうした、アウロラ」
「本当に勝てますか? あの碧のロボットを侮らぬ方がいいのでは」
「EGMAの叡智は究極のものだ。過去一度撃破されているようなものに、遅れを取るはずがなかろう」
ミハイルは、不機嫌になって言った。EGMAを疑ったアウロラのその姿が、急に目障りなものに見えた。露骨に嫌悪感を示す彼女に対し、アウロラはため息をひとつ吐いて告げる。
「まあ、いいでしょう。EGMAを最もよく知るのはあなたです。あなたを信じます」
その言葉に対し、ミハイルはふんと鼻を鳴らすのみだった。EGMAは至高にして崇高なる存在だ。信じるのは当然のことである。そう知らしめなければならぬ。たとえ七女神でさえも、ミハイルの意識ではその点は変わらなかった。
***
ランは、息を呑みながら格納庫に降り立つ碧き巨神を見つめていた。アイリスが所有者だった時代にそれを見たことはあるが、その時とは違った神々しさがあった。そして、持つ力も異なる。メルティの言うように、EGMAを討つならこの機体の力を完全には知られていない今しかないように思えた。
「確かに巨神だけは行方不明だったけれど、まさか彼女がね」
スレイが、ランの隣で呟いた。その様は安心しているようにも見えた。確かに、統合軍には手に余る存在であったし、その上統合軍との協力者の手に渡ったとあれば、安心するのも頷けた。
巨神が着地すると、そのコクピットからひょっこりとリーナが顔を出し、飛び降りて軽々と着地した。その様は、数日前まで大怪我を負っていた者とは思えないものであった。それを見て、ランは友人であり仲間である彼女の無事に、心から安堵した。
ランがそうしていると、見張りについていた兵の一人が、どこかオドオドした様子で二人に歩み寄ってきた。怪訝に思ってそちらを見てみると、その後ろには小さな黒髪の人形が着いてきていた。
***
リーナはセイリオスから降りてすぐに、先に機体から降りていたアルフレッドに駆け寄り、勢いのままに彼に抱きついた。
「父上! 無事でよかった、です!」
「それはこちらの台詞だ。よくぞ無事で、しかも以前より立派になってくれた」
アルフレッドの大きくごつごつとした掌が、リーナの頭にそっと置かれた。その父性愛は、リーナの心を喜びで満たし、心の底からうっとりさせた。だが、少ししてからアルフレッドは目だけをキョロキョロさせ始めた。その仕草で、彼が何を探しているのかをリーナは悟った。
「ジュリアなら、間も無く来ると思いますよ」
リーナがにやにやしながら告げると、彼は目を丸くした。
「なぜ、私がジュリアを探していると分かった?」
「恋人同士なんでしょう? ジュリアと。このことについて、私は怒ったり、軽蔑したりすることはありませんから安心して愛を育んでください」
リーナが言うと、アルフレッドは顔をほんのりと赤らめた。その様は、リーナの知らぬものであると同時に、彼もまた本当にジュリアを好いているのだと強く思わせた。我が父ながら、大切な親友を幸せにできる唯一無二の人だと、リーナは内心で頷いていた。
ややあって、格納庫の空いていたスペースに魔神鎧が唐突に出現した。そしてその肩には、いつも通りにジュリアがいる。彼女とアルフレッドは目を合わせると、互いに名を呼び合いながら駆け寄り、固く抱き合った。その様をリーナは微笑ましく見つめていたが、ちょんちょんと肩を突くものがいた。振り返ってみると、そこにいたのは訝しげな表情をしたメルティであった。
「ねえリーナ。あれってどういうこと?」
彼女は声を潜めて、ジュリアとアルフレッドを指差しながら尋ねた。
「見たまんまです。恋人同士なんですって」
「あら、やっぱりそうなの。じゃあちょっと厳しい状況かも」
「え、どういうことです?」
メルティの漏らした言葉はリーナには不可解だった。リーナが尋ねてから数秒後、メルティは咳払いをしてそれに答える。
「いや、実はね。急で悪いのだけど、今日の深夜に出撃して、EGMAを急襲することになったから。同盟関係を結んでいる緑の世界の人ならまだしも、流石にそういうのがない黒の世界の人が関わりを持つのは」
「ちょっとちょっと、聞こえてるわよ」
不機嫌そうなジュリアの声が聞こえたかと思うと、ヒールの靴音を高く鳴らして彼女がずかずかと近寄ってきた。
「私、白の世界に移住することに決めたから。それなら文句無いでしょ?」
「んなむちゃくちゃな」
「むちゃくちゃじゃないわよ。アルフレッドさんと結婚するんだからそうするに決まってるでしょう」
「いや待て待て。気が早すぎやしないか」
ジュリアの言葉に、アルフレッドが慌てて突っ込みを入れる。すると、ジュリアはむっとして、アルフレッドにくっついて言う。
「結婚するんです! リーナももうその気ですし、私たちの愛の道を阻むモノは何もありませんわ」
勝ち誇るように笑みを浮かべるジュリアと、困惑しつつも、満更でもなさそうなアルフレッドの姿は、今の逼迫した状況の中では、ある種の清涼剤となった。他の人に目を向ければ、メルティは呆れ、シノンとユーフィリアは微笑ましく二人を見つめている。そのようなささやかな幸せのある光景を噛み締めていた折、ナイアがリーナたちを呼びに来た。
「みんな来てくれ。ブリーフィングだ」
その言葉は、リーナたちの意識をすぐに引き締めさせた。彼女に案内されるままに、リーナたちは会議室がわりの一室に向かう。そこには、既にスレイたち統合軍の副隊長以上の者が席に着いていた。リーナたちは敬礼してから、滞りなく用意されていた椅子に座る。
「さて、今回の作戦だけれど、統合軍の仕事は青の世界での補給線の維持と物資提供よ。反EGMA派は今夜で決着を付けるつもりみたいだから、私たちの仕事があるのは上手くいかなかった場合ね。ただ一応、この格納庫が拠点ってことになるし、EGMA派がここを襲ってこないとも限らないわ。各隊は、一人一人が気を抜くことがないように注意して」
統合軍の兵士がスレイの言葉に威勢良く「了解」と返す。それから、スレイはリーナたちの方に向いて、紙を挟んだボードを片手に丁寧な物腰で言う。
「反EGMA派の作戦行動については、先程アーネスト准将からその仔細を記した書類を転送していただきました。それによれば、大まかに言えばアルフレッド大尉とリーナ伍長は門を抜けて真っ直ぐにEGMAの構造物に突入し、速やかにEGMAを破壊。以後はアーネスト准将の指示に従うこと、とあります。ロウ少佐、コードΣ40とコードΩ00はここで待機とのことです。出撃は本日、地球時間で22時丁度ですわ。それまでにそちらでご確認を」
「承知しました、ティルダイン中佐殿」
アルフレッドはスレイから書類を受け取り、それにざっと目を通した。その一方で、スレイは再び全体に向けて顔を上げて話す。
「もうひとつ。先程D・Eからの使者が来て、それが言うことにはD・Eは統合軍と反EGMA派の行動を黙殺するとのことよ。信じるなら、相手にするのは地球とT・R・A、S=W=Eのみでよくなったってことね。支援してくれるわけじゃないみたいだから気休めにしかならないでしょうけど、それでもまだ敵が減ったってことには変わりないわ」
その内容は、リーナとジュリアは既に知っていることであったが、アルフレッドは知らなかったようで、やや目を丸くしているように見えた。
「何はともあれ、統合軍としての今果たすべき役割はここの防衛よ。これまでとやることは変わらないわ。学園のアンドロイドが襲撃してくることも十分考えられるし、むしろこれまで以上に警戒が必要よ」
スレイがそう警告した後、いくつかの質疑応答を経てブリーフィングは解散となった。統合軍の人がぞろぞろと抜けていく中で、リーナたちはアルフレッドの周りに集まって、作戦の資料を覗いた。
「最後までアンドロイドの本土での作戦行動は、プランの上では無いようですわね。やはり、新国家にはアンドロイドは」
「そういうのじゃないよ、シノン。私たちは、この建国戦争だけは、私たち人間の手だけで最後までやり遂げたいんだ。新国家にアンドロイドは必要だよ。もう何年も、私たちの生活はアンドロイドと共にあったんだ。今更アンドロイドを必要としない生活に戻るなんてできやしない。シノンだけじゃなくて、ユフィにも、新国家樹立後は働いてもらうからね」
泣き出しそうになっていたシノンをメルティがその肩を叩きながら励ます。すると、それは僅かだったが、嬉しそうに口角を上げた。
リーナはその様子を眺めながら、それほど不快感を覚えていない己に驚いていた。未だに心に靄がかかるような感覚はあるが、それでも前回シノンと会ったときに比べれば晴れ晴れとしている。しかし、考えてみれば納得がいかぬわけではなかった。そもそも、元々リーナが嫌っていたのは、アンドロイドの持つ感情ではなく、分別なく人間のように振る舞うアンドロイドだった。シノンとユーフィリアは自分が人間ではなくアンドロイドという別の存在だと自覚できているようなので、その点で大して気分を害することがなかったのだろう、とリーナは推測した。
「まあ、ティルダイン中佐の言った通り、学園にいる、EGMAのアンドロイド軍団が襲ってくる可能性は高いですから、出番がないと嘆くことはないでしょう」
「そうそう。頼りにするからね、シノンとユーフィリア」
ユーフィリアの言葉の次に聞こえてきたのは、ルルーナの声だった。部屋の入り口の方を見てみると、そこにはルルーナとリーリヤ、ナイア、夏菜、そしてランがいた。
「ようリーナ。元気そうで何よりだ」
「ナイア、すみません。ご心配をおかけして」
リーナは頭を下げるが、ナイアは首を横振りつつ、リーナの肩に手を回した。
「いいってことよ。リーナ自身は元気だし。それになんか、巨神の進化版みたいな凄えのも引き連れてるし。あれ、どうしたんだ?」
「黒の世界で、あれと私のジャッジメンティスを融合させたんです。名前はジャッジメンティス・セイリオスです。どうやらセイリオスが、巨神本来の名前だったみたいですから」
「
ランが、リーナとナイアの前に立って微笑みかけた。それから更に、夏菜とリーリヤ、ルルーナもリーナに歩み寄ってきた。
「必ず勝利を掴んでください、リーナ」
「私たちも頑張るからさ。そりゃま、リーナたちには及ばないだろうけど。全部終わって落ち着いたら、私たちで祝杯をあげようね」
リーリヤとルルーナが口々にエールを送る。最後に、他の四人とは違って顔を引き締めた夏菜が、リーナの前に立つ。その表情を見て、リーナも自然と背筋を伸ばし直した。
「私は立場上、あなたと味方として接することができるのは、これが最後かもしれない。だから本気で、心を込めて、あなたに言うよ。必ず勝って、夢を叶えて。陳腐な言葉だけど、心の底から祈ってるから」
「任せてください。父上、それにジュリアがいますから。私たちは無敵です」
リーナは勢いよくVサインを掲げた。すると、夏菜はふっと表情を和らげ、底抜けに明るい笑顔でVサインを返した。
「じゃ、私たちは見回りがあるから、またな」
ナイアはそう言って腕を解くと、手を振りながら部屋から出て行く。その後にリーリヤ、ルルーナ、夏菜が続いて、まるで散歩に出かけるかのような軽快さで彼女らは出て行った。
「では、私もここで失礼します。本来他国の軍人にかける言葉ではありませんが、あなた方のご武運をお祈りします」
ランは一礼し、退出した。その後、メルティがリーナの小腹をちょんちょんと突いた。
「いい友達を持ったんだね。私は嬉しいよ」
「そんな、まるで母親みたいなこと言わないでくださいよ。小っ恥ずかしいじゃないですか」
リーナはメルティから目を逸らして、顔を赤らめた。その様を見た彼女は、にやりと楽しそうに笑った。その笑みは、リーナにはかつての彼女と全く変わらないように見えた。
「かわいいなあ、こいつめ。昔は全然可愛げなかったのに。ジュリア、君のおかげかな?」
「そうね。出会ったばかりの頃のリーナとか天狗になっててそれでもってプライドの塊で、少しウザかったわね。数ヶ月も私と同居したらかなり丸くなったから、確かに私のおかげかしら」
「昔の話はやめて下さいよ。それも恥ずかしいですし」
顔を赤くしたまま、リーナはか細い声で言った。しかし、彼女は彼女らのからかいを少し心地良く感じていた。このようなやり取りができるのも、これが最後かもしれない。そのように考えると、その心地良さも次第に増していった。
それから、アルフレッドらと作戦内容を確認して、いよいよ出撃の時刻となった。セイリオスに操縦機器を取り付けて調整する暇はなかったため、再び、リーナは異能のみでそれを動かすことになった。その操縦席に座ると、やはりリーナは温かみを感じる。まるで、最高のパートナーとリンクしているかのようだった。
「伍長、ジュリア。出撃するぞ。準備は良いか?」
「もちろん」
「はい! いつでも出撃できます、隊長!」
アルフレッドの呼びかけに、ジュリアは静かに、リーナは威勢良く返答する。ふとセイリオスの足元を見てみると、そこには統合軍の兵士たちとメルティ、シノン、ユーフィリアが、直立不動で敬礼をしていた。リーナは、その見事な姿勢に、思わず敬礼を返していた。
「第八機動小隊、出撃!」
アルフレッドの裂帛の号令が響き、それに伴いカタパルトからG型が射出された。続いて、魔神鎧、そしてセイリオスも射出される。三機は瞬く間に空を突き抜け、白の門へ突入した。
***
夏菜たちが三機の出撃を見送った直後のことであった。見張りから通信が入ったのだった。
「校舎の方からアンドロイドの軍団と、国連軍残党がが迫ってきています! 数はアンドロイドが約300、国連軍残党が100!」
「300って、高等部の戦闘用アンドロイド、ほぼ全員ですわよ」
シノンの呟きが、その場の全員に戦慄を走らせた。しかし、それはかえって、統合軍の軍人たちの闘争心を刺激したらしかった。上等だ、統合軍の底力を見せてやる。誰かが叫んだその言葉が火種となり、士気は爆発的に膨れ上がった。無論、夏菜とて例外でなく、かつて特務隊の暗殺者として、数々の敵を切り刻んできたときの血が沸騰していた。
「やることは作戦通りよ。第一中隊と、遠凪夏菜、コードΣ40とコードΩ00は撃って出なさい!」
スレイの命令が下った。その直後、第一中隊の隊員は瞬く間に、ナタクを中心にして隊列を組むと、格納庫を揺るがすような鬨の声を響かせた。
「ようし! 我々でアンドロイド全部、鉄屑に変えてやるぞ! 第一中隊、突撃ぃぃぃぃッ!」
ナタクの号令で、第一中隊の全員が一斉に駆け出した。夏菜、シノン、ユーフィリアも、ナタクの隣を並走する。格納庫周辺は遮蔽物が少ないく、またアンドロイド相手に籠城は得策ではないと判断し、更に弾薬を節約するために、やや前時代的な戦法を取ることとなった。
「エンドブレイザー! 二刀流だぁぁぁぁッ!」
夏菜は蛇腹剣、エンドブレイザーをその両手に召喚すると、その刃を分割して振り回しながら敵集団に突っ込んでいく。そして、最も近くのアンドロイドに刃を巻き付け、その刃を元に戻すことで、それを細切れにした。これを両方の剣で行ったため、二体のアンドロイドが手始めに倒された。
「暴れ足りなくてウズウズしてたんだよねえ。スクラップに変えてあげるよ!」
ルルーナは飛び上がりながら、巨大な盾、シュッツ・リッタを召喚し、その裏に乗って落下することで、その下にいたアンドロイドを押し潰していた。他にも盾をふたつ召喚し、それを魔術で操ってアンドロイドを挟んで潰したりしている。
リーリヤは吠えながらひたすらにランス、ヴィヒター・リッタを投擲し、しかもそれを走りながら行うため、さながら移動砲台のようだった。
ナタクは集団の先頭で槍、ヴィーダーシュボルトを振り回して大暴れし、ナイアは籠手、アヴェンジェリアで味方を守りつつ、その吸収したエネルギーを放出して敵を倒していく。
更に、第二中隊を率いるユウヒを初めとした狙撃部隊が正確な狙撃で、第二中隊内の砲撃部隊が的確な砲撃で、それぞれ援護を行う。
かくのごとく、統合軍の兵士は乱戦となったこの場で、己の召喚武器の特性を活かし、アンドロイド軍団を圧倒していた。しかし、シノンとユーフィリアも負けず劣らずの獅子奮迅の活躍を見せていた。
シノンは今回、よく好む空戦パックではなく、単騎殲滅用強襲パックという、空戦パックにも装備されていたビットの他にも、全方位に向けられた十二基の機銃と、二基の六連装ミサイルランチャー、更に二基の32ミリ電磁加速砲を備えたものを装備している。普段の空戦パックよりは機動力が大幅に落ちるが、その分攻撃力と防御力は格段に上昇している。近寄る敵は機銃で蜂の巣にし、その間を縫ってきた敵も変幻自在のビット攻撃で破壊し、ミサイルランチャーで敵の塊を木っ端微塵にし、電磁加速砲で遠くの敵を破壊する。それに触れられるものは皆無だった。
ユーフィリアはというと、小刻みに自分以外の時の流れを遅くすることで、全ての攻撃を躱しながら、両手に持った剣で敵を斬る。これもまた、それを捉えるのはアンドロイドさえ不可能だ。
終始優位に進めていく連合軍であった。最早、決着が付くのは時間の問題のように思われた。
***
メルティは戦況を格納庫のある部屋の窓から眺めていたが、シノンが次々とミハイルの開発してきたアンドロイドを倒していくのを見ていると、段々と笑いが込み上げてきた。
「くくく、はっはっは! どうだミハイル! もう私のアンドロイドは、絶対にお前のなどに負けやしない! あの日から、お前に負けたあの日から、この日をずっと待ちわびていた! もう、もう二度と、お前に邪魔をされてたまるものかあッ!」
メルティは心が澄み渡るような気分だった。これまで勝てなかった相手に、自分のアンドロイドが優位に立っている。最高だった。これまで感じたことのない恍惚感に包まれているかのようだった。
メルティの前には、いつもミハイルがいた。EGMAから離反するより前、メルティが軍に技術者として引き抜かれた時からそうだった。既に彼女はそこにいて、メルティの作るものは個々の点では勝ることはあっても、総合的にはいつもミハイルに負けていた。メルティのアンドロイド技術が広く一般化したのは人工知能くらいで、他は全てミハイルの功績だ。アンドロイドから離れて人間向けの兵器開発に従事するようになったのは、EGMAの支配する世に疑念を抱いたからだったが、究極的には、ミハイルから逃げる口実が欲しかったのかもしれない。今から思い返せば、メルティはそうだとしか言えなかった。
それだけに、メルティが作った最高最後のアンドロイドであるシノンが、ミハイルの開発したアンドロイドたちを蹴散らしていく光景は、爽快極まりなかった。
「勝ったんだ。私はついに、ミハイルに勝ったんだ!」
十数分もすると、アンドロイドと国連軍残党は壊滅していた。統合軍の兵には、怪我人は何人か出たものの、死者は出ていない。まさに完勝といえるものだった。しかし、冷静になってきたメルティは、何か嫌な予感がした。それでもう一度残骸に満ちた戦場を眺めてみると、その残骸が不気味に蠢き始めていた。やがてそれらはひとつの形となり、巨大な人型を形成した。それで、歓喜に包まれていた統合軍の兵たちの間に動揺が見られた。
「ジャッジメンティスは出払った。なら、私がやるしか!」
メルティはすぐ、部屋の窓から飛び降りる。そして落ちながら、大声で叫んだ。
「来て! ジャッジメンティス・ゼロ!」
その瞬間、メルティの目の前に亜空間の扉が開き、灰色のジャッジメンティスが現れる。その操縦席に乗り込むと、残骸の塊に向きながら告げる。
「みんな下がって! このゾンビは、ジャッジメンティス・ゼロで相手をします!」
メルティはそのまま機体をゾンビに突撃させ、両手でゾンビの腹を押さえた。
「跡形もなく、消滅しろ!」
ゼロの両手にエネルギー球が出現し、それがそのまま爆発した。その青い爆発はゾンビの全体を包み、それが収まる頃には、今度こそ完全に消滅していた。一方のゼロは爆発の瞬間に亜空間に入り、安全な場所に出てきた。しかしそれでエネルギーを使い果たして、自動で操縦席を開放すると、動かなくなってしまった。
(お疲れ、ゼロ)
メルティは操縦席から降りると、ゼロの装甲を優しく撫でた。ゼロはジャッジメンティスの最初の試作機で、基本性能は正式採用機とほぼ同じだが、バッテリーに問題を抱えた機体で、継戦能力の無さが欠点の機体である。とはいえ初めて作ったジャッジメンティスで、メルティは大切に保管していた。その我が子に等しい機体で仲間のピンチを救えたことに、メルティの胸に穏やかに込み上げてくるものがあった。
***
二人だけの司令室で、アウロラは、ミハイルの茫然自失としている様を横目で眺めていた。アンドロイドがリーナたちの出撃に間に合わなかったどころか、ウロボロスの力を使って復活させたにも関わらず、ゼロの乱入であっという間に全滅させられたのは、無様としかいえなかった。だが、アウロラにとっても今の出来事は想定外であった。自然と、アウロラの眉間には皺が寄っていた。
「いやぁ、いい顔してるなあ、お二人さん」
「だ、誰だ!?」
突如、聞き覚えのない女の声が響いた。ミハイルは、慌てた様子で辺りを見回した。その様を嘲笑うように、再び女の声が聞こえた。
「ここ、ここだよ」
アウロラとミハイルは、同時にその声の聞こえた方、真上を見た。するとそこには、黒のフリルが沢山ついた服を着た女が、二人を見下して浮いていた。
「誰ですか、あなたは。名を名乗りなさい」
「くくく、聞かれたからには答えてやろう。私こそ、現職の魔女王、ミルドレッドだ。顔を見せるのは初めてだったな。ゆっくり話してやりたいところだが、今回は簡潔に忠告をしに来たんでな」
「忠告?」
ミハイルは眉をひそめた。ミルドレッドは「ああ」と返事をすると、床に降り立って、傲慢な態度で告げる。
「まずミハイル。部を弁えないアンドロイドは、許されざる存在だ。お前も、居場所が惜しくば新しい白の世界に恭順することだ。それとアウロラは、分不相応な夢を抱くな。今のお山の大将で満足する方が、よほど幸せだぞ」
ミルドレッドはそれだけ言うと、二人が何かを言う間も無く、姿を消した。ミハイルは癇癪を起こしたように壁を殴ったが、アウロラは静かに息を呑んだ。
***
リーナ、アルフレッド、ジュリアが亜空間を抜けると、目の前にはEGMAのある構造物があった。塔状のその建物は、白の世界全てを見下せるかのように、高く聳え立っている。
「いいか。この塔には強力なバリア・フィールドが張ってある。完全に打ち破るのは不可能だが、一部に穴を開けて突入することは、私のG型でも可能だ。我々はこれより内部に侵入し、そこから破壊活動を行う」
アルフレッドから通信が入ったが、その音声は聞き取れはするもののかなりノイズが混じっていた。セイリオスを介してもそうなるということは、かなり強力な妨害をEGMAが行なっているということに他ならなかった。
(直接体感したことはありませんでしたが、これがEGMAの力ですか)
リーナは無意識のうちに首のチョーカーに手を当てた。するとその時、構造物のバリア・フィールドの内側に、何かがいることをセイリオスの力で知った。
「これは、まさか——」
リーナがその先を口にする間も無く、その方向から極太のビームが照射された。それはセイリオスが自動で張った結界で完全に防がれたが、それで、そこにいるものが何なのか、リーナは完全に悟った。
「やっぱり、兄上でしたか」
リーナは、ため息混じりに呟いた。やがて、構造物に近づくとそのその推察は確信に変わった。ウロボロスと融合でもしたのか、その姿は禍々しく変貌していたが、ビーム・スナイパーライフルに背中のミサイルランチャー、肩の二門のビーム・キャノンと、武装は間違いなくM型そのものだった。
「なるほどな。M型をEGMAが接収したのはそういうことか」
アルフレッドは思ったより冷静な雰囲気だった。既に、実の息子と戦う覚悟は完了していると、そういうことなのだろうとリーナは考えた。そうしていると、脳裏に直接、ノイズが走り出した。
「この時を待っていたぞ、リーナ。貴様は絶対に、俺の手でブチ殺す!」
邪心に満ちたマイケルの